尾崎紀世彦の情報(おざききよひこ) 歌手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
尾崎 紀世彦さんについて調べます
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尾崎紀世彦と関係のある人
立川俊之: 尾崎紀世彦 猪俣猛: 尾崎紀世彦 青木望: 男の世界 (1971年、尾崎紀世彦) いずみたく: ザ・シャデラックス、尾崎紀世彦 湯川れい子: 尾崎紀世彦 小田裕一郎: 尾崎紀世彦 鈴木キサブロー: 尾崎紀世彦 西城秀樹: それまではロックの世界でドラマーとして成功することを目指していたが、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を聴いて歌謡曲のイメージが一変し、歌手に転向することになった。 萩田光雄: 尾崎紀世彦 青木望: ジョージア・オン・マイ・マインド (1971年、尾崎紀世彦) ジミー時田: 尾崎紀世彦(ヴォーカル、サイド・ギター): 1965-66年。 荒川康男: 代表的なCMに尾崎紀世彦が歌うスバル『レオーネ』がある。 阿久悠: 8位 - 「また逢う日まで」尾崎紀世彦 寺川正興: 尾崎紀世彦 尾関美穂: また逢う日まで(2006年2月22日) - 尾崎紀世彦のカバー レオン=ラッセル: 「スーパースター」 - カーペンターズ、リタ・クーリッジ、尾崎紀世彦 藤公之介: 尾崎紀世彦「愛の潮風 (ダブのテーマ)」訳詞 前田憲男: 十王音頭(1980年代前半、作曲:猪俣猛・前田憲男)歌唱:尾崎紀世彦 前田憲男: 尾崎紀世彦VS前田憲男 Swing in the Night「THE MEN」(1999年 - 2003年)ほか 高田弘: 尾崎紀世彦「二人では死ねない」「ララバイ」 筒美京平: 自身が作曲・編曲で日本レコード大賞を受賞した曲は、1971年、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」第13回日本レコード大賞と、1979年、ジュディ・オングの「魅せられて」第21回日本レコード大賞である。 川口真: 尾崎紀世彦「さよならをもう一度」「五月のバラ」「忘れかけた愛を」「テレーズ夫人」 山口洋子: 星の王子さま/尾崎紀世彦(1975年)訳詞 大野雄二: 尾崎紀世彦 有川正沙子: 尾崎紀世彦 前田憲男: 明星カップリーナの唄(明星食品カップリーナ:CMソング、1974年、作曲・編曲)歌唱:尾崎紀世彦 前田憲男: KIEYO in PERSON 尾崎紀世彦オン・ステージ(1972年、編曲) 伊藤アキラ: 青雲のうた(日本香堂「青雲」、歌:森田公一→尾崎紀世彦→錦織健→林家たい平、作曲:森田公一) 前田憲男: マイ・ウェイ(1972年、歌唱:尾崎紀世彦、編曲) 深町純: 尾崎紀世彦「おまえと夕陽」(作詞・作曲 - 『ある若者の肖像』収録曲との競作, 1971年) |
尾崎紀世彦の情報まとめ
尾崎 紀世彦(おざき きよひこ)さんの誕生日は1943年1月1日です。神奈川出身の歌手のようです。
現在、兄弟、卒業、趣味、テレビ、解散、引退、事故、映画、病気、結婚、家族、ドラマに関する情報もありますね。去年の情報もありました。2012年に亡くなられているようです。
尾崎紀世彦のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)尾崎 紀世彦(おざき きよひこ、1943年〈昭和18年〉1月1日 - 2012年〈平成24年〉5月30日)は、日本のポップス歌手。東京都渋谷区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市出身。1960年にハワイアンバンド「ヒロ・ハワイアンズ」結成、1965年にカントリーバンド「ジミー時田とマウンテンプレイボーイズ」加入。1967年からコーラス・グループ「ザ・ワンダース」を経て、1970年にソロ歌手としてデビュー。愛称は「キーヨ」。ダイナミックな歌唱力と、立派なもみあげや髭がトレードマーク。身長173cm(1972年3月)。 バレエダンサーの両親のもと、現在の東京都渋谷区に男3人兄弟の次男として生まれ、小学校入学時より神奈川県茅ヶ崎市で育つ。父、繁(芸名:藤田繁)と兄の彰彦(芸名:藤田彰彦)はクラシック・バレエのダンサー・演出家、母:礼子は日劇ダンシングチームの一期生。父方の祖父はイギリス人のHenry Buckingham Lucas、本人は日英クォーターである。 幼少の頃から米軍向けラジオFENでジャズやカントリー等に親しんでいた。茅ヶ崎市立第一中学校卒業後、YMCA国際ホテル学校へ進学する。趣味は小学生で始めたサーフィン、乗馬、祭りの神輿担ぎ、ハーレーの収集とツーリング、縦目メルセデス(オールドベンツ)でドライブ、ヨット、沖縄でスクーバ、射撃、銀細工、シルバーアクセサリーの収集、料理。 13歳の時に父にウクレレを買って貰い、中学の同級生6人でハワイアンバンドを結成する。教則本が先生だった。箱根ホテル小涌園のバンド募集のオーディションに合格し、17歳でセミプロデビューする。ここで司会を担当したのは当時大学生だった露木茂(のちにフジテレビ アナウンサー)。1964年には念願の日劇出演を果たすが、目標達成とメンバーの学業と家業の忙しさから解散に至る。 契約した芸能プロダクション東京ハワイアンズがジミー時田と同じ所属先という縁で、セカンドボーカルとギターで参加する。 アルバム『尾崎紀世彦/カントリー&ウェスタンを歌う』では、演奏を「ジミー時田とマウンテンプレイボーイズ」に在籍した石田新太郎とシティライツが担当した。ジミー時田は、1967年から音楽活動の場をアメリカに移している。 1967年1月、グループ・サウンズでも活躍したコーラス・グループザ・ワンダースを結成する。初期メンバーは、栗敏夫と朝紘一、尾崎の3人。TBSやNHKのポップス番組に出演し、洋楽カヴァー、テレビ主題歌などをリリースする。 「ジ・エコーズ」名義で『ウルトラセブン』の主題歌・挿入歌も担当。主題歌冒頭で連呼される、3番目の「セブ〜ン♪」が尾崎の声である。シングル「また逢う日まで」レコーディングの際には、既に解散していた元メンバーが再結集しバックコーラスを務めた。 日音の村上司プロデューサー(後の日音・社長、会長)の熱心な働き掛けがあり、1970年8月に「別れの夜明け」で日本ビクター音楽レコード事業部(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)の社内レーベルのフィリップス・レコード(後の日本フォノグラム→ポリグラム→ユニバーサル ミュージック)よりソロデビュー。デビューにあたって、「ザ・ワンダース」のリーダー小栗俊雄が歌手を引退、日音に所属し尾崎のディレクターとなった。ダイナミックな歌唱は業界内で話題となるが、同年9月、タクシー乗車中に六重衝突という交通事故に巻き込まれ、4ヶ月に及ぶ入院生活でレコードの宣伝活動ができず売れなかった。 1971年、「また逢う日まで」「さよならをもう一度」「雪が降る」「愛する人はひとり」が次々とヒット、出身地・茅ヶ崎ではワンマン・ショー、大阪にて初のソロ・コンサートを開催する。2枚目のシングル「また逢う日まで」が売り上げ100万枚を突破、第13回日本レコード大賞大賞と第2回日本歌謡大賞大賞をダブル受賞する。日本レコード大賞を受賞した際に両手でVサインを、さらにトロフィーを持ち上げて笑顔でVサインをしたパフォーマンスは、今もテレビで流れる名シーンである。 同年、『第22回NHK紅白歌合戦』に白組トップバッターとして初出場する。翌1972年、「ふたりは若かった」「こころの炎燃やしただけで」「あなたに賭ける」とヒットを重ね、「ゴッドファーザー〜愛のテーマ」 (日本語詞) で、紅白歌合戦に連続出場。1990年にも『第41回NHK紅白歌合戦』に出場している。 1979年、「My Better Life」をリリース。歌謡番組を始めとして『ミュージックフェア』『サウンド・イン"S"』などのポップス番組に出演する。その後も、『青春のポップス』『ときめき夢サウンド』『魅惑のスタンダードポップス』ほか多くの番組で、レパートリーである数々の映画音楽、ジャズを披露。 1987年には「サマー・ラブ」がスマッシュヒットする。1994年より、音楽バラエティ番組である『THE夜もヒッパレ』にも出演。1995年、ソロデビュー25周年の記念コンサートを開催する。 同年に放送されたアニメ『空想科学世界ガリバーボーイ』では、主題歌「燃えろ!ガリバーボーイ」を熱唱し、この番組で尾崎の歌声を知った若者も多い。 1990年代より旧知の演奏家たちと共にジャズ、ハワイアン、カントリーのライブ・コンサートを定期的に公演する。 2007年に行われた、テレビ番組以外でのオーケストラとのポップスコンサートも恒例となった。ソロツアーとして、2010年2月から「プレミアムコンサート」が開催された。 2011年4月、翌5月に公演予定のコンサートを「病気療養のため中止する」旨、主催者より発表される。翌年5月、度重なる取材・報道に対し「1年以上前から入院している」ことが、親族より明かされた。2012年5月30日、肝臓癌のため東京都内の病院で死去。69歳没。 9月2日、ホテルオークラ東京にて「尾崎紀世彦をしのぶ会」(発起人:今井直次・前田憲男・猪俣猛・筒美京平)が開催され、長年親交があったペギー葉山、大林宣彦、上條恒彦、尾藤イサオ、つのだ☆ひろ、錦野旦ら多くの音楽関係者・友人が出席して追悼した。ハワイ出身女性との最初の結婚では1男1女を、2度目の結婚では1女をもうけた。療養の際には、交流が続いていたハワイ在住家族の献身的な看病があったという。 2012年12月30日、日本作曲家協会より第54回日本レコード大賞特別功労賞が贈られた。 2013年10月1日、「大衆音楽の殿堂」顕彰者に入選、殿堂入りした。 1972年3月27日から始まった第44回選抜高等学校野球大会の入場曲にも『また逢う日まで』が選ばれ、当日、観客席から入場行進を見ていた。 1974年から1980年代、ジミー時田が出演する六本木や新宿にあるカントリーのライブハウスに客として度々現れ、ジミーに「素敵なゲストが来ている。」とステージに促されてカントリーソングの他『また逢う日まで』を歌わされていた。 茅ヶ崎の自宅隣が元TBS所属でフリーアナウンサーの鈴木治彦の邸である。小さい頃は庭伝いに垣根を潜り抜けて毎日のように遊びに行き、有名になってからも鈴木の姿を見つけるや「お兄さーん」と駆け寄っていた。 バイク好きでも知られ、16歳で2輪免許を取得。Z400LTD(カワサキ)、750カタナ(スズキ)、GSX-R750(スズキ)、ドゥカティ・パンタ、ハーレー、XLR-BAJA(ホンダ)などを愛車としていた。
『星くず兄弟の伝説』/『星くず兄弟の新たな伝説』オリジナル・サウンドトラック 作詞:五木寛之 作曲:佐原一哉 編曲:栗田信生 テーマ・ジャンル・年代・作家別、収録多数 シングル、オリジナル・アルバム、コンピレーション・アルバム何れにも未収録 未発売 - テレビ番組・CM用にレコーディング ミュージックフェア(フジテレビ、1970年 - 1987年) 夜のヒットスタジオ(フジテレビ、1971年 - 1987年) みんなで歌おう'71〜'75(TBS、1971年 - 1972年)- 初代司会、歌 尾崎紀世彦ショー ナウ・ナウ(NET系列、1971年 - 1972年)- 冠番組司会、歌 紅白歌合戦(NHK、1971年・1972年・1990年)
ワンマンショー「尾崎紀世彦ベスト・アルバム」(NHK、1973年7月14日) みんなのうた(NHK、1977年・1984年・1995年)
乾杯!トークそんぐ(毎日放送、1991年 - 2000年) NHK歌謡コンサート(NHK、1993年 - 2005年) THE夜もヒッパレ(日本テレビ、1994年 - 2002年)- 月1ゲスト出演、100曲近くカヴァー BS日本のうた(NHK-BS、1998年 - 2008年) 悪魔のようなあいつ(TBS、1975年)- 矢頭たけし役 華麗なる大泥棒!四丁目の刑事の家の間借人(日本テレビ、1977年)- 五郎役 いい旅チャレンジ20,000km(監督:大林宣彦 フジテレビ、1980年4月19日)- 第3話「御殿場線・アメリカンパイ」
空想科学世界ガリバーボーイ(フジテレビ、1995年)
妻の卒業式(NHK、2004年)-「また逢う日まで(ボサノバ・バージョン)」 科学忍者隊ガッチャピン(BSフジ、2007年)
ハイ・ティーン(監督:井上和男、1959年)- エキストラとして 高校生役 エスパイ(監督:福田純、1974年)
ハウス(監督:大林宣彦、1977年)- 東郷圭介先生役 星くず兄弟の伝説(監督:手塚真、1985年)- アトミック南役(ミュージカルであり、画面で歌った初の映画となる)
南へ走れ、海の道を!(監督:和泉聖治、1986年)
彼のオートバイ、彼女の島(監督:大林宣彦、1986年)- カメオ出演セリフ無し 村田役 メゾン・ド・ヒミコ(監督:犬童一心、2005年)
釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪(監督:朝原雄三、2005年)- テリー河口(河口輝男)役
「My Lovely Town」(この映画のために作られた曲)浜崎伝助役:西田敏行とデュエット 「Hawaiian Wedding Song(ソロ・バージョン)」 きかんしゃトーマス 魔法の線路 劇場版(監督:Britt Allcroft、2000年)- ビリー(ラッセル・ミーンズ)役
スバル・レオーネ(富士重工業(現:SUBARU)、1971年)- イメージキャラクター、「どこから来たのかおまえと俺」「いまここに」 コカ・コーラ(日本コカ・コーラ、1971年)-「The Real Life」 ブラウン シクスタント型シェーバー(BRAUN、1971年)-「午後5時のカゲを消せ!」イメージキャラクター ハチハニーワイン「ハチマキシム」(合同酒精、1971年)- 販促品:尾崎紀世彦トランプ、「心の炎を燃やしただけで」 カップリーナ(明星食品、1974年)- 本人および似顔絵キャラクター出演、「明星カップリーナの唄」(2種類) テレビキドカラー技(日立 王貞治出演)- 日立キドカラー〜♪ グリコ牛乳(グリコ乳業(現:江崎グリコ))-「グリコ牛乳の歌」 ジャルパック・メキシコ - 君はメキシコ〜♪ ビーバーエアコン(三菱重工業、1979年)-「My Better Life」 アイリス目薬(大正製薬、1982年)-「OPEN YOUR EYES FOR ME」 NCAAスポーツドリンク(サントリー オリンピック協賛CM、1984年) アサヒ生ビール(アサヒビール 青木功・尾崎将司出演、1987年)-「サマー・ラブ」 トヨタ・チェイサー(トヨタ自動車、1987年)-「太陽は燃えている」 ルック(日本交通公社、1988年)-「オー・ソレ・ミオ」 丸善建設(丸善建設、1990年)-「SWEET DREAM〜くちづけはイヴの香り〜」 青雲(日本香堂、1990年)-「青雲のうた」 サンダイヤ灯油タンク(サンダイヤ 北東北限定CM、1991年)- リヤカーを引きながら本人出演、1台だけでもサンダイヤ〜♪ 料亭のお茶漬け(丸美屋、1996年)-「いつもの帰り道」 FUJIYA クリスマスケーキ(不二家、1996年)-「諸人こぞりて」 日本酒 吉乃川(吉乃川 新潟限定CM、1998年)- 本人出演、「羅針盤」 キリンビール(キリンビール、1999年)-「LOVE」 キリンTWO DOGS(ツードッグス)カクテル(キリンビール、2003年)-「A MAN WITHOUT LOVE」 尾崎紀世彦コンサート/ショー(大阪厚生年金会館他 4公演、1971年) 尾崎紀世彦リサイタル(日生劇場、1972年10月24日 - 10月28日)- ライブ・アルバムに一部収録 尾崎紀世彦ショー(日本劇場、1973年9月29日 - 10月4日) 尾崎紀世彦リサイタル(大阪厚生年金会館他、1976年) ピープル'82(3都市 4公演、1982年) ハニーサウンドオン・ライブ - 尾崎紀世彦(TBSホール、1989年)- 放送:TBSラジオ、ハワイアン・ソング他 尾崎紀世彦クルージング・ライブ(にっぽん丸 香港-東京、1990年)- 放送:NHK-BS 尾崎紀世彦(25周年)コンサート(渋谷公会堂、1995年6月17日) 尾崎紀世彦コンサート(1996年) 尾崎紀世彦リサイタル/コンサート'97(府中の森芸術劇場他 10公演、1997年) 尾崎紀世彦コンサート'98〜昨日たちの旋律〜(1998年) 尾崎紀世彦VS前田憲男 Swing in the Night「THE MEN」(オーチャードホール他、1999年 - 2003年)- CDに一部収録 尾崎紀世彦&猪俣猛ジャズテッド(名古屋ブルーノート他、2006年 - 2008年) 尾崎紀世彦プレミアムコンサート(九州中心に19公演、2010年2月10日 - 3月18日) '71箱根アフロディーテ(箱根芦ノ湖畔 メインステージ、1971年8月7日)- 洋楽カヴァーソング アキタ・ジャズフェスティバル'95(1995年)-「思い出のグリーングラス」「酒とバラの日々」 尾崎紀世彦ばんえい応援ライブ(帯広競馬場、2007年5月25日)- カントリー・ソング '08旭ジャズまつり(2008年7月27日)尾崎紀世彦&猪俣猛ジャズテッド キリンカップサッカー2005ペルー戦 君が代独唱(新潟スタジアム、2005年5月22日) 大相撲の夏巡業初日 南魚沼巡業(新潟県南魚沼市ディスポート南魚沼、2010年8月6日) タンゴモデルナVol.IV「TRAICION〜背信〜」(サントリーホール、2004年3月18日 - 19日) ハワイアンのすべて 大橋節夫ファイナルコンサート(2005年) 劇団スーパー・エキセントリック・シアター第36回公演 『昨日たちの旋律〜イエスタデイズ・メロディ〜』(3都市、1998年4月9日 - 5月13日) 1971年 - ゴールデン・ミューズ賞(日本フォノグラム 現:ユニバーサルミュージック主催)音楽賞「また逢う日まで」 1971年 - 第9回ゴールデン・アロー賞 音楽賞「また逢う日まで」 1971年 - 第13回日本レコード大賞 大賞/歌唱賞「また逢う日まで」 1971年 - 第2回日本歌謡大賞 大賞/放送音楽賞「また逢う日まで」 1972年 - 第1回東京音楽祭世界大会 第3位入賞「ふたりは若かった」 1973年 - 第2回東京音楽祭国内大会 ゴールデンカナリー賞/歌唱賞「かがやける愛の日に」 1973年 - 第2回東京音楽祭世界大会 銀賞「かがやける愛の日に」 1973年 - 第2回ベストドレッサー賞 スポーツ・芸能部門(日本メンズファッション協会) 1980年 - NHKあなたのメロディー 年間最優秀作品賞「ブルー・スカイ・イン・マイ・ハート」 1991年 - 第1回古関裕而記念音楽祭 銅賞「地球に抱かれて」 2012年 - 第54回日本レコード大賞 特別功労賞 2013年 - 平成25年大衆音楽の殿堂 顕彰者 古賀政男音楽博物館 写真集&楽譜『尾崎紀世彦のすべて』 撮影 / 立木義浩(1972年、日音) 『ベーコン野外術』 尾崎紀世彦著(2000年、マガジンハウス)p.165 ISBN 978-4-8387-1153-6 ^ Henry Buckingham Lucas (1838 - 1904) The Straits Times(シンガポールの英字新聞)1904年1月20日、第2頁「DEATH OF A PIONEER」の見出しの死亡記事によると、明治時代の日本の灯台建設に関わった人物で在神戸英国総領事館に在籍した。神戸市立外国人墓地に眠る。※祖父の墓参りの画像から墓碑を検証。 ^ 2012年9月2日「尾崎紀世彦さんをしのぶ会」において、31日死亡は誤報で30日が命日である旨実兄から説明があった。 ^ 舞台照明家・美術家 ^ 第13回日本レコード大賞・大賞、第2回日本歌謡大賞・大賞 ^ 1971年のアルバムよりリカット ^ 第1回東京音楽祭世界大会・3位 ^ 「また逢う日まで/帰郷」英語版 ^ 両A面 ^ 合同酒精「ハチ・マキシム」CFイメージソング ^ c/w:パラマウント映画「ゴッドファーザー」主題歌・日本盤 ^ 第2回東京音楽祭世界大会・銀賞 ^ 東宝映画『エスパイ』主題歌&挿入歌 ^ 第4回東京音楽祭国内大会参加曲 ^ パラマウント映画『星の王子さま』主題歌・日本盤 ^ c/w:東宝東和『太陽にかける橋/ペーパー・タイガー』主題歌 ^ 「While The Feeling's Good」日本語カバー ^ 1972年のアルバムよりリカット ^ 1973年のアルバムよりリカット ^ 三菱重工「ビーバーエアコン」CMソング ^ CIC映画『アーバン・カウボーイ』主題歌・日本盤 ^ c/w:1979年度 NHK『あなたのメロディー』年間最優秀曲 ^ 第11回東京音楽祭国内大会参加曲 ^ c/w:第1回広島平和音楽祭参加曲 ^ 大正製薬「アイリス」CMソング ^ 尾崎紀世彦&三浦秀美 ^ 未CD化 ^ 松竹富士映画『南へ走れ、海の道を!』主題歌&挿入歌 ^ '87アサヒビール「アサヒ生ビール」イメージソング ^ CT:10KH2116-カラオケ付 ^ 丸善建設CMソング ^ 女性コーラス版 ^ 秋田県南秋田郡大潟村イメージソング ^ カラオケ付 ^ 『空想科学世界ガリバーボーイ』主題歌&エンディング曲 ^ NHK『みんなのうた』 ^ 『昨日たちの旋律〜イエスタデイズ・メロディ〜』SET第36回公演主題歌 ^ DJ FLATT THE LAIDBACKによる監修シリーズ” EXHUME EXHUME”第三弾 ^ アメリカの作曲家・編曲家 - サイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』アレンジを担当。 ^ この頃の芸能誌の記事によると朝と晩に髭を剃るほどの濃さであった。 ^ 音源のみ - 未発売 ^ ライブ収録版の一部楽曲をRFラジオ日本『ソング・マイ・フレンド』2004年10月15日出演時に放送 ^ 「内外人気スターからバレー選手まで 決定版STアイドル名鑑 尾崎紀世彦」『週刊セブンティーン』1972年3月14日号、集英社、109頁。 ^ 日本洋舞史年表 I 1900-1959 p.8 1919 - 藤田繁(藤田彰彦の父)- 発行 新国立劇場 ^ 日本バレエ界に忘れえぬ足跡を印した人々 藤田繁はエリアナ・パヴロワ門下生。- 日本バレエ協会 ^ エリェナ パァヴロヴァ顕彰会 - Photo Gallery 最初の弟子・藤田繁《ジプシーの恋》 ^ 日本のバレエの母 エリェナ・パァヴロヴァ先生を称えて★特別企画 - 青少年のためのバレエコンクール「ザ・バレコン」 ^ 『サンケイスポーツ』 2012年4月24日 ^ 365回目の恋 - アメノチハレ - 都志見隆のブログ 2012年6月2日掲載 ^ ヒロ・ハワイアンズのサイト閲覧 ^ ジミー時田とマウンテン・プレイボーイズのアルバム『フォーク・ロック・パーティー TOKYO JAMBOREE』 (キングレコード)ジャケット写真に尾崎紀世彦。 ^ 『GOLDEN☆BEST 尾崎紀世彦』 - ライナーノーツに記載 ^ 尾崎紀世彦 | NHK人物録 | NHKアーカイブス - NHK『あの人に会いたい』2012年8月25日放送の要約 ^ "「また逢う日まで / 尾崎紀世彦」". 食卓ON楽. 8 May 2009. 広島FM。 ^ “「ウルトラセブン」主題歌冒頭の3番目の「セブン」も……尾崎紀世彦さん死去”. RBB TODAY. (2012年6月1日). https://www.rbbtoday.com/article/2012/06/01/89990.html 2014年10月7日閲覧。 ^ 日本テレビ『いつみても波瀾万丈』1994年11月13日放送の要約 ^ NHKアーカイブス保存番組 音楽は恋人 (1992) ときめき夢サウンド (1994 - 1996) BSジャズ喫茶 (1996 - 1998) 青春のポップス・BS青春のポップス (1998 - 2005) 素晴らしき音楽仲間 我が心のスタンダード (2001) BSあなたが選ぶ映画音楽 (2004) BS永遠の音楽 青春のポピュラーソング大全集 (2005) みんなの好きなスタンダードジャズ (2006) BS黄金の映画音楽館 (2007 - 2008) 映画音楽に乾杯! (2010) -「尾崎紀世彦」検索結果一覧。魅惑のスタンダードポップス (2008) ^ 尾崎紀世彦コンサート | 番組表検索結果 | NHKクロニクル - 1995年9月26日放送 ^ 前田憲男VS尾崎紀世彦 Swing in the Night「THE MEN」(1999-2003) ジャズライブ - 主催:ニッポン放送 ^ 異ジャンルだけど好ハーモニー尾崎紀世彦&尾藤イサオ「ミュージックサプリメントO2」デュオコンサート (2007-2009) - ZAKZAK 2008年6月26日閲覧 ^ 「尾崎紀世彦&京フィル〜大人のラブソングス〜」 (2007.1.27) (2010.10.3) - 主催:京都新聞 ^ 広響POPSコンサート2009 尾崎紀世彦を迎えオーケストラとのコラボレーション - 広島交響楽団 ^ 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 横浜開港150周年記念 アメリカン・ポップス (Vo) 尾崎紀世彦 - 演奏会アーカイブ ^ イベント情報:尾崎紀世彦プレミアムコンサート - 長崎文化放送 ^ 尾崎紀世彦&京フィル〜大人のラブソングス〜 〜公演中止のお知らせ〜2011年5月8日コンサート - 朝日放送 ^ 尾崎紀世彦「1年以上前から入院」実兄明かす - スポーツ報知 2012年5月22日閲覧 ^ 尾崎紀世彦さん死去、69歳「また逢う日まで」 5月30日、がんのため東京都内の病院で死去した。 - 朝日新聞デジタル2012年6月1日閲覧 ^ 尾崎紀世彦さん死去「また逢う日まで」 - 日刊スポーツ 2012年6月2日閲覧 ^ 尾崎紀世彦さん追悼「生歌素晴らしく…」 - 日刊スポーツ 2012年6月2日閲覧 ^ “みこしに遺影…尾崎紀世彦さん偲ぶ会”. 日刊スポーツ. 2023年8月30日閲覧。 ^ “【続報】尊敬の念錦野旦、あんな歌手いない”. 日テレ. 2023年8月30日閲覧。 ^ “尾崎紀世彦さん長男 父の世話のため仕事辞める「いなくなったとは思えない」”. スポニチ. 2023年8月30日閲覧。 ^ みこしに乗って…尾崎紀世彦さんしのぶ会 - 日刊スポーツ 2012年9月2日閲覧 ^ 日本作曲家協会:日本レコード大賞 特別功労賞 尾崎紀世彦 ^ 平成25年 大衆音楽の殿堂(顕彰者一覧)古賀政男音楽博物館 ^ カントリーファンのブログ、カントリーミュージックの掲示板閲覧 ^ 『アナウンサーの独り言』鈴木治彦著(1983年、光風社出版)p.222 ISBN 978-4-87519-715-7 ^ 広島音楽祭で歌う尾崎紀世彦さん=1974年8月9日撮影 - 毎日新聞 2012年6月2日閲覧 ^ 「尾崎紀世彦をしのぶ会」出席者への記念品 - 2012年9月2日 ^ BS-TBS「SONG TO SOUL〜永遠の一曲」|「ホワイト・クリスマス」ビング・クロスビー - 2008年12月25日放送 ^ ワンマンショー「尾崎紀世彦ベスト・アルバム」 - NHKアーカイブス ^ 尾崎紀世彦 - オリコンTV出演情報 ^ 妻の卒業式 | スタッフからArchived 2012年2月6日, at the Wayback Machine. 主題歌「また逢う日まで」について - NHKドラマアーカイブス ^ 「科学忍者隊ガッチャピン」を歌う “歌屋”の性ですね。 - 産経新聞エナック閲覧 ^ https://www.dreampass.jp/m138846 ^ 「釣りバカ」楽しむ余裕なんてなかったなぁ… - ZAKZAK 2005年9月3日閲覧 ^ キリン「TWO DOGS」のCM曲は? - CDJournal リサーチ 2003年4月9日閲覧 ^ BSふれあいステージ 音楽の楽園 尾崎紀世彦 - NHKアーカイブス 2007年6月6日放送(演奏は同メンバー) ^ 尾崎紀世彦さんがばんえい応援ライブ 北海道帯広市 - 朝日新聞デジタル 2007年5月23日閲覧 ^ 尾崎紀世彦“サプライズ”君が代独唱 - スポニチ2010年8月7日閲覧 ^ ハワイアンのすべて - 大橋節夫ファイナルコンサート - | 番組表検索結果 | NHKクロニクル - 2005年8月7日放送
日本コロムビア | 尾崎紀世彦 尾崎紀世彦 | Sony Music 尾崎紀世彦 - NHK人物録 表 話 編 歴 1959(1) 水原弘「黒い花びら」 1960(2) 松尾和子/和田弘とマヒナスターズ「誰よりも君を愛す」 1961(3) フランク永井「君恋し」 1962(4) 橋幸夫/吉永小百合「いつでも夢を」 1963(5) 梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」 1964(6) 青山和子「愛と死をみつめて」 1965(7) 美空ひばり「柔」 1966(8) 橋幸夫「霧氷」 1967(9) ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトウ」 1968(10) 黛ジュン「天使の誘惑」 1969(11) 佐良直美「いいじゃないの幸せならば」 1970(12) 菅原洋一「今日でお別れ」 1971(13) 尾崎紀世彦「また逢う日まで」 1972(14) ちあきなおみ「喝采」 1973(15) 五木ひろし「夜空」 1974(16) 森進一「襟裳岬」 1975(17) 布施明「シクラメンのかほり」 1976(18) 都はるみ「北の宿から」 1977(19) 沢田研二「勝手にしやがれ」 1978(20) ピンク・レディー「UFO」 1979(21) ジュディ・オング「魅せられて」 1980(22) 八代亜紀「雨の慕情」 1981(23) 寺尾聰「ルビーの指環」 1982(24) 細川たかし「北酒場」 1983(25) 細川たかし「矢切の渡し」 1984(26) 五木ひろし「長良川艶歌」 1985(27) 中森明菜「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」 1986(28) 中森明菜「DESIRE -情熱-」 1987(29) 近藤真彦「愚か者」 1988(30) 光GENJI「パラダイス銀河」 1989(31) Wink「淋しい熱帯魚」 1990(32) 堀内孝雄「恋唄綴り」・B.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」 1991(33) 北島三郎「北の大地」・KAN「愛は勝つ」 1992(34) 大月みやこ「白い海峡」・米米CLUB「君がいるだけで」 1993(35) 香西かおり「無言坂」 1994(36) Mr.Children「innocent world」 1995(37) trf「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」 1996(38) 安室奈美恵「Don't wanna cry」 1997(39) 安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」 1998(40) globe「wanna Be A Dreammaker」 1999(41) GLAY「Winter,again」 2000(42) サザンオールスターズ「TSUNAMI」 2001(43) 浜崎あゆみ「Dearest」 2002(44) 浜崎あゆみ「Voyage」 2003(45) 浜崎あゆみ「No way to say」 2004(46) Mr.Children「Sign」 2005(47) 倖田來未「Butterfly」 2006(48) 氷川きよし「一剣」 2007(49) コブクロ「蕾」 2008(50) EXILE「Ti Amo」 2009(51) EXILE「Someday」 2010(52) EXILE「I Wish For You」 2011(53) AKB48「フライングゲット」 2012(54) AKB48「真夏のSounds good !」 2013(55) EXILE「EXILE PRIDE 〜こんな世界を愛するため〜」 2014(56) 三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE「R.Y.U.S.E.I.」 2015(57) 三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBE「Unfair World」 2016(58) 西野カナ「あなたの好きなところ」 2017(59) 乃木坂46「インフルエンサー」 2018(60) 乃木坂46「シンクロニシティ」 2019(61) Foorin「パプリカ」 2020(62) LiSA「炎」 2021(63) Da-iCE「CITRUS」 2022(64) SEKAI NO OWARI「Habit」 2023(65) Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」 第32回から第34回までは演歌・歌謡曲とポップス・ロックの2部門に分けて発表された。括弧内の数字は第○回を示す。 表 話 編 歴 1970 藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」 1971 尾崎紀世彦「また逢う日まで」 1972 小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」 1973 沢田研二「危険なふたり」 1974 森進一「襟裳岬」 1975 布施明「シクラメンのかほり」 1976 都はるみ「北の宿から」 1977 沢田研二「勝手にしやがれ」 1978 ピンク・レディー「サウスポー」 1979 西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」 1980 八代亜紀「雨の慕情」 1981 寺尾聰「ルビーの指環」 1982 岩崎宏美「聖母たちのララバイ」 1983 田原俊彦「さらば‥夏」 1984 五木ひろし「長良川艶歌」 1985 近藤真彦「大将」 1986 中森明菜「Fin」 1987 近藤真彦「泣いてみりゃいいじゃん」 1988 開催中止 1989 光GENJI「太陽がいっぱい」 1990 堀内孝雄「恋唄綴り」 1991 とんねるず「情けねえ」 1992 香西かおり「花挽歌」 1993 堀内孝雄「影法師」 VIAF 日本 CiNii Books CiNii Research MusicBrainz この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。 芸能人の画像提供依頼 尾崎紀世彦 日本の男性ポップ歌手 日本のジャズ歌手 カントリー・ミュージシャン 茅ヶ崎市の歴史 日本レコード大賞受賞者 NHK紅白歌合戦出演者 ユニバーサルミュージックジャパンのアーティスト ビクターエンタテインメントのアーティスト 日本コロムビアのアーティスト ソニー・ミュージックレコーズのアーティスト イギリス系日本人 神奈川県出身の人物 東京都区部出身の人物 肝癌で亡くなった人物 1943年生 2012年没 無効な出典が含まれている記事/2014年 Webarchiveテンプレートのウェイバックリンク ISBNマジックリンクを使用しているページ ウィキデータと異なるNHK人物録ID VIAF識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事 MusicBrainz識別子が指定されている記事 すべてのスタブ記事 歌手に関するスタブ
2024/11/21 23:41更新
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ozaki kiyohiko
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