荻野貴司の情報(おぎのたかし) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
荻野 貴司さんについて調べます
■名前・氏名 |
荻野貴司と関係のある人
福田秀平: 7月17日に実戦復帰すると、7月23日に右大腿二頭筋の筋損傷で離脱した荻野貴司と入れ替わりで一軍登録された。 工藤隆人: 2012年、開幕一軍入りしたが、角中勝也の台頭や、6月に荻野貴司が復帰するのと入れ替わりで二軍落ちとなった。 藤原恭大: 荻野貴司、清田育宏、角中勝也などの、新型コロナウイルスに感染した主力外野手が一軍に復帰しても一軍への帯同を続け、26試合に出場し、打率.260、3本塁打、10打点、4盗塁の成績を残し、コロナ禍のチームを支え、チーム4年ぶりのクライマックスシリーズ進出、13年ぶりの2位に貢献した。 細谷圭: 2011年5月17日、対中日ドラゴンズ戦で右膝痛で登録抹消となった荻野貴司に代わり一軍に昇格し遊撃手として先発出場すると、5回にプロ6年目にして初の本塁打を放った。 大谷智久: なお、同僚の荻野貴司はロッテから、中澤雅人は東京ヤクルトスワローズからそれぞれ1位指名を受けた。 今江敏晃: 2010年はシーズン序盤は9番打者であったが、荻野貴司の故障後は2番に抜擢され、自己最多(リーグ3位)の犠打数を残した。 源田壮亮: レギュラーシーズン全体では前述の離脱に加え、死球や自打球の影響で欠場する試合もあり、119試合の出場に留まったものの打率.272、2本塁打、29打点、24盗塁を記録し、荻野貴司・和田康士朗・西川遥輝と並んで盗塁王を獲得。 平野佳寿: 4月8日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)では、4点リードの9回裏二死満塁で登板すると、荻野貴司を6球で凡退させたことによってNPB公式戦1286日ぶりのセーブを挙げた。 清田育宏: また、清田と同い年の右打ち外野手である荻野貴司が1位指名を受けたこともあってロッテへの入団にためらいはあったものの、1位と同等の年俸と背番号1を用意され無事入団にこぎつけた。 塀内久雄: その後は荻野貴司の離脱により2年ぶりに遊撃手としての先発出場もあったがスタメン定着には至らず、7月には出場選手登録を抹消された。 金森栄治: ロッテ1期目は西岡剛・荻野貴司・清田育宏・岡田幸文らを指導してチームの日本一に貢献したが、2011年はチーム打率、得点はリーグ最下位に低迷した。 和田康士朗: その起用法の中で前年を上回る24個の盗塁を決め、荻野貴司、西川遥輝(日本ハム)、源田壮亮(西武)の4人で盗塁王のタイトルを分け合った。 西川遥輝: 荻野貴司、和田康士朗、源田壮亮も同数で並び、プロ野球史上初の4選手による盗塁王獲得となった。 小窪哲也: 同郷で同学年の荻野貴司とは小学校時代にライバルチームの選手として知り合い、中学進学後から共通の友人を通して仲良くなった。 石川慎吾: 荻野貴司、髙部瑛斗などの負傷により手薄となった外野手の補強を望むロッテと、中継ぎ陣の補強を望む巨人の思惑が一致した形となった。 岡田幸文: 前年を上回る134試合に出場したものの、角中・荻野貴司・清田育宏・伊志嶺翔大・ルーキー加藤翔平ら他の外野手との兼ね合いもあり、スタメン落ちして途中で守備固めとして起用されるケースも少なくなく、2010年以来3年ぶりの規定打席未到達となり、打率も最終的に前年を下回った。 福田秀平: この年は和田康士朗、荻野貴司が揃って盗塁王を獲得し、さらにチーム2位の本塁打を放ったレオネス・マーティンがおり、若手の藤原恭大・山口航輝も出場機会を大幅に増やす外野手争いの中、一軍ではわずか4試合の出場、安打は1本のみだった。 井口資仁: しかし後半戦に入ると、リードオフマンの荻野貴司、石川、ボルシンガーが離脱、主力の穴を埋められないまま借金が嵩んだ。 森本達幸: 荻野貴司(関西学院大学→トヨタ自動車→千葉ロッテマリーンズ) 早坂圭介: 2010年には、新人の荻野貴司がオープン戦から台頭。 宮西尚生: 1年先輩に清水誉、同期に荻野貴司、1学年後輩に岸敬祐がいる。 髙濱卓也: 移籍後に迎えた2011年のレギュラーシーズンでは、西岡から正遊撃手の座を引き継いだ荻野貴司の故障離脱や、荻野の離脱後に遊撃手として起用された高口隆行・細谷圭の打撃の低調などを背景に、5月24日の対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に「2番・遊撃手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。 岸敬祐: 清水誉は2年先輩、荻野貴司・宮西尚生は1年先輩に当たる。 藤岡裕大: だが、10月6日に荻野貴司、角中勝也、清田育宏ら複数の主力選手とともに新型コロナウイルスに感染したことが明らかになり、出場選手登録を抹消された。 渡辺正人: 2011年は遊撃手の荻野貴司の故障もあり、出場機会を増やす。 井口資仁: 就任した2018年はリーグ2位のチーム盗塁数124、ホームランラグーンを設置した2019年はリーグ4位の75盗塁と減少したが、2020年はリーグ3位の87盗塁、2021年(107盗塁)と2022年(132盗塁)は2年連続でチーム盗塁数が100を超え、リーグトップとなり、2021年は荻野貴司と和田康士朗、2022年は髙部瑛斗が盗塁王に輝いた。 竹原直隆: 2010年に同じ右打ちの外野手の荻野貴司や清田育宏の加入や、新監督の西村徳文が前任のバレンタインと反対にスタメンを固定する方針を取ったことなどで出番が減少。 赤木誠: 2014年5月6日、オリックス×ロッテ(京セラドーム大阪)のラジオ中継で、荻野貴司(ロッテ)が初回先頭打者初球ランニング本塁打を放った瞬間を実況。 角中勝也: ともに二軍で調整中だった荻野貴司と共に一軍合流間近だったが、4月8日の楽天戦(森林どり泉)でふくらはぎを痛めて離脱。 岡大海: 右手第二指基節骨骨折と診断され離脱した荻野貴司の穴を埋めることを最重要課題としていた千葉ロッテのニーズに合致した。 |
荻野貴司の情報まとめ
荻野 貴司(おぎの たかし)さんの誕生日は1985年10月21日です。奈良出身の野球選手のようです。
結婚に関する情報もありますね。去年の情報もありました。荻野貴司の現在の年齢は39歳のようです。
荻野貴司のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 荻野 貴司(おぎの たかし、1985年10月21日 - )は、奈良県高市郡明日香村出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 日本プロ野球における史上最年長盗塁王記録(36歳・2021年)保持者である。 小学校4年生(1995年)の時に「明日香フレッシュジュニアーズ」で野球を始める。中学時代は加治前竜一と共に橿原コンドルに在籍した。 小窪哲也は小学校時代からの盟友で、出会いは小学生の時に同じ地区で対戦した時であった。当時荻野にとって小窪は将来のプロというべきスター選手であった。チームメイトに共通の友達がいたこともあって中学生になるとよく遊んだが、中学時代は4番でキャプテンであった小窪に対し、荻野は中学時代は2年生から塾通いとなり、殆ど試合に出ない幽霊部員であり、2人は対照的であった。 郡山高では高校2年春(2002年)から遊撃手のレギュラーとなり、3年夏(2003年)の奈良大会では準優勝に終わった。文武両道で知られる郡山高に在学していた頃は、野球と勉強の両立を目指していた。 関西学院大学法学部に進学。野球部の同期には北海道日本ハムファイターズの宮西尚生がいた。大学1年秋(2004年)から遊撃手のレギュラーとして活躍、4年春(2007年)には17盗塁で23年ぶりとなるリーグ新記録を樹立した(2020年秋季リーグ終了時点でも破られてはいない)。最終的に関西学生リーグ通算80試合に出場し295打数98安打、打率.332、3本塁打、35打点、47盗塁、ベストナイン5度受賞の記録を残した。このように好成績を残したものの、最終的にプロ志望届は出さなかった。 大学4年生の時に大学ジャパンで同じチームとなるが、同じ遊撃手登録であった2人はここでも対照的で、小窪が遊撃手のスタメンであったのに対し、荻野は代打や左翼手起用の守備固めであった。 2008年にはトヨタ自動車へ入社と同時に外野手に転向、オープン戦で1試合3本塁打を記録する。同年の第35回日本選手権で3番打者として出場、打率.409(長打率.682)の好成績でチームの連覇に貢献し社会人ベストナイン外野手部門を受賞した。社会人2年目の夏(2009年)に左膝の半月板を痛めるが、復帰後の都市対抗野球で活躍してプロのスカウトの注目を集めた。なお、トヨタ自動車時代のチームメイトには、荒波翔や中澤雅人、後にロッテでも同僚となる大谷智久がいる。 2009年のドラフト会議では複数球団から上位指名候補としてリストアップされ、千葉ロッテマリーンズより単独1位指名を受けた。11月30日に契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円(金額は推定)で契約、背番号は4。 2010年は、春季キャンプから俊足をアピールし、球団では25年ぶりとなる新人外野手の開幕戦先発出場を果たす。開幕から46試合で25盗塁を記録し、3月26日の対北海道日本ハムファイターズ戦では逆転決勝弾となるプロ入り初本塁打を打つなどの活躍を見せた。だが、5月21日の対東京ヤクルトスワローズ戦で二盗を試みてスライディングした際に右膝を負傷した。精密検査の結果、全治2か月の右膝外側半月板損傷と診断された。同月26日に半月板の部分切除手術を受けたが、シーズン中の復帰は叶わなかった。オフの契約更改の席では西岡剛の移籍で空いた遊撃手へのコンバートについて「やってみたい気持ちがあるので、守れるなら守りたいですね」と前向きなコメントを残した。 2011年は、内野手登録となり、「2番・遊撃手」として開幕戦に先発出場した。だが5月13日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で右膝の違和感を訴え、17日に登録を抹消され、25日に右膝の手術を受けた。オールスターゲーム後の復帰を目指していたが、回復は思わしくなく8月25日にプロ入り後3度目となる右膝の手術を受けた。また、この年は鉄道車両の行き先看板を模したグッズが発売された。表面には「快足荻野二塁(盗塁)」裏面には「特急荻野本塁(三塁経由)」と書かれている。 2012年は、再び外野手登録となり、本人も「外野一本でやりたい」と宣言した。前年の教訓から開幕よりまず完治を優先し、春季キャンプでも一軍から外れて別メニュー調整を行った。開幕は二軍で迎え、4月21日のイースタン・リーグで約1年ぶりの実戦復帰を果たす。6月13日に一軍選手登録されると、同日の対広島東洋カープ戦の10回裏に代走として出場し二盗を決めた。翌日には復帰後初先発でシーズン初安打。8月1日の対日本ハム戦では2年ぶりの本塁打を記録した。8月17日の対日本ハム戦で2失策を記録し、同月20日に一軍登録抹消。二軍調整後、最短の10日間で一軍復帰。プロ入り後初めて怪我による離脱なくシーズン終了を迎えた(怪我自体はあった)。 2013年は、腰痛で開幕一軍を逃したものの5月上旬に復帰し、102試合に出場、打率.276、盗塁26個(成功率.897)の好成績を残した。 2014年は、5月6日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)において、西勇輝から史上初となる初回先頭打者初球ランニング本塁打を記録した。6月22日の対中日ドラゴンズ戦で、本塁突入時に左肩関節窩を骨折。そのまま残りのシーズンを棒に振った。 2015年は、負傷等で2回の登録抹消を味わうなどして82試合の出場にとどまったが、初めてポストシーズン、クライマックスシリーズに出場し、初安打に盗塁も記録した。左翼手として35試合、中堅手として34試合に先発出場した。 2016年は、4月27日に左内腹斜筋肉離れを負傷し全治6週間、9月20日に右大腿二頭筋肉離れで二度の故障に悩まされた。最終的に71試合の出場にとどまり、前年よりも出場機会を減らす不本意なシーズンになってしまったが、盗塁は16個(成功率.889)を記録し、入団1年目から続いている連続2桁盗塁(7年連続)の記録はキープした。記録守備位置としては主に右翼手(31試合に先発出場)として起用されたが、中堅手としても10試合に先発起用された。シーズンオフの12月15日、「ケガがゼロになればいい」という理由で背番号を0に変更した。 2017年は、プロ入り後はじめて1年間怪我なくシーズンを終えた。前半戦は打撃不振で2度の二軍降格を味わったが、8月1日に一軍に昇格し、以降先発に定着。8月は月間打率.299と復調すると、9月・10月は月間打率.346、盗塁15、OPS.862を記録し、月間MVP候補に選出されるほどの活躍を見せた。最終的には103試合に出場し、安打(94本)、本塁打(5本)は自己最多、盗塁も自己最多タイの26個(成功率.897)を記録した。 2018年は、開幕戦から「1番・中堅手」に定着。5月31日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮球場)から6月7日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)にかけて7試合連続マルチ安打を記録するなど、好調を維持。監督推薦で初のオールスターゲーム出場選手にも選出された。しかし、7月9日の埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)において右手第二指基節を骨折。オールスターゲームも辞退となり、シーズン終了まで復帰することはできなかった。 2019年は、「グリップエンドの感覚が欲しい」という理由で、前年より8-9cm短くした、76-77cmの短尺バットの使用を始めたが、オープン戦で打率.059と打撃に苦しみ、開幕戦の先発を高卒ルーキーの藤原恭大に譲った。しかし、4月中旬から前年と同じ85cmのバットに戻し、バットを短くもつスタイルに変更すると打撃が復調。「1番・中堅手」に定着し、5月25日の福岡ソフトバンクホークス戦(ZOZOマリンスタジアム)で10個目の盗塁を記録。これで史上9人目の新人から10年連続2桁盗塁を達成した。球団では弘田澄男が達成して以来、2人目。6月7日の巨人戦(東京ドーム)から7月4日のオリックス戦(京セラ)にかけて20試合連続安打を記録するなど、前半戦をパ・リーグトップの打率.330で折り返す。前年、怪我のため出場できなかったオールスターゲームにも出場を果たした。8月12日の西武戦では、10年目にしてプロ入り初の規定打席に到達した。8月22日の楽天戦(東京ドーム)では史上77人目となる通算200盗塁を達成した。最終的には、125試合に出場し、打率.315(リーグ3位)、本塁打10本、盗塁28(同4位)、OPS.842(同10位)という成績を残した。二塁打35本、三塁打7本はいずれもリーグ1位を記録した。さらに、先頭打者本塁打を5本記録している。守備面でも補殺8はリーグ3位、失策はわずか1と、走攻守全てにおいてリーグトップクラスの成績を残し、プロ10年目で自身初のゴールデングラブ賞、ベストナインを初受賞した。10月31日には、5月31日に獲得した国内FA権を行使せず残留すると発表され、「まだまだ恩返しができていないと思っている。これからしっかり恩返しをしていきたいと思っています。」とコメントを残した。12月25日には3300万増の推定年俸7800万円で契約を更新した。 2020年は、6月19日のソフトバンクとの開幕戦(福岡PayPayドーム)に「3番・左翼手」で出場。翌20日の試合からは、開幕前の練習試合で骨折していた福田秀平に代わり、「1番・中堅手」として出場を続けた。7月14日の日本ハム戦(札幌ドーム)では、21試合目にしてシーズン10・11個目の盗塁を決め、新人から11年連続2桁盗塁を達成した。7月21日の西武戦(メットライフ)で4打数無安打に倒れるまで、1970年のアルトマンに並び球団タイ記録の、開幕から26試合連続出塁を記録し、打率.330、出塁率も4割を超えるなど、好調を維持していたが、翌22日の同対戦の試合中、走塁時に違和感を覚え交代した。都内の病院を受診した結果、「右大腿二頭筋の軽い筋損傷」との診断を受け、翌23日に出場選手登録を抹消された。当初は10日間で復帰する予定だったが、8月17日に二軍で実戦復帰した後も右足に違和感を覚え、一軍に上がることなく再び離脱。最終的に一軍に合流したのは離脱から2か月後の9月25日となった。しかし、復帰から約1週間後の10月4日には、角中勝也、藤岡裕大ら複数の主力選手とともに新型コロナウイルスに感染したことが判明。再び離脱を余儀なくされた。10月20日に再び一軍に復帰すると、16試合で打率.305、1本塁打、4打点の成績を残し、チーム13年ぶりの2位・4年ぶりのCS出場に貢献した。シーズンオフには、国内FA権の行使を熟考していることが報じられたが、12月4日に残留することが発表された。12月21日には、推定年俸8000万円の2年契約を結んだと発表された。 2021年は、3月26日のソフトバンクとの開幕戦(福岡PayPayドーム)に「1番・左翼手」で出場。6月22日ソフトバンク戦(ZOZOマリン)では25年ぶり史上4人目(ロッテ球団では初)となる新人から12年連続2桁盗塁を達成と、レギュラーシーズン最終戦となった10月30日の対北海道日本ハムファイターズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で24個目の盗塁を決め、和田康士朗(ロッテ)、西川遥輝(日本ハム)、源田壮亮(西武)と共に自身初の盗塁王を獲得した。4人の選手が同時に盗塁王となったのはNPB史上初である。球団での盗塁王獲得は2006年に獲得した西岡剛以来15年ぶりで、36歳での盗塁王獲得は35歳で獲得した大石大二郎、糸井嘉男らを上回り史上最年長となった。また、安打数は自己最高の169安打を記録し、自身初の打撃タイトルである最多安打のタイトルを獲得した。最終的にプロ12年目にして自身初の全試合出場となる143試合に出場し、リーグ6位の打率.296、本塁打10本(うち先頭打者本塁打6本)、24盗塁を記録。守備では左翼、中堅を守り失策は0であった。これまで毎年のように怪我や不調に悩まされ続けていたが、この年は初めてシーズンを通して二軍落ちを経験することなく、1983年の福本豊(阪急)の最年長記録に並ぶ36歳にしてシーズンの全試合を1番打者として全うし、自身初の主要タイトルを2つも獲得するなど飛躍の年となった。12月2日に発表されたゴールデングラブ賞の外野手部門を、12球団の外野手でトップの得票数となる224票を集めて受賞した。ゴールデングラブ賞の受賞は2019年以来2年ぶり2度目となった。12月15日には2000万円増の推定年俸1億円で更改し、プロ12年目で初の大台を突破した。 2022年は、前年からの疲労蓄積によりキャンプから調子が上がらず、またキャンプ中の新型コロナウイルス感染や脇腹痛により、一軍合流は5月27日の阪神戦(ZOZOマリン)までずれ込んだ。一軍昇格後しばらくは打撃不振に陥るものの徐々に調子を取り戻し、1番レフトに定着。髙部瑛斗とともにチームのリードオフマンとして活躍を見せた(ファンからはこのコンビをおぎたかやおぎべぇなどと呼ばれている)。最終的には規定打席未到達(373打席)ながら打率.310、OPS.811、本塁打は5本の内3本が先頭打者本塁打を記録。さらに盗塁は15(成功率.833)を記録し、入団から13年連続の2桁盗塁となった。また、様々な節目を迎えたシーズンとなり、7月17日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)で史上48人目の通算250盗塁、8月10日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)で史上313人目の通算1000安打、9月7日の西武戦(ベルーナドーム)で史上516人目の通算1000試合出場を達成した。12月12日には現状維持の推定年俸1億円で契約を更改した。 2023年は、オープン戦から15試合に出場。打率.302、2本塁打、OPS.813を記録し「1番・右翼手」で開幕スタメンを勝ち取るが、シーズンでは脚の怪我による2度の離脱もあり、50試合で打率.240、本塁打1、盗塁は1に留まり、プロ入りから継続していた入団からの連続2桁盗塁は13年で途切れた。しかし、レギュラーシーズンでの得点圏打率は3割(打点19)を超え、ポストシーズンでは、CSファーストステージ・ソフトバンクとの第1戦では先頭打者本塁打を放ち、1999年の日本シリーズ・秋山(ダイエー)の37歳6か月の記録を上回り、ポストシーズン最年長の先頭打者本塁打を記録するなど勝負強さを見せた。 2024年はスタメン時は主に1番、3番を務め、スタメンから外れる時は守備固めや代打をこなし80試合に出場した。打撃では、7月7日の西武戦でプロ15年目にして初の代打本塁打を放つなど、7、9月は打率4割以上を記録し、最終的には打率.279と前年を上回る成績を残した。
打撃走塁守備人物詳細情報年度別打撃成績
各年度の太字はリーグ最多 2024年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 太字年はゴールデングラブ賞受賞年 盗塁王:1回(2021年) 最多安打:1回(2021年) ベストナイン:1回(外野手部門:2019年) ゴールデングラブ賞:2回(外野手部門:2019年、2021年) スピードアップ賞:1回(打者部門:2021年) 初出場・初先発出場:2010年3月20日、対埼玉西武ライオンズ1回戦(西武ドーム)、「2番・中堅手」で先発出場 初打席:同上、1回表に涌井秀章から二塁ゴロ 初安打:同上、5回表に涌井秀章から投手前内野安打 初盗塁:2010年3月22日、対埼玉西武ライオンズ3回戦(西武ドーム)、1回表に二盗(投手:岸孝之、捕手:細川亨) 初打点:同上、2回表に岸孝之から中前適時打 初本塁打:2010年3月26日、対北海道日本ハムファイターズ1回戦(千葉マリンスタジアム)、1回裏に八木智哉から左越2ラン 200盗塁:2019年8月22日、対東北楽天ゴールデンイーグルス21回戦(東京ドーム)、7回裏に二盗(投手:アラン・ブセニッツ、捕手:太田光) ※史上77人目 250盗塁:2022年7月17日、対福岡ソフトバンクホークス13回戦(ZOZOマリンスタジアム)、5回裏に二盗(投手:石川柊太、捕手:甲斐拓也) ※史上48人目 1000安打:2022年8月10日、対福岡ソフトバンクホークス16回戦(ZOZOマリンスタジアム)、3回裏に東浜巨から左翼線二塁打 ※史上313人目 1000試合出場:2022年9月7日、対埼玉西武ライオンズ24回戦(ベルーナドーム)、「1番・左翼手」で先発出場 ※史上516人目 初回先頭打者ランニング本塁打:2014年5月6日、対オリックス・バファローズ7回戦(京セラドーム大阪)、1回表に西勇輝から左越ソロランニング本塁打 ※史上8人目 初回先頭打者初球ランニング本塁打:同上 ※史上初 2試合連続初回先頭打者本塁打 ※史上36人目、42度目、35歳11か月での達成は史上最年長
2021年10月7日、対東北楽天ゴールデンイーグルス24回戦(ZOZOマリンスタジアム)、1回裏に則本昂大から左越ソロ 同一投手先発時にシーズン4度の初回先頭打者本塁打:2021年、佐々木朗希先発時に記録 ※史上3度目 プロ入りから13年連続2桁盗塁 ※史上4人目、球団史上初 オールスターゲーム出場:2回(2019年、2021年)※2018年も選出されたが出場辞退 4(2010年 - 2016年) 0(2017年 - ) 「U Don't Know(Remix)」Jay-Z(2010年) 「My ANSWER」SEAMO(2011年 - 2012年) 「GIRL」秦基博(2013年、2016年) 「NEVER GIVE UP!!」FALCO&SHINO(2014年)※1&3打席目以降 「泣いていいよ」CHIHIRO(2014年 - 2015年)※2打席目以降 「風に想う」冨山佑希(2015年) 「赤い実ハジケタ恋空の下」LGMonkees(2015年10月 - ) 「clock strike」ONE OK ROCK(2017年 - 2020年) 「Cage」SawanoHiroyuki[nZk](2020年)※2打席目以降 「BRAVE」嵐 ※1打席目 「Shake it!」松本潤 ※2打席目 「Step and Go」嵐 ※3打席目 「Friendship」相葉雅紀 ※4打席目 「曇りのち、快晴」矢野健太(大野智)※5打席目 「IN THE SUMMER」嵐(夏限定)※1打席目 「夏疾風」嵐(夏限定)※2打席目 「summer splash」嵐(夏限定)※3打席目 「アオゾラペダル」嵐(夏限定)※4打席目 「夏の終わりに想うこと」嵐(夏限定)※5打席目 「Daylight」嵐 ※1打席目、6打席目 「Hello Goodbye」相葉雅紀 ※2打席目 「ユメニカケル」嵐 ※3打席目 「UB」相葉雅紀・二宮和也 ※4打席目 「Find The Answer」嵐 ※5打席目 「進め!ゴレンジャー」ささきいさお&堀江美都子 ※第1打席 「シークレットカクレンジャー」トゥー・チー・チェン ※第2打席 「全力キング」古川貴之 ※第3打席 「キラフルミラクルキラメイジャー」出口たかし ※第4打席 「炎神戦隊ゴーオンジャー」高橋秀幸 ※第5打席 「RELAY(パワフルプロ野球2024-2025主題歌)」藤原美慶 ※第1打席 「白が舞う」嵐 ※第2打席 「光」HIKAKIN & SEIKIN ※第3打席 「コール」HIKAKIN & SEIKIN ※第4打席 「シャイニングスター」魔王魂、森田交一 ※第5打席 ^ 荻野が登場した際、本来は打席に入ったときに流れる荻野の応援歌がスタンドから流れた。このことを荻野は7年後の2019年に「覚えていますね。なかなか代走で出て応援歌が流れることはないと思うので、すごく嬉しかったです。今でも印象に残っています」と語っている。 ^ 左翼への飛球を追っていたオリックスの左翼手の竹原直隆が転倒し、起き上がってボールを捕球する間に本塁まで生還したものであった。 ^ 開幕直後は規格外のペースで安打や盗塁を積み重ねるも、5月以降に怪我で長期離脱するといったサイクルが毎年のように続いていたため、ネット上では「春の妖精」といった愛称が定着していた。 ^ 自身初の規定打席到達を果たした2019年にも、腰痛による10日間の登録抹消があった。 ^ 2017年シーズン終了時の通算盗塁成功率は、通算150盗塁以上を達成している選手の中で1位だった。 ^ 36歳となるシーズンでの盗塁王は史上最年長。 ^ 36歳となるシーズンでの最多安打はパ・リーグ史上最年長、かつ右打者史上最年長。 ^ 「ロッテ - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2024年11月28日閲覧。 ^ 梶原紀章「荻野貴司と小窪哲也の「荻窪コンビ」 “塾通いの幽霊部員”と“奈良のスター”がロッテで再会するまで」『文春オンライン』2021年9月14日。2022年3月8日閲覧。 ^ 「荻野貴司選手と宮西尚生選手がオールスターゲームに選出!」『関西学院大学』2018年7月9日。2023年7月30日閲覧。 ^ 「故障リスクと背中合わせも「怖がったら悔いが残る」 ロッテ荻野の盗塁哲学」『Full-Count』2021年8月6日。2021年8月9日閲覧。 ^ 「ロッテを「足」で勝たせる男。荻野貴司という異能の新人とは?(氏原英明)」『Number Web』2010年4月12日。2021年11月28日閲覧。 ^ 「長野が巨人1位へ 荻野の上位指名も 2009年度社会人ほか注目選手を探る」『スポーツナビ』。2021年7月1日閲覧。 ^ 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佐藤都志也 45 植田将太 55 柿沼友哉 65 寺地隆成 00 池田来翔 4 友杉篤輝 5 安田尚憲 7 藤岡裕大 8 中村奨吾 10 上田希由翔 39 大下誠一郎 43 石垣雅海 44 宮崎竜成 49 立松由宇 57 小川龍成 67 茶谷健太 68 金田優太 99 ソト 0 荻野貴司 1 藤原恭大 3 角中勝也 6 西川史礁 22 ポランコ 23 石川慎吾 25 岡大海 38 髙部瑛斗 50 愛斗 51 山口航輝 61 山本大斗 63 和田康士朗 120 田中楓基 121 本前郁也 122 森遼大朗 123 秋山正雲 124 中村亮太 125 永島田輝斗 127 吉川悠斗 131 茨木佑太 132 長島幸佑 133 武内涼太 137 富山紘之進 129 勝又琉偉 130 谷村剛 134 松石信八 135 髙野光海 136 藤田和樹 138 マーティン 表 話 編 歴 1950 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1951 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1952 飯島滋弥, 大下弘, 別当薫 1953 大下弘, 別当薫, 堀井数男 1954 大下弘, 関口清治, 山内和弘 1955 飯田徳治, 戸倉勝城, 山内和弘 1956 杉山光平, 戸倉勝城, 山内和弘 1957 大下弘, 毒島章一, 山内和弘 1958 杉山光平, 関口清治, 毒島章一 1959 杉山光平, 高倉照幸, 山内和弘 1960 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘 1961 田宮謙次郎, 張本勲, 山内和弘 1962 張本勲, 山内一弘, 吉田勝豊 1963 張本勲, 広瀬叔功, 山内一弘 1964 高倉照幸, 張本勲, 広瀬叔功 1965 張本勲, 広瀬叔功, 堀込基明 1966 高倉照幸, 張本勲, 毒島章一 1967 土井正博, 長池徳二, 張本勲 1968 G.アルトマン, 土井正博, 張本勲 1969 長池徳二, 永淵洋三, 張本勲 1970 G.アルトマン, 長池徳二, 張本勲 1971 門田博光, G.アルトマン, 長池徳二 1972 長池徳二, 張本勲, 福本豊 1973 長池徳二, 張本勲, 福本豊 1974 D.ビュフォード, 張本勲, 福本豊 1975 佐々木恭介, 白仁天, 弘田澄男 1976 門田博光, 弘田澄男, 福本豊 1977 門田博光, 福本豊, L.リー 1978 佐々木恭介, 福本豊, 簑田浩二 1979 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊 1980 栗橋茂, 福本豊, L.リー 1981 島田誠, テリー, 福本豊 1982 新井宏昌, 栗橋茂, 福本豊 1983 島田誠, テリー, 簑田浩二 1984 高沢秀昭, T.クルーズ, 簑田浩二 1985 金森永時, 熊野輝光, 横田真之 1986 秋山幸二, 新井宏昌, 横田真之 1987 秋山幸二, 新井宏昌, T.ブリューワ 1988 秋山幸二, 高沢秀昭, 平野謙 1989 秋山幸二, 藤井康雄, R.ブライアント 1990 秋山幸二, 石嶺和彦, 西村徳文 1991 秋山幸二, 佐々木誠, 平井光親 1992 秋山幸二, 佐々木誠, 高橋智 1993 秋山幸二, 佐々木誠, 藤井康雄 1994 イチロー, K.ライマー, 佐々木誠 1995 イチロー, 佐々木誠, D.ジャクソン 1996 イチロー, 田口壮, 村松有人 1997 イチロー, 佐々木誠, T.ローズ 1998 イチロー, 大村直之, 柴原洋 1999 イチロー, 谷佳知, T.ローズ 2000 イチロー, 柴原洋, S.オバンドー 2001 礒部公一, 谷佳知, T.ローズ 2002 谷佳知, T.ローズ, 小関竜也 2003 谷佳知, T.ローズ, 和田一浩 2004 和田一浩, SHINJO, 谷佳知 2005 和田一浩, 宮地克彦, M.フランコ 2006 稲葉篤紀, 松中信彦, 和田一浩 2007 稲葉篤紀, 森本稀哲, 大村直之 2008 稲葉篤紀, 栗山巧, リック 2009 鉄平, 糸井嘉男, 稲葉篤紀 2010 多村仁志, T-岡田, 栗山巧 2011 糸井嘉男, 内川聖一, 栗山巧 2012 糸井嘉男, 角中勝也, 内川聖一 2013 長谷川勇也, 内川聖一, 中田翔 2014 柳田悠岐, 糸井嘉男, 中田翔 2015 秋山翔吾, 柳田悠岐, 清田育宏 2016 角中勝也, 糸井嘉男, 西川遥輝 2017 柳田悠岐, 秋山翔吾, 西川遥輝 2018 柳田悠岐, 秋山翔吾, 吉田正尚 2019 荻野貴司, 秋山翔吾, 吉田正尚 2020 柳田悠岐, 吉田正尚, 近藤健介 2021 杉本裕太郎, 吉田正尚, 柳田悠岐 2022 松本剛, 柳田悠岐, 島内宏明 2023 近藤健介, 万波中正, 柳田悠岐 2024 近藤健介, 辰己涼介, 周東佑京 表 話 編 歴 投 千賀滉大 捕 森友哉 一 山川穂高 二 浅村栄斗 三 中村剛也 遊 源田壮亮 外 秋山翔吾 / 吉田正尚 / 荻野貴司 指 A.デスパイネ 表 話 編 歴 1972 池辺巌, 広瀬叔功, 福本豊 1973 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊 1974 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊 1975 島野育夫, 弘田澄男, 福本豊 1976 B.ウイリアムス, 弘田澄男, 福本豊 1977 大熊忠義, 弘田澄男, 福本豊 1978 B.ウイリアムス, 福本豊, 簑田浩二 1979 平野光泰, 福本豊, 簑田浩二 1980 平野光泰, 福本豊, 簑田浩二 1981 島田誠, 福本豊, 簑田浩二 1982 島田誠, 福本豊, 簑田浩二 1983 島田誠, 福本豊, 簑田浩二 1984 島田誠, 高沢秀昭, 簑田浩二 1985 金森永時, 島田誠, 簑田浩二 1986 西岡良洋, 山本和範, 山森雅文 1987 秋山幸二, 新井宏昌, 島田誠, 高沢秀昭 1988 秋山幸二, 高沢秀昭, 平野謙 1989 秋山幸二, 平野謙, 本西厚博 1990 秋山幸二, 西村徳文, 平野謙 1991 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙 1992 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙 1993 秋山幸二, 佐々木誠, 平野謙 1994 秋山幸二, イチロー, 佐々木誠 1995 秋山幸二, イチロー, 田口壮 1996 秋山幸二, イチロー, 田口壮 1997 イチロー, 井出竜也, 田口壮 1998 イチロー, 大友進, 大村直之 1999 秋山幸二, イチロー, 大友進 2000 イチロー, 柴原洋, 田口壮 2001 柴原洋, 田口壮, 谷佳知 2002 井出竜也, 小関竜也, 谷佳知 2003 大村直之, 柴原洋, 谷佳知, 村松有人 2004 谷佳知, 村松有人, SHINJO 2005 大村直之, サブロー, SHINJO 2006 稲葉篤紀, 森本稀哲, SHINJO 2007 稲葉篤紀, サブロー, 森本稀哲 2008 稲葉篤紀, 坂口智隆, 森本稀哲 2009 糸井嘉男, 稲葉篤紀, 坂口智隆 2010 糸井嘉男, 坂口智隆, 栗山巧 2011 岡田幸文, 糸井嘉男, 坂口智隆 2012 陽岱鋼, 糸井嘉男, 岡田幸文 2013 陽岱鋼, 糸井嘉男, 秋山翔吾 2014 陽岱鋼, 糸井嘉男, 柳田悠岐 2015 柳田悠岐, 秋山翔吾, 清田育宏 2016 秋山翔吾, 陽岱鋼, 糸井嘉男 2017 秋山翔吾, 柳田悠岐, 西川遥輝 2018 秋山翔吾, 柳田悠岐, 西川遥輝 2019 秋山翔吾, 荻野貴司, 西川遥輝 2020 柳田悠岐, 大田泰示, 西川遥輝 2021 荻野貴司, 辰己涼介, 柳田悠岐 2022 髙部瑛斗, 辰己涼介, 福田周平 2023 辰己涼介, 万波中正, 近藤健介 2024 辰己涼介, 周東佑京, 万波中正 表 話 編 歴 投 千賀滉大 捕 甲斐拓也 一 内川聖一 二 浅村栄斗 三 松田宣浩 遊 源田壮亮 外 荻野貴司 / 秋山翔吾 / 西川遥輝 表 話 編 歴 投 山本由伸 捕 甲斐拓也 一 中村晃 二 中村奨吾 三 宗佑磨 遊 源田壮亮 外 荻野貴司 / 辰己涼介 / 柳田悠岐 表 話 編 歴 1994 イチロー 1995 イチロー 1996 イチロー 1997 イチロー 1998 イチロー 1999 松井稼頭央 2000 小笠原道大 2001 小笠原道大 2002 松井稼頭央 2003 谷佳知 2004 松中信彦, 川﨑宗則 2005 和田一浩 2006 大村直之 2007 稲葉篤紀 2008 栗山巧, 片岡易之 2009 中島裕之 2010 西岡剛 2011 坂口智隆 2012 内川聖一 2013 長谷川勇也 2014 中村晃 2015 秋山翔吾 2016 角中勝也 2017 秋山翔吾 2018 秋山翔吾 2019 秋山翔吾 2020 柳田悠岐 2021 荻野貴司 2022 島内宏明 2023 柳田悠岐 2024 辰己涼介 表 話 編 歴 1950 木塚忠助 1951 木塚忠助 1952 木塚忠助 1953 L.レインズ 1954 鈴木武 1955 森下正夫 1956 河野旭輝 1957 河野旭輝 1958 R.バルボン 1959 R.バルボン 1960 R.バルボン 1961 広瀬叔功 1962 広瀬叔功 1963 広瀬叔功 1964 広瀬叔功 1965 広瀬叔功 1966 山本公士 1967 西田孝之 1968 安井智規 1969 阪本敏三 1970 福本豊 1971 福本豊 1972 福本豊 1973 福本豊 1974 福本豊 1975 福本豊 1976 福本豊 1977 福本豊 1978 福本豊 1979 福本豊 1980 福本豊 1981 福本豊 1982 福本豊 1983 大石大二郎 1984 大石大二郎 1985 松永浩美 1986 西村徳文 1987 西村徳文, 大石第二朗 1988 西村徳文 1989 西村徳文 1990 秋山幸二 1991 大野久 1992 佐々木誠 1993 大石大二郎 1994 佐々木誠 1995 イチロー 1996 村松有人 1997 松井稼頭央 1998 松井稼頭央, 小坂誠 1999 松井稼頭央 2000 小坂誠 2001 井口資仁 2002 谷佳知 2003 井口資仁 2004 川﨑宗則 2005 西岡剛 2006 西岡剛 2007 片岡易之 2008 片岡易之 2009 片岡易之 2010 本多雄一, 片岡易之 2011 本多雄一 2012 聖澤諒 2013 陽岱鋼 2014 西川遥輝 2015 中島卓也 2016 金子侑司, 糸井嘉男 2017 西川遥輝 2018 西川遥輝 2019 金子侑司 2020 周東佑京 2021 源田壮亮, 荻野貴司, 和田康士朗, 西川遥輝 2022 髙部瑛斗 2023 周東佑京, 小深田大翔 2024 周東佑京 表 話 編 歴 50 河原井正雄 51 松岡憲次 52 應武篤良 53 山路哲生 11 巽真悟 16 根本朋久 17 大場翔太 18 榊原諒 19 村松伸哉 20 斎藤佑樹 21 海田智行 28 加藤幹典 6 細山田武史 25 大野奨太 1 小窪哲也 2 山崎憲晴 3 森志朗 4 上本博紀 5 中田亮二 7 荻野貴司 26 和泉将太 27 仲澤広基 8 荒波翔 9 岩本貴裕 10 田中幸長 24 松本啓二朗 表 話 編 歴 1位:荻野貴司 2位:大谷智久 3位:大嶺翔太 4位:清田育宏 1位:山室公志郎 日本の野球選手 千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手 NPBオールスターゲーム選出選手 盗塁王 (NPB) トヨタ自動車硬式野球部の選手 関西学院大学硬式野球部の選手 日米大学野球選手権大会日本代表選手 奈良県立郡山高等学校出身の野球選手 奈良県出身のスポーツ選手 1985年生 存命人物 Pages using the JsonConfig extension 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ogino takashi
荻野貴司と同じ誕生日10月21日生まれ、同じ奈良出身の人
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