芝山努の情報(しばやまつとむ) 映画監督 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
芝山 努さんについて調べます
■名前・氏名 |
芝山努と関係のある人
工藤順子: 映像は芝山努のアニメーション。 林静一: 1962年にアニメ制作会社東映動画にアニメーターとして入社、同期には宮崎駿、芝山努がいる。 本多敏行: 先輩に宮崎駿・芝山努・大塚康生・近藤喜文等が、1年後輩には青木悠三などがいた。 楠部大吉郎: 親分肌の性格で知られており、Aプロの初期のスタッフは東映動画から付いて来た芝山努・小林治・椛島義夫などがいた。 宮崎駿: 同年生まれのアニメ監督に、りんたろう、芝山努、富野由悠季、鳥海永行がいる。 望月智充: 1981年、動画のアルバイトをきっかけに、大学を中退してベテランアニメーターの芝山努、小林治が経営するアニメ制作会社「亜細亜堂」へ入社。 本多敏行: 1971年、映産労は『つるのすごもり』(原作/高倉輝、演出・作画監督/芝山努)を自主制作し、本多は作画を担当した。 本多敏行: BSアニメ夜話 2007年9月 第9弾『ど根性ガエル』の回に本多本人が芝山努とゲストで出演 たてかべ和也: 『ドラえもん』映画シリーズの監督やチーフディレクターをつとめた芝山努によると、「声優陣はキャラクターを深く理解しているからこちらからは何も言わない。 出崎統: 両者間には激しいライバル意識が存在していたが、Aプロ主力の一人だった芝山努が『ガンバ』『元祖』の制作を通じて出﨑演出に触れるうち、虫プロ的作風である「少ない動画枚数でメリハリをつけた動き」の追求をするようになるなど、出﨑には大きな影響力があった。 原恵一: 1984年、チーフディレクターがもとひら了から芝山努に交代した際、社内の演出助手に責任分担させるため、安藤敏彦と共に『ドラえもん』班の演出に昇格。 今石洋之: ほかに影響を受けたアニメーターとして、山下将仁、ピーター・チョン、芝山努、小林治、近藤喜文、百瀬義行、森本晃司、田村英樹、上妻晋作、板野一郎、摩砂雪、庵野秀明、井上俊之、北久保弘之、大張正己、磯光雄、沖浦啓之などの名前を挙げている。 原恵一: 芝山努を師匠と思っている。 望月智充: 動画を1年ほど経験した後、当時の社長だった芝山努に言われ、1983年の『ときめきトゥナイト』の第14話「見た!!ランゼはたぬき」で演出デビュー。 出﨑統: 両者間には激しいライバル意識が存在していたが、Aプロ主力の一人だった芝山努が『ガンバ』『元祖』の制作を通じて出﨑演出に触れるうち、虫プロ的作風である「少ない動画枚数でメリハリをつけた動き」の追求をするようになるなど、出﨑には大きな影響力があった。 宮﨑駿: 同年生まれのアニメ監督に、りんたろう、芝山努、富野由悠季、鳥海永行がいる。 柳田義明: 1985年当時、目標とする人物として、亜細亜堂の先輩アニメーターでもある芝山努や小林治の名前を挙げていた。 本多敏行: 2018年10月、「芝山努 ドラえもん展」の芝山努監督の名代として、天津大学で講演した。 望月智充: 1989年、芝山努監督の下で『らんま1/2』のシリーズディレクターを担当。 楠部大吉郎: 芝山努 |
芝山努の情報まとめ
芝山 努(しばやま つとむ)さんの誕生日は1941年3月9日です。東京出身の映画監督のようです。
卒業、映画、退社に関する情報もありますね。今年の情報もありました。芝山努の現在の年齢は83歳のようです。
芝山努のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)芝山 努(しばやま つとむ、1941年3月9日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメーション演出家、アニメーション監督。亜細亜堂コンテンツ代表取締役。東京都台東区出身。 浅草で4代続いた三味線の部品売り屋の次男として生まれ、少年時代は三味線、長唄、小唄、落語といった東京の下町文化に馴染んで過ごす。 埼玉県立春日部高等学校、明治大学文学部演劇学科を卒業後、演出家を志望して、東映本社のCMの企画・演出の募集に応募するも不合格。そこで「アニメーションは演出の勉強になるから」と紹介された東映動画(現: 東映アニメーション)の採用試験を受けたのがアニメ業界入りのきっかけだった。 1963年に東映動画に契約社員として入社、長編アニメ映画『わんわん忠臣蔵』で動画デビュー。『狼少年ケン』の動画担当時に林静一に師事し、絵柄等で多大な影響を受ける。 1966年にAプロダクション(1976年よりシンエイ動画に改組)へ移籍。東映動画が長編アニメーションの制作を縮小したのと、先に移籍していた楠部大吉郎や東映動画の同期生・小林治に誘いを受けたのが理由だった。Aプロ〜シンエイ動画では『ムーミン』『天才バカボン』『ど根性ガエル』『元祖天才バカボン』など数々の名作の作画監督、演出を手がける。 1978年、シンエイ動画を退社し小林治・山田みちしろらと亜細亜堂を設立する。 1979年、『がんばれ!!タブチくん!!』で初めて劇場用作品の監督を務める。『ドラえもん』の映画版大長編では、1983年の第4作から2004年の第25作までの22作で監督を務め第53回(1998年度)毎日映画コンクールアニメーション映画賞を『ドラえもん のび太の南海大冒険』で受賞。その後自らも、第60回(2005年度)毎日映画コンクールアニメーション映画賞の選考委員を務めた。 2000年代からは亜細亜堂の関連会社である亜細亜堂コンテンツの代表取締役を務める。2007年には『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』の総監督を務めた。 2012年、平成24年度文化庁映画賞を受賞(映画功労部門)。 見やすく、アニメーターが絵を描くことに力が軽減でき、キャラクターの演技をさせやすいカメラアングル・変化のあるカメラワークで魅せるアクション・綿密な時間計算・細かい絵など、繊細な絵コンテで知られる。『ドラえもん のび太とロボット王国』『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』は書籍化もされた。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『カラフル』などの監督である原恵一は彼の絵コンテに絶大な影響を受けていると発言するなど、その精緻な絵コンテは数多くのアニメーター・演出家に影響を与えている。 かつては、「ドラえもんの芝山さん」「芝山さんのアニメは安心して見られる」との評価が不満で、「僕は人間のドロドロした内面も描きたい」と語っていた。 東映動画の同期入社には宮崎駿、林静一がいる。宮崎駿とは同い年(1941年の早生まれ)である。 オバケのQ太郎(モノクロ版)(1965年 - 1967年、作画) ハッスルパンチ(1965年 - 1966年、作画監督) パーマン(モノクロ版)(1967年 - 1968年、作画) キングコング(1967年、作画監督) 巨人の星(1968年 - 1971年、作画監督) ムーミン(1969年 - 1970年、作画監督) 天才バカボン(1971年 - 1972年、作画監督) ど根性ガエル(1972年 - 1974年、作画監督) はじめ人間ギャートルズ(1974年 - 1976年、原画) ガンバの冒険(1975年、場面設定・レイアウト) 元祖天才バカボン(1975年 - 1977年、キャラクターデザイン・総作画監督)※途中降板 まんが日本昔ばなし(1975年 - 1994年、作画・演出) おれは鉄兵(1977年 - 1978年、絵コンテ・レイアウト) はいからさんが通る(1978年 - 1979年、キャラクターデザイン) 怪物くん(第2作)(1980年 - 1982年、基本設定) 新・ど根性ガエル(1981年 - 1982年、チーフディレクター) 二死満塁(1982年、演出・作画監督) ときめきトゥナイト(1982年 - 1983年、絵コンテ・演出) ドラえもん(1984年 - 2005年、チーフディレクター・脚本・絵コンテ・演出) ゴッドマジンガー(1984年、オープニング・エンディングアニメーション) おねがい!サミアどん(1985年 - 1986年、キャラクターデザイン) タッチ(1985年 - 1987年、絵コンテ) おそ松くん(第2作)(1988年 - 1989年、オープニング・エンディングアニメーション) らんま1/2(1989年、監督、絵コンテ) ちびまる子ちゃん(1990年 - 2012年、監督・脚本・絵コンテ・演出→シリーズ監修 / OP絵コンテ・演出) 忍たま乱太郎(1993年 - 2012年、総監督・絵コンテ・演出) カラオケ戦士マイク次郎(1994年 - 1995年、監督) わんころべえ(1996年 - 1997年、監修) さくらももこ劇場コジコジ(1997年 - 1999年、監修) ニャニがニャンだー ニャンダーかめん(2000年 - 2001年、総監督・絵コンテ) モンキーパンチ漫画活動大写真(2004年 - 2005年、絵コンテ) まじめにふまじめ かいけつゾロリ(2006年 - 2007年、総監督) ポルフィの長い旅(2008年、絵コンテ) ルパン三世 ルパンVS複製人間(1978年)レイアウト がんばれ!!タブチくん!!(1979年)監督 ドラえもん映画作品
ドラえもん のび太の海底鬼岩城(1983年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の魔界大冒険(1984年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の宇宙小戦争(1985年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太と鉄人兵団(1986年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太と竜の騎士(1987年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太のパラレル西遊記(1988年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の日本誕生(1989年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太とアニマル惑星(1990年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太のドラビアンナイト(1991年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太と雲の王国(1992年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太とブリキの迷宮(1993年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太と夢幻三剣士(1994年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の創世日記(1995年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太と銀河超特急(1996年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記(1997年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の南海大冒険(1998年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太の宇宙漂流記(1999年)監督・絵コンテ・ED作画 ドラえもん のび太の太陽王伝説(2000年)監督・絵コンテ・ED作画 ドラえもん のび太と翼の勇者たち(2001年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太とロボット王国(2002年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太とふしぎ風使い(2003年)監督・絵コンテ ドラえもん のび太のワンニャン時空伝(2004年)監督・絵コンテ がんばれ!! タブチくん!! 第2弾 激闘ペナントレース(1980年)監督 まことちゃん(1980年)監督 がんばれ!! タブチくん!! 初笑い第3弾 あゝツッパリ人生(1980年)監督 21エモン 宇宙へいらっしゃい!(1981年)監督 新・ど根性ガエル ど根性夢枕(1982年)監督 対馬丸 —さようなら沖繩—(1982年)作画監督 プロ野球を10倍楽しく見る方法(1983年)アニメーション監督 冒険者たち ガンバと7匹のなかま(1984年)画面設定 カッくんカフェ(1984年)作画監督 タッチ3 君が通り過ぎたあとに(1987年)絵コンテ 県立海空高校野球部員山下たろーくん(1988年)監督 おじさん改造講座(1990年)監督 ちびまる子ちゃん(1990年)監督 ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌(1992年)監督・絵コンテ Jリーグを100倍楽しく見る方法!!(1994年)アニメーション監督 映画 忍たま乱太郎(1996年)総監督 まじめにふまじめ かいけつゾロリ なぞのお宝大さくせん(2006年)製作委員会 おまえうまそうだな(2010年)製作委員会 劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員出動!の段(2011年)監修 マジック・ツリーハウス(2012年)製作委員会 映画かいけつゾロリ だ・だ・だ・だいぼうけん!(2012年)監修 魔法の天使クリィミーマミ ロング・グッドバイ(1985年)レイアウト監修 GOGO虎エ門(1986年)監督 TAMA&FRIENDS 3丁目物語(1989年)絵コンテ リカちゃんの日曜日(1992年)監修 リカちゃんとヤマネコ 星の旅(1994年)監督 やなせたかしメルヘン劇場(2008年)絵コンテ コメットさん(1967年 - 1968年)アニメパート担当(椛島義夫と共同) オレとシャム猫(1969年)オープニングアニメ 青空にとび出せ!(1969年)オープニングアニメ 気まぐれ天使(1976年)オープニングアニメ演出 気まぐれ本格派(1977年)オープニングアニメ演出 天まであがれ!2(1983年)オープニングアニメ演出 猫、ふんじゃッた!(1988年)オープニングアニメ つるのすごもり(映像・文化関連産業労働組合製作の自主制作映画、脚本・監督・作画監督、斎藤和男名義) サンタクルーズ(Webマガジン「トルネードベース」で全6章掲載、挿絵を担当。執筆・もりたけし) レインボーバンディット(キャラクターデザイン) きよ丸・うるるん(愛知県清須市のイメージキャラクター)(キャラクターデザイン) みんなのうた(南の島の花よめさん、ペルシャの子守歌〜わたしの花〜、風のオルガン、アリスの季節)(アニメーション) ルパン三世 パイロットフィルム(キャラクターデザイン、作画監督) 大長編ドラえもん「のび太の宇宙開拓史」外伝 コーヤコーヤ星物語 (「ドラえもんクラブ」3号掲載、挿絵を担当。執筆・笹木輦) 大長編ドラえもん「のび太の魔界大冒険」外伝 美夜子の魔法戦記(マジカルウォーズ) (「ドラえもんクラブ」4号掲載、挿絵を担当。執筆・笹木輦) ^ 香川県丸亀市の遊園地「レオマワールド(現:ニューレオマワールド)」にある気球型のアトラクション。 ^ 平成24年度文化庁映画賞について - 文化庁ホームページ ^ 小学館刊「てれびくん 映画ドラえもん 超全集」p.160より。 ^ 『芝山努と映画ドラえもん のび太とロボット王国 の世界』小学館 2002年5月 ISBN 978-4-09-101559-4 ^ 『映画ドラえもん のび太とふしぎ風使い 絵コンテ集』小学館 2003年9月 ISBN 978-4-09-290274-9 ^ “オバケのQ太郎 | 1960年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月14日閲覧。 ^ “パーマン | 1960年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月14日閲覧。 ^ “巨人の星 | 1960年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “天才バカボン | 1970年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “ど根性ガエル | 1970年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “ガンバの冒険 | 1970年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “元祖天才バカボン | 1970年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “はいからさんが通る”. 日本アニメーション. 2016年6月3日閲覧。 ^ “新・ど根性ガエル | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “ゴッドマジンガー | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “おねがい!サミアどん | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “わんころべえ | 1990年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “ルパン三世 ルパンVS複製人間 | ルパン三世 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “がんばれ!!タブチくん!! | 1970年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “がんばれ!!タブチくん!! 第2弾 激闘ペナントレース | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “まことちゃん | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “がんばれ!!タブチくん!! 第3弾 あゝツッパリ人生 | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “新・ど根性ガエル ど根性夢枕 | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “冒険者たち ガンバと7匹のなかま | 1980年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 ^ “おじさん改造講座 | 1990年代 | TMS作品一覧”. アニメーションの総合プロデュース会社 トムス・エンタテインメント. 2024年2月27日閲覧。 芝山努監督インタビュー 表 話 編 歴 ドラえもん(1979年 - 2005年) 新・ど根性ガエル(1981年 - 1982年) らんま1/2(1989年) ちびまる子ちゃん(1990年 - 2012年) 忍たま乱太郎(1993年 - 2012年) カラオケ戦士マイク次郎(1994年 - 1995年) ニャニがニャンだー ニャンダーかめん(2000年 - 2001年) まじめにふまじめ かいけつゾロリ(2006年 - 2007年) がんばれ!! タブチくん!!(1979年) がんばれ!! タブチくん!! 第2弾 激闘ペナントレース(1980年) まことちゃん(1980年) がんばれ!! タブチくん!! 初笑い第3弾 あゝツッパリ人生(1980年) 21エモン 宇宙へいらっしゃい!(1981年) 新・ど根性ガエル ど根性夢枕(1982年) プロ野球を10倍楽しく見る方法(1983年) 県立海空高校野球部員山下たろーくん(1988年) おじさん改造講座(1990年) ちびまる子ちゃん(1990年) ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌(1992年) 映画 忍たま乱太郎(1996年) 海底鬼岩城(1983年) 魔界大冒険(1984年) 宇宙小戦争(1985年) 鉄人兵団(1986年) 竜の騎士(1987年) パラレル西遊記(1988年) 日本誕生(1989年) アニマル惑星(1990年) ドラビアンナイト(1991年) 雲の王国(1992年) ブリキの迷宮(1993年) 夢幻三剣士(1994年) 創世日記(1995年) 銀河超特急(1996年) ねじ巻き都市冒険記(1997年) 南海大冒険(1998年) 宇宙漂流記(1999年) 太陽王伝説(2000年) 翼の勇者たち(2001年) ロボット王国(2002年) ふしぎ風使い(2003年) ワンニャン時空伝(2004年) リカちゃんとヤマネコ 星の旅(1994年) ISNI VIAF 日本 日本の男性アニメーター 日本のアニメーション監督 東映アニメーションの人物 シンエイ動画の人物 亜細亜堂の人物 みんなのうたの映像制作者 明治大学出身の人物 埼玉県立春日部高等学校出身の人物 東京都区部出身の人物 1941年生 存命人物 ISBNマジックリンクを使用しているページ プロジェクト人物伝項目 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事
2024/11/18 22:28更新
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shibayama tsutomu
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