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江口寿史の情報 (えぐちひさし)
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【6月18日】今日誕生日の芸能人・有名人

江口寿史の情報(えぐちひさし) 漫画家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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江口 寿史さんについて調べます

■名前・氏名
江口 寿史
(読み:えぐち ひさし)
■職業
漫画家
■江口寿史の誕生日・生年月日
1956年3月29日 (年齢68歳)
申年(さる年)、牡羊座(おひつじ座)
■出身地・都道府県
熊本出身

(昭和31年)1956年生まれの人の年齢早見表

江口寿史と同じ1956年生まれの有名人・芸能人

江口寿史と同じ3月29日生まれの有名人・芸能人

江口寿史と同じ出身地熊本県生まれの有名人・芸能人


江口寿史と関係のある人

金剛寺美樹: 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年、マッドハウス)


二又一成: 江口寿史の寿五郎ショウ(ホラッチョ力石、船員)


中村佑介: 『ユリイカ』(2016年1月号:青土社)総特集/江口寿史 『ストップ!!ひばりくん!』イラスト


福本伸行: 2009年7月に東京・新宿のロフトプラスワンで開かれた「ビッグコミックスペリオールPresents 第6回『西原理恵子の人生画力対決』」に出演した際には、多数の観客が見守る中でその独特の方法でカイジのイラストを描き、西原や江口寿史など他の出演者を仰天させた。


山崎和男: 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年)絵コンテ、演出


中村佑介: 『わたしのかたち 中村佑介対談集』(2017年6月30日:青土社)宇野亞喜良、山本直樹、わたせせいぞう 、林 静一 、和田 誠 、さだまさし、江口寿史、ヒグチユウコ、石黒正数 、米澤稔(ビックリマンシールのイラストレーター)、山口裕子、奥 浩哉、後藤正文


飛永翼: 漫画家の江口寿史や、声優の千葉進歩に顔が似ている。


山下リオ: 青山ワンセグ開発 江口寿史のギャグドラマ 「キャラ者」 全3話 / ダイジェスト(2011年5月7日 - 21日 / 28日、NHKワンセグ2) - タミ 役


梶原一騎: 『マカロニほうれん荘』の鴨川つばめはギャグとして読んでいたと語り、江口寿史の『すすめ!!パイレーツ』などが典型例である。


秋元羊介: 江口寿史の寿五郎ショウ(上司、執事)


吉野朔実: ^ 「ふたりでワイワイ!ミニ同窓会 江口寿史vs吉野朔実」『ぶ~けせれくしょん』No.2(集英社、1984年)137頁。


西村繁男: また、『ストップ!! ひばりくん!』を連載していた江口寿史に対しても、何度「隔週か、そうでなければ月刊連載にさせて欲しい」と訴えられても頑として認めず、本人が遅筆であるという非があったとはいえ、最終的には「うちでは面倒見きれないので、それなら余所でやってくれ」と突き放し、TVアニメ版の放送中で好評を得ている時期にもかかわらず連載を終了した。


北久保弘之: 1991年、大友克洋(原作・脚本・メカニックデザイン)、江口寿史(キャラクター原案)という豪華スタッフが揃った『老人Z』で劇場作品を初監督。


上條淳士: 江口寿史と大友克洋に影響を受けている。


りんたろう: 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年、アニメーションコーディネーター、マッドハウス)


吉野朔実: 江口寿史 (2016=05-02). “おれと吉野朔実さんと塩森恵子さんが同じ高校。


一條裕子: デビュー前は「紫苑」名義で、「杏樹&紫苑」というコンビで耽美系の漫画(のパロディ?)を描いており、江口寿史の単行本『江口寿史のなんとかなるでショ!』『江口寿史の爆発ディナーショー』に収録されている。


まるいミカ: 鳥山明と江口寿史に憧れて漫画家を目指す。


河崎実: 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年)


生見愛瑠: パイロットコーポレーション ボールペン「juice」生見愛瑠×江口寿史コラボイラストパッケージ(2023年3月)


まつもと泉: 影響を受けたマンガ家は、永井豪、山上たつひこ、吾妻ひでお、田村信、江口寿史、高橋留美子など。


山本貴嗣: 初期作品に登場した宮岡寛をモデルにしたキャラ、狩撫麻礼をモデルにしたキャラ、江口寿史の元担当編集者をモデルにしたキャラも作品ごとに設定が異なっている。


西村知道: 江口寿史のなんとかなるでショ!


まつやまたかし: 尊敬するアーティストは鳥山明、江口寿史、小森誠、及川正通、レオ・シューウェル。


西村繁男: またSF作品も好んでおり、前述の通り江口寿史の懇願を却下した挙句連載を打ち切った反面、同じく遅筆の寺沢武一に対しては「原稿をある程度描きためるため」という理由があったにしろ、休載を挟んだ『コブラ』の連載を認めている。


小林まこと: 一時は江口寿史に次ぐ「日本で2番目に締切を守らない漫画家」の名を譲らなかったが、その後は執筆作品の移行などにより、最も酷かった時期からは立ち直っている。


西村知道: 江口寿史の寿五郎ショウ(会長、船長)


吉田拓郎: そういう身近さが吉田拓郎の何よりの魅力だった」など、江口寿史は「拓郎さんや陽水さんの音楽には、若者に『新しい時代がやってきた』と思わせる魅力がありました。


平田敏夫: 江口寿史のなんとかなるでショ!(1990年、絵コンテ・演出)


持田妃華: 新編成での初アルバム「datecourse」はジャケットをイラストレーターの江口寿史が担当する。


江口寿史の情報まとめ

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江口 寿史(えぐち ひさし)さんの誕生日は1956年3月29日です。熊本出身の漫画家のようです。

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逸話、遅筆・放棄などについてまとめました。父親、卒業、映画、結婚、テレビ、兄弟に関する情報もありますね。今年の情報もありました。江口寿史の現在の年齢は68歳のようです。

江口寿史のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

江口 寿史(えぐち ひさし、1956年3月29日 - )は、日本の漫画家・イラストレーター。妻は元アイドルの水谷麻里。血液型O型。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』、『すすめ!!パイレーツ』、『江口寿史の爆発ディナーショー』など。女性画に定評がある。

熊本県水俣市生まれ。1963年に放映が始まったTVアニメーション『鉄腕アトム』で漫画の存在を知り、さらに雑誌『少年』の『鉄腕アトム』の連載により漫画に夢中になる。読み始めの頃、一番好きだったのは同誌連載の関谷ひさしの『ストップ!にいちゃん』だったという。少しのちにちばてつやの大ファンとなる。

中学2年生の終わりに父親の転勤で千葉県野田市に転居。千葉県立柏高等学校卒業。浪人後、デザイン専門学校に入学するが、漫画を描くための勉強という名目で、名画座で映画ばかり見ていた。

1977年、映画『狼たちの午後』から、子供が銀行を襲うストーリーを思いつき、約3か月かけて描いた『恐るべき子どもたち』を集英社に送ったところ、ヤングジャンプ賞(月例新人賞)に入選。同年、『8時半の決闘』が第6回赤塚賞準入選。

「週刊少年ジャンプ」1977年5月23日号に『恐るべき子どもたち』が掲載され、デビューを飾る。『8時半の決闘』も同年7月11日号に掲載され、10月9日号から『すすめ!!パイレーツ』の連載を開始する。『パイレーツ』の後期より扉絵の構図などにイラストレーションとして見せる為の工夫が見られ始める。

初期のころは山上たつひこの影響を大いに受けていたようで、「すすめ!!パイレーツ」では、「がきデカ」へのオマージュのようなシーンが随所にみられる。

1978年、『名探偵はいつもスランプ』で第6回愛読者賞を受賞。1979年、大友克洋の初単行本『ショート・ピース』が刊行。同作品に衝撃を受ける。「自分の絵があまりに古臭く思え」、そこから絵に対する関心が強くなり、同年創刊の雑誌『イラストレーション』を愛読するようになる。

1981年、「週刊少年ジャンプ」1月26日号から『ひのまる劇場』を連載。同年10月19日号から、自身の最大のヒット作となる『ストップ!! ひばりくん!』の連載を開始。この頃より筆の遅さが目立ち始め、また「白いワニ」に比喩される「真っ白な原稿」=「ネタ切れ」にも悩まされる様になる。結果、漫画家に厳しい「ジャンプ」としては異様な観すらある破格な優遇を受けながらも『ひばりくん』を中断し、未完のまま放り出してしまう。

以降、作品の発表の場を「フレッシュジャンプ」に移し、『江口寿史の日の丸劇場』(単行本は『寿五郎ショウ』として発売)の連載を始める。この作品によって以降の江口漫画の主流となる「一話完結のショートギャグ」というスタイルを確立する。『日の丸劇場』の連載終了の翌月より同誌において、作者唯一のストーリー物の連載作品『「エイジ」』の連載を開始。第一部が終了した時点で一旦筆を休め、5年後の1990年にその後を描いた『「エイジ85」』および『「エイジ2」』の連載を始めるが3回で中断。

この頃より集英社との専属契約を終了し、フリーに。「weekly漫画アクション」(双葉社)で『エリカの星』、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で『パパリンコ物語』と他社での連載を始めるが、いずれも途中で投げ出す。その中にあって、1986年から『日の丸劇場』と同じ形式で「月刊ASUKA」(角川書店)で連載された『江口寿史のなんとかなるでショ!』だけは、休載も1回に止め、円満終了を迎える。

1988年より「アクション」において、『日の丸劇場』、『なんとかなるでショ!』と同様のスタイルで『江口寿史の爆発ディナーショー』を連載。1992年に本作の単行本によって文藝春秋漫画賞を受賞する。なお、この受賞の際に選評で選考委員長の加藤芳郎に“久々の大型新人”扱いされたという逸話がある。

1989年4月 - 9月、FM東京系の深夜放送番組スーパーFMマガジン「NORU SORU」のパーソナリティーを務める。

1990年、交際を続けていた元アイドルの水谷麻里と結婚(江口は2度目)。この頃より、イラストレーターとしての仕事が増え、徐々に仕事の中心がイラストの方へと移って行く。

1992年、『江口寿史の爆発ディナーショー』で文藝春秋漫画賞を受賞。1995年には自ら編集長となって「COMIC CUE」を創刊。松本大洋、望月峯太郎、よしもとよしとも、魚喃キリコ、古屋兎丸などの意欲的な作家を集めるとともに、「テーマを決めての競作」「名作漫画のカバー」などの企画も行った。

1995年は「COMIC CUE」の編集の仕事があったとはいえ、発表された漫画は合計でわずか14ページであり、漫画家として事実上廃業状態となる。

しかし、1998年より「アクション」誌上において『キャラ者』の連載を開始し、連載漫画家としての復帰を果たす。毎週1ページと短く休載も多いながらも、途中で投げ出される事なく続き、掲載誌を「weelkyぴあ・関東版」(ぴあ)に移した後2008年6月まで連載され、江口にとって最長の連載期間となった。

2003年より放映を開始したテレビアニメ『無人惑星サヴァイヴ』にキャラクター原案で参加。

2008年7月より「A-ZERO」にて『ゼロの笑点』を連載。月刊誌でなおかつオールカラー4ページ漫画ではあったが休載なく続き、2009年6月の本誌の休刊により終了。

2018年4月、金沢21世紀美術館にてイラストレーション展 『彼女』を開催。翌2019年より明石、しもだて(筑西市)、青森、旭川、長野、盛岡、千葉を巡回。2023年3月まで行われ、8会場あわせて12万人を越える動員を記録した。2023年3月14日から4月23日まで東京ミッドタウン日比谷にて、東京の風景に溶け込んだ“彼女”を描いた展示会『江口寿史イラストレーション展「東京彼女」』を開催した。

2021年11月13日、水俣市より観光大使第1号に任命された。

2022年3月31日発売の雑誌「昭和45年女・1970年女」vol.6より、音楽ライターの鈴木ダイスケと音楽対談『ヒサシ★ダイスケの「回転違いのズル休み」』連載開始。2023年9月より、兄弟誌の「昭和40年男」(2023年10月号 Vol.8)に移籍し、連載を続行する。

2023年9月30日から2024年2月4日まで、世田谷文学館にて「江口寿史展 ノット・コンプリーテッド」が開催された。

逸話

高校1年の時、吉田拓郎を知ってフォークに夢中になり、漫画は描かなくなった。オリジナル曲を作るようになり、ラジオ番組「たむたむたいむ」の"自作自演の歌"コーナーに3曲録音したカセットテープを応募しようと試みたことがある。オリジナル曲は30曲以上制作、ギターもそれなりに弾けるようになったが、これ以上の上達は見込めないと自覚した。同級生らが受験勉強に励む傍ら、好きだった漫画をきちんと描きあげたいと奮起。19歳の時、本気で漫画家になろうと決意したという。専門学校在学中に漫画家としてデビューの足掛かりを掴みたいと考えていたところ、幸いにも初めて投稿した作品がヤングジャンプ賞に入選する。

吉田拓郎に心酔する高校時代の自身を描いた短編「マークII」(1985年)を描いている。2010年のレコード・コレクターズ増刊「日本のフォーク/ロック アルバム・ベスト100 1960-1989」で、私のベスト1レコード/CDに、吉田のアルバム『元気です。』を挙げ、「このレコードとの出会いがなかったら今の自分はないという意味で断然1位であります」と記している。

地理には疎いようで、千葉県在住にもかかわらず、成増(東京都板橋区)を千葉県の地名だと勘違いしていた。

佐野元春は同い年という事もあり、敬愛するミュージシャンの一人でもある。また、対談した事もあり、佐野から「江口さんもきっと僕と同じように何かと戦っているんだと思う」と言われ、江口が答えに困ったというエピソードがある。

『すすめ!!パイレーツ』連載開始にあたり、編集部より10本分のストックを用意するよう言われていたが5本分しか用意できなかった。当時、千葉の実家で執筆しており、また新人作家であったことから編集者に自宅まで原稿を取りにきて貰うことに遠慮して途中の駅で落ち合い、原稿を受け渡ししていた。しかし、そのうち江口が直々に編集部に届けるようになった。やがて「自宅に帰るのが面倒。移動時間も勿体ない」と、当時週刊少年ジャンプ編集部があった集英社近くのビルの2階に設けられていた“執筆室”に寝泊まりしながら原稿を描いていた(“執筆室”は、原稿が遅れている作家が同様に利用する慣習があった。江口の他、コンタロウやゆでたまごの中井義則などが利用している)。

『ひばりくん』連載時に何度も原稿を落としていた事が問題視された事から「今度締切を守れなかったら坊主頭になります」と宣言したが、案の定、締切は守れず坊主頭になった。また、『ひばりくん』の劇中には江口本人である江口"Candy"寿史(えぐち キャンディ ひさし)なる人物が登場しており、上述の通り、江口が坊主頭になった際は彼も坊主頭になっていた。

漫画でも、自身が遅筆である事を自虐したネタを描く事が多々あり、上述の『ひばりくん』では度々本編を無視して締切に追われたり、無理矢理ページを埋めている事を仄めかす姿が描かれ、『江口寿史のなんとかなるでショ! 』の帯には「日本一の遅筆野郎」と書かれる始末であった。

「ぶりっ子」のワードメーカーでもある。

遅筆・放棄

江口は遅筆な事で有名であるが、遅筆のエピソードとしては、「ジャンプ」の愛読者賞用の作品『POCKY』が、途中からネーム状態のまま掲載されるというものがある。そして遅筆の結果、印刷に間に合わずに休載となる事も多く、当初から不定期掲載を謳った連載も多い。

また「(連載作品)未完の帝王」との異名の通り、無事に連載が終了されている作品の多くが一話完結方式で連載されていたもので、いつでも最終回とする事ができた作品が多いのに対し、連載による継続したストーリー展開を必要とした作品については円満に終了された作品はほぼ皆無である。

1996年、『週刊ヤングジャンプ』で連載した『ラッキーストライク』にいたっては僅か3回で放棄した。

代表作の1つである『ストップ!! ひばりくん!』は長期の中断を経て、『ストップ!! ひばりくん! コンプリート・エディション』(小学館クリエイティブ刊 全3巻)において、27年越しで完結した。

未完のまま放棄された作品

「エイジ」

パパリンコ物語

エリカの星

BOXERケン

ラッキーストライク

HOMERUN CATCHER

うなじ

平成大江戸巷談 イレギュラー

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eguchi hisashi


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