山田久美の情報(やまだくみ) 将棋 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
山田 久美さんについて調べます
■名前・氏名 |
山田久美と関係のある人
戸川京子: テイク・イット・イージー(1986年) - 山田久美 役 カロリーナ=ステチェンスカ: 2017年に入ると、第44期女流名人戦予選で安食総子、山田久美に連勝。 西村一義: タイトル戦の登場間隔18年は史上最長(女流棋戦では弟子の山田久美がタイトル戦の登場間隔25年)。 谷川浩司: その中継会場(大盤解説)は大入りで、その熱気で解説役の森下卓、山田久美は汗だくだったという。 貞升南: しかし山田久美に敗れ、初のタイトル挑戦は逃した。 林葉直子: 段位は女流五段で、最後の対局は8月8日の第22期女流名人位戦B級5回戦の山田久美戦であった。 中倉彰子: 2002年3月、清水市代・山田久美・中倉宏美と女流棋士4人組のユニット原宿将棋通りでCDデビュー。 田邉広子: そのときの教え子に山田久美子、三木聖美、渡邉温子、さらに積水化学でも指導にも当たる林五十美らがいる。 甲斐智美: 第22期倉敷藤花戦でも25年ぶりのタイトル挑戦となった山田久美を退けタイトル防衛。 中倉宏美: 2002年3月、清水市代・山田久美・中倉彰子と女流棋士4人組のユニット原宿将棋通りでCDデビュー。 |
山田久美の情報まとめ
山田 久美(やまだ くみ)さんの誕生日は1967年1月6日です。群馬出身の将棋棋士のようです。
人物、昇級・昇段履歴などについてまとめました。テレビ、卒業に関する情報もありますね。山田久美の現在の年齢は57歳のようです。
山田久美のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)山田 久美(やまだ くみ、1967年1月6日 - )は、将棋の女流棋士。群馬県太田市出身。西村一義九段門下。女流棋士番号は6(2011年3月31日までは18)。 日本将棋連盟女流棋士会会長(2017年6月 - )。 1981年 第5回女流アマ最強戦優勝。 1982年 第1回女流アマ棋聖戦優勝。 1982年4月20日 女流プロ入り(女流育成会発足以前に女流プロ入りした最後の女流棋士) 1989年 第12期女流王将戦でタイトル初挑戦(林葉直子に0-2で敗退) 1992年度から1995年度まで、NHK杯テレビ将棋トーナメント」の司会を務める 1992年8月18日-1993年4月23日 女流棋戦17連勝(当時の最多連勝記録に並ぶ) 1994年 第8回レディースオープントーナメント準優勝 1996年度から1998年度まで、 NHK「囲碁・将棋ジャーナル」の司会を務める。 2014年 第22期大山名人杯倉敷藤花戦で、25年ぶりのタイトル挑戦(47歳8か月での女流タイトル戦登場は当時の女流棋戦最年長記録、甲斐智美に1-2で敗退) 2017年6月より日本将棋連盟女流棋士会会長を務めている。 人物プロ棋士の多くは小学生の低学年までに将棋を始めているが、山田が将棋を始めたのは小学校6年生の三学期ごろと晩学であった。 中学卒業を機に、師匠である西村一義の内弟子となる。内弟子となったことで師匠からたくさん将棋を教わることを期待したが、当時の西村は連盟理事の要職にあり多忙を極めていたことから、直接教わる機会は少なかった。 2002年、清水市代、中倉彰子、中倉宏美とともにユニット「原宿将棋通り」でCDデビュー。 昇級・昇段履歴1982年04月20日 - 女流2級1983年04月01日 (女流1級、飛び級) 1983年04月01日 - 女流初段(女流名人位戦A級リーグ入り) 1990年02月28日 - 女流二段(タイトル挑戦) 2000年04月01日 - 女流三段(昇段規定改定による昇段) 2014年09月29日 - 女流四段(勝数規定 /女流三段昇段後公式戦120勝) 2024/06/26 15:38更新
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yamada kumi
山田久美と同じ誕生日1月6日生まれ、同じ群馬出身の人
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