諸井誠の情報(もろいまこと) 作曲家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
諸井 誠さんについて調べます
■名前・氏名 |
諸井誠と関係のある人
中川李枝子: 手をつなごう(作曲:諸井誠、まど・みちお) 入野義朗: 1956年に柴田南雄、諸井誠、黛敏郎らと現代音楽の音楽祭開催を計画し、翌1957年20世紀音楽研究所を設立した。 ゲオルク=ショルティ: また作曲家の諸井誠は、シカゴ交響楽団を指揮した交響曲第9番 (ブルックナー)の録音を「究極のブルックナー」と評している。 園田高弘: 1971年には、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団20世紀音楽演奏会において、諸井誠「ピアノ協奏曲第1番」の世界初演も実現させた。 まど・みちお: ジャングルジムのうた(作曲:諸井誠) 土取利行: 1990年 第二回古川町音楽大賞奨励賞受賞(選考委員 武満徹、諸井誠ほか)。 諸井虔: 弟 諸井誠(作曲家) 諸井三郎: 息子は太平洋セメント相談役の諸井虔と作曲家諸井誠の2人、娘が1人。 安藤元雄: 池田康の雑誌「洪水」に協力し、野村喜和夫と対談したほか、作曲家・諸井誠との往復書簡を執筆。 安部公房: 翌27日には小説「赤い繭」をラジオドラマ化した『ラジオのための作品 赤い繭』を諸井誠の音楽、芥川比呂志ほかの出演で、NHK第2放送およびNHK-FM実験放送にて放送。 荒道子: LP 芥川也寸志/諸井誠作品集 中村邦子、瀬山詠子、伊藤京子、荒道子、栗林義信、三浦洋一 諸井三郎: また最晩年の1977年に書かれた「ピアノ協奏曲第2番」では、弟子たち(入野義朗、柴田南雄)や息子(諸井誠)より数十年遅れて十二音技法による作曲を試みており、作品数は少ないながらも新境地を切り開いていることは大いに注目に値する。 石井眞木: 1967年から入野義朗、諸井誠らと日独現代音楽祭の企画・運営に携わる。 杉浦康平: 1957年 「諸井誠+黛敏郎+武満徹 電子音楽、ミュージックコンクレート作品集」 入野義朗: 1967年には石井眞木、福島和夫、諸井誠と共に日独現代音楽祭を創設し、ドイツを中心とした現代音楽を紹介する音楽祭を毎年開催した。 武満徹: 1958年に行われた「20世紀音楽研究所」(吉田秀和所長、柴田南雄、入野義朗、諸井誠らのグループ)の作曲コンクールにおいて8つの弦楽器のための「ソン・カリグラフィI」(1958年)が入賞したことがきっかけとなり、1959年に同研究所に参加。 岩城宏之: 諸井誠:ピアノ協奏曲(ピアノ:木村かをり) 杉浦康平: 1968-69年 「諸井誠、黛敏郎、武満徹ほか=日本の電子音楽」 諸井虔: なお、父や弟の諸井誠のように職業音楽家にこそならなかったものの、東京大学在学中や日本興業銀行在職中にアマチュア合唱団の指揮者として実績を残した。 |
諸井誠の情報まとめ
諸井 誠(もろい まこと)さんの誕生日は1930年12月17日です。東京出身の作曲家のようです。
テレビに関する情報もありますね。2013年に亡くなられているようです。
諸井誠のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)諸井 誠(もろい まこと、1930年12月17日 - 2013年9月2日)は、日本の作曲家、音楽評論家。東京府(現・東京都)出身。イタリア語めかした変名マコトニオ・モンロイ名義による著作もある。 秩父セメント(現・太平洋セメント)の創業者一族であり、祖父は秩父セメント創業者の諸井恒平、父は作曲家諸井三郎、兄は秩父セメントの社長・会長を務めた諸井虔である。作曲家・指揮者の尾高尚忠・惇忠・忠明一家とも縁戚関係にある。 二十世紀音楽研究所に参加し、十二音技法、ミュジーク・コンクレートなどの新技法を早い時期に日本で実践した作曲家のひとりである。評論やNHKのクラシック音楽番組への出演でも知られる。彩の国さいたま芸術劇場初代館長も務めた。 1952年 - 東京音楽学校本科作曲科卒。池内友次郎に師事。第21回音楽コンクール入賞。 1953年 - エリザベート王妃国際音楽コンクール入賞。ISCM国際音楽祭入賞。 1955年 - ISCM国際音楽祭入賞。 1958年 - ISCM国際音楽祭入賞。 1964年 - 第12回尾高賞受賞。 1995年 - 紫綬褒章受章。 2013年 - 9月2日午前3時36分、間質性肺炎で死去。82歳没。墓所は鎌倉市円覚寺白雲庵。 無伴奏フルートのためのパルティータ(1953) ピアノのためのαとβ(1954) 7のヴァリエーション(1956) ヴァリエテ(1962) ヴァイオリンとオーケストラのための協奏組曲(1962) ピアノ協奏曲(1966) 協奏交響曲第1番〈偶対〉(1973) 協奏交響曲第2番〈交感〉(1974) 園田高弘・諸井誠往復書簡 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ―分析と演奏(音楽之友社 1971年) ロベルトの日曜日(音楽之友社 1972年/中公文庫 1980年) ぼくのBBB(音楽之友社 1974年) 続ロベルトの日曜日(音楽之友社 1976年) これがクラシックだ 音楽入門決定版(音楽之友社 1977年8月) ピアノ名曲名盤100(音楽之友社 1977年12月) 交響曲名曲名盤100(音楽之友社 1979年6月) 音楽の見える時 諸井誠音楽論集(音楽之友社 1981年7月) 名曲の条件(中央公論社:中公新書 1982年/講談社学術文庫 2019年11月)解説岡田暁生 音楽の聴きどころ「交響曲」(音楽之友社 1982年4月/交響曲の聴きどころ、同・オルフェ・ライブラリー 2010年12月) 世紀末芸術と音楽 往復書簡(篠田一士共著 音楽之友社 1983年11月) ロマン派のピアノ曲 分析と演奏 往復書簡(園田高弘共著 音楽之友社 1984年2月) わたしのラヴェル(音楽之友社 1984年5月) 音楽の創造と再生 レコード音楽文化論(音楽之友社 1985年11月) 現代音楽は怖くない マーラーからメシアンまで(講談社 1985年11月) 諸井誠のクラシック試聴室 ベスト・レコードはこれだ!(音楽之友社 1985年8月) 音楽の現代史 世紀末から戦後へ(岩波書店:岩波新書 1986年) コンサートの楽しみ方(TBSブリタニカ 1986年9月) オペラの時間(中央公論社 1988年9月) 名随筆選音楽の森4 レコードと私(音楽之友社 1989年8月)。編著 諸井誠の交響曲名盤探訪(音楽之友社 1995年1月) 諸井誠のベートーヴェン ピアノ・ソナタ研究(音楽之友社(全3巻)、2007年-2010年) 私のベートーヴェン・フリーズ 自分史の中のベートーヴェン(マザーアース 2007年7月) ブラームスの協奏曲と交響曲(音楽之友社 2014年1月)、遺著 全日本歌謡選手権(讀賣テレビ) - 審査員 ^ 作曲界の重鎮・諸井誠さん死去…評論も手掛ける 読売新聞 2013年9月2日閲覧。 ^ 『日刊スポーツ』1976年4月17日付、テレビ欄。 日独現代音楽祭 諸井誠オフィシャルホームページ 諸井誠楽譜CD/マザーアース ISNI VIAF WorldCat フランス BnF data ドイツ イスラエル アメリカ 日本 韓国 オランダ ポーランド CiNii Books CiNii Research MusicBrainz SNAC IdRef この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 日本の男性作曲家 現代音楽の作曲家 日本の音楽評論家 紫綬褒章受章者 諸井家 暁星中学校・高等学校出身の人物 東京芸術大学出身の人物 東京都出身の人物 1930年生 2013年没 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 BNF識別子が指定されている記事 BNFdata識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 J9U識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 NTA識別子が指定されている記事 PLWABN識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事 MusicBrainz識別子が指定されている記事 SNAC-ID識別子が指定されている記事 SUDOC識別子が指定されている記事 すべてのスタブ記事 クラシック音楽関連のスタブ 音楽家関連のスタブ
2024/11/21 23:47更新
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moroi makoto
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