雪村いづみの情報(ゆきむらいづみ) 歌手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
雪村 いづみさんについて調べます
■名前・氏名 |
雪村いづみと関係のある人
浜村美智子: B面は雪村いづみの「ブルー・クリスマス」) 佐伯秀男: 『ロマンス祭』 : 監督杉江敏男、脚本須崎勝弥、主演江利チエミ・雪村いづみ、製作宝塚映画製作所、配給東宝、1958年8月12日公開(映倫番号 10727) - 「マネージャー榊原」役 山田真二: 翌年東宝に移り、エキゾチックな甘いマスクの二枚目俳優として人気を集め、中川信夫監督の『夏目漱石の三四郎』、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘と共演した『ジャンケン娘』などに出演。また、共演した雪村いづみの勧めで1956年に発売した『哀愁の街に霧が降る』で歌手としても大ヒットを飛ばし、1959年の第10回NHK紅白歌合戦に出場した。 浜村美智子: デビュー直後はあまりの人気ぶりに、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘の後継と評されていたが、あまりにもキャラクターと楽曲の印象が強すぎたため、カリプソブームが去ると浜村の人気も途絶えてしまった。 篠崎正嗣: I'm a Singer/雪村いづみ(1994) 井田誠一: 『遥かなる山の呼び声』(昭和28年11月)作曲:ヴィクター・ヤング、歌:雪村いづみ 飯野おさみ: 劇団四季のミュージカル『アプローズ』で共演した雪村いづみと結婚(ただし事実婚)するが、のちに破局。 藤本真澄: 三人一組のアイドルの元祖・美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの〈三人娘〉の生みの親。 山木秀夫: 雪村いづみ 松島アキラ: 2010年10月27日、東京・五反田のゆうぽうとで開催された第37回日本歌手協会歌謡祭に五月みどり、ペギー葉山、雪村いづみらと共に出演した。 井上梅次: 娘十六ジャズ祭(雪村いづみ、1954年) - 新東宝 鷺巣詩郎: 雪村いづみ(1994年) 甲斐正人: 雪村いづみ「この道のどこかで」(作曲) 森公美子: 他に長嶋茂雄(立教大学時代)、第47代横綱柏戸、江利チエミ、雪村いづみらのサインも飾ってある。 浜村美智子: 日本ビクター A-5225)(B面は雪村いづみ「ブルー・クリスマス」) 永島達司: 生前「向こうの曲に日本語の歌詞をのせたものには昔、すごく違和感持ってたんですけど、ジャズ・ブームのころに日本語で歌った江利チエミや雪村いづみは売れたわけだし、ビートルズを日本風にアレンジしたGSも支持されましたよね。 朝比奈マリア: 実母は歌手の雪村いづみ。 井上梅次: 雪村いづみの音楽映画などを手掛けた。 梶原順: 雪村いづみ 日高真弓: 雪村いづみ ミッキー・カーチス: この頃より歌手としての活動以外に、俳優、タレントとしても活躍しており、その頃は共演者でもあった雪村いづみとのロマンスなども話題となり婚約まで交わしたのちに破局。 寿ひずる: 子役としての活動歴があり、小学校1年生のときに、映画『太陽を抱け』で雪村いづみと共演している。 樹里咲穂: 『江利チエミ物語〜テネシーワルツ〜』雪村いづみ(2005年) 新藤兼人: 花嫁さんは世界一(1959年) - 東宝製作であり、フランキー堺、雪村いづみ主演により日系米国人青年の花嫁探しを描いた、新藤監督異色のロマンティック・コメディ 高倉健: 1962年の主演映画『三百六十五夜』は、岡田茂がなかなか芽の出ない高倉をスターにするため、江利・美空ひばり・雪村いづみの三人娘と鶴田浩二の共演で企画された作品だった。 井上梅次: 乾杯!女学生(雪村いづみ、1954年) - 新東宝 笠置シヅ子: ひばりは「東京キッド」「越後獅子の唄」「私は街の子」「リンゴ追分」などの大ヒット曲を連発しており、天才少女美空ひばりの活躍に煽られて、他のレコード会社も少年少女歌手をデビューさせていたが、なかでも12歳の頃から進駐軍のクラブで歌っていたという江利チエミやそのライバルの雪村いづみは人気を博して、ひばりとともに「三人娘」とも呼ばれた。 井上梅次: 嵐を呼ぶ楽団 (宝田明、雪村いづみ、1960年) - 宝塚映画・配給:東宝 原田忠幸: 1967年1月歌手の雪村いづみと結婚。 東純二: 雪村いづみ |
雪村いづみの情報まとめ
雪村 いづみ(ゆきむら いづみ)さんの誕生日は1937年3月20日です。東京出身の歌手のようです。
現在、映画、卒業、ドラマ、母親、テレビ、結婚、離婚、再婚、父親、解散、子役に関する情報もありますね。雪村いづみの現在の年齢は87歳のようです。
雪村いづみのプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)雪村 いづみ(ゆきむら いづみ、1937年〈昭和12年〉3月20日 - )は、日本の歌手、女優、画家。一般社団法人日本歌手協会相談役。本名は朝比奈 知子(あさひな ともこ)。愛称は本名から「トン子」「トンちゃん」。 1937年(昭和12年)3月20日、東京府東京市目黒区大岡山(現在の東京都目黒区大岡山)に商社員の朝比奈愛三とその妻千恵子の長女として生まれる。 父・愛三は事業の傍らハワイアンバンド「カルア・カマアイナス」に参加する熱心な音楽家でもあり、幼少期のいづみは戦時下においてもモダンな音楽に日常的に接して育った。1946年(昭和21年)、いづみが9歳の時、当時通信社に勤務していた父・愛三が自殺。1952年(昭和27年)には母・千恵子が経営していた東興映画が倒産し、生活が困窮する。いづみは高校に合格していたが、学費などが支払えなかったため入学を断念。中学卒業後に働き口を探していた際に、母の知り合いが支配人をしていた新橋のダンスホール「フロリダ」の喫茶室に遊びに行く。当時の一流のダンスホールはフルバンドで音楽を演奏しており、その場で歌手になろう決意。歌わせて欲しいと申し出ると、洋楽で1曲しか知らなかったトニー・ベネットの『Because of You』を歌い、そこから無給ながら歌手活動を開始した。日劇の地下で進駐軍相手に歌うアルバイトもしていた。 同年5月には日劇ミュージックホールのレビュー『サンマー・スキャンダル』の煙草売りの少女役に合格、7月には初舞台を踏みプロ歌手としてデビューした。8月下旬には当時最大の芸能プロダクションだった木倉音楽事務所の社長・木倉博恭に見出されて同プロ入り。同年秋には日劇『秋のおどり』に出演する。進駐軍クラブにも出演し、いづみのパフォーマンスは好評だったという。 1953年(昭和28年)4月、テレサ・ブリュワーのカバー曲『想い出のワルツ』(原題:Till I Waltz Again with You)でビクターからレコードデビュー。発売直後から話題となり、20万枚 の大ヒットを記録した。戦後最短でスターとなったことから「世紀に一人のシンデレラ」とも呼ばれた。その後も『青いカナリヤ』(作詞・作曲:V.C. Fiorino、訳詞:井田誠一)、『オウ・マイ・パパ』、『はるかなる山の呼び声』、『マンボ・イタリアノ』、『チャチャチャは素晴らしい』などの曲をヒットさせて不動の人気を確立。同年代の人気少女歌手である江利チエミ・美空ひばりと共に「三人娘」の一人として称されるようになる。この3人が主演した1955年(昭和30年)公開の東宝映画『ジャンケン娘』は空前の大ヒットを記録。以後、『ロマンス娘』、『大当り三色娘』、少し期間を置いて『三人よれば』が製作された。 映画初出演作は1953年12月公開の松竹系映画『青春三羽烏』であった。1954年(昭和29年)には新東宝と専属契約し、井上梅次監督の歌謡映画4作品に立て続けに主演。同年12月には東宝へ移籍し、1964年(昭和39年)までに約60本の映画に出演する。いわゆる歌手の顔見せ出演に留まらず、石坂洋次郎原作の『山と川のある町』や『青い山脈』などのドラマ性の高い作品で主演を務める一方、当時の人気喜劇映画シリーズだった「社長シリーズ」や「三等重役シリーズ」には準レギュラーとして出演したほか、『嵐』『四十八歳の抵抗』といった文芸大作でも重要な役どころを演じており、女優としても高く評価される。 可憐な容姿や初々しさ、ポージングの的確さなどをイラストレーターの中原淳一に見出され、ファッションモデルとしても活躍。中原や森英恵デザインのファッションショーにも出演した。中原編集の少女雑誌『ジュニアそれいゆ』を中心に『装苑』などのファッション誌をはじめ、数多くの雑誌の表紙やグラビアを飾る。1959年(昭和34年)頃には「ロカビリー3人男」の一人として一世を風靡したミッキー・カーチスとの熱愛が話題を呼び、婚約にまで至ったが後に解消している。またこの年にはいづみの母親が作った借財が8500万円に及ぶことが発覚し、以後約20年に渡って借金返済に苦しむことになる。 1959年に初渡米。ダイナ・ショアの人気番組『The Dinah Shore Chevy Show』(NBCテレビ)に出演してシャーリー・マクレーンなどと共演、芸能各紙から絶賛される。1960年(昭和35年)には全米縦断公演「ホリデイ・イン・ジャパン」出演のため再渡米し、ニューヨークのラテンクオーター劇場を皮切りに全米12都市を1年に渡り公演する。初演直後から評判を呼び、翌1961年4月には『LIFE』誌にも紹介され、日本人の芸能人として初めて表紙を飾った。 1961年(昭和36年)、アメリカ公演時に知り合ったテンプル大学の学生ジャック・セラーを日本へ連れ帰り電撃結婚。長女・朝比奈マリアをもうけるが、1966年(昭和41年)に離婚している。この年、三度目の渡米を果たす。翌1967年(昭和42年)にはアメリカでバリトンサックス奏者の原田忠幸と再婚するも、後に離婚。1970年代には劇団四季所属の飯野おさみ(元ジャニーズ)との同棲も話題を呼んだが、これも後に破局し、以後は独身を貫いている。 1970年(昭和45年)に帰国し、同年、『涙』で合歓ポピュラーフェスティバル(日本歌謡祭)'70でグランプリと第1回東京国際歌謡音楽祭(世界歌謡祭)で歌唱グランプリを受賞。1972年(昭和47年)には『私は泣かない』で第1回東京音楽祭でグランプリを受賞する。この受賞時のエピソードはなかにし礼の小説『世界は俺が回してる』で詳しく描かれている。 1972年、『週刊実話』、『週刊平凡』に対し、ウソの記事を掲載したとして告訴。同年6月13日。各誌の発行人兼編集人らが東京地方検察庁特捜部に逮捕されている。 1998年(平成10年)に紫綬褒章、2004年にはレコード大賞「功労賞」を受賞。2007年(平成19年)には旭日小綬章を受章。デビューから60年以上を経てもなお意欲的に芸能活動を行っており、2006年(平成18年)には映画『そうかも知れない』で32年ぶりに映画に主演し、認知症の女性を演じた。2010年(平成22年)7月1日付けで一般社団法人日本歌手協会の相談役に就任した。 「雪村」の芸名は、築地にあった料亭「雪村」の常連客であった東宝社長・小林一三との縁に由来する。 1964年(昭和39年)の帰国後、当時の日本では導入されていなかった歌手がホスト役を務める「ワンマンスタイル」をいち早く取り入れた1人である。 1964年1月に大阪労音リサイタルで披露した「約束」(藤田敏雄作詞、前田憲男作曲)は大きな反響を呼び、久々の大ヒットとなった。この曲は6分余の大作だったため、新たなカッティング技術を導入しての発売となった。この痛烈なる反戦歌は、丸山明宏(現:美輪明宏)の「ヨイトマケの唄」と共に日本のメッセージソングの元祖と呼ばれている。 日本人としてプロテストソングやフーテナニーを初めて歌った1人で、いわゆるフォークシンガーの先駆けでもある。ピート・シーガーの作品でピーター・ポール&マリー(PPM)が歌った「花はどこへいったの」「天使のハンマー」を日本で初めて歌った(「花はどこへいったの」はレコード発売早々に話題となったが、著作権問題が発覚し、ヒットし始めた2か月余で放送・販売が中止された)。 シングル「ある愛の詩」のB面に収録された「水づくし」は、水銀や水爆を歌った歌詞が問題視され、日本民間放送連盟による要注意歌謡曲指定(放送禁止)を受けた。 1974年(昭和49年)、作曲家・服部良一の作品を、子息の服部克久が編曲しキャラメル・ママのバックで製作したアルバム『スーパー・ジェネレイション』を発表。 NHK紅白歌合戦には、1954年(昭和29年)の第5回から1989年(平成元年)の第40回まで、通算10回出場している。1956年(昭和31年)の第7回NHK紅白歌合戦にも出演予定だったが、当日胃痙攣で倒れ、出場できなかった。そのため、「三人娘」の親友である江利チエミがいづみの代役として、胸に出場者の印である赤い花を2輪付けて出場した。 荒井由実(現:松任谷由実)の代表曲「ひこうき雲」は、元々はいづみのために書き下ろされた曲である。レコーディングもしたが、諸般の事情で発売されず、荒井の歌唱によって世に出た。いづみはこの曲を好んで渋谷ジァン・ジァンなどのステージで歌い、いづみの未発表音源も1990年(平成2年)発売のアルバム『COME ON BACK』で初めて日の目を見た。 絵画をたしなむ芸能人の先駆けでもあり、1982年(昭和57年)以来、二科展には連続18回入選。娘の朝比奈マリアも絵画に取り組んでおり、親子展を開催したこともある。 1961年(昭和36年)5月には「LIFE」誌国際版の表紙を飾っている。 「三人娘」の江利チエミ・美空ひばりとは、いづみと同じく女性歌手としてライバルながらも公私共に大変仲良しだった。しかし、チエミが1982年に45歳、ひばりも1989年に52歳で若くして逝去したが、いづみは二人の臨終に立ち会うことが出来ず、「チーちゃん(チエミ)は北海道、お嬢(ひばり)は神戸で…」と号泣した。その後は、テレビ等で自身の持ち歌よりも二人のヒット曲を積極的に歌い継ぐ形で披露する機会が多くなっている。又「自分には(二人と比較して)ヒット曲がない」と発言することもある。 創価学会員である。 父親の朝比奈愛三(1911-1946)は大連生まれの満州育ちで、大連中学卒業後慶應義塾大学経済学部を経て商社の千代田組に勤務。1939年に軽井沢で知り合った朝吹英一(朝吹常吉の長男)からハワイアン楽器を習い、朝吹と原田敬策(男爵原田熊雄の長男)、芝小路豊和(男爵芝小路豊俊の長男)とハワイアンバンド「カルア・カマアイナス」を結成し翌1940年より演奏活動を開始、愛三はマネージャーも兼任した。翌年には東郷安正(貴族院男爵議員東郷安の長男)も加わり日比谷公会堂での定期公演やレコード発売など本格的に活動し人気を集めたが、2名の出征が決まり、愛三も1943年に独立して軍需向けの鉄工所を始めることになり退団、バンドは解散した。鉄工場は施設の建設途中で敗戦となったため中止となり、得意の英語を生かして終戦直後に『シカゴトリビューン』誌の特約記者(通訳)となったが翌年自死した。死後、妻の千恵子が映画製作会社「東興映画」を興したが、うまくいかなかった。 歌手で作家の朝比奈愛子は実妹。弟の朝比奈雍三も歌手・俳優(芸名・有光洋二)。タレントの朝比奈マリアは実娘。 1957年(昭和32年)度 - ベルリン国際映画祭特別記者賞(ベルリン映画祭に出席したスターの中で、最も人気があって、なおかつチャーミングであったとして受賞) 1970年(昭和45年) - 合歓ポピュラーフェスティバル'70グランプリ(「涙」) 1970年(昭和45年) - 第1回東京国際歌謡音楽祭(世界歌謡祭)歌唱グランプリ(「涙」) 1972年(昭和47年) - 第1回東京音楽祭グランプリ(「私は泣かない」) 1982年(昭和57年) - 第37回文化庁芸術祭優秀賞(『ミュージカル・旅立て女たち』) 1983年(昭和58年) - 第38回文化庁芸術祭大賞(リサイタル「マイソング・マイライフ」) 1992年(平成4年) - '92歌謡ゴールデン大賞(朝日放送主催) 1993年(平成5年) - 日本ジャズヴォーカル賞大賞(ジャズワールド紙主催) 1994年(平成6年) - 芸術選奨文部大臣賞(『ミュージカル・クッキングガール』) 1998年(平成10年) - 紫綬褒章 2007年(平成19年) - 旭日小綬章 想ひ出のワルツ/ジャムバラヤ(1953年4月、A-5113) 私にだけは言はないで/星を見つめないで(1953年7月、A-5114) 貴方ひとりのために/ルビー(1953年8月、A-5134) はるかなる山の呼び声/アイズ・オブ・ブルー(1953年9月、A-5139) ジングル・ベル(1953年11月、A-5143。A面はナンシー梅木「ホーリー・ナイト」) ポルトガルの想ひ出/タブー(1953年12月、A-5150) お猿の新婚旅行(1953年12月、A-5151。B面は柳沢真一「プリテンド」) 涙のチャペル/アマポーラ(1953年12月、A-5153) 私は若いから/東京の三人娘(1953年12月、A-5154) オウ・マイ・パパ/青いカナリヤ(1954年3月、A-5167) シークレット・ラブ/哀愁のワルツ(1954年5月、A-5174) 帰らざる河/ウシュカ・ダラ(1954年7月、A-5179) 南の花えくぼ/月の光(1954年9月、A-5181) 心淋しのブルース/麗しのサブリナ(1954年9月、A-5182) 不思議の國のアリス/夢はわが心の願ひ(1954年9月、S-1015) 愛の泉/月のチャペルで(1954年11月、A-5186) あんみつ姫/愛の眞珠貝(1954年11月、V-41324) 月光のセレナーデ/小さな靴屋さん(A-5189) 炎のワルツ/インディアン・ラヴ・コール(A-5191) 年頃/白百合のワルツ(1955年3月、V-41373) はぐれ鳩/お祭り娘(1955年4月、V-41404) コンコン・コンガ(1955年5月、V-41382。B面は金色仮面「夜霧のためいき」) コ・コ・モ/マンボ・イタリアノ(1955年6月、A-5197) ケンタッキー人の歌/スイート・アンド・ジェントル(1955年9月、A-5204) ジャンケン娘/夢のマムボ(1955年10月、V-41479) グッド・ナイト・スイートハート/ジングル・ベル・マンボ(1955年11月、A-5205) チャチャチャは素晴らしい/セブンティーン(1955年12月、A-5207) スマイル/慕情(1955年12月、A-5208) マンボ・バカン(1956年2月、A-5210。A面は宝とも子「お轉婆キキ」) かぐや姫の唄/チャイナ・チャンボ(1956年2月、V-41527) チャチャチャはいかが/ペーパー・キッス(1956年3月、A-5209) 戀人になって(1956年4月、A-5211。A面はフランク永井「ばらの刺青」) オンリー・ユー(1956年4月、A-5212。A面はフランク永井「16トン」) ロック・アンド・ロール・ワルツ/理由なき反抗(1956年5月、A-5213) みんな年頃旅役者/チャンバラ娘(1956年5月、V-41581) エデンの東/恋と結婚(1956年7月、A-5214) アイボリー・タワー/さすらいの男(1956年8月、A-5215) ケ・セラ・セラ/誇り高き男(1956年10月、A-5216) 山と川のある町(1956年11月、V-41615。A面は山田真二「若き日の涙」) ラブ・ミ・テンダー/ジャイアンツ(1957年1月、A-5217) 悲恋の街(1957年3月、V-41649。B面は山田真二「乗換駅に灯がともる」) いとしのシンディ/ブルースを唄おう(1957年4月、A-5218) ロックン桜(1957年4月、V-41645。山田真二との共同名義。B面は三浦洸一・藤本二三代「一チョ二チョ三チョ節」) ビバップ・ルーラ/ロンサム・カーボーイ(1957年9月、A-5223) ロンサム・カーボーイ/SAYONARA(1957年9月、J-5152) ブルー・クリスマス(1957年11月、A-5225。B面は浜村美智子「ジングル・ベル」) 娘サンドイッチマン/夢の中のプリンス(1958年1月、V-41745) サヨナラ/四月の恋(1958年2月、A-5227) フジヤマ・ママ/シュガー・キャンデー(1958年5月、A-5230。B面は朝比奈愛子との共同名義) ピリカピリカ/時計台の鏡(1958年5月、AE-426) 娘ギター弾き(1958年8月、V-41827。A面は朝比奈愛子「いかしてるぜ」) 真夜中のブルース/ヤキティ・ヤック(1958年9月、A-5232) 銀座マリ(1958年9月、V-41855。A面は朝比奈愛子「東京ブラザー・ガール」) 山びこさん物語(1958年11月、V-41895。B面は栗本正・岩瀬寛「御存知か」) こけしぼっこ(1956年、EV-43。宇野重吉との共同名義) 炎のワルツ/小さな靴屋さん(AS-6001) マンボ・イタリアノ(1958年、AS-6002。B面は高島忠夫「アイ・ニード・ユー・ナウ」) ケンタッキー人の歌/スイート・アンド・ジェントル(1958年、AS-6004) さすらいの男/アイボリー・タワー(1956年、AS-6006) 娘サンドイッチマン/夢の中のプリンス(1958年1月、VS-68) ピリカ・ピリカ/アイヌの子守唄(1958年5月、VS-46) フジヤマ・ママ/シュガー・キャンデー(1958年5月、AS-6013。B面は朝比奈愛子との共同名義) 娘ギター弾き(1958年8月、VS-121。A面は朝比奈愛子「いかしてるぜ」) シャンソン・ダムール/火の玉ロック(1958年8月、AS-6015) 真夜中のブルース/ヤキティ・ヤック(1958年9月、AS-6016) 銀座マリ(1958年9月、VS-138。A面は朝比奈愛子「東京ブラザー・ガール」) 山びこさん物語(1958年11月、VS-162。B面は栗本正・岩瀬寛「御存知か」) リメンバー・ミー/女ごころ(1959年、VS-176) ロスアンゼルスの日本街/駐車禁止(1959年、VS-224) ティーン・エンジェル/マリーナ(1960年、VS-351) 恋の片道切符(1960年、AS-6024。ミッキー・カーチスとの共同名義。B面はミッキー・カーチス「おおキャロル」) カリシーマ/ママ人形の夢(1960年、AS-6025。B面のバックはスリー・グレーセス) 東京の星の下/ラスベガスの月(1961年、VS-551) 野盗風の中を走る/おかよ恋唄(1961年、VS-586) 初恋の湖(1962年、VS-617。A面は橋幸夫「江梨子」) 舞扇(1962年、VS-729。バックは和田弘とマヒナスターズ。B面は三浦洸一「幸福の湖」) たった一つの言葉(1962年、VS-792。A面は松尾和子「たそがれのワルツ」) 遥かなる山の呼び声(1962年、PV-7。B面は久慈あさみ「黄色いリボン」) ジョニー・エンジェル/キッスとツイスト(1962年、PV-16) ペチコート作戦/トランペット(1964年、SV-17) KONNICHIWA AKA-CHAN/こんにちは赤ちゃん(1964年、SV-35) おたんじょう日の歌(1964年、SV-72。A面は和田弘とマヒナスターズ「おかあさんてすてきだな」) 河のほとりで/愛を誓いし合唱(1964年、SV-104) 約束/ひとりぽっちでだいじょうぶ(1964年、SV-175) 花はどこへいったの/天使のハンマー(1964年、SPV-2) ハロー・ドーリー/炎のワルツ(1964年、SPV-10) ノー・ストリングス/甘い調べ(1964年、SPV-15) 若さを歌おう/フーテナニー・ママ(1964年、SPV-18) 踊りあかそう/ショウ・ミー(1965年1月、SPV-31) 約束/ひとりぼっちでだいじょうぶ(1965年2月、SV-175) 雨になにをしたの/みじめな戦争(1965年8月、SPV-50。バックは猪俣猛とウエストライナーズ) カプリの恋の物語/2人を許して(1966年5月、SPV-68。バックは猪俣猛とウエストライナーズ・プラス・ストリングス) 君を愛す/悲恋(1966年6月、SPV-69) おんなの街/置手紙(1970年8月、SV-2050) お泣きなさい/また逢うときは微笑んで(1970年9月、SV-2065) 涙/ナオミの夢(1971年3月、JET-2027) ある愛の詩/水づくし(1971年7月、SV-2161) 道/風の中、ふたりは(1971年10月、SV-2188) 別れの季節/恋人(1972年5月、SV-2252) 私は泣かない/最後の晩餐(1972年8月、SV-2276) ためらい/愛の曲(1975年11月、SV-2513) はるかなる未来/見果てぬ夢(1976年7月、SV-6023) ひこうき雲 (2014年11月12日) ※配信限定 東京ブギウギ/昔のあなた(1974年8月、P-363) 今はバラ色が好き/愛だなんててれくさい(1977年10月、06SH-212) ドライフラワーのように/あなたとなら(1978年7月、06SHー348) 娘に/セピア・メモリー(1979年4月、06SH-481) 愛の休日/マイウェイ(1979年12月、06SH-679) ふたりはライバル/イマージュの果て(1980年10月、07SH-855) いとしいあした~あふれる愛に/美しい女(1983年3月、07SH-1268) 青いカナリヤ/思い出のワルツ(1984年5月、07SH-1484) はるかなる山の呼び声/想ひ出のワルツ/オウ・マイ・パパ/星を見つめないで(1957、EV-2001) 青いカナリヤ/不思議の国のアリス/泪のチャペル/シークレット・ラヴ(1957、EV-2002) 帰らざる河/ウシュカ・ダラ/麗しのサブリナ/心淋しのブルース(1957、EV-2004) チャチャチャは素晴らしい/恋人になって/マンボ・バカン/セブンティーン(1957、EV-2009) ケ・セラ・セラ/誇り高き男/ラブ・ミー・テンダー/いとしのシンディ(1957、EV-2010) フジヤマ・ママ/四月の恋/ラヴレター・イン・ザ・サンド/ビバップ・ルーラ(1958、EV-2012) シャンソン・ダムール (1958年、日本ビクター LV-19) 娘サンドイッチマン(1959年、日本ビクター LV-98) 雪村いづみのヒットキット集(1962年、日本ビクター LV-247。バックは渡辺弘とスターダスターズ) 雪村いづみニュー・ヒット・キット(1964年、日本ビクター SJV-15) 約束/雪村いづみ 愛を唄う(1971年、日本ビクター SJX-72) スーパー・ジェネレイション(1974年、日本コロムビア JDX-7037。服部良一曲集をキャラメル・ママをバックに雪村いづみが歌う) 雪村いづみとポピュラー・ジャズの世界(1975年、日本ビクター CD4B-5089) セピア・メモリー(1978年、CBS・ソニー 25AH-554) 旅立て女たち(1981年、CBS・ソニー 27AH-1194) ジャズ・シンガー(1989年) COME ON BACK(1990年4月25日) 世紀の歌こころの唄(1992年) ブルー・カナリー(1992年) I'm a Singer(1994年。男性作詞家・作曲家の書き下ろし作品集。女性で唯一中島みゆきが参加。Epic/Sony Records発売予定が変更され東芝EMIからの発売) ミュゼットを唄う(1994年。40周年記念リサイタルのライブアルバム) Nothing But the Truth 〜さだまさしを唄う〜(1997年) 三人娘を唄う(1998年) 思い出のワルツ tribute 三人娘(2013年10月19日) トーキョー・シック(2014年2月12日。佐野元春とのコラボレーション・アルバム。CD+DVD) ファッショナブル・コンサート IZUMI IN HARAJYUKU(1979年、CBS・ソニー 38AH-713/4)2LP STANDARDS 雪村いづみライヴ(1985年、CBS・ソニー 28AH-1946。バックは八木正生トリオ) TOO YOUNG -The Session 2017- (2017年6月28日、ビクター) ※配信限定 ベスト・ヒット・アルバム(日本ビクター GX-30) 歌は永遠に 雪村いづみのすべて(1981年、ビクター音楽産業 SJV-20014) フジヤマ・ママ 雪村いづみ スーパーアンソロジー 1953-1962(ビクターエンタテインメント、2002年3月21日)3CD GOLDEN☆BEST 雪村いづみ '70s&'80s(ソニー・ミュージックダイレクト、2004年3月24日)2CD 〈COLEZO!〉雪村いづみ ベスト(ビクターエンタテインメント、2005年3月9日) GOLDEN☆BEST 雪村いづみ 〜歩き続けたうたの道〜(ビクターエンタテインメント、2008年4月16日)2CD GOLDEN☆BEST 雪村いづみ EMI YEARS(EMIミュージックジャパン、]2013年3月20日) スーパー・シック 雪村いづみ オールタイム・ベストアルバム(ビクターエンタテインメント、2014年2月12日)2CD+DVD GOLDEN☆BEST 雪村いづみ アーリー・デイズ(ビクターエンタテインメント、2015年5月27日)SHM-CD 雪村いづみのすべて 〜想い出のワルツ〜(ビクターエンタテインメント、2017年5月31日) スター☆デラックス これでわかっちゃう! いづみ入門(ビクターエンタテインメント、2017年6月21日) 想い出の靴下(郡是製糸) スーパーソング(ライオン歯磨) 泉正宗マンボ(泉酒造) パンビタンの歌(武田薬品) 横浜銀行の歌(横浜銀行) 娘に(ジャノメミシン) 第一回東宝ミュージカルス 泣きべそ天女(1956年、東京宝塚劇場) - ビンガ姫 役 東宝歌舞伎『忠臣蔵』(1957年12月) - 大星力弥 役 東宝・自由劇団提携公演 流浪物語(1960年、東京宝塚劇場) - ブルウテ 役 東宝ミュージカル特別公演 ノー・ストリングス(1964年、ヒビヤ芸術座/1965年、名鉄ホール) - バーバラ・ウッドラウ 役 日本ゼネラルアーツ・劇団四季提携特別公演 アプローズ(1973年、日生劇場) - イヴ・ハリントン 役 日本ゼネラルアーツ・劇団四季提携特別公演 メイム(1973年、日生劇場) - メイム・デニス 役(越路吹雪途中降板のため6月8日より代演) 日本ゼネラルアーツ・劇団四季提携公演 ウエストサイド物語(1974年、日生劇場他) - マリア 役 文化庁移動芸術祭ミュージカル公演・東宝ミュージカル特別公演 マイ・フェア・レディ(1975年、全国20会場) - イライザ・ドゥーリトル 役 リボン・ミュージック・オフィス/劇団薔薇座制作 旅立て女たち(1981年、原宿ラフォーレ・プラザ) - ヘザー 役 ミュージカル坂本龍馬・(主演・西城秀樹。1989年・1991年、新神戸オリエンタル劇場・日本青年館) - お登勢 役 MIN−ON・創作ミュージカル クッキングガール(1993年、東京芸術劇場中ホール他30都市45回公演) - 主役 MIN−ON・TBSラジオ 主催 おかしなふたり 楽屋でスイング SWINGIN’BACKSTAGE (ニューヨークのオフ・ブロードウェイの楽屋の設定)(1995年、東京芸術劇場中ホール) 雪村いづみショー(1955年、ニッポン放送) 雪村いづみアワー(1956年 - 1959年、ニッポン放送) トンコは出勤5分前(1960年、ニッポン放送) いづみでスタート(1964年 - 不明、ニッポン放送) 青春三羽烏(1953年12月8日、松竹)*特別出演 娘十六ジャズ祭り(1954年1月9日、新東宝)*青木みゆき役 東京シンデレラ娘(1954年4月26日、新東宝)*みどり役 乾杯!女学生(1954年6月29日、新東宝)*夕子役 土曜日の天使(1954年8月24日、東宝)*マスミ役 トラン・ブーラン 月の光(1954年9月21日、新東宝)*ベルダ役 あんみつ姫・甘辛城の巻(1954年11月10日、東宝)*あんみつ姫役 あんみつ姫・妖術競べの巻(1954年11月23日、東宝)*あんみつ姫役 結婚期(1954年11月16日、東宝)*特別出演 浮かれ狐千本桜(1954年12月28日、新東宝)*いづみ狐役 ジャズ娘乾杯(1955年3月21日、東宝)*三人娘の一人・美子役。江利チエミと初共演。 大番頭小番頭(1955年4月3日、東宝)*絹子役 歌まつり満月狸合戦(1955年5月1日、新東宝)*三人娘の一人・お雪役。美空ひばりと初共演。 制服の乙女たち(1955年5月25日、東宝)*峯村知子役 女の学校(1955年8月21日、東宝)*志賀富子役 ジャンケン娘(1955年11月1日、東宝)*雛菊役 オテナの塔 前篇(1955年12月28日、東宝)*歌江役 オテナの塔 後篇(1956年1月8日、東宝)*歌江役 花嫁会議(1956年1月14日、東宝)*雪枝役 女房族は訴える(1956年4月4日、東宝)*ユカリ役 青い芽(1956年5月3日、東宝)*のり子役 あなたも私もお年頃(1956年6月21日、大映)*西条ゆかり役 恋すれど恋すれど物語(1956年8月1日、東宝)*長崎小町泉子役 お嬢さん登場(1956年8月8日、東宝)*トンコちゃん役 ロマンス娘(1956年8月15日、東宝)*ミチル役 嵐(1956年10月24日、東宝)*水沢未子役 四十八歳の抵抗(1956年11月14日、大映)*ユカ役 歌う不夜城(1957年1月9日、東宝)*南原アキ子役 極楽島物語(1957年1月29日、東宝)*踊り子ヅーミ役 山と川のある町(1957年2月12日、東宝)*のぶ子役 ロマンス誕生(1957年5月15日、東宝)*花村まさみ役 大当り三色娘(1957年7月13日、東宝)*楠ミチオ役 青い山脈(1957年10月27日、東宝)*寺沢新子役 続 青い山脈(1957)(1957年11月19日、東宝)*寺沢新子役 青春航路(1957年12月1日、東宝)*スター役 社長三代記(1958年1月3日、東宝)*福原トメ子役 大当り狸御殿(1958年2月26日、東宝)*きぬた姫役 続・社長三代記(1958年3月18日、東宝)*福原トメ子役 アンコール・ワット物語 美しき哀愁(1958年3月25日、東宝)*歌う女役 恋は異なもの味なもの(1958年4月1日、東宝)*光子役 東京の休日(1958年4月15日、東宝)*チャイナ・マンボ役 弥次喜多道中記(1958年4月29日、東宝)*お雪役 結婚のすべて(1958年5月26日、東宝)*土井康子役 ロマンス祭(1958年8月12日、東宝)*花村むつみ役 希望の乙女(1958年9月10日、東宝)*藤村テルミ役 大学の人気者(1958年9月30日、東宝)*矢田はるみ役 若い娘たち(1958年10月7日、東宝)*石浜カナ子役 勢揃い江戸っ子長屋(1958年12月20日、東宝)*おそめ役 サザエさんの結婚(1959年1月9日、東宝)*平目スナ子役 こだまは呼んでいる(1959年1月23日、東宝)*三好タマ子役 大笑い江戸っ子祭(1959年2月3日、東宝)*お菊役 森の石松幽霊道中(1959年7月14日、東宝)*お清役 新・三等重役(1959年8月9日、東宝)*舞子役 サザエさんの新婚家庭(1959年8月23日、東宝)*花村むつみ役 独立愚連隊(1959年10月6日、東宝)*慰安婦トミ役 花嫁さんは世界一(1959年11月22日、東宝)*石川君子役 夜霧の決闘(1959年12月1日、東宝)*扇圭子役 サザエさんの脱線奥様(1959年12月26日、東宝)*花村むつみ役 新・三等重役 旅と女と酒の巻(1960年1月15日、東宝)*八代舞子役 嵐を呼ぶ楽団(1960年2月28日、東宝)*天路ルリ子役 第三波止場の決闘(1960年4月17日、東宝)*由利役 太陽を抱け(1960年6月15日、東宝)*津村洋子役 新・三等重役 亭主教育の巻(1960年7月12日、東宝)*八代舞子役 野盗風の中を走る(1961年11月22日、東宝)*かよ役 社長漫遊記(1963年1月3日、東宝)*上野勝子役 続・社長漫遊記(1963年3月1日、東宝)*上野勝子役 ひばり・チエミ・いづみ 三人よれば(1964年5月16日、東宝)*月村恵子役 君も出世ができる(1964年5月30日、東宝)*片岡陽子役 人間革命(1973年10月6日、東宝)*大喧嘩をする妻役 「さよなら」の女たち(1987年、東宝)*山之内淑恵役 笑う蛙(2002年7月6日、オフィス・シロウズ=メディアボックス)*稲松早苗役 ヒナゴン(2005年7月30日、ビデオプランニング)*絹代役 そうかもしれない(2006年9月30日、シナジー)*高山ヨシ子役 キセキの葉書(2017年11月4日、ミューズ・プランニング)*大守キヨ役 兄消える(2019年5月25日、エレファントハウス、ミューズ・プランニング) わが家の青春(1958年、KRテレビ) キイハンター 第157話「キイハンター皆殺し作戦」(1971年、TBS) ザ・ボディガード(1974年、テレビ朝日) - 宮城花恵 役 (注意点) 対戦相手の歌手名の( )内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 すばらしきわが人生(1992年、シナノ企画) すばらしきわが人生 Part5(1999年、シナノ企画) 芹沢直美(1989年、『美空ひばり物語』) 『マイソング・マイライフ : 歌に恋して30年』第三文明社、1983年11月30日。 愛を謳う青いカナリヤ―女の自叙伝(1987年9月、婦人画報社) 花の譜(うた)(1990年10月、くもん出版。三国芳郎との共著) 虹になりたい―歌の道一筋に生きる(1998年11月、潮出版社) ^ ユーミンに歌うことを勧めた村井邦彦の回想「(雪村いづみは)あまりにも歌唱力がありすぎて、あの曲の感じが出なかった。僕はユーミンの下手ウマな歌がいいなと思った」(「ユーミンの50年とメメント・モリ」日本経済新聞・2022年12月11日・第12面)。 ^ 経営者は戦前の溜池「フロリダ」の支配人で、 東京社交界の大物だった津田又太郎。 ^ 『驕るなかれ: 鳥羽水族館・夢とロマンの半世紀』 中村幸昭、中部経済新聞社, 2005, p50 ^ 上前淳一郎『イカロスの翼 美空ひばりと日本人の40年』文藝春秋(文春文庫)、1985年、125-126頁。ISBN 4-16-724805-0。 ^ 「週刊誌発行人ら逮捕 雪村いづみ夫妻にウソの記事」『朝日新聞』昭和47年(1972年)6月14日朝刊、13版、22面 ^ 吉野健三『歌謡曲 流行らせのメカニズム』晩聲社 (ヤゲンブラ選書) 、1978年、108-109頁。 ^ 昭和戦中期の軽音楽に関する一考察―カルア・カマアイナスについて古川隆久、研究紀要 / 日本大学文理学部人文科学研究所、2007 ^ 『「戦後」・美空ひばりとその時代』本田靖春、講談社, 1987、p301 ^ 朝比奈千恵子 日本映画データベース 1953年の音楽#デビュー - 同じ年にデビューした歌手 雪村いづみ - 日本映画データベース 雪村いづみ - NHK人物録 ISNI VIAF WorldCat ドイツ アメリカ 日本 CiNii Books CiNii Research MusicBrainz 表 話 編 歴 1999:ともさかりえ 2000:加藤あい 01:深田恭子 02:上原多香子 03:上戸彩 04:後藤真希 05:松浦亜弥 06:BoA 07:長澤まさみ 08:堀北真希 09:成海璃子 10:福田沙紀 11:前田敦子 12:武井咲 13:川島海荷 14:川口春奈 15:橋本環奈 16:小松菜奈 17:中条あやみ 18:岡田結実 19:浜辺美波 20:Kōki, 21:森七菜 22:芦田愛菜 23:ラウール 1990:紺野美沙子 91:安田成美 92:今井美樹 93:牧瀬里穂 94:松雪泰子 95:石田ゆり子 96:飯島直子 97:梅宮アンナ 98:鶴田真由 99:松嶋菜々子 2000:安室奈美恵 01:本上まなみ 02:米倉涼子 03:菊川怜 04:伊東美咲 05:長谷川京子 06:小雪 07:倖田來未 08:加藤ローサ 09:広末涼子 10:ベッキー 11:黒木メイサ 12:大島優子 13:剛力彩芽 14:吉高由里子 15:桐谷美玲 16:井上真央 17:西内まりや 18:菜々緒 19:吉岡里帆 20:有村架純 21:新木優子 22:広瀬アリス 23:永野芽郁 1990:池上季実子 91:古手川祐子 92:島田陽子 93:名取裕子 94:樋口可南子 95:黒木瞳 96:石川さゆり 97:かたせ梨乃 98:川島なお美 99:高島礼子 2000:財前直見 01:中村江里子 02:川原亜矢子 03:小島奈津子 04:水野真紀 05:天海祐希 06:深津絵里 07:篠原涼子 08:中谷美紀 09:滝川クリステル 10:観月ありさ 11:木村佳乃 12:米倉涼子* 13:松嶋菜々子* 14:吉瀬美智子 15:深田恭子* 16:松下奈緒 17:柴咲コウ 18:上戸彩* 19:橋本マナミ 20:木村文乃 21:戸田恵梨香 22:佐々木希 23:田中みな実 1990:村山勝美 91:沢田研二 92:阿川泰子 93:篠ひろ子 94:小池百合子 95:和田アキ子 96:田丸美寿々 97:小林幸子 98:小柳ルミ子 99: 天童よしみ 2000:安藤優子 01:林真理子 02:萬田久子 03:浅田美代子 04:黒木瞳* 05:大竹しのぶ 06:大地真央 07:YOU 08:江角マキコ 09:真矢みき 10:大塚寧々 11:草刈民代 12:檀れい 13:永作博美 14:鈴木保奈美 15:宮沢りえ 16:吉田羊 17:石田ゆり子* 18:遼河はるひ 19:常盤貴子 20:藤原紀香 21:小池栄子 22:アンミカ 23:松嶋菜々子 1990:芳村真理 91:岩下志麻 92:若尾文子 93:佐久間良子 94:野際陽子 95:三田佳子 96:浅丘ルリ子 97:中村玉緒 98:島倉千代子 99:五月みどり 2000:瀬川瑛子 01:木の実ナナ 02:由美かおる 03:松坂慶子 04:桃井かおり 05:秋吉久美子 06:小池百合子* 07:阿川佐和子 08:風吹ジュン 09:夏木マリ 10:戸田恵子 11:高畑淳子 12:余貴美子 13:高橋惠子 14:浅野温子 15:片平なぎさ 16:沢口靖子 17:賀来千香子 18:浅野ゆう子 19:紫吹淳 20:松下由樹 21:斉藤由貴 22:真矢ミキ 23:永作博美 1997:森英恵 98:朝丘雪路 99:雪村いづみ 2000:市原悦子 01:デヴィ・スカルノ 02:白川由美 03:黒柳徹子 04:十朱幸代 05:野際陽子* 06:八千草薫 07:岩下志麻* 08:阿木燿子 09:森山良子 10:髙橋真梨子 11:八代亜紀 12:浅丘ルリ子* 13:由紀さおり 14:竹下景子 15:伊藤蘭 16:和田アキ子* 17:桃井かおり* 18:大竹しのぶ* 19:森昌子 20:原田美枝子 21:田中美佐子 22:宮崎美子 23:大地真央 1992:岡田眞澄 93:山城新伍 94:カールスモーキー石井 95:鹿賀丈史 98:小林旭 99:佐々木主浩 2000:高橋由伸 01:西城秀樹 02:新庄剛志 03:氷川きよし 04:坂口憲二 05:中村獅童 06:清原和博 07:速水もこみち 08:谷原章介 09:松山ケンイチ 10:佐藤隆太 11:伊藤英明 12:佐藤浩市 13:東山紀之 14:市原隼人 15:哀川翔 16:DAIGO 17:三浦春馬 18:福士蒼汰 19:舘ひろし 20:田中圭 21:横浜流星 22:北村匠海 92: ジュリー・ドレフュス 93: ヒロコ・グレース 2001: 高橋尚子 08: 松坂大輔 10: イ・ビョンホン、鳩山幸 11: ウォンビン、蓮舫 12: 少女時代、本田圭佑 13: KARA、内村航平 14: 松本潤 15: 髙橋大輔、May J. 16: ももいろクローバーZ、市川海老蔵 17: 福原愛 18: 浅丘ルリ子、村田諒太 19: コシノジュンコ、加山雄三 20: 浅田真央、高橋英樹 21: 内田篤人 22: 水谷隼 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。 日本の女性ポップ歌手 日本の女性ジャズ歌手 20世紀日本の女優 日本のミュージカル女優 日本の女性アイドル 21世紀日本の女性画家 新東宝の俳優 東宝の俳優 アイドル出身の俳優 NHK紅白歌合戦出演者 劇団四季の演目契約者 紫綬褒章受章者 旭日小綬章受章者 東京都区部出身の人物 川村中学校・高等学校出身の人物 1937年生 存命人物 Pages using the JsonConfig extension ISBNマジックリンクを使用しているページ 2024/11/23 14:11更新
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yukimura idumi
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