羽生善治の情報(はぶよしはる) 将棋 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
羽生 善治さんについて調べます
■名前・氏名 |
羽生善治と関係のある人
藤井聡太: 第72期王将戦では羽生善治九段を挑戦者として迎え、将棋界のスター同士の七番勝負での対決が実現したことで大いに注目を集めた。 佐藤康光: 2002年の第51期王将戦では、おやつに大量のキウイフルーツを食べつづけ、羽生善治から王将を奪取したことから、ネットで話題になった。 三浦弘行: 2010年3月2日に行われた第68期A級順位戦において、郷田真隆を下して羽生善治名人への挑戦権を獲得。 芹澤博文: 一方で芹沢が死去する2年前にデビューして活躍していた羽生善治については、その「筋にこだわらない」棋風を嫌い評価していなかった。 深浦康市: は、羽生善治、大山康晴、中原誠の3人の大棋士に次ぐ歴代4位の記録で、谷川浩司、佐藤康光、森内俊之、渡辺明といった永世称号資格取得者すら上回る高勝率であった。 飯田弘之: 同年度、第36期王座戦一次予選4回戦で初めて羽生善治と当たり、勝利。 藤井聡太: これにより、20歳8か月での史上最年少かつ羽生善治以来2人目となる六冠と、史上最多となる同一年度公式棋戦10大会制覇を達成した。 橋本崇載: 結果、羽生善治に敗れて2勝7敗・10位となり、1期でB級1組へ降級した。 ボビー=フィッシャー: 日本でもフィッシャーを守ろうとする人々が現れ、元外務政務次官でチェス愛好家の石井一二、ジョン・ボスニッチ(John Bosnitch、東京在住のセルビア系カナダ人のジャーナリストでチェスの元ジュニアチャンピオン)、羽生善治、民主党の榛葉賀津也や社民党の福島瑞穂といった人々が支援した。 豊島将之: 2020年、通算100期目のタイトル獲得を目指す羽生善治との対決となった第33期竜王戦は4勝1敗で豊島が勝利し、初めてのタイトル防衛を果たした。 神吉宏充: 2000年11月、将棋の日恒例の「次の一手名人戦」(羽生善治 vs 丸山忠久戦)にゲスト参加したところ、最後まで正解し続けて「次の一手名人」となった。 屋敷伸之: 準決勝では羽生善治に勝ち、決勝五番勝負(1996年4月3日 - 5月1日)では藤井猛を3-0のストレートで下した。 大山康晴: 羽生善治は、大山の棋風について「読んでいないのに急所に手が行く」「最善手を追求しない」と評している。 勝又清和: 転機となったのは、第52期(1994年度)名人戦の七番勝負を戦う米長邦雄名人と羽生善治四冠の闘志あふれる姿を見たことだった。 岡本信彦: 一・二・三! 羽生善治の大逆転将棋(2018年1月3日・2019年1月3日・2020年1月2日、NHK BSプレミアム) 森下卓: 1996年度では、第22期棋王戦で羽生善治に挑戦したが、再び0勝3敗のストレートで敗退となった(結果的に、6度のタイトル挑戦歴で、棋王戦のみ唯一2回の挑戦を決めたが、同時に番勝負で勝ち星を得られなかった唯一の棋戦となった)。 深浦康市: 2003年(2002年度)、準タイトル戦の第21回朝日オープン将棋選手権において、初代朝日選手権者の堀口一史座に挑戦し3-1で奪取して、2代目の朝日選手権者となる(翌年、羽生善治に奪取される)。 柳瀬尚紀: 『対局する言葉 羽生v.s.ジョイス』(羽生善治対談、毎日コミュニケーションズ) 1996年、のち河出文庫 1996年 保坂和志: 将棋が趣味であり、羽生善治の将棋がいかに画期的であるかを論じた本、『羽生〜21世紀の将棋〜』も刊行している。 米長邦雄: 名人戦では対局の合間に、当時島朗が主宰して、羽生善治・佐藤康光・森内俊之で構成された伝説の研究会「島研」に顔を出した。 佐藤天彦: 2018年度の第76期名人戦は羽生善治竜王(棋聖)を挑戦者に迎え、6月20日の第6局を145手で佐藤が制し、4勝2敗で名人位を2度目の防衛。 深浦康市: これにより、同年度の早指し将棋選手権への出場資格を得たが、こちらでも優勝(決勝の相手は羽生善治)。 三浦弘行: 羽生善治との五番勝負は0勝3敗で敗れた。 橋本崇載: 2016年度、第29期竜王戦ランキング戦で深浦康市に敗退し、5位決定戦でも羽生善治に敗北、2011年より在籍していた1組からの降級が決定した。 鳩山邦夫: 鳩山が2008年6月17日に3件の死刑執行を指示したことについて、翌6月18日付の朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」が、前日に将棋棋士の羽生善治が永世名人称号を獲得したことを引き合いに出し、鳩山を「永世死刑執行人。 菅井竜也: 1回戦で羽生善治名人を破ったのを皮切りに、豊島将之六段、屋敷伸之九段を下して決勝に進出。 永瀬拓矢: 仮に前述の昇段規定追加が無かった場合、過去に高橋道雄・羽生善治・屋敷伸之がそうであったように、タイトル3期獲得後もその他の八段昇段規定を満たすまで七段に据え置かれていたが、規定追加の恩恵を受ける形となった。 南芳一: しかし、その6日後の第16期棋王戦第4局(1991年3月18日)で羽生善治に敗れて一冠に戻る。 阿久津主税: 羽生善治と同じ八王子将棋クラブの出身。 藤井聡太: 2月17日午前の準決勝で羽生善治竜王、同日午後の決勝戦で広瀬章人八段(A級在位中)を破り、優勝した。 |
羽生善治の情報まとめ
羽生 善治(はぶ よしはる)さんの誕生日は1970年9月27日です。埼玉出身の将棋棋士のようです。
家族、テレビ、現在、事件、結婚、姉妹、卒業、映画、趣味、ドラマ、引退、病気に関する情報もありますね。今年の情報もありました。羽生善治の現在の年齢は54歳のようです。
羽生善治のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)羽生 善治(はぶ よしはる、1970年9月27日 - )は、日本の将棋棋士である。二上達也九段門で棋士番号は175。埼玉県所沢市出身。日本将棋連盟所属で2023年6月9日付をもって日本将棋連盟会長に就任(現職)。 1985年に中学生でプロ棋士となり、1989年、初タイトルとして竜王位を獲得した。1996年2月14日、将棋界で初の全7タイトル(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖。当時のタイトル数は7)の独占を達成した。 2017年12月5日、第30期竜王戦で15期ぶりに竜王位を獲得し、通算7期の条件を満たして永世竜王の資格保持者となり、初の永世七冠(永世竜王、十九世名人、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖)を達成した。さらに名誉NHK杯選手権者の称号を保持しており、合計8つの永世称号の保持も史上初である。このような実績により、2018年に棋士として初めて国民栄誉賞を授与された。 2018年度(2019年)の第68回NHK杯で優勝し、同大会優勝回数を11回に更新の上、一般棋戦(タイトル戦以外のプロ公式戦)の通算優勝回数が大山康晴を超え史上最多の45回となった。 羽生とほぼ同じ年齢には森内俊之(十八世名人資格保持者)や佐藤康光(永世棋聖資格保持者)らトップクラスの実力者が集中しており、彼らは「羽生世代」と呼ばれる。 埼玉県所沢市で生まれ、幼稚園に入る頃から東京都八王子市に移り住んだ。 小学1年生のとき、近所に住む同級生から将棋の駒の動かし方を教わった。 小学2年生(1978年)の夏、将棋に熱中している我が子の姿を見ていた母が、将棋道場「八王子将棋クラブ」の「第1回夏休み小中学生将棋大会」に出場を申し込み、大会デビュー(1勝の後2連敗で失格)。それがきっかけで、同年10月28日から毎週末に同道場に通うようになった。家が新興住宅地にあったため周囲にまだあまり店がなく、週末に両親が車で八王子市街に出かけて買いだめをするたび、道場の席主に母があいさつして羽生を預けた。 道場のいちばん下は7級であったが、昇級の楽しみを与えるため席主が与えた段級は14級であった(15級とも)。その後、棋力は急速に向上していき、翌年の小学3年生の時に初段、4年生の10月に四段、5年生の10月に五段となり、いわゆるアマチュア強豪のレベルとなった。なお、家でも将棋を指し、それは両親と妹の計3名による「連合軍」と羽生1名が対戦して、連合軍が不利な展開になったときは将棋盤を180度回転して指し継ぐという家族内ルールであったが、羽生の上達が速かったため長続きしなかった。 1979年、小学3年生で4級のとき、日本橋東急デパートの「よい子日本一決定戦・小学生低学年の部」で準優勝(優勝は先崎学)をし、その翌年も関東各地のデパートの大会で準優勝や3位入賞をする。将棋大会出場時は、母が我が子を見つけやすくするため、いつも広島東洋カープの赤い野球帽である赤ヘルを被らせていた(羽生自身は読売ジャイアンツファンであった)。 1981年1月7日、「第1回小田急将棋まつり小学生大会」でデパート大会での初優勝を果たした。このとき、準決勝で森内俊之を、決勝で小倉久史を破っている。森内とのライバル関係は、この頃から始まった。ある将棋大会では、先手・森内の初手▲5八飛という珍しい手に対して後手の羽生が△5二飛と返すというきわめて珍しい序盤を見せることもあった。同年、5年生に上がると、アマ名人戦の都下予選(7月12日)を史上最年少で通過。8月には東京の4つの小学生大会で優勝する。 小学5年生のとき、奨励会への入会を志し、道場の師範代である中嶋克安指導棋士(二上の最初の弟子)に相談をしたが、中嶋は「小学生将棋名人戦で優勝をすること」という厳しい条件を突きつけた。しかし、6年生の春(1982年4月3日)に優勝し条件を満たした。このとき森内は3位、NHKテレビ解説者は3日後に二十歳の誕生日を迎える谷川浩司だった。母は対局が行われたNHKのスタジオから、すぐに二上に電話を入れた。小学生将棋名人戦に出演していた大山康晴は、優勝した羽生と谷川を見て将来はこの若い2人が将棋界を引っ張っていくライバルになっていくであろうと番組内で述べている。 同年、奨励会入会試験に合格。以降、1年あまりで6級から初段に昇段するなど驚異的な速度で昇級・昇段(後述)を重ね、1985年12月18日に三段での13勝4敗を記録した。この成績をもって、当時の規定により四段に昇段してプロに昇格し、加藤一二三、谷川浩司に続く史上3人目の中学生棋士となった。 デビューから年度が明け、実質の初年度となる1986年度に全棋士中1位の勝率0.741(40勝14敗)を記録し、将棋大賞の新人賞と勝率一位賞を受賞した。羽生に追随してデビューしてきた同年代の強豪棋士達とともに、いわゆる「チャイルドブランド」と呼ばれる新世代のグループを形成し、羽生は、その代表的存在として勝ち進んだ。1987年12月5日、17歳2か月で天王戦優勝を果たした。 羽生が知られるようになったのは、五段時代の第38回(1988年度)NHK杯戦である。大山康晴(3回戦)、加藤一二三(4回戦 = 準々決勝)、谷川浩司(準決勝)、中原誠(決勝)と、当時現役の名人経験者4人をすべて破るという、まるで作った舞台設定のような勝ち上がりで優勝した。対・加藤戦では終盤61手目に加藤陣に▲5二銀(右図は1手前の局面。打った銀を飛車で取っても金で取っても加藤の玉が詰む)を打った。加藤は仕方なく△4二玉としたが、その5手後(67手目)に投了に追い込まれた。後に加藤はこの対局について、「▲5二銀自体は奨励会員でも指せる」と述べているが、中盤戦で攻められている側に玉将を上がった▲4八玉を高く評価している。 この1988年度は、対局数・勝利数・勝率・連勝の記録4部門を独占(80局・64勝・0.800・18連勝)をし、将棋大賞の最優秀棋士賞を史上最年少(18歳)で受賞した。無冠の棋士が受賞したのも、史上初である。 1989年、第2期竜王戦で3組優勝者として挑戦者決定トーナメントを勝ち上がって挑戦権を獲得し、タイトル戦に初登場した。七番勝負の相手は、研究会「島研」での恩師であり前年に初代竜王の座に就いた島朗であった。持将棋1局を含む全8局の熱闘を4勝3敗で制し、初のタイトル獲得。棋界で名人位と並んで序列トップの竜王位に就いた。19歳2か月でのタイトル獲得は、当時の最年少記録であった(最年少タイトルの記録は、翌年、18歳の屋敷伸之によって塗り替えられる)。この年度は、先手番での勝率が0.9355(29勝2敗)であった。 1990年11月に谷川に竜王位を奪取され、無冠となり肩書として「前竜王」を名乗るが、4か月後の1991年3月に棋王位を獲得し、それ以降、タイトルを保持する状態が2018年12月まで27年9か月続く。この間竜王挑戦時の「六段」を最後に段位を名乗ることがなかった。 1992年度、第40期王座戦で福崎文吾から奪取して、初めて複数冠(王座・棋王)となった。ここから長い王座戦連覇が始まり、後に、大山が持つ同一タイトル連覇記録を塗り替えることとなる。同年、第5期竜王戦で谷川竜王(三冠)との三冠対二冠の天王山対決を制し、森下卓曰く「タイトル保有の図式が逆転」した。 1993年度、谷川から棋聖を、郷田真隆から王位を奪取して五冠王(大山、中原に次いで3人目)となる(王位戦ではこの奪取時が初の王位リーグ入りだったが、以降は2024年現在に至るまで、一度も王位リーグから陥落していない)。このときに「初めて七冠を意識した」と述べた。しかし、竜王戦で佐藤康光に敗れ四冠に後退した。 一方順位戦では、1991年度(第50期)のB級2組から2期連続昇級でA級に昇格した。そして迎えた第52期(1993年度)A級順位戦では、谷川と並んで7勝2敗で1位タイの成績で終え、プレーオフで谷川に勝ち、A級初参加にして名人挑戦権を得た。この第52期(1994年度)名人戦七番勝負の相手は、前年に長年の宿願を果たして初の名人位を史上最年長で獲得した50歳の米長邦雄であった。羽生は3連勝・2連敗の後の第6局で勝ち、奪取した。 同年度、さらに竜王位を佐藤から奪還して史上初の六冠王となった。残るタイトルは、谷川が保持する王将位ただ一つとなった。王将リーグでは郷田と5勝1敗同士で並びプレーオフとなったが、これに勝利して王将挑戦権を獲得し、1995年1月からの王将戦七番勝負で、全冠制覇をかけて谷川王将に挑むことになる。この第44期王将戦七番勝負はフルセットの戦いとなり、その間に同時進行していた棋王戦五番勝負では森下卓に対し3-0で早々と防衛をしていた。 そして最後の第7局(1995年3月23-24日)は、青森県・奥入瀬で行われた。相矢倉の戦形となったが、2日目に千日手が成立。先手・後手を入れ替えての指し直し局は同日中に行われたが、40手目まで千日手局と同じ手順で進行した。つまり、相手の手を真似し合ったような格好であった。41手目に先手の谷川が手を変え、以降、矢倉の本格的な戦いとなったが、最後は谷川の111手目を見て羽生が投了。阪神・淡路大震災で被災したばかりの谷川によって、七冠制覇を目前で阻止された。羽生がタイトルに挑戦して敗れたのは、これが初めてである。この第7局の2日目当日、対局場のホテルには、将棋界の取材としては異例の数の報道陣が大挙して詰めかけていた(約150名)。敗れた羽生は「もう2、3年は、(七冠の)チャンスは巡ってこないだろう」と思った。 ところが、それから1年間、羽生は王将戦第7局の前に既に防衛していた棋王戦(対・森下卓)を含め、名人戦(対・森下卓)、棋聖戦(対・三浦弘行)、王位戦(対・郷田真隆)、王座戦(対・森雞二)、竜王戦(対・佐藤康光)と六冠の防衛に全て成功する。なお、これらの防衛戦の間に通算タイトル獲得数が谷川の20期(当時)を超え、大山、中原に次ぐ歴代3位となっている。その傍ら、第45期王将リーグは対・中原戦で1敗を喫したものの、村山聖・森内俊之・丸山忠久・郷田真隆・有吉道夫に勝って5勝1敗の1位となり、2期連続で谷川王将への挑戦権を勝ち取った。なお、これらの防衛戦、リーグ戦の中では、終盤戦で相手の悪手に助けられた逆転勝ちがいくつもあった。
【七冠達成の図】第45期王将戦第4局82手目△7八金△羽生善治竜王・名人持駒:金銀桂歩四
▲谷川浩司王将持駒:飛角金桂歩三 |
七冠からの陥落(1996年度 - 2002年度)
一冠後退から四冠復帰まで(2003年度 - 2004年度)
永世称号獲得への挑戦(2004年度 - 2009年度)
- 将棋・羽生善治さん「永世名人」獲得 (2008年6月18日)
2008年6月17日、第66期名人戦第6局で森内名人を破り、名人位と三冠に復帰。通算5期獲得により永世名人(十九世名人)の資格を得た。これにより史上初のいわゆる永世六冠(永世名人・永世棋聖・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将)を達成。大山康晴と中原誠の「永世五冠」を抜いた。そして、残る1つの永世位獲得をかけ、第21期竜王戦で渡辺明竜王への挑戦権を得た。渡辺が勝てば連続5期で初代永世竜王、羽生が勝てば通算7期で初代永世竜王という、タイトル戦史上初の初代永世位決定戦となった。七番勝負は羽生が開幕3連勝。しかし、そこから3連敗してフルセットとなり、2008年12月17日-18日に山形県天童市で行われた最終第7局でも渡辺に敗れる。羽生は将棋界初の3連勝4連敗を喫して奪取を逃した。なお、この最終局は矢倉の戦形からお互い早めに動く展開で、中・終盤のねじり合いの内容が素晴らしく、将棋大賞の名局賞受賞局となった。羽生にとっては同賞創設から3年連続3回目の受賞で、いずれも敗局での受賞である。
2010年6月1日、第51期王位戦白組プレーオフで戸辺誠に勝ち、通算1100勝を達成。同年6月26日、タイトル戦登場100回目となった第81期棋聖戦は、深浦を3勝0敗のストレートで下して防衛した。同年9月29日、第58期王座戦では藤井猛を相手に3勝0敗で防衛。同一タイトル19連覇、同一タイトル6回連続ストレート防衛という2つの歴代1位の記録を樹立した。
第58回(2008年度)-第60回(2010年度)のNHK杯戦で史上初の3連覇を達成した。同棋戦での通算優勝回数を一気に9へと伸ばし、大山康晴の記録(8回)を抜き去って歴代単独トップに立った。
2011年、森内俊之を挑戦者に迎えた第69期名人戦で3連敗後3連勝するも、最終局で敗れ失冠。しかし、同年の第52期王位戦で広瀬章人王位に挑戦し、4勝3敗で奪取(2011年9月13日)して通算タイトル獲得数を80期とし、40歳にして大山康晴の持つ歴代1位の記録に並んだ。しかし、第59期王座戦で挑戦者の渡辺にストレート負けを喫し、20連覇を逸する。なお、同年、初出場の第19回富士通杯達人戦(非公式戦)で優勝している。
2012年2月11日、第5回朝日杯将棋オープン戦で、2年ぶり2度目の優勝。第70期順位戦(2011年度)で史上3人目のA級順位戦全勝優勝を達成。第61回NHK杯戦では2012年3月18日放送の決勝で渡辺を破り、自身の連覇記録をさらに更新するNHK杯戦4連覇を果たすとともに通算優勝回数10回を達成。将棋界では初の名誉NHK杯選手権者の称号を獲得した。この時点で通算優勝回数が124回(タイトルと一般棋戦、非公式戦の合算)となり、大山康晴の最多記録に並ぶ。
第70期名人戦(2012年)で森内に敗北(2勝4敗)。A級全勝者挑戦の名人奪取失敗は史上初。しかし、直後の第83期棋聖戦で新鋭・中村太地(タイトル初挑戦)を3連勝で退け、通算タイトル獲得数を81期として歴代単独1位となる。8月17日の対局(銀河戦決勝収録・対阿久津主税)で勝利し、史上5人目の通算1,200勝を史上最年少・史上最速・史上最高勝率で達成。
第60期王座戦で渡辺から前年奪われた王座を奪還。その最終第4局は千日手指し直しの末深夜2時までもつれる熱戦で、第40回将棋大賞の名局賞に選ばれた(初の勝局での受賞)。
第71期A級順位戦(2012年度)で優勝し、2年連続で名人挑戦。
第71期名人戦は3年連続で森内との対決となったが、1勝4敗で敗退。一方、渡辺の挑戦を受けて史上初の三冠同士対決となった第84期棋聖戦では3勝1敗でタイトルを防衛し、通算公式戦優勝回数を125回として歴代単独1位となる。
第61期王座戦で中村太地に対して1勝2敗からの2連勝で辛くも防衛。このシリーズは200手超あり、千日手あり、打ち歩詰め筋ありという白熱したシリーズだった。これにより、同一タイトル通算獲得数を歴代単独1位の21期とする(従来の記録は大山の王将通算20期)。第7回朝日杯将棋オープン決勝戦(2014年2月8日)で渡辺二冠を下し、3度目の優勝。また、渡辺王将に挑戦した第63期(2013年度)王将戦ではフルセットにもつれ込むも惜敗(四冠を逃す)。
2014年度、第72期名人戦で4年連続・9回目の顔合わせとなった森内名人を4連勝のストレートで破り名人に復位。約4年ぶりに四冠に復帰した。3期連続の挑戦、および3度の復位はともに名人戦史上初である。3度の復位は全て森内から、3度の失冠のうち2度は森内によるものである。第85期棋聖戦では、森内竜王を挑戦者に迎え、名人戦とは立場を変えての番勝負となった。結果は羽生の3連勝で防衛。大山の記録に並ぶ棋聖7連覇、13期目の獲得となった。
第55期王位戦では、挑戦者に木村一基を迎え、第3局に王位戦史上初(タイトル戦では22年ぶり)となる持将棋が成立した。結果は羽生の4勝2敗1持将棋で防衛(4連覇、16期目)。なお、タイトル戦での持将棋は、羽生自身にとっては、初タイトルを獲得した第2期竜王戦(1989年)第2局(対島朗竜王)以来2度目である。
第62期王座戦では、2回目のタイトル挑戦となった豊島将之を迎えた。開幕2連勝のあと2連敗しフルセットになったが防衛し、同一タイトル獲得記録を22に更新、四冠を堅持した。これにより、タイトル通算獲得数が90期になった。また、2014年11月20日、第64期王将戦挑戦者決定リーグ戦5回戦で三浦弘行九段戦に勝利し、史上4人目の1,300勝を史上最年少・史上最速・史上最高勝率で達成した。
第40期棋王戦で渡辺に挑戦するも、3連敗で奪取失敗。なお、2014年度は2つのタイトル挑戦者決定戦で敗れ(第27期竜王戦挑戦者決定三番勝負・対糸谷1勝2敗、王将リーグプレーオフ・対郷田)、年度全てのタイトル戦登場を逃した。
2015年度、第73期名人戦は行方尚史を挑戦者に迎え、4勝1敗で防衛。これにより名人通算9期、名人位獲得数が歴代3位となった。なお、羽生が制した第1局は名人戦史上最短手数となる60手での決着であった。
2015年から始まった第1期叡王戦には参加しなかった。
第86期棋聖戦では豊島将之七段を迎えての防衛戦であった。2年連続タイトル挑戦で勢いに乗る豊島を3勝1敗で退けて防衛。大山十五世名人の棋聖7連覇の記録を塗り替え8連覇を達成。また、元王位の広瀬章人を挑戦者に迎えた第56期王位戦では、4勝1敗で盤石の防衛。そして第63期王座戦ではタイトル戦初登場の佐藤天彦を3勝2敗のフルセットで退けた。第65期王将戦リーグでは5勝1敗の成績で久保利明と並びプレーオフに進出。そして久保に勝ち、郷田真隆への挑戦権を獲得したが、2勝4敗で敗れた。
第9回朝日杯将棋オープン戦の決勝(2016年2月13日)で森内に勝利し、3連覇を達成。また、一般棋戦の通算優勝回数が44回となり、大山の記録に並んだ。
2016年度、第74期名人戦は佐藤天彦を挑戦者に迎え、1勝4敗で失冠。名人通算10期とはならなかった。
その後、第87期棋聖戦では羽生が苦手としていた永瀬拓矢を挑戦者に迎え、3勝2敗で防衛。自身の持つ棋聖戦連覇記録を9へと伸ばす。その後初タイトルを目指す木村一基を挑戦者に迎えた第57期王位戦七番勝負もフルセットで防衛。これにより25年連続の年度複数冠を達成。第64期王座戦五番勝負ではストレートで挑戦者の糸谷哲郎を破り、自身の持つ同一タイトル獲得記録を24期に伸ばした。第2期叡王戦に初参加、九段予選を勝ち上がり本戦に進出、準決勝で佐藤天彦名人に敗れた。
2017年度、第88期棋聖戦では若手のホープ斎藤慎太郎七段を挑戦者に迎え、3勝1敗で防衛。自身の持つ棋聖戦連覇記録を10へと伸ばすとともに、自身3つ目のタイトル2桁連覇(王座・棋王・棋聖)を達成した。
第58期王位戦では棋聖戦挑戦者の斎藤と共に順位戦でB級1組へ昇級した菅井竜也七段を挑戦者に迎えた。菅井の振り飛車に苦戦し1勝4敗で失冠。続けて、第65期王座戦では4年ぶり2回目の挑戦となる中村太地六段を挑戦者に迎え、1勝3敗で失冠。自身13年ぶりとなる一冠に後退した。
第30期竜王戦では挑戦者決定戦に進出し松尾歩八段を相手に2勝1敗で勝利。自身7年ぶりの竜王戦七番勝負登場を決めた。七番勝負では渡辺竜王を4勝1敗で破り15期ぶりに竜王位に復位し、永世竜王を獲得するとともに史上初の永世七冠となった。また、史上初の永世七冠を達成したことにより安倍晋三内閣総理大臣から棋士として初の国民栄誉賞を、囲碁棋士の井山裕太七冠と共に授与された。
また、竜王位の獲得により既に防衛していた棋聖と合わせて55日ぶりに二冠となり、26年連続の年度複数冠を達成。
第76期順位戦では、最終局を終えて6人が6勝4敗で並び、史上初の6人でのプレーオフとなった。A級2位の羽生は4回戦で豊島将之八段、5回戦(挑戦者決定戦)で稲葉陽八段を破り、自身17回目となる名人戦への出場を決めた。佐藤天彦名人との七番勝負は、第1局(2018年4月11日-12日)を97手にて勝利して、大山康晴十五世名人に次ぐ2人目の通算1400勝を最年少・最速・最高勝率で達成するも、番勝負の結果は2勝4敗に終わり、名人復位はならなかった。また、第66期王座戦では、決勝トーナメント1回戦で深浦康市九段に敗退し、26年続いた連続番勝負出場記録が途切れた。第89期棋聖戦では2勝3敗の末、豊島将之八段に敗れ棋聖位を失冠し再び竜王の一冠となった。
2018年度の第31期竜王戦七番勝負で挑戦者の広瀬章人八段を相手にフルセットの上、3勝4敗で敗れ1990年度(1991年)の棋王獲得以来27年ぶりの無冠となった。なお竜王戦第六局では、2日目(2018年12月13日)の12時7分に投了し竜王戦史上最速投了を記録(全棋戦でも史上4番目)して大敗している。この際、日本将棋連盟から「前竜王」を名乗るか意向を問われたが、「前竜王」を辞退して「九段」を名乗ることにした。一方、第68回NHK杯戦では、羽生本人も含めた羽生世代の棋士4人(羽生・森内俊之・丸山忠久・郷田真隆)が若手の強豪を退けてベスト4を占める中、羽生は準決勝で丸山、決勝で郷田を破り、NHK杯11回目の優勝と一般棋戦で大山康晴の44回を超える45回目の優勝を果たした。
2019年度は、5月23日に第60期王位戦挑戦者決定リーグで、谷川浩司九段に対し94手で勝利する。これにより、通算勝利数が1433勝となり大山康晴十五世名人が持つ最多勝利数記録に並び、1位タイとなった。また、王位戦挑戦者決定リーグ白組は羽生と永瀬拓矢叡王が共にリーグ4勝1敗でプレーオフとなり、133手で羽生が永瀬に勝利。通算勝利数歴代単独1位となる1434勝を達成した(対局数2027局、1434勝591敗 2持将棋、勝率0.708)。王位戦挑戦者決定戦では紅組優勝の木村一基九段に敗れ、挑戦権獲得を逃した。他棋戦でも第67期王座戦決勝トーナメントベスト4や第69期王将戦挑戦者決定リーグ進出・残留等と健闘するも、いずれもタイトル挑戦を逃し、30年間連続していたタイトル戦の番勝負出場も、31年目で途絶えることとなった。
2020年度は、第33期竜王戦1組ランキング戦で優勝すると、決勝トーナメントでも優勝し、史上初の50歳以上での竜王戦七番勝負登場を決めた。50歳以上でのタイトル戦登場は史上6人目である。勝てばタイトル通算100期となる竜王戦七番勝負では、豊島将之竜王から第2局で勝利を挙げるも対戦成績1勝4敗で敗れ、偉業は持ち越しとなった。羽生は七番勝負第4局の前日に無菌性髄膜炎による体調不良で入院となり、対局を延期(第5局を第4局として行う)するハプニングもあった。
2021年度は、第62期王位戦で挑戦者決定戦進出、第71期王将戦リーグ残留、第71回NHK杯ベスト4と健闘するも、公式戦の年間成績は14勝24敗に終わり、プロ入り36年目で初の年度負け越しとなった。また、2022年2月4日、第80期順位戦A級8回戦で永瀬拓矢王座に敗れ、成績が2勝6敗となり、最終9回戦を待たずに史上4位タイの29期連続(名人位9期を含む)で在籍していたA級からの陥落が決まった。
2022年度は、6月16日に第81期順位戦B級1組1回戦で山崎隆之八段に82手で勝利し、史上初の通算1500勝を達成した(特別将棋栄誉敢闘賞)。また、11月22日には第72期王将戦挑戦者決定リーグを6戦全勝で制し、2年ぶりのタイトル戦挑戦者となり、タイトル戦において藤井聡太王将と初対戦となったが、2勝4敗で敗れた。なお、この七番勝負の第二局は、将棋大賞の名局賞を受賞し、またこれらの活躍により、敢闘賞を受賞した。また、年間勝率も7年ぶりに6割を超えるなど復調ぶりが際立った。
2023年度は、第64期王位戦で紅組優勝を果たし、挑戦者決定戦に進出したが佐々木大地七段に敗れ、藤井聡太へのリベンジはならなかった。また、6月9日の棋士総会で理事として正式選出された後、理事会によって新会長に選任された。羽生の師匠である二上達也、二上の師匠である渡辺東一も会長経験者であり、渡辺の師匠である関根金次郎も現行の日本将棋連盟につながる将棋大成会・(旧)日本将棋連盟の会長経験者であることから、実質師弟四世代で連盟会長の経験者となる。2023年に創設された50歳以上の棋士による公式戦「第1回達人戦」において決勝戦で丸山忠久九段に勝利し、初代達人となった。各棋戦でコンスタントに結果を残していた一方、第37期竜王戦では1組ランキング戦初戦で久保利明九段に敗れ、5位決定戦でも初戦で丸山忠久九段に敗れ、32期連続で在籍した竜王戦1組(竜王在位含む)から陥落した。
2024年度は、第72期王座戦決勝トーナメント1回戦で佐藤康光九段と169回目の対局を行い、同一カードの対局回数で単独歴代2位に浮上した。この対局に勝利した羽生はその後挑戦者決定戦まで進出したが、永瀬拓矢九段に敗れ7期ぶりの五番勝負登場はならなかった。
攻守ともに優れた居飛車党であり、急戦・持久戦問わず指しこなす。時折、振り飛車を採用することもある。
好きな駒は銀将で、理由は攻め、受けの要であるため。羽生が研究用に使っていた駒を譲り受けたライターによれば、柘植製の使い込まれた駒のうち、銀だけがすり減っていたという。
また、対局の中の様々な面で強さを発揮する。勝又清和は「大山の力強い受け、中原の自然流の攻め、加藤(一)の重厚な攻め、谷川の光速の寄せ、米長の泥沼流の指し回し、佐藤(康)の緻密流の深い読み、丸山の激辛流の指し回し、森内の鉄板流の受け、といった歴代名人の長所を状況に応じて指し手に反映させる‘歴代名人の長所をすべて兼ね備えた男’」としている。
終盤での絶妙の勝負手あるいは手渡し、他の棋士が思いつかないような独特な寄せ手順から逆転することは、主に若手時代、「羽生マジック」と呼ばれ、それを表題とした書籍も複数出版されている。
金銀を2三(後手なら8七)や8三(後手なら2七)に打った対局の勝率が高いと言われている。ここに金銀を打つのは、通常は勝ちづらいと考えられている手法である。このため棋界の一部では、これらのマス目は「羽生ゾーン」と呼ばれている。
著書『決断力』で「成長するために逃げずに敢えて相手の得意な戦型に挑戦する」との旨の発言をしている。
長年のライバルである森内俊之は、「彼の凄さは、周りのレベルも上げつつ、自分のレベルも上げるところにある。勝負の世界にいながら、周りとの差を広げることだけにこだわっていない」と語る。これと似た評価としては他に、観戦記者による「感想戦で羽生などは別の手順をすべて明らかにします。今後の対局もあるからバラすと損になるなどと考えない」などがある。
渡辺明は、「佐藤棋聖に敗れA級の羽生-谷川戦を観戦。あまりの名局に感動し動けない。トップ棋士の力を見た一日」、「羽生名人はどんな戦法も指せる」、「情熱大陸」の竜王戦密着取材では、第1局の羽生の勝ちに関して「あの状態(渡辺は羽生が攻めきれないと読んでいた)から勝てると読んでいたのは恐らく羽生さんだけじゃないかな…」と、ナレーションの「差を見せ付けられた」との声とともに語った。
深浦康市は2003年に、「(二冠に後退したが)羽生さんは今も最強だと思っています。羽生さんに比べると自分はまだまだ」と語っている。
身長は172 cm。血液型はAB型。
妻は元俳優でNHK連続テレビ小説『京、ふたり』のヒロイン役を務めた畠田理恵である。婚約発表は1995年7月に行われた。1996年2月19日に畠田が駅で暴漢に襲われる事件が発生した。この事件は七冠達成から僅か5日後であったため、マスコミで大きく取り上げられた。挙式は1996年3月28日。1997年7月に長女、1999年11月に二女が誕生した。2024年4月15日、畠田はSNSにて結婚28年目で初めて結婚指輪(ティファニー製)をプレゼントされたことを明らかにした。羽生は「お待たせしました。これからもどうぞよろしくお願いします」と自身のSNSでコメントした
両親は、互いの祖母が姉妹という再従姉弟の関係にあり、しかも同じ会社の出身者である。
お笑いタレントの歩子(旧芸名:ハブサービス、本名:羽生幸次郎)は従弟にあたる。
プロ棋士となってからも一時東京都立富士森高等学校に通う多忙な生活を送っており、試験は持ち前の記憶力で突破していたが出席日数が足りず、東京都立上野高等学校通信制に転入し、卒業。母は「将棋に専念させず高校に通わせたことを後悔した」と述べているが、羽生は逆に「あの時高校に通っていたおかげで将棋を嫌いにならずにすんだ。感謝している。」と述べている。
羽生家の先祖は代々、現在の鹿児島県の種子島に居住しており、1996年の七冠達成を記念して、親戚たちが建てた記念碑と記念樹が西之表市にある。
2021年5月、トップコートと業務提携したことが公表された。将棋関連の業務については従来通り日本将棋連盟が窓口となるが、将棋以外のイベント・広告等については同社が窓口となる。
初タイトルの竜王を失った1990年の竜王戦七番勝負は、谷川3連勝の後に羽生が1勝を返し、最終的に4-1で谷川が奪取した展開であったが、角番で1勝を挙げた第4局は、入玉模様ではなく攻め合いであったにもかかわらず、203手という長手数の激戦であった。この一局のことを、羽生は「それまでは、昇級・昇段・タイトル獲得という上だけを見ていたが、初めて後ろ向きで対局したという意味で、(将棋観を変えた最も)印象に残る一局」と語り、一方、谷川は「どちらが勝ってもおかしくない名局」、「4-0か4-1かというのは、その後のことを考えれば大きかったかもしれない」という旨を述べている。
永世称号資格の獲得では、棋界で序列最上位の竜王・名人の2つのみ、あと一歩となると足踏みしていた。永世名人資格の獲得は森内に2年連続で阻止され、その森内の方が先に獲得した(森内が十八世、羽生が十九世)。永世竜王資格の獲得は2002年に通算6期獲得で永世竜王まで残り1期としたが、その後森内に1度、渡辺に2度阻止された。2008年に渡辺明と戦った竜王戦は勝った方が初代永世竜王となるシリーズであったが、将棋史上初の3連勝4連敗で敗れた。著書『決断力』で「3連勝すると不安になり気の緩みが出る」との旨を述べている。しかし2017年に渡辺明から4勝1敗で奪取し、15年ぶりの竜王復位とともに永世竜王の資格を獲得した。
通算タイトル獲得期数の従来記録(大山の80期)更新に際しても足踏みを見せた。通算81期の新記録達成まであと一歩とするも、渡辺明(2011年王座戦)、森内(2012年名人戦挑戦)に連続阻止され、中村太地(2012年棋聖戦)への勝利で達成した。また、通算100期の大台達成も、あと1期のところで、佐藤天彦(2018年名人戦挑戦)、豊島(2018年棋聖戦)、広瀬(2018年竜王戦)に連続阻止され、27年ぶりの無冠になった。その後も豊島(2020年竜王戦挑戦)、藤井聡太(2023年王将戦挑戦)に敗れ、自身初のタイトル戦5連敗を喫するなどまだ通算100期を達成できていない。
2023年に創設された50歳以上の棋士による公式戦「第1回達人戦」に於いて決勝戦で丸山忠久に勝利し、初代達人となった。その際の表彰式では“将棋連盟会長たる羽生が、初代達人としての羽生に表彰を行う”形となったことが話題になった。
2003年の第51期王座戦では、タイトル戦初登場で19歳の渡辺明五段の挑戦を受け3-2で防衛したが、最終の第5局の終盤で羽生の手が震えて駒をまともに持てなかった。その後、一手のミスも許されない終盤で羽生の手が震えることが度々見られるようになったが、ほとんどの場合羽生の勝利が決定的になった局面のため、将棋界では「手が震えるのは羽生が勝ちを確信した時」と言われている。羽生自身も2008年の第66期名人戦第3局・対森内俊之名人戦での大逆転劇の際の話として「このように指せば勝てると道筋が見えた時、手が震えるようになった」と語っている。
プロデビューして間もない低段時代には、上目で相手をにらみつける(ように見える)「ハブにらみ」が相手を恐れさせたとされる。
初めて竜王位に就いた1989年頃は、先輩棋士(自分より段位や実績が上の棋士)と対局する際、上座に座るべきか下座に座るべきか、毎局悩んでいたが、1990年に1期で竜王位を失って以降は、席次に関しては、タイトル保持者としてふさわしい行動をとるよう努め、それで反感を買っても仕方がない、という考えをとるようになった。その後1994年に、A級順位戦8回戦で中原誠(当時の肩書きは前名人で当該棋戦準称号保持者、また当該棋戦永世称号資格保持者)と対戦した際、羽生(当時王位・王座・棋王・棋聖の四冠)が上座についたことで物議をかもした。この件は「上座事件」と呼ばれることもある。これについて羽生は、それまでのリーグ戦の成績が、自分の方がよかったので勘違いした、と語っている。
相手が悪手を指すと不機嫌になると言われており、羽生が勝利した第57期王座戦第2局ではまだ難解な将棋を投了した挑戦者の山崎隆之に厳しい言葉を投げかけたと言われる。このときの姿は『将棋世界』2009年12月号(日本将棋連盟)の観戦記にも「羽生には勝利を喜ぶ、あるいは勝利に安堵するといった雰囲気は微塵もなく、がっかりしたように、いやもっと言えば、怒っているようにも見えたからだ。」と記されている。また、本人も「相手でも自分でも、どちらかが悪い手を指すと、もっとすごいものを作り出せそうなチャンスがなくなってしまった、ということですから。」と発言している。しかし、第25期竜王戦第2局(渡辺明-丸山忠久)の解説を務めた際に、視聴者からの質問としてこの件が取り上げられ、「私自身としてはそんなに厳しい口調で言ったというつもりは全くなかった。対局後に主催者が入室するまでの2、3分の間に、簡単な感想として「こういう手があったのではないか?」と軽く聞いたつもりだった。秒読みの緊迫した後だったので、見る人によってはそういう風に見えたのではないか」と発言している。
初めての五冠王の頃は振り駒で先手を引き当てることが多く、「振り駒も強い」と言われた。1992年度と1993年度のタイトル戦における振り駒(第1局および最終局)は12回行われたが、すべて羽生が先手となった。
若手時代、NHK杯戦で先手番となったとき、▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩という相掛かりの出だしの後、常識とされる5手目▲7八金を指すまでに若干の時間を使ったことがある。
1993年12月24日の対谷川戦(第63期棋聖戦五番勝負第2局)において、序盤で4四の歩のタダ取りを許す△4二角、さらには、いったん敵玉に迫っていた7九のと金を、香車を取るだけのために2手をかけて△8九、△9九と「退却」させるという、将棋の常識からかけ離れた奇手を指した。売られた喧嘩に谷川が応じる展開の乱戦となり、さらに終盤だけで80手ほどもある激戦となったが、羽生が勝利している。
1994年、初めて名人位を獲得した直後のNHK杯戦・対畠山鎮戦で、先手・畠山の初手▲2六歩に対して2手目△6二銀と指した。そして、10手目で△3四歩とするまで羽生の歩が1つも動かないという、極めて珍しい出だしとなった。まさに「名人に定跡なし」である(結果、羽生が勝利した)。また、ほぼ同時期に、先手の初手▲7六歩に対する2手目△6二銀も指しており、こちらは一度ならず何度も指している。これは、相手が振り飛車党の場合に、たまに用いられる作戦ではあるが、羽生が実戦で試した相手は、谷川浩司、郷田真隆、森下卓といった居飛車党である。羽生は「2手目△6二銀は損だが、どれぐらい損であるかを見極めるために指した。どれだけ損であるかがわかったので、もう指すことはない。」という旨を語っていた。なお、2手目△6二銀は、2018年の名人戦第6局・対佐藤天彦戦で、佐藤の初手▲2六歩に対して久々に指したものの、145手で羽生が敗れた。
2001年9月1日の第14期竜王戦・挑戦者決定三番勝負第1局(対木村一基)、終盤の優勢な局面で135手目が大悪手となり頓死してしまった。もし神様から一手指し直す権利をもらったら、これをやり直したいと述べている。
2007年10月14日放送の第57回NHK杯戦、対中川大輔戦は、羽生が七冠のときのNHK杯戦決勝と同じ顔合わせとなったが、終盤で中川が自分の玉のトン死の筋に気づかず、羽生の逆転勝ちとなった。最後は歩1枚さえも余らない、ぴったりの詰み。解説の加藤一二三は「NHK杯戦史上に残る大逆転じゃないかな」と述べた。この時点で羽生が視聴したかは明確ではなかったが、「棋士 羽生善治」のロングインタビューの中で、ニコニコ動画の映像を視聴したと明かした。
2008年の第66期名人戦第3局(2008年5月8日-9日)において、検討陣の棋士達が森内俊之の勝ちと判断して検討を打ち切った後、敗勢から驚異的な粘りを見せて、最後の最後で森内のミスを誘い、大逆転勝利を挙げる。羽生自身はその後のインタビューの中で「ずっと不利を感じていて気持ちが萎えていたが、それからひたすら最善手を続けた結果、勝利を引き寄せたのではないか」と語っている。
史上初のネット公式棋戦である大和証券杯ネット将棋・最強戦の第2回、1回戦・渡辺明竜王との対局(2008年5月11日)において、マウス操作のミスによって、時間切れ負けをする。時間切れとなった局面は68手目、中盤から終盤への入り口でいちばん面白くなるところであり、しかも羽生優勢の局面であった。なお、これは羽生にとってデビュー以来初めての反則負けとしてマスコミに注目され、翌日の朝刊では一般紙や地方紙でも取り上げられた。
第67期名人戦七番勝負第1局の2日目(2009年4月10日)、対局中の羽生に対して観戦記者が扇子へのサインを求めるという珍事があった。羽生は44手目を考慮中であったが、記者の扇子にサインをした。この記者は朝日新聞社の嘱託を長くつとめた東公平で、この対局の観戦記の執筆を同社から委託されていた。同社は東に厳重注意をした。東は羽生とは昔から顔見知りであったため、その気安さもあってのことと言われている。当の羽生は永世七冠達成時の対談で「(テレビ中継の無い)昔の感覚で言うと全然変な話じゃない」と大山康晴らを引き合いにコメントした。
チェスにおいては国際チェス連盟(FIDE)のタイトル(称号)でグランドマスター(GM)、インターナショナルマスター(IM)に次ぐ、FIDEマスター(FIDE Master, FM)位を有する、日本国内屈指の強豪である。現在では選手として競技会への参加は少なくなったが、国内でのチェスの普及や親善としてのイベント対局をこなしている。
海外のチェス大会に一人で出場するため、多忙な中で英語を勉強し、アメリカ、フランス、ドイツ、UAEなど各国の大会に出場した。2006年6月にフィラデルフィアで行われた「World Open」では、英語の取材に羽生自らが英語で応じており、その模様は公式サイトで公開されている。
チェスの魅力を将棋棋士の室岡克彦に22歳で教えられ、本でルール等を覚えた。実際にチェスをプレイし始めたのは七冠制覇前後の1996年頃、26歳とかなり遅く、日本在住のフランス人チェス講師、ジャック・ピノーから教わった。プレイといっても多忙のため月に1、2度の練習であった。将棋とチェスに関して羽生は「当初似ていると思っていたが、全然違う」と語った。
現在はチェスプレーヤーの小島慎也(IM、レーティング2400)と月に数回集中的な練習対局を行っている。
上記の将棋との混乱やチェスの開始時期が遅いこと、月1、2度という僅かな練習にもかかわらず、2年後の1998年3月に全日本百傑戦で単独優勝、9月のジャパンオープンでは1局敗れたものの4者同率優勝した。
1999年6月には、非公式の自由対局ながらIMのアルミラ・スクリプチェンコに2戦2勝。しかし、その夫(当時)であるGMのジョエル・ローティエに森内俊之、佐藤康光とともに3面指しで挑むも3人とも敗れた。2000年は将棋界で記録的な活躍をしていたにかかわらず、暇を見つけてシカゴで開催された「Chicago Open」に参加、これが海外大会初参加である。
また、2002年10月には再来日したGMのジョエル・ローティエに再び森内、佐藤とともに3面指しで挑むも羽生は敗れた(森内のみ引き分け)。
2004年には日本人として3人目となるFMの称号を獲得。以降、2007年5月までにほぼ年2回のペースで13回の海外大会に参加(うち2回は早指し戦)、2006年の「World Open」では5勝2分2敗で237人中38位となり、IM獲得への第一歩となる1度目のIMノームを達成した(日本人として3人目)。これらの大会で30分前後の早指し戦ではGMに3勝2敗1分と勝ち越している(但し、当時、早指しはレイティング対象とならなかった。現在は長時間のゲームとは別枠として計算されるようになった)。
2007年5月の時点でレイティングは2404と日本国内1位、世界ランキングは2796位、アジア圏のランキングは260位、日本チェス協会の国内称号である段位は六段とした。少ないながらも定期的に大会に出ては順調にレイティングを上げていたが、2007年5月から長期間、チェス大会へ出場しなくなり、2014年までFIDEからは「active player」(活動中の選手)の認定を受けなくなった。
これ以降もイベントでの対局は時折行い、2011年10月にはフランスで開催された国際将棋フォーラムで、アンドル=エ=ロワール県のヴィランドリー城でフランス国内チャンピオンのマキシム・バシエ・ラグラーブ(対局時の世界ランキング29位、レーティング2715)と、森内とともに2面指しの親善対局を行い、黒番(後手、一般的に不利とされる)を持ったが、チェックメイトの順を逃しての引き分けとなった(森内は敗れた)。バシエ・ラグラーブは両者について、「日本にこんな強い選手がいることにびっくりした」と感想を述べた。
2012年3月、全日本百傑戦に参加し単独優勝(5勝1分、5.5P/6R)を果たす。4月22日には都内で小島慎也とともに、GMで世界王者への挑戦経験もあるナイジェル・ショート(対局時の世界ランキング49位、レーティング2697)と、2面指しのエキシビション対局を行い、後手黒番を持って引き分けになった。
2012年9月14日、神戸で開催されたチェス・プロブレムの世界大会「WCCC2012」で、2011年に対局したバシエラグラーブ(対局時の世界ランキング50位、レーティング2697。将棋は1年前から始めた)と、将棋とチェスを同時に指すという変則ルールで公開対局を行った。ハンデとして羽生は将棋が飛車落ち、チェスは先手白番で、将棋に勝ちチェスは負けた。羽生はインタビューに「頭を切り替えて考える面白さがあった」とし、バシエラグラーブは「チェスと将棋が影響を及ぼし合えば面白い」と答えた。
2013年11月、ジャパンオープンで総合3位(5勝1分2敗、5.5P/8R)。12月には年末年始の休みを利用してポーランドに渡り、クラクフで開催された「第24回クラクフ国際チェスフェスティバル2013」に参加。6勝1分2敗(6.5P/9R)の成績を残し2度目のIMノームを達成した。6勝の中には、GMのBartłomiej Heberla(対局時のレーティング2561)から後手黒番で上げた1勝が含まれている。これにより2014年2月のFIDEレーティングで2415となり、「active player」へ復帰した(世界2459位、アジア230位)。
2014年11月28日、電王戦の特別企画で元世界王者のガルリ・カスパロフと先手後手を入れ替える早指し(25分)の二番勝負で対局したが、カスパロフが2連勝した。
将棋にチェスの手法を持ち込むこともあり、その一例として、AbemaTVの企画番組にて持ち時間配分で「フィッシャールール」を採用した将棋トーナメント戦を羽生が提案。2018年に「AbemaTVトーナメント Inspired by 羽生善治」として放送された。
2021年2月時点でレーティングは2399と日本国内2位、世界ランキングは3194位、アジア圏のランキングは393位。
普段は自然体で喋るが、インタビューなどでは「そうですね、あーのー、まぁー」などとゆっくり前置きをしながら、受け答えをする場合がある。
対局時の寝癖がトレードマークとされる。結婚後は一時頻度が少なくなったが、2013年の王座戦第4局では「後頭部に見事な寝癖がついている。」と日本将棋連盟王座戦中継サイトに記録が残るなど、2010年代に入り再び寝癖が現れる機会が多くなった。演歌歌手・長山洋子の歌「たてがみ」は、寝癖になぞらえたタイトルのオマージュソングである。
チャトランガ系統のゲームは一通り出来る。囲碁は小学生の時にやっており、5級からは苦戦したものの初段になりやめた。ただ、プロ棋士になってから再度ルールを覚えており、酒の席などでたまに知り合いと碁を打つことがある。
漫画作品『月下の棋士』の主人公・氷室将介の圧倒的な強さと対局時のオーラは羽生をモデルにしていると、作者の能條純一が単行本最終巻に記している。但し、「羽田」という名前の眼鏡をかけた少年もスポットで登場している。
2006年11月に八王子市より八王子観光大使を委嘱される。
子供の頃公文式をしていたため、CMに起用されていたこともある。また、その頃から六冠になるまでを書いた本(マンガ形式)もある。
好きな映画は小津安二郎監督の『東京物語』。また、小説では『氷点』(三浦綾子)を一時愛読していた。
基本的に弟子はとらない。
独身時は、収入の半分は寄付に使っていて、億の収入に税金を支払うと貯金はなしであった。
1982年12月02日(12歳) - 6級で奨励会入会
1983年02月03日(12歳) - 5級 (9勝3敗)
1983年03月28日(12歳) - 4級 (6連勝)
1983年05月11日(12歳) - 3級 (6連勝)
1983年07月07日(12歳) - 2級 (6連勝)
1983年08月24日(12歳) - 1級 (6連勝)
1984年01月11日(13歳) - 初段 (12勝4敗)
1984年09月10日(13歳) - 二段 (14勝5敗)
1985年04月25日(14歳) - 三段 (12勝4敗)
1985年12月18日(15歳) - 四段 (13勝4敗) = プロ入り(当時史上3人目の「中学生棋士」)
1988年04月01日(17歳) - 五段 (順位戦C級1組昇級)
1989年10月01日(19歳) - 六段 (竜王挑戦)
1989年12月27日(19歳) - 六段 (第2期竜王 獲得=タイトル1期)
1990年10月01日(20歳) - 七段 (竜王獲得1期=第2期竜王)
1991年03月18日(20歳) - 七段 (第16期棋王 獲得=タイトル2期)
1992年09月22日(21歳) - 七段 (第40期王座 獲得=タイトル3期)
1993年04月01日(22歳) - 八段 (順位戦A級昇級)
1994年04月01日(23歳) - 九段 (タイトル3期=1992年9月22日の達成)
※2023年4月3日現在
登場・連覇の 太字 は歴代最多記録。
通算46回 = 歴代1位
なお、プロデビュー(1985年12月18日)以降に存在した、新進棋士の棋戦を除く一般棋戦のうち、優勝経験がないのは下記の3つ(但し、前身の棋戦は同一の棋戦と見なす)。
名将戦(1987年度で終了)
大和証券杯ネット将棋・最強戦(2007年創設、2012年度で終了)
通算8回 = 歴代1位
達人戦(非公式戦時代) 2回 : 2011、2012年度
銀河戦(非公式戦時代) 2回 : 1997、1998年度
若駒戦 1回 : 1985-1986年、準々決勝以降対局は四段昇段後
IBM杯 1回 : 1992年度
全日空杯 1回 : 1992年度
獅子王戦 1回 : 2016年
タイトル戦関連
- 通算タイトル獲得 - 通算99期
タイトル戦登場回数 - 通算138回
タイトル奪取回数・失冠回数 - ともに通算22回
タイトル保持連続日数 - 27年9か月(1991年3月18日棋王獲得 - 2018年12月21日竜王失冠)
連続年度複数タイトル保持 - 連続27年(1992年度- 2018年度)
同一タイトル獲得 - 通算24期(王座:1992-2010、2012-2016年)
同一タイトル連覇 - 19連覇(王座:1992-2010年)
同一タイトル戦連続登場回数 - 連続26回(王座:1992年-2017年)
同一タイトル戦番勝負連勝 - 19連勝(王座:第52期第4局=2004年度 - 第58期第3局=2010年度)
同一タイトル連続ストレート獲得 - 連続6期(王座:2005年度=第53期 - 2010年度)
史上初の7冠(当時全冠)達成 - 1996年2月14日達成(1996年7月30日棋聖失冠まで)
タイトル戦における年長者側の最長年齢差勝利 - 31歳9か月差(第72期王将戦第2局=2022年度、対藤井聡太王将)(※「タイトル戦における年長者側の最長年齢差対局」では史上2位記録、史上1位は第15期棋王戦の40歳2か月差)
最多永世称号タイトル獲得 - 7冠(永世竜王・永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将) ※史上初
最多永世称号獲得 - 8つ(上記の永世七冠および一般棋戦の名誉NHK杯選手権者) ※史上初
竜王復位最多回数 - 通算4回(1992年度=第5期、1994年度、2001年度、2017年度) ※史上初
名人復位最多回数 - 通算3回(2003年度=第61期、2008年度、2014年度) ※史上初
A級順位戦全勝 - 9戦全勝(第70期=2011年度) ※史上3人目
A級順位戦21連勝 - 第66期4回戦から第71期6回戦まで(間に名人3期含む)
竜王戦1組通算在籍期数(竜王在位を含む) - 通算34期(第3期-4期、第6期-37期)
竜王戦1組連続在籍期数(竜王在位を含む) - 連続32期(第6期-37期)
王位リーグ通算在籍期数(王位在位を含む) - 通算32期(第34期-65期) ※継続中
王位リーグ連続在籍期数(王位在位を含む) - 連続32期(第34期-65期) ※継続中
王将戦 挑戦者決定リーグ全勝回数 - 2回 ※歴代1位タイ(佐藤康光と同数)
王将戦 挑戦者決定リーグ最年長全勝達成 - 52歳(第72期王将戦=2022年度) ※史上2位(43歳)の記録も羽生自身が保持。
優勝関連
- 優勝回数 - 通算153回(タイトル戦99・一般棋戦46・非公式戦8)
公式戦優勝回数 - 通算145回(タイトル戦99・一般棋戦46)
非タイトル戦優勝回数 - 通算54回(一般棋戦46・非公式戦8)
一般棋戦優勝回数 - 通算46回
非公式戦優勝回数 - 通算8回(銀河戦2・達人戦2・若駒戦1・IBM杯1・全日空杯1・獅子王戦1)
NHK杯優勝回数 - 通算11回(第38回=1988年度、第41回、第45回、第47回-第48回、第50回、第58回-第61回、第68回) ※名誉NHK杯選手権者
NHK杯連続優勝 - 4連覇(2008=第58回 -2011年度)
オールスター勝ち抜き戦 - 16連勝(2000年=第20回)
銀河戦優勝回数 - 7回(1997=第5回 -1998、2000-2001、2004、2006、2012年度)
朝日杯優勝回数 - 5回(2009=第3回、2011、2013、2014、2015年度)
将棋大賞関連
- 最優秀棋士賞 - 22回
最年少最優秀棋士賞 - 18歳(1988年度)
最多勝利賞 - 14回
年度最多勝利 - 68勝(2000年度)
最多対局賞 - 12回
年度最多対局 - 89局(2000年度)
勝率第一位賞 - 7回
連勝賞 - 5回
名局賞 - 9回
敢闘賞 - 1回
年度記録4部門賞独占(最多対局、最多勝利、勝率一位、連勝) - 4回(1988、1989、1992、2000年度)
高記録達成回数
- 年度勝数60勝以上 - 4回(1988年度-64勝、1992年度-61勝、2000年度-68勝、2004年度-60勝)
通算記録
- 通算最多勝数:1561勝(2024年3月31日時点、更新中) - 大山康晴の記録「1433勝」を抜き歴代1位
最多勝数記録更新時成績:対局数 2027対局、1434勝591敗 持将棋2、勝率0.708(2019年6月4日達成)
珍記録
- 最年少竜王戦1組降級 - 20歳11か月23日(1991年9月20日)
タイトルホルダーでの最年少竜王戦1組降級 - 20歳11か月23日(1991年9月20日、当時棋王)
将棋のタイトル戦七番勝負史上初の3連勝4連敗(2008年12月18日、第21期竜王戦第7局)
名人戦敗退回数 - 8回
名人戦史上初のA級順位戦全勝者が名人位奪取失敗(2012年6月13日、第70期名人戦第6局)
名人戦史上初の3期連続挑戦(2012(第70期)-2014年度)
A級で8勝をあげながらも名人挑戦ならず(2005年度(第64期))
竜王戦敗退回数 - 9回
竜王戦史上最速投了記録 - 2日目12時7分投了(2018年12月13日、第31期竜王戦第6局2日目、対局者広瀬章人八段(当時))
竜王・名人を持たない序列3位以下の棋士としては最多の五冠(2000年7月31日の棋聖獲得から2001年8月6日の棋聖失冠まで)
賞金関連
- 獲得賞金・対局料ランキング首位 - 15年連続を含む23回(1993-1996、1998-2012、2014-2016、2018年)
1999年02月10日 - 将棋栄誉賞(公式戦通算600勝)
2003年02月23日 - 将棋栄誉敢闘賞(公式戦通算800勝)
2007年12月20日 - 特別将棋栄誉賞(公式戦通算1000勝)
2010年11月17日 - 現役勤続25年表彰
2012年08月17日 - 特別将棋栄誉賞(公式戦通算1200勝)
2022年06月16日 - 特別将棋栄誉敢闘賞(公式戦通算1500勝)
1996年03月21日 - 内閣総理大臣顕彰
2003年10月00日 - 第16回日本メガネベストドレッサー賞
2008年10月10日 - 第56回菊池寛賞
2018年02月13日 - 国民栄誉賞
2018年11月03日 - 紫綬褒章
2024年03月23日 - 紺綬褒章
昇段およびタイトルの獲得、 失冠等による肩書きの遍歴を記す。(「継続中の日数」は閲覧日現在のもの。 文字 は全タイトル独占。)
タイトル戦は成績。人物名が書かれた部分は番勝負登場。上段の氏名は対戦相手。うち、 太字 は敗退、 太字 はタイトル獲得(奪取または防衛)。 太字 はタイトル獲得及び永世、名誉称号資格獲得。 太字 は全タイトル独占。下段は勝敗。o : 羽生の勝ち、x : 羽生の負け、j : 持将棋、s : 千日手指し直し - は棋戦不参加または開始前・終了後(該当年度未実施)の棋戦
一般棋戦 - 新人:新人王戦、天王:天王戦、若獅:若獅子戦、勝抜:オールスター勝ち抜き戦(数字 n は連勝数)、早権:早指し将棋選手権、全日:全日本プロ将棋トーナメント、朝権:朝日オープン将棋選手権、朝杯:朝日杯将棋オープン戦、銀河:銀河戦、日シ:将棋日本シリーズ、NHK:NHK杯テレビ将棋トーナメント、達人:達人戦立川立飛杯
将棋大賞は次年度4月1日付公表分。最優 : 最優秀棋士賞、優 : 優秀棋士賞、特 : 特別賞、率 : 勝率一位賞、勝 : 最多勝利賞、対 : 最多対局賞、連 : 連勝賞、新 : 新人賞、名局 : 名局賞、名特 : 名局賞特別賞、升 : 升田幸三賞、升特 : 升田幸三賞特別賞殊勲:殊勲賞、技能:技能賞、敢闘:敢闘賞、旧敢:敢闘賞(旧)
賞金&対局料は、年度区切りではなく1月 - 12月の集計。単位は万円。()内は順位。 の年は全棋士中1位。
備考 - :最年少記録 :史上初の記録
『ミラクル終盤術』日本将棋連盟、1991年。ISBN 9784839954345。 ※『羽生のミラクル終盤術』へ改題。
『羽生の頭脳』全10巻、日本将棋連盟、1992年–1994年年。ISBN 9784839935528。
『天才詰将棋』〈光文社将棋シリーズ〉、光文社、1993年。ISBN 9784334716592。
『羽生マジック』全2巻、日本将棋連盟、1996年–1998年年。ISBN 9784839950767。
『羽生善治の戦いの絶対感覚』〈最強将棋塾〉、河出書房新社、2001年。ISBN 9784309275680。 ※『羽生善治の将棋の教科書・実戦篇―戦いの絶対感覚』へ改題。
『羽生の奥義12』将棋を世界に広める会、2002年。ISBN 9784861370083。 ※『上達するヒント』へ改題。
『羽生善治 好機の視点』〈小学館文庫〉、小学館、2003年。ISBN 9784094057515。
『羽生の法則』全6巻、日本将棋連盟、2003年–2007年年。ISBN 9784839940478。
『羽生善治の終盤術』〈最強将棋21〉、全3巻、浅川書房、2005年–2006年年。ISBN 9784861370113。
『読む将棋百科』河出書房新社、2009年。ISBN 9784309279220。 ※『羽生善治の将棋辞典』へ改題。
『羽生対局から50問!投了図からの詰将棋』梧桐書院、2010年。ISBN 9784340160006。
『変わりゆく現代将棋』上・下、日本将棋連盟、2010年。ISBN 9784839934408。
『羽生善治の将棋の教科書』河出書房新社、2012年。ISBN 9784309273525。
『もっと羽生流!初段+プラスの詰将棋150題』成美堂出版、2014年。ISBN 9784415317670。
『羽生善治の定跡の教科書』河出書房新社、2014年。ISBN 9784309275116。
『羽生善治の手筋の教科書』河出書房新社、2015年。ISBN 978-4-309-27639-7。
『羽生善治の将棋 序盤〜中盤―強くなる指し方』成美堂出版、2015年。ISBN 9784415320984。
『羽生善治の将棋 終盤―勝つための指し方』成美堂出版、2017年。ISBN 9784415323121。
『羽生善治の将棋「次の一手」150題』成美堂出版、2017年。ISBN 9784415324135。
『羽生善治の将棋ビギナーズバイブル』全3巻、日本将棋連盟、1996年。ISBN 9784839964870。 ※『楽しく覚えよう!将棋ビギナーズガイド』へ改題。
『羽生善治の将棋入門 ジュニア版』全5巻、河出書房新社、2002年。ISBN 9784309276403。
『羽生善治の将棋を始めたい人のために』成美堂出版、2011年。ISBN 9784415310961。
『羽生善治の将棋入門』日本将棋連盟、2011年。ISBN 9784416315156。
『簡単に、単純に考える』PHP研究所、2001年。ISBN 9784569662817。
『挑戦する勇気』〈朝日選書〉、朝日新聞社、2002年。ISBN 9784022618887。 ※『将棋から学んできたこと―これからの道を歩く君へ』へ改題。
『決断力』〈角川oneテーマ21〉、角川書店、2005年。ISBN 9784047100084。
『[図解]羽生善治の頭脳強化ドリル―直感力、集中力、決断力、構想力を鍛える』PHP研究所、2007年。ISBN 9784569659176。
『結果を出し続けるために』日本実業出版社、2010年。ISBN 9784534047786。
『羽生善治の思考』ぴあ、2010年。ISBN 9784569679532。 ※『捨てる力』へ改題。
『大局観―自分と闘って負けない心』〈角川oneテーマ21〉、角川書店、2011年。ISBN 9784047102767。
『40歳からの適応力』〈扶桑社新書〉、扶桑社、2011年。ISBN 9784594073169。 ※『適応力』へ改題。
『才能とは続けられること』PHP研究所、2012年。ISBN 9784569782065。
『直感力』〈PHP新書〉、PHP研究所、2012年。ISBN 9784569804897。
『迷いながら、強くなる』三笠書房、2013年。ISBN 9784837984115。
『羽生善治 闘う頭脳』〈文春文庫〉、文藝春秋、2016年。ISBN 9784167905835。
『永世七冠 羽生善治』宝島社、2018年。ISBN 9784800282163。
『瞬間を生きる』PHP研究所、2018年。ISBN 9784569840758。
『盤上の海、詩の宇宙』河出書房新社、1997年。ISBN 9784309263199。 ※吉増剛造と共著。
『先を読む頭脳』新潮社、2006年。ISBN 9784101374710。 ※伊藤毅志・松原仁と共著。
『勉強について、私たちの考え方と方法』PHP研究所、2007年。ISBN 9784569693521。 ※小山政彦と共著。
『勝ち続ける力』大和書房、2009年。ISBN 9784101374727。 ※柳瀬尚紀と共著。
『自分の頭で考えるということ』新潮社、2010年。ISBN 9784479305934。 ※茂木健一郎と共著、『考える力』へ改題。
『人間の未来 AIの未来』講談社、2018年。ISBN 9784062209724。 ※山中伸弥と共著
飛矢正順 『四人の名人を破った少年』 (評伝社、1990年) ISBN 978-4893718150
月刊将棋世界編 『月刊将棋世界 臨時増刊号 竜王、羽生善治。』 (日本将棋連盟、1990年)
森雞二 『羽生善治妙技伝』 (木本書店、1993年) ISBN 978-4905689430
大矢順正 『羽生善治 天才棋士、その魅力と強さの秘密』 (勁文社、1994年) ISBN 978-4766921052
高橋美幸原作・まきのまさる画 『まんが羽生善治物語』 (くもん出版、1995年) ISBN 978-4875769934
田中寅彦 『羽生善治 神様が愛した青年』 (ベストセラーズ・ワニ選書、1996年) ISBN 978-4584191286
大崎善生他編 『月刊将棋世界 臨時増刊号 七冠王、羽生善治。』 (日本将棋連盟、1996年)
炬口勝弘 『七冠王 羽生善治 α波頭脳の秘密』 (マガジンハウス、1996年) ISBN 978-4838707379
万代勉他 『しなやかな天才たち イチロー・武豊・羽生善治』 (アリアドネ企画、1996年) ISBN 978-4384023152
日浦市郎 『羽生善治名人位防衛戦の舞台裏 羽生vs森内 七番勝負での強さの秘密』 (エール出版社、1996年) ISBN 978-4753915903
大矢順正 『羽生善治・頭の鍛え方-いかにして「考える力」「集中力」をつけるか』 (三笠書房・知的生きかた文庫、1996年) ISBN 978-4837908197
七冠研究記者会 『強すぎる天才・羽生善治の謎』 (本の森出版センター、1996年) ISBN 978-4876932931
大内延介 『子どものための「超」集中記憶術-羽生善治に学ぶ』 (講談社、1997年) ISBN 978-4062086509
保坂和志 『羽生 21世紀の将棋』 (朝日出版社、1997年) ISBN 978-4255970141
小室明 『天才羽生善治神話 谷川光速流との対決』 (三一書房・三一将棋シリーズ、1997年) ISBN 978-4380972881
椎名龍一 『羽生善治 夢と、自信と。』 (学習研究社、2006年) ISBN 978-4052026447
梅田望夫 『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』 (中央公論新社、2009年) ISBN 978-4120040283
山田史生 『最強棋士 羽生善治-天才の育ちと環境』 (思文出版、2009年) ISBN 978-4898063347
別冊宝島1666 『羽生善治・考える力-人生を変える史上最強棋士の「思考法」』 (宝島社、2009年) ISBN 978-4796674157
梅田望夫 『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?-現代将棋と進化の物語』 (中央公論新社、2010年) ISBN 978-4120041778
ほか多数
羽生名人のおもしろ将棋(スーパーファミコン用ソフト、1995年発売、トミー)
『最強羽生将棋』 (NINTENDO64用ソフト、1996年6月発売、羽生善治名人監修・日本将棋連盟推薦)
羽生善治将棋で鍛える「決断力」DS(ニンテンドーDS用ソフト、2009年3月12日発売、アイデス)
『羽生将棋』 (スマートフォン向けアプリケーション、羽生善治永世名人監修・日本将棋連盟推薦)
『激指デラックス 名人戦道場』(2013年07月19日、マイナビ)※パソコン用ソフト
『将棋レボリューション 激指13』(2013年12月13日、マイナビ)※パソコン用ソフト
『将棋レボリューション 激指15』(2019年7月8日、マイナビ)※パソコン用ソフト
NHK総合 『プロフェッショナル 仕事の流儀』「直感は経験で磨く」 (2006年7月13日放送)
NHK総合 『プロフェッショナル 仕事の流儀』「ライバルスペシャル 最強の二人、宿命の対決 名人戦 森内俊之vs羽生善治」 (2008年7月15日放送)
NHK総合 『爆笑問題のニッポンの教養』FILE:108「本当の強さって何?」 (2010年4月27日放送)
NHK総合 『クローズアップ現代』「学びをあきらめない-74歳老棋士・最後の闘い」 (2010年7月8日放送) ※有吉道夫に関する内容
日本テレビ 『アナザースカイ』 (2011年12月9日放送)
ヒストリーチャンネル 『20世紀のファイルから』「棋士列伝」
日本テレビ 『世界一受けたい授業』 (2007年3月3日放送) ※講師として出演
NHK総合 連続テレビ小説『ふたりっ子』 ※本人役でスポット出演
NHK教育 『ETV特集』「七冠王・羽生善治 将棋の宇宙を語る」 (1996年2月16日放送)
NHK教育 『未来潮流』「羽生善治・吉増剛造 盤上の海・詩の宇宙」 (1997年1月18日放送)
NHK教育 『趣味悠々』「羽生善冶の将棋はむずかしくない!」 (1997年放送)
NHK BShi 『100年インタビュー』 (2008年10月2日放送)
NHK BS2 『大逆転将棋』
NHK総合 『NEWS WEB』「史上最速1300勝」 (2014年11月21日放送)
BSフジ 『五木寛之「風のCafe」』 (2014年12月6日放送)
NHK BSプレミアム『盤上のアルファ』(2019年2月3日)※第1話、本人役
NHK BS1『ザ・ヒューマン 羽生善治 天才棋士 50歳の苦闘』(2021年2月20日放送)
テレビ朝日『徹子の部屋』(1995年5月3日、2022年11月2日)
テレビ東京『世界!ニッポン行きたい人応援団』(2022年11月21日)
ほか多数
王手!最後のお願い(2020年1月1日、NHKラジオ第1)
TBSラジオ「Meet Up」(2022年9月17日、9月24日)
電王戦×TOYOTA「リアル車将棋」(2005年2月8日、3月1日、ニコニコ生放送)※3月は特別編
明治乳業 - 「明治ブルガリアヨーグルト」
キリンビール - 「秋味」
ネスレ日本 - 「ネスカフェ 匠」
サントリーウエルネス - 「DHA&EPA+セサミンEX」 ※ヴァイオリニストの高嶋ちさ子と共演
森永製菓 - 「inゼリーエネルギーブドウ糖」 ※女優の秋田汐梨と共演
富士フイルム - 「お正月を写そう♪」 ※俳優の横浜流星、広瀬すず、将棋棋士の藤井聡太と共演
丸大食品 - 「丸大の夏ギフト 贈るは、この一手」
羽生善治の役を演じた俳優
東出昌大 - 映画『聖の青春』(2016年、監督:森義隆、原作:大崎善生)
土屋伸之(ナイツ) - ドラマ『うつ病九段』(2020年、原作:先崎学)
^ 襲位(就位)は原則引退後(名誉王座のみ原則引退後または還暦後)。名誉NHK杯選手権者は即日就位。
^ のち、2017年度から叡王戦が加わり、タイトル戦は8となった。
^ タイトル戦の数が6つ以上になってからの「永世六冠」も羽生が初めて(タイトル戦が5つの時代には大山康晴が「永世五冠」を達成している)。名誉NHK杯選手権者の称号を得たのも羽生が史上初であり、2018年現在において唯一の保持者である。
^ 羽生に将棋を教えたこの同級生は小学校3年のときに山形県に引っ越し、以来、音信不通であったが、1995年にタイトル就位式で再会を果たす。
^ 中嶋克安指導棋士は、父が病気で倒れたため奨励会を退会して家業を継ぎ、そのかたわら道場(のちの八王子将棋クラブ)を開いた。
^ 小学生将棋名人戦には3年生のときから参加し、2年連続1回戦負けの後、前年の5年生時はベスト8であった。
^ 当時は、三段リーグの制度がなかった。
^ 島朗による命名。
^ これについて谷川浩司は「まず抽選をするわけですから」と述べた上で、「(羽生が)持って生まれた運」と表現している。
^ 18連勝のうち10勝は前年度からの繰越し。連勝を止めたのは大山康晴。
^ 同様の事例としては、棋聖位再挑戦時の「八段」を最後にタイトル称号・前名人・永世十段・十六世名人を名乗り、名人在位中に昇段した「九段」の段位を称することがなかった中原誠がいる。羽生以外の現役棋士では、2004年竜王挑戦時「六段」からの竜王獲得後、2023年の名人失冠で無冠(九段)になるまで18年半のタイトル保持を続けていた渡辺明がいる。
^ 第1期・第2期叡王戦では、棋戦運営の都合上、タイトル保持者もタイトル称号ではなく段位で呼称されていたため、羽生が参加した第2期では「羽生善治九段」と呼称されていた。
^ 森下は「もしも谷川が竜王を防衛していたとしたら、羽生は七冠どころか四冠も難しかったのではないか」とも述べている。
^ 米長は、もしもストレート負けしたら引退すると心の中で決めていたが、3連敗の後に2勝を返しさらに9年現役をつとめる。
^ このことを谷川は「お互いの意思がピッタリ合った」と表現している。
^ 谷川は、第1局と第2局の間に阪神・淡路大震災で被災していた。谷川は後に「(逆に)もしも震災がなかったら、このとき敗れていたのかもしれない」という旨を語っている。
^ 第53期名人戦第1局の108手目、森下は悪手△8三桂(△6七飛成で王手をしながら金を取れば勝勢)を指して羽生の逆転勝ちとなった。第43期王座戦第2局の98手目、森は△6九銀からの詰み(立会人の内藤國雄曰く「1秒でわかる詰み」)を見逃して受けに回り、羽生の逆転勝ちとなった。谷川王将への挑戦権を争う王将リーグでも、森内が95手目に悪手▲9二竜(単に▲5八香として馬を取れば大優勢)を指したことによってもつれた結果、羽生の勝ちとなった。
^ 46勝9敗のうち、タイトル戦だけでは25勝5敗(0.833)。この年度の最終戦となった対屋敷伸之戦に勝っていれば、1967年度に中原誠の記録した歴代最高勝率(0.8545、47勝8敗)に並ぶことができていた。なお、羽生のこの記録は2011年度の中村太地の勝率(0.8511、40勝7敗)に抜かれ、現在では歴代3位となる。但し、中原、中村ともに比較的低段位者と当たることの多い若手時代の記録であるのに対して、この年度の羽生は7度ものタイトル戦を戦いながらの記録である(1967年度の中原は後期の棋聖戦のみに登場、2011年度の中村はタイトル戦登場なし)。
^ 羽生の全冠独占後に『将棋マガジン』(日本将棋連盟)の中で「羽生から最初にタイトルを奪取するのは誰?」というアンケートが行われ、大抵の人が谷川浩司や佐藤康光の名を挙げた中、三浦と答えたのは僅か4人であった。
^ 相掛かりの先手で、飛車を「浮き飛車」(2六飛)にせず「引き飛車」(2八飛)にする指し方は当時としては珍しかったため、力戦と呼ばれた。しかし、これをきっかけにプロ間で流行するようになる。
^ この後の村山の休場による4月の不戦勝を含めると8勝6敗。
^ この谷川とのプレーオフの一局は結果的に(羽生が谷川の玉を)「詰ましにいって詰まなかった」ものだったが、内容は高く評価され、第34回将棋大賞で創設されたばかりの「名局賞」を、谷川とともに受賞した。
^ 囲碁のタイトル戦では3連敗4連勝は、すでに何度も発生していた。
^ 前年度には、第48期王位戦七番勝負第7局で名局賞を受賞している。
^ 2005年度、第53期王座戦で佐藤(康)の挑戦を退け王座戦14連覇を果たした時点で大山康晴が名人戦で樹立した同一タイトル連覇記録(1959年-1971年、名人13連覇)を抜いた。
^ 翌年の決勝での敗退まで、羽生は5年間をかけてこのトーナメントで24連勝している。この記録は佐藤康光評するに自身の13連勝など問題にならない、決勝戦で羽生の五連覇を阻んだ渡辺明評するに「1回負けたら終わりのトーナメントで5年で24連勝したのだから、信じられない記録です。」、「羽生さんは信じられない記録をたくさんもっているけど、その中でも一番信じられない記録といってもいいかもしれない。」とのことである。
^ 囲碁界では坂田栄男が名誉NHK杯選手権者の称号を獲得している。
^ 第2局。結果は203手で羽生勝ち。
^ 第4局は51手で千日手となった。
^ 第4局の千日手指し直し局。
^ この内、第4局千日手差し直し局は将棋大賞の名局賞を受賞している。
^ なお、このシリーズの第5局は将棋大賞の名局賞を受賞している。
^ なお、この名人戦第一局は将棋大賞の名局賞を受賞している。
^ 決勝トーナメント優勝時は49歳だが、竜王戦七番勝負開催時は50歳。
^ 他の5名の棋士は土居市太郎・升田幸三・大山康晴・二上達也(羽生の師匠)・米長邦雄
^ 「特別将棋栄誉敢闘賞」は2022年(令和4年)4月から創設され通算1500勝達成者に贈られる。
^ 解説役で出演していた内藤國雄は、▲2四歩と指しても先手が僅かに悪いとされているだけであり、羽生ならば何かやってくるかもしれないと相手に思わせる、との旨の解説をした。
^ 羽生が打った飛車を森内が3枚の銀で捕獲したと思われた直後、羽生が桂馬を動かした142手目が王手銀取り(飛車の空き王手)となり、森内が今打ったばかりの銀が桂馬で取られてしまった。そして、森内の金・銀がぼろぼろと取られていき、その金・銀で森内の玉が寄せられる形となった。
^ 2度クリックをしないと指し手が確定されない設定(操作ミスによる指し間違いを防ぐ設定)を対局途中から解除するつもりだったが、解除するのをうっかり忘れたままであったという。時間がぎりぎりになり、着手確認の際誤った操作をしてしまい、着手が間に合わなかったという。直後の公開された感想戦および後日の公式ウェブサイト(第2回大和証券杯ネット将棋・最強戦 渡辺明竜王対羽生善治二冠戦の時間切れ負けについての追加2(5/16) 日本将棋連盟 2008年5月16日 Archived 2008年9月14日, at the Wayback Machine.)上での発表による。
^ 3か月前に中井広恵もネット対局で時間切れ負けをしている。
^ 直後の公開された感想戦での渡辺・羽生両者の見解
^ 翌日、日本将棋連盟の公式ウェブサイト(同上。第2回大和証券杯ネット将棋・最強戦 渡辺明竜王対羽生善治二冠戦の時間切れ負けについての追加2(5/16) 日本将棋連盟 2008年5月16日 Archived 2008年9月14日, at the Wayback Machine.)で、対局者への注意徹底を行うこと、そして、万一同様の事態が起こった場合に指し継ぎの感想戦を行えるようなシステム(ソフトウェア)に変えることにより、ファンサービスを向上する旨が発表された。
^ この反則負けの3日前-2日前には名人戦で森内に勝利して2勝1敗とし、2日後は棋聖戦の挑戦者決定戦を控えている、という過密スケジュールであった。
^ その後は「ABEMAトーナメント」として、対局者の組み合わせが「女流戦」「団体戦」「師弟戦」の異なるバリエーションで行われ、囲碁・将棋チャンネルでもフィッシャールールを採用した「新銀河戦」「新竜星戦」(囲碁の非公式戦)の新棋戦が行われている。
^ 当時は、竜王戦の昇段規定であっても、1年以内に2つ昇段できない規定であったため。
^ 八段昇段前にタイトル3期は達成していたが、当時は、1年以内の飛び昇段ができない規定であったため。
^ 永世称号のうち名誉王座以外は原則として引退後に名乗ることになるが(名誉王座のみ満60歳になると現役でも名乗れる)、「名誉NHK杯選手権者」の称号はNHK杯通算10回目の優勝時に与えられる。
^ たとえば、朝日杯将棋オープン戦の前身の前身は全日本プロ将棋トーナメント。タイトル戦では竜王戦の前身は十段戦。
^ 内訳は竜王5回・名人4回・王位3回・王座2回・棋王2回・王将3回・棋聖3回。
^ 第31期(1972年度)の中原誠(8戦全勝)、第62期(2003年度)の森内俊之(9戦全勝)に続く記録。
^ 「オールスター勝ち抜き戦」は終了棋戦のため、羽生の16連勝の記録は破られないことが確定。谷川浩司と中原誠が12連勝で2位タイ。
^ 羽生以外には、藤井聡太が2017年度に4部門賞を独占している。
^ 羽生以外には、森内俊之(1991年度-63勝)、木村一基(2001年度-61勝)、藤井聡太(2017年度-61勝)が1度ずつ達成している。
^ 通算1500勝達成は2023年3月31日時点で唯一の達成。
^ 升田幸三と並ぶタイ記録
^ 竜王戦七番勝負登場回数でさえ9回以上の棋士は他に渡辺明のみ(2022年度竜王戦終了時点)
^ 竜王位奪取失敗回数(挑戦して敗退)の4回も最多
^ 1997年は谷川浩司、2013年は渡辺明に次いで2位。2017年は3位。
^ 史上8人目。
^ 将棋界では大山康晴十五世名人に次ぐ史上2人目。
^ 1996年6月の販売開始当時。
^ 『将棋世界[4月臨時増刊号]七冠王、羽生善治。』日本将棋連盟、1996年、168-175頁 「羽生善治、生い立ちの記」(記・炬口勝弘)
^ 田中寅彦 『羽生善治 神様が愛した青年』ベストセラーズ、1996年 ISBN 978-4584191286
^ 『将棋マガジン』1996年6月号 日本将棋連盟、37頁
^ 『将棋世界』2007年11月号 日本将棋連盟、102頁 「加藤一二三九段、1000敗を語る」
^ 『将棋世界[4月臨時増刊号]七冠王、羽生善治。』(日本将棋連盟、1996年) 68-69頁 「七冠を得た喜び」(記・羽生善治)
^ 『将棋マガジン』1996年4月号 日本将棋連盟、14-16頁
^ 羽生善治 著『才能とは続けられること(100年インタビュー)』PHP研究所。
^ 将棋マガジン(日本将棋連盟)1996年8月号でのインタビュー
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^ 『将棋世界』1998年5月号 日本将棋連盟、「第47回NHK杯トーナメント 四冠羽生善治vs八段村山聖 痛恨の△7六角」
^ 『将棋世界』2008年10月号 日本将棋連盟、68頁 「これならわかる! 最新戦法講義」
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^ 『将棋世界』2006年10月号 日本将棋連盟、18-19頁
^ 平成10年版「将棋年鑑」(日本将棋連盟)
^ 『別冊宝島380 将棋王手飛車読本 - 将棋の神に選ばれし者たちの叫びを聞け』 宝島社、1998年、巻末 ISBN 978-4796693806
^ 『別冊宝島380 将棋王手飛車読本 - 将棋の神に選ばれし者たちの叫びを聞け』 宝島社、1998年、17頁 ISBN 978-4796693806
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^ 『脳を活かす生活術: 希望の道具箱』(茂木健一郎著、PHP研究所、2009年)「07 涙とは自分自身を更新させる道具」
^ 将棋世界special vol.2『羽生善治―将棋史を塗り替えた男―』(将棋世界編集部 編)28ページなど
^ 羽生善治『決断力』 角川書店〈角川oneテーマ21〉、2005年、5-6頁。
^ 梅田望夫『シリコンバレーから将棋を観る』中央公論新社、2009年。
^ 『将棋世界』2006年8月号 日本将棋連盟、22頁
^ 加藤一二三 著『羽生善治論 「天才」とは何か』59ページなど
^ 『プロフェッショナル 仕事の流儀 羽生善治 棋士 直感は経験で磨く』(茂木健一郎 編集、NHK「プロフェッショナル」制作班 編 NHK出版)98ページなど
^ 著書『決断力』 角川書店(角川oneテーマ21)、199頁 ISBN 978-4047100084
^ 『先を読む頭脳』(松原仁・伊藤毅志と共著) 新潮社、2006年、147頁 ISBN 978-4103016717
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^ 『将棋世界[4月臨時増刊号]七冠王、羽生善治。』 日本将棋連盟、1996年、171頁
^ 『別冊宝島380 将棋王手飛車読本 - 将棋の神に選ばれし者たちの叫びを聞け』 宝島社、1998年、16頁 ISBN 978-4796693806
^ 『将棋マガジン』1996年6月号 日本将棋連盟、16頁
^ 日本将棋連盟「米長邦雄の本」
^ 日本将棋連盟書籍編『谷川vs羽生100番勝負-最高峰の激闘譜!』日本将棋連盟、2000年。ISBN 978-4819702102
^ 『別冊宝島380 将棋王手飛車読本 - 将棋の神に選ばれし者たちの叫びを聞け』 宝島社、1998年、20-21頁 ISBN 978-4796693806
^ 以上、「将棋マガジン」1996年3月号「さわやか流・米長邦雄のタイトル戦教室」より
^ 内閣総理大臣顕彰受賞一覧 (PDF) - 内閣府
^ “藤井聡太氏に対する内閣総理大臣顕彰について - 内閣府”. 内閣府ホームページ. 2024年1月1日閲覧。
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^ 『NHK杯伝説の名勝負』p.223 より引用
^ DVD『情熱大陸×羽生善治・渡辺明・佐藤康光・谷川浩司』(ジェネオンエンタテインメント)収録
^ “将棋・羽生善治九段、妻・理恵さんに結婚28年目で初めて結婚指輪をプレゼント「お待たせしました」”. 日刊スポーツ (2024年4月15日). 2024年4月16日閲覧。
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"羽生が初代達人 「自分の名前を読むのは面はゆい」 会長として自作自演の表彰に苦笑い". 日刊スポーツ. 25 November 2023. 2023年11月26日閲覧。
"羽生善治九段 「初代達人」に輝き1人2役 「優勝、羽生善治」"セルフ表彰式"に大歓声". Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 26 November 2023. 2023年11月26日閲覧。
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^ 2014年度棋士成績・記録 - 日本将棋連盟
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^ “羽生善治さん&高嶋ちさ子さんが初共演! 「DHA&EPA+セサミンEX」新TV-CM「細胞積木(さいぼうつみき)」篇 6月26日(土)より全国でオンエア開始”. PR TIMES (2021年6月24日). 2021年6月24日閲覧。
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^ 『お正月から将棋に夢中の羽生善治九段と藤井聡太竜王・名人に、広瀬すずさん・横浜流星さんもたじたじ?「お正月を写そう♪2024 チェキ・お正月も対局」篇』(プレスリリース)、富士フイルム株式会社、2023年12月26日。2023年12月26日閲覧。
^ 『2024年 丸大の夏ギフト「贈るは、この一手」丸大食品のギフトイメージキャラクターに羽生善治九段が登場!』(プレスリリース)、丸大食品株式会社、2024年5月27日。2023年5月29日閲覧。
^ 「ナイツ土屋が羽生善治役、鈴木福が藤井聡太役で出演 『うつ病九段』20日放送」『ORICON NEWS』oricon ME、2020年12月8日。2020年12月8日閲覧。
内藤國雄、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、森内俊之、佐藤康光、渡辺明 (監修)(著)NHK出版(編)『NHK杯伝説の名勝負 次の一手』〈NHK将棋シリーズ〉、NHK出版、2013年。
羽生善治のタイトル戦戦績一覧
羽生世代
種子島 - 羽生善治の祖父が同島の出身で、全国でもここは羽生姓が多い場所である。
将棋棋士の公式戦優勝回数ランキング
棋士 (将棋)
将棋棋士一覧
将棋棋士の在籍クラス
棋戦 (将棋)
将棋のタイトル戦結果一覧
将棋のタイトル在位者一覧
将棋大賞
棋風
寝癖
NHK『大逆転将棋』
羽生(はにゅう)結弦 - 同姓(表記のみ、読みは異なる)かつ菊池寛賞受賞やNHK杯で複数優勝など共通点が多い。
日本将棋連盟 プロフィール
事務所プロフィール - トップコート(業務提携)
玲瓏:羽生善治(棋士)データベース
羽生善治 - 国際チェス連盟のプロフィール
羽生善治 (@shogi_danshi) - Instagram
羽生善治 (@yoshiharuhabu) - X(旧Twitter)
チーム羽生 (@abT_habu) - X(旧Twitter)(第4回ABEMAトーナメント)
チーム羽生 (@abT5_habu) - X(旧Twitter)(第5回ABEMAトーナメント)
羽生善治 - NHK人物録
将棋の羽生善治・初の七冠制覇 - NHK放送史
表
話
編
歴
竜王・名人(王位・王座・棋王・王将・棋聖) 藤井聡太 (永世王位・永世棋聖)
叡王 伊藤匠
十七世名人 谷川浩司
九段 羽生善治 (永世竜王・
九段 佐藤康光 (永世棋聖)
九段 森内俊之 (十八世名人)
九段 渡辺明 (永世竜王・
南芳一
高橋道雄
藤井猛
塚田泰明
丸山忠久
郷田真隆
森下卓
屋敷伸之
福崎文吾
中村修
島朗
深浦康市
久保利明
井上慶太
三浦弘行
先崎学
佐藤天彦
鈴木大介
木村一基
豊島将之
行方尚史
阿部隆
永瀬拓矢
脇謙二
広瀬章人
富岡英作
中川大輔
日浦市郎
浦野真彦
北浜健介
泉正樹
山崎隆之
阿久津主税
神谷広志
糸谷哲郎
松尾歩
稲葉陽
神崎健二
真田圭一
野月浩貴
畠山成幸
中田功
杉本昌隆
畠山鎮
菅井竜也
斎藤慎太郎
佐藤秀司
長沼洋
飯島栄治
有森浩三
小倉久史
堀口一史座
中村太地
佐々木勇気
飯塚祐紀
村山慈明
小林裕士
千田翔太
増田康宏
(中座真)
所司和晴
豊川孝弘
平藤眞吾
田村康介
藤原直哉
北島忠雄
矢倉規広
佐藤紳哉
阿部健治郎
窪田義行
戸辺誠
木下浩一
川上猛
大石直嗣
千葉幸生
岡崎洋
宮田敦史
高見泰地
片上大輔
西尾明
八代弥
三枚堂達也
横山泰明
村中秀史
佐藤和俊
村田智弘
佐々木慎
近藤誠也
勝又清和
高崎一生
澤田真吾
安用寺孝功
都成竜馬
梶浦宏孝
近藤正和
及川拓馬
阿部光瑠
松本佳介
佐々木大地
大橋貴洸
石井健太郎
船江恒平
増田裕司
渡辺和史
高野秀行
大平武洋
金井恒太
山本真也
中村亮介
西川和宏
村田顕弘
遠山雄亮
阪口悟
瀬川晶司
青嶋未来
長岡裕也
牧野光則
黒沢怜生
伊藤真吾
高野智史
渡辺大夢
渡辺正和
出口若武
服部慎一郎
本田奎
田中悠一
古賀悠聖
池永天志
島本亮
石田直裕
佐藤慎一
門倉啓太
宮本広志
藤森哲也
竹内雄悟
上村亘
古森悠太
今泉健司
星野良生
黒田尭之
西田拓也
井出隼平
杉本和陽
斎藤明日斗
石川優太
折田翔吾
長谷部浩平
山本博志
冨田誠也
高田明浩
藤本渚
狩山幹生
井田明宏
谷合廣紀
横山友紀
岡部怜央
徳田拳士
齊藤裕也
小山怜央
小山直希
森本才跳
柵木幹太
宮嶋健太
上野裕寿
(2024年04月1日付 昇段者)
山川泰熙
高橋佑二郎
(2024年10月1日付 昇段者)
獺ヶ口笑保人
吉池隆真
表
話
編
歴
01. 木村義雄 (1947)
02. 渡辺東一 (1948-1952)
03. 坂口允彦 (1953-1954)
04. 萩原淳 (1955-1956)
05. 加藤治郎 (1957-1960)
06. 原田泰夫 (1961-1966)
07. 坂口允彦 (1967-1968)
08. 丸田祐三 (1969-1972)
09. 加藤治郎 (1973)
10. 塚田正夫 (1974-1976)
11. 大山康晴 (1977-1988)
12. 二上達也 (1989-2002)
13. 中原誠 (2003-2004)
14. 米長邦雄 (2005-2012)
15. 谷川浩司 (2012-2017)
16. 佐藤康光 (2017-2023)
17. 羽生善治 (2023-現在)
表
話
編
歴
第36期 竜王 藤井聡太
伊藤匠
稲葉陽
羽生善治
永瀬拓矢
丸山忠久
広瀬章人
木村一基
松尾歩
森内俊之
久保利明
都成竜馬
山崎隆之
渡辺明
豊島将之
佐藤康光
菅井竜也
斎藤慎太郎
(在籍17名/1名超過)
佐藤天彦
阿部健治郎
八代弥
三枚堂達也
糸谷哲郎
★佐々木勇気
高見泰地
増田康宏
屋敷伸之
藤井猛
深浦康市
佐藤和俊
三浦弘行
郷田真隆
阿久津主税
近藤誠也
鈴木大介
佐々木慎
及川拓馬
澤田真吾
行方尚史
大橋貴洸
中村修
千田翔太
梶浦宏孝
金井恒太
西川和宏
黒沢怜生
大石直嗣
佐々木大地
池永天志
本田奎
高橋道雄
野月浩貴
飯島栄治
遠山雄亮
石井健太郎
高野智史
宮田敦史
戸辺誠
杉本昌隆
村山慈明
船江恒平
渡辺大夢
飯塚祐紀
横山泰明
阿部光瑠
折田翔吾
北浜健介
北島忠雄
中座真
佐藤紳哉
高崎一生
伊藤真吾
村田顕弘
青嶋未来
谷川浩司
川上猛
村中秀史
石川優太
服部慎一郎
石田直裕
杉本和陽
(在籍31名/1名欠員)
中村太地
小林裕士
千葉幸生
西尾明
阪口悟
藤森哲也
真田圭一
高田明浩
井上慶太
窪田義行
矢倉規広
門倉啓太
阿部隆
畠山鎮
斎藤明日斗
長谷部浩平
南芳一
先崎学
日浦市郎
中川大輔
片上大輔
渡辺正和
竹内雄悟
星野良生
田村康介
伊奈祐介
村田智弘
佐藤慎一
出口若武
渡辺和史
井田明宏
狩山幹生
森下卓
安用寺孝功
瀬川晶司
古賀悠聖
富岡英作
藤原直哉
牧野光則
藤本渚
島朗
塚田泰明
神谷広志
豊川孝弘
高野秀行
中村亮介
井出隼平
岡部怜央
齊藤裕也
室岡克彦
有森浩三
木下浩一
岡崎洋
近藤正和
長岡裕也
田中悠一
西田拓也
古森悠太
青野照市
脇謙二
浦野真彦
堀口一史座
所司和晴
平藤眞吾
増田裕司
島本亮
宮本広志
山本博志
黒田尭之
谷合廣紀
冨田誠也
横山友紀
長沼洋
佐藤秀司
勝又清和
松本佳介
今泉健司
福崎文吾
神崎健二
徳田拳士
大平武洋
上村亘
小倉久史
泉正樹
山本真也
中田功
畠山成幸
小山怜央
小山直希
森本才跳
柵木幹太
宮嶋健太
上野裕寿
(出場棋士61名)
西山朋佳
福間香奈
伊藤沙恵
加藤桃子
(出場4名)
慶田義法アマ
竹内広也アマ
小林康太郎アマ
中川慧梧アマ
(出場4名)
山下数毅(三段)
(出場1名)
山川泰熙
高橋佑二郎 (左記2名 4月昇段)
獺ヶ口笑保人
吉池隆真 (左記2名 10月昇段)
表
話
編
歴
第82期 名人 藤井聡太
豊島将之
永瀬拓矢
渡辺明
菅井竜也
稲葉陽
佐藤天彦
佐々木勇気
中村太地
千田翔太
増田康宏
広瀬章人
斎藤慎太郎
近藤誠也
澤田真吾
羽生善治
大橋貴洸
糸谷哲郎
佐藤康光
三浦弘行
山崎隆之
大石直嗣
高見泰地
石井健太郎
屋敷伸之
木村一基
横山泰明
青嶋未来
谷川浩司
深浦康市
村山慈明
松尾歩
北浜健介
渡辺和史
郷田真隆
佐々木慎
行方尚史
阿久津主税
戸辺誠
及川拓馬
久保利明
丸山忠久
藤井猛*
中川大輔*
鈴木大介*
服部慎一郎
古賀悠聖
伊藤匠
髙﨑一生*
杉本昌隆*
阿部隆
中村修
畠山鎮
飯島栄治
井上慶太
都成竜馬
出口若武
斎藤明日斗
黒田尭之
三枚堂達也
古森悠太
先崎学
西田拓也
宮田敦史
西尾明
片上大輔
門倉啓太
佐藤和俊
宮本広志
村田顕弘*
千葉幸生*
野月浩貴
金井恒太*
飯塚祐紀
船江恒平
畠山成幸*
阿部健治郎
冨田誠也
高田明浩
藤本渚
真田圭一*
阪口悟*
窪田義行*
北島忠雄*
高橋道雄
日浦市郎
梶浦宏孝
八代弥
岡部怜央
石田直裕
村中秀史
池永天志
石川優太
星野良生*
谷合廣紀*
高野智史
佐藤紳哉*
佐々木大地
徳田拳士
狩山幹生
黒沢怜生
中村亮介
井出隼平*
佐藤慎一*
本田奎
山本博志
森下卓
伊藤真吾*
西川和宏*
渡辺大夢
井田明宏
牧野光則
横山友紀*
小山直希
森本才跳
杉本和陽
遠山雄亮*
佐藤秀司
田村康介
藤森哲也
阿部光瑠*
島朗
長岡裕也**
齊藤裕也
今泉健司
長谷部浩平*
上村亘**
小林裕士*
田中悠一**
髙野秀行*
平藤眞吾*
安用寺孝功**
瀬川晶司**
折田翔吾
宮嶋健太
上野裕寿
山川泰熙
高橋佑二郎
竹内雄悟
柵木幹太
矢倉規広
堀口一史座
大平武洋
村田智弘
島本亮
渡辺正和
中田功
岡崎洋
藤原直哉
小倉久史
長沼洋
増田裕司
近藤正和
森内俊之
豊川孝弘
勝又清和
塚田泰明
富岡英作
南芳一
浦野真彦
神崎健二
松本佳介
神谷広志
山本真也
脇謙二
泉正樹
所司和晴
福崎文吾
有森浩三
木下浩一
川上猛 (竜王戦 4組/特例出場1期目→5組/特例出場2期目)
伊奈祐介 (2024年5月10日 引退)
青野照市 (2024年6月13日 引退)
室岡克彦 (2024年6月18日 引退)
中座真 (2024年6月19日 引退)
小山怜央 (2024年7月15日 昇級決定)
獺ヶ口笑保人
吉池隆真
表
話
編
歴
一世名人 初代大橋宗桂
二世名人 二代大橋宗古
三世名人 初代伊藤宗看
四世名人 五代大橋宗桂
五世名人 二代伊藤宗印
六世名人 三代大橋宗与
七世名人 三代伊藤宗看
八世名人 九代大橋宗桂
九世名人 六代大橋宗英
十世名人 六代伊藤宗看
十一世名人 八代伊藤宗印
十二世名人 小野五平
十三世名人 関根金次郎
十四世名人 木村義雄
十五世名人 大山康晴
十六世名人 中原誠
十七世名人 谷川浩司
※十八世名人 森内俊之
※十九世名人 羽生善治
表
話
編
歴
十段戦より発展
01. 島朗__
02. 羽生善治
03. 谷川浩司
04. 谷川浩司
05. 羽生善治
06. 佐藤康光
07. 羽生善治
08. 羽生善治
09. 谷川浩司
10. 谷川浩司
11. 藤井猛_
12. 藤井猛
13. 藤井猛_
14. 羽生善治
15. 羽生善治
16. 森内俊之
17. 渡辺明_
18. 渡辺明_
19. 渡辺明_
20. 渡辺明_
21. 渡辺明_
22. 渡辺明_
23. 渡辺明_
24. 渡辺明_
25. 渡辺明_
26. 森内俊之
27. 糸谷哲郎
28. 渡辺明_
29. 渡辺明_
30. 羽生善治
31. 広瀬章人
32. 豊島将之
33. 豊島将之
34. 藤井聡太
35. 藤井聡太
36. 藤井聡太
37. (棋戦進行中)
渡辺明(連続5期)
羽生善治(通算7期)
表
話
編
歴
01. 木村義雄 (1935-1937)
02. 木村義雄 (1940)
03. 木村義雄 (1942)
04. 木村義雄 (1944)
05. 木村義雄 (1945)
06. 塚田正夫 (1947)
07. 塚田正夫 (1948)
08. 木村義雄 (1949)
09. 木村義雄 (1950)
10. 木村義雄
11. 大山康晴
12. 大山康晴
13. 大山康晴
14. 大山康晴
15. 大山康晴
16. 升田幸三
17. 升田幸三
18. 大山康晴 (1959)
19. 大山康晴 (1960)
20. 大山康晴
21. 大山康晴
22. 大山康晴
23. 大山康晴
24. 大山康晴
25. 大山康晴
26. 大山康晴
27. 大山康晴
28. 大山康晴 (1969)
29. 大山康晴 (1970)
30. 大山康晴
31. 中原誠_
32. 中原誠_
33. 中原誠_
34. 中原誠_
35. 中原誠_
( 1977年 中止 )
36. 中原誠0
37. 中原誠_ (1979)
38. 中原誠_ (1980)
39. 中原誠
40. 加藤一二三
41. 谷川浩司
42. 谷川浩司
43. 中原誠_
44. 中原誠_
45. 中原誠_
46. 谷川浩司
47. 谷川浩司 (1989)
48. 中原誠_ (1990)
49. 中原誠_
50. 中原誠_
51. 米長邦雄
52. 羽生善治
53. 羽生善治
54. 羽生善治
55. 谷川浩司
56. 佐藤康光
57. 佐藤康光 (1999)
58. 丸山忠久 (2000)
59. 丸山忠久
60. 森内俊之
61. 羽生善治
62. 森内俊之
63. 森内俊之
64. 森内俊之
65. 森内俊之
66. 羽生善治
67. 羽生善治 (2009)
68. 羽生善治 (2010)
69. 森内俊之
70. 森内俊之
71. 森内俊之
72. 羽生善治
73. 羽生善治
74. 佐藤天彦
75. 佐藤天彦
76. 佐藤天彦
77. 豊島将之 (2019)
78. 渡辺明_ (2020)
79. 渡辺明_
80. 渡辺明_
81. 藤井聡太
82. 藤井聡太 (2024)
十四世名人 木村義雄
十五世名人 大山康晴
十六世名人 中原誠
十七世名人 谷川浩司
十八世名人 森内俊之(資格保持者)
十九世名人 羽生善治(資格保持者)
表
話
編
歴
01. 大山康晴 (1960)
02. 大山康晴
03. 大山康晴
04. 大山康晴
05. 大山康晴 0
06. 大山康晴
07. 大山康晴
08. 大山康晴
09. 大山康晴
10. 大山康晴 (1969)
11. 大山康晴 (1970)
12. 大山康晴
13. 内藤國雄
14. 中原誠 0
15. 中原誠 0 0
16. 中原誠 0
17. 中原誠 0
18. 中原誠 0
19. 中原誠 0
20. 米長邦雄 (1979)
21. 中原誠 0 (1980)
22. 中原誠 0
23. 内藤國雄
24. 高橋道雄
25. 加藤一二三
26. 高橋道雄
27. 高橋道雄
28. 谷川浩司
29. 森雞二 0
30. 谷川浩司 (1989)
31. 谷川浩司 (1990)
32. 谷川浩司
33. 郷田真隆
34. 羽生善治
35. 羽生善治 0
36. 羽生善治
37. 羽生善治
38. 羽生善治
39. 羽生善治
40. 羽生善治 (1999)
41. 羽生善治 (2000)
42. 羽生善治
43. 谷川浩司
44. 谷川浩司
45. 羽生善治 0
46. 羽生善治
47. 羽生善治
48. 深浦康市
49. 深浦康市
50. 深浦康市 (2009)
51. 広瀬章人 (2001)
52. 羽生善治
53. 羽生善治
54. 羽生善治
55. 羽生善治 0
56. 羽生善治
57. 羽生善治
58. 菅井竜也
59. 豊島将之
60. 木村一基 (2019)
61. 藤井聡太 (2020)
62. 藤井聡太
63. 藤井聡太
64. 藤井聡太
65. 藤井聡太 0
66. (2025、棋戦進行中)
大山康晴
中原誠
羽生善治
藤井聡太
表
話
編
歴
(第30期までは一般棋戦)
31. 中原誠 0
32. 中原誠 0
33. 中原誠 0
34. 中原誠 0
35. 塚田泰明
36. 中原誠 0
37. 中原誠 0
38. 谷川浩司
39. 福崎文吾
40. 羽生善治
41. 羽生善治
42. 羽生善治
43. 羽生善治
44. 羽生善治
45. 羽生善治
46. 羽生善治
47. 羽生善治
48. 羽生善治
49. 羽生善治
50. 羽生善治
51. 羽生善治
52. 羽生善治
53. 羽生善治
54. 羽生善治
55. 羽生善治
56. 羽生善治
57. 羽生善治
58. 羽生善治
59. 渡辺明 0
60. 羽生善治
61. 羽生善治
62. 羽生善治
63. 羽生善治
64. 羽生善治
65. 中村太地
66. 斎藤慎太郎
67. 永瀬拓矢
68. 永瀬拓矢
69. 永瀬拓矢
70. 永瀬拓矢
71. 藤井聡太
72. (棋戦進行中)
73. (棋戦進行中)
中原誠
羽生善治
表
話
編
歴
____________01. 大内延介 (1975年度)__
02. 加藤一二三 (1976年度)_
03. 加藤一二三 (1977年度)_
04. 米長邦雄 (1978年度)__
05. 中原誠_ (1979年度)
06. 米長邦雄 (1980年度)
07. 米長邦雄
08. 米長邦雄
09. 米長邦雄
10. 桐山清澄
11. 谷川浩司
12. 高橋道雄
13. 谷川浩司
14. 南芳一_
15. 南芳一_ (1989年度)
16. 羽生善治 (1990年度)
17. 羽生善治
18. 羽生善治
19. 羽生善治
20. 羽生善治
21. 羽生善治
22. 羽生善治
23. 羽生善治
24. 羽生善治
25. 羽生善治 (1999年度)
26. 羽生善治 (2000年度)
27. 羽生善治
28. 丸山忠久
29. 谷川浩司
30. 羽生善治
31. 森内俊之
32. 佐藤康光
33. 佐藤康光
34. 久保利明
35. 久保利明 (2009年度)
36. 久保利明 (2010年度)
37. 郷田真隆
38. 渡辺明_
39. 渡辺明_
40. 渡辺明_
41. 渡辺明_
42. 渡辺明_
43. 渡辺明_
44. 渡辺明_
45. 渡辺明_ (2019年度)
46. 渡辺明_ (2020年度)
47. 渡辺明_
48. 藤井聡太
49. 藤井聡太
50. (棋戦進行中、2024年度)
羽生善治
渡辺明
表
話
編
歴
(第1回は一般棋戦)- __第1期. 升田幸三
02. 大山康晴
03. 大山康晴
04. 大山康晴
05. 升田幸三
06. 升田幸三
07. 大山康晴
08. 大山康晴_
09. 大山康晴
10. 大山康晴 (1960年度)
11. 大山康晴
12. 二上達也
13. 大山康晴
14. 大山康晴
15. 大山康晴
16. 大山康晴
17. 大山康晴
18. 大山康晴_
19. 大山康晴
20. 大山康晴 (1970年度)
21. 大山康晴
22. 中原誠_
23. 中原誠_
24. 中原誠_
25. 中原誠_
26. 中原誠_
27. 中原誠_
28. 加藤一二三
29. 大山康晴
30. 大山康晴 (1980年度)
31. 大山康晴
32. 米長邦雄
33. 米長邦雄
34. 中原誠_
35. 中村修_
36. 中村修_
37. 南芳一_
38. 南芳一__
39. 米長邦雄
40. 南芳一_ (1990年度)
41. 谷川浩司
42. 谷川浩司
43. 谷川浩司
44. 谷川浩司
45. 羽生善治
46. 羽生善治
47. 羽生善治
48. 羽生善治_
49. 羽生善治
50. 羽生善治 (2000年度)
51. 佐藤康光
52. 羽生善治
53. 森内俊之
54. 羽生善治
55. 羽生善治
56. 羽生善治
57. 羽生善治
58. 羽生善治_
59. 久保利明
60. 久保利明 (2010年度)
61. 佐藤康光
62. 渡辺明_
63. 渡辺明_
64. 郷田真隆
65. 郷田真隆
66. 久保利明
67. 久保利明
68. 渡辺明__
69. 渡辺明_
70. 渡辺明_ (2020年度)
71. 藤井聡太
72. 藤井聡太
73. 藤井聡太
74. (予選 進行中、2024年度)
大山康晴
羽生善治
表
話
編
歴
01. 大山康晴 (1962 後期)
02. 大山康晴 (1963 前期)
03. 大山康晴 (1963 後期)
04. 大山康晴 (1964 前期)
05. 大山康晴 (1964 後期)
06. 大山康晴 (1965 前期)
07. 大山康晴 (1965 後期)
08. 二上達也 (1966 前期)
09. 大山康晴 (1966 後期)
10. 山田道美 (1967 前期)
11. 山田道美 (1967 後期)
12. 中原誠_ (1968 前期)
13. 中原誠_ (1968 後期)
14. 中原誠_ (1969 前期)
15. 内藤國雄 (1969 後期)
16. 大山康晴 (1970 前期)
17. 中原誠_ (1970 後期)
18. 中原誠_ (1971 前期)
19. 中原誠_ (1971 後期)
20. 中原誠_ (1972 前期)
21. 有吉道夫 (1972 後期)
22. 米長邦雄 (1973 前期)
23. 内藤國雄 (1973 後期)
24. 大山康晴 (1974 前期)
25. 大山康晴 (1974 後期)
26. 大山康晴 (1975 前期)
27. 大山康晴 (1975 後期)
28. 大山康晴 (1976 前期)
29. 大山康晴 (1976 後期)
30. 大山康晴 (1977 前期)
31. 中原誠_ (1977 後期)
32. 中原誠_ (1978 前期)
33. 中原誠_ (1978 後期)
34. 中原誠_ (1979 前期)
35. 中原誠_ (1979 後期)
36. 米長邦雄 (1980 前期)
37. 二上達也 (1980 後期)
38. 二上達也 (1981 前期)
39. 二上達也 (1981 後期)
40. 森雞二_ (1982 前期)
41. 中原誠_ (1982 後期)
42. 森安秀光 (1983 前期)
43. 米長邦雄 (1983 後期)
44. 米長邦雄 (1984 前期)
45. 米長邦雄 (1984 後期)
46. 米長邦雄 (1985 前期)
47. 米長邦雄 (1985 後期)
48. 桐山清澄 (1986 前期)
49. 桐山清澄 (1986 後期)
50. 桐山清澄 (1988 前期)
51. 南芳一_ (1988 後期)
52. 田中寅彦 (1989 前期)
53. 中原誠_ (1989 後期)
54. 中原誠_ (1989 前期)
55. 中原誠_ (1989 後期)
56. 屋敷伸之 (1990 前期)
57. 屋敷伸之 (1990 後期)
58. 南芳一_ (1991 前期)
59. 谷川浩司 (1991 後期)
60. 谷川浩司 (1992 前期)
61. 谷川浩司 (1992 後期)
62. 羽生善治 (1993 前期)
63. 羽生善治 (1993 後期)
64. 羽生善治 (1994 前期)
65. 羽生善治 (1994 後期) (第66期より年1期制)
66. 羽生善治 (1995)
67. 三浦弘行 (1996)
68. 屋敷伸之 (1997)
69. 郷田真隆 (1998)
70. 谷川浩司 (1999)
71. 羽生善治 (2000)
72. 郷田真隆
73. 佐藤康光
74. 佐藤康光
75. 佐藤康光
76. 佐藤康光
77. 佐藤康光
78. 佐藤康光
79. 羽生善治
80. 羽生善治 (2009)
81. 羽生善治 (2010)
82. 羽生善治
83. 羽生善治
84. 羽生善治
85. 羽生善治
86. 羽生善治
87. 羽生善治
88. 羽生善治
89. 豊島将之
90. 渡辺明_ (2019)
91. 藤井聡太 (2020)
92. 藤井聡太
93. 藤井聡太
94. 藤井聡太
95. 藤井聡太
96. (棋戦進行中) (2025)
大山康晴(第5期)
中原誠(第18期)
米長邦雄(第45期)
羽生善治(第66期)
佐藤康光(第77期)
藤井聡太(第95期)
表
話
編
歴
01. 木村義雄
02. 升田幸三
03. 塚田正夫
04. 大山康晴
05. 大山康晴
06. 原田泰夫
07. 升田幸三
08. 灘蓮照
09. 丸田祐三
10. 加藤一二三
11. 大山康晴
12. 灘蓮照
13. 升田幸三
14. 大山康晴
15. 丸田祐三
16. 加藤一二三
17. 大友昇
18. 丸田祐三
19. 内藤國雄
20. 大山康晴
21. 加藤一二三
22. 大山康晴
23. 加藤一二三
24. 中原誠
25. 大内延介
26. 加藤一二三
27. 中原誠
28. 米長邦雄
29. 大山康晴
30. 有吉道夫
31. 加藤一二三
32. 中原誠
33. 大山康晴
34. 田中寅彦
35. 谷川浩司
36. 前田祐司
37. 中原誠
38. 羽生善治
39. 櫛田陽一
40. 先崎学
41. 羽生善治
42. 中原誠
43. 加藤一二三
44. 中原誠
45. 羽生善治
46. 森内俊之
47. 羽生善治
48. 羽生善治
49. 鈴木大介
50. 羽生善治
51. 森内俊之
52. 三浦弘行
53. 久保利明
54. 山崎隆之
55. 丸山忠久
56. 佐藤康光
57. 佐藤康光
58. 羽生善治
59. 羽生善治
60. 羽生善治
61. 羽生善治
62. 渡辺明
63. 郷田真隆
64. 森内俊之
65. 村山慈明
66. 佐藤康光
67. 山崎隆之
68. 羽生善治
69. 深浦康市
70. 稲葉陽
71. 豊島将之
72. 藤井聡太
73. 佐々木勇気
74. (棋戦進行中)
羽生善治 ( 通算10回優勝者が該当 / 計11回優勝={ 第38回,41,45,47,48,50,58,59,60,61,第68回 } )
現 司会 鈴木環那 (2022 - ) 現 司会 室谷由紀 (2024 - )
倉島竹二郎(ラジオ放送時代)
田辺一鶴(197x)
神田山陽 (? - 1980)
永井英明 (1981 - 1990)
谷川治恵 (1991 - 1993)
山田久美 (1994 - 1996)
藤森奈津子 (1997 - 1999)
中倉彰子 (2000 - 2002)
千葉涼子 (2003 - 2005)
中倉宏美 (2006 - 2008)
矢内理絵子 (2009 - 2013)
清水市代 (2014 - 2015)
藤田綾 (2016 - 2021)
中村桃子 (2019 - 2023)
日本放送協会
NHKラジオ第1放送
NHK教育テレビジョン
将棋の時間
将棋フォーカス
表
話
編
歴
01. 行方尚史 (2007)
02. 阿久津主税
03. 羽生善治 (2009)
04. 木村一基 (2010)
05. 羽生善治
06. 渡辺明
07. 羽生善治
08. 羽生善治
09. 羽生善治
10. 八代弥
11. 藤井聡太
12. 藤井聡太
13. 千田翔太 (2019)
14. 藤井聡太 (2020)
15. 菅井竜也
16. 藤井聡太
17. 永瀬拓矢
18. (棋戦進行中、2024)
朝日新聞社
朝日オープン将棋選手権(前身棋戦)
表
話
編
歴
01. 米長邦雄 (1980)
02. 中原誠
03. 大山康晴
04. 加藤一二三
05. 米長邦雄
06. 森安秀光
07. 米長邦雄
08. 加藤一二三
09. 高橋道雄
10. 谷川浩司 (1989)
11. 谷川浩司 (1990)
12. 羽生善治
13. 谷川浩司
14. 郷田真隆_
15. 郷田真隆
16. 郷田真隆
17. 谷川浩司
18. 谷川浩司
19. 羽生善治
20. 丸山忠久 (1999)
21. 森内俊之 (2000)
22. 丸山忠久
23. 藤井猛
24. 羽生善治_
25. 佐藤康光
26. 藤井猛
27. 佐藤康光
28. 森下卓
29. 森下卓
30. 谷川浩司 (2009)
31. 羽生善治 (2010)
32. 羽生善治
33. 久保利明
34. 久保利明_
35. 渡辺明
36. 三浦弘行
37. 豊島将之
38. 山崎隆之
39. 渡辺明
40. 渡辺明_ (2019)
41. 豊島将之 (2020)
42. 豊島将之
43. 藤井聡太
44. 藤井聡太_
45. 渡辺明 か 広瀬章人(2024)
日本たばこ産業(JT)
日本将棋連盟
河北新報社
熊本日日新聞
西日本新聞社
静岡新聞
静岡放送
北海道新聞社
新潟日報
四国新聞
山陽新聞
中日新聞社
北國新聞
中国新聞社
表
話
編
歴
01. 郷田真隆
02. 森内俊之
03. 田中寅彦
04. 森内俊之
05. 羽生善治
06. 羽生善治
07. 郷田真隆【1-7期は非公式戦】
【8期以降は公式棋戦】
08. 羽生善治
09. 羽生善治
10. 谷川浩司
11. 佐藤康光
12. 羽生善治
13. 渡辺明
14. 羽生善治
15. 渡辺明
16. 佐藤康光
17. 阿久津主税
18. 佐藤康光
19. 渡辺明
20. 羽生善治
21. 稲葉陽
22. 渡辺明
23. 深浦康市
24. 藤井猛
25. 久保利明
26. 佐藤天彦
27. 豊島将之
28. 藤井聡太
29. 菅井竜也
30. 藤井聡太
31. 丸山忠久
32. (棋戦進行中)
囲碁・将棋チャンネル
竜星戦/新竜星戦
表
話
編
歴
01. 桐山清澄
02. 谷川浩司
03. 谷川浩司
04. 谷川浩司
05. 大内延介
06. 谷川浩司
07. 森内俊之
08. 羽生善治
09. 森下卓
10. 羽生善治
11. 深浦康市
12. 阿部隆
13. 谷川浩司
14. 屋敷伸之
15. 谷川浩司
16. 羽生善治
17. 丸山忠久
18. 谷川浩司
19. 森内俊之
20. 堀口一史座
21. 深浦康市
22. 羽生善治
23. 羽生善治
24. 羽生善治
25. 羽生善治
朝日新聞社
表
話
編
歴
1 大内延介(9)
2 桐山清澄(6)
3 勝浦修(7)・内藤國雄(6)・石田和雄(6)
4 森安秀光(11)
5 谷川浩司(6)・田中寅彦(6)・島朗(5)
6 淡路仁茂(5)・南芳一(5)
7 有吉道夫(11)・谷川浩司(5)・中原誠(5)
8 青野照市(6)・勝浦修(6)・大山康晴(5)・島朗(6)
9 谷川浩司(12)・島朗(7)
10 該当なし
10-11 中原誠(12)
11 羽生善治(6)
12 森下卓(6)・南芳一(9)・米長邦雄(6)・中田宏樹(8)
13 屋敷伸之(10)・森内俊之(6)・羽生善治(5)・森下卓(6)
14 丸山忠久(6)・森雞二(6)・南芳一(7)
15 丸山忠久(11)
16 森下卓(8)
17 該当なし
18 久保利明(6)・中田宏樹(5)
19 深浦康市(5)・野月浩貴(6)・佐藤康光(7)
20 丸山忠久(8)・羽生善治(16)・阿部隆(5)
20-21 郷田真隆(7)
21 丸山忠久(6)
22 羽生善治(7)
近代将棋
表
話
編
歴
1 中原誠
2 大山康晴
3 中原誠
4 大山康晴
5 米長邦雄
6 松田茂行
7 大山康晴
8 桐山清澄
9 大山康晴
10 加藤一二三
11 米長邦雄
12 有吉道夫
13 米長邦雄
14 米長邦雄
15 加藤一二三
16 真部一男
17 桐山清澄
18 森安秀光
19 中原誠
20 田中寅彦
21 有吉道夫
22 森雞二
23 南芳一
24 加藤一二三
25 森内俊之
26 羽生善治
27 深浦康市
28 小林健二
29 羽生善治
30 村山聖
31 郷田真隆
32 土佐浩司
33 藤井猛
34 丸山忠久
35 丸山忠久
36 羽生善治
1 田中寅彦
2 塚田泰明
3 脇謙二
4 脇謙二
5 小野修一
6 塚田泰明
7 森内俊之
8 森内俊之
9 佐藤康光
10 佐藤康光
11 小林宏
12 深浦康市
13 畠山成幸
14 行方尚史
15 鈴木大介
16 藤井猛
17 野月浩貴
18 深浦康市
19 深浦康市
20 深浦康市
21 山崎隆之
テレビ東京
テレビ将棋対局
表
話
編
歴
3 松下力(12)
6 大友昇(14)
15 内藤國雄(15)
16 西村一義(10)
1 山田道美
2 米長邦雄
3 中原誠
4 内藤國雄
5 大山康晴
6 内藤國雄
7 大内延介
8 大山康晴
9 二上達也
10 板谷進
11 大山康晴
12 大山康晴
13 大内延介
14 勝浦修
15 森安秀光
16 米長邦雄
17 田中寅彦
1 加藤一二三
2 高橋道雄
3 羽生善治
4 羽生善治
5 谷川浩司
6 森下卓
7 谷川浩司
8 高橋道雄
大阪新聞社
表
話
編
歴
1 小林健二
2 谷川浩司
3 福崎文吾
4 大島映二
5 南芳一
6 南芳一
7 脇謙二
8 堀口弘治
9 井上慶太
10 羽生善治
11 中川大輔
12 羽生善治
13 村山聖
14 先崎学
近代将棋
表
話
編
歴
01. 山口英夫_ (1970)
02. 若松政和_
03. 石田和雄_
04. 森安秀光_
05. 青野照市☆
06. 森安秀光_
07. 石田和雄_
08. 森安秀光_
09. 小阪昇__
10. 青野照市 (1979)
11. 森信雄__ (1980)
12. 田中寅彦_
13. 小野修一_
14. 中村修__
15. 小野修一_
16. 井上慶太_
17. 塚田泰明_
18. 森内俊之☆
19. 羽生善治_
20. 日浦市郎 (1989)
21. 森下卓__ (1990)
22. 森内俊之_
23. 佐藤秀司_
24. 森内俊之_
25. 丸山忠久_
26. 丸山忠久_
27. 藤井猛__
28. 藤井猛__
29. 三浦弘行_
30. 藤井猛_ (1999)
31. 山崎隆之_ (2000)
32. 松尾歩__
33. 木村一基_
34. 田村康介_
35. 山崎隆之_
36. 渡辺明__
37. 糸谷哲郎☆
38. 村山慈明_
39. 佐藤天彦_
40. 広瀬章人 (2009)
41. 阿部健治郎 (2010)
42. 佐藤天彦_
43. 永瀬拓矢_
44. 都成竜馬★
45. 阿部光瑠_
46. 菅井竜也_
47. 増田康宏_
48. 増田康宏_
49. 藤井聡太_
50. 高野智史 (2019)
51. 池永天志_ (2020)
52. 伊藤匠__
53. 服部慎一郎
54. 上野裕寿☆
55. 服部慎一郎
56. (2025、棋戦進行中)
しんぶん赤旗
表
話
編
歴
01. 羽生善治(2023)
立飛ホールディングス - 公式棋戦「立川立飛杯」特別協賛 富士通杯達人戦 - 2014年度終了の非公式戦「富士通杯」
表
話
編
歴
74 大山康晴
75 中原誠
76 中原誠
77 中原誠
78 中原誠
79 米長邦雄
80 大山康晴
81 二上達也
82 加藤一二三
83 中原誠
84 米長邦雄
85 米長邦雄
86 谷川浩司
87 高橋道雄
88 谷川浩司
89 羽生善治
90 羽生善治
91 谷川浩司
92 谷川浩司
93 羽生善治
94 羽生善治
95 羽生善治
96 羽生善治
97 羽生善治
98 谷川浩司
99 羽生善治
00 羽生善治
01 羽生善治
02 羽生善治
03 羽生善治
04 森内俊之
05 羽生善治
06 羽生善治
07 佐藤康光
08 羽生善治
09 羽生善治
10 羽生善治
11 羽生善治
12 羽生善治
13 渡辺明
14 森内俊之
15 羽生善治
16 羽生善治
17 佐藤天彦
18 羽生善治
19 豊島将之
20 渡辺明
21 藤井聡太
22 藤井聡太
23 藤井聡太
24 藤井聡太
表
話
編
歴
74 木村義雄
75 大山康晴
76 大山康晴
84 谷川浩司
85 加藤治郎
86 大山康晴
87 大内延介
90 二上達也
92 大山康晴
94 米長邦雄
95 谷川浩司
96 羽生善治
97 清水市代
99 村山聖
03 谷川浩司
09 中原誠
13 羽生善治
17 加藤一二三
18 藤井聡太
20 木村一基
表
話
編
歴
06 森内俊之 , 渡辺明
07 羽生善治
08 佐藤康光
09 渡辺明
10 久保利明
11 久保利明 , 渡辺明
12 渡辺明
13 羽生善治
14 羽生善治
15 糸谷哲郎
16 渡辺明
17 羽生善治
18 菅井竜也
19 渡辺明
20 豊島将之
21 渡辺明
22 渡辺明
23 渡辺明
24 伊藤匠
表
話
編
歴
06 佐藤康光
07 渡辺明
08 深浦康市
09 久保利明
10 木村一基
11 広瀬章人
12 郷田真隆
13 中村太地
14 郷田真隆
15 郷田真隆
16 佐藤天彦
17 久保利明
18 豊島将之
19 広瀬章人
20 永瀬拓矢
21 豊島将之
22 菅井竜也
23 羽生善治
24 丸山忠久
表
話
編
歴
74 森安秀光
75 真部一男
76 青野照市
77 田中寅彦
78 淡路仁茂
79 谷川浩司
80 福崎文吾
81 小林健二
82 中村修
83 南芳一
84 高橋道雄
85 島朗
86 富岡英作
87 羽生善治
88 森下卓
89 森内俊之
90 屋敷伸之
91 佐藤康光
92 中田宏樹
93 郷田真隆
94 深浦康市
95 丸山忠久
96 行方尚史
97 鈴木大介
98 真田圭一
99 木村一基
00 堀口一史座
01 山崎隆之
02 松尾歩
03 渡辺明
04 田村康介
05 阿久津主税
06 佐藤紳哉
07 糸谷哲郎
08 村山慈明
09 佐藤天彦
10 戸辺誠
11 豊島将之
12 菅井竜也
13 永瀬拓矢
14 大石直嗣
15 千田翔太
16 斎藤慎太郎
17 八代弥
18 藤井聡太
19 大橋貴洸
20 本田奎
21 池永天志
22 伊藤匠
23 服部慎一郎
24 藤本渚
表
話
編
歴
74 原田泰夫
75 熊谷達人
76 大内延介
77 真部一男
78 花村元司
79 石田和雄
80 淡路仁茂
81 桐山清澄
82 田中寅彦
83 桐山清澄
84 田中寅彦
85 中村修
86 塚田泰明
87 中村修
88 羽生善治
89 南芳一
90 森下卓
91 屋敷伸之
92 羽生善治
93 村山聖
94 深浦康市
95 深浦康市
96 森雞二
97 屋敷伸之
98 郷田真隆
99 郷田真隆
00 鈴木大介
01 久保利明
02 森内俊之
03 佐藤康光
04 渡辺明
05 山崎隆之
廃止
表
話
編
歴
74 米長邦雄
75 大山康晴 , 米長邦雄
76 大山康晴
77 米長邦雄
78 米長邦雄 , 淡路仁茂
79 米長邦雄
80 大山康晴
81 米長邦雄
82 森安秀光
83 中原誠
84 森安秀光
85 加藤一二三
86 谷川浩司
87 谷川浩司
88 高橋道雄
89 羽生善治
90 羽生善治
91 森下卓
92 森内俊之
93 羽生善治
94 佐藤康光
95 郷田真隆
96 深浦康市
97 谷川浩司 , 阿部隆
98 郷田真隆
99 藤井猛 , 羽生善治 , 谷川浩司
00 谷川浩司 , 丸山忠久
01 羽生善治
02 木村一基
03 羽生善治
04 森内俊之
05 羽生善治
06 羽生善治
07 佐藤康光
08 羽生善治
09 久保利明
10 久保利明
11 渡辺明
12 羽生善治
13 羽生善治
14 羽生善治
15 豊島将之
16 佐藤天彦
17 千田翔太 , 佐々木勇気
18 藤井聡太
19 広瀬章人
20 佐々木大地
21 永瀬拓矢
22 藤井聡太
23 服部慎一郎
24 伊藤匠
表
話
編
歴
74 大山康晴
75 大山康晴
76 大山康晴
77 加藤一二三
78 淡路仁茂
79 米長邦雄
80 大山康晴
81 米長邦雄
82 森安秀光
83 中原誠
84 桐山清澄
85 加藤一二三 , 有吉道夫 , 島朗
86 谷川浩司
87 谷川浩司
88 羽生善治
89 羽生善治
90 羽生善治
91 森下卓
92 森内俊之
93 羽生善治
94 佐藤康光
95 羽生善治 , 郷田真隆
96 羽生善治 , 丸山忠久 , 深浦康市
97 阿部隆
98 郷田真隆
99 藤井猛
00 丸山忠久
01 羽生善治
02 木村一基
03 羽生善治
04 森内俊之
05 羽生善治
06 渡辺明
07 佐藤康光
08 羽生善治
09 久保利明
10 豊島将之
11 羽生善治
12 羽生善治 , 豊島将之
13 羽生善治
14 羽生善治
15 菅井竜也
16 佐藤天彦
17 千田翔太
18 藤井聡太
19 佐々木大地
20 藤井聡太
21 藤井聡太 , 永瀬拓矢
22 藤井聡太
23 藤井聡太
24 伊藤匠 , 藤本渚
表
話
編
歴
74 中原誠
75 桐山清澄
76 青野照市
77 森雞二
78 森安秀光
79 田中寅彦
80 福崎文吾
81 田中寅彦
82 田中寅彦
83 南芳一
84 田中寅彦
85 有吉道夫
86 富岡英作
87 羽生善治,中田宏樹
88 羽生善治
89 羽生善治
90 羽生善治
91 森下卓
92 森内俊之
93 羽生善治
94 井上慶太
95 久保利明
96 羽生善治
97 鈴木大介
98 郷田真隆
99 行方尚史
00 木村一基
01 羽生善治
02 木村一基
03 山崎隆之
04 深浦康市
05 近藤正和
06 佐藤紳哉
07 阿久津主税
08 村山慈明
09 宮田敦史
10 豊島将之
11 佐藤天彦
12 中村太地
13 永瀬拓矢
14 村山慈明
15 菅井竜也
16 斎藤慎太郎
17 斎藤慎太郎 , 青嶋未来
18 藤井聡太
19 藤井聡太
20 藤井聡太
21 藤井聡太
22 伊藤匠
23 藤井聡太
24 藤井聡太
表
話
編
歴
1974-中原誠
75-大内延介
76-石田和雄
77-大山康晴 , 加藤一二三 , 森雞二 , 坪内利幸 , 田中寅彦
78-大内延介
1979-青野照市
1980-伊藤果
81-有吉道夫
82-加藤一二三
83-南芳一
84-小野修一
85-有吉道夫
86-南芳一
87-塚田泰明
88-神谷広志
1989-羽生善治
1990-羽生善治
91-中田宏樹
92-中田宏樹
93-羽生善治
94-佐藤康光
95-丸山忠久
96-丸山忠久
97-鈴木大介
98-屋敷伸之
1999-久保利明
2000-丸山忠久
01-羽生善治
02-佐藤康光
03-山崎隆之
04-山崎隆之
05-近藤正和
06-羽生善治
07-糸谷哲郎
08-佐藤和俊
2009-金井恒太
2010-阿久津主税(13連勝)
2011-佐藤天彦(17連勝)
2012-永瀬拓矢(18連勝)
2013-中村太地(15連勝)
2014-永瀬拓矢(12連勝)
2015-横山泰明(13連勝)
2016-佐藤天彦(15連勝)
2017-豊島将之 , 青嶋未来(12連勝)
2018-藤井聡太(29連勝)
2019-渡辺明(15連勝)
2020-永瀬拓矢(15連勝)
2021-澤田真吾(14連勝)
2022-渡辺和史(20連勝)
2023-渡辺和史(18連勝)
2024-佐々木大地(15連勝)
表
話
編
歴
07 谷川浩司 - 羽生善治
08 深浦康市 - 羽生善治
09 渡辺明 - 羽生善治
10 久保利明 - 佐藤康光
11 広瀬章人 - 深浦康市
12 渡辺明 - 丸山忠久
13 羽生善治 - 渡辺明
14 羽生善治 - 中村太地
15 羽生善治 - 豊島将之
16 渡辺明 - 佐藤天彦
17 佐藤康光 - 深浦康市
18 羽生善治 - 渡辺明
19 羽生善治 - 佐藤天彦
20 木村一基 - 豊島将之
21 藤井聡太 - 渡辺明
22 藤井聡太 - 豊島将之
23 羽生善治 - 藤井聡太
24 藤井聡太 - 豊島将之
表
話
編
歴
1977年(昭和52年):王貞治
1978年(昭和53年):古賀政男
1984年(昭和59年):長谷川一夫
1984年(昭和59年):植村直己
1984年(昭和59年):山下泰裕
1987年(昭和62年):衣笠祥雄
1989年(平成元年):美空ひばり
1989年(平成元年):千代の富士貢
1992年(平成4年):藤山一郎
1992年(平成4年):長谷川町子
1993年(平成5年):服部良一
1996年(平成8年):渥美清
1998年(平成10年):吉田正
1998年(平成10年):黒澤明
2000年(平成12年):高橋尚子
2009年(平成21年):遠藤実
2009年(平成21年):森光子
2009年(平成21年):森繁久彌
2012年(平成24年):吉田沙保里
2013年(平成25年):大鵬幸喜
2013年(平成25年):長嶋茂雄
2013年(平成25年):松井秀喜
2016年(平成28年):伊調馨
2018年(平成30年):羽生善治
2018年(平成30年):井山裕太
2018年(平成30年):羽生結弦
2023年(令和5年):国枝慎吾
2011年(平成23年):ワールドカップ日本女子代表
表
話
編
歴
春日由三
吉本明光
中山晋平
春日由三
吉川義雄
春日由三
吉川義雄
川村専一
狩野近雄
河上英一
笹本恭彦
明瀬裕
池田太郎
牧定忠
春日由三
吉川義雄
渋沢秀雄
横山隆一
西崎緑
貝谷八百子
田付辰子
メイ牛山
春日由三
吉川義雄
岩田専太郎
勅使河原蒼風
千代の山雅信
小山いと子
吉村公三郎
市川翠穂
マヤ片岡
春日由三
吉川義雄
三國連太郎
小西得郎
栃錦清隆
青木茂高
河上牧子
水木洋子
坂西志保
田村佐紀子
吾妻徳穂
吉川義雄
田中角栄
菊田一夫
若乃花勝治
金田正一
奥むめお
森田たま
細川ちか子
近藤百合子
吉川義雄
横山泰三
水原茂
稲垣浩
朝汐太郎
沢田美喜
杉村春子
戸川エマ
赤堀全子
吉川義雄
木下惠介
大宅壮一
杉浦幸雄
若羽黒朋明
長谷川春子
大濱英子
榊淑子
谷桃子
吉川義雄
秋山登
唐島基智三
柏戸剛
松本幸四郎
中村汀女
田中絹代
秋山ちえ子
江上トミ
長沢泰治
土門拳
高田元三郎
仲代達矢
大鵬幸喜
和田夏十
勅使河原霞
村山リウ
森光子
長沢泰治
工藤昭四郎
東郷青児
森英恵
大山康晴
山内一弘
佐田の山晋松
藤間紫
岡田茉莉子
十返千鶴子
浪花千栄子
長沢泰治
細川隆元
丹羽文雄
實川延若
中西太
栃ノ海晃嘉
飯田蝶子
貞閑晴
新珠三千代
花柳壽輔
佐久間良子
長沢泰治
大林清
北葉山英俊
林与一
古賀忠道
春風亭柳橋
岩下志麻
司葉子
長谷川町子
林美智子
吉屋信子
坂本朝一
円地文子
安達曈子
入江美樹
藤村志保
小絲源太郎
松下幸之助
ファイティング原田
緒形拳
坂本朝一
樫山文枝
五代利矢子
浜美枝
山崎豊子
大佛次郎
尾上菊之助
加藤芳郎
鶴ヶ嶺昭男
中山卯郎
福島慎太郎
木村秀政
西本幸雄
石坂浩二
福原美和
栗原小巻
塩月弥栄子
平岩弓枝
中山卯郎
江夏豊
王馬熙純
榊原仟
鈴木俊一
曽野綾子
高田敏子
藤田弓子
三船敏郎
中山卯郎
浅丘ルリ子
市川海老蔵
今井通子
大谷直子
菅野義丸
佐藤愛子
鶴岡一人
平幹二朗
中道定雄
坂東玉三郎
樋口久子
小林弘
三田佳子
志村喬
武原はん
玉の海正洋
中山律子
仲代達矢
小野田勇
浪花家辰造
大場政夫
宇田川竜男
堀内寿子
大山英子
村山加代子
中山きよ子
樫山文枝
山口果林
高橋信雄
山下迪子
館弘子
石田芳夫
中山紀子
井沢つま
森戸辰男
溝尾正志
花本方美
為久優子
成田知子
桑田たつ子
村上巳里
山下誠
小川善三郎
河野久枝
桑原永子
田川由紀子
佐藤太圭子
山田三智穂
大谷豊二
高橋優子
貴ノ花利彰
赤塚洋文
平内義幸
富岡雅寛
平賀輝子
中川時子
加藤稔
池内淳子
中原誠
森英恵
小林桂樹
中村汀女
井上ひさし
中野貴代
神田好武
真木洋子
輪島大士
高橋洋子
生沼スミエ
棟方志功
村上元三
京マチ子
サトウサンペイ
高田ユリ
尾上菊五郎
寺島純子
北の湖敏満
根本良夫
橋本明治
杉村春子
尾上松緑
栗原小巻
堀江謙一
檀ふみ
魁傑將晃
新垣留美子
根本良夫
尾上梅幸
高橋展子
吉永小百合
加藤剛
三林京子
大竹しのぶ
古葉竹識
三重ノ海五郎
池田彌三郎
浅丘ルリ子
中村梅之助
小野清子
村上隆
堤加蓉子
カロリーナ・ピレス・ド・リオ
若三杉壽人
川上哲治
川口幹夫
市川染五郎
上田利治
旭國斗雄
水島新司
川橋幸子
橋田壽賀子
新井春美
竹下景子
川口幹夫
北の湖敏満
岩下志麻
植村直己
八千草薫
安奈淳
森和人
森下洋子
山本浩二
加藤好雄
若山富三郎
ミヤコ蝶々
菅原文太
大原麗子
松本零士
重兼芳子
古葉竹識
多岐川裕美
加藤好雄
松本幸四郎
陳舜臣
佐久間良子
木田勇
向田邦子
島田陽子
鈴木喜久子
角田好雄
渡辺一雄
石毛宏典
古手川祐子
緒形拳
花井幸子
倉本昌弘
森光子
坂田栄男
高橋洋子
秋竜山
澤地久枝
香川宏
生沼スミエ
玉の海梅吉
森英恵
山藤章二
池上季実子
広岡達朗
村松友視
真野響子
滝田栄
橋田壽賀子
前橋汀子
市川猿之助
香川宏
三船敏郎
松本幸四郎
大原麗子
田淵幸一
樋口久子
松坂慶子
田中裕子
隆の里俊英
谷川浩司
林真理子
胡桃沢耕史
宮尾登美子
山口小夜子
役所広司
菊池綜一
江上由美
釜本邦茂
名取裕子
風間杜夫
石井幹子
連城三紀彦
里中満智子
衣笠祥雄
松坂慶子
市川海老蔵
遠藤利男
三田佳子
中村吉右衛門
高野悦子
小池一夫
武原はん
ジェームス三木
山口洋子
吉田義男
大地真央
北尾光司
中野正之
森光子
清原和博
森下洋子
雁屋哲
黒柳朝
加藤芳郎
山崎洋子
渡辺謙
加納みゆき
千代の富士貢
吉岡利夫
若尾文子
中井貴一
森瑤子
江藤俊哉
俵万智
逢坂剛
森口祐子
近藤真一
若村麻由美
北勝海信芳
今西陽一郎
三田佳子
片岡孝夫
伊藤京子
森祇晶
浅野温子
安野光雅
伊勢桃代
新井満
山口智子
千代の富士貢
沖清司
千代の富士貢
いしだあゆみ
ねじめ正一
小林浩美
中村勘九郎
村崎芙蓉子
西田敏行
石岡瑛子
斎藤雅樹
渡辺梓
沖清司
山本陽子
中村鴈治郎
諏訪内晶子
野田秀樹
コシノジュンコ
渡辺久信
森口祐子
松岡修造
沢口靖子
真田広之
小林由紀子
増井光子
山崎豊子
秋山幸二
芦原すなお
荻野アンナ
若花田勝
貴花田光司
緒形直人
鷲尾いさ子
田中好子
内林達夫
有森裕子
曙太郎
古賀稔彦
富司純子
中田久美
野茂英雄
村上弘明
伊藤みどり
森光子
高橋克彦
松尾武
三田佳子
米長邦雄
市川團十郎
細川直美
筒井道隆
つみきみほ
松原敏春
平瀬真由美
宮尾登美子
川淵三郎
内館牧子
田村亮子
植木等
野村克也
中丸三千繪
古田敦也
ミヤコ蝶々
曙太郎
古橋廣之進
大林素子
松尾武
イチロー
赤井英和
奥野史子
岩下志麻
羽生善治
南井克巳
賀来千香子
川本ゆかり
市川崑
森光子
上田洋一
古田敦也
田村亮子
天海祐希
竹中直人
原辰徳
水谷八重子
中村紘子
ジョージ川口
柳家小さん
大石芳野
上田洋一
有森裕子
川口能活
江角マキコ
仰木彬
清水市代
中村橋之助
森英恵
桂米朝
大石静
周防正行
大橋晴夫
井原正巳
吉永小百合
片岡仁左衛門
伊藤みどり
佐々木主浩
佐藤夕美子
本木雅弘
篠田節子
谷川浩司
吉行あぐり
大橋晴夫
清水宏保
藤原紀香
琴錦功宗
中村玉緒
松平健
俵万智
ジェームス三木
服部道子
熊川哲也
浅利純子
伊東律子
出島武春
松嶋菜々子
内館牧子
野村萬斎
田村亮子
津川雅彦
草笛光子
阿久悠
福嶋晃子
乙武洋匡
伊東律子
田村亮子
長嶋茂雄
高橋尚子
渡辺謙
池内淳子
佐々木主浩
岡本綾
井上康生
木村佳乃
内藤國雄
出田幸彦
栃東大裕
川原亜矢子
室伏広治
竹田恆和
松岡佑子
唐沢寿明
平良とみ
天海祐希
藤田宜永
森下洋子
出田幸彦
朝青龍明徳
米倉涼子
市川新之助
阿川佐和子
宮本恒靖
仲間由紀恵
高橋由伸
恩田美栄
岩合光昭
岸惠子
中村季恵
浅野ゆう子
五木寛之
優香
三谷幸喜
村山由佳
末續慎吾
村主章枝
武田真治
有馬稲子
星野仙一
中村季恵
野口みずき
野村忠宏
橋田壽賀子
中村勘九郎
荒川静香
滝沢秀明
高島礼子
和田一浩
森光子
日野原重明
琴欧州勝紀
薬師丸ひろ子
野口聡一
長澤まさみ
山田洋次
森光子
上川隆也
眞鍋かをり
林家正蔵
栗原はるみ
渡辺謙
阿木燿子
リリー・フランキー
藤山直美
内野聖陽
横峯さくら
田口壮
吉田都
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宮﨑あおい
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岡島秀樹
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大竹しのぶ
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黒柳徹子
サンドウィッチマン
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石川佳純
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坂口健太郎
谷真海
三谷幸喜
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黒柳徹子
西村宏堂
羽生結弦
坂東彌十郎
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