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淡路仁茂の情報 (あわじひとしげ)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【4月10日】今日誕生日の芸能人・有名人

淡路仁茂の情報(あわじひとしげ) 将棋 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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淡路 仁茂さんについて調べます

■名前・氏名
淡路 仁茂
(読み:あわじ ひとしげ)
■職業
将棋棋士
■淡路仁茂の誕生日・生年月日
1950年3月21日 (年齢75歳)
寅年(とら年)、牡羊座(おひつじ座)
■出身地・都道府県
兵庫出身

(昭和25年)1950年生まれの人の年齢早見表

淡路仁茂と同じ1950年生まれの有名人・芸能人

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淡路仁茂と同じ出身地兵庫県生まれの有名人・芸能人


淡路仁茂と関係のある人

青野照市: 青野が関東優勝を決めた後、過去に2度の関西優勝歴があった淡路仁茂が関西優勝をしたため、東西決戦なしで二人が同時に四段に昇段することとなった。


内藤國雄: 1983年には神戸組で順位戦Aクラス以上4名(内藤、森安秀光、谷川浩司、淡路仁茂)、タイトル4個獲得(内藤王位・王座、谷川名人、森安棋聖)の全盛期となった。


久保利明: 淡路仁茂九段門下。


内藤國雄: また、同年度には同じ藤内門下の淡路仁茂もフリークラス規定により引退したことで、藤内門下の棋士8人は全員が引退もしくは物故となった。


大庭美夏: 育成会時代からNHK将棋講座に出演、塚田泰明、淡路仁茂、中原誠、浦野真彦らのアシスタントを務めた。


内藤国雄: 1983年には神戸組で順位戦Aクラス以上4名(内藤、森安秀光、谷川浩司、淡路仁茂)、タイトル4個獲得(内藤王位・王座、谷川名人、森安棋聖)の全盛期となった。


井上慶太: 1981年の王位戦予選、淡路仁茂 対 中田章道の339手に及んだ将棋で記録係を務めていた。


内藤國雄: 1968年に藤内が死去したのち、淡路仁茂、小阪昇、酒井順吉が三段で苦労していたため、すでにプロになっていた内藤は彼らと「若手勉強会」を行い、のちに三名ともプロとなった。


内藤国雄: また、同年度には同じ藤内門下の淡路仁茂もフリークラス規定により引退したことで、藤内門下の棋士8人は全員が引退もしくは物故となった。


桐山清澄: デジタル技術に比較的明るく、1995年頃から淡路仁茂の助けも借り棋譜データベースの導入を進めるなど、パソコンを早くから活用していた。


内藤国雄: 1968年に藤内が死去したのち、淡路仁茂、小阪昇、酒井順吉が三段で苦労していたため、すでにプロになっていた内藤は彼らと「若手勉強会」を行い、のちに三名ともプロとなった。


村田智弘: 淡路仁茂門下。


淡路仁茂の情報まとめ

もしもしロボ

淡路 仁茂(あわじ ひとしげ)さんの誕生日は1950年3月21日です。兵庫出身の将棋棋士のようです。

もしもしロボ

引退、現在、趣味、テレビに関する情報もありますね。淡路仁茂の現在の年齢は75歳のようです。

淡路仁茂のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

淡路 仁茂(あわじ ひとしげ、1950年3月21日 - )は、将棋棋士。棋士番号は113。兵庫県神戸市出身。藤内金吾八段門下。名人戦A級通算1期。

関西三段リーグで1970年、1972年に優勝するが、東西決戦で敗れて四段昇段を逸する。そして、1973年度に3度目の優勝をし、「3度目は東西決戦不要」の規定により四段昇段してプロデビューする。

1977年度、第16期十段戦と第27期王将戦でリーグ入り。いずれも定員がA級順位戦より少なく、将棋界屈指の難関リーグとされていたが前者では5勝5敗・4位の成績でリーグ残留、後者では3勝4敗でリーグに残留できなかったものの、2つのリーグで大山康晴(当時棋聖)に3連勝を挙げた。当年度は将棋大賞の新人賞・最多勝利賞(43勝)・最多対局賞(65局)を受賞した。

1979年度、第35期棋聖戦を勝ち上がり中原誠への挑戦権を獲得。五番勝負は3連敗で敗退したが、当年度は将棋大賞の敢闘賞を受賞した。

第40期(1981年度)、第41期(1982年度)の昇降級リーグ(順位戦)で、それぞれ8勝2敗(リーグ2組・B級2組相当)、9勝3敗(リーグ1組・B級1組相当)の成績を収め、2年連続昇級で名人戦挑戦者決定リーグ(A級)八段となる。

第43期(2002年度)王位戦でリーグ入り。森内俊之(当時名人)・南芳一に勝利するが、リーグ残留には失敗。翌年の第44期(2003年度)王位戦でも予選を勝ち上がり、プロ入り5年目の若手・山崎隆之を予選決勝で下し2期連続のリーグ入り。リーグでも佐藤康光(当時棋聖)・石川陽生に勝利するが、再びリーグ残留に失敗。

2011年度以降は順位戦に出場せずフリークラスに転出。65歳で迎えた2014年度公式戦の最終対局(2015年5月21日・第28期竜王戦5組残留決定戦・対森雞二)に勝ち、6組への降級を回避した上で引退。勝敗に関わらず引退となる対局に勝ち「有終の美」を飾ったケースは、大内延介以来5年ぶりであった。

受けにおける粘り強さに因み、原田泰夫に「不倒流」と命名され、二つ名として定着していた。

また、長手数の対局が多く、1局が160手を超えることも頻繁にあったことにちなみ、三枚目の男という異名もつけられた。

六段時代の1981年10月23日・第23期王位戦予選2回戦(対中田章道戦)では339手までもつれ込み、先手の淡路が勝利した。当対局は入玉を含まないものに限定すると2023年現在も公式戦の最長手数記録とされている。後に『将棋世界』の付録にて、この将棋が採り上げられた際に、自ら「長手数の美学」と題名を付けた。こちらも淡路の棋風を象徴する二つ名として用いられるようになった。

後手番一手損角換わり戦法の産みの親であり、2006年に升田幸三賞を受賞した。また、現代矢倉の基礎的な変化をまとめた功績もある。

2005年度より2011年度まで、日本将棋連盟常務理事を務め、2015年6月より同監事を務めた。

パソコン及びインターネットに明るく、日本将棋連盟の棋譜管理ソフトの開発に携わったこともある。

羽生善治との通算対戦成績は、2勝1敗と勝ち越して締めくくった(2連勝の後に1敗)。 豊川孝弘が将棋解説の際に攻めが間に合わないという意味でよく使用する駄洒落の「間に淡路」を、豊川に「どんどん使ってくれ」と勧めたという。 中国象棋も趣味としていた。

公式戦で延べ7回の反則負けを喫したとされているが、これは日本将棋連盟の記録に残る範囲では全棋士中1位とされる。以下に対局日・棋戦・対戦相手・反則内容の詳細を記す。

反則負けの多さに関しては将棋界でも多くの場面でネタにされ、2005年にNHK衛星第2テレビで放映された「大逆転将棋」の「プロ反則負け特集」において、米長邦雄永世棋聖から「永世反則王」の称号を与えられる演出があった。

反則負けの他、2007年6月7日・第20期竜王戦5組昇級者決定戦2回戦(対大内延介戦)では時間切れによって敗北した。淡路自身は時間切れに至った経緯について、自身に対する秒読みを隣で対局していた対局者の秒読みだと思い込んでいた旨、後年述懐したという。

淡路自身も反則負けの多さを意識していると見られ、上記「プロ反則負け特集」の司会を担当した神吉宏充の証言によると、神吉が反則負けをした際には、直後にうなだれる神吉のもとに駆けつけ、「君も(反則を)やったか!」と喜んだという。 また、自身の引退対局(上述)が終局した後のインタビューでも、同席していた弟子の久保利明が通算成績について言及した際に「反則が多かったからなー」と述懐した。

(2022年4月1日現在

(2022年4月1日現在

神戸将棋センター館主として広く普及活動を行っている。

孫弟子には女流棋士の榊菜吟と久保翔子(いずれも久保の弟子。久保翔子は久保の長女)がいる。

指導熱心、弟子煩悩な面を語るエピソードとして、弟子の一人である久保が4歳のときに淡路は19枚落ち(淡路側は玉将1枚のみ)から指導した、将棋世界の企画における角落ち対局(上手久保・下手金井恒太)の際、棋士室で上手の久保を心配していた、などがある。

1966年00月00日: 5級 = 奨励会入会

1968年00月00日: 初段

1974年04月01日: 四段 = プロ入り

1975年04月01日: 五段(順位戦C級1組昇級)

1978年04月01日: 六段(昇降級リーグ2組昇級)

1982年04月01日: 七段(昇降級リーグ1組昇級)

1983年04月01日: 八段(名人戦挑戦者決定リーグ昇級)

1996年04月26日: 九段(勝数規定/八段昇段後公式戦250勝)

2015年05月21日: 引退

1392戦 695勝697敗(勝率 0.4993)

棋聖 1回(第35期-1979年度後期)

オールスター勝ち抜き戦5勝以上 1回(第6回-1983年度、5連勝)

第5回(1977年度) 新人賞・最多対局賞・最多勝利賞

第7回(1979年度) 敢闘賞

第33回(2005年度) 升田幸三賞(後手番一手損角換わり)

第43回(2015年度) 東京将棋記者会賞

1998年 現役勤続25年

2003年 通算600勝達成(将棋栄誉賞、27人目、600勝 525敗)

早指し将棋の指し方(1980年11月、成美堂出版、ISBN 4-415-04619-3)

^ 順位戦のC級2組で降級点を3回喫したり、三段リーグで次点2回を獲得したりしてフリークラスに編入した棋士が、在籍期限の最終年度に竜王戦5組に残留した場合は竜王戦に限定して引退を2年間延長できる規定が存在する。しかし淡路は自身の意思でフリークラスに転出したため、この規定の対象外であった。

^ 2010年4月20日・第23期竜王戦5組残留決定戦における石田和雄との対局。

^ 当時、棋譜の記録用紙には1枚に80手分しか記入できず、160手を超える対局を記録する際は3枚の用紙を用いざるを得なかったことによる。

^ 棋士仲間のパソコンのセットアップもよく委ねられたという。

^ この時、5七と6六に淡路の角があった。無論、6六の角が1一に成るのは反則ではない。

^ 当称号は日本将棋連盟に公的に存在しないことは言うまでもなく、あくまで同番組における演出の一環として設けられた架空の称号である。

^ 『順位戦・フリークラスについて:日本将棋連盟』。オリジナルの2013年7月2日時点におけるアーカイブ。https://web.archive.org/web/20130702092744/http://www.shogi.or.jp/kisen/junni/kitei.html。 

^ “淡路仁茂九段が引退|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟. 2017年8月26日閲覧。

^ 「将棋世界」2009年1月号「感想戦後の感想」

^ 玲瓏・羽生善治データベース

^ 「『両取りヘップバーン』はそんなに好きじゃなくて……」あの将棋オヤジギャグはこうして生まれた ――豊川孝弘七段インタビュー #1 - 文春オンライン(2019年4月26日)

^ 能智映『愉快痛快 棋士365日」(日本将棋連盟)P.128

^ 日本将棋連盟モバイル「淡路仁茂九段・共同インタビュー」2015年5月21日(潤記者)

^ 「将棋世界」2009年6月号「トップ棋士vs新鋭棋士 指し込み2番勝負!!」

^ 『平成28年版 将棋年鑑 2016』80頁。

^ 「名人戦・順位戦」『日本将棋連盟』。

^ 「竜王戦」『日本将棋連盟』。

^ “第43回将棋大賞受賞者のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟. 2017年8月26日閲覧。

^ 「淡路仁茂、通算600勝(将棋栄誉賞)達成」『日本将棋連盟』。2003年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。

将棋棋士一覧

棋戦 (将棋)

淡路仁茂|棋士データベース|日本将棋連盟

神戸将棋教室

関根金次郎 (※1938名人退位)

坂田三吉 (※1940引退)

永沢勝雄 (1946引退)

山本樟郎 (※1946引退)

金易二郎 (1947引退)

渡辺東一 (1985引退)

加藤治郎 (1949引退)

奥野基芳 (1949引退)

土居市太郎 (※1949引退)

金子金五郎 (1950引退)

志沢春吉 (1950引退)

北楯修哉 (1951引退)

木村義雄 (1952引退)

中井捨吉 (1952引退)

市川一郎 (1956引退)

吉田六彦 (1956引退)

佐藤豊 (1956引退)

加藤恵三 (1957引退)

畝美与吉 (※1957引退)

野村慶虎 (※1957引退)

増田敏二 (1958引退)

浅沼一 (1958引退)

梶一郎 (1959引退)

荒巻三之 (1959引退)

板谷四郎 (1959引退)

京須行男 (※1960引退)

高島一岐代 (1962引退)

高柳敏夫 (1963引退)

萩原淳 (1964引退)

平野広吉 (1965引退)

山本武雄 (1968引退)

木川貴一 (1968引退)

山川次彦 (1970引退)

津村常吉 (1970引退)

賀集正三 (1970引退)

山田道美 (※1970現役死去)

佐藤庄平 (1971引退)

岡崎史明 (1972引退)

神田鎮雄 (1972引退)

大友昇 (1972引退)

西本馨 (1973引退)

大村和久 (1975引退)

松浦卓造 (※1977現役死去)

熊谷達人 (1977現役死去)

清野静男 (1977現役死去)

塚田正夫 (1977現役死去)

升田幸三 (1979引退)

大野源一 (1979現役死去)

高田丈資 (1979現役死去)

二見敬三 (1980現役死去)

松下力 (1981引退)

本間爽悦 (1981現役死去)

原田泰夫 (1982引退)

北村秀治郎 (1982現役死去)

灘蓮照 (1984現役死去)

坂口允彦 (1985引退)

角田三男 (1985引退)

松田茂役 (1985引退)

南口繁一 (1985引退)

下平幸男 (1985引退)

橋本三治 (1985引退)

花村元司 (1985現役死去)

山中和正 (1986引退)

星田啓三 (1986引退)

小堀清一 (1987引退)

北村文男 (1987引退)

芹沢博文 (1987現役死去)

廣津久雄 (1988引退)

五十嵐豊一 (1988引退)

板谷進 (1988現役死去)

伊達康夫 (1989引退)

佐瀬勇次 (1990引退)

加藤博二 (1990引退)

二上達也 (1990引退)

大原英二 (1990引退)

木村嘉孝 (1991引退)

木村義徳 (1991引退)

有野芳人 (1991引退)

吉田利勝 (1992引退)

大山康晴 (1992現役死去)

長谷部久雄 (1993引退)

森安秀光 (1993現役死去)

小野敦生 (1993現役死去)

富沢幹雄 (1994引退)

北村昌男 (1994引退)

関屋喜代作 (1994引退)

丸田祐三 (1996引退)

佐藤大五郎 (1996引退)

高島弘光 (1996現役死去)

村山聖 (1998現役死去)

宮坂幸雄 (1999引退)

田辺一郎 (1999引退)

剱持松二 (2000引退)

木下晃 (2000引退)

若松政和 (2000引退)

池田修一 (2000引退)

青木清 (2000引退)

瀬戸博晴 (2000引退)

安恵照剛 (2001引退)

関根茂 (2002引退)

佐伯昌優 (2002引退)

山口英夫 (2002引退)

河口俊彦 (2002引退)

椎橋金司 (2002引退)

山口千嶺 (2003引退)

米長邦雄 (2003引退)

野本虎次 (2003引退)

本間博 (2003引退)

森安正幸 (2004引退)

中田章道 (2004引退)

鈴木輝彦 (2004引退)

西村一義 (2006引退)

酒井順吉 (2006引退)

桜井昇 (2007引退)

桐谷広人 (2007引退)

小野修一 (2007引退)

関浩 (2007引退)

真部一男 (2007現役死去)

達正光 (2007現役死去)

菊地常夫 (2008引退)

加瀬純一 (2008引退)

中原誠 (2009引退)

坪内利幸 (2009引退)

沼春雄 (2009引退)

有吉道夫 (2010引退)

大内延介 (2010引退)

小阪昇 (2010引退)

依田有司 (2010引退)

勝浦修 (2011引退)

飯野健二 (2011引退)

伊藤果 (2011引退)

松浦隆一 (2011引退)

児玉孝一 (2011引退)

神吉宏充 (2011引退)

石田和雄 (2012引退)

櫛田陽一 (2012引退)

滝誠一郎 (2013引退)

武者野勝巳 (2013引退)

植山悦行 (2013引退)

野田敬三 (2013引退)

佐藤義則 (2014引退)

前田祐司 (2014引退)

武市三郎 (2014引退)

大野八一雄 (2014引退)

飯田弘之 (2014引退)

内藤國雄 (2015引退)

田中魁秀 (2015引退)

淡路仁茂 (2015引退)

大島映二 (2015引退)

安西勝一 (2015引退)

熊坂学 (2015引退)

田丸昇 (2016引退)

伊藤能 (2016現役死去)

加藤一二三 (2017引退)

森雞二 (2017引退)

宮田利男 (2017引退)

森信雄 (2017引退)

堀口弘治 (2017引退)

中尾敏之 (2018引退)

高田尚平 (2019引退)

土佐浩司 (2020引退)

伊藤博文 (2020引退)

東和男 (2021引退)

西川慶二 (2021引退)

金沢孝史 (2021引退)

桐山清澄 (2022引退)

小林健二 (2022引退)

田中寅彦 (2022引退)

小林宏 (2022引退)

藤倉勇樹 (2022引退)

石川陽生 (2023引退)

上野裕和 (2023引退)

中田宏樹 (2023現役死去)

青野照市 (2024引退)

室岡克彦 (2024引退)

中座真 (2024引退)

伊奈祐介 (2024引退)

永作芳也 (1988退会)

橋本崇載 (2021引退、2022退会)

1 大内延介(9)

2 桐山清澄(6)

3 勝浦修(7)・内藤國雄(6)・石田和雄(6)

4 森安秀光(11)

5 谷川浩司(6)・田中寅彦(6)・島朗(5)

6 淡路仁茂(5)・南芳一(5)

7 有吉道夫(11)・谷川浩司(5)・中原誠(5)

8 青野照市(6)・勝浦修(6)・大山康晴(5)・島朗(6)

9 谷川浩司(12)・島朗(7)

10 該当なし

10-11 中原誠(12)

11 羽生善治(6)

12 森下卓(6)・南芳一(9)・米長邦雄(6)・中田宏樹(8)

13 屋敷伸之(10)・森内俊之(6)・羽生善治(5)・森下卓(6)

14 丸山忠久(6)・森雞二(6)・南芳一(7)

15 丸山忠久(11)

16 森下卓(8)

17 該当なし

18 久保利明(6)・中田宏樹(5)

19 深浦康市(5)・野月浩貴(6)・佐藤康光(7)

20 丸山忠久(8)・羽生善治(16)・阿部隆(5)

20-21 郷田真隆(7)

21 丸山忠久(6)

22 羽生善治(7)

近代将棋

74 森安秀光

75 真部一男

76 青野照市

77 田中寅彦

78 淡路仁茂

79 谷川浩司

80 福崎文吾

81 小林健二

82 中村修

83 南芳一

84 高橋道雄

85 島朗

86 富岡英作

87 羽生善治

88 森下卓

89 森内俊之

90 屋敷伸之

91 佐藤康光

92 中田宏樹

93 郷田真隆

94 深浦康市

95 丸山忠久

96 行方尚史

97 鈴木大介

98 真田圭一

99 木村一基

00 堀口一史座

01 山崎隆之

02 松尾歩

03 渡辺明

04 田村康介

05 阿久津主税

06 佐藤紳哉

07 糸谷哲郎

08 村山慈明

09 佐藤天彦

10 戸辺誠

11 豊島将之

12 菅井竜也

13 永瀬拓矢

14 大石直嗣

15 千田翔太

16 斎藤慎太郎

17 八代弥

18 藤井聡太

19 大橋貴洸

20 本田奎

21 池永天志

22 伊藤匠

23 服部慎一郎

24 藤本渚

25 岡部怜央

74 原田泰夫

75 熊谷達人

76 大内延介

77 真部一男

78 花村元司

79 石田和雄

80 淡路仁茂

81 桐山清澄

82 田中寅彦

83 桐山清澄

84 田中寅彦

85 中村修

86 塚田泰明

87 中村修

88 羽生善治

89 南芳一

90 森下卓

91 屋敷伸之

92 羽生善治

93 村山聖

94 深浦康市

95 深浦康市

96 森雞二

97 屋敷伸之

98 郷田真隆

99 郷田真隆

00 鈴木大介

01 久保利明

02 森内俊之

03 佐藤康光

04 渡辺明

05 山崎隆之

廃止

74 米長邦雄

75 大山康晴 , 米長邦雄

76 大山康晴

77 米長邦雄

78 米長邦雄 , 淡路仁茂

79 米長邦雄

80 大山康晴

81 米長邦雄

82 森安秀光

83 中原誠

84 森安秀光

85 加藤一二三

86 谷川浩司

87 谷川浩司

88 高橋道雄

89 羽生善治

90 羽生善治

91 森下卓

92 森内俊之

93 羽生善治

94 佐藤康光

95 郷田真隆

96 深浦康市

97 谷川浩司 , 阿部隆

98 郷田真隆

99 藤井猛 , 羽生善治 , 谷川浩司

00 谷川浩司 , 丸山忠久

01 羽生善治

02 木村一基

03 羽生善治

04 森内俊之

05 羽生善治

06 羽生善治

07 佐藤康光

08 羽生善治

09 久保利明

10 久保利明

11 渡辺明

12 羽生善治

13 羽生善治

14 羽生善治

15 豊島将之

16 佐藤天彦

17 千田翔太 , 佐々木勇気

18 藤井聡太

19 広瀬章人

20 佐々木大地

21 永瀬拓矢

22 藤井聡太

23 服部慎一郎

24 伊藤匠

25 岡部怜央

74 大山康晴

75 大山康晴

76 大山康晴

77 加藤一二三

78 淡路仁茂

79 米長邦雄

80 大山康晴

81 米長邦雄

82 森安秀光

83 中原誠

84 桐山清澄

85 加藤一二三 , 有吉道夫 , 島朗

86 谷川浩司

87 谷川浩司

88 羽生善治

89 羽生善治

90 羽生善治

91 森下卓

92 森内俊之

93 羽生善治

94 佐藤康光

95 羽生善治 , 郷田真隆

96 羽生善治 , 丸山忠久 , 深浦康市

97 阿部隆

98 郷田真隆

99 藤井猛

00 丸山忠久

01 羽生善治

02 木村一基

03 羽生善治

04 森内俊之

05 羽生善治

06 渡辺明

07 佐藤康光

08 羽生善治

09 久保利明

10 豊島将之

11 羽生善治

12 羽生善治 , 豊島将之

13 羽生善治

14 羽生善治

15 菅井竜也

16 佐藤天彦

17 千田翔太

18 藤井聡太

19 佐々木大地

20 藤井聡太

21 藤井聡太 , 永瀬拓矢

22 藤井聡太

23 藤井聡太

24 伊藤匠 , 藤本渚

25 岡部怜央

81 松下力

82 原田泰夫

83 角田三男

84 荒巻三之

85 金子金五郎

86 渡辺東一 , 花村元司

87 山本武雄

88 高柳敏夫

89 廣津久雄

90 佐瀬勇次

91 五十嵐豊一

92 加藤治郎

93 大山康晴

94 蛸島彰子

95 長谷部久雄

96 丸田祐三

97 木村義徳

98 内藤國雄

99 加藤博二

00 関根茂 , 関根紀代子

01 有吉道夫

02 加藤一二三

03 西村一義

04 二上達也

05 河口俊彦

06 瀬川晶司

07 コンピュータ将棋協会

08 真部一男

09 大内延介

10 谷川治恵

11 佐伯昌優

12 勝浦修

13 石田和雄

14 滝誠一郎

15 佐藤義則

16 淡路仁茂

17 森信雄

18 森雞二

19 伊藤果

20 高橋和

21 杉本昌隆

22 桐山清澄

23 田中寅彦 , 中田宏樹

24 小林健二 , 小山怜央

25 青野照市

95 内藤國雄

96 中原誠

97 藤井猛

98 青野照市

99 中座真

00 米長邦雄

01 三浦弘行

02 近藤正和

03 児玉孝一

04 谷川浩司 , <立石勝己>

05 鈴木大介

06 淡路仁茂 , <森下卓>

07 佐藤康光

08 今泉健司 , <真部一男>

09 久保利明

10 飯島栄治

11 星野良生

12 佐藤康光 , <山崎隆之>

13 藤井猛

14 松尾歩

15 菅井竜也 , <塚田泰明>

16 富岡英作

17 千田翔太 , <加藤一二三>

18 青野照市 , 佐々木勇気 , <大内延介>

19 藤井聡太 , <丸山忠久>

20 elmo , <脇謙二>

21 大橋貴洸 , <藤井聡太>

22 千田翔太 , <田中寅彦>

23 嬉野宏明

24 伊藤匠 , <村田顕弘>

25 佐藤天彦

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2025/04/04 03:11更新

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昌子 楓(しょうじ かえで、1991年3月21日 - )は、日本の女優、アートディレクター、実業家(株式会社Casail〈カサイル〉前 代表取締役CEO)。 兵庫県神戸市出身。A-team Grou…

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