会田雄次の情報(あいだゆうじ) 歴史学者、文明批評家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
会田 雄次さんについて調べます
■名前・氏名 |
会田雄次と関係のある人
野田宣雄: 京都大学文学部西洋史学科卒業、会田雄次の指導を受けた。 木村兵太郎: その一人会田雄次は次のように語る。 会田龍雄: なお、「アーロン収容所」などの著作で知られる会田雄次(京都大学教授、西洋史)は彼の次男である。会田雄次は「新選組とメダカ学者」という文章で、彼の父祖の歴史を紹介している(中央公論、昭和42年、3月号、248-254)。 宮脇俊三: 第5回日本ノンフィクション賞選評:会田雄次「好編ぞろいの候補作」、小松左京「題材にユニークさをみる」、吉村昭「個性と真摯さを感じる」 谷沢永一: (会田雄次)『こんな指導者はいらない!』(PHP研究所、1997.1。 谷沢永一: ISBN 4267012849) - 渡部昇一、会田雄次、陳舜臣、津本陽ほか 佐伯彰一: 『山本七平と日本人 一神教文明のなかの日本文化をめぐって』(会田雄次との対論、廣済堂出版) 1993 山田ゴロ: 北京原人(監修:会田雄次 国際情報社 1986年) 谷沢永一: ISBN 4884745167) - 会田雄次・渡部昇一・奈良本辰也ほか 谷沢永一: (会田雄次)『歴史に学ぶライバルの研究』(PHP研究所、1988.12。 永井陽之助: (会田雄次・市村真一・宇野精一)『現代人のための名著』(講談社現代新書, 1968年) 山田ゴロ: 洪秀全(監修:会田雄次 国際情報社 1987年) 野田宣雄: (会田雄次・中村賢二郎・望田幸男)『世界の中の日本百年』(文藝春秋、1967年) 山田ゴロ: クロムウェル(監修:会田雄次 国際情報社 1987年) 西尾幹二: なお『WiLL』2008年8月号で「これが最後の皇太子さまへの御忠言」にて、会田雄次が1968年に語った「いまの皇太子(上皇明仁)は、あんな不自由な寒くてしょうがないところはいやだといって、都ホテルへ泊まられるのですよ。 |
会田雄次の情報まとめ
会田 雄次(あいだ ゆうじ)さんの誕生日は1916年3月5日です。京都出身の歴史学者、文明批評家のようです。
卒業、兄弟に関する情報もありますね。1997年に亡くなられているようです。
会田雄次のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)会田 雄次(あいだ ゆうじ、1916年〈大正5年〉3月5日 - 1997年〈平成9年〉9月17日)は、日本の西洋史学者。京都大学名誉教授。専門はイタリア・ルネサンス。保守派の論客として知られた。 1916年、京都市生まれ。父は、第五高等学校や京都高等工芸学校教授を務めた動物学者・会田龍雄。京都府立第一中学校(現京都府立洛北高等学校・附属中学校)、第三高等学校を経て、京都帝国大学文学部史学科に進んだ。1940年に大学を卒業し、同大学大学院に進学した。 1942年、京都帝国大学文学部副手に採用される(1948年まで)。1942年から龍谷大学予科講師となった。しかし、戦局の悪化に伴い1943年に応召し、ビルマ戦線に歩兵一等兵として従軍。イギリス軍捕虜となり1947年に復員するまでラングーンに拘留された。この時の捕虜体験を基に書かれたのが『アーロン収容所』(中央公論社)である。 復員後は1947年神戸経済大学(現神戸大学)予科教授、1949年神戸大学文理学部助教授となった。1952年、京都大学人文科学研究所教授に就任。1962年に学位論文『ルネサンスの美術と社会』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1979年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。1997年、京都市内の病院で肺炎のため死去した。享年81。 1988年:京都市文化功労者。 専門はイタリア・ルネサンス研究である。中年以降は日本人論、日本文化論で多くの著作を出し、『日本人の意識構造』ではルース・ベネディクトの日本論を批判した。 従兄弟:会田俊夫は工学研究者。京都大学工学部教授。 『京大西洋史 4 近代世界の胎動』創元社 1951年
『ルネサンスの美術と社会』創元社〈創元学術双書〉1957年 『アーロン収容所:西欧ヒューマニズムの限界』中公新書 1962年
『ミケランジェロ 愛と美と死と』誠文堂新光社 1963年 『男性的家庭論』筑摩書房 グリーンベルト・シリーズ 1964年
『日本文化の条件:苦悶と混迷の思想地帯から』番町書房 1965年 『敗者の条件 戦国時代を考える』中公新書 1965年
『合理主義 ヨーロッパと日本』講談社現代新書 1966年
『ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界』新潮社 1966年 『ミケランジェロ その孤独と栄光』新潮社 1966年
『男性待望論 私の女性教育』講談社 1967年 『日本文化への直言』人物往来社 1967年 『ミケランジェロ』講談社 原色写真文庫 1967年 『日本人の意識構造 風土・歴史・社会』講談社 1970年
『極限状況の日本人 会田雄次版軍人勅諭』学習研究社 1972年
『日本の風土と文化』角川選書 1972年 『日本人の忘れもの』PHP研究所 1972年
『事実と幻想 続・日本人の意識構造』講談社 1973年 『日本人の生き方』富山県教育委員会〈精神開発新書〉1973年
『ルネサンス 新書西洋史4』講談社現代新書 1973年 『アーロン収容所再訪』文藝春秋 1975年
のち中公文庫 『決断の条件』新潮選書 1975年(改版2013年) 『超越者の思想 神と人の出会い』講談社現代新書 1975年 『勝者の条件』雷鳥社 1976年
『日本人材論 指導者の条件』講談社 1976年(のち文庫) 『表の論理・裏の論理 日本人的英知の再評価』PHP研究所 1977年
『原点からの発想 日本的英知の再発見』サンケイ出版 1978年
『リーダーの条件』新潮社 1979年、のち新潮文庫 『逆説の論理 新時代に生きる日本の英知』PHP研究所 1980年(のち文庫) 『必然と偶然と』雷鳥社 1981年 『氷雪の時代 日本生き残りの論理』PHP研究所 1982年(のち文庫) 『統率力の研究』力富書房 1984年、「人間的魅力」三笠書房知的生きかた文庫 『日本的権威の論理 日本のリーダー像とその危機』PHP研究所 1984年(のち文庫) 『歴史を変えた決断の瞬間』角川書店 1984年
「歴史を変えた決断」文庫 『歴史小説の読み方 吉川英治から司馬遼太郎まで』PHP研究所 1986年(のち文庫) 『よみがえれ、バサラの精神 今、何が、日本人には必要なのか?』PHP研究所 1987年(のち文庫) 『歴史に学ぶ生き甲斐と死に甲斐』PHP研究所 1988年
『大指導者、無用の時代 日本人に必要な自己変革とは何か』PHP研究所 1990年 『日本の命運 亡国の論理と思想』PHP研究所 1993年 『新選 日本人の忘れもの 日本的叡知の再評価』PHP研究所 1994年(のち文庫) 『日本人として言い残しておきたいこと 品格なきこの国のかたち』大和出版 1995年
『生と死の極意 男・据え物の覚悟』PHP研究所 1995年
『たどり来し道』新潮社 1996年 『歴史家の立場』PHP研究所 1997年 『歴史家の心眼』PHP研究所 1998年(のち文庫) 『会田雄次著作集』全11巻、講談社 1979-1980
日本人の意識構造、事実と幻想 日本の風土と文化、超越者の思想 決断の条件、日本人材論 勝者の条件、敗者の条件 日本人の忘れもの、表の論理・裏の論理 男性待望論、夫の論理・妻の論理 ヨーロッパ・ヒューマニズムの限界、ミケランジェロ 合理主義、ルネサンス ルネサンスの美術と社会1 ルネサンスの美術と社会2 『要訣世界史』共著 文英堂 1951 『世界史辞典』前川貞次郎・外山軍治共著 泰西社 1958 『封建社会と共同体』清水盛光共編 創文社 1961 『文英堂精説世界史』羽田明・豊田尭共著 文英堂 1964 『歴史の名著 近代を発見した人びと』編 至誠堂新書 1965 『世界の名著 21 マキアヴェリ』(責任編集)中央公論社 1966
『世界歴史 第3巻 オリエント・地中海世界 第2』羽田明共編 人文書院 1966 『超越者のすまい』二川幸夫写真 淡交新社 1967 解説本 『学生におくる』編 旺文社新書 1967 『現代高校教師論』尾鍋輝彦ほか共著 明治図書出版 明治図書新書 1967 『世界の中の日本百年』野田宣雄・中村賢二郎・望田幸男共著 文藝春秋 1967 『封建国家の権力構造』清水盛光共編 創文社 1967 『現代人のための名著』市村真一・永井陽之助・宇野精一共編 講談社現代新書 1968 『信条に生きる』編 旺文社新書 1968 『人生この一番』編 旺文社新書 1968 『世界の歴史 第12 ルネサンス』中村賢二郎と共著、河出書房新社 1969
『喧嘩の哲学 心の対話』遠山景久共著 日本ソノ書房 1969 『世界の宗教 第2 愛と裁き カトリック』谷泰共著 淡交社 1969 『財界人思想全集 第6 財界人の外国観』編 ダイヤモンド社 1970 『日本古戦場100選』監修 秋田書店 1970 『日本 その国益と世界』編 日本経営出版会 1972 『日本人の探究 「日本再発見」のすすめ』編 日本能率協会 1972 『批評日本史 政治的人間の系譜 3 足利尊氏』大隅和雄・山崎正和共著 思索社 1972 『批評日本史 政治的人間の系譜 4 織田信長』原田伴彦・杉山二郎共著 思索社 1972 『京都の記録 別巻 雨の夜明けの物語 聞き書き集』八木岡英治共著 時事通信社 1974 『世界の中の日本人 会田雄次座談集』河出書房新社 1974 『女性のすべて 男性からの要望』企画監修 高木書房 1977 『日本史の黒幕』小松左京・山崎正和共著 平凡社 1978、中公文庫 2019 『英雄裁判』奈良本辰也共編 徳間書店 1979 『対談 日本人材論』サンケイ出版 1979 『ほんねの時代 これからの世界と日本人 会田雄次対談集』講談社 1981 『覇者の系譜 乱世の人物にみる行動力と知謀 対論』奈良本辰也共著 廣済堂出版 1981 『父母を忘れさせない教育法 叡知・決断力・思いやり・勇気を育む』編 青春出版社 プレイブックス 1981 『戦国武将新研究 危機突破の必勝経営術』百瀬明治共著 力富書房 リキトミブックス 1985 『危機の行動力 幕末人物新研究』百瀬明治共著 力富書房 リキトミブックス 1986 『人物世界の歴史 学習まんが物語』全10巻 監修 国際情報社 1986 『強い指導者 戦国武将新研究』百瀬明治共著 力富書房 リキトミブックス 1986 『幕末・男の決断』共著 三笠書房 1986 『歴史を歩く』編著 竹井出版 1986 『都市は地獄か 資料纂房「まだ見ぬ街のために1」』上田篤共著 香匠庵 1987 『しなやかな歴史の知恵 対談集』竹井出版 1988 『歴史に学ぶライバルの研究』谷沢永一共著 PHP研究所 1988、PHP文庫 1997 『竜馬と晋作 維新回天に命を賭けた二人の英傑の交遊と生涯』百瀬明治・奈良本辰也共著 竹井出版 1989 『山本七平と日本人 一神教文明のなかの日本文化をめぐって』佐伯彰一共著 廣済堂出版 1993 『日本を愛する』伊藤昌哉共著 致知出版社 1996 『こんな指導者はいらない!』谷沢永一共著 PHP研究所 1997 ビルマでの降伏日本軍人の抑留 ^ “会田雄次 | 人名事典”. www.php.co.jp. PHP研究所. 2022年8月20日閲覧。 ^ 会田俊夫『出身県別 現代人物事典 西日本版』p340 サン・データ・システム 1980年 ^ 「第二次世界大戦でビルマ作戦に従軍、終戦後イギリス軍収容所で強制労働に従事する間、西洋人の実態にふれ、その体験を「アーロン収容所」に書いた。」(日本人の意識構造のそでより引用) 『会田 雄次』 - コトバンク 『会田雄次』 - コトバンク FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ イスラエル アメリカ 日本 韓国 オランダ IdRef 人物の画像提供依頼 20世紀日本の歴史家 日本の思想史家 日本の西洋史家 20世紀日本の評論家 日本の保守思想家 文学博士取得者 京都大学出身の人物 京都大学人文科学研究所の人物 京都大学の教員 旧制第三高等学校出身の人物 京都府立洛北高等学校・附属中学校出身の人物 神戸大学の教員 捕虜となった人物 龍谷大学の教員 ルネサンス学者 京都市出身の人物 1916年生 1997年没 2024/11/19 23:24更新
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aida yuuji
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