柿本実の情報(かきもとみのる) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
柿本 実さんについて調べます
■名前・氏名 |
柿本実と関係のある人
溜池敏隆: 初本塁打・初打点:1969年5月29日、対阪神タイガース9回戦(神宮球場)8回裏に柿本実からソロ 深見安博: 日炭高松時代には柿本実・龍憲一・黒江透修を指導し、1959年にはチームを都市対抗初出場に導く。 安藤統男: 4月21日の中日戦(甲子園)で初出場を果たし、柿本実から初安打となる三塁打を放つ。 権藤正利: 右打者の柿本実は、権藤の投じた球を真ん中と思って振ったところ自分の右膝にあたってしまったという。 金田正一: 翌々日の4月12日の阪神戦では、柿本実が長嶋に対して際どいシュートを投げたことから乱闘騒ぎになり、柿本を突いたとして柳田利夫と共に2度目の退場処分を受けた。 高橋栄一郎: 柿本実と投げ合い4回を1失点に抑える。 龍憲一: この時のチームメイトに柿本実、黒江幸弘がいる。 金田正泰: 中日戦の先発は、シーズン中から中日戦を得意とした上田と目され、上田は後年の回想で試合の3日前に投手コーチの柿本実に先発を伝えられていたと述べている。 高木守道: 先輩投手であった柿本実が、ある試合で二塁走者を気にして牽制球を繰り返していたところ、4回目の牽制球をグラブで捕らず足で止めて「いい加減にしろ」と意思表示したことがあるという(2011年5月29日の「サンデードラゴンズ」にて板東英二が証言)。 島谷金二: 初本塁打:1969年4月27日、対阪神タイガース5回戦(中日スタヂアム)、10回裏に柿本実から右越サヨナラソロ 高井保弘: 初出場:1966年6月8日、対近鉄バファローズ8回戦(阪急西宮球場)、7回裏に柿本実の代打で出場 佐藤公博: 1966年には柿本実との交換トレードで、中日ドラゴンズに移籍。 半田実: 柿本実そっくりなサイドスローからカーブ、シュートを武器にした。 山内一弘: これからいいホームラン打つから見とけ』と言って、柿本実さんのシュートをレフトのポールの網のところに当てたことがあります。 王貞治: なお、王は1965年4月12日の対中日戦(後楽園球場)で中日の柿本実の長嶋への危険球を発端とする乱闘(この乱闘で金田が柿本に足蹴りを見舞い、退場となっている)でも、乱闘には参加せずベンチで独り手を洗い水を飲んでいたという逸話があるほど争いを好まず、乱闘の口火を切ったのはこのバッキーとの諍いが唯一である。 川畑和人: かって小川健太郎や柿本実らを育て上げた実績を持つ近藤貞雄コーチの発案で下手の技巧派投手として再生しようとしたが、川畑本人の「どうも投げにくい」という理由で翌1972年には元のオーバーハンドに戻した。 藤井栄治: 初本塁打:1962年5月3日、対中日ドラゴンズ7回戦(中日スタヂアム)、7回表に柿本実から左越ソロ 石床幹雄: 5回を無失点で好投、1点リードで柿本実に後を託すが、9回に追いつかれ初勝利をふいにする。 藤井栄治: 開幕戦から右翼手として起用され、4月11日の広島戦(甲子園)で大石清から適時打を放って初安打・初打点、5月3日の中日戦(中日)で柿本実から初本塁打を記録。 |
柿本実の情報まとめ
柿本 実(かきもと みのる)さんの誕生日は1935年10月5日です。福岡出身の野球選手のようです。
卒業、引退、現在に関する情報もありますね。柿本実の現在の年齢は89歳のようです。
柿本実のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 柿本 実(かきもと みのる、1935年10月5日 - )は、福岡県京都郡苅田町出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。 苅田高校時代は内野手(三塁手)。高校卒業後、準硬式の豊岡セメントに進み投手に転向する。その後は、硬式野球に転じ社会人野球の日炭高松に移籍する。深見安博監督の指導を受け、1959年の都市対抗野球にチーム初出場を果たし、1回戦では電電東京を相手にリリーフで好投、初勝利に貢献した。しかし、2回戦は東洋レーヨンに惜敗。この時のチームメートに龍憲一、黒江幸弘がいる。 1960年に南海ホークスへ入団するが、出場機会には恵まれなかった。わずか1試合に登板しただけで自由契約となり、翌1961年に中日ドラゴンズへ移籍。近藤貞雄コーチの指導を受け、それまでのオーバースローからサイドスローに転向し才能が開花、江藤愼一の進言で、監督の濃人渉に1961年後半から一軍に抜擢され、この年の優勝争いに貢献した。1962年はの開幕戦でプロ初完投勝利を記録(開幕戦での初完投勝利は日本プロ野球史上初)。権藤博に次ぐチーム2位の20勝を記録し、初めて規定投球回(7位、防御率2.06)にも達する。1963年はチーム最多の21勝、防御率1.70で最優秀防御率のタイトルも獲得した。同年8月28日対阪神戦の2回の打席で、1球毎に左右の打席を入れ替わった後、6球目に三振した(相手投手は村山実)。強気のピッチングと人を食った言動でも話題を集め、個性派選手として人気があった。1965年4月12日対巨人戦で、長嶋茂雄に対して際どいシュートを投げたことから乱闘騒ぎになり、金田正一ら2選手が退場処分を受けた。なお、この乱闘で金田から蹴りを喰らったが、柿本はこの試合でそのまま完投し、勝利投手となっている。 その後、1966年に佐藤公博との交換トレードで阪急ブレーブスに移籍したが、その年に自由契約となり、1967年に阪神タイガースへ移籍。阪神では主にリリーフ投手として活躍し、1969年のシーズン終了後に現役を引退。通算1402.1イニングを投げて暴投0という記録も持つ。スライダー、シュート、シンカーを武器としていた。オールスター出場3回。 引退後は、阪神の二軍投手コーチ(1970年 - 1971年)→一軍投手コーチ(1972年 - 1973年)を経て、現在は兵庫県西宮市でブライダルサロン「柿本」を経営。 各年度の太字はリーグ最高 最優秀防御率:1回 (1963年) オールスターゲーム出場:3回 (1962年、1963年、1965年) 20 (1960年) 45 (1961年 - 1966年) 41 (1967年 - 1969年) 72 (1970年 - 1973年) ^ プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、138ページ ^ 内田雅也 (2012年3月27日). “猛虎人国記(54)~福岡県(下)~ 新庄の夢を育てた豪快な「壁」”. スポーツニッポン. https://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/mouko/kiji/K20120327002918570.html 2013年9月12日閲覧。 ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年 ^ 森芳博『ドラゴンズ魂』リイド社、1982年、114-119頁。ISBN 4-947538-24-4。 福岡県出身の人物一覧 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧 中日ドラゴンズの選手一覧 オリックス・バファローズの選手一覧 阪神タイガースの選手一覧 個人年度別成績 柿本実 - NPB.jp 日本野球機構 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 松田清 1952 梶岡忠義 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 渡辺省三 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 村山実 1960 秋山登 1961 権藤博 1962 村山実 1963 柿本実 1964 G.バッキー 1965 金田正一 1966 堀内恒夫 1967 権藤正利 1968 外木場義郎 1969 江夏豊 1970 村山実 1971 藤本和宏 1972 安田猛 1973 安田猛 1974 関本四十四 1975 安仁屋宗八 1976 鈴木孝政 1977 新浦寿夫 1978 新浦寿夫 1979 平松政次 1980 松岡弘 1981 江川卓 1982 斉藤明夫 1983 福間納 1984 小林誠二 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 大野豊 1989 斎藤雅樹 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 盛田幸妃 1993 山本昌広 1994 郭源治 1995 T.ブロス 1996 斎藤雅樹 1997 大野豊 1998 野口茂樹 1999 上原浩治 2000 石井一久 2001 野口茂樹 2002 桑田真澄 2003 井川慶 2004 上原浩治 2005 三浦大輔 2006 黒田博樹 2007 高橋尚成 2008 石川雅規 2009 チェン 2010 前田健太 2011 吉見一起 2012 前田健太 2013 前田健太 2014 菅野智之 2015 K.ジョンソン 2016 菅野智之 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2019 大野雄大 2020 大野雄大 2021 柳裕也 2022 青柳晃洋 2023 村上頌樹 2024 髙橋宏斗 表 話 編 歴 1936春夏 牧野潔 1936秋 加藤智男 1937春 森井茂 1937秋 森井茂 1938春 松尾幸造 1938秋 森井茂 1939 松尾幸造 1940 村松幸雄 1941 森井茂 1942 河村章 1943 松尾幸造 1944 森井茂 1946 森井茂 1947 松尾幸造 1948 服部受弘 1949 服部受弘 1950 清水秀雄 1951 近藤貞雄 1952 大島信雄 1953 杉下茂 1954 石川克彦 1955 石川克彦 1956 杉下茂 1957 伊奈努 1958 中山俊丈 1959 伊奈努 1960 伊奈努 1961 板東英二 1962 柿本実 1963 河村保彦 1964 河村保彦 1965 柿本実 1966 山中巽 1967 小川健太郎 1968 小川健太郎 1969 小川健太郎 1970 小川健太郎 1971 伊藤久敏 1972 水谷寿伸 1973 稲葉光雄 1974 星野仙一 1975 松本幸行 1976 星野仙一 1977 松本幸行 1978 星野仙一 1979 星野仙一 1980 藤沢公也 1981 三沢淳 1982 小松辰雄 1983 小松辰雄 1984 鈴木孝政 1985 小松辰雄 1986 郭源治 1987 杉本正 1988 小松辰雄 1989 小野和幸 1990 西本聖 1991 小松辰雄 1992 郭源治 1993 今中慎二 1994 今中慎二 1995 今中慎二 1996 今中慎二 1997 山本昌 1998 山本昌 1999 川上憲伸 2000 野口茂樹 2001 山本昌 2002 山本昌 2003 川上憲伸 2004 川崎憲次郎 2005 川上憲伸 2006 川上憲伸 2007 川上憲伸 2008 川上憲伸 2009 浅尾拓也 2010 吉見一起 2011 M.ネルソン 2012 吉見一起 2013 吉見一起 2014 川上憲伸 2015 山井大介 2016 大野雄大 2017 大野雄大 2018 小笠原慎之介 2019 笠原祥太郎 2020 大野雄大 2021 福谷浩司 2022 大野雄大 2023 小笠原慎之介 2024 柳裕也 日本の野球選手 日炭高松硬式野球部の選手 福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手 中日ドラゴンズ及びその前身球団の選手 オリックス・バファローズ及びその前身球団の選手 阪神タイガース及びその前身球団の選手 最優秀防御率 (NPB) NPBオールスターゲーム選出選手 日本の野球指導者 20世紀日本の実業家 福岡県出身の人物 1935年生 存命人物 野球に関する記事 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにある日本野球機構選手識別子
2024/11/18 07:40更新
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