三橋美智也の情報(みはしみちや) 歌手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
三橋 美智也さんについて調べます
■名前・氏名 |
三橋美智也と関係のある人
横井弘: 『俺ら炭坑夫』(昭和32年2月) 作曲:鎌多俊与、歌:三橋美智也 高品格: 三橋美智也のおんな船頭唄(1956年、日活) 弦哲也: 三橋美智也 矢野亮: 『島の船唄』(昭和30年11月)[渡久地政信作曲、歌:三橋美智也] 横井弘: 『あゝ新撰組』(昭和30年9月) 作曲:中野忠晴、歌:三橋美智也 吉田矢健治: 『瀬戸の船唄』(昭和53年)[水野喬作詞、歌:三橋美智也] 横井弘: 作曲:江口浩司、歌:三橋美智也 吉田矢健治: 『坂東節/恋あらし』(昭和51年)[横井弘作詞、歌:三橋美智也] 高田弘: 三橋美智也「鳴門海峡」「恋放浪」「弘前の女/柳川の女」「風の街」「瞼の中に故里が」「ヒミコふぃーばぁー/むーんさると和尚さん」「流しギターの独り言」 大滝詠一: 洋楽面のみで語られがちだが、同時期には小林旭や三橋美智也なども好んで聞いていた。 矢野亮: 『夕焼けとんび』(昭和33年3月)[吉田矢健治作曲、歌:三橋美智也] 横井弘: 『達者でナ』(昭和35年10月) 作曲:中野忠晴、歌:三橋美智也 芥川隆行: 番組の最後のほうで三橋美智也による主題歌をバックにしてのナレーションで当時の視聴者に強烈な印象を与え、同時に出世作となった。 猪俣公章: 鳴門海峡(1969年、歌:三橋美智也) 東條寿三郎: 『玄海船乗り』(昭和31年6月) 作曲:鎌多俊与、歌:三橋美智也 細川潤一: 『東村山音頭』(昭和38年)[土屋忠司作詞、歌:三橋美智也・下谷二三子] 昭和こいる: だが、のいるが急性肝炎となり「この名前は縁起が悪い」ということで、師匠たちと交友が厚かった三橋美智也の提案で現在の芸名に改名。 村田英雄: 翌1996年1月には「三人の会」の仲間・三橋美智也が亡くなり、「この前、私が倒れたとき真っ先に駆けつけて頂いたのが(三橋)先輩だった。 前田晃伸: 読売ジャイアンツと三橋美智也、そして息子の影響で長渕剛のファンである。 細川潤一: 『重忠節』(昭和53年)[畑やわら作詞、歌:三橋美智也] 川口真: 三橋美智也「いいじゃありませんか」(フジテレビ系アニメ「おじゃまんが山田くん」主題歌)「いいもんだな故郷は」(明治製菓「カール」CMソング)「あんたの背中/リンゴがお酒になるように」「南の風/哀愁湖畔」 細川潤一: 『おさげと花と地蔵さんと』(昭和32年9月)[東条寿三郎作詞、歌:三橋美智也] 大月みやこ: 三橋美智也と春日八郎の前座にて全国行脚の日々を送る。 細川潤一: 『古城』(昭和34年7月)[高橋掬太郎作詞、歌:三橋美智也] 山口俊郎: 1955年(昭和30年)、作詞家藤間哲郎と組み、三橋美智也の初ヒット曲「おんな船頭唄」を作曲した。以後、三橋美智也と共に「佐渡おけさ」「ソーラン節」「花笠音頭」等多くの歌謡民謡も世に送り出す。 友竹正則: 三橋美智也、下谷二三子の「てもても音頭」B面曲。 木下龍太郎: 三橋美智也「鳴門海峡」 村田英雄: 1988年、ともに同年代で同時期に活躍し、歌謡界をリードしてきた三橋美智也、春日八郎と「三人の会」を結成、ジョイント・コンサートなどで活動した。 桑田佳祐: このコーナーは三橋美智也や三波春夫らが歌う歌謡曲や江利チエミが歌う「さのさ」などがテレビで流れたり、父親の鼻歌が「さのさ」や都々逸であったりと、子供時代からそういった音楽を耳にする環境にいたことが影響しており、桑田は「そうしたものが、子どものころから刷り込まれちゃっていたんじゃないですかね」「だから、僕らの年代というのは、ああいうニッポンの歌や民謡が意外とすんなり歌えるんだと思うんですよね」と語っている。 細川潤一: 『男涙の子守唄』(昭和31年5月)[高橋掬太郎作詞、歌:三橋美智也] |
三橋美智也の情報まとめ
三橋 美智也(みはし みちや)さんの誕生日は1930年11月10日です。北海道出身の歌手のようです。
現在、事故、再婚、卒業、テレビ、映画、結婚、離婚に関する情報もありますね。去年の情報もありました。1996年に亡くなられているようです。
三橋美智也のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)三橋 美智也(みはし みちや、本名・北沢 美智也、1930年11月10日 - 1996年1月8日)は、北海道上磯郡上磯町峩朗(現在の北斗市)生まれ、函館市育ちの流行歌手。愛称は「みっちゃん」「ミッチー」。 民謡で鍛えた伸びやかな高音と絶妙のこぶし回しを持ち味に、昭和30年代の日本の歌謡界黄金期をリードし、数多くのミリオンセラーを連発。販売枚数は日本人で唯一、1億枚に達したとされている、昭和歌謡界を代表する男性歌手の一人。特に全盛期の昭和30年代前半は「三橋で明けて三橋で暮れる」と言われるほどの絶大な人気を誇った。 セメント会社の作業員だった父は三橋が3歳の誕生日前日に落盤事故で亡くなる。母は渡島当別に転居して川田男爵イモ農場に住み込みで就職し、翌年には作業員の男性と再婚。この夫婦の間には3人の弟と1人の妹が出来る。その後は養父が国鉄の職員となり、函館市万代町へ転居。一方の三橋は5歳の頃から舞台を踏み、民謡歌手だった母に幼い頃から鍛えられ、小学校の入学と同時に叔父から追分を習い、9歳の時に全道民謡コンクールで優勝。この頃に海で右耳をウツボに突っつかれ難聴になる。その後は巡業に参加などしつつ家計を支え、12歳の時にコロムビアで民謡を吹き込む。小学校卒業後は国鉄・木古内保線区に日雇作業員として就職する傍ら、津軽三味線を習い初め、白川軍八郎一座とともに修行を続ける。16歳の時には三浦為七郎民謡一座、陸奥乃家演芸団に参加。 19歳の時に「歌だけではなく違う世界も知りたい」と三味線一本を持って上京し、榎本健一・古川ロッパの家に弟子入り志願で出向いた事もあった。その後は横浜市の綱島温泉「東京園」で民謡教室のアルバイトをする傍ら、ボイラーマンの仕事もしていた。人一倍真面目に働き、その勤勉さを風呂屋の主人に見込まれ、21歳になった1951年には明大中野高校定時制に通うことを許された。高校入学と同時に「東京園」で世話になった北沢家と養子縁組をしたほか、NHK「邦楽オーディション」に合格。高校では普通の生徒よりもずっと年上で、彼らから「おとっさん」と呼ばれ親しまれた。 1953年、弟子の吹き込みに三味線伴奏者として同行した際、三橋のレッスンの声がディレクターの耳にとまり、キングレコードの専属歌手として契約。明治大学への進学も決まった1954年に「酒の苦さよ」でデビューすると、1955年に「おんな船頭唄」が大ヒット。たちまち人気歌手の仲間入りを果たすと、学業どころではなくなったため大学を中退。その後も昭和30年代には「あの娘が泣いてる波止場」「リンゴ村から」「哀愁列車」「母恋吹雪」「おさらば東京」「夕焼けとんび」「古城」「達者でナ」「星屑の町」などの歌謡曲、「北海盆唄」「花笠音頭」「ソーラン節」「津軽じょんから節」「炭鉱節」「黒田節」などの民謡がミリオンセラーとなり、「三橋で明けて三橋で暮れる(三橋で暮れて三橋で明ける とも)」と言われるほどの人気を得る。キングの全盛期を春日八郎・若原一郎と共に築き上げ、「キング三羽烏」「三人男」と呼ばれる。 1958年にはトニー谷と共に来日したポール・アンカを羽田空港で出迎えた“「ダイアナ」などが大ヒットした、米国人気歌手のポール・アンカさんが来日――羽田空港で出迎えの女性にキスをする”. photobank.mainichi.co.jp. 2024年12月31日閲覧。。 1974年からはカール(明治製菓)のコマーシャルソングを担当し、同年12月の「雪だるま編」から1993年1月の「おしゃべり貯金箱プレゼント編」まで20年間で31作も歌った。三橋が歌うことになったのは小坂一也の推薦による。当初三橋はCMソングを歌うことに難色を示したが、「小坂の推薦」ということ、小坂が歌ったデモテープを聴き興味を示したことで承諾した。ACC CMフェスティバルでも何度も受賞しており、1976年には「ひっくりカエル/おじさん独唱/落葉」の3作がテレビフィルムCM部門秀作賞を受賞し、2001年にはCM殿堂入りを果たす 。1983年「春 おじさん橋編」・1985年「夏 祭りだいこ編」が秀作賞、1987年「秋 つり鐘編」・1990年「池のほとり編」・1992年「きもだめし編」が優秀賞を受賞 。ラジオCMも1976年の「バターミルクあじ編」がCM音楽部門ACC賞、1978年にはラジオCM「カールこぶし教室 北海盆歌/佐渡おけさ/黒田節」がラジオCM部門秀作賞を受賞している。 1976年5月には帝国劇場で藤本義一脚本の舞台「津軽三味線ながれぶし」に出演し、片岡仁左衛門・山田五十鈴・赤木春恵・市原悦子・花紀京・浜畑賢吉と共演。連日超満員の記録を作った。同年8月には「日本各地に残る民謡こそ日本人の歌の故郷」という想いから、自ら家元になって「民謡三橋流」を創設し、1977年12月には東京都世田谷区南烏山の自宅に「根本道場是空庵」を開設。門下に千昌夫・細川たかし・石川さゆりらがいる。 1978年には「電撃わいどウルトラ放送局」(ラジオ関東)のパーソナリティに抜擢され、自身初めてのDJに挑戦。「ミッチー」の愛称で若者にも人気を得て、周囲の度肝を抜いた。番組中には当時の流行語「フィーバー」を使い、1980年に出演したカップ麺「激めん」(東洋水産)のCMでは、流行語の元になった映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の主演であるジョン・トラボルタ風のスーツ姿で「激れ!激れ!」と連呼。1979年にはゴールデン・アロー賞特別賞も受賞し、同年7月1日にはSDTの開局記念特別番組「翔べ静岡第一テレビ」の司会を務めた。1981年には世田谷区烏山に「三菱堂ダイヤモンド店」をオープン。1982年11月には上越新幹線開通記念フェスティバルで新潟県民会館・新潟市体育館に両日出演し、その模様がNST・BSNで生中継された。1983年には日本の歌手として史上初めてレコードのプレス枚数が1億枚を突破したとされる。ブラジル(1979年)・香港(1981年)・韓国(1985年)でも公演を行っており、ブラジルでは最高勲章を受賞。1985年にはハワイ「NBCコンサートホール」で公演を行った後、ディズニーランド創立30周年記念公演も行った。1986年には静岡県熱海市に高級リゾートホテル「サン三橋」を落成し、45億円を投資した。1988年には親交が深かった春日・村田英雄と三人の会を結成し、演歌界の活性化を図った。 一方、私生活では1956年に料亭経営者の長女で三橋の大ファンであった松本喜久子と結婚し二子をもうけたが、1966年に離婚。 その後は再婚して三人の子宝にも恵まれたが、晩年は妻からの家庭内暴力や財産乗っ取りに苦しむ。 1992年には「サン三橋」が倒産し、200億円の負債を抱える。1994年からは東京の自宅を出て、大阪市西成区のマネージャー宅で暮らしていた。 森繁久彌・加山雄三とはヨット仲間で、塩月弥栄子・大橋巨泉とはボウリングがきっかけで知り合った。生前は熱狂的な読売ジャイアンツファンで、王貞治と親交があった。その前は阪神タイガースと西鉄ライオンズを贔屓にしており、村山実と雑誌の表紙へ一緒に出てから親しくなると、横浜中華街で食事を一緒にして意気投合した。その他に野球界では荒川博・張本勲、相撲界では大鵬幸喜、プロレス界では力道山・キラー・カーン、競馬界では増沢末夫・小島太と親交があった。 メルセデス・ベンツ・300SLを所有と書かれたが190SLの誤りである。 庶民的で、地方公演の楽屋では、目刺を焼いていたこともあったほか、米飯に納豆を乗せ、その上に山盛りの砂糖をかけて食べていた。 私生活での心労が重なったこともあって持病の糖尿病が悪化し、1993年1月に入院。声の衰えも隠せなくなったほか、薬の副作用等により脱毛が酷く、それを隠すためにカツラも使っており、かつての恰幅のよさも無くなっていた。このことについて、三橋と親交が深かった立川談志は「もっと年齢相応に(キーを下げたり)しても良かったのでは」と著書に記しているが、独特な節回しと風格は晩年も変わることはなく、1990年8月11日にNHK『思い出のメロディー』で歌唱した「古城」は、「三橋演歌50年間の集大成」とも評された。 1995年、3月4日から5日にかけて後援会「みちや会」の旅行会「三河湾国定公園・三谷温泉」へ参加。その数日後に倒れて緊急入院するも、一旦は回復して退院。5月には阪神大震災復興支援チャリティーゴルフコンペを開いたが、同年10月26日の18時35分頃、滋賀県甲賀郡信楽町(現在の甲賀市)の「タラオカントリークラブ」での帰路、走行中のタクシー車内で心臓発作を起こし、西成区岸里の「山本第一病院」に再入院。運ばれた当日の深夜には村田が見舞いに訪れた。 その後も意識不明の重体のまま、阿倍野区旭町の大阪市立大学医学部附属病院に転院したが、1996年1月8日午前11時30分、意識が戻ることなく多臓器不全のため亡くなった。享年66歳、満65歳没。 前年9月11日に東京プリンスホテルで開かれた玉置宏の芸能生活40周年記念パーティー「玉置節で40年!!」に出席して「哀愁列車」を歌唱し、10月8日にテレビ東京・日曜ビッグスペシャルで放映されたのが、三橋の生涯最後の歌唱映像となった。 死去2日後の1996年1月10日に通夜が、翌11日に密葬・告別式が西成区玉出の「光福寺」で取り行われた。法名は妙聲院釋智誠大居士(みょうしょういんしゃくちじょうだいこじ)。 2月5日には青山葬儀所で音楽葬が行われ、約2000人が列席し、献唱曲は自身の大ヒット曲である「古城」であった。 現在は東京都の小平霊園と大阪府東大阪市の石切霊園に墓所がある。 日本レコード大賞(20周年記念顕彰 第20回)〔1978年〕 日本レコード大賞(功労賞 第35回)〔1993年〕 ゴールデン・アロー賞(特別賞 第16回)〔1979年〕 メガロポリス歌謡祭(特別賞 第2回)〔1983年〕 日本歌謡大賞(演歌功労賞 第10回)〔1984年〕 NHK紅白歌合戦には1956年に初出場。以後、連続出場を重ねたが、1965年の第16回紅白をもって連続出場が途切れる。翌1966年紅白落選の理由は、当時の妻との離婚が影響したと言われている。その後、1974年の第25回紅白 で紅白25回記念の「人気歌手枠」で春日八郎とともに再出場を果たす。以後、1977年まで4年連続で出場を果たした。通算14回。初出場から10回連続出場までの間では、美空ひばりや島倉千代子、江利チエミといった女性人気歌手と対戦し、トリも4度飾っている。11回目出場以後では、山口百恵・森昌子・南沙織など、若手女性アイドル歌手と対戦していた。 (注意点) 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数を表す。 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。 出演順は「(出演順)/(白組出場者数)」で表す。 江差追分 前唄・本唄・送り唄 - 1942年 じょんがら節 - 1942年 よされ節 - 1942年 タント節 - 1942年 津軽小原節 新節・旧節 - 1942年 米山甚句 - 1942年 博多節 - 1942年 酒の苦さよ〜新相馬節〜 - 1954年 瞼のふる里〜南部牛追唄〜 - 1954年 かっぱ踊り - 1954年 はてなき涙/東京から故郷から - 1954年 角帽浪人/どんと節 - 1954年 おんな船頭唄 - 1955年藤間哲郎、山口俊郎 ご機嫌さんよ達者かね - 1955年 里恋がらす - 1955年 あゝ新撰組 - 1955年 噂のこして/二人の朝はきっと来る - 1955年 島の船唄 - 1955年 君は海鳥渡り鳥 - 1955年 小島の鴎/あの娘が泣いてる波止場 - 1955年高野公男、船村徹 船頭追分 - 1956年 草枕幾度ぞ - 1956年 御存知赤城山 - 1956年 男涙の子守唄/あゝ田原坂 - 1956年高橋掬太郎、細川潤一 リンゴ村から - 1956年矢野亮、林伊佐緒 笹川月夜 - 1956年 哀愁列車 - 1956年横井弘、鎌多俊与 玄海船乗り - 1956年 豊年まつり - 1956年 神戸みなとおどり - 1956年 泪と侍 - 1956年 篭つるべ - 1956年 さすらいの唄〜津軽山唄〜 - 1956年 逢いぞめ笠 - 1956年 縁があったらまた逢おう - 1956年 お花ちゃん - 1956年共唱:斉藤京子 手まり数え唄 - 1956年 みれん峠 - 1956年 木曽節 - 1956年 木曽恋がらす - 1956年 母恋吹雪/江差恋しや - 1956年 あゝ想夫恋 - 1956年 おさよ可愛や - 1956年 旅行く一茶 - 1956年 おとこ三味線 - 1957年 俺ら炭鉱夫 - 1957年 東京見物 - 1957年 一本刀土俵入り - 1957年高橋掬太郎、細川潤一 利根の夕焼け/折鶴さんど笠 - 1957年 おけさ舟唄/顔見に来たのさ - 1957年 美智也さのさ/淡海くずし - 1957年 峠の馬ッコ - 1957年 みんな輪になって - 1957年 リンゴ花咲く故郷へ - 1957年 花笠音頭 - 1957年 別れ笛/果てない航路 - 1957年 僕は郵便屋さん - 1957年 おさげと花と地蔵さんと/三味線渡り鳥 - 1957年東條寿三郎、細川潤一 里恋い越後獅子 - 1957年 おさらば東京 - 1957年横井弘、中野忠晴
すってんてん人生 - 1957年 ギター鴎 - 1958年矢野亮、吉田矢健治 船は三十石櫓は八丁 - 1958年 流転波止場 - 1958年 草笛の丘 - 1958年 夕焼けとんび - 1958年 民謡酒場 - 1958年 夜霧のデッキ - 1958年 美智也馬子唄/美智也マドロス - 1958年 東京ばやし - 1958年 島の見える峠 - 1958年 海の騎士 - 1958年 札幌音頭 - 1958年 センチメンタルトーキョー/幸福さん - 1958年 月の峠路 - 1958年 重の井子別れ - 1958年 おしどり新打 - 1958年 東京よいとこ - 1958年 帰る日が楽しみさ - 1958年 調布音頭 - 1958年 赤い夕陽の故郷 - 1958年横井弘、中野忠晴 ごろすけほゥ/岩手の和尚さん - 1958年 男の旅笠 - 1958年 木枯し子守唄 - 1959年 民謡風呂/浪人小唄 - 1959年 笛吹峠 - 1959年 風の中の男 - 1959年 夢で逢えるさ/夜風に聞いたよ - 1959年 風流弥次喜多ぶし - 1959年 やくざ三味線 - 1959年 かすりの女と背広の男 - 1959年 てんまり波止場 - 1959年 道産子音頭 - 1959年 会津磐梯山/八戸小唄 - 1959年 東京タワーをやぐらに代えて - 1959年 お城音頭 - 1959年 関西ロマンス - 1959年 九州よかとこ - 1959年 古城/祭り太鼓 - 1959年高橋掬太郎、細川潤一 ちんから馬子唄 - 1959年 俺は機関手 - 1959年 たった一人の人でした - 1959年 壁/俺達は狙われている - 1959年横井弘、古賀丈晴 泣くなよしきり - 1959年 情け無用の男 - 1959年 麦ふみ坊主 - 1959年 北海の終列車 - 1959年 東京が泣いている - 1959年 燕が帰る/誰も知らない赤い花 - 1959年 神輿音頭/おいでや小唄 - 1959年矢野亮、中野忠晴
迷子のとんびッコ - 1960年 雪のだるまさん - 1960年 大江戸まつり唄 - 1960年 保津川下り - 1960年 あばよ - 1960年 あゝ故郷 - 1960年 夜のマネキン人形 - 1960年 みかんの故里/海峡 - 1960年 船出哀しや - 1960年 紅白音頭 - 1960年 こけしぼっこ - 1960年 故郷はどこさ/ねずみがチュー - 1960年 城ヶ島慕情 - 1960年 あゝ大阪城 - 1960年 白菊の唄 - 1960年 兄ちゃん案山子 - 1960年 恋の八丈太鼓 - 1960年 快傑ハリマオの歌 - 1960年加藤省吾、小川寛興
達者でナ - 1960年横井弘、中野忠晴 恋慕舟唄 - 1960年 津軽追分/また来るぜ東京 - 1960年 恋の一刀流 - 1961年 さすらい流し - 1961年 センチメンタル・ガイ/銀座ディキシー - 1961年 雨の九段坂/花の八幡船 - 1961年 富士の雲笠踊り - 1961年 岸壁の男 - 1961年 武田節 - 1961年 北から南から - 1961年 北海道函館本線 - 1961年 美智也子守唄 - 1961年 アヤヤ・アパパ/美智也ばやし - 1961年 あゝ城山 - 1961年 館林新調 - 1961年 じゃんがら囃子 - 1961年 旅情小唄 - 1961年 懐しの高原 - 1961年 津軽恋しや - 1961年 啄木旅愁 - 1961年 山は百万石 - 1961年 石狩川悲歌/島のアンコさん - 1961年 高橋掬太郎、江口浩司 赤い林檎ッコ - 1961年 さいはての岬町 - 1961年 通りゃんせ小路 - 1962年 シベリアの母 - 1962年 日本人 - 1962年 男の恋唄 - 1962年 津軽の三男坊 - 1962年 ノサップの風 - 1962年 日本音頭 - 1962年 星屑の町 - 1962年 東條寿三郎、安部芳明
つばくろやくざ - 1962年 東映映画「男度胸のあやめ笠」主題歌 新撰組の唄/美智也数え唄 - 1962年 てもても音頭 - 1962年
東京はふるさと/別れ峠 - 1962年 美智也都々逸/梅は咲いたか - 1962年 さすらい列車/道産子だい - 1962年 舞扇花柳流/ことぶき音頭 - 1962年 歌ひとすじに/さすらい小唄 - 1962年 乃木将軍の歌 - 1962年 あゝ日蓮 - 1962年 マドロス家業はやめられぬ/船路は暮れて - 1962年 流れ星だよ/人生の水たまり - 1962年 新十三の砂山/さすらいの唄〜津軽山唄〜 - 1962年 ソーラン唄便り/みかん船だよ - 1963年 大番/さいはての月 - 1963年 旅路/海峡鴎 - 1963年 こけしの故里/いろり火物語 - 1963年 徳川家康〜啼くまで待とう時鳥〜/徳川家康〜家康の生涯〜 - 1963年 花ッコ追分 - 1963年 はてなき旅路 - 1963年 いつでもおかあさんはおかあさん/涙の花嫁船 - 1963年 あゝこの街に雨が降る/椿大島 - 1963年 あゝ太平洋/いって来るぜ - 1963年 梅川忠兵衛 - 1963年 メノコ恋唄/泣きたい岬 - 1963年 明治一代男/天竜やくざ - 1963年 俺らつらいなァ/流転の唄 - 1963年 でかいこの夢/じょんがら便り - 1963年 流れ三味線/荒磯の娘 - 1963年 ひとすじの道/りんごの故里 - 1964年 生きる喜び/愛の歌 - 1964年 男の舞扇/若い生命 - 1964年 母恋だより/天草慕情 - 1964年 東京五輪音頭 - 1964年宮田隆、古賀政男
東村山音頭 - 1964年土屋忠司、細川潤一
俺らの街が目をさます/美智也船唄 - 1964年 あゝ新戦場/あゝ大陸 - 1964年 星と歩こう/離れるもんか故郷を - 1964年 夜のブランコ/アコとギターと裏町と - 1964年 信濃川悲歌/また来るよ - 1964年 さらば雪国/リンゴ便り - 1964年 青空のブルース/誰もいない渚 - 1964年 今夜も星がいっぱいだ/恋人よごきげんよう - 1965年 あの人は遠い人/いのちの恋を捨てたんだ - 1965年 酔って候 - 1965年 山がある川がある/帰っておいでよ - 1965年 祭り獅子/若衆ざくら - 1965年 大漁太鼓/東京はさよならの町 - 1965年 話をしようよ眠るまで/ふたり船唄 - 1965年 二本松少年隊/あゝ源氏武士 - 1965年 美智也ぶし - 1965年 女形かずら/名残り酒 - 1965年 源義経 - 1966年 あゝさすらい/信濃の夕月 - 1966年 恋とさむらい/美智也投げ節 - 1966年 日本よい国 - 1966年 泣くな東京/俺は淋しいひとり者 - 1966年 旅の風車/おやすみ東京 - 1966年 緋牡丹仁義/任侠街道 - 1966年 ふるさとの笛/花の人生 - 1966年 東京ってそんなにいいとこか/なみだ橋 - 1966年 一本杉は男杉/斎太郎しぶき - 1966年 浜木綿の花咲けば/哀愁峠 - 1967年 博多の月/おけさ慕情 - 1967年 堀のある町/十和田哀歌 - 1967年 東京の鳩/あんずっこ - 1967年 東京百年音頭 - 1967年 わがこころ/あばれ凧 - 1967年 夕陽の旅路/冬の宿 - 1967年 黒潮の男/雪国 - 1968年 星のこだま/大街道の女 - 1968年 城山/じょんがら慕情 - 1968年 男の出船/はぐれ念仏 - 1968年 白鳥の恋/夕陽の海峡 - 1969年 哀愁平野/ネオンに降る雨 - 1969年 機関車物語/おふくろ - 1969年 鳴門海峡/大阿蘇慕情 - 1969年 君呼ぶ町/蝶々とかかし - 1970年 日の本音頭 - 1970年 泣かないで帰えろ - 1970年 さけ・うた・おんな/涙そこどけ演歌が通る - 1970年 ありがとう思い出/白い貝がら - 1971年 ニコニコ音頭/やっさもっさ音頭 - 1971年 古都の雨/雪国に雪の降る頃 - 1972年 新府城/武田二十四将 - 1972年 ちょっとお話ししませんか/旅人の子守唄 - 1972年 旅情・十三の砂山/ふるさとの四季 - 1972年 水上夜曲 - 1972年 お国めぐり音頭 - 1973年 下関音頭/花の奇兵隊 - 1973年 あゝ高嶋城〜諏訪の浮城〜 - 1973年 サイパン小唄/急行をすてて各駅にのりかえると - 1973年 トレビノ小唄/ナインホールラグ - 1973年 悲しみ河岸/恋放浪(歌謡生活20周年記念)- 1973年 京都が泣いている/恋みれん - 1974年 海洋博ユンタ - 1974年
男勝海舟/寺田屋お登勢 - 1974年 あゝ金沢城/百万石の町 - 1975年 大勧進帳/ああ関ヶ原 - 1975年 郷愁/鵜の浜小唄 - 1975年 坂東節/恋あらし - 1976年 越中音頭 - 1976年 新埼玉盆唄 - 1976年 仲良しシャンシャン - 1976年 佐野音頭 - 1976年 あんたの背中/リンゴがお酒になるように - 1976年 島の子守唄 - 1976年 人生音頭 - 1977年 ごくらく音頭 - 1977年 風の街/北緯四十五度の町 - 1977年 ふるさと太鼓 - 1978年 瞼の中に故里が/花恋し人恋し親恋し - 1978年 重忠節 - 1978年 さすらい船/ど根性船唄 - 1978年 THE TOMBI(夕焼けとんび)/BYE BYE HOUSE(達者でナ) - 1979年 かしわふるさと音頭/青春かしわ - 1979年 影/もがり笛の子守唄 - 1980年 父子星/哀唱琴の湖 - 1980年 信濃路音頭/御牧高原旅情 - 1981年 湯の町さのさ - 1981年 津軽涙唄/北の別れ唄 - 1982年 いいじゃありませんか/みんな達者でね - 1982年
越後絶唱/冬の花火(歌謡生活30周年記念)- 1982年 十六夜だより/匠(歌謡生活30周年記念)- 1983年 秋風川中島 - 1983年 霧笛 - 1983年 I'm A 北海道 Man - 1984年荒木とよひさ、かまやつひろし
筑波しぐれ/涙はおあずけ〜こぶしの花の咲く頃を〜 - 1985年 あゝ高杉晋作/名将伊達政宗 - 1986年 千曲川旅情/臼田ばやし - 1986年 忠節白虎隊 - 1988年 望郷江差/冬峠(歌謡生活35周年記念)- 1988年 いいもんだな故郷は - 1990年
雪小僧/紅の櫛 - 1991年 ゴエモン音頭/ゴエモン町を行く - 1991年
幻灯の町/潮路(歌謡生活40周年記念・ラストシングル)- 1993年 以下の2曲は、三人の会の作品。 哀愁 - 2001年 男のふるさと - 2001年 故郷ばなし 母と子に捧げる炉端の詩 - 1973年 唄めぐり 北から南、西東 - 1974年 三橋美智也 古賀メロディーを歌う - 1975年 城下町の女 - 1976年 三橋美智也の世界 - 1978年 三橋美智也民謡の世界 - 1978年 激れ!ミッチー - 1979年 ふるさと絶唱 - 1982年 あつい円熟 - 1973年 美智也まつりライブ - 1984年 1位「古城」300万枚 2位「リンゴ村から」「星屑の町」270万枚 4位「哀愁列車」250万枚 5位「夕焼けとんび」「達者でナ」220万枚 7位「おんな船頭唄」「母恋吹雪」200万枚 9位「あの娘が泣いてる波止場」180万枚 10位「お花ちゃん」「一本刀土俵入り」「赤い夕陽の故郷」「武田節」「石狩川悲歌」150万枚 15位「男涙の子守唄」120万枚 16位「あゝ新撰組」「おさげと花と地蔵さんと」110万枚 18位「おさらば東京」100万枚 1位「相馬盆唄」「炭鉱節」280万枚 3位「花笠音頭」270万枚 4位「黒田節」「北海盆唄」260万枚 6位「ソーラン節」「斉太郎節」「佐渡おけさ」250万枚 9位「津軽じょんから節」180万枚 10位「木曽節」「江差追分」170万枚 12位「相川音頭」130万枚 1位「ギター鴎」 2位「岩手の和尚さん」 3位「ご機嫌さんよ達者かね」 4位「俺ら炭鉱夫」 5位「リンゴ花咲く故郷へ」 6位「センチメンタル・トーキョー」 7位「新撰組の唄」 8位「玄海船乗り」 9位「江差恋しや」 10位「東京の鳩」 11位「みれん峠」 12位「島の船唄」 13位「君は海鳥渡り鳥」 14位「東京見物」 15位「泪と侍」 16位「かすりの女と背広の男」 17位「北海の終列車」 18位「堀のある町」 19位「酒の苦さよ〜新相馬節〜」 20位「船頭追分」 21位「縁があったらまた逢おう」 22位「夢で逢えるさ」 23位「東京が泣いている」 24位「いいもんだな故郷は」 25位「御存知赤城山」 26位「手まり数え唄」 27位「木曽恋がらす」 28位「草笛の丘」 29位「笛吹峠」 30位「鳴門海峡」 31位「京都が泣いている」 32位「越後絶唱」 33位「さすらい船」 34位「父子星」 赤いランプの終列車 (1958) (日活) わが古城の町 (1959) (松竹) 歌のゴールデンステージ(NHK総合) お国自慢にしひがし(NHK総合) 歌謡ホール(NHK総合) この人○○ショー(NHK総合) ビッグショー(NHK総合) ひるのプレゼント(NHK総合) 乾杯!トークそんぐ(毎日放送) ザ・ベストテン(TBS、1978年11月9日) 枝雀寄席(朝日放送、1985年10月1日) スター誕生!(日本テレビ) にっぽんの歌(テレビ東京) 人に歴史あり(東京12チャンネル) 百万ドルの饗宴(日本テレビ) 夜のヒットスタジオ(フジテレビ、1977年1月24日) 昭和歌謡大全集(テレビ東京) レッツゴーミッチー(ラジオ関東) ミツカン 味ぽん・土佐酢 明治 カール マルちゃん 激めん 三共(現・第一三共ヘルスケア) 新三共胃腸薬(現・第一三共胃腸薬) 『歌ひとすじに』サンデー映画社・サンデー新書 1957 『ミッチーの人生演歌』翼書院 1983 ^ オリコン発足前のため、売上枚数などの正確な記録は残っていない。そのため、オリコン記録では、CDの売り上げが日本一のアーティストは、総売り上げが約8148万枚のB'zである。 ^ この出来事がきっかけで『NHK紅白歌合戦』に落選したと言われている。 ^ 馬乗りで殴られる等。 ^ 妻と娘と娘婿が共謀して、ゴルフ場の高級会員権を三橋に無断で売却したほか、三橋が加入していた保険を解約して給付金を全て使ってしまう等。 ^ その後「ホテルサンミ倶楽部」に改称し、2023年現在は万葉倶楽部傘下。 ^ 妻との離婚については亡くなる2年前より民事裁判で争われ、裁判の結果、三橋が倒れる直前に離婚が成立し、翌年春にはマネージャーと再々婚の予定だったが、三橋が突然倒れ、死去したため再々婚は果たせなかった。 ^ “史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2019年12月19日閲覧。 ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus「三橋美智也」(コトバンク) ^ “昭和偉人伝 #87 三橋美智也(村田英雄、春日八郎、三波春夫)”. BS朝日 (2017年9月13日). 2022年7月14日閲覧。 ^ “三橋美智也メモリアルコンサート:8月21日(火) 22日(水)浅草公会堂にて開催~人間国宝・坂東玉三郎、作曲家・小椋佳も出演決定!!”. PR TIMES (2018年7月12日). 2022年10月22日閲覧。 ^ 「ひげまろの昭和CMソングMEMORIES 明治カールのうた(春篇)(3)」、『デイリースポーツ』2012年9月27日付、21面、12版B。 ^ 「ひげまろの昭和CMソングMEMORIES 明治カールのうた(春篇)(4)」、『デイリースポーツ』2012年9月28日付、21面、12版。 ^ 検索結果 明治カール「ひっくりカエル/おじさん独唱/落葉」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ パーマネントコレクション - 一般社団法人 ACC ^ パーマネントコレクション CM作品集(ラジオ) 殿堂入り年度順 - ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS ^ 検索結果 カール「春 おじさん橋編」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ 検索結果 カール「1985夏 祭りだいこ編」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ 検索結果 カール「秋 つり鐘」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ 検索結果 カール「池のほとり」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ カールなつかCM『きもだめし』篇(1991年)|CM情報|カールおらが村|株式会社 明治 - Meiji Co., Ltd. ^ 検索結果 カール「夏 きもだめし」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ 検索結果 明治カール「バターミルク味」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ 検索結果 明治カール「カールこぶし教室 北海盆歌/佐渡おけさ/黒田節」 - 放送ライブラリ公式ページ ^ “スターの結婚 三橋美智也と松本喜久子の結婚。新婦は料亭経営者の長女で新郎の大ファンだった=1956年(昭和31年)11月、写真部員撮影 ※「1億人の昭和史」(6)P210に掲載”. photobank.mainichi.co.jp. 2024年12月31日閲覧。 ^ 村山憲三 (2012年4月14日). “三橋美智也さんを偲ぶ会(17回忌)、三橋美智清ディナーショーin熱海ホテルサンミ倶楽部”. 七転八起 - 村山憲三 Official Site. 2023年1月30日閲覧。 ^ 【話の肖像画】演歌歌手・大月みやこ<7> 納豆に砂糖山盛り 気さくな大スター - 産経ニュース ^ “三橋さんが運ばれた病院 三橋美智也さん倒れる (コード 1995102600102)の写真・画像:報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク)”. kyodonews.jp. 2024年12月31日閲覧。 ^ “村田英雄さんがお見舞い 三橋美智也さん倒れる (コード 1995102600112)の写真・画像:報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク)”. kyodonews.jp. 2024年12月31日閲覧。 ^ “焼香する参列者 三橋美智也さん音楽葬 (コード 1996020500067)の写真・画像:報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク)”. kyodonews.jp. 2024年12月31日閲覧。 ^ “司会者・出場歌手発表会 第25回NHK紅白歌合戦 (コード 2015120800284)の写真・画像:報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク)”. kyodonews.jp. 2024年12月31日閲覧。 ^ 長田暁二『歌謡曲おもしろこぼれ話』社会思想社、2002年、75頁。ISBN 4390116495 ^ 【もっともっと納豆委員会】第194回「発見!納豆の歌・てもても音頭」、総本舗水戸納豆、2016年8月12日。 ^ 【もっともっと納豆委員会】第300回記念「納豆界激震!?超有力情報入手!」、総本舗水戸納豆、2017年6月26日。 ^ 東洋水産の一社提供。 1954年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手 音楽に関する世界一の一覧 売れた音楽家の一覧 三橋美智也 - 函館市文化・スポーツ振興財団 三橋美智也 - NHK人物録 表 話 編 歴 江差追分 前唄・本唄・送り唄 - じょんがら節 - よされ節 - タント節 - 津軽小原節 新節・旧節 - 米山甚句 - 博多節 酒の苦さよ~新相馬節~ - 瞼のふる里~南部牛追唄~ - かっぱ踊り - はてなき涙 - 角帽浪人 - おんな船頭唄 - ご機嫌さんよ達者かね - 里恋がらす - あゝ新撰組 - 噂のこして - 島の船唄 - 君は海鳥渡り鳥 - あの娘が泣いてる波止場 - 船頭追分 - 草枕幾度ぞ - 御存知赤城山 - 男涙の子守唄 - リンゴ村から - 笹川月夜 - 哀愁列車 - 玄海船乗り - 豊年まつり - 神戸みなとおどり - 泪と侍 - 篭つるべ - さすらいの唄~津軽山唄~ - 逢いぞめ笠 - 縁があったらまた逢おう - お花ちゃん - 手まり数え唄 - みれん峠 - 木曽恋がらす - 母恋吹雪 - あゝ想夫恋 - おさよ可愛や - 旅行く一茶 - おとこ三味線 - 俺ら炭鉱夫 - 東京見物 - 一本刀土俵入り - 利根の夕焼け - おけさ舟唄 - 美智也さのさ - 峠の馬ッコ - みんな輪になって - リンゴ花咲く故郷へ - 別れ笛 - 僕は郵便屋さん - おさげと花と地蔵さんと - 里恋い越後獅子 - おさらば東京 - すってんてん人生 - ギター鴎 - 船は三十石櫓は八丁 - 流転波止場 - 草笛の丘 - 夕焼けとんび - 民謡酒場 - 夜霧のデッキ - 美智也馬子唄 - 東京ばやし - 島の見える峠 - 海の騎士 - 札幌音頭 - センチメンタルトーキョー - 月の峠路 - 重の井子別れ - おしどり新打 - 東京よいとこ - 帰る日が楽しみさ - 赤い夕陽の故郷 - ごろすけほゥ - 男の旅笠 - 木枯し子守唄 - 民謡風呂 - 笛吹峠 - 風の中の男 - 夢で逢えるさ - 夜風に聞いたよ - 風流弥次喜多ぶし - やくざ三味線 - かすりの女と背広の男 - てんまり波止場 - 道産子音頭 - 東京タワーをやぐらに代えて - お城音頭 - 関西ロマンス - 九州よかとこ - 古城 - ちんから馬子唄 - 俺は機関手 - たった一人の人でした - 壁 - 泣くなよしきり - 情け無用の男 - 麦ふみ坊主 - 北海の終列車 - 東京が泣いている - 燕が帰る 迷子のとんびッコ - 雪のだるまさん - 大江戸まつり唄 - 保津川下り - あばよ - あゝ故郷 - 夜のマネキン人形 - みかんの故里 - 船出哀しや - 紅白音頭 - こけしぼっこ - 故郷はどこさ - 城ヶ島慕情 - あゝ大阪城 - 白菊の唄 - 兄ちゃん案山子 - 恋の八丈太鼓 - 快傑ハリマオの歌 - 達者でナ - 恋慕舟唄 - 津軽追分 - 恋の一刀流 - さすらい流し - センチメンタル・ガイ - 雨の九段坂 - 富士の雲笠踊り - 岸壁の男 - 武田節 - 北から南から - 北海道函館本線 - 美智也子守唄 - アヤヤ・アパパ - あゝ城山 - 館林新調 - じゃんがら囃子 - 旅情小唄 - 懐しの高原 - 津軽恋しや - 啄木旅愁 - 山は百万石 - 石狩川悲歌 - 赤い林檎ッコ - さいはての岬町 - 通りゃんせ小路 - シベリアの母 - 日本人 - 男の恋唄 - 津軽の三男坊 - ノサップの風 - 日本音頭 - 星屑の街 - つばくろやくざ - 新撰組の唄 - てもても音頭 - 東京はふるさと - 美智也都々逸 - さすらい列車 - 舞扇花柳流 - 歌ひとすじに - さすらい小唄 - 乃木将軍の歌 - あゝ日蓮 - マドロス家業はやめられぬ - 流れ星だよ - 新・十三の砂山 - ソーラン唄便り - 大番 - 旅路 - こけしの故里 - 徳川家康~啼くまで待とう時鳥~ - 花ッコ追分 - はてなき旅路 - いつでもおかあさんはおかあさん - 涙の花嫁船 - あゝこの街に雨が降る - あゝ太平洋 - 梅川忠兵衛 - メノコ恋唄 - 明治一代男 - 天竜やくざ - 俺らつらいなァ - 流転の唄 - でかいこの夢 - 流れ三味線 - ひとすじの道 - 生きる喜び - 男の舞扇 - 母恋だより - 東京五輪音頭 - 東村山音頭 - 俺らの街が目をさます - あゝ新戦場 - 星と歩こう - 夜のブランコ - 信濃川悲歌 - さらば雪国 - 青空のブルース - 今夜も星がいっぱいだ - あの人は遠い人 - 酔って候 - 山がある川がある - 祭り獅子 - 大漁太鼓 - 話をしようよ眠るまで - 二本松少年隊 - 美智也ぶし - 女形かずら - 源義経 - あゝさすらい - 恋とさむらい - 日本よい国 - 泣くな東京 - 旅の風車 - 緋牡丹仁義 - ふるさとの笛 - 東京ってそんなにいいとこか - 一本杉は男杉 - 浜木綿の花咲けば - 博多の月 - 堀のある町 - 東京の鳩 - 東京百年音頭 - わがこころ - 夕陽の旅路 - 黒潮の男 - 星のこだま - 城山 - 男の出船 - 白鳥の恋 - 哀愁平野 - 機関車物語 - 鳴門海峡 君呼ぶ町 - 日の本音頭 - 泣かないで帰えろ - さけ・うた・おんな - ありがとう思い出 - ニコニコ音頭 - 古都の雨 - 新府城 - ちょっとお話ししませんか - 旅情・十三の砂山 - 水上夜曲 - お国めぐり音頭 - 下関音頭 - あゝ高嶋城~諏訪の浮城~ - サイパン小唄 - トレビノ小唄 - 悲しみ河岸 - 京都が泣いている - 海洋博ユンタ - 男勝海舟 - あゝ金沢城 - 大勧進帳 - 郷愁 - 坂東節 - 越中音頭 - 新埼玉盆唄 - 仲良しシャンシャン - 佐野音頭 - あんたの背中 - 島の子守唄 - 人生音頭 - ごくらく音頭 - 風の街 - ふるさと太鼓 - 瞼の中に故里が - 重忠節 - さすらい船 - ザ・トンビ(夕焼けとんび)/バイバイ・ホース(達者でナ) 影 - 父子星 - 信濃路音頭 - 湯の町さのさ - 津軽涙唄 - いいじゃありませんか - 越後絶唱 - 十六夜だより - 秋風川中島 - 霧笛 - I'm A 北海道 Man - 筑波しぐれ - あゝ高杉晋作 - 千曲川旅情 - 忠節白虎隊 - 望郷江差 いいもんだな故郷は - 雪小僧 - ゴエモン音頭 - 幻灯の町 哀愁 - 男のふるさと 春日八郎 - 三波春夫 - 村田英雄 - 若原一郎 - 細川たかし - 石川さゆり キングレコード - スターチャイルド - 電撃わいどウルトラ放送局 表 話 編 歴 1951 藤山一郎 1952 藤山一郎 (2) 1953(年初)灰田勝彦 1953(年末)藤山一郎 (3) 1954 霧島昇 1955 藤山一郎 (4) 1956 灰田勝彦 (2) 1957 三橋美智也 1958 三橋美智也 (2) 1959 春日八郎 1960 三橋美智也 (3) 1961 三波春夫 1962 三橋美智也 (4) 1963 三波春夫 (2) 1964 三波春夫 (3) 1965 橋幸夫 1966 三波春夫 (4) 1967 三波春夫 (5) 1968 橋幸夫 (2) 1969 森進一 1970 森進一 (2) 1971 森進一 (3) 1972 北島三郎 1973 北島三郎 (2) 1974 森進一 (4) 1975 五木ひろし 1976 五木ひろし (2) 1977 五木ひろし (3) 1978 沢田研二 1979 五木ひろし (4) 1980 五木ひろし (5) 1981 北島三郎 (3) 1982 森進一 (5) 1983 細川たかし 1984 森進一 (6) 1985 森進一 (7) 1986 森進一 (8) 1987 五木ひろし (6) 1988 北島三郎 (4) 1989 北島三郎 (5) 1990 森進一 (9) 1991 谷村新司 1992 北島三郎 (6) 1993 北島三郎 (7) 1994 五木ひろし (7) 1995 細川たかし (2) 1996 北島三郎 (8) 1997 五木ひろし (8) 1998 五木ひろし (9) 1999 北島三郎 (9) 2000 五木ひろし (10) 2001 北島三郎 (10) 2002 五木ひろし (11) 2003 SMAP 2004 五木ひろし (12) 2005 SMAP (2) 2006 北島三郎 (11) 2007 五木ひろし (13) 2008 氷川きよし 2009 北島三郎 (12) 2010 SMAP (3) 2011 SMAP (4) 2012 SMAP (5) 2013 SMAP (6)、北島三郎 (13) 2014 嵐 2015 近藤真彦 2016 嵐 (2) 2017 ゆず 2018 嵐 (3)、サザンオールスターズ 2019 嵐 (4) 2020 福山雅治 2021 福山雅治 (2) 2022 福山雅治 (3) 2023 福山雅治 (4) 2024 福山雅治(5) FAST ISNI VIAF フランス BnF data アメリカ 日本 CiNii Books CiNii Research MusicBrainz 日本の男性歌手 三味線奏者 NHK紅白歌合戦出演者 演歌歌手 日本の民謡歌手 日本のラジオパーソナリティ 馬主 明治大学付属中野高等学校出身の人物 北海道出身の人物 1930年生 1996年没 ISBNマジックリンクを使用しているページ 2025/01/31 14:29更新
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mihashi michiya
三橋美智也と同じ誕生日11月10日生まれ、同じ北海道出身の人
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