有吉弘行の情報(ありよしひろいき) 【猿岩石】 タレント 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
有吉 弘行さんについて調べます
■名前・氏名 |
有吉弘行と関係のある人
吉村崇: 有吉弘行を「お師匠さん」と呼んで慕っている 中野美奈子: 有吉弘行のダレトク!?(フジテレビ、2018年2月13日)- シンガポールの穴場観光スポットを紹介。 渡辺隆浩: 出演していたラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFNC)では、リスナーに嫌われるがそれでもリスナーとラジオを愛していると発言した。しかし有吉弘行からは「ラジオストーカー」と認定され、半年間出禁を言い渡された。 櫻井翔: 2013年4月11日、TBS系列『ひみつの嵐ちゃん!』の後継番組である、自身と有吉弘行がメインMCを務めるTBSテレビ『今、この顔がスゴい!』(現:『櫻井・有吉 THE夜会』)の放送が開始。 桶田敬太郎: なお、訃報1か月前の同年1月26日に放送した『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系)にて、有吉弘行がアシスタントである安田和博と共に桶田の死去について触れる場面があった。 徳永善也: 有吉弘行 モト冬樹: 同じミスをし続けるので有吉弘行からは「ニワトリ」、田中卓志からは「高齢者マリオ」と言われた。 獣神サンダー・ライガー: 田村淳と頻繁に共演する有吉弘行、FUJIWARA、春日俊彰はライガーの「ちょっとした罰ゲーム」を頻繁に受けており、「怒りの獣神」のイントロが流れるとスタジオに緊張が走る。 堀内健: また、ダウンタウンの松本人志や、有吉弘行と同様に、共演の芸能人や一般人に対して珍奇な(しかし的確な)あだ名をつけるセンスに優れている。 乾き亭げそ太郎: 命名は所属事務所の先輩である肥後克広と元・猿岩石の有吉弘行。 品川祐: 2007年に「アメトーーク!」(テレビ朝日)で有吉弘行から「おしゃべりクソ野郎」といったあだ名を付けられた時に相当ショックを受けたことに関しては、のちに「本当は芸人として喜ばなきゃいけない。 勝俣州和: その為、有吉弘行や花香よしあき、ORANGE RANGEらにもネタにされており、おしゃれ番長の歌詞にもなっており、PVにも出演している。 藤田ニコル: 有吉弘行のダレトク!?(フジテレビ、2017年2月 - 2019年3月) - 調査員(準レギュラー) 夏目三久: 夫はお笑いタレントの有吉弘行。 宮沢きよこ: “「テッド2」吹替キャスト第2弾発表、有吉弘行×咲野俊介コンビ再び”. 映画ナタリー. 2015年8月10日閲覧。 ワッキー: 渾名の命名者として知られる有吉弘行につけられた渾名は「クソすべり芸人 」。 寺門ジモン: 有吉弘行に付けられたあだ名は、「短足天狗」と言われているが、実際はダチョ・リブレの番組内でノッチ(デンジャラス)が「短足天狗」と命名した。 大石絵理: 有吉弘行のダレトク!?(2017年3月7日、フジテレビ) 優木まおみ: 有吉弘行から、62点というあだ名がつけられた。 成田凌: 欠かせない日課として芸人のラジオを聴くことをあげており、日曜日はJFN『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』、月曜日は朝日放送ラジオ(ABCラジオ)『ミルクボーイの煩悩の塊』、火曜日はTBSラジオ『アルコ&ピース D.C.GARAGE』、水曜日はTBSラジオ『ハライチのターン!』『おぎやはぎのメガネびいき』、金曜日はニッポン放送『霜降り明星のオールナイトニッポン』、土曜日はニッポン放送『オードリーのオールナイトニッポン』を聴いている。 哀川翔: 自身がモノマネされることを好意的に見ており、山口智充、あいかわい翔、有吉弘行、花香よしあき、伊達みきおに対して「面白いから今後も宜しく頼む」と語りかけたほか、映画で共演した自身のそっくりタレントの哀小出翔の芸名の名付け親も哀川とのこと。 尾崎菜々: 有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER(2010年9月26日、JFN) - アシスタント 樅野太紀: 有吉弘行のダレトク!? 福井仁美: 有吉弘行のドッ喜利王(テレビ朝日) 辰巳奈都子: 『ゴッドタン』の「M女オーディション」にて生来のドMぶりを遺憾なく発揮、審査委員長の有吉弘行から「マダムMフライ」とのアダ名を拝受する。 増岡弘: 『正直さんぽ』では有吉弘行の毒舌をたしなめるナレーションが特徴だった。 平子祐希: 事務所の先輩である有吉弘行につけられたあだ名は「つまらない人間」「巨大麩菓子」「かさまし人間」「ゴリラホスト」。 脇田寧人: 渾名の命名者として知られる有吉弘行につけられた渾名は「クソすべり芸人 」。 有吉優樹: 2018年4月28日に広島東洋カープファンとして知られる同姓でタレントの有吉弘行が自身のTwitterにて、「同姓という特殊事情でロッテの有吉投手も応援しています」とツイートした。そして6月6日に行われた交流戦・対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)にてシーズン初勝利を挙げた際には、有吉弘行からTwitterで「ロッテ有吉投手! おめでとうございます!! 同姓会万歳!!」との祝福コメントが寄せられた。 浜辺美波: 同年12月31日放送の『第74回NHK紅白歌合戦』で司会を務めた(有吉弘行、橋本環奈、高瀬耕造アナウンサーと担当)。 |
有吉弘行の情報まとめ
有吉 弘行(ありよし ひろいき)さんの誕生日は1974年5月31日です。広島出身のタレントのようです。
ブレイクと転落、芸風などについてまとめました。テレビ、卒業、映画、兄弟、解散、結婚に関する情報もありますね。今年の情報もありました。有吉弘行の現在の年齢は50歳のようです。
有吉弘行のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)有吉 弘行(ありよし ひろいき、1974年〈昭和49年〉5月31日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者。広島県安芸郡熊野町出身。太田プロダクション所属。 コンビ・猿岩石の元ボケ、ネタ作りを担当。身長172 cm、体重62 kg、血液型A型。妻は夏目三久。1児の父。広島県観光大使、東京銀座の広島県アンテナショップの店名「TAU」名付け親。江戸川区インド人会名誉アンバサダー。 自称「太田プロの真珠、広島が生んだ快男児、軍人ロックスター」。 1993年3月、当時高校に在学中だった有吉は『EXテレビ』(読売テレビ)の企画「公開弟子審査会」(審査員は上岡龍太郎、島田紳助、オール巨人、西川のりおら4名)に合格し、オール巨人(オール阪神・巨人)へ弟子入りした。また、同時期にNSCも受験していたが、合否が発表される前にオール巨人のテレビ企画に参加したため入学はしなかった。さらに、ウッチャンナンチャンなどの卒業生を輩出した日本映画学校の願書も取っていた。しかし弟子期間中に、兄弟弟子と喧嘩に発展して相手に怪我を負わせてしまい、8か月目にして巨人から謹慎を言い渡される。 1994年、そのまま無断で巨人の下を離れた有吉は、地元の同級生だった森脇和成を誘いコンビ『猿岩石』を結成し、2人で上京する。1995年、太田プロダクションの新人オーディションに合格しデビュー。後に巨人の楽屋に出向き、正式に破門となる。 1996年、『進め!電波少年』でのヒッチハイクの旅企画が話題を呼び、デビューシングル『白い雲のように』が、お笑い芸人としては異例の累計150万枚、130万枚、114万枚のミリオンセラーを記録する等、大ブレイク。 帰国後はCDや著書が爆発的に売れるも肝心のお笑いで結果を残せず、程なくして人気は低迷し仕事も激減。本人曰く自身は当時「天狗」になっており、あまり人に好かれておらず、ブームが去るとその後の転落速度は相当なものだった。有吉曰く「旅から帰ってきてから10年間面白くないと言われ続けた」と言う。 2004年に猿岩石を解散し、ピン芸人として活動を始める。このころから『内村プロデュース』(テレビ朝日)へ出演するようになり(出演当初は猿岩石として、解散後は有吉のみ)、これが久々の全国ネット番組への出演となり、復活への足掛かりとなった。有吉によれば自分の復活は正しく「内Pのおかげ」であり、「内Pで再デビュー」といった気持ちでもあったとのこと。なお、内P出演時は基本的にリアクション芸で裸だった(そのために体力も錬成し、ダイエットも行った)。また女性ファン層は諦め、同世代の男性に的を絞っていった。そしてダチョウ倶楽部の協力などもあり、それらは一定の成果を収めた。有吉自身、結果的には「裸」が功を奏したと語っている。月収はいつしか30万円程度にまで回復し ていた。 有吉曰く(面白くないと言われていた時期に)「内村さんとダチョウ倶楽部とさまぁ~ずだけが「面白い」と評価してくれていた。それらがいなかったら辞めたってなっていただろう」 2007年、『アメトーーク!』で発生した「おしゃクソ事変」が話題を呼ぶ(詳しくは後述)。8月23日放送回で、品川祐に対して世間が持っているイメージを「おしゃべりクソ野郎」と表現し、これが爆笑を呼んだというもの。このコメントは同番組の年間流行語大賞となり、有吉本人も「久々に爆笑という感覚を味わった」と自賛している。以降、有吉はあだ名および毒舌芸人として人気を得ることとなる。 なお有吉が2010年に述懐したところによれば、決して自分から「再ブレイク」などと言って反感を買うようなことはせず、できるだけ目立たず名誉より金ということである。R-1ぐらんぷりにも興味はなく、太田プロのライブにも出ていないとのこと。 その後順調に仕事は増え、2011年にはメディアの調査・分析を行うニホンモニターの調査による「2011年テレビ番組出演本数ランキング」において出演総本数499本を記録し、1位となった。 2012年3月、広島県観光大使に就任した。 2013年11月23日、第10回『IPPONグランプリ』で初優勝、翌2014年11月8日には第12回『IPPONグランプリ』で二度目の優勝を果たした。 2013年には一気に5本のレギュラー番組が増え、そのうち4本が冠番組を占めるなど仕事が大幅に広がった。 2019年4月『有吉のお金発見 突撃!カネオくん』がレギュラー放送となり、主要テレビ局(NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京)全てにレギュラー冠番組を持つことになった。地上波の全局同時レギュラー出演は2008年に国分太一、2014年にさまぁ〜ずが達成しているが、全局同時のレギュラー冠番組を持ったのは有吉がテレビ史上初である。また2022年10月から「有吉クイズ」が火曜日のプライムタイムに昇格し、全ての曜日のプライム帯に冠番組を持つ芸能史上に類を見ない〝偉業〟を達成した。 2021年4月2日、夏目三久と前日の4月1日に結婚したことを所属事務所を通じて発表した。 2022年12月31日『第73回NHK紅白歌合戦』に純烈の応援ゲストとしてダチョウ倶楽部と初出演し、猿岩石の時代に果せなかった「白い雲のように」を紅白歌合戦で歌唱した。 2023年10月6日、同年12月31日に生放送される『第74回NHK紅白歌合戦』の司会を務めることが発表された。 2024年3月3日、自身のレギュラーラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』のオープニング内にて、第1子の誕生を発表した。出生日と性別は公表していない。 ブレイクと転落ブレイク時の有吉の月収は、最高で2000万円に達していた。しかし有吉は「ブームはそう長くは続かない」と考えて、毎月の生活費を抑え貯蓄に励んだ。貯蓄は最高時で7000万円に達したが、税金の支払いなどで残ったのは約4000万円だった。 その後、有吉の予想通りに仕事の量は減少。毎月100万円だった給料も歩合制と化し、月収7万円から8万円もしくはゼロとなっていった。しかしながらブレイク時の収入を貯蓄していた有吉は、貯蓄を切り崩すことで不遇の時期を乗り切っていった。有吉は当時を振り返り、「このような倹約があったからこそ、不遇の時代を借金することなしに過ごすことができた。そうでなければ、恐らくホームレスに転落していた」「この貯蓄があったから踏みとどまれた」などと述懐している。なお約4000万円あった貯蓄は、7~8年後には数百万円程度まで減少していた。 しかしながら有吉は転落してしまったことを非常にストレスだと考え、相当に思い詰めていた。収入が少ないにも拘らず、人から蔑まれるのが苦痛でアルバイトなどもできなかったため当時は自殺もよぎったとのこと。芸事の方向性も迷走し、有吉は漫画用具一式を購入して漫画家を志しかけたり、一物を切り落としてオネエタレントとして再起を図ろうとしたり、AV男優へ転身しようかと考えたこともあった。 その後はモノマネ番組に出演し、哀川翔のモノマネがお茶の間に受けて復活するキッカケになる。哀川本人からも「面白いから宜しく頼む」と連絡が入ったという。ネタが勝俣州和の罵倒や悪口だったので勝俣からの評判は良くない。桃井かおりやさだまさしなども披露している。 芸風コンビ時代は主にコントを演じネタ作りも担当していたが、解散後はピン芸人としての舞台用のネタなどは一切持っておらず、バラエティ番組に特化した純粋なテレビタレントとなっている。後述の「あだ名の命名」に代表されるような、毒舌や辛口コメントを得意としている。毒舌に関しては、有吉自身が『嫌われない毒舌のすすめ』『毒舌訳 哲学者の言葉』 という著書を出版するほど。 あだ名の命名発端は『アメトーーク!』2007年8月23日放送分。有吉が「一発屋芸人にならないための方法」を指南する役としてゲスト出演し、そこで「世間から『これ』という固定イメージを持たれないことが大事」と解説。その話の流れで有吉がひな壇に並ぶ他のゲストたちに、「世間が持ってるイメージ」をアドリブで直接伝えていくことになった。その際に品川祐に対して、品川の芸風を揶揄して「おしゃべりクソ野郎」というあだ名を命名した。この一連の流れがスタジオの大爆笑を誘い(MCだった宮迫博之曰く「客席が弾けた」)、その後他の番組でも「有吉が品川のことを『おしゃべりクソ野郎』と呼んだ」というエピソードが多く語られるなど次第に反響は大きくなり、ついには2008年3月13日放送分において「おしゃべりクソ野郎」が、「アメトーーク! 年間流行語大賞」に選ばれた。この一連の出来事を有吉自身は「おしゃクソ事変」と呼んでいる。 この出来事以降、有吉のこの『あだ名の命名』という特技が『アメトーーク!』を中心に多くの番組で取り上げられ、多数の共演者に対して毒を含んだあだ名を命名している。これをきっかけとして、有吉は「毒舌キャラ」「イジりキャラ」と認識され再びテレビの露出が多くなり、再ブレイクに至った。 有吉は、『アメトーーク!』の演出兼プロデューサー・加地倫三(あだ名は「オシャレ骸骨」)に対して「(テレビにたくさん出られるようにしてくれた)加地さんと雨さんと品川に感謝です」という感謝のメールを送っている。 有吉に「元気の押し売り」というあだ名をつけられたベッキーは、ブログで「それにしても有吉さんのネーミングも最強ですね!(中略) しつこいようですが、“おもしろければ何でもOK”な人間なので、私は大丈夫です! あー楽しかったー!!!」と有吉を大絶賛している。 2009年10月29日付けのブログでは、差出人部分に「有吉を殺す会」と書かれたはがきが送られてきたことを明かしている。 このほかにも相手の逆鱗に触れたり、相手自身は寛大な態度を示していても、その所属事務所幹部からの反感を買って共演不可を申し入れられた事例も少なくない。 また、長野県では県民性が起因して自身の芸風を受け入れてもらえず県域局のローカル番組をわずか2か月で降板させられたこともある。 有吉のあだ名命名については、「特に、タレントにあだ名をつけるのが天才的にうまい」「『クソ』『野郎』が多いのが目につきますが、毒の含み具合が絶妙」(芸能ライター)、「あだ名芸人として活躍の場を広げている」(『TV LIFE』編集部) と、内外から評価され、有吉の「瞬時に人物の特徴を捉える」あだ名の命名は「芸」であるとの評価がなされている。 2024/06/13 08:08更新
|
ariyoshi hiroiki
有吉弘行と同じ誕生日5月31日生まれ、同じ広島出身の人
TOPニュース
Hey! Say! JUMPの有岡大貴と松岡茉優が結婚を発表
NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に
King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表
平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太の3人ダンスボーカルグループのNumber_iから新曲「BON」のMV公開。
元宝塚トップスターの光原エミカが1000万円詐取の疑いで逮捕
有吉弘行と近い名前の人
話題のアホネイター
この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「有吉弘行」を素材として二次利用しています。