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戸辺誠
戸辺 誠(とべ まこと)さんの誕生日は1986年8月5日です。神奈川出身の将棋棋士のようです。
棋風、人物などについてまとめました。家族、テレビ、結婚に関する情報もありますね。去年の情報もありました。戸辺誠の現在の年齢は37歳のようです。
戸辺 誠(とべ まこと、1986年8月5日 - )は、将棋棋士。加瀬純一門下。棋士番号は262。神奈川県横浜市生まれ、福島県喜多方市出身。 1998年の第23回小学生将棋名人戦で3位になり、同年、12歳で奨励会に入会。2006年に20歳でプロデビューを果たす。 小学生の頃、磯子将棋センターに通っていたが、茨城県に引っ越した。 そのため、奨励会には茨城県から通っていた。 2007年、第20期竜王ランキング戦6組で優勝。決勝トーナメントでは初戦で敗退。 初参加から2期目となる第67期(2008年度)C級2組順位戦で、8勝2敗で昇級(五段昇段)。翌第68期(2009年度)C級1組順位戦では10戦全勝し、2期連続昇級(六段昇段 = 当時の最年少六段)。 また、2009年度に戦った第51期王位戦予選で、森内俊之九段、久保利明棋王らを破り挑戦者決定リーグに進出。さらに、王位戦・白組リーグでは羽生善治名人らに勝ち4勝1敗とし、同じく4勝1敗の羽生とのプレーオフとなったが敗れ、挑戦者決定戦進出を逃す。なお、この間、2009年度を勝率0.7619(2位)・32勝10敗で終え、将棋大賞の新人賞を受賞している。 2010年、第23期竜王ランキング戦5組で優勝。決勝トーナメントでは2勝を挙げる。 棋風振り飛車党。攻めの棋風は、「戸辺攻め」と言われることがある。 人物弟が3人、妹が1人いる大家族の長男。実家は新潟県十日町市で米農家を営んでおり、「日本一高額の米を生産する農家」としてテレビなどの取材を受けている。テレビ番組「銭形金太郎」やETV特集で取り上げられたこともある。 2010年3月に結婚。同年9月13日に長男が、2012年12月20日に長女が、2016年3月1日に次男が誕生している。 2007年8月22日の朝日杯将棋オープン戦一次予選で、加藤一二三九段に勝利。加藤にとっては、この敗戦が史上初の公式戦1000敗目となった。 鈴木大介は戸辺のことを、戸辺が奨励会員のときから序盤研究仲間として頼りにしている(戸辺は相振り飛車戦法の最新序盤定跡に精通している)。鈴木と戸辺には、左利き、振り飛車党という共通点もある。 プロ入りから2年も経たない2008年に、早くも弟子を取った。2023年には小山直希が自身の弟子から初のプロ棋士となったが、この時点でもまだ36歳、当時23歳の小山とは13歳差という若さであった。なお、戸辺一門には芸能人コース(非公式)が存在し、NHK「将棋フォーカス」MCを担当していたつるの剛士と伊藤かりんが入会している。ちなみに将棋フォーカスの放送でも話題に上がるように、戸辺誠は弟子に対して丁寧に技術を指導することで知られている。 広瀬章人、高崎一生とは同い年で、上述の第23回(1998年)小学生将棋名人戦では、茨城県勝田市立(現ひたちなか市)勝倉小学校6年の戸辺は3位。優勝者は高崎。広瀬は東日本大会で戸辺に敗れている。また、第51期王位リーグで戸辺に唯一の黒星をつけたのは高崎で、このとき王位挑戦権を得たのは広瀬。また、2010年6月6日放送のNHK杯戦・対西川和宏戦では、対局者2名・読み上げ係・記録係の4名全てが同学年という、珍しい状況が生じた。 佐藤天彦、糸谷哲郎、広瀬章人、高崎一生、戸辺らは奨励会時代に「平成のチャイルドブランド」としてとりあげられたこともある。 横浜DeNAベイスターズの大ファン。2019年9月に横浜スタジアムで始球式を務めた。 2020年5月にYouTube『戸辺チャンネル』を開設したことをTwitterで発表。 2024/05/16 14:20更新
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tobe makoto
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