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南沙織の情報 (みなみさおり)
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【4月4日】今日誕生日の芸能人・有名人

南沙織の情報(みなみさおり) 歌手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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南 沙織さんについて調べます

■名前・氏名
南 沙織
(読み:みなみ さおり)
■職業
歌手
■南沙織の誕生日・生年月日
1954年7月2日 (年齢70歳)
午年(うま年)、蟹座(かに座)
■出身地・都道府県
沖縄出身

(昭和29年)1954年生まれの人の年齢早見表

南沙織と同じ1954年生まれの有名人・芸能人

南沙織と同じ7月2日生まれの有名人・芸能人

南沙織と同じ出身地沖縄県生まれの有名人・芸能人


南沙織と関係のある人

小林明子: 南沙織 - 『Still my life』(LP:MATURITY/1992)


萩田光雄: 南沙織


つのだ☆ひろ: その後も、清水健太郎のヒット曲『失恋レストラン』『帰らない』をはじめ、研ナオコの『風をくらって』、南沙織の『街角のラブソング』、田原俊彦の『騎士道』など、作詞・作曲家としても活動し、さまざまな歌手に楽曲提供も行っている。


荒牧陽子: 南沙織


田山雅充: このアルバムに収録されていた曲『人恋しくて』が南沙織のシングル曲ともなり、この曲は1975年の第17回日本レコード大賞歌唱賞受賞曲となった。


玉元光男: 1970年にバンド名をベイビー・ブラザーズに変えて、南沙織より1年早くメジャーデビューするも売れずに苦しい時代を過ごし、転校した学校で「売れない歌手」と悪口も言われた。


安井かずみ: 南沙織


篠山輝信: 父は写真家の篠山紀信、母は歌手の南沙織


馬飼野康二: 南沙織


芳本美代子: 歌唱力に定評があり、作曲家の筒美京平は当時、「南沙織に通じる高音の伸びの爽やかさを持っており、現在ではそういう声質の人は居ない」と芳本を評していたという。


三田寛子: 翌1982年3月21日、CBS・ソニーより、南沙織、山口百恵など300人あまりのアイドルやアーティストを送り出した酒井政利プロデュースにて「駈けてきた処女」(作詞:阿木燿子、作曲:井上陽水)で歌手デビュー。


浅田美代子: 麻丘めぐみ、南沙織の2人はデビュー時からの親友ともいえる関係で、結婚後の引退時、毎日の様に会っては一緒に買い物へ出かけたり、お茶を飲んだりしていたと語っている。


浅野ゆう子: ※原曲歌唱:南沙織


篠山紀信: 私生活では、モデルと離婚後、アイドル歌手の南沙織と再婚。


秋ひとみ: ※原曲歌唱:南沙織


石坂まさを: 南沙織「哀しみの家」「シャワーの中で」「夢をかえして」(作詞のみ)


泉谷しげる: 南沙織の大ファンで、1973年6月に生まれた長女に「さおり」と命名した。


おみむらまゆこ: 『子安・氷上のゲムドラナイト』で氷上恭子、サイトロンの名物女性広報・澁谷知子と共に「Booing!」を結成、小泉今日子の『なんてったってアイドル』、キャンディーズの『年下の男の子』、南沙織の『色づく街』をカバーしている。


岩谷時子: 新藤恵美、南沙織


田山雅充: 南沙織『人恋しくて』(1975年)、『気がむけば電話して/ふりむいた朝』(1976年)※すべて作曲のみ


森昌子: 南沙織、あべ静江、小柳ルミ子の歌マネは絶品で最近売れてる本職のモノマネ芸人よりも完成度が高く、声だけ聴いてたら当人と聴き分けが困難なほど上手い物真似で清水ミチコやコロッケも脱帽した。


田中好子: この年の紅白歌合戦で、橋幸夫(曲は「子連れ狼」)のバック・コーラスや、南沙織(曲は「純潔」)のバックダンサーを務めた。


石川ひとみ: 小学6年生(当時)の1972年3月19日にCBCテレビののど自慢番組『どんぐり音楽会』で南沙織の「潮風のメロディ」を歌って準優勝し、初めてTV番組に出演した。


都倉俊一: 南沙織


三橋美智也: 11回目出場以後では、山口百恵・森昌子・南沙織など、若手女性アイドル歌手と対戦していた。


林哲司: 南沙織


栗田ひろみ: ※原曲歌唱:南沙織


川口真: 南沙織「青春に恥じないように」


みぶ真也: 南沙織が長年のアイドルで「南沙織は絶対ウンコをしないと信じる会」の会長に就任している。


酒井政利: プロデュースの原点となった南沙織をはじめ、フォーリーブスやキャンディーズ、山口百恵など、アイドル黄金時代と呼ばれたこの時期、300人あまりのアイドルや音楽グループを送り出した。


南沙織の情報まとめ

もしもしロボ

南 沙織(みなみ さおり)さんの誕生日は1954年7月2日です。沖縄出身の歌手のようです。

もしもしロボ

母親、再婚、テレビ、ドラマ、映画、引退、結婚、事件に関する情報もありますね。南沙織の現在の年齢は70歳のようです。

南沙織のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

南 沙織(みなみ さおり、1954年〈昭和29年〉7月2日 - )は、日本の元歌手、元アイドル。本名:篠山 明美(旧姓:内間)。沖縄県中頭郡嘉手納町生まれ、宜野湾市育ち。夫は写真家・篠山紀信。3児の母。次男は篠山輝信。

沖縄県嘉手納町で生まれ、4歳の頃からは宜野湾市で育った。幼少の頃は宜野湾市でも何度か引越しをしたが、南によると「どういうわけか、自宅はいつも普天間飛行場のゲートの近くだった」という。母の勧めで真栄原のクライスト・ザ・キング・インターナショナル・スクールに通った。義父はフィリピンが故郷で、第二次世界大戦後にアメリカ合衆国の軍属として沖縄に来ている。

デビュー時は母親の郷里、鹿児島県(奄美大島)生まれとされたが、実際は生まれも育ちも沖縄県(なお、出生から17歳までアメリカ施政権下)。また、フィリピン人とのハーフであるとされてきたが、正しくは両親とも日本人で母の再婚相手(義父)がフィリピン人である。生育環境からいわゆるバイリンガルである。異父妹弟がいる。カトリック信徒で、英語名「シンシア(Cynthia 月の女神、蟹座の守護神の意)」を愛称としている。星座が「蟹座」であることから、デビュー曲「17才」のジャケットの写真にも「蟹座」のデザインのシャツを着用しているほか、発売時のキャンペーンでは蟹のマークのシールが配布されていた。デビューから35年を経て発売されたCD-BOX『Cynthia Premium』の外箱には、同様に蟹座のマスコットがプリントしてある。

1972年の沖縄返還の前後に沖縄県民の間では非常に大きな盛り上がりがあったが、沖縄が日本に返還されることについて南は、「とても複雑な心境だった。素直に喜べなかった。」と述べている。その理由として、義父がアメリカ軍兵士を相手に飲食店を経営しており、返還を機に父の店はダメになるのではと懸念していたからであった。本人が「テレビよりもファンと直接触れ合えるコンサートが好き」と語っていたように、芸能活動の多くは音楽活動に費やされ、テレビドラマ映画出演などの女優業はほとんど行わなかった。ただしデビュー当時の1971年、円谷プロダクション製作のパイロットフィルム『ミラーマン』に、主人公・鏡京太郎(柴俊夫、当時・柴本俊夫)の恋人・ユミ役で出演したことがあり、翌年にも柴が主演した『シルバー仮面』(宣弘社)の第6話にゲスト出演している。

吉田拓郎は南のファンであることを再三にわたって公言しており、かまやつひろしと組んでリリースした「シンシア」は、南に捧げた楽曲である。また、泉谷しげるも同様で1973年に野音にて南とジョイントコンサートを行っている。

他にも羽仁進、大岡昇平、岩崎宏美、泉麻人、やくみつる、さくらももこ、みぶ真也などがいる。

歌手デビュー以前、地元沖縄で琉球放送の視聴者参加型のど自慢テレビ番組『オキコワンワンチャンネル』『100万人の大合戦』などでアシスタントのアルバイトをしていた。一方、その頃東京では、CBS・ソニーがデビューさせる新たな人材を探していた。ある時、琉球放送のテレビ番組にヒデとロザンナがゲスト出演した際、そのマネージャーが持ち帰った写真に偶々南が載っており、更にそれが偶然ソニー関係者の目に留まったことから、急遽、東京に呼び寄せられることとなった。

1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で上京。CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された。

レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、作詞家の有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている。そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは酒井政利による)、6月1日に「ソニーのシンシア」のキャッチフレーズを持って歌手デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。

楽曲作りに着手した時点ではまだ芸名は決まっておらず、CBS・ソニーの社内公募では「南陽子」が1位だったが、有馬三恵子の「彼女のイメージは陽子じゃなく、沙織じゃないかしら」の一言で「南沙織」に決まった。

デビュー時の南のインパクトについて、写真家の篠山紀信は「彼女の登場は、返還を目前とした沖縄のイメージ・アップのための国策歌手かと思ったくらい良かった」と述懐しており、音楽プロデューサーの酒井政利は「そのタイミングは、南沙織が持つ気運のひとつであったのではないか」と著書で書き記している。また、「世代的共感を歌うアーティストの始まり」「日本におけるアイドルの第1号」「元祖アイドル」と評価されることもある。

1971年暮れの第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞し、同年のNHK『第22回NHK紅白歌合戦』にも初出場。プロマイドも、1971年、1972年の年間売り上げ実績では第1位を獲得している。また、同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "新三人娘" と括られることもあり、当時のアイドルの代表格であった。

1972年から1974年頃までは、筒美京平が手がけた楽曲を中心にヒットを放ち、アルバムでは多くの洋楽ポップスもレコーディングした。そのファン層は広く、普段は洋楽しか聴かない層の獲得にも成功したと言われている。

1975年発売の「人恋しくて」では田山雅充が作曲を担当。カヴァー・ソング以外では、初めて有馬・筒美コンビではないシングルA面曲となった。また、この曲で第17回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。以後、松本隆や荒井由実など、ニューミュージック系のライターも起用するようになった。珍しいところでは、アルバム『人恋しくて』において矢沢永吉("五大洋光" 名義)からも楽曲提供を受けている。1976年には、本人が「大のお気に入りの曲」と挙げる「哀しい妖精」を発表した。当楽曲は日本語歌詞(作詞: 松本隆)によるシングル・ヴァージョンのほか、ジャニス・イアンから提供された原詞そのままの英語ヴァージョンが15thアルバム『ジャニスへの手紙』に収録されている。

1978年1月、資生堂・春のコマーシャルソングに起用され、尾崎亜美が他アーティストに初提供した作品でもある「春の予感 -I've been mellow-」をリリース、スマッシュ・ヒットと成った。

ところが、24歳の誕生日を迎えた1978年7月2日、当時在学中だった上智大学での学業に専念するため、歌手活動にピリオドを打つ事を突如発表する。翌7月3日には、南自身の誕生日パーティーでの席上と、及びフジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』の生出演時にも、改めて活動停止の詳細報告を自ら行った。さらに引退に際し、同年9月25日放送の『夜のヒットスタジオ』においては「南沙織 サヨナラ企画」が放送され、同期デビューで奇しくも同じ誕生日だった小柳ルミ子(年齢は南が2歳年下)や、当時同じ所属事務所(T&C ミュージック)だったピンク・レディーらが共演し、特に小柳と増田恵子が感極まって惜別の涙を流していた。そして、同年10月7日に調布市市民福祉会館で開催された「さよならコンサート」をもって、歌手業を含めた芸能活動を引退した。なお、当コンサートの映像は商品化されていないが、ライヴを録音したレコードが同年12月5日にリリースされている。

1979年、引退後に交際がスタートしたという 写真家の篠山紀信と結婚。紀信との間には3人の息子をもうける。次男の篠山輝信は、2006年に俳優デビューを果たした。

1983年には、"Cynthia" 名義で作詞家としての活動を1曲のみ行っている。森山良子が作曲し「ウ・フ・フ」というタイトルでアグネス・チャンのアルバム『小さな質問』に収録された。

1991年末、第42回NHK紅白歌合戦へ1977年の第28回以来14年ぶりに出場。NHKからオファーを受けた当初は「17才」「色づく街」の2曲を歌う予定であったが、南本人の希望もあって「色づく街」のみを歌うに至った。なお、本人が登場する直前のコーナーでは、阿久悠が執筆した南の紹介文を渡辺美佐子が朗読し、BGMに「17才」のメロディーを流すという演出であった。

1992年以降、「家庭が第一」というポリシーのもと、基本的にはレコーディングのみと限定的ながら活動を再開して作品をリリース。この時「シンシア」の名で活動したこともあるが、他に同じ芸名の歌手がデビューしたと言う事もあり、「南沙織」に戻っている。

1997年4月にフィリップモリスのCMソングとなったシングル「初恋」をリリースして以降、新譜の発表はされていない。

2000年6月、歌手デビュー満30周年を記念した完全生産限定CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』が発売された(CD5枚+DVD1枚の全6枚組)。日本の音楽CD-BOXとしては初めてDVDが同梱された作品であり、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高62位にランクイン、再プレスもなされた。またこの頃、リリースにあたってソニーミュージックの公式サイト「Art of loving」では、記念作品が完成した事に対して自ら謝辞コメントを寄せた音声が公開されていた。

沖縄本土復帰30周年となった2002年、「沖縄タイムス」(5月15日付)のインタビューで沖縄への思いを語ったほか、2003年7月には浴衣姿で被写体となった新聞広告(撮影: 篠山紀信)が掲載された。

2006年3月、恩師である酒井政利の「文化庁長官表彰・音楽プロデューサー45周年」パーティに、久しぶりに夫婦で公の場に登場し、乾杯の音頭をとった。同年6月には、歌手デビュー35周年を迎えるにあたり、全スタジオ・アルバム21枚を紙ジャケット仕様で復刻した完全生産限定CD-BOX『Cynthia Premium』が発売された(CD21枚+DVD1枚の全22枚組)。当ボックスでは「篠山シンシア」として監修も務めあげ、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高84位にランクインしている。

2008年10月には、週刊誌『アサヒ芸能』(第63巻第39号)内特集 "70年代アイドルを「感涙の総直撃」" に特別メッセージを寄稿。歌手デビュー当時の思い出や近況等が記載された。

2011年1月17日付の東京新聞・朝刊において、「この人-南沙織さん」の記事と顔写真(当時56歳)が掲載される。生まれ育った沖縄県の普天間基地移設問題に関し、南自ら「あの危ない飛行場が何故、未だに有るのか? 移設先が辺野古の海というのも駄目です」と猛反対するコメントと、及びデビュー40年を機に再び歌手業の復帰については、「もう声、出ませんよ」と首を振り完全否定していた。

2020年には週刊現代にて「いまもって特別な存在 なんで南沙織だったんだろう」の見出しのもと4ページに渡り特集記事が組まれた。同年7月2日、自身の誕生日には歌手デビュー50周年目を迎えた記念企画CD-BOX『CYNTHIA ALIVE』が発売された。その中で、クリス松村との対談に参加している。

大晦日放送の音楽番組『NHK紅白歌合戦』には、デビュー年の1971年から引退前年 の1977年まで連続7回の出場を果たし、現役時代フル出演となった。

CD-BOX『Cynthia Premium』のDVDに、全歌唱映像が納められている。

『8時だョ!全員集合』 (TBS)

『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ

『ミュージックフェア』(フジテレビ

『シルバー仮面』 - 第6話「さすらいびとの荒野」(1972年、TBS)

『おれは男だ!』 - 第37話「明けまして頑張らなくっちゃア!」※特別出演(1972年、NTV)

『刑事くん』 - 第34話「街角の白い花」(1972年、TBS)

『股旅USA』(1972年、NET)

『ラブラブショー』 - トーク番組、男性ゲストは森田健作(1972年、フジテレビ

『真理ちゃんとデイト』第4回 - 天地真理の音楽バラエディー番組(1972年10月26日、TBS)

『土曜ドラマ』 - 優しい時代 第2部(1978年、NHK) - 宮島雪子 役

『欽ちゃんのどこまでやるの』 - お茶の間ゲスト(1978年2月15日、テレビ朝日)

『歌謡大行進』(1972年4月 - 9月 、文化放送)木曜パーソナリティー

『翔べ光の中へ』(1978年6月4日- 、FM東京)D.J.担当

日本光学工業 レンズ ニコンオルマ70(1978年)

^ デビュー・アルバム『17才』(1971.10.1、ソニーレコード)記載のプロフィールでは、出身地が「鹿児島」になっている。

^ 35周年CD-BOXで復刻されたデビュー・アルバム『17才』(2006年6月14日、ソニーレコード)記載のプロフィールでは、出身地が「沖縄」に修正されている。

^ 前出日経産業新聞の記事によれば、酒井政利は日本で初の「アイドル路線」と銘打って売り出したとのこと。

^ 1978年は紅白出演者の公式発表前となる10月に引退している。

^ 石山永一郎「南沙織さん 生まれ島へメッセージ - 爆音の中で育った少女 デビュー40年」『沖縄タイムス』元旦号第4集第4面、沖縄タイムス社、2011年1月1日、2019年2月19日閲覧。 

^ 長田美穂「スターに愛されたガサコの編集者人生」『新潮45』2008年2月号、新潮社刊。後に同社より『ガサコ伝説 -「百恵の時代」の仕掛人-』のタイトルで2010年に書籍化された。

^ 南沙織・著『二十歳ばなれ』1976年2月25日、祥伝社刊

^ ライヴ・アルバム『Good-by Cynthia』(1978年12月5日、ソニーレコード)収録のMCより。

^ 2003年発売の食玩CD『J'sポップスの巨人たち〜フォーク/ニューミュージック黄金時代編』シリーズ(ブルボン)添付の解説書より。

^ 週刊誌『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)内に掲載されたシンシアの寄稿で明かされている。1971年春に上京し、同年6月の3度目の来日時が歌手デビューとなった。

^ 30周年CD-BOX『CYNTHIA ANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。

^ 25周年記念ベスト『Cynthia Best 〜 Eternity』(1996.6.21、ソニーレコード)寄稿文より。

^ 日経産業新聞2014年12月12日付「仕事人秘録 スターは世につれ 音楽プロデューサー酒井政利氏」より。

^ 酒井政利・著『プロデューサー -音楽シーンを駆け抜けて-』(2002年、時事通信社刊)より。

^ 沖縄タイムス(2002年5月15日発行)インタビュー記事より。

^ 『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)より。

^ 『現代用語の基礎知識2003』特別付録、室伏哲郎・著「ニッポン風俗・芸能グラフィティ」(2003年、自由国民社刊)より。

^ オリコンウィーク「The Ichiban」(1999年5月24日号)1000号特別記念付録「オリコン歴代シングルBEST1000」より。

^ 2006年4月、酒井政利のJポップの歩み(古賀ミュージアム)にて。

^ 週刊現代 6月13・20日号 - 第62巻第17号 2020年6月20日発行(2020年6月8日発売)より

^ 『ACC CM年鑑'79』(全日本CM協議会編集、誠文堂新光社、1979年 97頁)

1971年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手

年代別プロマイド(ブロマイド)売上ベスト10 - 1971年 - 1973年。特に、1971年と1972年は女性1位。

新三人娘 - GOLDEN☆BEST 新三人娘 〜天地真理・小柳ルミ子・南沙織〜(MHCL1933/4)

日本航空903便ハイジャック事件 -1974年3月12日発生。南は乗客の一人だった。

Art of loving(南沙織公式ページ)- ソニーミュージック

1.17才 - 2.潮風のメロディ - 3.ともだち - 4.純潔 - 5.哀愁のページ - 6.早春の港 - 7.傷つく世代 - 8.カリフォルニアの青い空 - 9.色づく街 - 10.ひとかけらの純情 - 11.バラのかげり - 12.夏の感情 - 13.夜霧の街 - 14.女性 - 15.想い出通り - 16.人恋しくて - 17.ひとねむり - 18.気がむけば電話して - 19.青春に恥じないように - 20.哀しい妖精 - 21.愛はめぐり逢いから - 22.ゆれる午後 - 23.街角のラブソング - 24.木枯しの精 - 25.春の予感 -I've been mellow- - 26.愛なき世代 - 27.Ms. (ミズ) - 28.グッバイガール - 29.青空 - 30.約束 - 31.よろしく哀愁 - 32.愛は一度だけですか - 33.初恋

シンシアのクリスマス

1.17才 - 2.潮風のメロディ - 3.純潔/ともだち - 4.哀愁のページ - 5.早春のハーモニー - 6.傷つく世代 - 7.20才まえ - 8.ひとかけらの純情 - 9.夏の感情 - 10.20才 - 11.Cynthia Street - 12.人恋しくて - 13.素顔のままで - 14.哀しい妖精 - 15.ジャニスへの手紙 - 16.午後のシンシア - 17.Hello!Cynthia - 18.I've been mellow - 19.Simplicity

20.MATURITY - 21.Art of Loving

1.ギフトパック 南沙織 -1972年版- - 2.ギフトパック 南沙織 -1973年版- - 3.南沙織ヒット全曲集 -1974年版- - 4.南沙織 ポップスを歌う - 5.南沙織デラックス - 6.南沙織ヒット全曲集 -1975年版- - 7.Best of Best 南沙織のすべて - 8.南沙織ヒット全曲集 -1976年版- - 9.シンシアのハーモニー - 10.シンシア・ラブ - 11.シンシア・メモリー - 12.THE BEST / 南沙織 -1978年6月版- - 13.THE BEST / 南沙織 -1978年11月版- - 14.THE BEST / 南沙織 -1979年6月版- - 15.THE BEST / 南沙織 -1979年11月版-

16.THE BEST / 南沙織 -1980年版- - 17.THE BEST / again 南沙織 - 18.THE BEST / 南沙織 -1982年版-

1.南沙織のすべて - 2.南沙織ベスト・コレクション

3.南沙織ベスト Recall 〜28 SINGLES SAORI + 1〜 - 4.Cynthia Best 〜 Eternity - 5.GOLDEN J-POP/THE BEST 南沙織

6.DREAM PRICE 1000 南沙織 17才 - 7.DREAM PRICE 1000 南沙織 色づく街 - 8.GOLDEN☆BEST 南沙織 筒美京平を歌う - 9.南沙織 THE BEST 〜 Cynthia-ly - 10.南沙織 スーパー・ベスト - 11.南沙織 BEST OF BEST - GOLDEN☆BEST 南沙織 筒美京平を歌う (Blu-spec CD)

12.GOLDEN☆BEST 南沙織 コンプリート・シングルコレクション - 13.GOLDEN☆BEST 新三人娘 〜天地真理・小柳ルミ子・南沙織〜 - 14.南沙織 スーパー・ヒット - 15.南沙織 ベスト・ヒット - 16.ゴールデン☆アイドル 南沙織

1.CYNTHIA IN CONCERT - 2.SAORI ON STAGE - 3.さよならシンシア

1.Cynthia Memories - 2.CYNTHIA ANTHOLOGY - 3.ドーナツ盤型12cmCDコレクション - 4.Cynthia Premium - 5.CYNTHIA ALIVE

シンシア (よしだたくろう・かまやつひろし) - 彼が初恋 (石野真子)

周防郁雄 - 酒井政利 - 有馬三恵子 - 筒美京平 - 新三人娘 (小柳ルミ子・南沙織・天地真理) - 篠山紀信 - 篠山輝信 - 雨宮萌果

バーニングプロダクション - ソニー・ミュージックエンタテインメント (日本) (旧CBSソニー)

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南沙織

日本の女性アイドル

日本の女性ポップ歌手

ソニー・ミュージックレコーズのアーティスト

過去のバーニングプロダクション系列所属者

NHK紅白歌合戦出演者

日本のカトリック教会の信者

上智大学出身の人物

沖縄県出身の人物

1954年生

存命人物

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2025/03/31 14:33更新

minami saori


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南野 陽子(みなみの ようこ)
1967年6月23日生まれの有名人 兵庫出身

南野 陽子(みなみの ようこ、1967年〈昭和42年〉6月23日 - )は、日本の女優、タレント、歌手。愛称は、ナンノ。 兵庫県伊丹市出身。ケイダッシュ(1999年から2022年末まで)を経て、サザ…


南 麻衣子(みなみ まいこ)
1961年3月8日生まれの有名人 東京出身

南 麻衣子(みなみ まいこ、本名:高橋 幸代(たかはし ゆきよ)、1961年3月8日 - )は、日本の女性タレント、女優である。アクターズプロモーション所属。 血液型B型。サイズは身長168cm、B…

南 夕花(みなみ ゆうか)
1967年3月2日生まれの有名人 出身

南 夕花(みなみ ゆうか、1967年3月2日 - )は、日本の元女優、元タレント。 旧芸名は渡辺夕子、南夕子。父は山城新伍、母は花園ひろみ。 1986年、東京女子大学文理学部2年の時に、南夕子の名…

南 ななこ(みなみ ななこ)
1997年10月5日生まれの有名人 大阪出身

南 ななこ(みなみ ななこ、1997年〈平成9年〉10月5日 - )は、大阪府出身の歌手、タレント。女性アイドルグループ・GEMの全活動期(2012年 - 2018年)のメンバー。2018年4月1日、…

南 明奈(みなみ あきな)
1989年5月15日生まれの有名人 東京出身

南 明奈(みなみ あきな、1989年〈平成元年〉5月15日 - )は、日本のタレント、女優、ファッションモデル、元グラビアアイドル。オスカープロモーション、TWIN PLANETを経てフリーランス(2…

日南 響子(ひなみ きょおこ)
1994年2月6日生まれの有名人 愛知出身

日南 響子(ひなみ きょおこ、1994年〈平成6年〉2月6日 - )は、日本の女優、ファッションモデル、タレント、歌手。愛知県稲沢市出身。 名前の仮名表記は一般の読みである「きょうこ」ではなく、「き…


南條 有香(なんじょう ゆか)
1989年6月24日生まれの有名人 兵庫出身

南條 有香(なんじょう ゆか、1989年6月24日 - )は、日本のファッションモデル、タレントである。兵庫県三田市出身。 ファッション雑誌『ラブベリー』の読者モデルオーディションに参加した2004…

田原 可南子(たはら かなこ)
1994年2月14日生まれの有名人 東京出身

田原 可南子(たはら かなこ、1994年(平成6年)2月14日 - )は、日本の女優、歌手。本名、同じ。旧芸名、綾乃 美花(あやの みか)。夫は俳優の高良健吾。 東京都出身。スターダストプロモーショ…

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この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「南沙織」を素材として二次利用しています。

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