小林光一の情報(こばやしこういち) 囲碁 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
小林 光一さんについて調べます
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小林光一と関係のある人
石田章: 1982年から6期連続名人戦リーグ入り、1983年第8期リーグでは大竹英雄、林海峰、小林光一などを破って優勝争いを演じた。 中野寛也: 小林光一十段に挑むも0勝で敗退(後述)。 武宮正樹: 1995年 小林光一名人を破り、名人位を獲得 小林覚: なお同姓の小林光一名誉三冠は同じ木谷門下の兄弟子ではあるが血縁関係は無い。 河野臨: 小林光一名誉三冠門下。 井山裕太: このまま一気に世代交代になるかとも囁かれた2020年、第44期棋聖戦で河野臨九段を4-2で下し8連覇を達成、棋聖戦における連覇数・通算数共に小林光一と並ぶ歴代1位となる。 石田芳夫: 早碁選手権戦 1980、83、84年(対大竹英雄、小林光一、小林) 彦坂直人: 翌年は小林光一に0-3で敗れる。 苑田勇一: 1986年、88年にも天元戦で挑戦者となるが、小林光一に1-3、趙治勲に2-3で敗退。 結城聡: 碁聖戦 挑戦者 1997年(依田紀基に1-3)、2002年(小林光一に1-3)、2005年(依田紀基に0-3)、2009年(張栩に0-3) 小林禮子: 夫:小林光一名誉三冠 石田芳夫: 1976年以降の七大タイトル獲得数は2期に留まっており、大竹英雄、加藤正夫、武宮正樹、小林光一、趙治勲といった世代が近い同門のトップ棋士と比べると実績は大きく見劣りしている。 井山裕太: 名誉称号3つは小林光一と並び最多タイ。6月16日、第72期本因坊戦で本木克弥八段を4-0で下し、七大タイトル獲得数を34に伸ばして小林光一の持つ歴代2位の記録にあと1と迫った。また、三大タイトル(棋聖、名人、本因坊)の獲得数を16とし小林光一の歴代2位に並んだ。 加藤正夫: 1986年、小林光一名人をから名人位を奪取。 加藤正夫: 1988年、小林光一棋聖に挑戦。 小林覚: 1995年最高棋士決定戦で森田道博七段・工藤紀夫九段・兄弟子の加藤正夫王座、決勝3番勝負で同じく兄弟子である小林光一名人に半目負けの後2連勝して優勝。 武宮正樹: 当時名人だった、地に辛く、含みを残さず早々に決め打ちする小林光一の棋風を地下鉄流と揶揄したり、「三々に打つと碁盤から落っこちそうだ」などと発言したりと数々の逸話を持つ。 木谷実: 1974年 3月、三女の禮子と弟子の小林光一が結婚。 山下敬吾: 棋聖戦4連覇・本因坊襲位などが評価され、小林光一に続く囲碁界では2人目の北海道民栄誉賞受賞。 趙治勲: 1990年第45期本因坊戦で小林光一九段を4-3で破り防衛。1991年 第46期本因坊戦で小林光一九段を4-2で破り防衛。 武宮正樹: 以後三連覇(対趙治勲、小林光一)。 山下敬吾: 小林光一を3-2で破り第25期碁聖獲得(初タイトル)21歳11ヶ月での碁聖位獲得は最年少記録。 井山裕太: また、七大タイトル獲得数を36に伸ばし、小林光一名誉三冠を超えて歴代単独2位となり、さらに三大タイトル獲得数でも小林光一を超え歴代単独2位となった。天元位獲得6期は林海峰名誉天元・小林光一を抜き歴代最多。 藤沢秀行: 翌年には小林光一を相手に防衛を果たし、史上最高齢(67歳)でタイトル防衛記録を塗り替える。 依田紀基: 1999年、第24期碁聖戦で小林光一の挑戦を受け2勝3敗で敗れ失冠、無冠となる。 趙治勲: 車椅子での対局となった棋聖戦で小林光一に棋聖位を奪われ無冠になるが、8月の第11期碁聖戦で大竹英雄九段を3-0で破り碁聖位を奪取。 木谷実: 弟子に大竹英雄名誉碁聖・加藤正夫名誉王座・二十四世本因坊秀芳・武宮正樹九段・小林光一名誉棋聖・二十五世本因坊治勲・小林覚九段・ほか多数。 中野寛也: タイトル保持者の小林光一十段との挑戦手合では三連敗を喫し、1勝もできないまま敗れた。 武宮正樹: 1987年 小林光一棋聖に挑戦 大竹英雄: 棋聖戦にも2度挑戦したが、1981年は藤沢秀行に0-4、1990年には小林光一に1-4で敗れる。 |
小林光一の情報まとめ
小林 光一(こばやし こういち)さんの誕生日は1952年9月10日です。北海道出身の囲碁棋士のようです。
結婚、兄弟、再婚、卒業、現在、ドラマ、病気、テレビに関する情報もありますね。今年の情報もありました。小林光一の現在の年齢は72歳のようです。
小林光一のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)小林 光一(こばやし こういち、1952年9月10日 - )は、囲碁のプロ棋士。名誉棋聖、名誉名人、名誉碁聖。北海道旭川市出身。東京都小金井市在住。木谷實九段門下。日本棋院東京本院所属。前妻の小林禮子(1996年逝去)との間に一男一女、後妻との間にも子どもがいる。長女小林泉美、娘婿の張栩、孫の張心澄、張心治もプロの囲碁棋士。門下に河野臨、大矢浩一、酒井真樹、大木啓司、金澤秀男、桑原陽子、穂坂繭がいる。 タイトル獲得数歴代4位。棋聖8連覇、名人7連覇、碁聖6連覇など、数々のタイトル連覇記録を樹立し、3つの名誉称号を持つ。棋道賞「最優秀棋士賞」7回(歴代2位タイ記録)、秀哉賞7回。6年連続賞金ランキング1位(1988-1993)。史上3人目の通算1400勝達成。 2006年から2007年5月まで、日本棋院副理事長を務めた。 1963年、木谷實が弟子の加藤正夫(現名誉王座、この時は初段)・佐藤昌晴・宮沢吾朗(共に現九段)・伊藤明雄を連れて旭川へ指導巡業に来た際、旭川囲碁会館を経営していた地方棋士の早勢勝美に紹介され木谷と会う。この頃小林は道内の大会で優勝し、天才少年と新聞などにとりあげられていた。宮沢に4子、伊藤に2子で打ってもらい木谷道場への入門が許された。しかしこの数ヶ月後、木谷は二度目の脳溢血で倒れた。脳溢血は2回目は回復しない場合が多く危険な状態だった。こんな中でなぜ弟子にしてくれたのか木谷の4女に後年聞くと、自分の具合が悪く現役の棋士としてはもう無理なので最後のひと頑張りで弟子を育てようとしたという。 1965年 四谷木谷道場に入門。内弟子になった最初の日に、腰におもちゃのピストルをぶら下げた子供が部屋や廊下あたりを走り回っていた。小林は近所の子が紛れ込んだと思っていたが、これが当時8歳でのちにタイトル戦でライバルとなる趙治勲(後の二十五世本因坊治勲)だった。既に旭川代表になるまでの実力だった小林だが、入門してすぐ佐藤昌晴に3子で負かされ、天狗の鼻を折られた。さらに定先くらいの手合で1、2歳年上の小林より8歳の趙治勲のほうが強いことに小林はショックをうけた。道場では趙治勲と同じ部屋に住んだ。内弟子時代には加藤正夫(現名誉王座)によく打ってもらった。 1967年 プロ試験合格。入段。同年、二段に昇段。1968年 三段に昇段。1969年 四段に昇段。1970年 五段に昇段。1971年 六段に昇段。1973年 七段に昇段。 1974年 13歳年上の女流棋士 木谷禮子(師匠木谷の三女)と結婚。 1976年 八段に昇段。 1977年 第2期天元戦で杉内雅男九段を3-1で下し初のビッグタイトル天元戦優勝。長女泉美誕生。この頃弟子を受け入れ始める。木谷師匠の婿であるため木谷道場に入門を希望していた子どもたちを任される流れになった。1978年 (26歳) 九段に昇段。 1982年 本因坊戦挑戦。 1984年 第22期十段戦で兄弟子の加藤正夫十段を3-2で破り初の十段位、二度目の公式タイトルに就く(以降、三連覇)。 1985年 第10期名人戦でライバル趙治勲名人に挑戦し4―3で破り初の名人位に就く。同年、第11期天元戦で兄弟子の石田芳夫天元を3-0で破りタイトル奪取。第23期十段戦で兄弟子の大竹英雄九段を3-0で破り防衛。賞金ランキング1位。 1986年 第10期棋聖戦で趙治勲棋聖を4-2で破り棋聖奪取。趙治勲棋聖の四連覇を阻止。一気に四冠王となる。第24期十段戦で武宮正樹九段を3-0で破り防衛。第33期NHK杯優勝。賞金ランキング1位。 1987年 第11期棋聖戦で武宮正樹本因坊を4-1で破り防衛。 1988年 第12期棋聖戦で加藤正夫名人を4-1で破り防衛。第13期碁聖戦で加藤正夫九段を3-0で破りタイトル奪取。第13期名人戦で加藤正夫名人を4-1で破りタイトル奪取。この時期、日中名人戦などで対戦した中国棋士をことごとく降し、中国では「鬼小林」と呼ばれ恐れられた。賞金ランキング1位。 1989年 第13期棋聖戦で武宮正樹本因坊を4-1で破り防衛。第14期碁聖戦で今村俊也八段を3-1で破りタイトル防衛。第14期名人戦で淡路修三九段を4-1で破りタイトル防衛。 1990年 第14期棋聖戦で大竹英雄IBM杯を4-1で破り防衛。5連覇で名誉棋聖の資格を得る第15期碁聖戦で小林覚九段を3-0で破りタイトル防衛。第15期名人戦で大竹英雄九段を4-2で破りタイトル防衛。賞金ランキング1位。 1991年 第15期棋聖戦で加藤正夫王座を4-3で破り防衛。第16期碁聖戦で小林覚九段を3-2で破りタイトル防衛。第16期名人戦で林海峯天元を4-1で破りタイトル防衛。賞金ランキング1位。 1992年 第16期棋聖戦で山城宏九段を4-3で破り防衛。第17期碁聖戦で小林覚九段を3-1で破りタイトル防衛。第17期名人戦で大竹英雄九段を4-3で破りタイトル防衛。各五連覇により名誉名人・名誉碁聖の資格を得る。本因坊戦、王座戦挑戦。賞金ランキング1位。 1993年 第17期棋聖戦で加藤正夫九段を4-3で破り防衛。8連覇達成。第18期名人戦で大竹英雄九段を4-1で破り防衛。6連覇達成。第18期碁聖戦で林海峯九段を3-0で破り防衛。6連覇達成。賞金ランキング6年連続1位。 1994年 第19期名人戦で林海峯天元を4-0で破り防衛名人七連覇。1995年 NEC杯優勝。 1996年 4月16日、妻禮子と死別。 1997年 世界囲碁選手権富士通杯優勝。同年竜星戦優勝。名人戦挑戦。1998年 15歳年下の女性と再婚。天元位奪取 1999年 第37期十段戦で彦坂直人十段を3-0で破り十段位奪取、さらに第24期碁聖戦で依田紀基碁聖3-2で破り碁聖奪取。第25期天元戦で工藤紀夫九段を3-0で破り天元防衛同年、阿含・桐山杯優勝。棋聖戦挑戦。 2000年 第38期十段戦で中野寛也九段を3-0で破り十段位防衛。 2001年第26期碁聖戦で山下敬吾碁聖を3-2で破り碁聖奪取。2002年 (50歳) 碁聖防衛。第11期竜星戦優勝。本因坊リーグ入り。 2003年 第12期竜星戦優勝。長女泉美、張栩と結婚。2004年 第51期NHK杯優勝。NEC杯優勝。史上初の父娘対決(後掲)2006年 日本棋院副理事長(-2007年) 2011年 第36期棋聖戦リーグ入り。第1回囲碁マスターズカップ準優勝。 2012年 9月10日に満60歳の誕生日を迎え、名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖を名乗る(普段は序列が上の名誉棋聖で記載される。メディアなどでは名誉三冠とも記載されている)。名誉名人を名乗るのは、囲碁界初であった。 2016年 第6回囲碁マスターズカップ優勝。 2018年春の褒章で紫綬褒章を受章。 1965年 旭川市立正和小学校卒業。 1965年(13歳)四谷木谷道場に入門。 1967年(14歳)プロ試験合格。入段。同年、二段に昇段。 1968年 東京都立赤城台高等学校中退。 1968年(16歳)三段に昇段。 1969年(17歳)四段に昇段。 1970年(18歳)五段に昇段。 1971年(19歳)六段に昇段。 1973年(21歳)七段に昇段。 1974年(22歳)木谷禮子と結婚。 1976年(24歳)八段に昇段。 1977年(25歳)第2期天元戦優勝。長女泉美誕生。 1978年(26歳)九段に昇段。 1982年(30歳)本因坊戦挑戦。 1984年(32歳)十段。 1985年(33歳)名人。天元。十段防衛。賞金ランキング1位。 1986年(34歳)棋聖奪取。四冠王。NHK杯優勝。賞金ランキング1位。 1987年(35歳)棋聖防衛。 1988年(36歳)棋聖防衛。碁聖奪取。名人奪取。賞金ランキング1位。 1989年(37歳)棋聖防衛。碁聖防衛。名人防衛。 1990年(38歳)棋聖防衛、5連覇で名誉棋聖の資格を得る。碁聖防衛。名人防衛。賞金ランキング1位。 1991年(39歳)棋聖防衛。碁聖防衛。名人防衛。賞金ランキング1位。 1992年(40歳)棋聖防衛。碁聖防衛。名人防衛。各5連覇により名誉名人・名誉碁聖の資格を得る。本因坊戦、王座戦挑戦。賞金ランキング1位。 1993年(41歳)棋聖位8連覇。名人防衛。碁聖位6連覇。賞金ランキング6年連続1位。 1994年(42歳)名人位7連覇。 1995年(43歳)NEC杯優勝。 1997年(45歳)世界囲碁選手権富士通杯優勝。同年竜星戦優勝。名人戦挑戦。 1998年(46歳)天元位奪取 1999年(47歳)十段位奪取、碁聖奪取。天元防衛。阿含・桐山杯優勝。棋聖戦挑戦。 2000年(48歳)十段位防衛。 2001年(49歳)碁聖奪取。 2002年(50歳)碁聖防衛。竜星戦優勝。本因坊リーグ入り。 2003年(51歳)竜星戦優勝。長女泉美、張栩と結婚。 2004年(52歳)NHK杯優勝。NEC杯優勝。史上初の父娘対決 2006年(54歳)日本棋院副理事長(-2007年) 2011年(59歳)棋聖戦リーグ入り。囲碁マスターズカップ準優勝。 2012年(60歳)9月10日に満60歳の誕生日を迎え、名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖を名乗る。 2016年(64歳)第6回囲碁マスターズカップ優勝。 2018年(66歳)春の褒章で紫綬褒章を受章。公式戦通算1400勝を達成。 棋聖位8連覇(歴代2位) 碁聖位9期獲得(歴代1位) 名人位7連覇(歴代2位) 棋聖位8連覇(歴代2位) タイトル獲得数 60(歴代3位) 2016年現在 通算700勝達成 史上5人目 達成時勝率第1位.708 1989年3月23日達成 通算1000勝達成 史上4人目 達成時勝率第1位.680 1998年11月28日達成 通算1200勝達成 史上4人目 2005年9月1日達成 通算1400勝達成 史上3人目 2018年12月6日達成 1990年 囲碁界史上初の年間獲得賞金1億円突破 1985年12月29日 旭川市民栄誉賞 1986年1月27日 北海道栄誉賞 1993年1月28日 都民文化栄誉章 足早に地を稼ぎ、ヨセ勝負に持ち込む実利派。 全盛時代に多用した小林流布石は好成績を挙げ、世界で流行布石となった。味や含みを残さず、早々と部分部分の形を決めて打つ「決め打ち」は有名。 義父:木谷實九段 木谷道場主宰 妻:小林禮子元女流名人 娘:小林泉美元女流二冠 婿:張栩元五冠 孫:張心澄初段、張心治初段 趙治勲とは1980年代から90年代にかけて幾度となくタイトル戦で激突し、囲碁界において「小林・趙時代」を作った。対局は129局(2011年現在)に及び、同一カードとしては史上最多。対戦成績はほぼ五分(2011年現在で小林の63勝66敗)で、現代碁界きってのライバル関係にある。なお、若手時代は石田・加藤・武宮の「黄金トリオ」に対して、趙・小林は「シルバーコンビ」と呼ばれた。 本因坊戦には過去4回登場しているが、すべて趙に敗れ、いまだ獲得に至っていない。特に1990年から三年連続の挑戦は、ことごとく趙の大逆転勝利に終わり、大三冠達成を阻まれた(それぞれ2-0、3-1、3-0からの逆転負け)。「大一番に好局なし」という言葉を覆したこのドラマチックな七番勝負は、現代日本囲碁界のハイライトともいわれている。 地に辛く、含みを残さずに決め打ちするスタイルのため、同門の武宮正樹に「地下鉄みたいな碁」と揶揄されたことがあった。が、小林は「地下鉄とはうまいことをいう。碁に勝つためには真理だけを見ればよく、他は目に入れる必要がない」と受け流し、直後のタイトル戦で武宮にみごと完勝した。いっぽう武宮は1995年の名人戦登場にあたり、小林を揶揄したことを詫びた上で対戦し、小林から名人位を奪取した。 感想戦では思ったことを率直に口にするところがあり、かつては武宮正樹や趙治勲ともめたこともある。囲碁ライター・小堀啓爾は、「純粋で正直な人なのだけど、その純粋さがときに人を傷つける」と、小林の性格を描写している。 前妻禮子は小林より13歳年上だった上、師匠木谷実の令嬢にして、早くから女流の実力者であった。部屋住みの若手棋士との結婚はつり合いがとれないという周囲の反発を乗り越え、二人は三年越しで結婚にこぎつけた。同門の趙治勲は、「マドンナだった禮子さんと駆け落ちした光一さんに復讐しようと、門下生でたくらんでいた」と冗談をこめて語っている。 1996年、禮子が乳がんにより他界するまで、小林は妻の病気のことを周囲に一切もらさなかった。その間に棋聖・名人など長期連覇してきたタイトルを次々と失冠していくことになる。 かねて知り合いだった15歳年下の女性と再婚した際、『週刊朝日』は「『姉さん』失った小林九段の再婚相手は『妹』」という見出しの記事を載せた。実際、再婚相手は実弟の妻の妹すなわち義妹の妹であり、また実弟と義妹が結婚する縁を作ったのは禮子夫人であった。 2004年7月29日、娘の小林泉美と十段戦本戦敗者復活戦1回戦で史上初の父娘対決を行い、白番中押し勝ちで勝利した。 全盛期には眼鏡をかけていたが、視力矯正手術を受けて眼鏡を外した。 顔や声が萩本欽一に非常に良く似ており、インターネット上で一時話題になった。 愛読書は大藪春彦のハードボイルド。ストーリーと結末の明快さが自分の気質に合っているから、という。 『現代花形棋士名局選(別巻1)小林光一』日本棋院 1977年 『小林光一』(現代囲碁大系42)講談社 1984年 『小林光一 (現代囲碁名勝負シリーズ)』講談社 1986年 『早わかり大斜・村正・大ナダレ 』誠文堂新光社 1986年 『小林光一必勝囲碁講座』(全3巻)日本棋院 1989年 『囲碁定石事典―筋と形に強くなる』学研 1997年 『棋士ふたり 亡き妻からの手紙』NHK出版 1997年 『小林光一の囲碁上達塾』全3冊 (進化する布石構想・勝負どころの感性・勝負を決める形勢判断) 』フローラル出版 2003年 『飛翔の譜 〜名誉三冠への軌跡〜』マイナビ 2012年 『名誉三冠小林光一 布石の神髄』NHK出版 2017年 他 タイトル戦の欄の氏名は対戦相手。うち、色付きのマス目は獲得(奪取または防衛)。色付きは名誉称号獲得。青色は挑戦者または失冠。黄色はリーグ成績。 棋道賞は、最 : 最優秀棋士賞、 優 : 優秀棋士賞、 特別 : 特別賞、率 : 勝率一位賞、 勝 : 最多勝利賞、 対 : 最多対局賞、 連 : 連勝賞、国際 : 国際賞、 新人 : 新人賞、 哉 : 秀哉賞 賞金&対局料は、年度区切りではなく1月 - 12月の集計。単位は万円。色付きの年は全棋士中1位。 哉 哉 哉 竜星富士通杯早碁|| 桐山杯 NEC杯 ^ “(語る 人生の贈りもの)小林光一:3 小6、卒業目前の決断 木谷道場へ:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年6月16日). 2024年7月16日閲覧。 ^ NHKテキストview ^ 内藤由起子(囲碁観戦記者)『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』水曜社、1969年、61-70頁。ISBN 978-4-88065-396-9。 ^ 囲碁年鑑 1994年号 ^ 二十五世本因坊治勲が畏怖した小林光一名誉三冠の姿とは ^ 紫綬褒章受章者 時事ドットコム、2018年4月28日 アーカイブ 2018年6月24日 - ウェイバックマシン ^ 公式戦のみ。女流棋戦・地方棋戦(王冠戦・関西棋院第一位決定戦など)は除く。 ^ 『坂田栄男と現代強豪20人』(誠文堂新光社)P.188 ^ 小堀啓爾『独り荒野をめざせ 趙治勲物語』(毎日新聞社)、37ページ。 ^ 荒谷一成『囲碁名棋士たちの頭の中』(中経出版)、92-93ページ ^ 「小林九段「名誉三冠」の偉業祝う」産経新聞2012年9月20日付、同年10月3日閲覧。 ^ 荒谷、前掲書、93ページ。 ^ 荒谷、前掲書、99ページ。 日本棋院の小林光一紹介ページ 表 話 編 歴 坂田栄男 林海峰 加藤正夫 小林光一 大竹英雄 趙治勲 羽根泰正 武宮正樹 王立誠 山城宏 石田芳夫 依田紀基 工藤紀夫 小林覚 片岡聡 王銘琬 淡路修三 石井邦生 彦坂直人 山下敬吾 高尾紳路 羽根直樹 張栩 山田規三生 小県真樹 橋本昌二 本田邦久 結城聡 今村俊也 苑田勇一 清成哲也 表 話 編 歴 藤沢秀行(第2-6期) 小林光一(第11-17期) (井山裕太〈第38–45期〉) 趙治勲(第5-9期) 小林光一(第13-19期) 二十二世秀格(第7-15期) 二十三世栄寿(第16-22期) 二十四世秀芳(第26-30期) 二十五世治勲(第36-37期、44-53期) 二十六世文裕(第67-77期 ) 加藤正夫(第27-28期、30-37期、41期) 林海峰(第15-19期) (井山裕太〈第37–39期、第41–45期〉) 大竹英雄(第5-10期) 小林光一(第13-18期) (井山裕太〈第37-42期〉) (不在) 坂田栄男(第2-8期) 坂田栄男(第4-6期、8-9期、11-12期、19期、23-24期、29期) 橋本昌二(第9-11期、14-18期、22-23期、32期、34期) (余正麒〈第61-65期〉) (謝依旻〈第26-31期、34期、36期〉) (謝依旻〈第20-28期〉) (藤沢里菜〈第29-33期〉) (藤沢里菜〈第4-8期〉) (謝依旻〈第13-14期、16-20期〉) 表 話 編 歴 第1回(1967) 坂田栄男 第2回(1968) 高川格 第3回(1969) 林海峰 第4回(1970) 大竹英雄 第5回(1971) 石田芳夫 第6回(1972) 坂田栄男 第7回(1973) 林海峰 第8回(1974) 石田芳夫 第9回(1975) 大竹英雄 第10回 (1976) 加藤正夫 第11回 (1977) 加藤正夫 第12回 (1978) 加藤正夫 第13回 (1979) 加藤正夫 第14回 (1980) 趙治勲 第15回 (1981) 趙治勲 第16回 (1982) 趙治勲 第17回 (1983) 林海峰 第18回 (1984) 趙治勲 第19回 (1985) 小林光一 第20回 (1986) 加藤正夫 第21回 (1987) 加藤正夫 第22回 (1988) 小林光一 第23回 (1989) 小林光一 第24回 (1990) 小林光一 第25回 (1991) 小林光一 第26回 (1992) 小林光一 第27回 (1993) 小林光一 第28回 (1994) 趙治勲 第29回 (1995) 小林覚 第30回 (1996) 趙治勲 第31回 (1997) 趙治勲 第32回 (1998) 趙治勲 第33回 (1999) 趙治勲 第34回 (2000) 王立誠 第35回 (2001) 王立誠 第36回 (2002) 加藤正夫 第37回 (2003) 張栩 第38回 (2004) 張栩 第39回 (2005) 張栩 第40回 (2006) 山下敬吾 第41回 (2007) 張栩 第42回 (2008) 張栩 第43回 (2009) 張栩 第44回 (2010) 張栩 第45回 (2011) 山下敬吾 第46回 (2012) 井山裕太 第47回 (2013) 井山裕太 第48回 (2014) 井山裕太 第49回 (2015) 井山裕太 第50回 (2016) 井山裕太 第51回 (2017) 井山裕太 第52回 (2018) 井山裕太 第53回 (2019) 井山裕太 第54回 (2020) 井山裕太 第55回 (2021) 井山裕太 第56回 (2022) 井山裕太 第57回 (2023) 一力遼 表 話 編 歴 (棋聖・名人・本因坊・天元)一力遼 (王座・碁聖・十段)井山裕太 (名誉天元)林海峰 (二十四世本因坊秀芳)石田芳夫 (名誉名人・二十五世本因坊治勲)趙治勲 (名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖)小林光一 王銘琬 王立誠 小林覚 芝野虎丸 高尾紳路 武宮正樹 趙善津 羽根直樹 山下敬吾 依田紀基 張栩 伊田篤史 片岡聡 許家元 工藤紀夫 河野臨 坂井秀至 関航太郎 羽根泰正 彦坂直人 村川大介 山田規三生 結城聡 柳時熏 青木紳一 秋山次郎 淡路修三 石井邦生 石倉昇 石榑郁郎 今村俊也 大矢浩一 大山国夫 小県真樹 加藤充志 金秀俊 清成哲也 倉橋正行 黄翊祖 黄孟正 小島高穂 小松英樹 酒井猛 佐藤昌晴 宋光復 苑田勇一 蘇耀国 高木祥一 高梨聖健 茅野直彦 張豊猷 陳嘉鋭 中小野田智己 中野寛也 中野泰宏 仲邑信也 馬場滋 福井正明 溝上知親 三村智保 宮沢吾朗 森田道博 本木克弥 山城宏 楊嘉源 横田茂昭 マイケル・レドモンド 青木喜久代 安斎伸彰 小西和子 志田達哉 杉内寿子 鈴木伸二 瀬戸大樹 鶴山淳志 潘善琪 平田智也 藤沢一就 古谷裕 松本武久 三谷哲也 六浦雄太 望月研一 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大竹英雄 5 趙治勲 6 趙治勲 7 趙治勲 8 趙治勲 9 趙治勲 10 小林光一 11 加藤正夫 12 加藤正夫 13 小林光一 14 小林光一 15 小林光一 16 小林光一 17 小林光一 18 小林光一 19 小林光一 20 武宮正樹 21 趙治勲 22 趙治勲 23 趙治勲 24 趙治勲 25 依田紀基 26 依田紀基 27 依田紀基 28 依田紀基 29 張栩 30 張栩 31 高尾紳路 32 張栩 33 張栩 34 井山裕太 35 井山裕太 36 山下敬吾 37 山下敬吾 38 井山裕太 39 井山裕太 40 井山裕太 41 高尾紳路 42 井山裕太 43 張栩 44 芝野虎丸 45 井山裕太 46 井山裕太 47 芝野虎丸 48 芝野虎丸 49 一力遼 表 話 編 歴 1 藤沢秀行 2 小林光一 3 島村俊宏 4 加藤正夫 5 加藤正夫 6 加藤正夫 7 加藤正夫 8 片岡聡 9 片岡聡 10 石田芳夫 11 小林光一 12 小林光一 13 趙治勲 14 趙治勲 15 林海峰 16 林海峰 17 林海峰 18 林海峰 19 林海峰 20 柳時熏 21 柳時熏 22 柳時熏 23 工藤紀夫 24 小林光一 25 小林光一 26 柳時熏 27 羽根直樹 28 羽根直樹 29 羽根直樹 30 山下敬吾 31 河野臨 32 河野臨 33 河野臨 34 張栩 35 山下敬吾 36 結城聡 37 井山裕太 38 井山裕太 39 井山裕太 40 高尾紳路 41 井山裕太 42 井山裕太 43 井山裕太 44 井山裕太 45 井山裕太 46 一力遼 47 関航太郎 48 関航太郎 49 一力遼 表 話 編 歴 1 加藤正夫 2 加藤正夫 3 大竹英雄 4 趙治勲 5 大竹英雄 6 大竹英雄 7 大竹英雄 8 大竹英雄 9 大竹英雄 10 大竹英雄 11 趙治勲 12 加藤正夫 13 小林光一 14 小林光一 15 小林光一 16 小林光一 17 小林光一 18 小林光一 19 林海峰 20 小林覚 21 依田紀基 22 依田紀基 23 依田紀基 24 小林光一 25 山下敬吾 26 小林光一 27 小林光一 28 依田紀基 29 依田紀基 30 依田紀基 31 張栩 32 張栩 33 張栩 34 張栩 35 坂井秀至 36 羽根直樹 37 井山裕太 38 井山裕太 39 井山裕太 40 井山裕太 41 井山裕太 42 井山裕太 43 許家元 44 羽根直樹 45 一力遼 46 井山裕太 47 井山裕太 48 井山裕太 49 井山裕太 表 話 編 歴 1 橋本宇太郎 2 半田道玄 3 藤沢朋斎 4 高川格 5 坂田栄男 6 坂田栄男 7 坂田栄男 8 大竹英雄 9 橋本宇太郎 10 坂田栄男 11 坂田栄男 12 橋本昌二 13 林海峰 14 加藤正夫 15 加藤正夫 16 加藤正夫 17 加藤正夫 18 大竹英雄 19 大竹英雄 20 趙治勲 21 加藤正夫 22 小林光一 23 小林光一 24 小林光一 25 加藤正夫 26 趙治勲 27 趙治勲 28 武宮正樹 29 武宮正樹 30 武宮正樹 31 大竹英雄 32 大竹英雄 33 依田紀基 34 依田紀基 35 加藤正夫 36 彦坂直人 37 小林光一 38 小林光一 39 王立誠 40 王立誠 41 王立誠 42 王立誠 43 趙治勲 44 趙治勲 45 趙治勲 46 高尾紳路 47 張栩 48 張栩 49 井山裕太 50 井山裕太 51 結城聡 52 高尾紳路 53 伊田篤史 54 井山裕太 55 井山裕太 56 井山裕太 57 村川大介 58 芝野虎丸 59 許家元 60 許家元 61 芝野虎丸 62 井山裕太 FAST ISNI VIAF WorldCat ドイツ アメリカ 日本 韓国 CiNii Books CiNii Research 日本の囲碁棋士 紫綬褒章受章者 NHK杯テレビ囲碁トーナメント テレビ囲碁アジア選手権戦 私の履歴書の登場人物 北海道出身の人物 1952年生 存命人物 FAST識別子が指定されている記事 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事
2024/11/19 20:43更新
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kobayashi kouichi
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