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清田育宏の情報 (きよたいくひろ)
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【4月4日】今日誕生日の芸能人・有名人

清田育宏の情報(きよたいくひろ) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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清田 育宏さんについて調べます

■名前・氏名
清田 育宏
(読み:きよた いくひろ)
■職業
野球選手
■清田育宏の誕生日・生年月日
1986年2月11日 (年齢39歳)
寅年(とら年)、水瓶座(みずがめ座)
■出身地・都道府県
千葉出身

(昭和61年)1986年生まれの人の年齢早見表

清田育宏と同じ1986年生まれの有名人・芸能人

清田育宏と同じ2月11日生まれの有名人・芸能人

清田育宏と同じ出身地千葉県生まれの有名人・芸能人


清田育宏と関係のある人

和田康士朗: 同27日のオリックス・バファローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)では、7回裏に清田育宏の代走として出場。


増井浩俊: 一方でセーブ失敗も6度記録してしまい、井口資仁の現役引退試合であった9月24日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)でも、2点リードの9回裏に登板したが、先頭の代打・清田育宏に右前打を打たれた後に次打者の井口から同点本塁打を打たれた。


田原誠次: 初奪三振:同上、4回表に清田育宏から空振り三振


竹原直隆: 2010年に同じ右打ちの外野手の荻野貴司や清田育宏の加入や、新監督の西村徳文が前任のバレンタインと反対にスタメンを固定する方針を取ったことなどで出番が減少。


藤原恭大: 荻野貴司、清田育宏、角中勝也などの、新型コロナウイルスに感染した主力外野手が一軍に復帰しても一軍への帯同を続け、26試合に出場し、打率.260、3本塁打、10打点、4盗塁の成績を残し、コロナ禍のチームを支え、チーム4年ぶりのクライマックスシリーズ進出、13年ぶりの2位に貢献した。


永井怜: 永井はこの試合で6回表に「打者1人」という条件で登板すると、東洋大学の後輩・清田育宏から三振を奪って現役生活を終えた。


中村奨吾: 角中勝也や清田育宏に3番打者を譲る形となり、5月21日にはスタメン落ちとなった。


伊志嶺忠: 楽天ではムードメーカー的存在であり、2012年4月17日の千葉ロッテマリーンズ戦が雨天中止となった際には清田育宏と共に水しぶきを浴びながらヘッドスライディングを行うパフォーマンスを披露している。


金山泉: 2011年5月26日・阪神対千葉ロッテマリーンズ戦(甲子園球場でのナイトゲーム):ライトを守っていた阪神のマット・マートンが、8回表1死2塁からロッテ・清田育宏の飛球を捕った後に、アウトカウントを間違えたまま「ファンサービス」のつもりで一塁側の内野席(アルプススタンド)にボールを投げ込んだ。


榊原翼: その後も、5月22日のロッテ戦(京セラドーム)で清田育宏にソロ本塁打を打たれるまで開幕から本塁打を許さず、シーズン2登板目の4月7日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦から、6月19日の読売ジャイアンツ戦まで、10試合連続でQSを記録するなど、ローテーション投手として安定した投球を続けていたが、7月5日に右肩甲下筋筋損傷の診断により一軍登録を抹消された。


榊原翼: 初奪三振:2018年4月3日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(京セラドーム大阪)、9回表に清田育宏から空振り三振


金森栄治: ロッテ1期目は西岡剛・荻野貴司・清田育宏・岡田幸文らを指導してチームの日本一に貢献したが、2011年はチーム打率、得点はリーグ最下位に低迷した。


甲藤啓介: これ以降も勝負どころでの起用が続いたが、9月14日の千葉ロッテマリーンズ23回戦(千葉マリンスタジアム)では、初球を清田育宏の頭に当て1球で危険球退場になる など不安定な面も見せた。


金子千尋: 5月23日の対ロッテ戦に先発で実戦復帰を果たしたが、清田育宏に満塁本塁打を打たれるなど6点を失った末に、プロ入り後最短タイ記録の3回でKO。


大島洋平: また、大学時代からのライバルと目されている千葉ロッテマリーンズのルーキー清田育宏も同時に受賞した。


佐藤隆彦: 2021年6月18日「トラバースTV」の動画内にて、ロッテ時代の後輩で同球団を退団した清田育宏に株式会社トラバースが保有する野球グラウンドを練習場所として提供、自身も練習相手としてサポートしていることを明かした。


岡田幸文: 前年を上回る134試合に出場したものの、角中・荻野貴司・清田育宏・伊志嶺翔大・ルーキー加藤翔平ら他の外野手との兼ね合いもあり、スタメン落ちして途中で守備固めとして起用されるケースも少なくなく、2010年以来3年ぶりの規定打席未到達となり、打率も最終的に前年を下回った。


五十嵐章人: 次いで清田育宏の58本塁打、後藤光尊の95本塁打が続き、それ以外の10人(古屋英夫、松永浩美、田中幸雄、堀幸一、小川博文、井口資仁、吉村裕基、浅村栄斗、T-岡田、島内宏明)は100本塁打以上を達成している。


三家和真: 初出場:2017年5月23日、対福岡ソフトバンクホークス10回戦(福岡 ヤフオク!ドーム)、9回表に清田育宏の代打で出場


ハジ→: 千葉ロッテマリーンズの清田育宏や東北楽天ゴールデンイーグルスの福田将儀など、多くのプロ野球選手の登場曲に「人生は素晴らしい物語。


マット=マートン: 5月26日の対千葉ロッテマリーンズ戦(甲子園)では、2点ビハインドの8回表1死2塁の場面で清田育宏が打ち上げたフライを右翼手として捕球しながら、ボールを右翼スタンドに投げ入れてしまった。


寺岡寛治: 8月4日の千葉ロッテマリーンズ戦の7回にプロ初登板を果たし、8回までの2イニングは無失点に抑えたが、9回に代打の清田育宏に3ランを浴びた。


井納翔一: 当時のチームメイトに、清田育宏や小石博孝がいる。


工藤隆人: 一方打撃では打率.200と低調で、清田育宏の復帰や角中勝也の台頭で9月以降はスタメンの座を奪われた。


武田勝: 「打者1人のみの対戦」という条件でマウンドに立つと、先頭打者の清田育宏を空振り三振に抑えたことで現役生活を締めくくった。


大崎雄太朗: 主な自主トレメンバーは井口の他に鳥谷敬、竹原直隆、清田育宏、明石健志、塚田正義、茶谷健太などが参加していた。


今江敏晃: シーズン終盤は清田育宏が2番に定着すると、5番や6番を任された。


和田毅: ロッテとのCSファイナルステージでは第2戦に先発し、初回に清田育宏に先制ソロ本塁打を打たれるもそれ以降は無失点に抑え完投勝利した。


大﨑雄太朗: 主な自主トレメンバーは井口の他に鳥谷敬、竹原直隆、清田育宏、明石健志、塚田正義、茶谷健太などが参加していた。


加藤翔平: 二軍では結果を残していたが、荻野、マーティン、角中勝也、清田育宏、岡大海に加え、ソフトバンクからFA権を行使して移籍してきた福田秀平、育成から支配下登録された和田康士朗の台頭により、一軍の外野手の枠が空かず、昇格できずにいた。


清田育宏の情報まとめ

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清田 育宏(きよた いくひろ)さんの誕生日は1986年2月11日です。千葉出身の野球選手のようです。

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卒業、結婚、引退に関する情報もありますね。去年の情報もありました。清田育宏の現在の年齢は39歳のようです。

清田育宏のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

清田 育宏(きよた いくひろ、1986年2月11日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者、野球解説者。右投右打。

父の実家は鎌ケ谷市の名産である梨の農家。市立柏高時代は投手で、球速は最速で140km/h前半。制球も良く、スカウトから注目されていたが、東洋大学へ進学。野球部でも投手を務めたが、大学3年間のプレー成績が不安定だったことから野手へ転向。4年春には打順4番で3本塁打・14打点の打撃成績を残しベストナインに輝いた。リーグ通算37試合122打数31安打22打点5本塁打11盗塁、打率.254。投手で1試合に登板。2007年の大学4年時に東都大学リーグ戦を連覇。大学同期に大場翔太投手がいる。

大学卒業後はNTT東日本に入社した。野球部では都市対抗野球大会に入社1年目の2008年に第79回、翌2009年に第80回と2年連続出場。特に第79回はJR東日本の補強選手として出場、この時後にチームメイトとなる木村雄太(東京ガスから補強)とも一緒にプレーしている。

2009年のプロ野球ドラフト会議にて、地元の千葉ロッテマリーンズから4位指名を受けた。また、清田と同い年の右打ち外野手である荻野貴司が1位指名を受けたこともあってロッテへの入団にためらいはあったものの、1位と同等の年俸と背番号1を用意され無事入団にこぎつけた。

2010年は、春季キャンプで左脇腹を痛め、開幕は二軍で迎えたが、5月に右膝を負傷した荻野貴と入れ替わりに一軍に昇格。5月24日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)で福浦和也の代走としてプロ初出場を果たすと、同26日の広島東洋カープ戦(千葉マリンスタジアム)で、ソリアーノからプロ初安打を放つ。8月4日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)でプロ初本塁打を放つと、その後は先発出場する機会も増え、最終的に64試合に出場。打率.290、2本塁打、18打点という成績を残した。クライマックスシリーズファイナルステージ第2戦では、和田毅から本塁打を放った。パ・リーグの新人選手がプレーオフで本塁打を放ったのは清田が初めてとなった。さらに第5戦でも森福允彦から本塁打を放った。新人選手がポストシーズンで複数の本塁打を放ったのは読売ジャイアンツの長嶋茂雄、原辰徳、仁志敏久以来、4人目であり、パ・リーグでは初となった。中日ドラゴンズとの日本シリーズ第1戦では、吉見一起から、1958年の長嶋以来52年ぶりとなる、新人の初戦本塁打を放ち、一躍時の人になった。これでポストシーズン3本目の本塁打となり、長嶋、原、仁志の2本を超え、新人記録を更新した。さらに第3戦では同点の4回に山井大介から3点適時三塁打を放ち、1986年の清原和博以来、24年ぶりとなる新人選手の日本シリーズでの勝利打点を記録。第5戦では中田賢一から2点適時打を放ち、岩下光一、原、上川誠二のもつ、日本シリーズでの新人打点記録の6打点に並んだ。最終的に全7試合にフル出場し30打数10安打1本塁打6打点の活躍を見せ、MVPこそ今江敏晃に譲ったものの、大学時代からのライバルである中日•大島洋平とともに優秀選手賞を獲得した。

2011年は、プロ入り後初の開幕一軍を果たしたが、中堅手のレギュラーの座を岡田幸文に奪われ、前半戦は伊志嶺翔大と、後半戦は角中勝也と併用される形で、主に右翼手として出場。6月1日の東京ヤクルトスワローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で死球を受け骨折し、途中離脱したこともあったが、前年を上回る72試合に出場し、打率.244、3本塁打、25打点という成績を残した。左投手相手には打率.330と強さを見せたが、右投手相手には打率.178とあまり打てなかった。また、本塁打は少なかったが規定打席未到達者の中ではトップタイ(リーグ14位タイ)の21二塁打を記録した。

2012年1月1日に高校時代の同級生と結婚した。2年連続の開幕一軍入りを果たし、3月30日に行われた楽天との開幕戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)に「1番・右翼手」として先発出場。自身初の開幕戦での先発出場となった。しかし、7月末までに65試合の出場で打率.232と低調で、8月初頭に出場選手登録を抹消された。1か月余りを二軍で過ごし、9月12日に一軍復帰したあとは.383の打率を残す等打撃も好調。シーズン最後の2試合では4番打者として起用された。最終的な打率を.281まで上げ、契約更改では400万円増の3000万円で更改した。

2013年は、故障防止のため10kgほど減量してシーズンに臨み、3年連続となる開幕一軍を果たした。3月29日に行われたオリックス・バファローズとの開幕戦(QVCマリン)では「7番・右翼手」で先発出場した。最終的に68試合の出場と前年よりも出場試合数を減らし、打率は.255だった。クライマックスシリーズでは、7試合で打率.313と活躍したが、チームはファイナルステージで敗退した。

2014年は、オープン戦で規定未満ながら打率.395と結果を残し、3月28日に行われた福岡ソフトバンクホークスとの開幕戦(福岡ヤフオク!ドーム)に「1番・中堅手」として先発出場。4月4日から6日の北海道日本ハムファイターズ戦にかけて3打席連続で本塁打を放つなど、序盤は長打力を発揮したものの、確実性を欠き、一軍と二軍を行き来するシーズンとなった。出場試合数はプロ入り後最少となる24試合に留まり、打率も.170と、2割を切った。しかし、この年に放った8安打のうち7安打が長打、内4安打が本塁打と、大器の片鱗を見せた。

2015年は、シーズン序盤は先発を外れることが多かったが、5月に入ると「1番・右翼手」に定着。この年は打席の中での立ち位置を心持ち本塁ベースから離れるようにし、追い込まれてからは足を上げずに打つノーステップ打法に変更。コンパクトに振りぬき内角にも対応できるようになったこともあり、5月9日の埼玉西武ライオンズ戦(QVCマリン)で猛打賞を記録してから、5月16日の楽天戦(Kスタ宮城)まで球団新記録となる4試合連続猛打賞、5月20日の西武戦(西武プリンスドーム)まで7試合連続マルチ安打、6月9日の中日ドラゴンズ戦(QVCマリン)まで23試合連続安打を記録。5月は24試合に出場し、打率.396、6本塁打で、2010年9月の西岡剛に次ぐ球団2位タイとなる月間40安打を放ち、一時は首位打者にも立った。6月12日の巨人戦(QVCマリン)ではバスターで決勝の本塁打を放つ離れ業を見せた。6月29日にはオールスターゲームに選手間投票で初選出され、7月17日の第1戦で菅野智之から一時勝ち越しとなる3点本塁打を放ち、敢闘選手賞を受賞した。7月16日には第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたことが発表された。オールスターゲーム以後は、主に「3番・右翼手」として起用された。8月7日のソフトバンク戦ではバンデンハークからプロ入り2回目となる危険球を顔面に受けて途中交代、そのまま病院へ直行し唇を4針縫ったが、翌日にはベンチ入り、翌々日には代打で出場しファンに元気な姿を見せた。9月10日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたことが発表された。9月22日の楽天戦(QVCマリン)で三塁へスライディングした際に背中を痛め、10月2日の楽天戦(QVCマリン)では守備でヘッドダイビングした際に右肩を痛め、翌日右肩関節捻挫と診断されるなど、シーズン終盤は満身創痍だった。それでも、最終的に130試合に出場(うち125試合に先発)して、自身初めての規定打席到達。リーグ4位となる打率.317、15本塁打、67打点を記録。特に打率はパ・リーグの右打者に限ればトップの記録となった。クライマックスシリーズファーストステージでは、第1戦で適時打と本塁打を放ち勝利に貢献すると、ファイナルステージ第1戦でも先制適時打を放ったが、日本シリーズ進出はならなかった。シーズンオフには、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を初受賞し、飛躍のシーズンとなった。

2016年は、開幕前の2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された。シーズンでは、3月25日に行われた日本ハムとの開幕戦に「3番・右翼手」として先発出場。その後も3番として起用されたが、調子が上がらず、6番や7番に降格したこともあった。3番に復帰した5月7日のオリックス戦(QVCマリン)では、同点弾に加え、プロ初のサヨナラヒットを放つ活躍を見せたが、5月以後も徐々に調子が上がらず、7月13日に一軍登録を抹消された。終盤に戻ってくると調子を上げてきたが、9月8日の西武戦で郭俊麟から、プロ3回目となる頭部死球を受け登録抹消。再び一軍に戻ってくると今度は9月21日の楽天戦で美馬学から、プロ入り後4回目となる頭部死球を受け、同じ月に二度頭部死球を受けるという事態が起きた。通算4度目の危険球は日本記録となった(当時)。最終的に、前年と同様、主に右翼手として106試合に出場(うち95試合に先発)したが、打率.225、6本塁打、38打点と前年から大きく成績を落としてしまい、規定打席にわずかに届かないなど、不本意なシーズンになってしまった。クライマックスシリーズファーストステージは2戦とも「1番・右翼手」として出場。第1戦目に千賀滉大、2戦目はバンデンハークからそれぞれ初回先頭打者本塁打を放ち、プレーオフ・日本シリーズ含め、ポストシーズン初の2試合連続初回先頭打者本塁打という記録を残した。しかしチームは敗れ、ファイナルステージ進出とはならなかった。シーズンオフの12月3日に、300万円ダウンの年俸5700万円で契約更改したが、その際、「納得いく打席が少ない、本当に苦しい1年でした」と述べている。

2017年は、5月14日の日本ハム戦(東京ドーム)でメンドーサからプロ入り後5回目となる頭部死球を受けた。5月26日のオリックス戦(ZOZOマリンスタジアム)では自身2度目となるサヨナラ打を、翌日の同カードでは先制打を放ち、2日連続でお立ち台に上がる活躍を見せることもあったが、好不調の波が激しく、シーズンを通して一軍と二軍を往復する日々が続き、79試合の出場で打率.203、3本塁打という結果に終わった。

2018年は、2月下旬に左ふくらはぎ肉離れで離脱したが、開幕4戦目から一軍に復帰。5月24日の日本ハム戦(ZOZOマリン)では、自身3度目となるサヨナラ打を放ち、月間サヨナラ賞を初受賞した。しかし、この年は岡大海がトレードで加入し、平沢大河が右翼手に挑戦したこともあり、後半戦は出場機会が減少。最終的に96試合で打率.226、2本塁打、27打点の成績を残した。

2019年は、オープン戦で打率.412の好成績を記録し、一軍で開幕を迎える。同じ外野手で前年ドラフト1位ルーキーの藤原恭大に経験を積ませるチーム方針もあり、シーズン序盤は代打での起用が主だったが、少ない機会で結果を残して徐々に先発出場の機会を増やし、「7番・右翼手」で先発出場した5月9日の西武戦(県営大宮)で3安打1打点と活躍し、勝利に貢献すると、これ以降はほぼレギュラーに定着。打率.340と調子を上げると、5月16日以降は不調だった中村奨吾に代わり、主に3番打者として起用された。5月21日のオリックス戦(京セラドーム大阪)から同25日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)にかけて、チームの日本人選手では09年5月9日 - 13日の井口資仁(当時監督)以来10年ぶりとなる、4試合連続本塁打を記録。6月6日の阪神戦(ZOZOマリン)では1点ビハインドの9回裏二死二塁の場面でクローザーのドリスから同点適時打を放つなど、要所で活躍し打線を支えた。6月に調子を落とし、7月にはマーティンが加入したことにより、再び代打での出場が増えたが、7月28日の楽天戦(ZOZOマリン)で自身4度目のサヨナラ安打を放ち、8月6日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)では、人生初となるサヨナラ本塁打を放った。このサヨナラ本塁打で、自身2度目の月間サヨナラ賞を受賞した。最終的にシーズンを通して1度も登録抹消されることなく一軍に帯同し、117試合に出場、打率.253、10本塁打、57打点を記録し、自身5年ぶりとなる2桁本塁打を達成した。

2020年は、角中勝也、菅野剛士らと併用される形で、主に左翼手として70試合に出場。打率.278、7本塁打、23打点という成績を残した。特に代打では、21試合の出場で、打率.500、2打点、出塁率は.619と、結果を残した。10月6日に新型コロナウイルスに感染したことで出場選手登録を抹消されたが、それ以外で登録抹消されることはなかった。新型コロナウイルス感染から復帰後は、10月23日のオリックス戦(京セラドーム)で5年ぶりとなる1試合2本塁打を放つなど、16試合で打率.333、4本塁打、7打点と好調で、シーズン最終盤の10月31日からは不振の安田尚憲に代わって4番として出場。翌11月1日の楽天戦(ZOZOマリン)では4番として初の本塁打を放ち、史上13人目の全打順本塁打を達成した。クライマックスシリーズでは、第1戦に「4番・指名打者」、第2戦に「3番・指名打者」として先発出場し、打率.375(8-3)と活躍したが、チームは共に敗戦し、日本シリーズ進出はならなかった。シーズンオフには、7月に獲得した海外FA権の行使を熟考していることが報じられたが、12月4日に残留することが発表された。同23日には翌年の契約交渉を行い保留したが、同27日に500万円減ながら2年契約の年俸6000万円でサインした(金額は推定)。

2021年は、1月7日に写真週刊誌FRIDAYにより不倫が報じられた。記事によると、2017年春の食事会にて知り合った女性と3年に及ぶ不倫関係にあり、2020年9月末からの札幌遠征に女性を同伴しロッテの選手らと同じ札幌のホテルで「お泊り密会」をしていたという。2020年シーズンは新型コロナウイルス感染防止のため球団が「部外者との会食禁止」との規則を設けており、清田はこれを破ったことになる。また、この札幌遠征の直後に球団内で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、清田自身も感染した。しかし、球団の事情聴取に対して清田は女性を札幌遠征に同伴したことを隠し虚偽の報告をしたことがのちに発覚し、球団から無期限謹慎処分を受け、春季キャンプに参加できなかった。その後、4月30日に「5月1日付で謹慎処分を解除する」ことが球団から発表された。しかし、5月21日発売のFRIDAYが、復帰初日となった同12日の二軍戦後に別の女性と再び不倫デートしていたと報道し、同23日に球団から「度重なる不適切な行動及びチームに対する背信行為により、これ以上の選手契約を維持することはできない」として、清田との契約を解除することが発表され、同28日に自由契約選手として公示された。

2021年6月18日、G.G.佐藤が副社長を務める株式会社トラバースのYouTubeチャンネルにて、同社が保有する野球グラウンドで練習を継続している様子が取り上げられた。また、7月7日にも再び練習動画が公開され、2021年シーズン中にNPBに復帰できなかった場合は12球団合同トライアウトに参加する考えがあることをG.G.佐藤が代弁した。

2021年11月、清田がロッテ球団を相手取り、契約解除処分は解雇権の乱用だとして、地位の確認や計約9700万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に起こしていたことが報じられた。11月4日、第1回口頭弁論が開かれたが、ロッテ球団側は出席せず、答弁書で請求棄却を求めた。清田の代理人弁護士によると、プロ野球選手が契約解除を理由に球団側を訴えるのは初めての事例であった。その後2023年2月8日に、自身のInstagramにて、球団と和解が成立し、両者にとって円満に解決する形で終わることができたと報告した。

2022年は、ベースボール・チャレンジ・リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに公式解説者として所属した。

2023年3月8日、埼玉武蔵ヒートベアーズに練習生として入団することが発表された。背番号は8。埼玉のファンから清田の解説は評価されており、選手としての入団も好意的に受け止められていると報じられた。

4月6日には契約選手に移行したことが発表されたが、8月15日に当シーズン限りでの引退を表明した。9月2日の対茨城アストロプラネッツ戦(さいたま市営大宮球場)の試合前に引退セレモニーがおこなわれ、その席で清田は「野球がもうできないかなと思った時期もありました」と述べ、その状況で声をかけてくれた埼玉球団社長の角晃多をはじめとする関係者やファンへの感謝を口にした。その後出場した試合では3打数1安打2四球の成績だった。清田はリーグ戦後のポストシーズンに出場した場合はその最終戦をもって引退すると表明しており、その後埼玉が地区優勝・リーグ優勝を達成して進出したグランドチャンピオンシップにも選手登録された。埼玉は10月1日の火の国サラマンダーズとの決勝戦に進出して清田も出場したがチームは敗戦し、清田にとっての現役最終試合となった。

2024年3月20日、埼玉のコーチに就任することが発表された。現役引退後の2024年2月2日に学生野球資格回復制度を通じて資格を回復していたが、3月7日に資格を喪失している。2024年シーズン終了後の11月13日に、監督に就任することが発表された。

広角に打ち分けるバッティングを得意とし、特に右方向へ鋭い打球を打つことに定評がある。

ドラフト会議で指名された際の、スカウトのコメントは「パワーある打撃に加え、肩の強い守備が特徴。全てに可能性がある選手。」。

バッターボックスでの立ち位置が極端にベース寄りではないにもかかわらず、頭部死球を受けることが多い。2010年9月16日にソフトバンクの甲藤啓介から、2015年8月7日にソフトバンクのバンデンハークから、2016年9月8日に西武の郭俊麟から、同21日に楽天の美馬学から、2017年5月14日に日本ハムのメンドーサから、2019年9月23日に日本ハムの西村天裕からと、計6回受けている。また、2017年に参加したフェニックスリーグでのサムスン・ライオンズ戦でも崔池光(朝鮮語版)から頭部死球を受けている。

愛称は「キヨ」。

笑顔を大切にし、チームの誰よりもベンチで声を出して選手を鼓舞する。鳥谷敬が通算350二塁打を達成した際には、記念のボードを頭上に掲げながら二塁ベース上の鳥谷の元へ走っていくなど、明るい性格をしている。

都合3度の不倫騒動から、一部マスコミには「幕張のドン・ファン」と揶揄された。

各年度の太字はリーグ最高

各年度の太字はリーグ最高

太字年はゴールデングラブ賞受賞年

ベストナイン:1回(外野手部門:2015年)

ゴールデングラブ賞:1回(外野手部門:2015年)

月間サヨナラ賞:2回(2018年5月、2019年8月)

日本シリーズ優秀選手賞:1回(2010年)

オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2015年第1戦)

初出場:2010年5月24日、対阪神タイガース1回戦(阪神甲子園球場)、7回表に福浦和也の代走で出場

初打席:2010年5月25日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)、8回表に江草仁貴から四球

初安打:2010年5月26日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表にビル・マーフィーの代打で出場、ディオーニ・ソリアーノから中前安打

初先発出場:2010年5月27日、対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、「7番・中堅手」で先発出場

初打点:2010年6月7日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(明治神宮野球場)、8回表に吉川昌宏から右翼線適時二塁打

初本塁打:2010年8月4日、対東北楽天ゴールデンイーグルス12回戦(クリネックススタジアム宮城)、5回表に長谷部康平から中越2ラン

初盗塁:2010年9月8日、対オリックス・バファローズ20回戦(京セラドーム大阪)、1回表に二盗(投手:木佐貫洋、捕手:鈴木郁洋)

日本シリーズ新人初戦本塁打:2010年10月30日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)※長嶋茂雄以来52年ぶり

日本シリーズ新人選手通算最多打点:6(2010年)※NPB歴代2位

ポストシーズン新人選手通算本塁打:3(2010年)※NPB記録

4試合連続猛打賞(2015年5月9日 - 16日) ※球団記録、パ・リーグ史上7人目

ポストシーズン2試合連続先頭打者本塁打(2016年10月8日・9日) ※史上初

全打順本塁打:2020年11月1日、対東北楽天ゴールデンイーグルス24回戦(ZOZOマリンスタジアム)、4番で先発出場、1回裏に瀧中瞭太から左越2ランを放ち達成 ※史上13人目

オールスターゲーム出場:1回(2015年)

1(2010年 - 2021年5月27日)

8(2023年 - )

「仲間」ケツメイシ(2010年)

「BEAUTIFUL DAYS」SPYAIR(2011年)

「人生は素晴らしい物語。」ハジ→(2011年 - 2023年)

「yukiyanagi 雪柳〜We're watching you〜」Micro ※2打席目(2016年)

「突然」FIELD OF VIEW ※3打席目(2016年)

「君に逢いたかった」ナオト・インティライミ ※2打席目(2019年9月 - 2020年)

2009 BFAアジア選手権 日本代表

2009 IBAFワールドカップ 日本代表

^ 2年目の第80回は自チームで出場。

^ 2004 - 2006年のプレーオフ、2007年 - のクライマックスシリーズのことを指す。

^ なお、清田は2015年にもFRIDAYによる不倫報道を受けており、2回目の不倫発覚となった。

^ 結局、2021年シーズン中にNPBへの復帰は叶わなかったが、トライアウトへの参加もしなかった。

^ スライダーがすっぽ抜けただけのため、危険球とは判断されなかった。

^ 「佑に対抗ロッテ清田 鎌ケ谷は僕の町」『日刊スポーツ』2011年1月13日。2021年5月29日閲覧。

^ 東都スポーツ2008年春季リーグ展望号

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千葉県出身の人物一覧

東洋大学の人物一覧

千葉ロッテマリーンズの選手一覧

埼玉武蔵ヒートベアーズの選手一覧

個人年度別成績 清田育宏 - NPB.jp 日本野球機構

選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube

選手情報 - 週刊ベースボールONLINE

清田育宏 (@kiyota.ikuhiro) - Instagram

清田育宏オフィシャルブログ「笑顔」 - Ameba Blog(2011年4月8日 - 2016年6月20日)

清田 育宏 (ikuhiro.kiyota.officialpage) - Facebook

8 清田育宏

32 枡田慎太郎

23 青木玲磨(選手兼任、コーチ補佐)

11 大宅健介

13 原田雅博

14 長坂拓夢

15 平澤燎

17 今村虎楠

20 小野真生

21 河俊守(朝鮮語版)

22 高木大輝

27 前田悠稀

29 野田永久

34 早坂玲威

35 桐島愛斗

39 川口琉玖

40 大生竜万

41 川嶋大夢

44 井高温

45 阿部優太

71 林宏樹

24 佐藤英雄

31 日髙響太

33 田村剛大

37 本田凌太

0 平岩拓海

1 大岩龍馬

2 市川航都

3 高橋空大

5 中野駿介

6 上田大輝

12 筒井蓮

25 横尾慎一郎

55 橘八重龍誠

4 増田雄仁

7 塚田七斗

9 宮前倫太朗

23 青木玲磨(コーチ補佐兼任)

26 黒田陸

28 鈴木理央

34 古賀覚

38 坪井壮地

61 小原海翔

63 山本力哉

星野おさむ 2015

小林宏之 2015 - 2017

角晃多 2018 - 2022

西崎幸広 2023 - 2024

清田育宏 2025 -

1957 豊田泰光

1958 中西太

1959 杉山光平

1960 近藤和彦

1961 塩原明

1962 岩下光一

1963 王貞治

1964 K.ハドリ

1965 林俊彦

1966 長嶋茂雄

1967 D.スペンサー

1968 柴田勲

1969 足立光宏

1970 黒江透修

1971 黒江透修

1972 長嶋茂雄

1973 高田繁

1974 山崎裕之

1975 中沢伸二, 外木場義郎

1976 B.ウイリアムス

1977 福本豊

1978 若松勉

1979 水谷実雄

1980 木下富雄, 山根和夫, 平野光泰

1981 平田薫, 江川卓, 河埜和正

1982 大田卓司, スティーブ, 中尾孝義

1983 田淵幸一, テリー, 中畑清

1984 山本浩二, 高橋慶彦, 福本豊

1985 R.ゲイル, 真弓明信, 長崎啓二

1986 清原和博, 石毛宏典, 津田恒実

1987 石毛宏典, 秋山幸二, 槙原寛己

1988 清原和博, 森山良二, 郭源治

1989 岡崎郁, 香田勲男, 阿波野秀幸

1990 渡辺久信, 辻発彦, 伊東勤

1991 工藤公康, 渡辺久信, 野村謙二郎

1992 石毛宏典, 秋山幸二, 飯田哲也

1993 飯田哲也, 高津臣吾, 潮崎哲也

1994 桑田真澄, H.コトー, 辻発彦

1995 T.ブロス, 池山隆寛, 高津臣吾

1996 大島公一, 鈴木平, イチロー

1997 石井一久, 稲葉篤紀, 池山隆寛

1998 斎藤隆, 石井琢朗, 駒田徳広

1999 工藤公康, 永井智浩, 城島健司

2000 仁志敏久, 村田真一, 高橋尚成

2001 岩村明憲, 石井一久, 真中満

2002 清原和博, 上原浩治, 斉藤宜之

2003 井口資仁, 城島健司, 桧山進次郎

2004 A.カブレラ, 和田一浩, 谷繁元信

2005 渡辺俊介, サブロー, 李承燁

2006 ダルビッシュ有, F.セギノール, 森本稀哲

2007 山井大介, 森野将彦, 荒木雅博

2008 中島裕之, 平尾博嗣, 鈴木尚広

2009 亀井義行, D.ゴンザレス, 小谷野栄一

2010 内竜也, 清田育宏, 大島洋平

2011 杉内俊哉, B.ファルケンボーグ, 和田一浩

2012 長野久義, 阿部慎之助, J.ボウカー

2013 田中将大, 銀次, 内海哲也

2014 柳田悠岐, D.サファテ, 武田翔太

2015 明石健志, R.バンデンハーク, 武田翔太

2016 A.バース, 西川遥輝, 中田翔

2017 柳田悠岐, 内川聖一, 濵口遥大

2018 森唯斗, 柳田悠岐, 中村晃

2019 高橋礼, A.デスパイネ, 松田宣浩

2020 M.ムーア, 中村晃, 柳田悠岐

2021 高橋奎二, D.サンタナ, 杉本裕太郎

2022 吉田正尚, 山﨑福也, 塩見泰隆

2023 森下翔太, S.ノイジー, 山本由伸

2024 筒香嘉智, A.ジャクソン, A.ケイ

1950 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫

1951 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫

1952 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫

1953 大下弘, 別当薫, 堀井数男

1954 大下弘, 関口清治, 山内和弘

1955 飯田徳治, 戸倉勝城, 山内和弘

1956 杉山光平, 戸倉勝城, 山内和弘

1957 大下弘, 毒島章一, 山内和弘

1958 杉山光平, 関口清治, 毒島章一

1959 杉山光平, 高倉照幸, 山内和弘

1960 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘

1961 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘

1962 張本勲, 山内一弘, 吉田勝豊

1963 張本勲, 広瀬叔功, 山内一弘

1964 高倉照幸, 張本勲, 広瀬叔功

1965 張本勲, 広瀬叔功, 堀込基明

1966 高倉照幸, 張本勲, 毒島章一

1967 土井正博, 長池徳二, 張本勲

1968 G.アルトマン, 土井正博, 張本勲

1969 長池徳二, 永淵洋三, 張本勲

1970 G.アルトマン, 長池徳二, 張本勲

1971 門田博光, G.アルトマン, 長池徳二

1972 長池徳二, 張本勲, 福本豊

1973 長池徳二, 張本勲, 福本豊

1974 D.ビュフォード, 張本勲, 福本豊

1975 佐々木恭介, 白仁天, 弘田澄男

1976 門田博光, 弘田澄男, 福本豊

1977 門田博光, 福本豊, L.リー

1978 佐々木恭介, 福本豊, 簑田浩二

1979 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊

1980 栗橋茂, 福本豊, L.リー

1981 島田誠, テリー, 福本豊

1982 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊

1983 島田誠, テリー, 簑田浩二

1984 高沢秀昭, T.クルーズ, 簑田浩二

1985 金森永時, 熊野輝光, 横田真之

1986 秋山幸二, 新井宏昌, 横田真之

1987 秋山幸二, 新井宏昌, T.ブリューワ

1988 秋山幸二, 高沢秀昭, 平野謙

1989 秋山幸二, 藤井康雄, R.ブライアント

1990 秋山幸二, 石嶺和彦, 西村徳文

1991 秋山幸二, 佐々木誠, 平井光親

1992 秋山幸二, 佐々木誠, 高橋智

1993 秋山幸二, 佐々木誠, 藤井康雄

1994 イチロー, K.ライマー, 佐々木誠

1995 イチロー, 佐々木誠, D.ジャクソン

1996 イチロー, 田口壮, 村松有人

1997 イチロー, 佐々木誠, T.ローズ

1998 イチロー, 大村直之, 柴原洋

1999 イチロー, 谷佳知, T.ローズ

2000 イチロー, 柴原洋, S.オバンドー

2001 礒部公一, 谷佳知, T.ローズ

2002 谷佳知, T.ローズ, 小関竜也

2003 谷佳知, T.ローズ, 和田一浩

2004 和田一浩, SHINJO, 谷佳知

2005 和田一浩, 宮地克彦, M.フランコ

2006 稲葉篤紀, 松中信彦, 和田一浩

2007 稲葉篤紀, 森本稀哲, 大村直之

2008 稲葉篤紀, 栗山巧, リック

2009 鉄平, 糸井嘉男, 稲葉篤紀

2010 多村仁志, T-岡田, 栗山巧

2011 糸井嘉男, 内川聖一, 栗山巧

2012 糸井嘉男, 角中勝也, 内川聖一

2013 長谷川勇也, 内川聖一, 中田翔

2014 柳田悠岐, 糸井嘉男, 中田翔

2015 秋山翔吾, 柳田悠岐, 清田育宏

2016 角中勝也, 糸井嘉男, 西川遥輝

2017 柳田悠岐, 秋山翔吾, 西川遥輝

2018 柳田悠岐, 秋山翔吾, 吉田正尚

2019 荻野貴司, 秋山翔吾, 吉田正尚

2020 柳田悠岐, 吉田正尚, 近藤健介

2021 杉本裕太郎, 吉田正尚, 柳田悠岐

2022 松本剛, 柳田悠岐, 島内宏明

2023 近藤健介, 万波中正, 柳田悠岐

2024 近藤健介, 辰己涼介, 周東佑京

 投  大谷翔平

 捕  炭谷銀仁朗

 一  中田翔

 二  田中賢介

 三  中村剛也

 遊  中島卓也

 外  柳田悠岐 / 秋山翔吾 / 清田育宏

 指  李大浩

1972 池辺巌, 広瀬叔功, 福本豊

1973 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊

1974 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊

1975 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊

1976 B.ウイリアムス, 弘田澄男, 福本豊

1977 大熊忠義, 弘田澄男, 福本豊

1978 B.ウイリアムス, 福本豊, 簑田浩二

1979 平野光泰, 福本豊, 簑田浩二

1980 平野光泰, 福本豊, 簑田浩二

1981 島田誠, 福本豊, 簑田浩二

1982 島田誠, 福本豊, 簑田浩二

1983 島田誠, 福本豊, 簑田浩二

1984 島田誠, 高沢秀昭, 簑田浩二

1985 金森永時, 島田誠, 簑田浩二

1986 西岡良洋, 山本和範, 山森雅文

1987 秋山幸二, 新井宏昌, 島田誠, 高沢秀昭

1988 秋山幸二, 高沢秀昭, 平野謙

1989 秋山幸二, 平野謙, 本西厚博

1990 秋山幸二, 西村徳文, 平野謙

1991 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙

1992 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙

1993 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙

1994 秋山幸二, イチロー, 佐々木誠

1995 秋山幸二, イチロー, 田口壮

1996 秋山幸二, イチロー, 田口壮

1997 イチロー, 井出竜也, 田口壮

1998 イチロー, 大友進, 大村直之

1999 秋山幸二, イチロー, 大友進

2000 イチロー, 柴原洋, 田口壮

2001 柴原洋, 田口壮, 谷佳知

2002 井出竜也, 小関竜也, 谷佳知

2003 大村直之, 柴原洋, 谷佳知, 村松有人

2004 谷佳知, 村松有人, SHINJO

2005 大村直之, サブロー, SHINJO

2006 稲葉篤紀, 森本稀哲, SHINJO

2007 稲葉篤紀, サブロー, 森本稀哲

2008 稲葉篤紀, 坂口智隆, 森本稀哲

2009 糸井嘉男, 稲葉篤紀, 坂口智隆

2010 糸井嘉男, 坂口智隆, 栗山巧

2011 岡田幸文, 糸井嘉男, 坂口智隆

2012 陽岱鋼, 糸井嘉男, 岡田幸文

2013 陽岱鋼, 糸井嘉男, 秋山翔吾

2014 陽岱鋼, 糸井嘉男, 柳田悠岐

2015 柳田悠岐, 秋山翔吾, 清田育宏

2016 秋山翔吾, 陽岱鋼, 糸井嘉男

2017 秋山翔吾, 柳田悠岐, 西川遥輝

2018 秋山翔吾, 柳田悠岐, 西川遥輝

2019 秋山翔吾, 荻野貴司, 西川遥輝

2020 柳田悠岐, 大田泰示, 西川遥輝

2021 荻野貴司, 辰己涼介, 柳田悠岐

2022 髙部瑛斗, 辰己涼介, 福田周平

2023 辰己涼介, 万波中正, 近藤健介

2024 辰己涼介, 周東佑京, 万波中正

 投  涌井秀章

 捕  炭谷銀仁朗

 一  中田翔

 二  L.クルーズ

 三  松田宣浩

 遊  今宮健太

 外  清田育宏 / 秋山翔吾 / 柳田悠岐

30 杉本泰彦

31 菅原悦郎

32 大久保哲也

33 坂口裕之

11 菅野智之

12 守安怜織

13 榎下陽大

14 乾真大

16 澤村拓一

18 二神一人

19 野村祐輔

20 中後悠平

24 鈴木健司

27 山岡剛

2 上野翔

5 澤村幸明

6 森志朗

7 宮澤健太郎

8 佐々木勉

9 横山憲一

1 長野久義

3 小手川喜常

10 池邉啓二

28 清田育宏

29 荒波翔

30 杉本泰彦

31 小島啓民

32 高見泰範

33 堀井哲也

11 山中浩史

13 田中篤史

14 斎藤貴志

15 阿南徹

16 岡本洋介

17 増井浩俊

18 大谷智久

19 亀川裕之

20 平井英一

21 比嘉幹貴

23 佐伯亮

24 鈴木健司

27 山岡剛

4 久米健

5 澤村幸明

6 森志朗

7 宮澤健太郎

8 佐々木勉

9 横山憲一

1 長野久義

3 小手川喜常

10 池邉啓二

28 清田育宏

29 荒波翔

1位:荻野貴司

2位:大谷智久

3位:大嶺翔太

4位:清田育宏

1位:山室公志郎

日本の野球選手

東洋大学硬式野球部の選手

NTT東日本硬式野球部及びその前身チームの選手

千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手

埼玉武蔵ヒートベアーズ及びその前身球団の選手

NPBオールスターゲーム選出選手

野球日本代表選手

日本の野球監督

野球解説者

柏市立柏高等学校出身の人物

千葉県出身のスポーツ選手

1986年生

存命人物

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