東浜巨の情報(ひがしはまなお) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


東浜 巨さんについて調べます
■名前・氏名 |
東浜巨と関係のある人
上田希由翔: 初打席:同上、1回表に東浜巨から空振り三振 九里亜蓮: 大学の1学年先輩には東浜巨、同期にはバッテリーを組んだ嶺井博希、1学年後輩には山﨑康晃がいる。 青山美夏人: 東浜巨や山﨑康晃のように鋭く落ちる変化ではなく、フワッとした軌道で投球に緩急をつける際に用いる。 岩見雅紀: 10日の対福岡ソフトバンクホークス戦(楽天生命パーク)に「7番・指名打者」としてスタメンに起用されると、2回裏の第1打席で、一軍公式戦通算26打席目で初安打を東浜巨からのソロ本塁打で記録した。 大山暁史: 東浜巨が2学年下で入学してからは、東浜の控えとなり、リーグ戦では通算21試合の登板で1勝5敗にとどまった。 水口大地: 初打点:2016年9月1日、対福岡ソフトバンクホークス20回戦(西武プリンスドーム)、8回裏に東浜巨から二塁適時内野安打 平沢大河: 初打席:2016年5月12日、対福岡ソフトバンクホークス8回戦(福岡 ヤフオク!ドーム)、6回表に中村奨吾の代打で出場、東浜巨から空振り三振 増田達至: 2012年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議では、東浜巨の交渉権を重複指名による抽選で外した埼玉西武ライオンズと、同様に森雄大を外した広島東洋カープから1位指名を受け、抽選の結果西武が交渉権を獲得。 髙田知季: 4年時には同期生で主将の東浜巨の下で副主将、3年秋からはリーグ戦3季連続優勝、3年時と4年時には明治神宮野球大会への出場を経験している。 高橋礼: エースの千賀滉大や前年開幕投手の東浜巨が開幕に間に合わないチーム事情もあり、開幕2試合目のロッテ戦で先発を務めたが、7回途中まで投げて自己ワーストの9四死球。 有馬翔: 2013年には、4月11日に2シーズン振りの支配下登録を果たすと、同月19日にルーキーの東浜巨に代わって一軍へ昇格。 工藤公康: 練習後には選手全員が悲鳴を上げながらその場に倒れこむほどハードな練習だったが、強化指定を受けた千賀滉大、岩嵜翔、東浜巨らはその後チームの主力として活躍している。 伊志嶺翔大: 1学年先輩に比屋根渉、2学年後輩に東浜巨がいた。 比嘉公也: 2008年春の第80回選抜高等学校野球大会では東浜巨、嶺井博希のバッテリーを擁し、自身がエースだった1999年以来となる全国制覇を成し遂げた。 西野真弘: 初出場・初打席:2015年4月2日、対福岡ソフトバンクホークス3回戦(福岡 ヤフオク!ドーム)、5回表に山崎勝己の代打で出場、東浜巨から一飛 竹下真吾: 初奪三振:同上、8回表に東浜巨から見逃し三振 飯田優也: ウエスタン・リーグでは東浜巨らとともに9勝を挙げ最多勝利投手となり、リーグ優勝に貢献した。 中村稔弥: 変化球は大学の先輩である東浜巨が投げ始めたと言われる「亜大ツーシーム」が特徴で他にスライダーとカーブも投じる。 茂木栄五郎: 10月18日には、「1番・遊撃手」としてスタメンで出場したソフトバンクとのファイナルステージ第1戦(福岡ヤフオク!ドーム)でも、1回表の第1打席に東浜巨から先頭打者本塁打を放った。 長谷川信哉: 初打席:同上、2回裏に東浜巨から空振り三振 嶺井博希: これにより、高校・大学時代でバッテリーを組んでいた東浜巨とは大学以来のチームメイトとなった。 飯田哲矢: しかし、チームメイトに、後にプロ入りする同期の東浜巨、1年下に九里亜蓮がいたことから、登板機会は限られていた。 砂川リチャード: ソフトバンクでの先輩・東浜巨とは自身の中学時代から面識があり、先にプロ入りしていた東浜の自主トレを手伝っていた。 島井寛仁: 最速140km/hの速球を武器に、同学年の東浜巨(沖縄尚学高)、伊波翔悟(浦添商高)などと肩を並べる投手になったが、人間関係の問題から2年生の春に西原高校に編入した。 笠谷俊介: 7月17日のオリックス戦では先発の東浜巨が右足に打球を受けて3回で降板となり、2番手で登板すると2イニングを打者6人で抑えるパーフェクトリリーフでプロ初勝利を挙げた。 山崎康晃: 2年上にエース東浜巨投手がいた。 横山貴明: 2年春の選抜大会では、東浜巨・嶺井博希を擁する沖縄尚学高校との初戦に代打で出場しただけで、チームも敗退した。 福田秀平: 9月1日の対楽天戦でジャフェット・アマダーが起こした乱闘騒ぎでは、身を挺して東浜巨を守るなど献身的な姿をみせる。 仲地礼亜: 目標とする選手に、同郷出身の安仁屋宗八と東浜巨を挙げている。 髙寺望夢: 初打席:同上、3回表に東浜巨から二ゴロ |
東浜巨の情報まとめ

東浜 巨(ひがしはま なお)さんの誕生日は1990年6月20日です。沖縄出身の野球選手のようです。

卒業、姉妹、結婚、テレビ、引退に関する情報もありますね。今年の情報もありました。東浜巨の現在の年齢は34歳のようです。
東浜巨のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 東浜 巨(ひがしはま なお、1990年6月20日 - )は、沖縄県中頭郡与那城町(現:うるま市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 名前の由来は、「心も体も大きく育つように」との願いを込められつけられた。与那城小学校1年から「与那城ストロング」で野球を始める。与勝中学校では軟式野球部に所属し、3年夏は県大会優勝、九州大会3位とエースとしてチームを牽引した。 那覇市にある沖縄尚学高校へ進学すると1年夏からベンチ入りしたが、1年秋は部内の不祥事により1か月の対外試合禁止。エースとして迎えた2年夏の県大会では、浦添商業との準決勝で両足痙攣により途中降板し、試合中に救急車で運ばれ、チームは延長戦で敗れた。 3年春は甲子園への出場を果たし、聖光学院との初戦で自己最速の147km/hを計測して完封勝利。続く明徳義塾戦では1失点完投勝利。天理との準々決勝では5回からリリーフ登板し、打球が左膝に直撃するアクシデントに見舞われながらも、リードを守って最後まで投げ抜いた。翌日の東洋大姫路戦では、痛み止めを飲んで志願して先発マウンドに上がり、チームの勝利に貢献。3日連続登板となった聖望学園との決勝戦では完封勝利を収め、沖縄尚学を2度目の春の甲子園優勝に導いた。この時バッテリーを組んでいたのは1学年下の嶺井博希で、嶺井とは大学でもバッテリーを組んだ。 3年夏は県大会決勝で浦添商業に敗れ準優勝。プロからも注目されたが、東浜の才能に惚れ込み、東浜が高校1年の時から100回以上沖縄に足を運んだ生田勉野球部監督の熱意に動かされ亜細亜大学への進学を希望し、プロ志望届は提出しなかった。2008年12月9日に同大学の入試に合格した。 1年春から東都大学野球リーグ戦に出場。2009年4月21日の中央大学戦で同リーグ初登板初先発を果たすと、延長10回を投げ抜き、5安打8奪三振で完封勝利を挙げた。続く國學院大學戦でも完封勝利。「1年生投手による初登板から2試合連続完封勝利」は、東都大学野球連盟に正確な記録が残る1950年以降では史上初の快挙となった。5月8日の國學院大學戦では「同リーグの新人では史上初」「同校の選手では創部以来初」となる3試合連続完封勝利を達成した。4試合目の登板となった立正大学戦、デビューから33イニング目で初失点を喫したが、1失点完投で4連勝。その後は扁桃腺炎で体調を崩したこともあり、5月26日の東洋大学戦で初黒星を喫したが、リーグトップの防御率0.82を記録し、ベストナインを受賞した。 7月12日から開催された日米大学野球の日本代表に選出され、初戦で国際試合初登板を果たし、第4戦では勝利投手となった。また、7月27日から開催されたアジア野球選手権の日本代表にも選出され、8月1日の中国戦に登板した。 1年秋のリーグ戦は、8月上旬に発症した新型インフルエンザによる投げ込み不足が影響し、シーズン序盤は苦しい投球が続いた。その後は復調し、2完封を含むリーグトップタイの4完投、リーグトップの67イニングを投げ、防御率2.01を記録。2季連続となるベストナインを受賞した。 2年春のリーグ戦、規定投球回到達者では2番目に少ない6試合の登板ながら3完封を含む5完投、防御率2.25を記録し、3季連続でベストナインを受賞した。 2年秋のリーグ戦では、3完封を含む7完投(リーグ1位タイ)、75回1/3(同1位)、防御率0.84(同2位)を記録したものの、4季連続のベストナイン受賞とはならなかった。 3年春のリーグ戦は、3完封を含む4完投を記録。2011年7月3日から開催された日米大学野球では、日本代表に選出された。また、1年生の山﨑康晃投手らがリーグ戦にデビューした。 3年秋のリーグ戦、9月4日の日本大学戦で初の無四球完封勝利を挙げると、同27日の駒澤大学戦でリーグ新記録となる通算16完封を達成した。11月2日の青山学院大学戦ではチーム10季ぶり18回目のリーグ優勝が決定。この試合に先発し、1失点完投勝利を収めたことで胴上げ投手となった。防御率1.51、リーグ2位の4完投・65回2/3を記録し、初の最高殊勲選手を受賞した。その後チームは明治神宮大会に出場したが、東浜は右肘痛により登板を回避した。2012年3月に行われた東日本大震災復興支援ベースボールマッチに大学選抜メンバーとして出場。 4年次には同校の投手では初となる主将に就任。春のリーグ戦、3完封を記録すると、2012年5月16日の中央大学戦で自己最多を更新するシーズン4完封。チームを2季連続のリーグ優勝に導いた。6完投・5勝・59回・防御率0.92は全てリーグトップを記録し、最高殊勲選手・最優秀投手・ベストナインの3冠に輝いた。 全日本大学野球選手権に出場し、6月13日の八戸学院大学との初戦に勝利。大学初の全国1勝を掴むと、続く愛知学院大学戦では完封勝利を挙げた。準決勝の登板機会は無く、早稲田大学との決勝戦では先発したものの、7回4失点で敗戦投手となり、準優勝に終わった。 4年秋のリーグ戦では、 9月26日の國學院大學戦で通算22度目の完封勝利。チームは開幕から8戦全勝で3季連続となるリーグ優勝を達成した。チーム9試合目となった10月24日の青山学院大学戦に先発し、2失点完投負けを喫したが、自己最多の13奪三振。通算では420奪三振となり、大場翔太が持っていた奪三振数のリーグ記録を更新した。5試合の登板全てで完投、リーグ3位の防御率1.02を記録し、2季連続の3冠に輝いた。 10月25日に行われた2012年度ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークス・埼玉西武ライオンズ・横浜DeNAベイスターズの3球団から1位指名を受け、抽選の結果、ソフトバンクが交渉権を獲得した。 その後明治神宮大会に出場し、福岡大学との初戦で完封勝利を挙げた。準決勝の桐蔭横浜大学戦では登板機会が無く、チームは敗退した。 11月30日、契約金1億円プラス出来高払い5000万円、年俸1500万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。背番号は16。 2013年は春季キャンプをA組でスタート。開幕ローテーションからは外れたが、二軍での好投が評価され、4月11日のオリックス・バファローズ戦でプロ初登板初先発。初回先頭打者が明石健志の失策で出塁したのを皮切りに、アーロム・バルディリスに満塁本塁打を打たれるなど5失点を喫し、3回1/3を7安打5四死球6失点(自責点1)という内容で勝敗は付かなかった。続く同18日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では初回に自らの悪送球で失点するなど、5回6失点(自責点5)で敗戦投手となり、その後は身体づくりを目的とした無期限の二軍再調整となった。ウエスタン・リーグでは大学3年時以来となる147km/hを計測するなど、身体づくりの成果は着実に現れ、フレッシュオールスターゲームに選出されると、7月18日に開催されたこの試合では先発投手を務め、2回1安打無失点で優秀選手となった。二軍戦13試合の登板で6勝3敗・防御率3.30を記録すると、9月23日の千葉ロッテマリーンズ戦で約5か月ぶりの一軍先発登板となり、6回3安打3失点の内容でプロ初勝利を挙げた。シーズン最終戦となった10月5日の北海道日本ハムファイターズ戦では9回4安打無四球10奪三振無失点の内容でプロ初完投・初完封勝利を挙げ、ルーキーイヤーは一軍で5試合に先発し、3勝1敗・防御率2.83という成績であった。オフにプエルトリコのウィンターリーグへヒガンテス・デ・カロリーナの一員として参加し、チームトップの4勝、リーグ最多の42奪三振を記録した。契約更改では100万円減となる推定年俸1400万円でサインした。 2014年は開幕ローテーションの6番手として、4月3日の日本ハム戦でシーズン初登板初先発となったが、5回3安打6四球4失点で降板。翌4日に出場選手登録を抹消され、約3か月ぶりの一軍先発登板となった6月29日の西武戦では6回6安打3失点の内容でシーズン初勝利。続く7月6日の楽天戦でも勝利投手となったが、同13日の日本ハム戦では6回3失点で敗戦投手。登録抹消を経て先発した7月31日の楽天戦でも6回途中5失点(自責点3)で敗戦投手となり、翌8月1日に再び登録抹消。9月19日に中継ぎとして一軍へ昇格し、同日の西武戦でプロ初のリリーフ登板を果たした。この年は7試合(5先発)の登板で2勝2敗・防御率3.82という成績であった。ポストシーズンでも中継ぎを務め、日本ハムとのCSファイナルステージ第3戦では3回表から登板し、7回6安打9奪三振5失点の内容で最後まで投げ抜いた。阪神タイガースとの日本シリーズ第4戦では同点の4回表から登板し、3イニングを1安打無失点に抑えてホールドを記録した。オフの11月10日に日米野球壮行試合として行われた野球日本代表戦では、ソフトバンク・日本ハム連合軍の先発投手を務め、2回を1安打無失点に抑えた。この年、ウエスタン・リーグではリーグ2位の115回・102奪三振・防御率2.11、リーグ1位タイの9勝、リーグ1位の3完投を記録しており、飯田優也らと共に、同リーグ最多勝利投手となった。12月4日の契約更改では300万円増となる推定年俸1700万円で更改した。 2015年も開幕ローテーション入りし、開幕6試合目のオリックス戦でシーズン初登板初先発となったが、6回途中4失点で降板。日程の都合で翌4月3日に出場選手登録を抹消され、2度目の一軍先発登板となった4月16日のオリックス戦では5回途中5失点で敗戦投手となり、翌17日に再び登録抹消。その後は長らく二軍調整が続いたが、二軍戦防御率2.05と結果を残し、9月8日の日本ハム戦で約5か月ぶりの一軍先発登板となり、7回156球7安打5四球2失点の内容でシーズン初勝利を挙げた。たた、この年は6試合(5先発)の登板で1勝2敗・防御率4.82という成績にとどまり、日本シリーズではリリーフ待機をしていたが、登板機会は無かった。オフに100万円増となる推定年俸1800万円で契約を更改した。 2016年は開幕を二軍で迎えたが、ウエスタン・リーグでは3試合の登板で防御率0.53を記録し、4月15日の楽天戦でシーズン初登板初先発。5回4安打2失点で勝利投手となると、その後はチーム事情でリリーフに回った時期がありながらも先発ローテーションの一角に入り、規定投球回には8イニング届かなかったものの、23試合(20先発)の登板で9勝6敗・防御率3.00を記録。オフに倍増となる推定年俸3600万円で契約を更改した。 2017年は2月の実戦から甲斐拓也とバッテリーを組み、2年ぶりに開幕ローテーション入り。3試合目の先発登板となった4月19日のロッテ戦で7回3安打無失点と好投し、シーズン初勝利を挙げると、5月30日の中日ドラゴンズ戦では9回6安打2失点、4年ぶりの完投勝利で自身6連勝。6月13日の読売ジャイアンツ戦で連勝が止まったが、同23日の西武戦では4年ぶりの完封勝利を挙げた。7月7日の日本ハム戦から8月18日の楽天戦にかけては6戦6勝を記録。特に7月は3試合の先発で3勝・防御率1.33と好成績を収め、自身初の月間MVPを受賞した。チームが優勝マジック1で迎えた9月16日の西武戦では6回1失点の好投で勝利投手となるなど、この年は先発ローテーションの柱としてチームの2年ぶりリーグ優勝に大きく貢献。24試合の先発登板で16勝5敗・防御率2.64を記録し、菊池雄星と並んで最多勝に輝いた。レギュラーシーズン最終盤に腰の張りで離脱していたが、ポストシーズンでは楽天とのCSファイナルステージ第1戦、DeNAとの日本シリーズ第2・6戦に先発登板した。オフに5400万円増となる推定年俸9000万円で契約を更改した。 2018年、開幕前の3月3・4日に行われた『ENEOS 侍ジャパンシリーズ2018』の日本代表メンバーに選出され、3日のオーストラリア戦に登板し、2回を無失点に抑えた。レギュラーシーズンでは開幕ローテーション入りしたが、開幕前最後の調整登板となった広島東洋カープとの二軍戦でプロ入り後ワーストとなる8失点を喫すると、開幕から2戦2敗。4月17日の楽天戦でシーズン初勝利を挙げるも、6回途中3失点と本調子でない投球が続き、5月25日の楽天戦では右肩の違和感を訴え、プロ入り後最短の3回で降板。翌26日に登録抹消となり、精密検査では『右肩関節機能不全』と診断された。当初の見込よりも回復が遅く、また調整が途中でペースダウンしたこともあり、実戦復帰は7月9日となった。8月7日のロッテ戦で一軍復帰を果たし、続く同14日の楽天戦で復帰後初勝利を挙げると、シーズン終了まで先発ローテーションを守り、無傷の6連勝を記録。この年は17試合の先発登板で7勝5敗・防御率3.32という成績であった。クライマックスシリーズでは日本ハムとのファーストステージ第3戦、西武とのファイナルステージ第4戦に先発登板。広島との日本シリーズ第4戦では5回1失点と試合をつくり、ポストシーズン通算12試合目の登板で初勝利を挙げ、日本一に貢献した。オフに500万円減となる推定年俸8500万円で契約を更改した。 2019年は2月下旬に左脇腹を痛めて調整が遅れ、開幕ローテーションには入ったが、精彩を欠く投球が続き、5月6日のオリックス戦では5回5安打3四球4失点の内容でシーズン2勝目を挙げるも、開幕から6試合で防御率6.16と振るわず、翌7日に登録抹消。中14日で先発した5月21日の西武戦は沖縄セルラースタジアム那覇で開催され、凱旋登板となったが自己ワーストタイの6四球を与え、5回途中4失点で敗戦投手となった。同23日に股関節の張りで再び登録抹消となり、6月5日には鏡視下右肘関節形成術を受けた。復帰まで3か月の見込であったが、7月にはノースロー調整期間があったなど、右肘の状態は一進一退が続き、実戦復帰は10月19日のフェニックスリーグだった。シーズン中の一軍復帰は果たせず、この年は7試合の先発登板で2勝2敗・防御率6.37という成績に終わり、オフに1800万円減となる推定年俸6700万円で契約を更改した。 2020年はエースの千賀滉大の調整が遅れたことを受けて、初の開幕投手に指名されたが、新型コロナウイルスの影響で開幕が延期。再度検討を進める方針となったものの、5月31日の紅白戦での登板後に工藤公康監督から開幕投手を託された。開幕前最後の調整登板で打球が左太ももに直撃した影響もあり、6月19日のロッテとの開幕戦では5回2安打無失点で降板となったが、自己最速の154km/hを計測。7月3日の日本ハム戦では424日ぶりの一軍勝利を挙げた。8月26日に首の張りで出場選手登録を抹消されたが、9月10日の楽天戦で一軍復帰を果たし、勝利投手となると、10月30日の西武戦で自身7連勝を記録。最優秀防御率・最高勝率のタイトルに加え、規定投球回到達を懸けて先発した11月5日のロッテ戦では、8回途中6失点で敗戦投手となり、いずれの記録も達成できなかったが、この年は19試合の先発登板で9勝2敗・防御率2.34と好成績を収め、チーム3年ぶりのリーグ優勝に貢献した。ポストシーズンでは、ロッテとのCSファイナルステージ第2戦に先発するも4回7安打3失点で降板。日本シリーズは右肩のコンディション不良のため、40人の出場資格者名簿から外れた。オフの12月25日に無症状ながら新型コロナウイルスの陽性判定を受け、自宅療養となった。 2021年1月18日に契約交渉を行い、2300万円増となる推定年俸9000万円でサイン。右肩の不調などで調整が遅れて開幕を二軍で迎え、4月2日の二軍戦で実戦復帰したが、左足首に打球が直撃して緊急降板。再びリハビリ組での調整となったが、同16日の二軍戦で実戦再復帰し、5月26日の中日戦で一軍復帰を果たした。前半戦終了時点で7試合に先発し、2勝2敗・防御率3.76という成績であったが、東京オリンピックによる中断期間を経て、後半戦初登板となった8月14日の日本ハム戦では8回2安打無失点で勝利投手、自己最多の11奪三振を記録した。ただ、同31日の楽天戦で5回途中6失点、9月7日の西武戦では4回途中3失点と早期の降板が続き、同11日に出場選手登録を抹消された。その後は一軍で3試合に先発したが、そのうち2試合は5回持たずに降板し、この年は14試合の先発登板で4勝4敗・防御率3.70という成績にとどまった。オフに1000万円減となる推定年俸8000万円で契約を更改した。 2022年は開幕ローテーション入りし、開幕2試合目の日本ハム戦でシーズン初登板初先発となり、7回2失点の好投でシーズン初勝利を挙げた。続く4月2日の楽天戦に先発予定であったが、新型コロナウイルスの影響で試合中止となり、中13日で同9日の西武戦に先発して6回2/3を無失点と好投するも、打線の援護が無く勝敗は付かなかった。4月24日の日本ハム戦で7回2失点と好投し、約1か月ぶりの白星を掴むと、ローテーション再編により中9日で先発した5月4日のオリックス戦でも7回1失点の好投で勝利投手。さらに続く同11日の西武戦では9回無安打2四球無失点、2併殺で打者27人に抑える快投で史上84人目(95度目)となるノーヒットノーランを達成した。その後は6月に登板機会の都合による登録抹消があったものの、先発ローテーションを守り続け、監督推薦でオールスターに初出場となり、第2戦に4番手として登板し、1イニングを三者凡退に抑えた。9月12日の西武戦では5回2/3を3失点ながら勝利投手となり、自身5年ぶり2度目となる2桁勝利を達成。ただ、9月は4先発全てで6回持たずに降板しており、この年は開幕から離脱することなく先発ローテーションを守ったが、前述のようにシーズン前半の先発機会が少なかったこともあって、23試合の先発登板で規定投球回には7イニング及ばず、10勝6敗・防御率3.11という成績であった。ポストシーズンでは、西武とのCSファーストステージ第2戦に先発して5回1失点。自身10度目の登板でCS初勝利を挙げた。オフに球団と3年契約を結び、翌年は7000万円増となる推定年俸1億5000万円でサインした。なお、11月21日に球団は、横浜DeNAベイスターズから国内FA権を行使していた嶺井博希の獲得を発表。高校・大学時代の後輩(1学年下)であり、10年ぶりにチームメイトとなった。 2023年は2年連続で開幕ローテーション入りを果たし、開幕3試合目のロッテ戦でシーズン初登板初先発となり、6回途中3失点でシーズン初勝利。5月6日のロッテ戦では7回から嶺井がマスクを被り、プロ入り後初めてバッテリーを組んだ。その後は登板間隔が空くことによる登録抹消が2度ありながらも先発ローテーションを回っていたが、6月14日の東京ヤクルトスワローズ戦で5勝目を挙げて以降は6試合連続で白星が無く、そのうち3試合は4回持たずに降板。16試合の先発登板で5勝7敗・防御率4.47と振るわず、8月5日に出場選手登録を抹消され、二軍再調整となった。9月7日のロッテ戦で約1か月ぶりの一軍先発登板となり、5回7安打3失点ながらも勝利投手。翌9月8日に出場選手登録を抹消され、9月18日の日本ハム戦に先発予定であったが、体調不良で登板回避となり、そのまま二軍でシーズンを終えた。この年は17試合の先発登板で6勝7敗・防御率4.52という成績に終わり、オフに現状維持となる推定年俸1億5000万円で契約を更改した。 2024年は春先からストレートに球威があり、オープン戦では3試合・15回1/3を無失点と順調な調整を見せ、開幕5試合目のロッテ戦でシーズン初登板初先発。その後も先発陣の一角を担ったが、チームの投手運用もあって中6日での先発登板が少なく、出場選手登録されたままファームでライブBPや二軍戦に登板したこともあった。7月10日のオリックス戦では1回裏に連打でビンチを招いて犠飛で先制を許し、2回裏も連打で失点すると、小久保裕紀監督は「球を見て、あそこで切った」と交代を決断し、東浜は40球4安打2失点、自己最短タイの2回で降板。開幕から10試合の先発登板で3勝2敗・防御率3.12という成績で二軍再調整が通達された。その後は本人が「夏場以降、なかなか自分の状態が上がらなかった。最初は自分の中でも葛藤がすごくて。今年プロ12年目が終わりましたけど、この夏が一番精神的に苦しかった」と話したように、夏場以降は状態が上がらず、チームがリーグ優勝を決めた後の9月28日(対日本ハム)に一軍先発機会を得たが、4回3失点で降板。翌29日に出場選手登録を抹消され、ポストシーズンでも登板機会は無かった。この年は11試合の先発登板で3勝2敗・防御率3.38という成績であり、オフに現状維持となる推定年俸1億5000万円で契約を更改した。 持ち球はストレート・シンカー・カットボール・カーブ・スライダー。ストレートの最速は154km/hを計測している。 武器はシンカー。東浜を"師匠"と呼び慕っていた九里亜蓮(大学の1学年後輩)が直接シンカーを教わり、九里が1学年後輩の薮田和樹と山﨑康晃に教えた。山﨑がこの球種を武器にして、DeNAの守護神として2015年のセ・リーグ新人王に輝く活躍を見せ、山﨑が「ツーシーム」と呼んだことで『亜大ツーシーム』として一躍有名になったが、東浜は「あのボールはシンカーですよ。なぜか世間ではツーシームとして広まっていますけど、僕は高校1年の秋に覚えてから今まで、一貫してシンカーだと思ってます」と話している。東浜の卒業後もこの球種は亜細亜大学で代々受け継がれている。 34歳になったプロ11年目(2023年)シーズンは不振に終わり、契約更改交渉後の会見では不振の要因を「コンディション」と語った。練習をやりすぎてしまう癖があり、「そういうところがまだまだ下手くそ」と調整面において課題を抱えている。 元プロ野球選手の大野倫とは母方の祖母同士が姉妹にあたり親類である。 地元沖縄に貢献したいとの思いが強く、2015年からサンゴ礁の再生事業を手掛ける沖電開発と1勝につきサンゴ苗10株を寄付する契約を結び、オフには嶺井博希と共に宜野湾市の海に潜りサンゴ植え付けも行った。2019年には、火災によって焼失した首里城再建のため、東浜含む沖縄出身のプロ野球選手の有志20人で107万円を那覇市に寄付。2020年4月には沖縄でも新型コロナウイルスの感染が急激に拡大したことを受けて、母校である小中高校と医療従事者に向けて4万枚のマスクを寄付した。 2024年12月25日、一般女性と結婚。 2024年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 - は10位未満。防御率・勝率における規定投球回数未満も - と表記。 2024年度シーズン終了時 最多勝利:1回(2017年) 月間MVP:1回(投手部門:2017年7月) 琉球新報スポーツ栄誉賞(2017年) ヤナセ・福岡ソフトバンクホークスMVP賞(2017年) 初登板・初先発登板:2013年4月11日、対オリックス・バファローズ3回戦(福岡 ヤフオク!ドーム)、3回1/3を6失点(自責点1)で勝敗つかず 初奪三振:同上、2回表に糸井嘉男から見逃し三振 初勝利・初先発勝利:2013年9月23日 対千葉ロッテマリーンズ24回戦(QVCマリンフィールド)、6回3失点 初完投・初完投勝利・初完封勝利:2013年10月5日、対北海道日本ハムファイターズ24回戦(札幌ドーム)、9回4被安打10奪三振(無四死球) 初打席:2016年6月3日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回表に黒田博樹から四球 1000投球回:2024年6月27日、対オリックス・バファローズ10回戦(京セラドーム大阪)、1回裏二死目に西野真弘を二直 ※史上371人目 ノーヒットノーラン:2022年5月11日、対埼玉西武ライオンズ7回戦(PayPayドーム)、9回97球6奪三振2四球無失点 ※史上84人目95度目、球団史上3人目。打者27人での達成は、完全試合を除くと史上4人目。100球未満での達成は2006年の山本昌以来。 オールスターゲーム出場:1回(2022年) 16(2013年 - ) 「ホワイトビーチ」HY(2013年 - ) 「ダイナミック琉球」Chuning Candy(2020年 - )
第37回日米大学野球選手権大会 第38回日米大学野球選手権大会 第25回アジア野球選手権大会日本代表 ^ 97球での完封だったため、マダックス(100球未満の完封)も達成した。 ^ 『亜細亜ボール』『亜大ボール』などとも称される。 ^ プロ入りを果たした選手では髙橋遥人(2017年度阪神2位)、中村稔弥(2018年度ロッテ5位)、青山美夏人(2022年度西武4位)、草加勝(2023年度中日1位)がこの球種の使い手として挙げられる。 ^ 「ソフトバンク - 契約更改 - プロ野球」『西スポ』。2024年12月6日閲覧。 ^ 「東浜巨、防御率0.80でベストナインに〜亜細亜大エースの目標は「40勝」」『web Sportiva』集英社、2009年5月28日。2012年10月25日閲覧。 ^ 「亜大 東浜が2戦連続完封!東都初快挙だ」『スポーツニッポン』2009年5月6日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「沖縄尚学渋滞に泣く初回5失点/沖縄大会」『日刊スポーツ』2008年7月14日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「打球直撃に負けず東浜投げぬいた」『スポーツニッポン』2008年4月3日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「沖縄尚学・東浜スミ1完封劇/センバツ」『日刊スポーツ』2008年3月27日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「沖縄尚学・東浜2試合連続完投/センバツ」『日刊スポーツ』2008年4月1日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「沖縄尚学8回一気逆転!決勝へ」『スポーツニッポン』2008年4月3日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「東浜投げ抜いた!沖縄尚学9年ぶりV」『スポーツニッポン』2008年4月5日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「DeNA・嶺井、「東浜先輩」とシーズン初対決へ」『スポーツニッポン』2022年5月25日。2022年3月12日閲覧。 ^ 「SB東浜、広島薮田、DeNA山崎の魔球? 亜細亜大出身投手がCS席巻の秘密。(4/6)」『Sports Graphic Number Web』2017年10月18日。2022年6月22日閲覧。 ^ 「沖縄尚学147キロ右腕、東浜は亜大受験へ」『日刊スポーツ』2008年7月31日。2022年3月6日閲覧。 ^ 「センバツ優勝 沖縄尚学の東浜が亜大合格」『スポーツニッポン』2008年12月9日。2022年3月6日閲覧。 ^ 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Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube 16 東浜 巨 選手名鑑 - 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE 東浜巨 (@_nao.higashihama_16) - Instagram 表 話 編 歴 90 小久保裕紀 92 奈良原浩(ヘッド) 94 倉野信次(投手〈チーフ〉兼ヘッドコーディネーター〈投手〉) 72 若田部健一(投手〈ブルペン〉) 71 中田賢一(投手〈ブルペン補佐〉) 78 村上隆行(打撃) 80 本多雄一(内野守備走塁兼作戦) 79 大西崇之(外野守備走塁兼作戦) 84 髙谷裕亮(バッテリー) 74 松山秀明(監督) 73 小笠原孝(投手〈チーフ〉) 97 牧田和久(ファーム投手) 93 村松有人(打撃) 82 髙田知季(内野守備走塁) 96 城所龍磨(外野守備走塁) 87 細川亨(バッテリー) 88 斉藤和巳(監督) 76 寺原隼人(ファーム投手) 86 奥村政稔(投手) 75 大道典良(打撃) 91 金子圭輔(内野守備走塁) 98 高波文一(外野守備走塁) 83 清水将海(バッテリー) 011 大越基(監督) 024 フェリペナテル(投手) 013 森笠繁(打撃) 014 笹川隆(内野守備走塁) 015 釜元豪(外野守備走塁) 016 的山哲也(バッテリー) 017 森山良二(リハビリ担当〈投手〉) 018 中谷将大(リハビリ担当〈野手〉) 012 川越英隆(コーディネーター〈投手ファーム統括〉) 020 星野順治(コーディネーター〈投手〉) 023 荒金久雄(コーディネーター〈野手統括〉) 019 関川浩一(コーディネーター〈野手〉) 022 森浩之(コーディネーター〈野手〉) 021 井出竜也(コーディネーター〈野手〉) 2 スチュワート・ジュニア 10 上沢直之 11 津森宥紀 13 濵口遥大 14 又吉克樹 16 東浜巨 17 有原航平 18 武田翔太 20 村上泰斗 26 大津亮介 27 岩井俊介 28 安德駿 34 村田賢一 35 モイネロ 39 尾形崇斗 40 杉山一樹 41 前田悠伍 42 伊藤優輔 47 大関友久 48 藤井皓哉 49 松本晴 50 板東湧梧 51 前田純 53 大山凌 54 オスナ 56 田浦文丸 58 木村大成 59 長谷川威展 60 大野稼頭央 63 ヘルナンデス 64 上茶谷大河 66 松本裕樹 68 木村光 69 岩崎峻典 00 渡邉陸 12 嶺井博希 22 牧原巧汰 45 谷川原健太 55 石塚綜一郎 62 海野隆司 65 藤田悠太郎 0 川瀬晃 4 ダウンズ 5 山川穂高 6 今宮健太 8 牧原大成 23 周東佑京 24 栗原陵矢 25 庄子雄大 33 廣瀨隆太 36 イヒネイツア 43 井上朋也 46 宇野真仁朗 52 リチャード 67 石見颯真 99 野村勇 3 近藤健介 7 中村晃 9 柳田悠岐 30 佐藤直樹 31 正木智也 32 柳町達 44 笹川吉康 57 緒方理貢 61 川村友斗 126 宮里優吾 128 河野伸一朗 132 川口冬弥 133 星野恒太朗 134 大城真乃 135 アルメンタ 136 大竹風雅 137 津嘉山憲志郎 138 相原雄太 139 井﨑燦志郎 140 岡田皓一朗 141 澤柳亮太郎 142 藤原大翔 145 ハモンド 146 藤田淳平 148 山崎琢磨 149 熊谷太雅 152 塩士暖 153 張峻瑋 155 風間球打 156 ロドリゲス 157 田上奏大 158 赤羽蓮 160 長水啓眞 161 内野海斗 162 岡植純平 163 佐々木明都 164 水口創太 165 宮﨑颯 169 飛田悠成 176 サルディ 125 大友宗 151 加藤晴空 171 盛島稜大 121 ザイレン 122 藤野恵音 124 桑原秀侍 127 広瀬結煌 129 佐倉俠史朗 130 勝連大稀 131 中澤恒貴 159 山下恭吾 167 川原田純平 170 西尾歩真 175 アルモンテ 123 大泉周也 143 漁府輝羽 144 シモン 147 木下勇人 150 山本恵大 154 生海 166 重松凱人 168 佐藤航太 173 オスーナ 表 話 編 歴 沢村栄治 V.スタルヒン 石田光彦 中尾輝三 亀田忠 浅野勝三郎 三輪八郎 森弘太郎 西沢道夫 天保義夫 藤本英雄 別所昭 石丸進一 呉昌征 梶岡忠義 真田重男 金田正一 林義一 大友工 山下登 杉下茂 大津守 大脇照夫 大矢根博臣 井上善夫 中山義朗 G.バッキー 外木場義郎 清俊彦 若生忠男 堀内恒夫 城之内邦雄 鈴木啓示 成田文男 渡辺秀武 鬼頭洋 藤本和宏 高橋直樹 江夏豊 神部年男 加藤初 戸田善紀 郭泰源 田中幸雄 近藤真一 柴田保光 湯舟敏郎 西崎幸広 佐藤義則 T.ブロス 渡辺久信 野口茂樹 石井一久 川尻哲郎 佐々岡真司 M.バンチ N.エルビラ 川上憲伸 井川慶 R.ガトームソン 山本昌 前田健太 杉内俊哉 西勇輝 山井大介 岸孝之 山口俊 菅野智之(CS) 千賀滉大 大野雄大 小川泰弘 東浜巨 今永昇太 山本由伸 C.ポンセ 石川柊太 戸郷翔征 大瀬良大地 表 話 編 歴 1950 荒巻淳 1951 江藤正 1952 野口正明 1953 川崎徳次 1954 宅和本司, 田中文雄 1955 宅和本司 1956 三浦方義 1957 稲尾和久 1958 稲尾和久 1959 杉浦忠 1960 小野正一 1961 稲尾和久 1962 久保征弘 1963 稲尾和久 1964 小山正明 1965 尾崎行雄 1966 米田哲也 1967 池永正明 1968 皆川睦男 1969 鈴木啓示 1970 成田文男 1971 木樽正明 1972 山田久志, 金田留広 1973 成田文男 1974 金田留広 1975 東尾修 1976 山田久志 1977 鈴木啓示 1978 鈴木啓示 1979 山田久志 1980 木田勇 1981 今井雄太郎, 村田兆治 1982 工藤幹夫 1983 東尾修, 山内和宏 1984 今井雄太郎 1985 佐藤義則 1986 渡辺久信 1987 山沖之彦 1988 渡辺久信, 西崎幸広, 松浦宏明 1989 阿波野秀幸 1990 渡辺久信, 野茂英雄 1991 野茂英雄 1992 野茂英雄 1993 野田浩司, 野茂英雄 1994 伊良部秀輝 1995 K.グロス 1996 K.グロス 1997 西口文也, 小池秀郎 1998 西口文也, 武田一浩, 黒木知宏 1999 松坂大輔 2000 松坂大輔 2001 松坂大輔 2002 J.パウエル 2003 斉藤和巳 2004 岩隈久志 2005 杉内俊哉 2006 斉藤和巳 2007 涌井秀章 2008 岩隈久志 2009 涌井秀章 2010 和田毅, 金子千尋 2011 D.ホールトン, 田中将大 2012 攝津正 2013 田中将大 2014 金子千尋 2015 大谷翔平, 涌井秀章 2016 和田毅 2017 東浜巨, 菊池雄星 2018 多和田真三郎 2019 有原航平 2020 千賀滉大, 石川柊太, 涌井秀章 2021 山本由伸 2022 山本由伸 2023 山本由伸 2024 有原航平, 伊藤大海 表 話 編 歴 1938秋 鈴木芳太郎 1939 政野岩夫 1940 清水秀雄 1941 神田武夫 1942 神田武夫 1943 清水秀雄 1944 清水秀雄 1946 松川博爾 1947 別所昭 1948 別所昭 1949 柚木進 1950 柚木進 1951 江藤正 1952 江藤正 1953 柚木進 1954 大神武俊 1955 柚木進 1956 柚木進 1957 野母得見 1958 杉浦忠 1959 杉浦忠 1960 杉浦忠 1961 J.スタンカ 1962 J.スタンカ 1963 J.スタンカ 1964 三浦清弘 1965 杉浦忠 1966 森中千香良 1967 皆川睦男 1968 皆川睦男 1969 泉嘉郎 1970 西岡三四郎 1971 西岡三四郎 1972 西岡三四郎 1973 江本孟紀 1974 江本孟紀 1975 江本孟紀 1976 山内新一 1977 山内新一 1978 山内新一 1979 藤田学 1980 山内新一 1981 山内新一 1982 山内新一 1983 山内孝徳 1984 山内和宏 1985 山内孝徳 1986 山内孝徳 1987 山内孝徳 1988 西川佳明 1989 山内孝徳 1990 藤本修二 1991 村田勝喜 1992 村田勝喜 1993 村田勝喜 1994 吉田豊彦 1995 工藤公康 1996 工藤公康 1997 武田一浩 1998 工藤公康 1999 西村龍次 2000 西村龍次 2001 西村龍次 2002 田之上慶三郎 2003 斉藤和巳 2004 斉藤和巳 2005 和田毅 2006 斉藤和巳 2007 斉藤和巳 2008 杉内俊哉 2009 和田毅 2010 杉内俊哉 2011 和田毅 2012 攝津正 2013 攝津正 2014 攝津正 2015 攝津正 2016 攝津正 2017 和田毅 2018 千賀滉大 2019 千賀滉大 2020 東浜巨 2021 石川柊太 2022 千賀滉大 2023 大関友久 2024 有原航平 2025 有原航平 表 話 編 歴 30 榎本保 40 應武篤良 50 横井人輝 55 古川祐一 1 斎藤佑樹 11 菅野智之 14 乾真大 15 大石達也 16 澤村拓一 17 東浜巨 18 二神一人 19 野村祐輔 20 中後悠平 22 小池翔大 25 佐藤貴穂 4 萩原圭悟 5 中田亮二 6 小島脩平 7 加藤政義 8 林﨑遼 10 荒木貴裕 2 伊志嶺翔大 3 中原恵司 9 土生翔平 23 田中宗一郎 24 亀谷信吾 表 話 編 歴 30 金光興二 31 善波達也 32 山路哲生 33 生田勉 11 野村祐輔 12 東浜巨 14 大瀬良大地 15 中後悠平 16 福谷浩司 17 藤岡貴裕 18 菅野智之 19 三上朋也 21 岩貞祐太 22 梅野隆太郎 23 吉田裕太 1 鈴木大地 3 多木裕史 4 生多良介 5 山川穂高 6 髙田知季 7 岡崎啓介 24 金子侑司 2 佐々木孝樹 8 池田祥大 9 中嶋啓喜 10 伊藤隼太 表 話 編 歴 1位:東浜巨 2位:伊藤祐介 3位:髙田知季 4位:真砂勇介 5位:笠原大芽 6位:山中浩史 1位:八木健史 2位:大滝勇佑 3位:飯田優也 4位:宮﨑駿 ISNI VIAF 日本 日本の野球選手 沖縄尚学高等学校出身の野球選手 亜細亜大学硬式野球部の選手 日米大学野球選手権大会日本代表選手 福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手 NPBオールスターゲーム選出選手 最多勝利 (NPB) 沖縄県出身のスポーツ選手 1990年生 存命人物 外部リンクがリンク切れになっている記事/2017年10月 野球に関する記事 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにある日本野球機構選手識別子 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事
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