稲垣浩の情報(いながきひろし) 映画監督 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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稲垣浩と関係のある人
轟夕起子: 稲垣浩監督はよく涙の代わりに椿油を使っていて、マキノ監督もこれに倣ったのだが、ところがこの油は移動撮影用のトロッコの車輪に塗る機械油だった。 杉狂児: 稲垣浩は杉狂児について、「日本の映画史に残る喜劇役者だと、私は思う。 入江たか子: 入江の映画デビュー当時は「モダンガール」という流行語ができたころで、稲垣浩によると、入江は「その代表とよばれたほど洋装が似合ったが、日本まげの振り袖姿も一段と美しかった」という。 平田昭彦: 仲人は稲垣浩。 伊丹万作: 前者は自身でメガホンを取るものの、撮影開始直前に病気が再発したため稲垣浩が代わりに監督して完成された。 伊藤実: どぶろくの辰(1962年 稲垣浩監督):監視人 高瀬昌弘: 暴れ豪右衛門 (1966/1/15 三船敏郎主演 稲垣浩監督 2nd 平田昭彦: 岡本喜八、福田純、本多猪四郎、稲垣浩らの監督作品の常連である。 長谷川一夫: 稲垣浩は長谷川の華麗な立ち回りについて、「林長二郎なんて言う人は女形だったんだけど、映画で美剣士役でチャンバラができたということは、やっぱり踊りの下地があったからです」と述べている。 黒田義之: 映画監督の稲垣浩と伊藤大輔は叔父に当たる。 阪東妻三郎: 阪妻は撮影所企画室で、稲垣浩と二人で黙って手を握り合ったという。 大倉千代子: 『宮本武蔵 剣心一路』 : 監督稲垣浩、1940年4月18日公開 - お光 ヘンリー大川: 忠臣蔵 花の巻・雪の巻(1962年 稲垣浩監督):間瀬久太夫 役 和田嘉訓: 1960年(昭和36年)8月14日に公開された稲垣浩監督の『ふんどし医者』で、丸輝夫、高瀬昌弘に次ぐサード助監督としてクレジットされているのが、記録に残る最初の演出歴である。 園井恵子: 後年、志づが稲垣浩に送った手紙によれば、園井は「母さん、助かったのよ、助かったのよ」と言って志づに抱きつき、周囲も安堵し喜びあっていた。 和田嘉訓: 『ふんどし医者』 : 監督稲垣浩、製作・配給東宝、1960年8月14日公開 - 監督助手 嵐寛寿郎: 稲垣浩は「山中貞雄を発見したのもそういう情熱があったからだろう」と語っている。 井手雅人: 野盗風の中を走る(1961年、監督:稲垣浩) - 稲垣浩と共同脚本 和田嘉訓: 『ゲンと不動明王』 : 監督稲垣浩、製作・配給東宝、1961年9月17日公開 - 監督助手 轟夕起子: プロデューサーを務めた稲垣浩はタカラジェンヌから選ぶこととして、轟に着目した。 高瀬昌弘: 稲垣浩監督の『宮本武蔵』(1954年)で初めて助監督に付き、以後稲垣浩監督のもとで1965年までの間に20本の助監督を務め、師と仰ぐ。 高瀬昌弘: 日本誕生 (1959/10/25 三船敏郎主演 原節子 司葉子 稲垣浩監督 2nd) 小森白: 『群盗南蛮船』 : 監督稲垣浩、製作・配給新東宝、1950年6月13日公開 - 助監督、94分尺で現存(NFC所蔵) 高尾光子: 第二次世界大戦終結後の1955年(昭和30年)、稲垣浩監督の『旅路』で、ひさびさに映画界に復帰した。 乙羽信子: 監督の稲垣浩は宝塚乙女の中から宮城野由美子と乙羽の二人を候補に挙げたが、両者とも宝塚で重要なスタアであったため、東宝がいくら宝塚歌劇団と関連会社であっても簡単にまとまる話ではなかった。 手塚勝巳: 大坂城物語(1961年 稲垣浩監督):大野主馬 嵐寛寿郎: 稲垣浩は求婚した女性が、アラカンの「何番目かの」愛人だったことがあったという。 片岡千恵蔵: 稲垣浩が千恵プロに入るときに、マキノで千恵蔵映画を担当した小石栄一監督は、稲垣に「千恵プロへ行くんだって? あれ(千恵蔵)、立ち回り下手やでえ」と声をかけたという。 滝花久子: 続宮本武蔵 一乗寺の決闘(監督:稲垣浩。 引田英雄: 『士魂魔道 大龍巻』 : 監督稲垣浩、1964年1月13日公開 - 助監督 |
稲垣浩の情報まとめ
稲垣 浩(いながき ひろし)さんの誕生日は1905年12月30日です。東京出身の映画監督のようです。
映画、病気、子役、父親、兄弟に関する情報もありますね。去年の情報もありました。1980年に亡くなられているようです。
稲垣浩のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)稲垣 浩(いながき ひろし、1905年〈明治38年〉12月30日 - 1980年〈昭和55年〉5月21日)は、日本の映画監督、脚本家、俳優。本名:稲垣 浩二郎。戦前期に伊丹万作、山中貞雄らと時代劇の傑作を生み出し、日本映画の基礎を作った名監督の一人である。チャンバラに頼らない時代劇を作り「髷をつけた現代劇」と呼ばれた。生涯で100本の映画を撮り、海外での評価も極めて高い。 東京本郷区駒込千駄木町(現・文京区千駄木1丁目)に、父は新派俳優・東明二郎の息子として生まれた。母の病気のために小学校を一年でやめ、7歳から東明浩の芸名で子役となり舞台に立つ。8歳の時に母が亡くなり、父と共に旅公演に出たが、この間に独学で読み書きを覚え、小説家、劇作家を目指すほどの読書家となる。『カルメン抜粋曲』を聞いて以来、浅草金龍館のオペラファンとなり、戯曲の執筆をはじめる。それを父の一座にかけたところ意外にも好評を博したという。また浅草松竹館に毎週通うほどの松竹蒲田映画のファンだった。 1922年、日活向島撮影所に俳優として入社。1923年、溝口健二監督の『夜』などで銀幕での親子出演を果たす。この年の『女と海賊』(伊藤大輔監督)を観て、時代劇に興味を持ち、伊藤映画研究所に参加し、シナリオを学ぶ。 1926年、父親が出演する『日輪』(伊藤大輔監督)でサード助監督を務める。 同年、阪東妻三郎プロダクションが米国ユニバーサル社と提携、現代劇製作開始と聞きつけ、阪妻プロで月給150円の幹部俳優となる。当時助監督の江川宇礼雄と知り合い、江川の脚本による『九番倉庫』で主演。江川の第一回監督作『夜の怪紳士』でも助演した。 翌1927年、阪妻プロを去って、下賀茂の松竹京都撮影所に入社。月給25円の助監督となる。衣笠貞之助のサード助監督を経て、1928年に伊藤の紹介で伊丹万作とともに片岡千恵蔵プロダクションの創設に参加。同年千恵蔵主演、伊丹脚本の『天下太平記』で監督としてデビューし、以後、『放蕩三昧』『源氏小僧』『絵本武者修行』『元禄十三年』といった千恵蔵主演の明朗にして陽気な時代劇を多数手がけ、伊丹と共に千恵蔵プロの二本柱と呼ばれた。『絵本武者修行』や『元禄十三年』といった作品は、病気がちであった伊丹に代わっての監督担当だった。 1931年、日活が否決した『瞼の母』の企画を惜しんで、原作者長谷川伸に千恵蔵の名を騙って映画化許諾をもらい、千恵蔵を怒らせたが、首をかけて企画を通し、千恵プロと日活の契約更新第一作として完成、映画は大ヒット。この作品が駄目なら別の仕事で出直すつもりだったという稲垣は、この作品ではっきり方針を定め、監督を生涯の仕事と決めたという。 千恵プロではほかに『一本刀土俵入り』、子母沢寛原作『弥太郎笠』などの股旅物も多く作って好評され、のちにたびたびリメイクされている。 1932年、トーキー試作品『旅は青空』を監督。1933年、童謡ひろめ会を結成し、野口雨情の後援を受け、映画主題歌に取り組む。またこの年、三村伸太郎、山中貞雄、滝沢英輔、八尋不二ら京都の鳴滝に住んでいた若手映画人らと映画会社の垣根を超えた脚本執筆集団鳴滝組を結成し、梶原金八の合同筆名で山中監督『丹下左膳余話 百万両の壺』『河内山宗俊』、滝沢監督『太閤記』『宮本武蔵』のシナリオを執筆し、それぞれヒットを飛ばした。 1935年、日活京都撮影所に入社。『関の弥太ッぺ』、中里介山原作の『大菩薩峠』を山中と共同監督したほか、前進座がユニット出演した『股旅千一夜』などを監督した。1938年、山中貞雄が戦死すると、友人たちで「山中会」を結成した。その後も1940年に片岡千恵蔵主演の『宮本武蔵』三部作を、1941年に『海を渡る祭礼』、阪東妻三郎主演の『江戸最後の日』などといった時代劇の大作や話題作を製作。太平洋戦争開戦後は、撮影所の文化委員長を務める。 1943年、病床の伊丹が脚本を書いた『無法松の一生』を監督。同作は戦前の日本映画を代表する名作といわれるが、人力車夫・無法松が軍人の未亡人に愛の告白をするという場面が時局に合わないとして、検閲でカットされた。 1944年、日華合作映画『狼火は上海に揚る』(大映・中華電影)を阪妻主演で製作。上海で8カ月にわたるロケを行った力作だったが、日本も上海も空襲で観劇のゆとりはなかったという。 1945年、撮影所の企画室で、阪妻とともに終戦を迎える。稲垣と阪妻は黙って手を握り合ったという。戦後は『最後の攘夷党』でいち早く活動を開始した。 1947年、東横映画の第1作となった現代劇『こころ月の如く』を監督。脚本の「藤木弓」は稲垣のペンネームである。 1950年からは主に東宝で活躍。同年から撮影した『佐々木小次郎』の三部作では、宮本武蔵役に三船敏郎を起用して評判を呼ぶ。次いで1954年に製作した『宮本武蔵』で三船を主役に起用してアカデミー賞アカデミー名誉賞を受賞。さらに1958年には自作のリメイクである『無法松の一生』にも三船を主演で起用し、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞に輝く。このときに本国に「トリマシタ ナキマシタ」の電報を打ったという話は有名である。 その後は黒澤明とともに東宝の大作及び時代劇路線の代表的な監督とされ、1959年に三船出演・円谷英二特撮の東宝1000本記念映画『日本誕生』を、1962年に東宝30周年記念映画『忠臣蔵』を製作し、それぞれ興行的に成功を収めた。のち東京宝映プロの代表に就任、タレントの指導や演劇活動を行った。晩年は日刊スポーツに劇画『ナンセンス三浪士』を連載した。 1980年5月21日、肝硬変で死去。享年74。墓所は谷中霊園。 あだ名は「イナカン」(稲垣監督の略)。1943年の『伊那の勘太郎』(滝沢英輔監督)の、長谷川一夫演じる主人公「伊那の勘太郎」は、この「イナカン」をもじった架空の人物だが、映画公開後、伊那には「勘太郎出生の地」と称する土地ができ、記念碑まで建てられてしまった。そればかりか「勘太郎餅」や「勘太郎茶漬け」が名物になってしまっていて、「勘太郎腰かけの石」などというものもあって、実在は動かすことができなくなってしまった。実際は勘太郎の創作者は三村伸太郎である。 大映の永田雅一社長は稲垣と同じく小柄で、ロイド眼鏡にコールマンヒゲをしていて、永田が駆け出しのころはよく稲垣と間違われた。「キミの方が顔は売れとるんだなア、しかし見とれよ、いまに君がわしに間違えられるようになってみせるよッて」と永田によく言われたという。たまにヒゲを剃ることがあったが、周りにはいつも驚かれ、成瀬巳喜男には「キミは変装できるからいいナ」と冷やかされたという。 大映京都撮影所の黒田義之は親戚に当たる。「特撮映画」が東宝のお家芸と言われた時代に、黒田が特撮監督を務めた『大魔神』(1966年)が完成した際には、自分が東宝に籍を置いているにもかかわらず、「東宝のやつ、びっくりするやろな」と大喜びしていたという。 稲垣は『日輪』で助監督となるが、厳密に言うとポジションは「サード」だった。黒田は「日本の撮影所で助監督を経ずにいきなり監督になったのは稲垣くらい」と述べている。 お酒に関しては少しずつ飲む「チョビ飲み」の人であったという。 土屋嘉男は敬愛する映画監督として、稲垣を「サングラスに、ちょび髭の伊達男」と呼び、「いかにも活動屋といった感じのくったくのない大物であった」と評している。撮影所では、「黒澤一家」と呼ばれた黒澤明の黒澤組に対し、稲垣組は「稲垣一家」と呼ばれ、黒澤の「天皇」に対して稲垣は「巨匠」と並び称された。撮影現場は和気藹々とのどかで、演技指導で遊びが入ることもあり、黒沢組と全く異なっていたという。土屋が「巨匠」と呼びかけると、優しい性格の稲垣は「なんだい」と答えてくれたという。「不思議な癖」があり、女優の演技で必ず本番直後に「何点」と採点していた。また何故かいつも土屋にだけ「阪妻に負けないようにね」とすぐに阪妻を引き合いに出したという。 Category:稲垣浩の監督映画 天下太平記(1928年) 放浪三昧(1928年) 続万花地獄 第二篇(1928年)※病臥の伊丹万作に代わって監督 絵本武者修行(1929年) 瞼の母(1931年) 一本刀土俵入(1931年) 元禄十三年(1931年) 弥太郎笠 去来の巻・独歩の巻(1932年) 時代の驕児(1932年) 富士の白雪(1935年) 関の弥太ッぺ(1935年)※山中貞夫と共同監督 大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻(1935年) 大菩薩峠 鈴鹿山の巻・壬生島原の巻(1936年) 出世太閤記(1938年) 地獄の虫(1938年) 尊王村塾(1939年) 袈裟と盛遠(1939年)※マキノ正博と共同監督 宮本武蔵シリーズ ※日活版
宮本武蔵 栄達の門(1940年) 宮本武蔵 剣心一路(1940年) 宮本武蔵 一乗寺決闘(1942年) 海を渡る祭礼(1941年) 江戸最後の日(1941年) 無法松の一生(1943年) 狼火は上海に揚る(1944年)※日華合作映画 手をつなぐ子等(1948年) 忘れられた子等(1949年) 俺は用心棒(1950年) 佐々木小次郎(1950年) 稲妻草紙(1951年) 戦国無頼(1952年) お祭半次郎(1953年) 宮本武蔵シリーズ ※東宝版
続宮本武蔵 一乗寺の決闘(1955年) 決闘巌流島(1956年) 柳生武芸帳シリーズ
柳生武芸帳 双龍秘剣 (1958年) 無法松の一生(1958年) 或る剣豪の生涯(1959年) 日本誕生(1959年) ふんどし医者(1960年) 大坂城物語(1961年) ゲンと不動明王(1961年) 野盗風の中を走る(1961年) 忠臣蔵 花の巻・雪の巻(1962年) どぶろくの辰 (1962年) 秘剣(1963年8月31日、東宝) 士魂魔道 大龍巻(1964年) 暴れ豪右衛門(1966年) がらくた(1966年) 佐々木小次郎(1967年) 風林火山(1969年) 待ち伏せ(1970年) ^ 東宝特撮映画全史 1983, p. 539, 「特撮映画スタッフ名鑑」 ^ マキノ雅弘『映画渡世・地の巻 マキノ雅弘伝』(平凡社)ほか ^ 「迫力にみつ 佐々木小次郎」『朝日新聞』昭和26年10月26日 ^ 『週刊サンケイ臨時増刊 大殺陣 チャンバラ映画特集』(サンケイ出版) ^ 稲垣浩『ひげとちょんまげ』毎日新聞社 ^ 『大映特撮コレクション 大魔神』(徳間書店)、奥田久司インタビューより ^ チーフ助監督はカチンコを持たされるが、サードはほぼ雑用係である ^ 『大魔神逆襲DVD』(大映ビデオ)黒田義之、森田富士郎の対談より ^ 宮川一夫『私の映画人生60年 キャメラマン一代』(PHP研究所)本文P158より ^ 土屋嘉男『黒澤さ〜ん!』(新潮社) 稲垣浩『ひげとちょんまげ 生きている映画史』 毎日新聞社、1966年/中公文庫、1981年 稲垣浩『日本映画の若き日々』 毎日新聞社、1978年/中公文庫、1983年 映画全史1983">『東宝特撮映画全史』監修 田中友幸、東宝出版事業室、1983年12月10日。ISBN 4-924609-00-5。 高瀬昌弘『我が心の稲垣浩』 ワイズ出版、2000年 『千恵プロ時代 片岡千恵蔵・稲垣浩・伊丹万作 洒脱にエンターテインメント』冨田美香編、フィルムアート社、1997年 Hiroshi Inagaki - IMDb(英語) 稲垣浩 - 日本映画データベース 稲垣浩 - allcinema 稲垣浩 - KINENOTE 稲垣浩 - NHK人物録 表 話 編 歴 天下太平記(1928年) 放浪三昧(1928年) 源氏小僧(1928年) めくら蜘蛛(1929年) 続万花地獄 第二篇(1929年) 鴛鴦旅日記(1929年) 相馬大作 武道活殺の巻(1929年) 絵本武者修行(1929年) 諧謔三浪士(1930年) 瞼の母(1931年) 元禄十三年(1931年) 一本刀土俵入(1931年) 弥太郎笠(1932年) 旅は青空(1932年) 時代の驕児(1932年) 国定忠治 旅と故郷の巻(1933年) 国定忠治 流浪転変の巻(1933年) 国定忠治 霽れる赤城の巻(1933年) 直八子供旅(1934年) 利根の川霧(1935年) 富士の白雪(1935年) 関の弥太ッぺ(1935年) 大菩薩峠 第一篇 甲源一刀流の巻(1935年) 大菩薩峠 鈴鹿山の巻・壬生島原の巻(1935年) 股旅千一夜(1936年) 出世太閤記(1938年) 地獄の蟲(1938年) 尊王村塾(1939年) 宮本武蔵(1940年) 宮本武蔵 剣心一路(1940年) 海を渡る祭礼(1941年) 江戸最後の日(1941年) 宮本武蔵 一乗寺決闘(1942年) 独眼龍政宗(1942年) 無法松の一生(1943年) 狼火は上海に渡る(1944年) 東海水滸伝(1945年) 最後の攘夷党(1945年) おかぐら兄弟(1946年) 壮士劇場(1947年) 手をつなぐ子等(1948年) 忘れられた子等(1949年) 俺は用心棒(1950年) 佐々木小次郎(1950年) 海賊船(1951年) 稲妻草紙(1951年) 戦国無頼(1952年) 上海の女(1952年) 風雲千両船(1952年) 旅はそよ風(1953年) お祭半次郎(1953年) 宮本武蔵(1954年) 続宮本武蔵 一乗寺の決斗(1955年) 宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島(1956年) 囚人船(1956年) 嵐(1956年) 柳生武芸帳(1957年) 太夫さんより 女体は哀しく(1957年) 柳生武芸帳 双龍秘剣(1958年) 無法松の一生(1958年) 或る剣豪の生涯(1959年) 日本誕生(1959年) ふんどし医者(1960年) 大坂城物語(1961年) ゲンと不動明王(1961年) 野盗風の中を走る(1961年) どぶろくの辰(1962年) 忠臣蔵 花の巻・雪の巻(1962年) 秘剣(1963年) 士魂魔道 大龍巻(1964年) 暴れ豪右衛門(1966年) 佐々木小次郎(1967年) 風林火山(1969年) 待ち伏せ(1970年) 表 話 編 歴 『羅生門』(黒澤明監督作)(名誉賞・1952年) 『地獄門』(衣笠貞之助監督作)(名誉賞・1954年) 和田三造(衣装デザイン賞・1954年) 『宮本武蔵』(稲垣浩監督作)(名誉賞・1955年) ナンシー梅木(助演女優賞・1957年) 向井二郎・広瀬隆昌(両名ともキヤノン)(科学技術賞・1972年) 『デルス・ウザーラ』(黒澤明監督作)(外国語映画賞・1975年) 鈴川博(キヤノン)(科学技術賞・1976年) 関口喜一(シネファイ CINE-FI)(科学技術賞・1978年) 富士写真フイルム(科学技術賞・1981年) ワダ・エミ(衣装デザイン賞・1985年) 坂本龍一(作曲賞・1987年) 黒澤明(名誉賞・1989年) 富士写真フイルム(科学技術賞・1990年) 宮城島卓夫(科学技術賞・1990年) 石岡瑛子(衣装デザイン賞・1991年) ソニー(科学技術賞・1995年) 『パーソナルズ〜黄昏のロマンス〜』伊比恵子(アカデミー短編ドキュメンタリー映画賞・1998年) 宮城島卓夫(2つの科学技術賞を同時受賞・1998年) 宮城島卓夫(ジョン・A・ボナー メダル賞・1999年) 塚田眞人・金子昌司(両名ともIMAGICA)・IMAGICAの技術スタッフ・藤江大二郎(Nikon)(科学技術賞・2001年) 『千と千尋の神隠し』宮崎駿(長編アニメ賞・2002年) 宮城島卓夫(ゴードン・E・ソーヤー賞・2004年) 坂口亮(デジタル・ドメイン)(科学技術賞・2007年) 『おくりびと』(滝田洋二郎監督作)(外国語映画賞・2008年) 『つみきのいえ』加藤久仁生(短編アニメ賞・2008年) 富士フイルム(及び同社の次の3名)・三木正章・西村亮治・細谷陽一(科学技術賞・2009年) 富士フイルム(及び同社の次の3名)・大関勝久・平野浩司・白井英行(科学技術賞・2011年) 宮崎駿(名誉賞・2014年) 筒井一郎・武昌宏・田村光康・浅野慎(いずれもソニー)(科学技術賞・2014年) 中垣清介(科学技術賞・2015年) ソニー(2つの科学技術賞を同時受賞・2016年) 辻一弘(メイクアップ&ヘアスタイリング賞・2017年) カズ・ヒロ(メイクアップ&ヘアスタイリング賞・2019年) 三研マイクロホン(科学技術賞・2020年) 上野幸一・米光潤郎・作田淳治・中島賢人(いずれもEIZO)(科学技術賞・2020年) 『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督作)(国際長編映画賞・2021年) 中津嘉隆・長尾陽二・平尾剛・森住知典・髙鶴一真(いずれも日亜化学工業)(科学技術賞・2023年) 山崎貴・渋谷紀世子・高橋正紀・野島達司(視覚効果賞・2023年) 『君たちはどう生きるか』宮﨑駿・鈴木敏夫(長編アニメ賞・2023年) 表 話 編 歴 春日由三 吉本明光 中山晋平 春日由三 吉川義雄 春日由三 吉川義雄 川村専一 狩野近雄 河上英一 笹本恭彦 明瀬裕 池田太郎 牧定忠 春日由三 吉川義雄 渋沢秀雄 横山隆一 西崎緑 貝谷八百子 田付辰子 メイ牛山 春日由三 吉川義雄 岩田専太郎 勅使河原蒼風 千代の山雅信 小山いと子 吉村公三郎 市川翠穂 マヤ片岡 春日由三 吉川義雄 三國連太郎 小西得郎 栃錦清隆 青木茂高 河上牧子 水木洋子 坂西志保 田村佐紀子 吾妻徳穂 吉川義雄 田中角栄 菊田一夫 若乃花勝治 金田正一 奥むめお 森田たま 細川ちか子 近藤百合子 吉川義雄 横山泰三 水原茂 稲垣浩 朝汐太郎 沢田美喜 杉村春子 戸川エマ 赤堀全子 吉川義雄 木下惠介 大宅壮一 杉浦幸雄 若羽黒朋明 長谷川春子 大濱英子 榊淑子 谷桃子 吉川義雄 秋山登 唐島基智三 柏戸剛 松本幸四郎 中村汀女 田中絹代 秋山ちえ子 江上トミ 長沢泰治 土門拳 高田元三郎 仲代達矢 大鵬幸喜 和田夏十 勅使河原霞 村山リウ 森光子 長沢泰治 工藤昭四郎 東郷青児 森英恵 大山康晴 山内一弘 佐田の山晋松 藤間紫 岡田茉莉子 十返千鶴子 浪花千栄子 長沢泰治 細川隆元 丹羽文雄 實川延若 中西太 栃ノ海晃嘉 飯田蝶子 貞閑晴 新珠三千代 花柳壽輔 佐久間良子 長沢泰治 大林清 北葉山英俊 林与一 古賀忠道 春風亭柳橋 岩下志麻 司葉子 長谷川町子 林美智子 吉屋信子 坂本朝一 円地文子 安達曈子 入江美樹 藤村志保 小絲源太郎 松下幸之助 ファイティング原田 緒形拳 坂本朝一 樫山文枝 五代利矢子 浜美枝 山崎豊子 大佛次郎 尾上菊之助 加藤芳郎 鶴ヶ嶺昭男 中山卯郎 福島慎太郎 木村秀政 西本幸雄 石坂浩二 福原美和 栗原小巻 塩月弥栄子 平岩弓枝 中山卯郎 江夏豊 王馬熙純 榊原仟 鈴木俊一 曽野綾子 高田敏子 藤田弓子 三船敏郎 中山卯郎 浅丘ルリ子 市川海老蔵 今井通子 大谷直子 菅野義丸 佐藤愛子 鶴岡一人 平幹二朗 中道定雄 坂東玉三郎 樋口久子 小林弘 三田佳子 志村喬 武原はん 玉の海正洋 中山律子 仲代達矢 小野田勇 浪花家辰造 大場政夫 宇田川竜男 堀内寿子 大山英子 村山加代子 中山きよ子 樫山文枝 山口果林 高橋信雄 山下迪子 館弘子 石田芳夫 中山紀子 井沢つま 森戸辰男 溝尾正志 花本方美 為久優子 成田知子 桑田たつ子 村上巳里 山下誠 小川善三郎 河野久枝 桑原永子 田川由紀子 佐藤太圭子 山田三智穂 大谷豊二 高橋優子 貴ノ花利彰 赤塚洋文 平内義幸 富岡雅寛 平賀輝子 中川時子 加藤稔 池内淳子 中原誠 森英恵 小林桂樹 中村汀女 井上ひさし 中野貴代 神田好武 真木洋子 輪島大士 高橋洋子 生沼スミエ 棟方志功 村上元三 京マチ子 サトウサンペイ 高田ユリ 尾上菊五郎 寺島純子 北の湖敏満 根本良夫 橋本明治 杉村春子 尾上松緑 栗原小巻 堀江謙一 檀ふみ 魁傑將晃 新垣留美子 根本良夫 尾上梅幸 高橋展子 吉永小百合 加藤剛 三林京子 大竹しのぶ 古葉竹識 三重ノ海五郎 池田彌三郎 浅丘ルリ子 中村梅之助 小野清子 村上隆 堤加蓉子 カロリーナ・ピレス・ド・リオ 若三杉壽人 川上哲治 川口幹夫 市川染五郎 上田利治 旭國斗雄 水島新司 川橋幸子 橋田壽賀子 新井春美 竹下景子 川口幹夫 北の湖敏満 岩下志麻 植村直己 八千草薫 安奈淳 森和人 森下洋子 山本浩二 加藤好雄 若山富三郎 ミヤコ蝶々 菅原文太 大原麗子 松本零士 重兼芳子 古葉竹識 多岐川裕美 加藤好雄 松本幸四郎 陳舜臣 佐久間良子 木田勇 向田邦子 島田陽子 鈴木喜久子 角田好雄 渡辺一雄 石毛宏典 古手川祐子 緒形拳 花井幸子 倉本昌弘 森光子 坂田栄男 高橋洋子 秋竜山 澤地久枝 香川宏 生沼スミエ 玉の海梅吉 森英恵 山藤章二 池上季実子 広岡達朗 村松友視 真野響子 滝田栄 橋田壽賀子 前橋汀子 市川猿之助 香川宏 三船敏郎 松本幸四郎 大原麗子 田淵幸一 樋口久子 松坂慶子 田中裕子 隆の里俊英 谷川浩司 林真理子 胡桃沢耕史 宮尾登美子 山口小夜子 役所広司 菊池綜一 江上由美 釜本邦茂 名取裕子 風間杜夫 石井幹子 連城三紀彦 里中満智子 衣笠祥雄 松坂慶子 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2024/11/21 17:56更新
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inagaki hiroshi
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