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山本 由伸さんについて調べます
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山本由伸と関係のある人
山下舜平大: エースの山本由伸と宮城大弥がWBCに出場し、チームへの合流が開幕1週間前となった事情もあり、開幕前日の3月30日に中嶋聡監督は山下を開幕投手に指名したことを明言。 伏見寅威: 月間最優秀バッテリー賞:2回(2021年6月 投手:山本由伸、2022年8月 投手:宮城大弥) ブランドン=ディクソン: 本人は8月7日の決勝(横浜スタジアムでの対日本戦)に登板しなかったものの、試合後に催された表彰式では、日本代表に選ばれていたオリックス時代のチームメイト(吉田・山本由伸)と旧交を温める一幕があった。 大吉洋平: いわゆる「二刀流」選手の大谷翔平(前年までMLBのロサンゼルス・エンゼルスに所属)と山本由伸投手(毎日放送の本社が所在する大阪市内に本拠地を置くオリックス・バファローズに前年まで所属)がドジャースへ入団したことを受けての取材で、滞在期間中には『よんチャンTV』向けの生中継リポートも任されていた。 高橋光成: 同22日のオリックス戦では山本由伸と投げ合い、4回裏に杉本裕太郎に先制2点本塁打を打たれたが、打線が11安打と山本を打ち崩して逆転すると、9回裏のマウンドにも上がり、9回二死から森友哉を自己最速157km/hのストレートで見逃し三振に打ち取り、5安打2失点で勝利投手。 板東湧梧: その後も先発ローテーションを回り、9月10日のオリックス戦では山本由伸と投げ合い、シーズン4度目の先発登板で初めて5回持たずに降板して敗戦投手となったが、続く同17日のオリックス戦でも山本と投げ合い、8回115球2失点と力投。 有原航平: 7月25日のオリックス戦(京セラドーム大阪)では山本由伸との投げ合いを制して、9回115球でNPB復帰後初完封を達成し、チームの連敗ストップに貢献した。 髙橋光成: 同22日のオリックス戦では山本由伸と投げ合い、4回裏に杉本裕太郎に先制2点本塁打を打たれたが、打線が11安打と山本を打ち崩して逆転すると、9回裏のマウンドにも上がり、9回二死から森友哉を自己最速157km/hのストレートで見逃し三振に打ち取り、5安打2失点で勝利投手。 戸郷翔征: 戸郷の兄は高校時代、オリックス・バファローズの山本由伸とは都城高校で同学年の友達だったため、戸郷も中学時代から山本と面識がある。 上原浩治: 日本時代に2回の沢村賞を受賞したが、複数回の沢村賞を受賞したのは15人で、平成に入ってからは斎藤雅樹・上原・斉藤和巳・田中将大・前田健太・菅野智之・山本由伸の7人しかいない(2019年シーズン終了現在)。 浜地真澄: 2年秋からエースとなり、3年春には九州大会優勝を果たすなど、山本由伸(都城)、梅野雄吾(九産大九産)、太田龍(れいめい)と並んで「九州四天王」と呼ばれる活躍を見せた。 加治屋蓮: この年でプロ入り5年目ながら新人王の資格を有しており、新人王選考の記者投票では、有効投票258の内、田中和基(112票)、山本由伸(70票)に次ぐ45票を集めた。 杉浦健二郎: 大まかな投球フォームは千賀滉大、腕の振りは山本由伸、肘の抜き方は安樂智大を参考にしている。 頓宮裕真: 当時のチームメイトに、実家が隣同士で2歳年下の山本由伸がいた。 山岡泰輔: 2020年は2年連続で開幕投手に指名されるも、新型コロナウイルスの影響で4月24日の開幕を目指すこととなり、開幕カードの対戦相手が変わったことで一度は山本由伸に変更となった。 高山郁夫: “山本由伸のやり投げフォームを見守った名伯楽 アマ指導で後進の育成に全力尽くす【プロ野球12球団去る人】”. 渡邉諒: シーズンでは59試合の出場にとどまったものの、同年の日本シリーズ第1戦で「7番・指名打者」でスタメン出場を果たし、山本由伸から先制適時打を放つ活躍を見せた。 足立光宏: この記録は2022年に山本由伸に更新されるまでは球団記録だった。 豆田泰志: プロ3年目の2023年シーズンは春先から制球に苦しみ、イースタン・リーグでは7回2/3を9四球9奪三振7失点という成績であったが、三軍のブルペンで山本由伸の投球フォームを遊び半分で真似して投げたところ、バイオメカニクス担当の武隈祥太から「良かったから(その投球フォームで)投げてみろ」と言われ、そのフォームで本格的に投げると「投げてみたら良くて、試合でも投げようとなりました」とフォーム変更を決断。 太田龍: れいめい高等学校では、1年春からベンチ入りし、3年次には山本由伸・梅野雄吾・浜地真澄らと共に「九州四天王」として話題を集めたが、甲子園出場経験はなかった。 曽谷龍平: 目標とする選手は山本由伸。 杉浦健二郎: 憧れの野球選手は吉田正尚、山本由伸。 西村幸生: 最優秀防御率:2回 (1937年秋 - 1938年春)※2シーズン連続は史上初、現在は稲尾和久・菅野智之・山本由伸に次ぐ歴代4位タイ 奥川恭伸: オリックス・バファローズとの日本シリーズでも初戦の先発を任され、沢村賞を獲得した山本由伸と投げ合いを演じ、6回1失点の山本に対して7回1失点の好投を見せる。 日髙暖己: 日髙がテイクバックを参考にしている点や、同じ宮崎県の高校出身という点などから元チームメイトの山本由伸になぞらえて「由伸2世」と呼ばれている。 日髙暖己: 2年になると、山本由伸のフォームを参考にして急成長し、秋から本格的に投手に転向する。 高山郁夫: 山岡泰輔、山本由伸らの若手投手を育てた。 石川柊太: オリックス・バファローズに相性が良く、初対戦となった2017年4月15日(ヤフオクD)、5回表3-3の同点から先発攝津正の後の2番手として登板し3失点で敗戦投手となった後から負けなし、特に京セラドーム大阪ではプロ入り後15試合に登板し無敗(4勝)で、2022年4月19日には、前年から公式戦18連勝中だった山本由伸との対戦(京セラD)でも勝利し対オリックス9連勝としていたが、2022年6月21日、京セラドームで7回途中4失点で降板(うち2点は後続が打たれたもの)、チームは4-3で敗れ対オリックス戦の連勝は止まった。 山田久志: 1977年は16勝、防御率2.28で2度目の最優秀防御率を、1978年も18勝4敗で3度目の最高勝率を獲得するなど、いずれの年も阪急の優勝に大きく貢献し、史上初の3年連続MVP(3年連続MVPを達成しているのは他にイチロー・山本由伸のみ)に輝いた。 内星龍: 山本由伸にそっくりな投球フォームが特徴。 |
山本由伸の情報まとめ
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山本 由伸(やまもと よしのぶ)さんの誕生日は1998年8月17日です。岡山出身の野球選手のようです。
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経歴、代表経歴などについてまとめました。卒業、引退に関する情報もありますね。今年の情報もありました。山本由伸の現在の年齢は25歳のようです。
山本由伸のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 山本 由伸(やまもと よしのぶ、1998年8月17日 - )は、岡山県備前市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのロサンゼルス・ドジャース所属。 2021年にNPB史上8人目かつ令和では初の投手5冠を達成、翌2022年にはNPB史上初となる2年連続の投手5冠を達成した。 2021年から2023年にかけてNPB史上初となる3年連続の投手4冠を達成、歴代最長タイとなる3年連続で沢村栄治賞・MVPを受賞した。 2023年には沢村栄治、亀田忠以来史上3人目(2リーグ制後では初)となる2年連続ノーヒットノーランを達成(2022年6月18日対西武戦、2023年9月9日対ロッテ戦)。 経歴プロ入り前備前市立伊部小学校の1年時から伊部パワフルズで野球を始めると、備前中学校の3年時には、東岡山ボーイズで二塁手兼投手として全国大会に出場した。 野球に集中できる環境を求め、先輩の紹介で宮崎県の都城高等学校へ進学し、1年生から本格的に投手として練習を始める。1年夏の選手権宮崎大会に「9番・三塁手」として出場。1年秋から本格的に投手へ転向すると、2年春にストレートで147km/h、同年夏の宮崎県新人野球大会で151km/hを計測した。さらに、同大会決勝の鵬翔戦ではノーヒットノーランを達成。2年秋の宮崎大会では、宮崎海洋戦で5回参考ながら完全試合を記録した。しかし、3年夏の選手権宮崎大会では肘の負傷を周囲に隠したまま登板し、初戦の2回戦延岡学園では、7回3分の2を投げて3安打1失点11個奪三振の好投により7-3で勝利するも、3回戦の宮崎商戦では投手戦の末0-2で敗れた。 九産大九産の梅野雄吾、福岡大大濠の浜地真澄、れいめいの太田龍と共に九州四天王との評価をされていた。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、オリックス・バファローズから4位指名を受け、契約金4000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は43。都城高校からのNPB入りは、1994年のドラフト会議での指名を経て横浜ベイスターズと契約した福盛和男以来22年ぶりだった。担当スカウトの山口和男によれば、3年春にスカウトの間で「山本は足を怪我したから社会人に行くらしい」との情報が流れ、各球団が手を引く中、「間違いない選手ですから。信じて下さい」と球団幹部を説き伏せた結果、4位で指名できたという。また、山口は5月31日の宮崎県大会の宮崎日大戦での3安打14三振完封勝利を飾った試合を見て、山本への評価を固めたという。当初は高校卒業後、ある社会人チームへの内定が決まっていたが、プロ志望届の提出期限直前に方針転換して、社会人チーム入りを断ったという。また中日ドラゴンズの元スカウトである中田宗男によれば、中日の九州地区担当スカウトを務めていた三瀬幸司が山本を高く評価しており、4位指名を狙っていたが、4位の指名順が直前(12球団トップ)だったオリックスに先に指名されたため、山本を指名することはできなかったという。 オリックス時代2017年は5月9日に二軍(ウエスタン・リーグ)の広島東洋カープ戦で公式戦デビュー。二軍で8試合・33回2/3を2四球・防御率0.27と安定した成績を残し、8月20日の千葉ロッテマリーンズ戦で一軍(パシフィック・リーグ)初登板初先発を果たし、5回7安打1四球6奪三振1失点と好投したものの、勝敗は付かなかった。当初から登板翌日に出場選手登録を抹消される予定であったものの、福良淳一監督は山本の先発機会を確約。8月21日の登録抹消を経て、同31日のロッテ戦に先発すると、5回4安打1四球2奪三振2失点という内容でプロ初勝利を挙げた。翌9月1日に出場選手登録を抹消されて以降もいわゆる『投げ抹消』という形で3試合に先発登板。9月26日の日本ハム戦では大谷翔平と初対戦し、大谷から「今年(2017年)、対戦した投手で一番」と称賛された。ルーキーイヤーは一軍で5試合に先発登板し、1勝1敗・防御率5.32という成績であった。オフに300万円増となる推定年俸800万円で契約を更改した。 2018年は自主トレ期間で投球フォームの変更に取り組み、春季キャンプを一軍でスタート。開幕時の先発ローテーション6番手をアルバースと争っていたが、アルバースが開幕ローテーション入りし、山本は開幕を二軍で迎えた。先発として調整を続けていたが、一軍ではリリーフ陣が不安定なチーム事情があり、4月21日の二軍戦ではリリーフとして登板し、4月23日に出場選手登録。翌24日の北海道日本ハムファイターズ戦でプロ初のリリーフ登板を果たし、4月28日の福岡ソフトバンクホークス戦では2点リードの8回表を任され、1イニングを無失点に抑えてプロ初ホールドを記録した。さらに守護神増井浩俊が3連投中で迎えた、5月1日の埼玉西武ライオンズ戦では代役でクローザーを務めると、2奪三振を含む3者凡退に抑えてプロ初セーブを挙げた。その後は8回のセットアッパーを務め、6月3日の登板からはパ・リーグ歴代3位となる『15試合連続ホールドポイント』を記録。7月1日終了時点で31試合に登板して3勝0敗1セーブ・防御率0.87、リーグトップの21ホールドを記録すると、翌2日に監督推薦でオールスターに初選出され、オリックスの本拠地・京セラドーム大阪で開催された球宴第1戦に2番手として登板した。後半戦に入ると、上半身の疲労で7月27日に出場選手登録を抹消され、8月7日に一軍復帰。同10日のロッテ戦でもホールドを記録し、NPB史上初となる『10代でのシーズン30ホールドポイント』を達成した。9月28日に左内腹斜筋損傷により出場選手登録を抹消されてシーズンを終えたものの、この年は54試合全てにリリーフ登板。4勝2敗32ホールド1セーブ・防御率2.89と好成績を収め、NPB AWARDS 2018の新人王投票ではリーグ2位の70票を集めた。オフに3200万円増(400%増)となる推定年俸4000万円で契約を更改したと共に、先発再転向を直訴した。 2019年は本人の希望に加えて、前年オフに金子千尋・西勇輝が移籍したチーム事情もあり、先発へ再転向。3月上旬に日本代表の強化試合(詳細後述)に出場するために、一時チームを離れたものの、自身初の開幕ローテーション入りを果たし、開幕5試合目のソフトバンク戦でシーズン初登板初先発。一軍公式戦では自身541日ぶりの先発登板を果たすと、8回一死までノーヒットピッチングを続け、打線の援護がなく勝敗は付かなかったものの、9回無失点と好投した。続く4月11日のロッテ戦でも8回1失点と好投し、シーズン初勝利を挙げた。開幕から10先発(71回2/3)で援護点が合計11点と打線の援護に恵まれず、6月17日終了時点でリーグトップの防御率1.63を記録しながらも、3勝3敗と勝ち星が伸び悩んだものの、6月28日の西武戦では9回5安打2四球11奪三振無失点、124球の力投でプロ初完投初完封勝利を挙げた。監督推薦で2年連続となるオールスターに選出され、球宴第1戦に7回から5番手として登板し、3回2失点で球宴初セーブを挙げ敢闘選手賞を受賞した。8月9日の練習中に左脇腹に違和感を覚え、翌10日の先発登板を回避し、左外腹斜筋損傷と診断され、出場選手登録抹消となった。最優秀防御率のタイトル獲得に向け、規定投球回到達が懸念されていたが、9月8日の日本ハム戦で一軍復帰を果たし、レギュラーシーズン最終戦となった同29日のソフトバンク戦で規定投球回に到達。この年は援護率2.36と打線の援護に恵まれず、20試合の先発登板で8勝6敗であったが、防御率1.95で自身初タイトルとなる最優秀防御率を獲得した。オフの11月5日からは第2回プレミア12(詳細後述)に出場。同大会期間中の11月13日には、引退の岸田護を引き継ぐ形で背番号を18へ変更することが球団から発表された。同30日には契約更改交渉を行い、5000万円増となる推定年俸9000万円でサインした。 2020年はCOVID-19の影響で120試合制・開幕延期となった。開幕3試合目の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でシーズン初登板初先発となり、8回無失点の好投でシーズン初勝利。7月5日の西武戦では6回裏にNPBタイ記録となる『1イニング3死球』を与えたものの、7回2失点に抑えて勝利投手となった。続く同12日の日本ハム戦で9回4安打13奪三振1失点、自身初となる無四死球での完投勝利を挙げた。7月26日の楽天戦(3回裏)から8月25日のソフトバンク戦(3回裏)にかけては『25イニング連続奪三振』を記録し、日本人投手の最長記録(22イニング連続)を更新。9月は月間5先発で4勝1敗・防御率0.73と好成績を残し、自身初の月間MVPを受賞した。10月21日に上半身のコンディション不良で出場選手登録を抹消されてシーズンを終えたものの、この年は18試合の先発登板で8勝4敗・防御率2.20を記録。また、ソフトバンクの千賀滉大と並ぶ149奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得した。オフに6000万円増となる推定年俸1億5000万円で契約を更改した。 2021年は自身初の開幕投手に指名され、西武との開幕戦でシーズン初登板初先発。味方の失策が絡み、7回4失点(自責点1)で敗戦投手となったものの、続く4月1日のソフトバンク戦では9回2安打1四球13奪三振無失点、二塁を踏ませないピッチングで2年ぶりの完封勝利を挙げた。6月11日の広島戦で自己最多の15奪三振を記録するなど、交流戦では3先発で3勝・防御率1.23、12球団トップの33奪三振と好成績を残し、チームを11年ぶりの交流戦優勝に導いてMVPを獲得。6月終了時点で14試合に先発して7勝5敗、リーグトップの防御率1.90を記録すると、7月1日に選手間投票で3回連続3度目となるオールスターに選出され、球宴第1戦の先発を務め2回1奪三振無失点のパーフェクトに抑え、2年ぶりとなる敢闘選手賞を受賞した。東京オリンピックへの出場(詳細後述)を経て、8月20日の西武戦で後半戦初登板初先発となり、9回1失点の完投勝利で自身初の2桁勝利を記録。過去2年は後半戦に離脱期間があったが、この年は離脱することなく先発ローテーションを守り抜き、楽天とのレギュラーシーズン最終戦では完封勝利を挙げ、自身15連勝を記録。この年は6月度から4連続で月間MVPを受賞し、26試合の先発登板で18勝5敗・防御率1.39、勝率.783、奪三振206と圧巻の成績を残し、史上12人目(球団史上初)の投手四冠を達成。また、6完投・4完封・193回2/3もリーグトップであり、投手7部門トップは2リーグ分立後初の快挙となった。絶対的エースに成長し、2年連続最下位であったチームを25年ぶりのリーグ優勝に導くと、ポストシーズン初登板となったロッテとのCSファイナルステージ第1戦では、初回の1点を守り抜き、無四球完封勝利を挙げた。東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズでは第1戦と第6戦に先発。計15イニングを20奪三振・2失点と好投し、チームは敗退したものの、敢闘選手賞を受賞した。11月22日に開かれた沢村賞の選考委員会にて、全会一致で沢村賞に初選出された他、最優秀バッテリー賞、ゴールデングラブ賞、ベストナインを初受賞。さらに12月15日に開催されたNPB AWARDS 2021にて、1位票283・2位票1・3位票1の合計1419点でパ・リーグMVPも初受賞となった。 2022年1月27日に契約更改交渉を行い、2億2000万円増となる推定年俸3億7000万円でサインした。プロ6年目での年俸3億円突破は球団最速記録であり、高卒6年目ではダルビッシュ有の3億3000万円を超える史上最高額となった。レギュラーシーズンでは2年連続となる開幕投手に指名され、西武との開幕戦でシーズン初登板初先発となり、8回無失点の好投で勝利投手。チームの開幕戦連敗を10で止め、12年ぶりの開幕戦勝利をもたらした。4月9日のロッテ戦でも7回2失点と好投し、開幕3連勝。前年からは自身18連勝となり、球団最長記録(17連勝)を更新した。続く同19日のソフトバンク戦でも8回2失点(自責点1)と好投したが、打線の援護が無く、335日ぶりに敗戦投手となった。5月3日のソフトバンク戦で自己ワーストの7失点(自責点6)を喫し、5回1/3で降板して敗戦投手となると、疲労を考慮されて翌4日に出場選手登録を抹消された。最短10日で復帰した5月14日のロッテ戦では8回無失点と好投し、勝利投手となると、6月18日の西武戦では9回1四球9奪三振という内容で、史上86人目(97度目)となるノーヒットノーランを達成した。6月は月間4先発で3勝0敗・防御率0.56を記録し、自身6度目の月間MVPを受賞。7月12日終了時点で15試合に先発し、9勝4敗・防御率1.72を記録すると、翌13日に監督推薦で4回連続4度目となるオールスターに選出され、球宴第2戦に3番手として登板した。9月は優勝を争うソフトバンクを相手に2戦2勝を挙げるなど、月間5先発で4勝0敗・防御率1.38を記録し、この年2度目(通算7度目)の月間MVPを受賞。後半戦は無敗とエースの役割を全うし、最大11.5ゲーム差からの逆転優勝(リーグ連覇)に大きく貢献した。この年は26試合に先発登板して15勝5敗・防御率1.68、勝率.750、奪三振205という成績でプロ野球史上初となる『2年連続での投手四冠』を達成した。ポストシーズンでは、ソフトバンクとのCSファイナルステージ第1戦に先発し、8回無失点の好投で勝利投手。ヤクルトとの日本シリーズ第1戦にも先発したが、5回途中4失点で敗戦投手。この試合で左わき腹を痛め、当初予定されていた第6戦の先発を回避するも、チームは26年ぶりの日本一を達成した。10月24日に2年連続となる沢村賞に選出され、2年連続受賞は2017・18年の菅野智之以来6人目、パ・リーグ所属選手では史上初の快挙となった。その他に最優秀バッテリー賞、ゴールデングラブ賞、ベストナインも2年連続で受賞。さらには11月25日に開催されたNPB AWARDS 2022にて、1位票255・2位票7・3位票3の合計1299点で2年連続となるパ・リーグMVPを受賞した。12月27日の契約更改交渉では2億8000万円増となる推定年俸6億5000万円でサイン。2018年の金子千尋の6億円を上回り、球団史上最高年俸となった。 2023年はWBCへの出場(詳細後述)を経て、開幕1週間前にチームへ合流。開幕6試合目のソフトバンク戦でシーズン初登板初先発となり、WBCの影響を考慮されて6回85球で降板となったが、2安打2四球6奪三振無失点の好投でシーズン初勝利を挙げた。その後は5月に発熱で10日間の離脱があったものの、交流戦では3試合24回でわずか1失点の内容で3戦全勝し、6月13日の阪神戦では8回2安打無失点11奪三振の好投で、自身の甲子園初勝利を飾った。7月8日の西武戦では9回5安打1四球13奪三振1失点と快投し、シーズン初の完投勝利。この試合を終えて12先発で8勝3敗・防御率1.79を記録すると、同14日にプラスワン投票により5回連続5度目となるオールスターに選出され、球宴第1戦に2番手として登板した。9月9日のロッテ戦では戦後史上初の2年連続かつ、プロ野球通算100度目のノーヒットノーランを達成した。許した走者は四死球の2人だけだった。9月24日の西武戦では、7回3安打10奪三振無失点の好投で、ダルビッシュ(2007年 - 2009年)以来14年ぶり、球団では山田久志(1976年 - 1979年)以来44年ぶりとなる3年連続15勝目を挙げた。9月・10月は4勝1敗、防御率0.49の活躍で4年連続通算8度目となる月間MVPを受賞した。最終的に防御率はキャリアハイとなる1.21を記録。これは、パ・リーグ歴代2位の好記録となった。更に防御率に加え、16勝6敗、勝率.727、奪三振169という成績で自身が持つプロ野球記録を塗り替える『3年連続での投手四冠』を達成し、チームのリーグ3連覇の立役者となった。ポストシーズンでは、ロッテとのCSファイナルステージ第1戦に先発し、初回に3失点を喫するなど7回10安打5失点と苦しんだが、打線の大量援護もあり勝利投手となった。阪神との日本シリーズ第1戦では、自己ワーストタイとなる7失点を喫し6回途中で降板し敗戦投手となる。2勝3敗で日本一に王手をかけられた第6戦では、序盤こそ先制点を許すなどやや不安定な投球だったが、尻上がりに調子を上げ、9回138球1失点完投で日本シリーズ5試合目の登板で初勝利を挙げた。また、この試合で記録した14奪三振は1試合の日本シリーズ最多奪三振新記録となった。この勝利で対戦成績を3勝3敗の五分に戻し優秀選手賞を受賞するも、チームは第7戦に敗れ2年連続の日本一を逃した。10月30日に3年連続となる沢村賞を受賞、3度の選出は史上最多タイ、3年連続受賞は金田正一以来65年ぶり史上2人目となった。さらに最優秀バッテリー賞、ゴールデングラブ賞、ベストナインも3年連続で受賞。11月28日に開催されたNPB AWARDS 2023にて、1位票259・2位票5・3位票1の合計1311点で山田久志(1976年 - 1978年)、イチロー(1994年 - 1996年)に続く史上3人目となる3年連続でパ・リーグMVPを受賞した。シーズン終了後の11月5日にポスティングシステムを利用してのMLB挑戦が承認された。11月21日にMLBへの申請受理が完了しMLB球団との交渉が解禁された。 ドジャース時代2023年12月22日にロサンゼルス・ドジャースと12年総額3億2500万ドル(約465億円)の契約を結んだ。これはゲリット・コールがヤンキースと結んだ9年総額3億2400万ドルを抜き、MLBの投手では史上最高額となり、6年目と8年目の終了時に契約を破棄できるオプトアウト条項が含まれている。オリックスへの譲渡金は5062万5000ドル(約72億円)。背番号はオリックス時代と同じ「18」で、ドジャースの日本人選手では黒田博樹と前田健太以来3人目。同年28日に入団会見を行い、ドジャース入団を決断した理由として「勝ち続けたいという気持ちが強く、そこに一番近いのがドジャースだと感じた」と語った。 2024年3月11日にMLB史上初となる韓国のソウル、高尺スカイドームでのサンディエゴ・パドレスとの開幕カードの第2戦に先発登板することが発表された。3月20日に開幕ロースター入りした。3月21日の試合でメジャーデビューを果たしたが、初回に43球を投げて、5失点し降板した。ドジャースの選手がデビュー戦で1試合5失点をしたのは1958年のラルフ・マウリエロ(英語版)以来だった。防御率は45.00で井川慶や藤浪晋太郎を上回り、先発日本人投手メジャーデビューのワーストを記録した。4月6日のシカゴ・カブス戦に先発登板し、5回3安打無失点でメジャー初勝利を記録した。 代表経歴メキシコ代表との強化試合2019年にメキシコ代表との強化試合の日本代表のトップチームに初めて招集された。3月10日に救援投手として実戦デビューを果たした。 第2回プレミア122019年シーズン終了後の11月に開催された第2回WBSCプレミア12で、日本代表へ本格デビュー。当初楽天の救援陣から選出されていた松井裕樹・森原康平が故障で出場を辞退したことから、同年の公式戦で一度も経験していないセットアッパーとして起用され、日本の大会初優勝に貢献した。 東京オリンピック2021年6月16日に東京オリンピックの野球日本代表に選出された。同大会では予選第1戦のドミニカ共和国戦に先発し6回2安打9奪三振無失点と好投すると、準決勝の韓国戦でも先発し5回1/3を5安打2失点で降板した。チームの金メダル獲得に貢献。WBSC(世界野球ソフトボール連盟)が発表したベストナイン右投手部門に選出された。 第5回WBC2023年1月6日に第5回ワールド・ベースボール・クラシックに日本代表に選出された。1次ラウンド第4戦オーストラリア戦に先発し、4回1安打無失点8奪三振の好投で1次ラウンド1位突破に貢献。準決勝の試合開始前の時点で決勝(英語版)での先発登板も予想されていたが、準決勝のメキシコ戦での試合展開もあって3点ビハインドの5回から登板し、3回1/3を2失点4奪三振で降板した。 2024/06/20 19:09更新
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yamamoto yoshinobu
山本由伸と同じ誕生日8月17日生まれ、同じ岡山出身の人
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