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大伴昌司の情報 (おおともしょうじ)
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【4月4日】今日誕生日の芸能人・有名人

大伴昌司の情報(おおともしょうじ) 編集者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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大伴 昌司さんについて調べます

■名前・氏名
大伴 昌司
(読み:おおとも しょうじ)
■職業
編集者
■大伴昌司の誕生日・生年月日
1936年2月3日 (年齢1973年没)
子年(ねずみ年)、水瓶座(みずがめ座)
■出身地・都道府県
東京出身

(昭和11年)1936年生まれの人の年齢早見表

大伴昌司と同じ1936年生まれの有名人・芸能人

大伴昌司と同じ2月3日生まれの有名人・芸能人

大伴昌司と同じ出身地東京都生まれの有名人・芸能人


大伴昌司と関係のある人

紀田順一郎: また、「映画芸術研究会」で大伴昌司と知り合う。


内田勝: また、W3事件を契機に劇画路線を推進して水木しげるや谷岡ヤスジを発掘し、さらにはテレビとのメディアミックスや図解特集、グラビアページを担当した大伴昌司を見出した功績も大きい。


紀田順一郎: 『「少年マガジン」「ぼくら」オリジナル復刻版 大伴昌司《SF・怪獣・妖怪》秘蔵大図解』(編)、講談社、2014


石川球太: 恐竜100万年 - 共作:大伴昌司,石原豪人、『週刊少年サンデー』第9巻第9号(1967年2月26日(9)号)、小学館。


豊田有恒: また1966年2月から筒井康隆、平井和正、伊藤典夫、大伴昌司と共同で、SFプロ作家の評論を掲載する同人誌『SF新聞』を刊行したが、数号で休刊となった。


桂千穂: また、シナリオ講座で同じクラスだった大伴昌司、と出会い、紀田順一郎を加えた3人で日本最古のミステリ愛好家同好会 SR(シールド・ルーム)の会 の東京支部を設立し、同人誌「ホラー」を発行した。


飛鳥昭雄: 大伴昌司に傾倒し、自身の作業を大伴の功績を称した「ロマン・サイエンス」とし、研究に勤しんでいる。


竹内博: この間、大伴昌司に師事する。


飯島敏宏: 大伴昌司や藤川桂介と知り合ったのもこのころ。


石川喬司: 『SF作家オモロ大放談』 小松左京、筒井康隆、星新一、大伴昌司、平井和正、矢野徹、豊田有恒 共著 いんなあとりっぷ社(1976年)


筒井康隆: なお、1966年2月から、平井和正、豊田有恒、伊藤典夫、大伴昌司と共同で、SFプロ作家の評論を掲載する同人誌『SF新聞』を刊行したが、数号で休刊となった。


林髞: 1952年(昭和27年)、田村良宏(後のSRの会会長、筆名河田陸村)らにより創設され、紀田順一郎・大伴昌司らも参加した、慶応義塾大学推理小説研究会の顧問となる。


伊藤典夫: また、1966年2月から筒井康隆、平井和正、豊田有恒、大伴昌司と共同で、SFプロ作家の評論を掲載する同人誌『SF新聞』を刊行したが、数号で休刊となった。


藤川桂介: 放送研究会の同期には、のちにウルトラシリーズの仕事で再会する大伴昌司の姿も。


平井和正: また、1966年2月から、筒井康隆、豊田有恒、伊藤典夫、大伴昌司と共同で、SFプロ作家の評論を掲載する同人誌『SF新聞』を刊行したが、数号で休刊となった。


アイヴァン=サンダーソン: 大伴昌司、小山内宏『怪獣画報』(復刻版)秋田書店〈写真で見る世界シリーズ〉、2012年(原著1966年)、14頁。


水木しげる: 『週刊少年マガジン』で「大図解」を担当していた大伴昌司も水木の妖怪画に惚れ込み、何度も妖怪についての特集を組んでいる。


紀田順一郎: 『大伴昌司エッセンシャル 〈未刊行〉作品集』(編・解説)、講談社、2016


大伴昌司の情報まとめ

もしもしロボ

大伴 昌司(おおとも しょうじ)さんの誕生日は1936年2月3日です。東京出身の編集者のようです。

もしもしロボ

映画、母親、卒業、テレビ、ドラマに関する情報もありますね。1973年に亡くなられているようです。

大伴昌司のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

大伴 昌司(おおとも しょうじ、1936年2月3日 - 1973年1月27日)は、日本の編集者、SF研究家、映画評論家、翻訳家。別名、大伴秀司。「怪獣博士」と呼ばれた。ペンネームの「大伴」は大伴家持に、「司」は司葉子に由来。

本名は四至本豊治(ししもと とよじ、後に「よしもと」と読みを改める)。父は国際ジャーナリストの四至本八郎(ししもとはちろう)。母の四至本愛子(本名はアイ)は母権擁護運動家でコラムニスト。叔父(母の弟)にニコンの研究で名高い荒川龍彦。

四至本八郎とアイの息子として東京市本郷区の順天堂医院に生まれる。

1938年から父の任地メキシコで育ち、アステカのピラミッドや石像から大きな影響を受ける。このときの体験が、「異端なもの」を好む性格を元となり、のちの怪獣ブームの生みの親となる素地を築いたといわれている。

1941年10月に帰国。中野区富士見町に住む。戦時中は母親の郷里である福島県に疎開。単身赴任していた父が1944年10月に帰国すると、群馬県藤岡市に縁故疎開。

1945年の終戦後、東京に戻り、品川区立御殿山小学校から慶應義塾普通部を経て慶應義塾高等学校に進んだ。中学・高校時代の友人に後にTBSに入社した宇治正敏がいた。また、高校時代に「映画芸術研究会」で紀田順一郎と知り合う。

慶應義塾大学文学部東洋史学科に進学。大学では、紀田順一郎らとともに慶應義塾大学推理小説同好会(大伴らの入学2年前に仮結成されていたものを、田村良宏(後のSRの会会長)らが本格立ち上げ)に参加。紀田順一郎の回想(『幻島はるかなり』)によると、大伴は推理小説自体にはあまり興味がなかったが、「異端的なものを愛する同類」をもとめて参加したとのこと。また、情報収集能力が高く、若手推理作家たちの動向などに異常に通暁していた。慶應大学では放送研究会にも短期間在籍し、先輩に後に『ウルトラマン』の仕事で再会する飯島敏宏と藤川桂介がいた。文化映画にも興味を持ち、「文化映画研究会」を自ら創設した。

1958年、慶應義塾大学文学部東洋史学科を卒業。大学卒業後は『アサヒグラフ』の編集部に入ることを希望していたが、卒業間際に肺を病んだため就職を断念。同大学法学部政治学科3年次に学士入学した。

1960年、不動産鑑定士の資格を取り、さらに株式の投資で蓄財。同じころ、東京都大田区池上の自宅敷地内にスチュワーデス専用のアパートを建てる。

紀田、桂千穂(シナリオ講座の同級生)とともに、SRの会東京支部を結成。1961年から1965年まで会誌『SRマンスリイ』の編集に携わる。1963年にはやはり紀田、桂と「恐怖文学セミナー」を結成し、同人誌「ホラー」を発行。同会には同人に荒俣宏がいた。また、永井荷風と仲たがいして、文壇を干されていた平井呈一を訪問し知己を得る。

商業誌には1961年『マンハント』の連載コラムでデビュー。同年『宝石』の推理作家インタビュー「ある作家の周囲」を連載開始。この連載でペンネームを大本秀司、大伴秀司と変遷させ、大伴昌司で定着した。

紀田順一郎が1962年に創設した「SFマガジン同好会」(多くのSF関係者を輩出した「一の日会」の前身)には、参加しなかった。

1963年から『SFマガジン』にインタビュー記事「SFを創る人々」を連載開始。同誌では1965年からは連載コラム「トータル・スコープ」を連載。1966年10月号の同コラムで日本で初めて『スター・トレック』を紹介した。

1963年に創設された日本SF作家クラブの二代目事務局長に就任。親睦旅行の幹事を行った。SF映画評論を『SFマガジン』などに発表。また、1966年2月から、筒井康隆、平井和正、豊田有恒、伊藤典夫と共同で、SFプロ作家の評論を掲載する同人誌『SF新聞』を刊行したが、数号で休刊となった。1970年には国際SFシンポジウムの事務局長をつとめて実務家ぶりを発揮したが、小松左京をはじめSF作家たちと仲違いして、シンポジウム開催前に事務局長を辞めた。

さらに、『ウルトラQ』がまだ企画時の『UNBALANCE』という名称だった時期から企画者として円谷特技プロダクションに関わりはじめ、怪獣や宇宙人のプロフィールを詳細に設定。ウルトラマンが地上で戦える時間を3分間、宇宙恐竜ゼットンが放つ「一兆度の火球」などは大伴が考案して設定して後に公式設定となった。怪獣や宇宙人のプロフィールに前村教綱、梶田達二、南村喬之らのリアルなイラストを添えて「怪獣図解」として雑誌に発表し、さらには単行本『怪獣図鑑』として刊行。同書は浩宮が購入した本として話題になった。「怪獣博士」の異名をとり、ワイドショーにも出演。当時空前の「怪獣ブーム」を盛りたてた。

しかし、怪獣図解は子供たちの夢をなくすと考える円谷一と1967年の『怪獣解剖図鑑』をめぐって怪獣観の相違で怒りを買い、円谷特技プロへの出入りを禁止となっている。さらに『怪獣ウルトラ図鑑』で『ウルトラセブン』に登場するスペル星人の肩書を「被曝星人」とつけ、同作の12話が封印される原因を作った。

1964年の『ぼくら』10月号から少年誌の仕事を始め、『ボーイズライフ』『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』『少年画報』のグラビアページの構成と編集を行う。

特に1966年から1972年までの『少年マガジン』の図解グラビアの企画構成者として一世を風靡。高度経済成長期における未来ブームの波に乗り、科学技術をはじめとして、森羅万象の物事を的確に視覚化する特異な才能で高く評価された。表紙に横尾忠則を起用するなど、斬新な発想力で同誌の売上を飛躍的に伸ばした。その記事構成の見事さから、当時は撮影中の取材を禁止していた黒澤明から無条件で取材許可を得ていた。

常に「自分は40までには死ぬのだから」と言い続けており、1973年1月、日本推理作家協会の新年パーティの席にて、気管支喘息治療用の気管支拡張剤エフェドリンの副作用により心臓発作を起して36歳で急死。墓碑には「ウルトラの星へ旅立った」と刻まれている。

円谷一との仲を修復したいからと手掛けた円谷英二の写真集『円谷英二 日本映画界に残した遺産』が遺作となった。完成直後の急死のため、関係修復したいという大伴の願いが叶うことはなかった。またその円谷一も、大伴の死のわずか13日後の2月9日に急死している。

遺された原稿・原画などの膨大な資料は、京都大学文学部二十世紀学研究室へ寄託された。

大伴が卒業したシナリオ研究所の学内コンクールとして、遺族の意向で1988年度から大伴昌司賞が創設。同賞は、2011年度からはシナリオ作家協会と映画演劇文化協会の共催する新人シナリオコンクールの特別賞となった。

また、大伴の死後、SF作家クラブでは、毎年、鎌倉霊園へ大伴の墓参りに行き、そのあと熱海へ一泊旅行するのが恒例だった。

生涯独り身で、私生活では本名すら友人にも明かさず、死後初めてその人となりが判明。SF界でも何をしている人物か分からず不思議な人と思われていた。大学時代の先輩の飯島敏宏が再会したときにペンネームを使用してることを知らずに、本名で呼びかけるとバツが悪そうな顔をしていたという。

エッシャーやマグリットを日本で初めて紹介した。

高い実務能力を持ち、事務局長を務めた1970年の国際SFシンポジウムでは実行委員長の小松左京とともに資金集めに奔走し、事務的な折衝を中心となって取り仕切り、シンポジウムを成功に導いた。なお、シンポジウムでは同人誌『宇宙塵』で主宰者の柴野拓美が露骨に外されたが、それは大伴の仕掛けだとも言われた。柴野は大伴とそりが合わなかったと語っている。

仕事には厳しく、いい加減な仕事をする人間には激怒して、あまりの完全主義者ぶりに6年間の『少年マガジン』時代に大伴についていけない3人の担当編集者が辞表を出した。

業界のゴシップ好きで人の噂話や業界情報の長話をよくして、業界を離れていたSF作家の半村良にもよく長電話して仕入れた業界情報を伝えてくれたという。

大伴の影響を受けた人物には、特撮ジャーナリズム成立に貢献した竹内博がいる。円谷プロ社員時代に大伴と仕事をともにし、弟子筋ともいえる存在だった。「編集家」と自称する竹熊健太郎も大伴からの影響を自認している。アニメ監督の富野由悠季は『少年マガジン』の図解特集をファイルにしてここからSF知識を得たという。『テレビマガジン』の田中利雄編集長は『少年マガジン』のグラビアページ担当だった人物、『テレビマガジン』のグラビアは大伴昌司の図解を踏襲したものである。

馬券ならぬ死券ごっこをやろうとSF仲間に提案。SF仲間のうちで誰が最初に死ぬのかを当てるという不謹慎な遊びで、飛行機によく乗り肥満していたことで小松左京が本命視されたが、言い出しっぺの大伴が仲間内でまず最初に死去した。

『怪獣画報』円谷英二 監修 小山内宏と共著 秋田書店 1966 (写真で見る世界シリーズ)

『怪獣大図鑑』 朝日ソノラマ 1966

『妖怪大図鑑』 朝日ソノラマ 1966

『怪獣解剖図鑑』 朝日ソノラマ 1967

『図解怪獣図鑑』秋田書店 1967 (写真で見る世界シリーズ)

『世界怪物怪獣大全集』監修・大伴昌司、キネマ旬報編集、キネマ旬報社、1967

『カラー版 怪獣ウルトラ図鑑』(秋田書店刊 1968年)

『世界SF名作集』大伴昌司編,小野田俊 絵 毎日新聞社 1969 (毎日新聞少年少女シリーズ)

『キネマ旬報 臨時増刊 世界SF映画大鑑』構成:大伴昌司、キネマ旬報社、(1969年)

『キネマ旬報 臨時増刊 怪奇と恐怖』構成:大伴昌司、キネマ旬報社、1969

『キネマ旬報 臨時増刊 世界SF映画大鑑』構成:大伴昌司、キネマ旬報社、1969 

『ウルトラマンとウルトラセブンの怪獣えほん』大伴昌司 監修・構成 講談社 1970 (「たのしい幼稚園」のウルトラ怪獣絵本)

『怪獣そうしんげき : ウルトラマン』大伴昌司 構成・解説 小学館 1971 (小学館の絵文庫. 帰ってきたウルトラマンシリーズ)

『ライオン丸見参』ピー・プロダクション 制作,大伴昌司 構成 小学館 1972 (小学館の絵文庫. 快傑ライオン丸シリーズ ; 1)

『怪獣図解入門』(小学館刊 1972年) 構成・解説 ISBN 978-4-09-220018-0

『OH!SF映画: 先駆的SF特撮映像論』(朝日ソノラマ刊 1985年) ISBN 4-257-03198-0

『ウルトラ怪獣図鑑』(講談社X文庫 1991年7月)

『ウルトラ怪獣大図解 大伴昌司の世界』企画構成:竹内博(小学館 1995年4月)

『大伴昌司コレクション1(キネマ旬報復刻シリーズ世界SF映画大鑑)』(キネマ旬報社 1996年12月)

『大伴昌司コレクション2(キネマ旬報復刻シリーズ怪奇と恐怖)』(キネマ旬報社 1996年12月)

『大伴昌司コレクション3(キネマ旬報復刻シリーズ世界怪物怪獣大全集)』(キネマ旬報社 1996年12月)

『大復刻怪獣大図鑑』(朝日ソノラマ、1997年11月)

    『怪獣大図鑑』『妖怪大図鑑』『怪獣解剖図鑑』+ CD(ソノシート音源)

    『怪獣図解入門 : 平成新装刊』円谷プロダクション 監修,大伴昌司 構成・解説,山屋魔秀美 絵 小学館 2008 (ウルトラシリーズ@昭和)

    『怪獣画報[復刻版] 』円谷英二 監修,大伴昌司, 小山内宏 著 秋田書店 2012 (写真で見る世界シリーズ)

    『怪獣ウルトラ図鑑(復刻版)』大伴昌司 編 復刊ドットコム 2012 (写真で見る世界シリーズ)

    『「少年マガジン」「ぼくら」オリジナル復刻版 大伴昌司《SF・怪獣・妖怪》秘蔵大図解』講談社(編) 紀田順一郎協力 講談社 2014年10月

    『大伴昌司エッセンシャル : 大伴昌司〈未刊行〉作品集』大伴昌司 [著],紀田順一郎 著 講談社 2016

    『セラファンの大けっさく』(アラン・グレー 文,弥永みち代 訳,フィリップ・フィックス 絵,大伴昌司 文 講談社、世界の絵本 ; フランス) 1971

    『セラファンとにせのセラファン』(アラン・グレー 文,弥永みち代 訳,フィリップ・フィックス 絵,大伴昌司 文 講談社、世界の絵本 ; フランス) 1971

    『しらないくにのセラファン』(アラン・グレー 文,弥永みち代 訳,フィリップ・フィックス 絵,大伴昌司 文 講談社、世界の絵本 ; フランス) 1972

    『S.O.S.地球があぶない』(ジャンカルロ・マッシーニ 著,アレサンドロ・パッチーニ 絵,大伴昌司 訳 講談社) 1972

    『呪われた怪実験 : 脳人間』(C.シオドマック 著,大伴昌司 訳,境木康雄 え 秋田書店、SF恐怖シリーズ ; 4) 1975

    『ウルトラQ』第20話「海底原人ラゴン」(1966年)※山浦弘靖、野長瀬三摩地と共同脚本

    『復刻「少年マガジン」カラー大図解 ヴィジュアルの魔術師大伴昌司の世界』講談社 1989年7月

    『リミックス少年マガジン大図解』1〜3 講談社 1992年4月〜8月

    『荒俣宏の少年マガジン大博覧会』講談社 1994年5月

    『少年マガジンの黄金時代 〜特集・記事と大伴昌司の世界〜』週刊少年マガジン編集部 講談社 2008年9月

    『サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年』大野茂著 光文社新書 2009年4月

    『怪獣博士! 大伴昌司 〜「大図解」画報』河出書房新社(らんぷの本) 堀江あき子編 2012年6月

    竹内博・編『OHの肖像 大伴昌司とその時代』飛鳥新社、1988年 - 大伴の弟子的存在であった竹内博がまとめた、関係者へのインタビュー集。

    荒俣宏『奇っ怪紳士録』平凡社 1988) -「ウルトラの父大伴昌司」収録

    内田勝 『「奇」の発想』 三五館 1998)- 少年マガジン編集長の自伝。大伴との関わりにもページが割かれている。

    ETV8『少年誌ブームを作った男-大伴昌司-』- 1987年11月17日、NHK教育テレビで放送されたドキュメンタリー番組。大伴をリスペクトしているディレクター山登義明が制作。大きな反響を呼び、2回再放送された。

    ETV特集『21世紀を夢見た日々〜日本SFの50年〜』- NHK総合が2007年10月21日に放送したテレビ番組。死後、そのままの状態で保存されていた、膨大な蔵書類がある大伴の部屋が公開され、そこにある資料を元に日本SFの黎明期が語られた。ディレクターは同じく山登義明。

    竹内博講演会「3人の怪獣王〜円谷英二、香山滋、大伴昌司」 - 2003年3月23日、徳島県北島町の北島町立図書館・創世ホールにて行われた講演会。なお、会場の創世ホールには、大伴の母から寄贈された遺品である、「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の台本などが展示されている。

    「大伴昌司の世界」展 - 2007年1月30日から2月23日にかけて、京都大学「百周年時計台記念館」にて行われた。

    『図解・大伴昌司の脳世界』大伴万博EXPO '07 —怪奇と調和— - 2007年11月4日(日)から11月11日(日)にかけて、広島市立大学附属芸術資料館で開催された展覧会。大伴関連の資料の展示や、及川久男(広島市立大学芸術学部教授)による講演などが行われた。

    『奇っ怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解展……一枚の絵は一万字にまさる……』 - 2012年7月6日〜9月30日 弥生美術館。

    日本の小説家一覧

    SF作家一覧

    竹内博 - やはり「怪獣博士」とよばれた少年で、大伴の特撮方面の弟子。

    井口健二(大空翠)- 大伴のSF映画方面の弟子。大伴の晩年、『SFマガジン』での連載「トータル・スコープ」を共作。大伴が事務局長だった「国際SFシンポジウム」では、事務局員であった。

    竹熊健太郎 - 自身の活動について、大伴に大きく影響を受けていると語っている。

    赤田祐一 - 上記の『証言構成OHの肖像 大伴昌司とその時代』を企画した編集者。

    以下は「大図鑑」の絵を主に担当した画家。

    石原豪人

    柳柊二

    南村喬之

    梶田達二

    水木しげる

    水氣隆義

    ^ 野村宏平、冬門稔弐「2月3日 / 2月4日」『ゴジラ365日』洋泉社〈映画秘宝COLLECTION〉、2016年11月23日、41頁。ISBN 978-4-8003-1074-3。 

    ^ 紀田順一郎『幻想と怪奇の時代』P.25

    ^ 『怪獣博士! 大伴昌司「大図解」画報』P.48

    ^ 白石雅彦『飯島敏宏 「ウルトラマン」から「金曜日の妻たちへ」』双葉社、2011年、p.51

    ^ 竹内博「怪獣映画が好き!」『動画王』Vol.06、キネマ旬報社、1998年、p.216

    ^ 高橋良平「日本SF戦後出版史 協力連載続々スタートの巻」『本の雑誌』2010年7月号、pp.98-100

    ^ 岸川靖編著『別冊映画秘宝 海外TVドラマ・マニアックス Vol.4 最新版スター・トレック ビギンズ』洋泉社、2009年、p.134

    ^ 小松左京、半村良「福島正実氏を偲ぶ」『なぜSFなのか? 奇想天外放談集1』奇想天外社、1978年、pp.178-179

    ^ 筒井康隆「73年度版解説」『'73日本SFベスト集成』徳間書店、1975年、pp.288-289

    ^ 『THE 筒井康隆』(有楽出版社)P.60

    ^ 『柴野拓美SF評論集』(東京創元社)巻末の牧眞司の解説P.572

    ^ 大野茂『サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年』光文社新書、2009年、p.183

    ^ 大野茂『サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年』光文社新書、2009年、p.190

    ^ 白石雅彦『円谷一 ウルトラQとテレビ映画の時代』双葉社、2006年、p.290

    ^ 安藤健二『封印作品の謎 ウルトラセブンからブラック・ジャックまで』大和書房だいわ文庫、2007年、pp.52-56

    ^ 「大伴昌司 伝説の企画・編集者」『昭和少年SF大図鑑 昭和20〜40年代 僕らの未来予想図』堀江あき子編、河出書房新社、2009年、p.55

    ^ 大野茂『サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年』光文社新書、2009年、p.248

    ^ 内田勝『「奇」の発想 みんな「少年マガジン」が教えてくれた』三五館、1998年、pp.148-151

    ^ 内田勝『「奇」の発想 みんな「少年マガジン」が教えてくれた』三五館、1998年、pp.151

    ^ 新人シナリオコンクール シナリオ作家協会公式サイト内

    ^ 神戸文学館企画展「歴史を未来へ・SF作家小松左京展」かんべむさし「神戸・人・小松左京」

    ^ 竹熊健太郎『ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談』イースト・プレス、2005年、pp.183-184

    ^ 豊田有恒、鏡明、井口健二「1970年 国際SFシンポジウムを裏から見れば」『完全読本さよなら小松左京』徳間書店、2011年、p.202

    ^ 鏡明、横田順彌、山田正紀、高橋良平、とり・みき、大森望「巨星、宇宙に逝く」『KAWADE夢ムック 文藝別冊 追悼小松左京』河出書房新社、2011年、p.27

    ^ 大森望「大森望のSF観光局 第24回 野田昌宏ができるまで」『SFマガジン』2008年12月号、p.203

    ^ 「宇宙塵四十年史」編集委員会『塵も積もれば…宇宙塵40年史』出版芸術者、1997年、p.72

    ^ 内田勝『「奇」の発想 みんな「少年マガジン」が教えてくれた』三五館、1998年、pp.146-147

    ^ 内田勝『「奇」の発想 みんな「少年マガジン」が教えてくれた』三五館、1998年、p.79

    ^ 吉本たいまつ『おたくの起源』NTT出版、2009年、p98

    ^ 『ラポートデラックス 富野由悠季インタビュー集 富野語録』ラポート、1999年、p.52

    ^ 濱口正樹、高木晃彦(不知火プロ)『魔神全書 マジンガー・バイブル』双葉社、2002年、p.373

    ^ 岩佐陽一編著『仮面ライダー大全』双葉社、2000年、p.81。田中利雄インタビュー。

    ^ 石川喬司「とりとめもない思い出」『SFマガジン』2011年11月号、p.25

    「大伴昌司の世界」公式サイト

    『図解・大伴昌司の脳世界』大伴万博EXPO '07 —怪奇と調和—

    『奇っ怪紳士!怪獣博士!大伴昌司の大図解 展……一枚の絵は一万字にまさる……』[1]

    円谷英二

    金城哲夫

    山田正弘

    山浦弘靖

    上原正三

    藤川桂介

    佐々木守

    若槻文三

    市川森一

    田口成光

    石堂淑朗

    長坂秀佳

    阿井文瓶

    円谷一

    飯島敏宏

    野長瀬三摩地

    満田かずほ

    実相寺昭雄

    鈴木俊継

    筧正典

    山際永三

    東條昭平

    湯浅憲明

    真船禎

    高野宏一

    的場徹

    有川貞昌

    大木淳

    佐川和夫

    川北紘一

    矢島信男

    成田亨

    高山良策

    開米栄三

    佐々木明

    池谷仙克

    鈴木儀雄

    井口昭彦

    大澤哲三

    青木利郎

    飯塚定雄

    中野稔

    宮内國郎

    冬木透

    熊谷健

    円谷皐

    橋本洋二

    大伴昌司

    竹内博

    内山まもる

    鈴木清

    宍倉徳子

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    1936年生

    1973年没

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2025/04/01 03:45更新

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大伴昌司と同じ誕生日2月3日生まれ、同じ東京出身の人

清水 仁_(実業家)(しみず しのぶ)
1931年2月3日生まれの有名人 東京出身

清水 仁(しみず しのぶ、1931年2月3日 - 2021年6月16日)は、日本の実業家。位階は従三位。元東京急行電鉄(現:東急)社長。 1995年、東京急行電鉄(現:東急)社長に就任。東急グループ…

山田 英雄_(警察官僚)(やまだ ひでお)
1932年2月3日生まれの有名人 東京出身

山田 英雄(やまだ ひでお、1932年〈昭和7年〉2月3日 - )は、日本の警察官僚。第12代警察庁長官(在任1985年8月25日-1988年1月)。チームおてんとうさま特別顧問。 この節は検証可能…

柳原 可奈子(やなぎはら かなこ)
1986年2月3日生まれの有名人 東京出身

柳原 可奈子(やなぎはら かなこ、1986年2月3日 - )は、日本の女性お笑いタレント、女優。太田プロダクション所属。 1986年2月3日、東京都中野区出身。一人っ子。幼児期にベビーモデルとして雑…

松本 小雪(まつもと こゆき)
1966年2月3日生まれの有名人 東京出身

松本 小雪(まつもと こゆき、1966年2月3日 - )は、日本の元タレント、イラストレーター、オブジェ作家。田辺エージェンシーに所属していた。 東京都出身。街頭スカウトを経て平尾昌晃音楽学校でレッ…

土屋 太鳳(つちや たお)
1995年2月3日生まれの有名人 東京出身

土屋 太鳳(つちや たお、1995年〈平成7年〉2月3日 - )は、日本の女優。 東京都出身。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。夫はGENERATIONS from EXILE TRIBEの片寄…


風野 舞子(かざの まいこ)
1981年2月3日生まれの有名人 東京出身

風野 舞子(かざの まいこ、1981年2月3日 - )は、日本の元グラビアアイドル、アダルトモデル。東京都出身(埼玉県出身という説もある)。 1997年デビュー当時の芸名は結城 つばさ。いわゆるお菓…

白井 絵莉(しらい えり)
1984年2月3日生まれの有名人 東京出身

白井 絵莉(しらい えり、1984年2月3日 - )は、東京都出身のグラビアアイドル、女優。早稲田大学法学部卒。 グラビアアイドルとして活躍し、所属事務所を移籍後は俳優業へと移行する。 2013年…

宮島 依里(みやじま えり)
1974年2月3日生まれの有名人 東京出身

宮島 依里(みやじま えり、1974年2月3日 - )は、日本の女優、声優。東京都出身。懸樋プロダクション所属。 自由の森学園高等学校、亜細亜大学卒業。 以前はたむらプロ、ぷろだくしょんバオバブ、…

根岸 季衣(ねぎし としえ)
1954年2月3日生まれの有名人 東京出身

根岸 季衣(ねぎし としえ、1954年〈昭和29年〉2月3日 - )は、日本の女優である。本名は根岸 俊惠(読み方同じ)、旧芸名は根岸 とし江。 東京都豊島区東池袋出身。アルファエージェンシー所属。…

斎藤 耕一(さいとう こういち)
1929年2月3日生まれの有名人 東京出身

斎藤 耕一(さいとう こういち、1929年2月3日 - 2009年11月28日)は、日本の映画監督、写真家、スチルカメラマン。 東京府八王子市に生まれる。立教大学中退後、東京写真工業専門学校(現・東…


ヒサ クニヒコ(ひさくにひこ)
1944年2月3日生まれの有名人 東京出身

ヒサ クニヒコ(1944年2月3日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、恐竜研究家。本名、久 邦彦(読み同じ)。東京都出身。神奈川県横浜市在住。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学…


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大伴昌司と近い名前の人

大友 さゆり(おおとも さゆり)
1987年8月19日生まれの有名人 愛知出身

大友 さゆり(おおとも さゆり、1987年8月19日 - )は日本のタレント、グラビアアイドル、レースクイーン。愛知県出身。イー・コンセプト(ジャパン・ミュージックエンターテインメント系列)所属。 …

大友 歩(おおとも あゆみ)
1987年6月29日生まれの有名人 秋田出身

大友 歩(おおとも あゆみ、1987年6月29日 - )は日本の元女優。元企画演劇集団ボクラ団義所属。秋田県出身。 2012年11月23日、企画演劇集団ボクラ団義に所属。『遠慮がちな殺人鬼』にて劇団…

大友 花恋(おおとも かれん)
1999年10月9日生まれの有名人 群馬出身

大友 花恋(おおとも かれん、1999年〈平成11年〉10月9日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、タレント。 群馬県高崎市出身。研音所属。 雑誌の読者モデルに自ら応募。小学6年生の時に「…

大友 慧(おおとも さとし)
1981年10月1日生まれの有名人 千葉出身

大友 慧(おおとも さとし、英語: Satoshi Erasmo Ōtomo, 1981年10月1日 - )は、千葉県出身の元サッカー選手。日系フィリピン人。ポジションはフォワード・ミッドフィ…


大友 克洋(おおとも かつひろ)
1954年4月14日生まれの有名人 宮城出身

大友 克洋(おおとも かつひろ、1954年4月14日 - )は、日本の漫画家・映画監督。宮城県登米郡迫町出身。血液型はA型。息子はイラストレーターの大友昇平(SHOHEI)。 ペンタッチに頼らない均…

大友 龍三郎(おおとも りゅうざぶろう)
1952年5月18日生まれの有名人 東京出身

大友 龍三郎(おおとも りゅうざぶろう、1952年5月18日 - )は、日本の声優、俳優、ナレーター。東京都田無市(現:西東京市)出身。フリー。 父が前進座の会員だったこともあり、小学校時代から芝居…

大伴 英嗣(おおとも えいじ)
1939年10月22日生まれの有名人 大阪出身

大伴 英嗣(おおとも えいじ、1939年10月22日 - )は、日本の声優、ナレーター。大阪市出身。身長170cm。 出生地は旧満州の都市・チチハル。 関西の声優界では有名な存在で、野田圭一のよう…

大友 康匠(おおとも やすおみ)
1934年1月14日生まれの有名人 神奈川出身

大友 康匠(おおとも やすおみ、1934年1月14日 - 1995年1月16日)は、日本の絵本作家、漫画家である。本名は大友 義康(おおとも よしやす)、漫画家時代は本名のほか、大友 よしやす、おおと…

大友 海(おおとも かい)
【Hi☆Five】
2001年6月26日生まれの有名人 三重出身

大友 海(おおとも かい、2001年6月26日 - )は、日本の歌手、俳優、タレント。東海地方を拠点に活動する日本の5人組男性アイドルグループHi☆Fiveの元メンバーである。三重県出身。ワタナベエン…


大友 工(おおとも たくみ)
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■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 大友 工(おおとも たくみ、1925年2月19日 - 2013年4月12日)は、兵庫県出石郡出石町(現・豊岡市)出身のプロ野球選手(投…

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大友 愛(おおとも あい、1982年3月24日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。現在の戸籍名は秋本 愛。 宮城県泉市(現・仙台市泉区)出身。中学1年生からバレーボールを始め、当時のバレーボー…

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大友 直人(おおとも なおと、1958年5月19日 - )は、日本の指揮者。梶本音楽事務所所属。 東京都豊島区出身。一般家庭に育つ。東京学芸大学附属竹早小学校、東京学芸大学附属竹早中学校、桐朋女子高…

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