谷村新司の情報(たにむらしんじ) シンガー ソングライター 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
谷村 新司さんについて調べます
■名前・氏名 |
谷村新司と関係のある人
オユンナ: 1999年8月 広島市で開催された「世界音楽祭オーガスト・イン・ヒロシマ'99 グランドコンサート“TOGETHER”」にスティーヴィー・ワンダー、谷村新司、西城秀樹、ディック・リー、レスリー・チャン、イ・ウンミ等と参加。 野村邦丸: レパートリーはおすぎとピーコや、谷村新司、東尾修、吉田たかよし、玉川美沙など、邦丸自身が対面したことがある人が多い。 さだまさし: 後に異ヴァージョン(「もうひとつの雨やどり」、「雨どりや」、ライブにて、谷村新司との自虐コラボレーション「雨昴」)が作られるほどの大ヒットとなった。 青木望: 陽はまた昇る (1979年、谷村新司) 山本潤子: 大阪市の阿倍野の歩道橋上で、当時すでにロック・キャンディーズで活動していた谷村新司に声をかけられ、「ヒルビリー・シンガーズ」のボーカルとなったが3ヶ月しか続かなかった。 ばんばひろふみ: 進路を考えていた頃、同じく関西で音楽をやっていた谷村新司(当時はフォークグループ「アリス」として活動)から、「新しい音楽事務所が立ち上がるから一緒に参加しよう」と誘われた。 谷村詩織: “谷村新司&長女・詩織 被災地へ歌声届け”. 水沢有美: 谷村新司のソロアルバム「海猫」(1975年、東芝EMI、ETP-72124)の収録曲「都忘れ」にデュエットとして参加している。 羽田健太郎: 又、沢田研二の『勝手にしやがれ』、山口百恵『秋桜』、小坂明子『あなた』、久保田早紀『異邦人』、西田敏行『もしもピアノが弾けたなら』、中島みゆき『時代』、谷村新司『群青』等のレコードに録音されているピアノ演奏は全て羽田によるもので、こういった当時の人気歌手のLPのピアノ演奏は殆どが羽田がスタジオミュージシャン時代に録音したものであると言っても過言では無い。 セニョール玉置: 谷村新司 玉井タエ: 作詞・作曲:谷村新司 オユンナ: 1991年11月 「アジアミュージックシーンIN香港」にサリーイエン、アンディーラウ、谷村新司等と香港スタジアムで共演。 レッツゴーよしまさ: 谷村新司 三宅康夫: 小室等 - GARO(堀内護・日高富明・大野真澄) - かまやつひろし - タモリ - 研ナオコ - 由紀さおり - THE JANET(松尾一彦・大間ジロー) - Skirt(堀川由理・十川貴美子) - 川村カオリ - 吉田拓郎 - 南こうせつ - KinKi Kids(堂本光一・堂本剛) - 所ジョージ - 篠原ともえ - ザ・フォーク・クルセダーズ(加藤和彦・北山修) - 和幸(加藤和彦) - 加山雄三 - さだまさし - 谷村新司 - 井上鑑 - 高橋研 - リンダ・ヘンリック - デイブ・ロジャース - ラリー・ネクテル - Doll's Vox - 笑福亭鶴瓶 - ももいろクローバーZ(百田夏菜子・玉井詩織・佐々木彩夏・高城れに) - FANTA(マーティ・フリードマン・綾小路翔) - 久保田一竹 谷本光: 谷村新司・渡辺美里・夏川りみ・松浦亜弥・平原綾香などのバックギタリストとしての参加、日産・国民健康保険・セガCM/ゲーム音楽を担当、欧米・アジアの国際フェスに招聘されるなど海外からの評価も高い。 谷村仁司: 谷村新司 羽田健太郎: 谷村新司/加山雄三『サライ』 菅沼孝三: 「谷村新司コンサートツアー」にサポートとして参加。 谷村詩織: 谷村新司の長女。 清水アキラ: ものまね珍坊(フジテレビ) - CMパロディですぐ全裸(主に谷村新司の物真似で)になるのが恒例だった。 東純二: 谷村新司 カール北川: 谷村新司 いっこく堂: 谷村新司 谷村詩織: “谷村新司、シンガー・谷村詩織と父娘"初"共演「僕の娘を紹介します」”. 玉井タエ: 作詞・作曲:谷村新司/編曲:葵まさひこ 奥田瑛二: 音楽方面では、1986年に谷村新司とのデュオでシングル盤「クラシック-CLASSIC-」をリリースしている。 デビテツヤ: 谷村新司 若子内悦郎: 郷ひろみ、谷村新司、浜田省吾、CHAGE and ASKA、吉田拓郎、松田聖子、KinKi Kids等、多くのアーティストのレコーディングやコンサートのサポートを行なってきた。 藤木千穂: 純喫茶・谷村新司 渡嘉敷祐一: 谷村新司 |
谷村新司の情報まとめ
谷村 新司(たにむら しんじ)さんの誕生日は1948年12月11日です。大阪出身のシンガー ソングライターのようです。
卒業、母親、ドラマ、現在、結婚、映画、テレビ、家族に関する情報もありますね。今年の情報もありました。2023年に亡くなられているようです。
谷村新司のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)谷村 新司(たにむら しんじ、1948年〈昭和23年〉12月11日 - 2023年〈令和5年〉10月8日)は、日本のシンガーソングライター、タレント、作詞家、作曲家、大学教授。アリスのリーダー。大阪府大阪市住之江区(当時は住吉区)の出身で、同南河内郡長野町(現・河内長野市)生まれの同大阪市東住吉区桑津育ち。愛称はチンペイ。 血液型はAB型(ABO)。3人兄姉の次男(兄1人、姉1人)。娘は歌手の谷村詩織。 両親が第二次世界大戦の最中に大阪府南河内郡長野町(現・河内長野市)の長野温泉で親族が営んでいた旅館に疎開していたことから、大戦後の1948年に同町内で出生。3歳まで生活した後に、大阪市東住吉区へ転居した。 大阪市立桑津小学校、大阪市立東住吉中学校、大阪府立大和川高等学校(現:大阪府教育センター附属高等学校)卒業。桃山学院大学中退。 少年時代は肥満体型で、「ブタ」と渾名されコンプレックスを感じていた。母親は長唄の三味線を、姉は6歳から地唄舞をずっと続けていた。谷村自身、歌を褒められることが多く、歌うこと自体は好きであったというが、かといって音楽の授業が好きなわけでもなかった。本人によれば、特に音楽に関心は無かったが、女にモテるためにはバンドを組んでリーダーをやらなければと思い、高校1年生の時にギターを購入して練習を始めたという。 高校在学中に同級生の山本峰幸と、友人のガールフレンドの妹で声楽をやっていた3歳年下の島津ちづ子の3人でバンド「ロック・キャンディーズ」を結成する。谷村が19歳のときに森の宮の厚生年金ホールで初めてのコンサートを行う。1967年4月に桃山学院大学に入学し、ゴルフ部に入るが、ロック・キャンディーズの活動が忙しくなってきたことなどからゴルフは1年で辞める。 ロック・キャンディーズは大阪と神戸で絶大な人気を誇り、神戸のアマチュア・バンド・サークル「ポート・ジュビリー」の看板グループとなった。1968年9月、シングル『どこかに幸せが』で東芝レコードよりデビュー。1971年には唯一のアルバム『讃美歌』を発表している。 1970年、大阪万博の会場で、後にアリスの所属事務所「ヤングジャパン」社長となる細川健と知り合う。細川の音頭取りで実行したアメリカ・コンサート・ツアーで「ロック・キャンディーズ」や「ザ・フォーク・クルセダーズ」らと共に参加していたソウル・バンド「ブラウン・ライス」のドラマー矢沢透と知り合い意気投合。帰国したら一緒にグループを組もうと約束する。このとき谷村の頭の中には、新グループ「アリス」の構想ができつつあった。このアメリカ・ツアー中にレッド・ツェッペリンのステージを観る機会があり、ジミー・ペイジの独特のギター・プレイに圧倒されたという。同じく訪米中にジャニス・ジョプリンのライブを観る機会にも恵まれ、「当時彼女の生演奏に触れることのできた数少ない日本人として幸運」と谷村本人が語っている。 帰国した谷村は、アマチュア・ロック・バンド「フーリッシュ・ブラザーズ・フット」のボーカル堀内孝雄をアリスに勧誘。堀内は「ポート・ジュビリー」で、既に谷村とは知り合いだった。 1971年12月25日、谷村、堀内の2名で「アリス」結成。桑名正博の実家の蔵で練習を重ねる。 1972年3月5日、シングル『走っておいで恋人よ』でデビュー。同年5月5日、矢沢が正式に合流し、現在のアリスとなった。2ギター&ボーカル、1パーカッションという特異な編成とブルース色の強い演奏については、リッチー・ヘブンスの影響を少なからず受けているとのことである。 デビュー当初はヒット曲もなく、鳴かず飛ばずであった。1000人収容のホールに20人しか入らず舞台の上でお客と車座になって歌ったこともあるほど。所属事務所ヤングジャパンは、何とか打開策を見出そうと、ソウルミュージックの帝王ジェームス・ブラウンを初来日させるが、当時の日本ではマイナーなアーティストだったこともあって、来日公演は不入り。逆の意味で“伝説のライブ”となり、ヤングジャパンは、莫大な借金を背負った。 この際、2700人を収容できる大阪のフェスティバルホールに観客が約200人しか集まらなかった。ライブを盛り上げるため観客席でスタッフらと共に歓声を上げていた谷村は、ジェームス・ブラウンのライブでは恒例のマントショーの最中、舞台袖にいた舞台監督に「もうだめだ、やりたくない」と両手でⅹサインを出しているジェームス・ブラウンの姿が見えたという。 借金返済のためグアムへのクルージング・ツアーを企画するが、これもまた成功には至らず借金をこじらせる結果となる。挙句は帰国途中に谷村が当事者となったコレラ騒動までもが起こった(後にコレラでないと判明するまで船底に一時隔離されていた)。谷村の著書での回想によれば当時人気絶頂だったガロが同行したがスケジュールの都合で途中で帰国。困った谷村達は懸命にアリスで盛り上げようとした。 アリスは、地道なライブ活動(1974年には年間303ステージという記録が残っている)と1975年の『今はもうだれも』のヒットを契機に、『冬の稲妻』、『涙の誓い』、『ジョニーの子守唄』、『チャンピオン』、『狂った果実』等のヒット曲を連発する。 アリスの活動と並行して、ソロ活動も開始。コンサート活動はなかった(アダモとのジョイント・コンサートを除く)ものの、1975年のアルバム『蜩(ひぐらし)』を皮切りに、ソロ名義でのアルバムやシングル制作、他の歌手への楽曲提供を精力的に行う。 1977年、ブティック店員であった妻・孝子と結婚。妻はのちに谷村の個人事務所社長となり、マネジメント業務全般を任されることになる。 1978年、山口百恵に提供した山口24枚目シングル『いい日旅立ち』は、チャート最高位3位、100万枚の売上を記録し、山口のシングル歴代全作品の中では、首位の『横須賀ストーリー』に次ぐ2番目のセールス数を記録した。同曲は2006年、文化庁と日本PTA全国協議会選定の『日本の歌百選』にも選出された。 だが借金返済のため、がむしゃらに活動していたことが祟り、同年過労で緊急入院。メニエール病を発症する。3ヶ月の療養ののち復帰し、8月末には『アリス武道館ライヴ '78~栄光への脱出~ 』を成功させた。同公演は日本人アーティストとして初めての3日間公演として、一時代を築いた。 アリスとは異なる壮大なスケールを背負った歌謡曲は、1979年のファーストソロシングル『陽はまた昇る』を経て、1980年の2ndシングル『昴 -すばる-』で一定の完成をみる。『昴』は、累計売上67.6万枚・オリコン週間ランキング最高2位を記録し、ソロ最大のヒット曲となった。1981年にはシングル『群青』が東宝映画『連合艦隊』の主題歌となる。 同年8月23日、北京・工人体育館にて日中共同コンサート『ハンド・イン・ハンド北京』開催。中国におけるロック・ポップス系コンサートとしては、前年10月23日・24日に工人文化宮で開催された『第一回中日友好音楽祭』に出演したゴダイゴに次ぐものだが、単独公演としてはアリスが初めてであった。 同年11月、アリス活動停止。 1982年、シングル『スーパースター-MY SUPERSTAR-』、アルバム『JADE-翡翠-』をリリースして、本格的にソロ活動をスタート。1983年の『EMBLEM』、1984年の『抱擁』『刺-とげ-』など、1980年代は年に1-2枚のハイペースでアルバムを発表。いずれもアルバム毎に明確なコンセプトをもった意欲作である。またその間1983年の『22歳』や、翌1984年も小川知子とのデュエット曲『忘れていいの-愛の幕切れ-』のシングル曲をそれぞれヒットさせている。 毎年のコンサート・ツアーとは別に、さだまさし、北島三郎、郷ひろみらとジョイント・コンサートも実施。1983年からはニューミュージック系アーティストでは初のディナーショーもスタート。また親友である チョー・ヨンピル、アラン・タムと共に、アジアのミュージシャンを集めたイベント『PAX MUSICA』をスタート。1984年の後楽園球場での公演を皮切りに、年に1回アジア各地で開催され、現在も続いている。ちなみに1985年、映画『サンダーアーム/龍兄虎弟』撮影中に瀕死の重傷を負ったジャッキー・チェンが、復活した姿を初めて聴衆の前に現したのも、香港コロシアムでのPAX MUSICA公演のステージ上であった。 1986年、完成したばかりの東京・青山劇場で1ヶ月のロングラン・リサイタル『CORAZON』を開催。この青山劇場公演は年末の恒例行事となり、2002年の『LA STRADA VI -宝石心-』まで続いた。 1987年、アリスとしての活動を再開。シングル『BURAI』、アルバム『ALICE X』をリリースし健在をアピール。ただし、この時はコンサート・ツアーは行わず、数本のテレビ番組出演をするにとどまった。その後アリスは再び長い活動休止期間に入る。 1988年、ロンドン交響楽団と共演した大作アルバム『獅子と薔薇』を発表。1989年の『輪舞-ロンド-』(国立パリ・オペラ・オーケストラと共演)、1990年の『Price of Love』(ウィーン交響楽団プロジェクトと共演)と合わせ、「ヨーロッパ三部作」を完成させる。1995年のアルバム『I・T・A・N』ではプロデューサーにフィル・ラモーンとジャック・エリオットを起用するなど、80年代後半から90年代前半にかけては欧米のミュージシャン、プロデューサーとの仕事が多かった。 1989年12月、父・新蔵が死去。『第40回NHK紅白歌合戦』(NHK総合・ラジオ第1)で『陽はまた昇る』を追悼曲として歌唱。 1992年11月16日、加山雄三と連名でシングル『サライ』を発表。日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のテーマソングとして使用され、現在でも番組を代表する曲として歌い継がれている。 1993年1月、NHK大河ドラマ『琉球の風』主題歌である『 階(きざはし)』をリリース。同年、阿久悠作詞・谷村作曲『今ありて』が、同年第65回センバツ高校野球大会より、3代目大会歌として起用された。 1996年、世界初の商業用DVDソフトであるライブDVD『シンジ ラ ムニタ』を発表。このことは、2008年9月3日に放送されたテレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』の水曜コーナー『クイズ!メイクダウト』でも取り上げられた。 1997年、フジテレビ系列『ボキャブラ天国』シリーズにてタモリが司会の座を退いたことから、谷村がヒロミと共に、新MCに就任。『新ボキャブラ天国』、『黄金ボキャブラ天国』、『家族そろってボキャブラ天国』の3シリーズ・1年半にわたり活動。当時はバラエティ番組の司会として活躍していた。 1999年、テレビアニメ『∀ガンダム』エンディングテーマである『AURA』をリリース。谷村は1981年に『機動戦士ガンダム』劇場3部作第1部のテーマソングであった、やしきたかじんによる『砂の十字架』の作詞作曲を手がけていたこともあり、谷村の死去の際は、多くのガンダムファンからもその死を悼まれた。 2000年、インディーズ・レーベルmama's & papa'sを立ち上げた。リリースしたシングルは『ハーヴェスト』1曲のみであった。 同年末の『第51回NHK紅白歌合戦』(NHK総合・ラジオ第1)でアリスの活動を再開。2001年、1月17日の神戸国際会館でのコンサートを皮切りに、14年ぶりのアルバム『ALICE 0001』のリリース、全国ツアーと活躍。 2002年、アルバム『半空 NAKAZORA』を発表。坂崎幸之助や鈴木康博といった旧友に混じって、元MR. BIGのギタリストポール・ギルバートが参加。 2004年、帯状疱疹を発症する。「(発症は)何かのサインである」との直感から、人生をリセットし、ステップアップするために5年間、様々なテーマについて独学で学び続けた。また、不可思議で強烈なインスピレーション体験から書き下ろされた『昴』の歌詞・メロディなどの謎を紐解くため、次第に独自の形而上学的思索にも没頭してゆく。 2005年、日本国際博覧会「愛・地球博」NHKテーマソング『ココロツタエ』を作詞・作曲。歌:夏川りみ。 2005年、『第56回NHK紅白歌合戦』(NHK総合・ラジオ第1)に、アリスとして2度目の出場を果たす。 2006年、avex ioに移籍、6年ぶりのシングル『風の暦』をリリース。同年より寺社仏閣を会場としたライブイベント『ネイチャーライブ』を開始。 2007年3月、生涯学習カルチャープログラム、トーク&ライブキャラバン『ココロの学校』をスタート。以降同プロジェクトをライフワークとしていた。 2007年4月18日、『半空 NAKAZORA』以来5年ぶりのオリジナル・アルバム『オリオン13』を発売。NHKの番組『にっぽん 心の仏像』に出演した。番組のテーマ曲は本人の歌『カノン』。『オリオン13』に収録されてある『ココロツタエ』には作曲・編曲共千住明によるソロバージョン。 2007年7月8日、平城遷都1300年記念祭テーマソング『ムジカ』(歌・作詞・作曲=谷村新司) 2007年9月19日、『夢人〜ユメジン〜』のシングルをリリース。 2008年3月19日、選抜高等学校野球大会の大会歌『今ありて』のシングルをリリース。 2008年12月10日、『十三夜/マカリイ』のシングルをリリース。『マカリイ』は、『昴』の曲に対するアンサーソング。 2012年2月18日、『風の子守唄〜あしたの君へ〜』のシングルをリリース。『メシアふたたび』(阪神・淡路大震災)に次ぐ東日本大震災で2作品目となる支援団体への印税全額寄贈物。 2017年、母校桃山学院大学にて、同校日本人初の名誉博士学位を授与。 2021年2月、コロナ禍に伴い、公式動画『タニムラテレビ(タニテレ)』の配信を開始。 2023年3月、急性腸炎のため入院。6月よりアリスの全国ツアーを控えていたが、ドクターストップにより中止。6月、予定していた公演もすべて中止を決断し、療養に専念すると発表。 復帰に向けて療養を続けていたが、同年10月8日に死去。74歳没(享年74)。葬儀は15日に近親者のみで営まれ、死去は16日に公表された。戒名は「天昴院音薫法樂日新居士」(てんぼういんおんくんほうらくにっしんこじ)。12月11日には、1983年に初めてディナーショーを開催したグランドプリンスホテル新高輪にてお別れの会が執り行われ、各著名人やファンらおよそ2000人が駆けつけた。 愛称のチンペイは野末陳平と顔が似ているからとも、シンジ→チンジ→チンペイと変化したからとも言われている。谷村本人によれば、高校時代から下ネタを話すのが好きで、それを周りが当時ラジオ番組で下ネタを話していた野末になぞらえたことで、気がつくとこの愛称になっていたと語っている。 南ベトナムのグエン・カオ・キ元副大統領に顔が似ているとしても知られている。顔の2大特徴のうち、後退気味の額は初期アリス時代からで当時は、キャップを被ることが多かった。さだまさしは、自身と谷村と松山千春を「フォーク界御三毛(ごさんけ)」と呼んだことがある。 トレードマークの口髭は1980年代に入ってから蓄えている。 『セイ!ヤング』(文化放送)は最初ピンで、のちにばんばひろふみの共演で火曜日を担当していたがピン時代からの名物コーナー「天才・秀才・バカ」は現在のテレビでは放送不可能な下ネタのオンパレードで、これが元で現在でも「谷村=スケベ」というイメージで見られている。また当時の女優鳥居恵子との噂がリスナーの中で広がったが、本人は「自分が一方的にファンなだけ。鳥居さんには迷惑なこと」と完全否定した。しかし数年後実は付き合っていたと告白した。谷村の浮いた噂は後にも先にもこれ一つである。 1980年代まではビニ本の収集家でもあり、一説には5000冊ものコレクションを保有していたという。上京したばかりの頃、在京の友人に新宿・歌舞伎町のビニ本屋に連れて行かれたところ、その店の店長と意気投合し、いつの間にか店番を任されるまでになったほどで、店の不良在庫を引き取ったりしているうちに数が増えていった。アリスの日本武道館ライブ終了後にも、いつものようにその店に行き店番をしていたところライブに来ていたファンが来店し、店番をしていた谷村と遭遇して「僕たちの感動を返してください!」と激昂されたというエピソードもある(ちなみに谷村は「これも一つのハンド・イン・ハンドや」と切り返したとのこと)。ある時、あまりにも増えたコレクションの扱いに困った谷村は、200冊ほどをジャパン・アクション・クラブ(JAC)の合宿所に寄贈したところ、当時JAC所属だった真田広之らから大変感謝されたという。 175R、GACKT、TRICERATOPS、ゆず、水樹奈々ら若手アーティストとも積極的に交流を行っていた。また、デーモン閣下が谷村のコンサートにゲスト出演したこともある。ちなみにデーモン閣下とは、歌舞伎町のとある風俗店に谷村が通い詰めていた際に、聖飢魔IIのデビュー前である(世を忍ぶ仮の姿の)閣下がその風俗店の受付をしていたというつながりもある。また、1993年のコンサート『THE MAN』のバックバンドの中には、元爆風スランプのベーシスト江川ほーじんがいた。 アメリカのロックバンドのザ・ベンチャーズとは、プライベートでも交流がある。 曹洞宗の檀家でもある。2007年5月15日、16日にはさいたまスーパーアリーナで開かれた、梅花流創立55周年記念奉讃大会の清興に出演。 2009年、2010年には社会を明るくする運動の広報ポスターに写っている。 仕事を休業する決意をした矢先に上海からの誘いがあり、仕事を受けたとライブMCで述べた。 2001年の『第52回NHK紅白歌合戦』(NHK総合・ラジオ第1)出演時、本番中舞台袖の布をカーテンとしたスペースで着替えをしていた紅組司会の有働由美子(当時NHKアナウンサー)に対し、「うどちゃん頑張ってね」と布をめくって着替えを覗いた。着替えに集中していた有働は「ありがとうございます」と普通に返したが、その時はTバックの下着以外一糸纏わぬ姿だったという。 2017年、68歳で自動車の運転免許を取得した。 JRのテーマソングに携わることも多く、東海道・山陽新幹線の車内チャイムにも使われている『いい日旅立ち』、1992年よりJR西日本のキャンペーンCMにて使用され、関西エリアにて高い人気を誇る『三都物語』、2015年に開業した北陸新幹線金沢PRソングであり、北陸新幹線と特急サンダーバードの車内チャイムとして使用される『北陸ロマン』などは特に親しまれている。 帯状疱疹を患った2年後の57歳の頃、インターネットであらためて昴(プレアデス星団)について検索していたところ、「プレアデスからのメッセージ」という珍奇なホームページがヒットし、アクセスすると莫大なテキストが羅列されたページの最下部に、「我々からのメッセージは全てこの歌詞に込められています」という文言が記されていた。そこには谷村の『昴』の歌詞が掲載されており、谷村は思わず鳥肌を立てた。だが翌朝、ブックマークしたはずの同サイトはサーバーごと全削除されており、二度とアクセスすることは出来なくなったという神秘体験を経験している。その2年後、プレアデス星団からの「これからダイレクトですよ」という謎の問いかけをきっかけに、谷村はプレアデス星団と自由に交信していたという。 いわゆる詞先・曲先と言われるシンガーソングライターの楽曲制作法において、歌詞とメロディが同時に降りる珍しいタイプのアーティストであった。また、それと同時に閃く原風景のイメージもあったという 1981年にアリスが参画した「ハンド・イン・ハンド北京」公演は、李力や王勇ら多くの若手中国人ミュージシャンに影響を与え、中国にポップスが根付く礎となった。また、同年ソロになった谷村が、本格的にアジアに目を向けた活動を始めるきっかけにもなった。 それ以来谷村は、同国と親睦を深め、『昴』『花』『浪漫鉄道』などおよそ50曲が、テレサ・テン、レスリー・チャン、張学友らにより中国語カバー化したことで、有名曲となっている。なかでも『昴』について、駐日大使の呉江浩は「中国で日本語のできる人口は105万人です。この105万人のうち、『昴』が歌えない人はほとんどいません。また『昴』の中国語版は日本語のできない人でも歌えます。絶大な影響力。」と発言している。 2003年には中国国内にて大流行した伝染病・SARS撲滅支援コンサートを催し、収益の一部を寄贈した。 2004年には、上海音楽学院から招聘され、日本人初の同校音楽工程学科名誉教授および中日音楽文化研究センター顧問を兼任し、人材育成に携わった。就任当時は「かみ合わない部分が多い」と煩悶しながらも、「頑張ります。音楽で両国民をつなげていくんだ」と呉に語っていた。同年には、中国人歌手・毛寧のアルバム『我』のプロデュースにも携わった。 2007年には、当時中国国務院総理の温家宝の訪日に伴い、安倍晋三(当時内閣総理大臣)主催の歓迎会にて「昴」を披露した。この時の状況について呉は「終わった時に、みんな魅了されて、拍手を忘れて、本当に静かに感じました」と語っている。同年、南京芸術学院の名誉客員教授に就任。 2010年4月30日には、上海国際博覧会開幕式にて『昴』を披露した。国内外から訪れた著名歌手・芸術団体のなかで、谷村のステージは中国国民から特に高い賞賛を浴びた。 2023年12月、谷村の急逝に伴い催されたお別れの会には、中国外相の王毅からも哀悼の意が送られた。 ソロとして通算16回出場し、白組トリおよび大トリを一度務めている。この他にも、2000年、2005年、2009年はアリスとして出場している。 『谷村新司エッセイ集 蜩』(1975年6月、八曜社)NCID BA3378360X 『谷村新司エッセイ集 何処へ』(1978年7月、八曜社)NCID BC11335687 『谷村新司 詞集』(1981年11月、サンリオ)ASIN B000J7TAXM 『シンガー 創作短篇集』(1982年5月、角川文庫)ISBN 978-4041472033 『本当の旅は二度目の旅』(1993年10月、講談社)ISBN 978-4062067423 『こころに響く言葉』(1996年11月、講談社)ISBN 978-4062084819 『谷村新司のふらり流 粋づくし「旅」手引き』(2001年4月、メディアファクトリー)ISBN 978-4840102834 『いろはに京都 谷村新司の京都旅ガイド』(2003年3月、メディアファクトリー)ISBN 978-4840107365 『ラジオのレシピ - 「 純喫茶・谷村新司」セレクト」 (2004年2月、インデックスmook)ISBN 978-4860481209 『昴』(2008年12月、ベストセラーズ)ISBN 978-4584131190 『階』(2009年7月、角川書店)ISBN 978-4048739689 『夢創力。 人間「谷村新司」から何を学ぶのか』(2010年7月、創英社/三省堂書店)ISBN 978-4881421949 『谷村新司の不思議すぎる話』(2014年1月、マガジンハウス)ISBN 978-4838726288 スターの殿堂 エド・サリバンショー(1992年11月3日、NHK総合) - パイロット版司会 タビうた(2010年2月25日、NHK総合) - 一青窈と共に冬の瀬戸内海・小豆島等を巡る。 谷村新司のショータイム(2011年4月16日 - 2012年2月11日、NHK BSプレミアム) ぶらり途中下車の旅「鹿島臨海鉄道編」(2008年6月7日、[[日本テレビ放送網|日本テレビ)、「飯田線編」(2008年8月30日)、「左沢線・仙山線編」(2008年12月13日)、「伊東線・伊豆急行線編」(2009年3月7日) - 旅人 マガ不思議(1997年10月7日 - 1998年9月30日、TBS) - 司会 ボキャ天シリーズ(新、黄金、家族そろって)(1997年4月 - 1998年9月、フジテレビ) - 司会 コレって変ですか〜!?(1998年10月22日 - 1999年3月4日、フジテレビ) - 司会 谷村新司のテレビ裸の王様(1993年4月15日 - 9月16日、読売テレビ) - 司会 地球劇場 〜100年後の君に聴かせたい歌〜(2014年4月12日 - 2018年3月10日、BS日テレ) - ツタエビト(司会) 谷村新司の心花伝~しまなみ・尾道・倉敷をゆく~(2020年3月、BS日テレ) タビムラシンジ(2020年3月、BSフジ) 木曜ゴールデンドラマ 花も嵐も踏み越えて 西条八十の愛と歌(1980年6月12日、読売テレビ) BSジャパン開局10周年記念番組 谷村新司 ココロの巡礼 「昴」30年目の真実(2010年9月、BSジャパン) NHKスペシャル 病の起源 第4集 心臓病〜高性能ポンプの落とし穴〜(2013年10月27日、NHK総合) - ナビゲーター ザ・ヒューマン 谷村新司 ~歌い、伝え続ける~(2022年12月28日、NHK総合) ラジオ深夜便 NHK80周年・深夜便15周年スペシャル シンガーソングライターの時代(2005年3月21日、NHKラジオ第1・FM) - 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「ザ・ベストファミリー」 麒麟麦酒 キリンラガービール(1990年) ツムラ 日本の名湯シリーズ(1994年、湯船に浸かりながら、自身のヒット曲である『昴』を熱唱していた) JR西日本『三都物語』(CMソングも担当) トヨタ自動車 プリウス(初代) 日清食品 出前一丁(アニメCMで谷村新司として登場) 岩本恭生 大森うたえもん いっこく堂 木梨憲武(とんねるず) 栗田貫一 コロッケ 清水アキラ 渋谷哲平 山口智充 山寺宏一 谷村仁司 ダンシング谷村 ノブ(ノブ&フッキー) みやぞん(ANZEN漫才) 他 その独特な風貌と歌い方(特にソロ)でものまねタレントの格好のネタとなっており、谷村のものまねをする芸人は多い。ただし、非常に落ち着いた歌い方になっているソロになってからの谷村はもちろんのこと、堀内のものまねをするタレントとともに「全盛期のアリス(の谷村)」のものまねもよくされていた。しかし、2009年にアリスが再始動したために「現在のアリス(としての谷村)」のものまねに切り替えたものまねタレントも多い。 2006年:日本赤十字社金色有功章 2013年:毎日芸術賞、芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門) 2015年:紫綬褒章 2021年:安全安心なまちづくり関係功労者表彰 2023年:第65回日本レコード大賞特別功労賞 2024年:法務省・社会を明るくする運動「名誉フラッグアーティスト」 ^ 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、102頁。 ^ “谷村新司さん死去 74歳「とても穏やかな顔で旅立ちました」【報告全文】”. オリコン (2023年10月16日). 2023年10月16日閲覧。 ^ “谷村新司&長女・詩織 被災地へ歌声届け”. 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TBSテレビ (2024年1月30日). 2024年2月1日閲覧。 アリス『帰らざる日々 誰も知らないALICE』角川書店〈角川文庫〉、1980年8月20日。 全国書誌番号:80037661 ザ・ベストテン DVD - 世界初のDVDソフト第1号の人である。 風の子守歌 〜あしたの君へ〜 タニコム - 公認サイト 谷村新司 スタッフ公式 (@Shinji_T_Staff) - X(旧Twitter) 谷村新司公式 - YouTubeチャンネル 谷村新司 | SHINJI TANIMURA - UNIVERSAL MUSIC JAPAN あのスーパースターは東京音楽大客員教授 谷村新司さん 音楽家 谷村新司スペシャルインタビュー | 桃山学院大学 谷村新司 - NHK人物録 谷村新司 2015サライ Shinji Tanimura 表 話 編 歴 1.陽はまた昇る - 2.昴 -すばる- - 3.天狼 - 4.群青 - 5.青年の樹 - 6.風は激しく - 7.スーパースター - 8.小さな肩に雨が降る - 9.22歳 - 10.忘れていいの-愛の幕切れ- - 11.誕生日-ありふれた黄昏の街にて- - 12.青春残酷物語 - 13.夜顔 - 14.愛の誓い - 15.12番街のキャロル - 16.刑事 - 17.浪漫鉄道<途上篇> - 18.祇園祭 - 19.幸福-しあわせ- - 20.クラシック - 21.今のままでいい - 22.Far away - 23.英雄 - 24.青い薔薇 - 25.男と女に戻る時 - 26.都に雨の降るごとく - 27.DREAMS COME TRUE - 28.夏の二週間 - 29.君を忘れない - 30.三都物語 - 31.サライ - 32.階-きざはし- - 33.ラストニュース-THE MANのテーマ- - 34.アゲインスト - 35.メシアふたたび - 36.君のそばにいる - 37.愛に帰りたい - 38.櫻守 - 39.心の駅 - 40.AURA - 41.ハ〜ヴェスト - 42.風の暦 - 43.夢人〜ユメジン〜 - 44.今ありて - 45.ツバメ - 46.ロードソング - 47.十三夜 - 48.桜は桜 - 49.ムジカ - 50.風の子守歌 〜あしたの君へ〜- 51.はじまりの物語 - 52.Shinji Tanimura Selection THE SINGER・春 〜サクラサク〜 - 53.Shinji Tanimura Selection THE SINGER・夏 〜やくそくの樹の下で〜 - 54.Shinji Tanimura Selection THE SINGER・秋 〜風の時代〜 - 55.Shinji Tanimura Selection THE SINGER・冬 〜夢路〜 - 56.北陸ロマン 〜プレミアムデュエットバージョン〜 - 57.アルシラの星 1.蜩 - 2.海猫 - 3.引き潮 - 4.黒い鷲 - 5.喝采 - 6.昴 - 7.海を渡る蝶 - 8.JADE-翡翠- - 9.父と子 - 10.EMBLEM - 11.抱擁-SATIN ROSE- - 12.棘-とげ- - 13.人間交差点 - 14.伽羅 - 15.素描-Dessin- - 16.OLD TIME - 17.今のままでいい - 18.獅子と薔薇 - 19.輪舞-ロンド- - 20.Price of Love - 21.ONE AND ONLY - 22.君を忘れない - 23.Best Request - 24.三都物語 - 25.サライ - 26.BASARA - 27.THE MAN - 28.I・T・A・N - 29.21世紀BEST OF THE RED1972→'8 - 30.21世紀BEST OF THE BLUE1982→ - 31.生成 - 32.ラバン - 33.半空 NAKAZORA - 34.オリオン13 - 35.音帰し - 36.マカリイ - 37.~voice to voice~音標 - 38.今 伝えたい - 39.Shinji Tanimura with PIANO MY NOTE - 40.NINE - 41.NIHON 〜ハレバレ〜 いい日旅立ち - 勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜 - 風の子守歌 〜あしたの君へ〜 谷村新司のテレビ裸の王様 - 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(1992年) - ボキャブラ天国 - マガ不思議 - コレって変ですか〜!? - ショータイム - 地球劇場 〜100年後の君に聴かせたい歌〜 セイ!ヤング - 青春大通り - 青春キャンパス - セイ!ヤング21 - フォーク・ビレッジ - MBSヤングタウン - 日立ハローサタデー - MBSチャチャヤング - 純喫茶・谷村新司 - ラジオ深夜便 - MBS千里丘フェスティバル・ファイナル - 谷村新司 まぁるい日曜日 - セイ!ヤング・オールナイトニッポン Are you ready? Oh! 堀内孝雄 - 矢沢透 - 加山雄三 - 石井竜也 - 清水アキラ - 岩本恭生 - 谷村仁司 - ダンシング谷村 ロック・キャンディーズ - アリス (フォークグループ) - EMIミュージック・ジャパン - ポリスター - ポニーキャニオン - mama's & papa's - エイベックス - 天才・秀才・バカ 表 話 編 歴 谷村新司 堀内孝雄 矢沢透 走っておいで恋人よ 明日への讃歌 愛の光 青春時代 二十歳の頃 紫陽花 今はもうだれも 帰らざる日々 遠くで汽笛を聞きながら さらば青春の時 冬の稲妻 涙の誓い ジョニーの子守唄 チャンピオン 夢去りし街角 美しき絆〜Hand in Hand〜 秋止符 狂った果実 それぞれの秋 エスピオナージ BURAI 平凡 天神は朝 ALICE I ALICE II ALICE III ALICE IV ALICE V ALICE VI ALICE VII ALICE VIII ALICE IX 謀反 ALICE X ALICE 0001 ALICE XI ALICE MEMORIAL 1972〜1975 ALICE MEMORIAL 1976〜1979 THE BEST OF ALICE GOLDEN☆BEST ALICE 30 SONGS〜member's best selection〜 ALICE AGAIN 限りなき挑戦-OPEN GATE- THE SETLIST ALICE ALL TIME COMPLETE SINGLE COLLECTION 2019 ALICE ファースト・ライヴ! ALICE セカンド・ライヴ エンドレス・ロード 栄光への脱出〜武道館ライブ 限りなき挑戦/アリス・ライブ 美しき絆-Hand in Hand- アリス3606日 FINAL LIVE at KORAKUEN 3人だけの後楽園 VERY LAST DAY ALICE GOING HOME 〜TOUR FINAL at BUDOKAN〜 BEST NOW '76 BEST NOW ベスト 10 ベスト・セレクション BEST NOW Vol.1 BEST NOW Vol.2 ピュア・ゴールド・ベスト10 BEST 10 EMIミュージック・ジャパン ポリスター アップフロントワークス エイベックス モーリス楽器製造 ヤングタウン金曜日 石川鷹彦 表 話 編 歴 第1回
八代目松本幸四郎 間宮芳生 第2回
土門拳 第3回
小林正樹 安川加壽子 第4回
内村直也 八代目坂東三津五郎 第5回
新藤兼人 第6回
三島由紀夫 第7回
市川崑 第8回
滝沢修 岡田謙三 第9回
第10回
茂木草介 東山魁夷 岩田藤七 第11回
平野謙 棟方志功 第12回
山田洋次 第13回
白川義員 第14回
宇野重吉 第15回
第16回
山田五十鈴 第17回
倉本聰 第18回
森繁久彌 第19回
黒川紀章 第20回
飯沢匡 林忠彦 第21回
篠山紀信 前進座 第22回
篠田一士 若杉弘 越路吹雪 第23回
藤原新也 第24回
八代目松本幸四郎 林康子 第25回
朝比奈隆 三代目市川猿之助 磯崎新 第26回
佐々木昭一郎 山本安英 第27回
第28回
安藤忠雄 NHK交響楽団 第29回
深町幸男 第30回
吉田簑助 渥美清 第31回
木下順二 第32回
本多秋五 森光子 第33回
第34回
佐々木昭一郎 山田太一 第35回
松村禎三 橋田壽賀子 第36回
幸田弘子 横尾忠則 第37回
江成常夫 ひょうご舞台芸術「GHETTO」 第38回
小栗康平 黒柳徹子 馬場あき子 第39回
入沢康夫 五代目坂東玉三郎 宮崎駿 第40回
森澄雄 十三代目片岡仁左衛門 第41回
岡井隆 河野多惠子 高倉健 第42回
大島渚 吉永小百合 第43回
麻実れい 鷹羽狩行 第44回
小澤征爾 清岡卓行 第45回
七代目竹本住大夫 第46回
前登志夫 観世栄夫 沼尻竜典 第47回
三木卓 奈良岡朋子 西村朗 李禹煥 第48回
篠弘 司修 二代目中村吉右衛門 篠原有司男 第49回
野田秀樹 平岩弓枝 細江英公 森山良子 第50回
舟越桂 永井路子 七代目尾上菊五郎 石内都 第51回
隈研吾 関正人 辻原登 遠山慶子 金子兜太 第52回
大峯あきら 村上龍 森村泰昌 吉田都 加山雄三 第53回
菊畑茂久馬 津島佑子 豊竹咲大夫 坂茂 由紀さおり 第54回
辰野登恵子 谷村新司 テレビマンユニオン 十代目坂東三津五郎 荒木経惟 第55回
平幹二朗 青木野枝 佐伯一麦 永六輔 第56回
鍵和田秞子 隠崎隆一 船本芳雲 柳家小三治 松浦寿輝 第57回
桐竹勘十郎 庄司紗矢香 菅木志雄 宮城谷昌光 是枝裕和 第58回
河口龍夫 黒沢清 筒井康隆 堤剛 坂本冬美 第59回
遠藤利克 髙村薫 仲川恭司 山路和弘 熊川哲也 第60回
栗木京子 内藤礼 永井愛 宮本輝 大林宣彦 第61回
逢坂剛 草笛光子 佐藤俊介 塩田千春 今野勉 第62回
西澤徹夫 鵜山仁 鴻池朋子 高樹のぶ子 水原紫苑 「半沢直樹」 第63回
皆川博子 下谷洋子 高橋睦郎 三島喜美代 吉野直子 第64回
遠藤彰子 加藤健一 桐野夏生 永田和宏 表 話 編 歴 1951 藤山一郎 1952 藤山一郎 (2) 1953(年初)灰田勝彦 1953(年末)藤山一郎 (3) 1954 霧島昇 1955 藤山一郎 (4) 1956 灰田勝彦 (2) 1957 三橋美智也 1958 三橋美智也 (2) 1959 春日八郎 1960 三橋美智也 (3) 1961 三波春夫 1962 三橋美智也 (4) 1963 三波春夫 (2) 1964 三波春夫 (3) 1965 橋幸夫 1966 三波春夫 (4) 1967 三波春夫 (5) 1968 橋幸夫 (2) 1969 森進一 1970 森進一 (2) 1971 森進一 (3) 1972 北島三郎 1973 北島三郎 (2) 1974 森進一 (4) 1975 五木ひろし 1976 五木ひろし (2) 1977 五木ひろし (3) 1978 沢田研二 1979 五木ひろし (4) 1980 五木ひろし (5) 1981 北島三郎 (3) 1982 森進一 (5) 1983 細川たかし 1984 森進一 (6) 1985 森進一 (7) 1986 森進一 (8) 1987 五木ひろし (6) 1988 北島三郎 (4) 1989 北島三郎 (5) 1990 森進一 (9) 1991 谷村新司 1992 北島三郎 (6) 1993 北島三郎 (7) 1994 五木ひろし (7) 1995 細川たかし (2) 1996 北島三郎 (8) 1997 五木ひろし (8) 1998 五木ひろし (9) 1999 北島三郎 (9) 2000 五木ひろし (10) 2001 北島三郎 (10) 2002 五木ひろし (11) 2003 SMAP 2004 五木ひろし (12) 2005 SMAP (2) 2006 北島三郎 (11) 2007 五木ひろし (13) 2008 氷川きよし 2009 北島三郎 (12) 2010 SMAP (3) 2011 SMAP (4) 2012 SMAP (5) 2013 SMAP (6)、北島三郎 (13) 2014 嵐 2015 近藤真彦 2016 嵐 (2) 2017 ゆず 2018 嵐 (3)、サザンオールスターズ 2019 嵐 (4) 2020 福山雅治 2021 福山雅治 (2) 2022 福山雅治 (3) 2023 福山雅治 (4) ISNI VIAF WorldCat フランス BnF data フィンランド アメリカ 日本 韓国 CiNii Books CiNii Research MusicBrainz 日本ポータル 大阪府ポータル 音楽ポータル 人物伝ポータル 谷村新司 日本の男性シンガーソングライター 日本のフォークシンガー 日本のラジオパーソナリティ 日本の作詞家 日本の男性作曲家 日本のタレント 日本の司会者 エイベックス・グループのアーティスト ユニバーサルミュージックジャパンのアーティスト NHK紅白歌合戦出演者 紫綬褒章受章者 東京音楽大学の教員 上海音楽学院の教員 日本の鉄道に関係する人物 大阪市出身の人物 1948年生 2023年没 Pages using the JsonConfig extension 2024/11/19 10:53更新
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tanimura shinji
谷村新司と同じ誕生日12月11日生まれ、同じ大阪出身の人
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