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松本零士の情報 (まつもとれいじ)
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【6月17日】今日誕生日の芸能人・有名人

松本零士の情報(まつもとれいじ) 漫画家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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松本 零士さんについて調べます

■名前・氏名
松本 零士
(読み:まつもと れいじ)
■職業
漫画家
■松本零士の誕生日・生年月日
1938年1月25日 (年齢85歳没)
寅年(とら年)、水瓶座(みずがめ座)
■出身地・都道府県
福岡出身

(昭和13年)1938年生まれの人の年齢早見表

松本零士と同じ1938年生まれの有名人・芸能人

松本零士と同じ1月25日生まれの有名人・芸能人

松本零士と同じ出身地福岡県生まれの有名人・芸能人


松本零士と関係のある人

一龍斎春水: ジュニア・文化シリーズ特別講義「松本零士のSF漫画講座」(1981年1月 NHK教育テレビジョン) - 講師アシスタント


恵月ひまわり: 影響を受けた漫画として、『銀河鉄道999』(松本零士)、『あおいちゃんパニック』(竹本泉)を挙げている。


麻上洋子: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(クレア)


南山宏: 特にその文庫ではカバー、口絵、挿絵に当時気鋭のイラストレーター(武部本一郎、斉藤和明、生頼範義、深井国他)や漫画家(石森章太郎、松本零士、坂口尚他)を積極的に起用した。


石川喬司: 『SFファンタジア』1 - 7 小松左京、松本零士、野田昌宏 共編 学習研究社(1977年 - 1980年)


中國卓郎: 松本零士「オズマ」(クン)


小沢さとる: 旅館の大部屋では石ノ森章太郎、松本零士、 桑田次郎、 横山光輝が作業しており、小澤は小部屋で一人、色塗りなどした。


野沢雅子: 劇場版のラストの鉄郎とメーテルが別れるシーンは収録の際、野沢は泣き出してしまい、一緒に居合わせていた共演者の井上真樹夫や他のスタッフ、松本零士も涙ぐんでいてなかなか進まなかったという。


坪井章子: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(星野加奈江)


麻上洋子: ジュニア・文化シリーズ特別講義「松本零士のSF漫画講座」(1981年1月 NHK教育テレビジョン) - 講師アシスタント


里内信夫: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(明日の星のラーメン屋親父)


田島令子: 松本零士は、当初、『銀河鉄道999』のメーテル役に田島を希望していたという。


青木紀子: 松本零士「オズマ」(オペレーター女)


銀河万丈: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(ナレーター)


赤松健: 2013年5月30日には、漫画家のちばてつやと松本零士を伴って議員会館を訪れ、当時民主党の代表であった海江田万里を含む与野党の議員と面会し、児童ポルノ禁止法の対象に漫画やアニメなどの創作物を含めることを規定した附則第2条の文言の削除を求めた。


平田広明: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(プライダー)


牧島有希: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜


大城のぼる: 松本零士編『少年小説大系 別巻 3 少年漫画傑作集 1』三一書房、1993年5月、所収。


水木一郎: しかし、その3日後の9月3日〜9月4日に出演予定のイベント『松本零士〜幻想軌道1999〜』で「キャプテンハーロック」を歌唱予定だったが、当該のライブで声が嗄れてしまったことで生出演出来ず映像のみ出演という経緯になったことから、この24時間ライブがとても過酷だった事が窺える。


りんたろう: 1979年に初の劇場長編の監督作『銀河鉄道999』が公開され、折からのアニメブーム、松本零士ブームも手伝い、映画はヒット。


浅科准平: 松本零士「オズマ」(従者)


千之ナイフ: 松本零士と牧美也子の元アシスタントであり、かつて松本零士の元でアシスタントを務めていた新谷かおるとは入れ違いにアシスタント入りした。


柿原徹也: 松本零士「オズマ」(サム・コイン)


堀井憲一郎: 大学生の頃に「漫画家・松本零士の仕事場で原稿ができあがるのを待つだけ」という出版社のアルバイトをしていた 。


坂口哲夫: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(ヤッタラン)


鈴木勤: 2016年、松本零士の『宇宙海賊キャプテンハーロック』を舞台化した『キャプテンハーロック 〜次元航海〜』が上演されるにあたり、W主演のひとり台羽正を演じた。


涼風花: 松本零士とのコラボ浮世絵や初音ミク関連商品への文字提供などアニメ作品とのコラボも多い。


林原めぐみ: 後年同じ松本零士作品である『クイーン・エメラルダス』への出演が決まった際には、感動したと語っている。


山口勝平: 松本零士999 〜Story of Galaxy Express 999〜(大山歳郎)


一龍斎春水: 子供の頃から松本零士ファンで、『奥様は魔女』でサマンサ役の北浜晴子に魅せられ声優になりたいと思った一番最初のきっかけだと語る。


松本零士の情報まとめ

もしもしロボ

松本 零士(まつもと れいじ)さんの誕生日は1938年1月25日です。福岡出身の漫画家のようです。

もしもしロボ

経歴、人物などについてまとめました。映画、父親、現在、母親、家族、卒業、結婚、テレビ、兄弟、趣味に関する情報もありますね。去年の情報もありました。85歳で亡くなられているようです。

松本零士のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

松本 零士(まつもと れいじ、Leiji Matsumoto、男性、1938年〈昭和13年〉1月25日 - 2023年〈令和5年〉2月13日)は、日本の漫画家。本名:松本 晟(まつもと あきら)。代表作に『男おいどん』『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』など。

福岡県久留米市生まれ。血液型はB型。宝塚大学特任教授、京都産業大学客員教授、デジタルハリウッド大学特任教授を歴任。正六位、旭日小綬章、紫綬褒章、フランス芸術文化勲章シュバリエ受章。称号は練馬区名誉区民。

妻は同じく漫画家の牧美也子。早稲田大学大学院名誉教授で元三菱重工業長崎研究所主管の松本將は実弟。

一般的にSF漫画作家として知られるが、少女漫画、戦争もの、動物ものなど様々なジャンルの漫画を描いている。アニメ製作にも積極的に関わり、1970年代半ばから1980年代にかけては『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』が映画化されて大ヒットするなど、松本アニメブームを巻き起こした。

デビューから1968年までは本名のひらがな表記である松本 あきらのペンネームを使用。松本零士名義は1965年から松本あきら名義と並行して使い始め、1968年に松本零士にペンネームを一本化した。ペンネームの由来は、“零歳児の感性をいつまでも忘れずに”というモットー、夜半―午前零時を過ぎないとアイデアが浮かばない事が度々あった事、“毎日夜零時まで働く士(サムライ)”から。

2008年5月に北九州で行われた『毎日フォーラム』では“零士の零は無限大の「れい」、士は「さむらい」、また本名である「あきら」とも読む”と語った。

零士をローマ字で表記する場合、Reijiとはせず、Leijiとする。RでなくLを使っているのは、少年時代に愛読していた山川惣治の絵物語『少年王者』に登場する悪役ライオン「ライオンL」が強くて逞しかったことから。

経歴

生い立ち

1938年(昭和13年)、福岡県久留米市に生まれる。

父親である松本強 は、一兵卒として大日本帝国陸軍に入営し、厳しい選抜を経て将校に抜擢された人であり(陸軍少尉候補者 第10期、最終階級は陸軍少佐)、また陸軍航空隊の古参の空中勤務者(パイロット)であった。

第二次世界大戦中、零士の父がテストパイロットをやっていた関係で、幼少期の一時期(1940年頃)、陸軍各務原飛行場がある現在の岐阜県各務原市に住み、4歳から6歳まで兵庫県明石市の川崎航空機の社宅に住んでいた。その後は、母親の実家がある愛媛県喜多郡新谷村(現在の大洲市新谷町)に疎開していた(両親共に大洲市の出身である)。このときアメリカ軍の戦闘機や、松山市へ空襲に向かうB-29などの軍用機を多数目撃、この体験が後の作品に影響を与えたという。当時10人家族で、バラックのような長屋で貧乏暮らしをしながら、本人は6歳頃から絵を描くのが好きになり、自宅で漫画を描いていた。

終戦後、小学校三年から福岡県小倉市(現・北九州市)に移る。小倉市立米町小学校(現・北九州市立小倉中央小学校)のときから漫画少年で、高井研一郎らと同人グループ「九州漫画研究会」を結成し、同人誌「九州漫画展」を主宰。 松本が漫画家を志した理由は彼が小学二・三年の頃にあった学級文庫である。それは手塚治虫の漫画『新宝島』『キングコング』『火星博士』『月世界紳士』であった。 小倉市立菊陵中学校(現・北九州市立菊陵中学校)に進学。

漫画家デビュー

1954年(昭和29年)、福岡県立小倉南高等学校1年生(15歳)のときの投稿作「蜜蜂の冒険」が『漫画少年』(昭和29年2年号)に掲載されデビュー。そのときから中央でも既に知られる存在で、手塚治虫が出奔先の九州で原稿を描くときに高井、松本ら九州漫画研究会にアシスタントを頼んだというエピソードもある。またこの頃から1957年まで「毎日小学生新聞」に多数のマンガが掲載される。この時は、昆虫が主人公の短編作品などが連載された。

高校卒業後の1957年(昭和32年)、毎日新聞西部本社版で連載をするはずだったが急に担当者が代わりその話は反故にされる。しかし月刊少女雑誌『少女』での連載が決定して上京。本郷三丁目の四畳半の下宿で仕事を始め、しばらくは貧乏暮らしが続いたが、この飢餓感が漫画を描く上でのエネルギーになったという。『少女』と『少女クラブ』に不定期で描く少女漫画家で出発、少女漫画においてスランプに至った頃にはライターとしてタレントの取材などを手がけ、その後1960年前後から少年誌、青年誌にも進出。デビュー時は「松本あきら」名義を使用しており、「松本零士」を使うようになったのは1965年以降である(後述)。

上京後に漫画家の牧美也子と出会い、1962年(昭和37年)に結婚して翌年夫婦で練馬区に移り住んだ。

少年時代から海野十三やH・G・ウェルズのSF小説を愛読して育ったため、SF漫画などを好んで描いていたが、不人気で打ち切りも多く、出世作となったのは1971年(昭和46年)から『週刊少年マガジン』に連載した『男おいどん』である。同作は人気となり、1972年に講談社出版文化賞受賞。松本ならではの「四畳半もの」という独自のジャンルを開拓した。

アニメ作家として著名に

これがアニメブームのきっかけとなり、松本はアニメ制作会社の東映動画にイメージクリエイターとして起用され、テレビアニメ『惑星ロボ ダンガードA』『SF西遊記スタージンガー』にデザインを提供。また、自らも企画として温めていた『銀河鉄道999』『宇宙海賊キャプテンハーロック』がヤマト人気によりアニメ化が決定され、特に『銀河鉄道999』は大ヒットし、松本零士ブームが到来。以降数々の松本アニメが作られた。

松本アニメブームは1982年(昭和57年)の『わが青春のアルカディア』『わが青春のアルカディア 無限軌道SSX』の頃には下火となり、1983年夏の劇場アニメ映画として企画されていた『クイーン・エメラルダス』 は頓挫して、ブームは終焉。その後20年近く松本原作のテレビアニメは実現しなかった。

一方、1980年代後半からは、宇宙開発事業団などさまざまな団体の役職に就任。また、漫画の執筆では、自作の異なる作品に登場した人気キャラクターを同一の作品世界にまとめる作業を進める。往年の松本アニメブームで育ったクリエイターにより、1990年代後半以降、再び松本作品を原作としたアニメのリリースが活発となった。

1999年に『宇宙戦艦ヤマト』などの著作物の著作者が、松本零士であることの確認を求めて、松本が西崎義展を提訴したが、2003年に著作者人格権確認訴訟のそれぞれの控訴審は、法廷外で和解し西崎が著作者、著作者人格権者であることが確定した。

2000年代

2003年(平成15年)には、画業50周年記念作品として『銀河鉄道999』から派生した『銀河鉄道物語』が発表された。

2006年(平成18年)に宝塚造形芸術大学(2010年、宝塚大学に名称変更)のメディア・コンテンツ学部の教授に就任。

2015年(平成27年)に妻の牧美也子と「松本零士×牧美也子 夫婦コラボ展」で話題となる。2018年(平成30年)に『銀河鉄道999』の新作を発表するなど、晩年まで創作意欲が衰えることはなかった。

2019年(令和元年)11月15日にイベント出席のため訪問中だったイタリア・トリノで体調を崩して倒れ、現地の病院へ緊急搬送されたが命に別状なく、12月4日に退院、翌5日に帰国した。

死去

2023年(令和5年)2月13日、急性心不全のため東京都内の病院で死去したことが、同月20日に東映により発表された。85歳没。6月2日、生前の功績が評価され、日本国政府から松本に対し死没日付をもって正六位に叙されたことが零時社より発表された。同年6月3日に東京国際フォーラムでお別れの会が開かれた。7月10日発売のビッグコミック2023年第14号の表紙に追悼の言葉とともに松本の肖像イラストが掲載された。

人物

石ノ森章太郎と同じ年月日に生まれる。二人は同時期に練馬区に在住し、同時期に手塚治虫のアシスタントを務めたことがあり、松本は石ノ森のことを「旧友」としている。

大戦後半、父親は第32教育飛行隊(1944年2月編成)の隊長として、特別操縦見習士官や少年飛行兵出身の新参パイロットの教育を行っていたが、課程を終え実戦部隊に転出した部下には後に特別攻撃隊の隊員として出撃していった者も少なくなかった。末期には二式複座戦闘機「屠龍」 に搭乗し、終戦の日まで連合軍と戦っていた。戦後、多くの元軍人パイロットが自衛隊入りしたのに対し、「敵の戦闘機には乗れない」と断固拒否。実家がある大平村での炭焼きや、小倉で野菜の行商をしながら線路脇のバラックに住み、その境遇を自ら進んで赤貧へと落としたが、家族で父に反対する者はおらず零士少年も「俺の父親は最高だ、父親と一緒にいられれば俺は満足」と行商の大八車を押したという。この「本当のサムライとしての父のイメージ」は、後にハーロックや沖田十三のモデルとして、松本の作品に生かされていった。また松本自身、進駐軍兵士がばら撒くキャンディーなどを「食べたくて仕方なかったが全部下駄で踏みつけて潰した」という。

母親は元教師で、子供の宿題に適切な添削までしてくれたという。これについて、子供のころは、大人だからできるのだと思っていたが、後から考えるとなかなかできないことだったと気づいたという。恵まれた家庭に育ち、高等女学校まで出ている母が夫の意地のために、周囲の嘲笑に歯を食いしばって耐えながら働いている姿を見て育った。松本は物心ついた頃から「母を苦労から救いたい。自分が大黒柱になって一家を養う」と心に決めたという。高校時代に漫画家デビューが叶ったこともあり、自身は大学進学の夢を封印して働き、代わりに兄弟には大学進学を考えた時に躊躇わずにすむ経済環境を整えようと決意した。

小学生時代、朝日新聞西部本社(当時は支社)の前に住んで、本社内を遊び場にしていたことがあり、製版所の作業員の厚意もあって製版や印刷の工程を勉強できたため、漫画家となってから、付録の原稿にグラデーションを付けるなどの独自性を発揮できた。また当時の西部本社には、後に小説家となる松本清張が宣伝部で働いており、『サザエさん』の漫画を貰ったという。

漫画執筆時は、いつも夜の8時から翌明け方6時くらいまで作業を行っていた。本人は色々な作品を通じて、命の大切さや幸せとは何かを問いかけた。

宇宙への憧れが強く、「片道でもいいから俺を宇宙に行かせてくれ」などの言葉がある。漫画家デビュー後である高校時代から、空いている時間に宇宙をモチーフにした絵を沢山描くようになった。結婚後の自宅の応接室の壁には、宇宙に浮かぶ青い地球の写真が飾られていた。また、民間宇宙飛行の第一号になるという夢を持っていた(しかし、第一号という夢は叶わなかった)。2018年には、宇宙葬専用の超小型衛星に自身の爪を搭載して宇宙まで飛ばし、本人はこれを「生前葬」としていた。

宇宙飛行士の山崎直子が宇宙に興味を持つようになったのは、子供の頃に見た松本作品がきっかけ。また、日本人初の「宇宙へ行った宇宙飛行士」となった秋山豊寛は松本作品『ワダチ』の解説を執筆している。

漫画古書のコレクター。特に手塚治虫の初期の希少な漫画本を多くの資料と共に保管し、手塚本人も自作を探す必要があるときはまず松本に問い合わせていた。2002年にはSF作家小松左京がモリミノル名義で描いた赤本漫画の復刻に関わり、2005年の阪本牙城『タンクタンクロー』の復刻の際には原本の提供を行なった。その他にも漫画本の復刻の際に原本を提供することが多い。『漫画大博物館』という漫画の古書を図版で紹介するビジュアル百科事典も出版している。古式銃のコレクター。法的規制の厳しい日本において100丁以上の私有コレクションは稀である。ブライトリング等の航空腕時計が好きである。

上記の趣味の都合上、古本屋で漫画家や画家の生原稿や原画が持ち込みで販売される場面に遭遇することが多く、その度に購入しては本人へ返却していた。赤塚不二夫の原稿は生前に、小松崎茂の原画は逝去後に同氏の夫人へ、多くが返却されている。

音楽の趣味を尋ねられると「クラシック音楽ファン」であると答えている。特にリヒャルト・ワーグナーを愛好する「ワグネリアン」である。『音楽の革命児ワーグナー』(音楽之友社)という著書があり、絵と文の双方を執筆している。「作曲家の生涯」シリーズ(新潮文庫)の『ワーグナー』にもコラムを寄稿している。ワーグナーの『ニーベルングの指輪』を漫画化している。『N響アワー』に出演してワーグナーについて作曲家の池辺晋一郎と対談もしている。これらの影響から作品の構造がワーグナーの楽劇と共通している。『宇宙戦艦ヤマト』における男性キャラクターの好戦性による破壊を女性キャラクターが自己犠牲により救済する図式はワーグナー楽劇に一貫する図式と同じである。また『銀河鉄道999』は、主人公とヒロインが恋仲のようでいて母子でもあること、ヒロインの両親が対立していること、母親に忠誠だった娘が密かに父親に寝返っていること、ヒロインが親の野心のための人材を運んでいること、構築した権力の居城が最後に崩壊することなど、『ニーベルングの指輪』と構造が酷似している。『キャプテンハーロック』がアイパッチをして肩に黒い鳥がとまっている姿は『指輪』の大神ヴォータンと同じ。猫のミーメとは『指輪』の小人のミーメと同じ名。『SF西遊記スタージンガ-』の題名は『ニュルンベルクのマイスタージンガー』をもじったような題名である。など多くの共通点がある。

高校卒業後に小倉から上京する際、東京行きの夜行列車(当時は蒸気機関車)の中から窓越しに見た夜景や煙の匂いが、『銀河鉄道999』の原点となった。また、『男おいどん』の主人公・大山昇太が汚れたパンツから生えてきたキノコを食べるシーンは、松本の実話が元となっている。

上京後文京区本郷の山越館へ下宿していた。同じ下宿に巡洋艦『最上』の副艦長などを務めた元海軍中佐の猿渡正之が住んでおり、猿渡が所有していた『大和』『武蔵』の設計図を譲り受けたという。また当時のエピソードは、後に『男おいどん』でやや誇張された形で登場している。

その後練馬区に居を移している。2008年には練馬名誉区民に選定され、区の活動にも積極的に協力・参加している。同区で交付される戸籍や住民票などには「銀河鉄道999」のキャラクターが印刷されている(2013年まで)。2012年には原動機付自転車のナンバープレートにメーテルのイラストが採用された。区内を走行するシャトルバス、在住している大泉学園を通っている西武鉄道の車両のラッピングにも作品がプリントされている。

先述の通り歴史を感じさせるものが大好きで色々と収集しており、自宅では数々の宝物が飾られた仕事場で作業していた。漫画に登場する照準器や旧式バイクなどもできる限り自宅にコレクションし、実物を見ながら描くことで独自の世界観を構築していた。また、自作中のメカ作画にはいろいろこだわりがあり、「実在した兵器についてはデフォルメを行わず、極力設計図等を入手して正確に描く」ことを心がけている。さらにオリジナルメカについては大量の計器類を登場させることが多く、その作風は『レイジメーター』(零士メーター)とも通称される。全国の博物館に通いながら取材を重ね、緻密な計器類の描写に役立てていた。

自宅ではトラジマ模様の飼い猫に「ミーくん」と名付け、初代猫の死後も新たな「ミーくん」を飼い続けて代々愛猫として可愛がっていた。

発言

漫画家の新谷かおるに対して、松本のアシスタント時代に「線は腰で引く」「定規を使うな」と指導しており、理由として「それくらい自由に描けなきゃいけない」「定規やコンパスを使わないと描けない絵もあります。ただね、思いが線に入る訳ですよ。手で描いた絵が皆の心を打つのは、描いた画家の思いがこもるからです」と語っていた。

多忙な時期は10本の連載を抱え、連日徹夜を重ねたため、雑誌『プレイコミック』で連載していた『宇宙海賊キャプテンハーロック』が、発売日の当日朝4時に描き上がることもあった。これについて松本は「印刷所が待ってる訳です。新聞と同じですよ」「あの頃の漫画家は、体力と徹夜の能力がないと仕事にならない」とコメントしている。

漫画家の健康問題について、徹夜や暴飲、糖分過多を挙げた上で、「ガキの時に暴れ回ってる人間は大丈夫なの。健康の秘訣はガキの時に思いきり暴れさせとく。それが体力の基礎を築いてるわけ」と発言している。

2024/06/17 09:35更新

matsumoto reiji


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松本 玲奈(まつもと れいな、1989年8月17日 - )は、神奈川県出身の元女性ファッションモデル、歯科医師。元レプロエンタテインメント所属。血液型B型。 小学校5年生だった2000年に女子小中…

松本 ゆん(まつもと ゆん)
1992年7月29日生まれの有名人 東京出身

松本 ゆん(まつもと ゆん、1992年7月29日 - )は、日本のタレント・グラビアアイドル・レースクイーン。 東京都出身、クレメンテ所属。ネットアージュと業務提携している。 2012年6月、2…

松本 裕見子(まつもと ゆみこ)
1968年12月23日生まれの有名人 広島出身

松本 裕見子(まつもと ゆみこ、1968年12月23日 - )は、広島県広島市出身の広島ローカルタレント。 広島市立三篠小学校、広島市立仁保中学校(第7期)、広島県立広島皆実高等学校(第38期生)…

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