ラッシャー木村の情報(らっしゃーきむら) 格闘家/プロレス 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
ラッシャー木村さんについて調べます
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■名前・氏名 |
ラッシャー木村と関係のある人
サンダー杉山: 1971年4月20日には国際プロレス所属選手では2人目となる金網デスマッチに挑戦し(対ドクター・デス)、同年9月23日にはラッシャー木村を新パートナーに、レッド・バスチェン&ビル・ハワードを破ってIWA世界タッグ王座を再度獲得。 ドリー=ファンク・ジュニア: セントラル・ステーツ地区ではラッシャー木村の挑戦も受けたとされる。 ニック=ボックウィンクル: 挑戦者群にはAWAのレギュラーメンバー以外にも、アンドレ・ザ・ジャイアント、テリー・ファンク、ペドロ・モラレス、ジャイアント馬場、ボボ・ブラジル、トーア・カマタ、ワフー・マクダニエル、タイガー・ジェット・シン、ミル・マスカラス、ラッシャー木村、ダスティ・ローデス、パット・パターソン、ブルーザー・ブロディ、リッキー・スティムボート、ディック・スレーター、ジェリー・ローラーなどが名を連ねている。 ポール=エラリング: 5月4日に札幌中島スポーツセンターで行われた、当時病気療養中だったアニマル浜口の王座返上で空位となっていたIWA世界タッグ王座決定戦において、テリー・ラザンと組んでラッシャー木村&マイティ井上に勝利、第24代のチャンピオン・チームとなる。 プロフェッサー・タナカ: 予選リーグでは同ブロックのグレート草津やマイティ井上を下しトップの戦績で決勝トーナメントに進出、1回戦でミスター・サクラダ、2回戦でジャンボ鶴田から反則勝ちを収め、11月30日に千葉公園体育館にてラッシャー木村と優勝戦を争った。 ビル=ロビンソン: IWA世界ヘビー級王座は、1969年1月から5月にかけて、グレート草津、チーフ・ホワイト・ウルフ、スタン・スタージャック、ラッシャー木村を相手に防衛。 ローラン=ボック: 同年暮れの再来日(『第2回MSGタッグ・リーグ戦』終盤戦への特別参加)でもラッシャー木村やタイガー戸口を短時間で下し、12月8日の蔵前国技館大会ではスタン・ハンセンとタッグを組んで猪木&藤波辰巳から勝利を収めている。 アントニオ小猪木: ラッシャー木村戦でセコンドのアニマル浜口に足を引っ張られ、リングアウト負けしてしまったアントニオ猪木 グレート草津: タッグでは、IWA世界タッグ王座をパートナーを代えて再三保持しており、サンダー杉山とのコンビではモンスター・ロシモフ&マイケル・ネイダーやラリー・ヘニング&ボブ・ウインダム、ストロング小林とのコンビではディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーやマッドドッグ・バション&イワン・コロフ、ラッシャー木村とのコンビではテキサス・アウトローズやスーパースター・ビリー・グラハム&バロン・フォン・ラシク、ニック・ボックウィンクル&レイ・スティーブンスなどの強豪チームとタイトルを争った。 キラー=トーア=カマタ: 5月26日に後楽園ホール、6月6日に宇都宮市体育館にてラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に連続挑戦(宇都宮では金網チェーン・デスマッチで挑戦)。 石川孝志: 予選リーグ戦ではラッシャー木村、キム・ドク、ディーン・ホーに次ぐBブロック4位の戦績を収め、シード選手だった大木金太郎の棄権で決勝トーナメントに繰り上げ出場。 ストロング金剛: IWA世界ヘビー級王座は1971年6月の獲得からワフー・マクダニエルに敗れる1973年11月9日まで2年6か月間保持、ブラックジャック・ランザ、レッド・バスチェン、バロン・フォン・ラシク、ジェリー・ブラウン、ダスティ・ローデス、ダン・ミラー、カーティス・イヤウケア、ビル・ロビンソン、クラッシャー・リソワスキー、ホースト・ホフマン、マッドドッグ・バション、エドワード・カーペンティア、イワン・コロフ、ディック・マードック、前王者ミラー、そして同門のラッシャー木村などの強豪を挑戦者に、25回の防衛を記録している。 冬木弘道: 海外遠征中には国際プロレスのエース格だったラッシャー木村が全日本に移籍し、鶴見五郎・高杉・菅原と国際崩壊直前に新日本プロレスへ移籍していた剛竜馬も加入した上で「国際血盟軍」を率いていたが、冬木はマイティ井上共々「国際血盟軍」には加入しなかった。 百田光雄: 本人はラッシャー木村の持つ現役最年長記録(61歳10か月)の更新を狙っており、「春には引退しようと思っていたけど、7月までやれば(ラッシャー木村が持つ)61歳10か月の最年長記録をクリアできるんです」とその意気込みを語っている。 百田光雄: 1990年代からはジャイアント馬場・ラッシャー木村らとファミリー軍団を結成。 グレート草津: IWA世界タッグ王座(w / サンダー杉山、ラッシャー木村、ストロング小林、マイティ井上、アニマル浜口) ブルーザー=ブロディ: 前座扱いするのなら、今後全日本に上がるつもりはない」「長州やロード・ウォリアーズが俺以上の扱いを受けているのはおかしい」などと発言した他、当日の岐阜県大垣大会における長州とのタッグマッチ(ブロディ&ブルックス&ラッシャー木村VS長州&谷津&カーン)でも、阿見大会同様に長州との絡みはほとんどなかった。 アントニオ猪木: 11月4日、国際軍団(ラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇)と1対3変則マッチで対戦、寺西と浜口からフォールを奪うも木村にリングアウト負け。 グレート草津: ヨーロッパ・タッグ王座(w / ラッシャー木村) サンダー杉山: IWA世界タッグ王座:2回(w / グレート草津、ラッシャー木村) リック=フレアー: 初来日の国際プロレスのリングでは、6月18日の市原で大位山勝三と来日第一戦を行い、6月26日に大館でラッシャー木村との金網デスマッチも行われている。 桑野信義: これ以降真剣に取り組むようになり、ラッシャー木村や和田勉などの代表作を生み出してたびたび決勝まで進むなど上位争いにも喰い込む存在となり、『だいじょうぶだぁ』でも積極的にネタを掛けるなど持ち芸として確立している。 ジェイク=ロバーツ: アレックス・スミルノフが外国人エースを務めた同シリーズにおいて、1月16日に広島県立体育館にてラッシャー木村と金網デスマッチを行っている。 ポール牧: 高校の同級生にラッシャー木村がいた。 天龍源一郎: 11月にはスタン・ハンセンと組んでの馬場&ラッシャー木村とのタッグ対決において、入場時に馬場を奇襲、孤立した木村を戦闘不能にした上で復活し孤軍奮闘する馬場からパワーボムからのエビ固めで、ハンセンと二人がかりながら日本人では初めて馬場からピンフォールを奪った。 長州力: さらに、ラッシャー木村率いる国際軍団を振り切る形で長州と活動を共にしたアニマル浜口、浜口と同じく国際軍団を離れた寺西勇、タイガーマスクとの抗争で同じく新日本正規軍を敵に回していた小林邦昭、そしてレスリング日本一の触れ込みで新日本入団後、海外武者修行に出て帰国した長州の弟子ともいえる谷津嘉章らを加えて「維新軍」を結成する。 ディック・ザ・ブルーザー: 日本プロレス以来となる大木金太郎との対戦が注目され、同時参戦していたモンゴリアン・ストンパーと組んでのラッシャー木村&大木とのタッグマッチや、「和製ブルーザー」と呼ばれたアニマル浜口とのシングルマッチも行われた。 ダスティ=ローデス: 6月30日に岐阜市民センターにてラッシャー木村&グレート草津のIWA世界タッグ王座に挑戦する一方、シングルでは6月23日に米沢にて小林と、7月1日に豊田にて草津と、それぞれ金網デスマッチで対戦している。 剛竜馬: しかし剛が外国人レスラーのブッキングを独占しようと図り、そのために生じた利害関係で団体との関係が悪化したことから、ラッシャー木村と共に在籍4ヶ月のみで退団となった。 寺西勇: しかし国際も1981年に崩壊し、ラッシャー木村・アニマル浜口とともに「国際軍団」を結成して新日本プロレスに殴り込みをかける。 |
ラッシャー木村の情報まとめ
ラッシャー木村(らっしゃー きむら)さんの誕生日は1941年6月30日です。北海道出身の格闘家
プロレスのようです。
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wikiの記事が見つからない理由同姓同名の芸能人・有名人などが複数いて本人記事にたどり着けない 名前が短すぎる、名称が複数ある、特殊記号が使われていることなどにより本人記事にたどり着けない 情報が少ない・認知度が低くwikiにまとめられていない 誹謗中傷による削除依頼・荒らしなどにより削除されている などが考えられます。 2026/03/19 20:22更新
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rassya kimura
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