折口信夫の情報(おりぐちしのぶ) 文学者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
折口 信夫さんについて調べます
■名前・氏名 |
折口信夫と関係のある人
柳田國男: 1915年(大正4年)11月、京都における大正天皇の即位礼および大嘗祭に奉仕、提言を残す(当時は未公開)、この年に折口信夫と出会う。 平山輝男: 金田一京助、折口信夫に師事。 伊藤公平: 大学で佐佐木信綱、折口信夫、武田祐吉らの講義を受けて文学的素養を深めたが、同時期に絵画に傾倒し、川端画学校で油絵を学ぶ。 飯田龍太: 1940年(昭和15年)、教鞭をとっていた折口信夫に惹かれ、國學院大學文学部国文科に入学する。 堀辰雄: この作品は『万葉集』などからリルケの『ドイノの悲歌』にも結びつけられ、「人々の魂の清安をもたらす、何かレクヰエム的な、心にしみ入るやうなものが、一切のよき文学の底には厳としてあるべきだ」という信念の元で執筆され、堀の内部で折口信夫とリルケとが重ねあわされている。 穂積隆信: 父の穂積忠は折口信夫、北原白秋門下の歌人で国文学者。 安藤礼二: 『折口信夫』(講談社、2014年) 東雅夫: 文豪怪談傑作選13 折口信夫集 神の嫁 ちくま文庫 2009年9月 池田亀鑑: 慶應義塾大学:1936年4月(折口信夫の招きによる) 大江健三郎: 大江のアイコンとなっている丸い眼鏡は、辞書を引きながら読書をするのに向くものを探して、本をよく読んだ人たち、柳田國男、折口信夫、サルトル、ジェイムズ・ジョイスが丸い眼鏡をかけているのを参考に探したもので、同じものを10個まとめて購入したという。 松村彦次郎: (3)折口信夫「死者の書」を読む<其の一>」(2002) 近藤ようこ: また、2015年に折口信夫の長編小説『死者の書』を漫画化し発表する。 松浦寿輝: 『折口信夫論』は「おそるべき水準の透徹した議論」が展開されているという評価がある一方、荒川洋治から「官僚的な評論」と言われ、折口門下の穂積生萩や鈴木亨や米津千之は、「同性愛ゴシップへの低俗な関心のみ強く折口学に対する理解の浅さを露呈した支離滅裂な内容である」と批判している。 安藤礼二: 『折口信夫芸能論集』 講談社文芸文庫、2012年 吉増剛造: 『生涯は夢の中径 - 折口信夫と歩行』(思潮社、1999年) 北村薫: 『慶應本科と折口信夫 いとま申して2』(2014年11月 文藝春秋 / 2018年1月 文春文庫) 丹羽基二: 柳田國男、樋口清之、折口信夫、太田亮らに師事した。 平田篤胤: 幽なる世界についての考究には、他に、『幽郷眞語』『古今妖魅考』『稲生物怪録』などがあり、妖怪俗談を集めた『新鬼人論』(文政3年成立)では民俗学的方向を示し、のちに柳田國男や折口信夫らの継承するところとなった。 安藤礼二: 『折口信夫 初稿・死者の書』 国書刊行会、2004年 松浦寿輝: 『折口信夫論』(1995年)などの評論、『冬の本』(1987年)などの詩集があり、小説では『花腐し』(2000年)で芥川賞を受賞。 谷川健一: 1970年代には『青銅の神の足跡』や『鍛冶屋の母』などを発表し、民俗事象と文献資料に独自の分析を加え、柳田國男や折口信夫らの学問を批判的に展開した。 池田彌三郎: 1934年4月、文学部国文科に転じ、折口信夫に師事。 藤井貞和: 姉:藤井常世は歌人(名付け親は折口信夫)。 安藤礼二: 『折口信夫の青春』富岡多恵子共著(ぷねうま舎、2013年) 戸板康二: 慶應国文科では折口信夫に師事。 戸板康二: 『折口信夫坐談』中央公論社 1972 のち中公文庫 折口の言葉を記した 藤縄善朗: 在学中も一時学生運動に関与するが、後に折口信夫の民俗学と日本文学に傾倒する。 安藤礼二: 講演記「祝祭の書物・書物の祝祭―平田篤胤、折口信夫とポーとマラルメ」新書判。 安藤礼二: 2002年「神々の闘争 折口信夫論」が第45回群像新人文学賞評論部門の優秀作に選ばれる。2006年、『神々の闘争 折口信夫論』で第56回芸術選奨新人賞受賞。2015年、『折口信夫』で角川財団学芸賞、サントリー学芸賞受賞。 堀辰雄: この大和への関心にも、折口信夫の影響が顕著に見受けられ、「日本に仏教が渡来してきて、その新らしい宗教に次第に追ひやられながら、遠い田舎のはうへと流浪の旅をつづけ出す、古代の小さな神々の侘びしいうしろ姿を一つの物語に描いてみたい」という小説の抱負も語っているが、これは実現しなかった。 |
折口信夫の情報まとめ
折口 信夫(おりぐち しのぶ)さんの誕生日は1887年2月11日です。大阪出身の文学者のようです。
現在、父親、卒業、家族、事件に関する情報もありますね。今年の情報もありました。1953年に亡くなられているようです。
折口信夫のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)折口 信夫(おりくち しのぶ〈のぶを〉、1887年〈明治20年〉2月11日 - 1953年〈昭和28年〉9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 折口の成し遂げた研究は、「折口学」と総称されている。柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。みずからの顔の青痣(あざ)をもじって、靄遠渓(あい・えんけい=青インク、「靄煙渓」とも)と名乗ったこともある。 1887年2月11日、大阪府西成郡木津村(現:大阪市浪速区敷津西1丁目・鷗町公園)に父秀太郎、母こうの四男として生まれた。1890年より木津幼稚園に通う。1892年、木津尋常小学校(現在の大阪市立敷津小学校)に入学。1894年、叔母えいから贈られた『東京名所図会』の見開きに初めて自作歌を記した。感謝の念篤く、後年『古代研究』にこの叔母への献詞を載せている。1896年、大阪市南区竹屋町にあった育英高等小学校に入学。 1899年4月、大阪府第五中学校(後の天王寺中学)に入学。中学の同級生には武田祐吉(国文学者)、岩橋小弥太(国史学者)、西田直二郎などがいた。1900年夏に大和の飛鳥坐神社を一人で訪れた。その折に、9歳上の浄土真宗の僧侶で仏教改革運動家である藤無染(ふじ・むぜん)と出会って初恋を知ったという説がある。富岡多惠子によると、迢空という号は、このとき無染に付けられた愛称に由来している可能性があるという。 1901年、15歳になったこの年に父親から橘千蔭『万葉集略解』を買ってもらった。作歌にも励み、『文庫』『新小説』に投稿した短歌一首ずつが入選。しかし1902年に中学の成績が下がり、暮れに自殺未遂。1903年3月にも自殺未遂したが、「作歌多し」であった。1904年3月、卒業試験にて、英会話作文・幾何・三角・物理の4科目で落第点を取り、原級にとどまる。この時の悲惨さが身に沁みたため、後年、教員になってからも、教え子に落第点は絶対につけなかった。同じく後年、天王寺中学から校歌の作詞を再三頼まれたが、かたくなに拒み続けたと伝えられる。大和に3度旅行した際、室生寺奥の院で自殺を図った若き日の釈契沖に共感、死への誘惑に駆られた。 1905年3月、天王寺中学校を卒業。医学を学ばせようとする家族の勧めに従って第三高等学校受験に出願する前夜、にわかに進路を変えて上京し、新設の國學院大學の予科に入学。藤無染と同居する。この頃に約500首の短歌を詠んだ。1907年、國學院予科を修了し、本科国文科に進んだ。この時期國學院大學において国学者三矢重松に教えを受け、強い影響を受けた。また短歌に興味を持ち、根岸短歌会などに出入りした。1910年7月、國學院大學国文科を卒業。卒業論文は「言語情調論」であった。 卒業後は大阪に戻り、1911年10月に大阪府立今宮中学校の嘱託教員(国漢担当)となった。1912年8月に伊勢、熊野を巡る旅に出た。1913年12月「三郷巷談」を柳田國男主催の『郷土研究』に発表し、以後、柳田の知遇を得た。 1914年3月、今宮中学校を退職し、上京。折口を慕って上京した生徒達を抱え、高利貸の金まで借りるどん底の暮らしを経験したという。1916年、30歳に時に國學院大學内に郷土研究会を創設。『万葉集』全20巻(4516首)の口語訳上・中・下を刊行。1917年1月、私立郁文館中学校教員となった。同年2月には「アララギ」同人となり、選歌欄を担当することになった。一方で、國學院大學内に郷土研究会を創設するなどして活発に活動した。 1919年1月、國學院大學臨時代理講師に就いた。また、万葉辞典を刊行。1921年7月 - 9月、柳田國男から沖縄の話を聞き、最初の沖縄・壱岐旅行に出た。1922年1月、雑誌『白鳥』を創刊する。同年4月には國學院大學教授となり、穂積忠らを教えた。 1923年6月、慶應義塾大学文学部講師となり「三田文学」にも深く関わった。第2回目の沖縄旅行に出た。1924年1月、亡師三矢重松の「源氏物語全講会」を遺族の勧めで再興。後にこの会を慶應義塾大学に移し、没年まで活動を続けた。またこの年には「アララギ」を去って、北原白秋らと共に歌誌『日光』を創刊した。 1925年5月、処女歌集『海やまのあひだ』を刊行。1927年6月、國學院の学生らを伴って能登半島に採訪旅行し、藤井春洋の生家を訪ねた。1928年4月、慶應義塾大学文学部教授に昇格し、芸能史講座を開講した。1929年、川田順、斎藤茂吉、前田夕暮、松村英一、北原白秋らが設立した日本歌人協会(東京市本郷区駒込)に加入。1932年、文学博士号を取得。日本民俗協会の設立に関わり、幹事となった。 1935年11月、大阪木津の折口家から分家。第3回目の沖縄旅行。1940年4月、國學院大學文学部に「民俗学」講座を設けた。愛知県三沢の花祭り、長野県新野雪祭りを初めて見た。 1941年8月、中国大陸を旅し、北京にて講演。同年12月8日、太平洋戦争(大東亜戦争)に突入し、藤井春洋は応召。1942年、『天地に宣る』を出版。1944年、藤井春洋は硫黄島に着任。春洋を養嗣子として入籍。1945年3月、第1回大阪大空襲で生家が焼失。大本営が藤井春洋のいる硫黄島の玉砕を発表。同年8月15日の終戦の玉音放送を聴くと、箱根山荘に40日間籠もった。 1948年4月、『古代感愛集』により日本芸術院賞を受賞。同年12月には第1回日本学術会議会員に選出された。1949年7月、能登一ノ宮に戦死した春洋との父子墓を建立した。1950年と翌51年は宮中御歌会選者を拝命。 1953年7月初め箱根仙石原の別荘に行くも健康がすぐれなかった。同年8月31日、衰弱が進んで慶應義塾大学病院に入院。同年9月3日、胃癌により永眠。養子として迎えて戦死した春洋と共に、気多大社がある石川県羽咋市一ノ宮町に建立した墓に眠る。また、折口家の菩提寺願泉寺(大阪市)に分骨が納められている。 1948年:『古代感愛集』により昭和22年度日本芸術院賞を受賞。 1957年:第1期全集に対して昭和31年度日本芸術院恩賜賞を受賞。 柳田國男との間には、以下のようなエピソードがあった。 1915年(大正4年)の『郷土研究』誌に載った論文で、互いに似通った折口と柳田の論文が前後して載せられるという事件があった。折口が昨年のうちに送ったものが採用されず、柳田の「柱松考」が3月号、折口の「髯籠の話」が4-5月号に載ったというものだが、それを後に振り返って折口が言った「先生の「柱松考」を先に見ていれば、わたしは「髯籠の話」など書かなかった」という言葉に、潔癖さ、厳しさが表れている。 そして、柳田も「(折口君という人は)真似と受け売りの天性嫌いな、幾分か時流に逆らっていくような、今日の学者としては珍しい資質を具えている」と、その点では認めていた。ただし、「マレビト」を認めない柳田と折口の間に論争があったのも事実である。両者は国学発展の祖に当たる賀茂真淵・本居宣長と同じく、教えを受けながらも正当だと思ったところは譲らず、真理の追究を磨く学者の関係を持っていたといえる。なお、『遠野物語』(現行版は角川ソフィア文庫)に折口の跋文(後書き)がある。 柳田は、折口よりも12歳年上で、1945年(昭和20年)夏の第二次世界大戦終結時には、共に60歳を越えていた。戦後にのぞみ、重い口調で柳田は折口へ「折口君、戦争中の日本人は桜の花が散るように潔く死ぬことを美しいとし、われわれもそれを若い人に強いたのだが、これほどに潔く死ぬ事を美しいとする民族が他にあるだろうか。もしあったとしてもそういう民族は早く滅びてしまって、海に囲まれた日本人だけが辛うじて残ってきたのではないだろうか。折口君、どう思いますか」と問い、しばらく両者は深く思い沈んでいたという。折口には、18年間を共にした養嗣藤井春洋の硫黄島玉砕という重い出来事があった。その追悼の念は徹底的であり、終戦の玉音放送を聴くと四十日間の喪に服し、自分が死ぬまで遺影前の供養を欠かさなかったという。第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)で失った戦死者の鎮魂は大きな課題で、戦没者が生前に殉じる価値を見出そうとした皇国の国体などといった観念も昭和天皇の人間宣言とともに潰え果てていた。日本人の神や魂といった問題の意識は柳田も共有していて、折口はその問題を、晩年の論考「民族史観における他界観念」に収斂させていくこととなる。 柳田が民俗現象を比較検討することによって合理的説明をつけ、日本文化の起源に遡ろうとした帰納的傾向を所持していたのに対し、折口はあらかじめマレビトやヨリシロという独創的概念に日本文化の起源があると想定し、そこから諸現象を説明しようとした演繹的な性格を持っていたとされる。 歌人としては正岡子規の「根岸短歌会」、後「アララギ」に「釈迢空」の名で参加し、作歌や選歌をしたが、やがて自己の作風と乖離し、アララギを退会する。1924年(大正13年)北原白秋と同門の古泉千樫らと共に反アララギ派を結成して『日光』を創刊した。 迢空賞は1967年に折口信夫にちなんで設けられた短歌賞で、短歌界では最も格式ある賞とされている。
同性愛者(男色家)であり、以下のようなエピソードが伝わる。
このような折口の性的指向に対して柳田は批判的で、折口の前で加藤に向かって「加藤君、牝鶏(おそらく鶏姦の意)になっちゃいけませんよ」と忠告したこともある。 折口自身は「同性愛を変態だと世間では言うけれど、そんなことはない。男女の間の愛情よりも純粋だと思う。変態と考えるのは常識論にすぎない」と述べている。 『口ぶえ』という、男子中学生同士の恋を叙情的に描いた若い頃の男色小説がある。 折口が主査となり博士号を授与した、西角井正慶、高崎正秀、藤野岩友、今泉忠義、大場磐雄の高弟五人を指して折口信夫の五博士という。各博士たちは、折口の学問を継承し、各自の分野において優れた業績を残した。「五博士」という言い方は、折口自身が言い始めた。大場磐雄による西角井正慶の追悼文(「西角井正慶さんのみたまにささげる詞」『芸能』第13巻第2号(通巻144号) 1971年2月)には、「先生(引用者注・折口信夫)によつて学位を頂き、先生から五博士と呼んで下さつた仲間」と書かれている。 1931年(昭和6年)に石川県立大聖寺高等女学校の校歌を手がけたことを皮切りに20数校の校歌および國大音頭の作詞を手がける。 昭和の初め頃の数年間、コカインを常用していた。そのために嗅覚がほとんど失われていた。「まれびと」や「日本文学の発生」といった初期の代表的論文はコカインを常用していた時期に執筆したものである。 折口家は木津の願泉寺門徒の百姓であったが、曽祖父彦七の時から商家となり、生薬と雑貨を商った。 祖父:造酒ノ介(みきのすけ)は元、大和の明日香村岡寺前の岡本善右衛門の八男であったが、同地の古社である飛鳥坐神社の累代の神主家飛鳥助信の養子となった上で、折口家に養子として入り、医を本業として従来の家業を兼ねた。 父:秀太郎は河内国の名主の家の次男で、折口家の養子となり医を継いだ。信夫が生まれて7年のち双生児の弟が誕生するが、実は母こうが生んだのではなくて、同居する叔母ゆうと父の秀太郎との間に生まれたのであった。こうした家庭内の愛情にかかわる葛藤も、信夫の心に深い陰影を刻んだ。 長兄:医者の後を継いだ。 『折口信夫全集 新版』(中央公論新社(全37巻別巻3)、1995-2002年)
『折口信夫全集 ノート編』(全18巻別巻1)、折口博士記念古代研究所編、中央公論社
『折口信夫芸能史講義 戦後篇』慶應義塾大学出版会(上・下)、2015-2016年 『精選折口信夫』(全6巻) 岡野弘彦編・長谷川政春解題、慶應義塾大学出版会、2018-2019年 異郷論・祭祀論 文学発生論・物語史論 短歌史論・迢空短歌編 芸能史論 随想ほか・迢空詩編 アルバム 『釋迢空短歌綜集』河出書房新社、1987年 『海やまのあひだ』(歌集) 『春のことぶれ』(歌集) 『倭をぐな』(歌集)、短歌新聞社(文庫再刊)1999年 『遠やまひこ』(歌集) 『山の端』(歌集)
『口訳万葉集』河出書房新社 - 度々新版 『死者の書』(小説)
『古代研究』中公クラシックス(新編・全4巻) 祭りの発生 祝詞の発生 国文学の発生 女房文学から隠者文学へ 『日本藝能史六講』講談社学術文庫 1991年 - 講義録(初刊は1944年) 『日本文学の発生序説』- 初刊は1947年 『かぶき讃』中公文庫 2004年(電子書籍化、2010年)- 最晩年(創元社 1953年)に刊 歌の円寂する時(歌論) 世々の歌びと(歌人論) 御即位式と大嘗祭と 穀物の神を殺す行事(フレイザー著、折口の訳著) 原始信仰 剣と玉 皇子誕生の物語 大倭宮廷の剏業期 道徳の発生 神道の新しい方向 神道宗教化の意義 女帝考 神道の友人よ 民族教より人類教へ 民族史観における他界観念 『古代研究』全6冊、角川文庫/新編・改版 角川ソフィア文庫、2016-2017年 - 新版解説:安藤礼二 『日本文学の発生序説』角川ソフィア文庫、2017年 - 井口樹生注解、新版解説:三浦雅士 『死者の書』角川ソフィア文庫、2017年 - 池田彌三郎注解、新版解説:持田叙子 『釈迢空全歌集』岡野弘彦編、角川ソフィア文庫、2016年 - 合本版(全9冊を電子書籍化)、2022年 『釈迢空歌集』富岡多惠子編、岩波文庫、2010年 『折口信夫古典詩歌論集』藤井貞和編、岩波文庫、2012年(電子書籍化) 『歌の話・歌の円寂する時 他一篇』 岩波文庫、2009年 - 他は「女流短歌史」解説:岡野弘彦(電子書籍化) 『死者の書・口ぶえ』岩波文庫、2010年 - 注・解説:安藤礼二(電子書籍化) 『口訳万葉集』岩波現代文庫(上中下)、2017年 - 解説持田叙子 『折口信夫 近代浪漫派文庫 24』新学社、2005年 - 歴史的仮名づかい表記 『折口信夫 1887-1953』(ちくま日本文学 25) 筑摩書房(文庫判、解説:小松和彦)、2008年 『折口信夫集 神の嫁 文豪怪談傑作選』 東雅夫編、ちくま文庫、2009年 『折口信夫文芸論集』安藤礼二編、講談社文芸文庫、2010年(電子書籍化) 『折口信夫天皇論集』安藤礼二編、講談社文芸文庫、2011年 『折口信夫芸能論集』安藤礼二編、講談社文芸文庫、2012年 『古事記の研究』中公文庫、2019年 - 解説 三浦佑之(電子書籍化) 道なかに人かへりみずたちつくす道祖神とわれとさびしと言はむ 櫻の花ちりぢりにしもわかれ行く遠きひとりと君もなりなむ 「今昔秀歌百撰83」選者:山本直人 葛の花踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり (海やまのあひだ) いきどほる心すべなし。手にすゑて、蟹のはさみをもぎはなちたり (海やまのあひだ) 水底に、うつそみの面わ沈透(シヅ)き見ゆ。來む世も、我の寂しくあらむ (海やまのあひだ) 栃木県立茂木高等学校校歌 福岡県立東筑高等学校校歌 青森県立八戸工業高等学校校歌 愛知県立瀬戸高等学校校歌 石川県立羽咋高等学校校歌 石川県立金沢二水高等学校校歌 石川県立大聖寺高等学校校歌 宮城県佐沼高等学校校歌 宮城県塩釜高等学校前校歌 霞ヶ浦高等学校校歌 慶應義塾中等部の歌(作曲・芥川也寸志) 関連文献は数百冊あり、下記はあくまで一部、品切絶版を多く含む。 『折口信夫回想』池田彌三郎・加藤守雄・岡野弘彦編、中央公論社、1968年 岡野弘彦『折口信夫伝 その思想と学問』 中央公論新社、2000年/ちくま学芸文庫、2020年 岡野弘彦解説「粉河寺の朝の少年折口」-『古代研究I 祭りの発生』中公クラシックス、2002年 岡野弘彦『最後の弟子が語る 折口信夫』 平凡社、2019年 西村亨『折口信夫とその古代学』 中央公論新社、1999年 西村亨『折口名彙と折口学』 桜楓社、1985年 塚崎進『釈迢空・折口信夫の人生』 桜楓社、1987年 加藤守雄『折口信夫伝 釈迢空の形成』 角川書店、1979年 - 評伝研究 『迢空・折口信夫研究』 池田彌三郎・加藤守雄、角川書店、1973年 - 弟子2人の対話集 『池田彌三郎著作集 7 折口信夫研究』 角川書店、1979年 池田彌三郎『私説折口信夫』 中公新書、1972年 - 入門書 『折口信夫 まれびと論 日本民俗文化大系 2』池田彌三郎編著、講談社、1978年 - 著作抜粋と解説 池田彌三郎『まれびとの座 折口信夫と私』 中央公論社、1961年。中公文庫、1977年 - 回想記・日記 池田彌三郎『わが幻の歌びとたち 折口信夫とその周辺』 角川選書、1978年 - 日記。オンデマンド版 2009年 池田彌三郎『孤影の人 折口信夫と釈迢空のあいだ』 旺文社文庫、1981年 『柳田国男と折口信夫』 池田彌三郎・谷川健一、思索社、1980年/岩波同時代ライブラリー、1994年 - 対話集 『折口信夫事典』 西村亨編、大修館書店、1988年、増補版1998年 『迢空・折口信夫事典』 有山大五・石内徹・馬渡憲三編、勉誠出版、2000年 『折口信夫・釈迢空 その人と学問』 國學院大學折口博士記念古代研究所・小川直之編 『折口信夫 日本文学研究資料叢書』 同刊行会編・有精堂出版、1972年、新版1989年 『現代詩手帖 臨時増刊 特集折口信夫・釋迢空』1973年6月号、思潮社 『短歌 臨時増刊号 迢空・折口信夫特集』1973年11月号、角川書店 『折口信夫 人と思想』 谷川健一編、三一書房、1974年 『折口信夫 文芸読本』河出書房新社、1976年、新版 1984年 『現代思想 生誕100年記念総特集 折口信夫』臨時増刊1987年3月号、青土社 『別冊国文学 折口信夫必携』 岡野弘彦・西村亨編、学燈社、1987年、新版 1993年 『柳田国男と折口信夫 学問と創作の間 日本文学研究資料新集』高橋広満編、有精堂出版、1989年 『谷川健一全集 第19巻 人物2 折口信夫 ほか』 冨山房インターナショナル、2008年 『現代思想 総特集 折口信夫』臨時増刊2014年4月号、青土社 『折口信夫対話』池田彌三郎・加藤守雄ほか編、角川選書、1975-1978年 日本の詩歌 - 谷崎潤一郎、川端康成等との対談など 古典と現代 万葉集輪講 再編『折口信夫対話集』安藤礼二編・解説、講談社文芸文庫、2013年 戸板康二『折口信夫坐談』 中央公論社、1972年、のち中公文庫 - 折口の片言隻句を記述 山本健吉『釈迢空』 角川選書、1972年 - 折口門下の一人 穂積生萩『私の折口信夫』 中公文庫、2001年 山折哲雄『物語の始原へ 折口信夫の方法』 小学館、1997年 『執深くあれ 折口信夫のエロス』山折哲雄・穂積生萩 対話、小学館、1997年 藤井貞和『折口信夫の詩の成立 詩形/短歌/学』 中央公論新社、2000年 藤井貞和『釈迢空 詩の発生と<折口学> 私領域からの接近』 講談社学術文庫、1994年 吉増剛造『生涯は夢の中径 折口信夫と歩行』 思潮社、1999年 富岡多恵子『釋迢空ノート』 岩波書店、2000年/岩波現代文庫、2006年 富岡多恵子・安藤礼二 『折口信夫の青春』 ぷねうま舎、2013年 安藤礼二『神々の闘争 折口信夫論』 講談社、2004年/講談社文芸文庫、2024年 安藤礼二『折口信夫』 講談社、2014年 持田叙子『歌の子詩の子、折口信夫』 幻戯書房、2016年 持田叙子『折口信夫 秘恋の道』 慶應義塾大学出版会、2018年 伊藤好英『折口信夫 民俗学の場所』 勉誠出版、2016年 辰巳正明『折口信夫 東アジア文化と日本学の成立』 笠間書院、2007年 奈良橋善司『釈迢空 折口信夫論』 おうふう、2003年 石内徹『折口信夫 日本の作家100人、人と文学』 勉誠出版、2003年 木村純二『折口信夫 いきどほる心 再発見日本の哲学』 講談社、2008年/講談社学術文庫、2016年 上野誠『魂の古代学 問いつづける折口信夫』 新潮選書、2008年
上野誠『折口信夫的思考 越境する民俗学者』 青土社、2018年 林浩平『折口信夫 霊性の思索者』 平凡社新書、2009年 植村和秀『折口信夫 日本の保守主義者』 中公新書、2017年 斎藤英喜『折口信夫 神性を拡張する復活の喜び』 ミネルヴァ書房〈日本評伝選〉、2019年 『折口信夫紀行 武田太郎写真集』風書房、1974年
『折口信夫と古代を旅ゆく』 芳賀日出男写真・解説、慶應義塾大学出版会、2009年
『ビデオ・学問と情熱17 折口信夫』 岡野弘彦監修、紀伊國屋書店、2000年
『精選折口信夫VI アルバム』 岡野弘彦編、國學院大學折口博士記念古代研究所監修、慶應義塾大学出版会、2019年 井沢元彦『猿丸幻視行』講談社。第26回江戸川乱歩賞 大塚英志『木島日記』(角川書店、2000年7月)ISBN 4-04-873234-X、角川文庫、2003年3月 ISBN 4-04-419112-3、文庫・改版、2017年9月 ISBN 978-4-04-106268-5。初出はKADOKAWAミステリ1999年11月号、12月号、2000年1月号、3月号〜5月号) - 第22回吉川英治文学新人賞候補作。 大塚英志『木島日記 乞丐相』(角川書店、2001年11月)ISBN 4-04-873327-3、角川文庫、2004年3月 ISBN 4-04-419118-2、文庫・改版、2017年9月 ISBN 978-4-04-106269-2。初出はKADOKAWAミステリ2000年12月号〜2001年6月号) - 巻末に「キャラクターファイル」が収録されている。 大塚英志『木島日記 もどき開口』(KADOKAWA、2017年11月)ISBN 978-4-04-104221-2。初出は『怪』vol.0026〈2009年4月〉 - vol.0047〈2016年3月〉) 大塚英志『木島日記 うつろ舟』(星海社:2022年7月。初出は『KADOKAWAミステリ』2002年4〜5、7〜11月号、2003年1、3月号) 大塚英志『木島日記 もどき開口』 上巻(星海社:2023年4月。ISBN 978-4065316207 。初出は角川書店。巻末にスピンオフ新作「根津しんぶん」収録) 大塚英志『木島日記 もどき開口』 下巻(星海社:2023年4月。ISBN 978-4065316214 。初出は角川書店。巻末に初期設定小説「人喰い異聞」収録) 三島由紀夫:短篇『三熊野詣』- 国文学者の藤宮教授 舟崎克彦:児童向け長篇『ゴニラバニラ』(角川書店、1975年)- 民俗学者の折節萎(おりふし・しぼむ) 原作:大塚英志 + 森美夏・画『木島日記』
清家雪子 『月に吠えらんねえ』(全11巻)講談社 『新潮日本文学アルバム26 折口信夫』 岡野弘彦解説、新潮社、1985年 - 入門書 加藤守雄『わが師 折口信夫』 文藝春秋、1967年。朝日文庫、1991年12月 - 回想 岡野弘彦『折口信夫の晩年』 中央公論社、1969年。中公文庫、1977年・復刊1991年。慶應義塾大学出版会、2017年 岡野弘彦『折口信夫の記』 中央公論社、1996年 ^ 岩橋小弥太によると、本来の読み方は「のぶを」であって、國學院在籍時から「しのぶ」と名乗るようになったという。 ^ この痣から、中学時代は「インキ婆々」というあだ名がついていた。 ^ 江戸後期の歌人加藤千蔭の筆名、1800年(寛政12年)『万葉集』二十巻を注釈した著述で、明治以降も度々刊行された。折口が読んだのは明治33年版。 ^ 没後に別荘は、國學院大學の厚生施設「叢隠居」に改修された。 ^ 岩橋小弥太「折口信夫博士の思出」、『國學院雑誌』69巻11号(1968年11月) p.25 ^ 富岡多惠子『釋迢空ノート』 ^ 芳賀日出男『折口信夫と古代を旅ゆく』慶應義塾大学出版会 2009年 ^ 天文学者の萩原雄祐は府立今宮中学校時代に折口に師事した。 ^ 加藤守雄『わが師 折口信夫』118頁 ^ 『穂積忠』 - コトバンク ^ 『日本歌人協会』《文芸年鑑 昭和5年版》、409頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/1077746/1/211。 ^ 「朝日新聞」1948年4月29日(東京本社発行)朝刊、2頁。 ^ “折口信夫父子の歌碑”. のと千里浜 観光ガイド. はくい市観光協会. 2023年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年8月17日閲覧。 ^ 『朝日新聞』1957年2月28日(東京本社発行)朝刊、11頁。 ^ 折口信夫『古代研究I』12–13頁 ^ 折口信夫『古代研究I』14–20頁 ^ 折口信夫『歌の話・歌の円寂する時 他一篇』解説岡野弘彦(岩波文庫、2009年) ^ 『わが師 折口信夫』 204-205頁には「土間に下りていた折口先生の表情がみるみる蒼白になった。じっとうつむいたまま、立ちすくんでいられる。…“柳田先生はいつもぼくをいじめなさる。ぼくのだいじにしている弟子を、みんなとってしまわれる”ほとんど泣きべそをかくような声であった」という記述がある ^ 『わが師 折口信夫』 208頁。 ^ “大聖寺高等女学校校歌”. 石川県立大聖寺高等学校. 2024年10月14日閲覧。 ^ “校歌を考える”. 東京東筑53期の会. 2024年10月14日閲覧。 ^ 福岡県立東筑高等学校の作詞については折口によるものではないという異説がある ^ 岡野弘彦『折口信夫の記』p230、中央公論社, 1996。岡野弘彦『折口信夫の晚年』p76ほか、中公文庫, 1977 ^ 『新潮日本文学アルバム 26 折口信夫』より ^ 『歴史教育』第3巻第8号、歴史教育研究會。1928年12月 ^ 『土俗と伝説』第1巻第1-2号、文武堂。1918年8月 ^ 『郷土科学講座1』、郷土科学研究会。1931年9月 ^ 上代文化研究会公開講演会筆記 ^ 『上代文化』第7号、上代文化研究会。1931年12月 ^ 『東京日日新聞』、東京日日新聞社。1933年12月 ^ 『改造』第14巻第1号、改造社。1933年1月 ^ 『表現』第2巻第4号、表現社。1933年4月 ^ 第一放送。1946年6月。 ^ 『民俗学の話』、共同出版社。1949年6月 ^ 関東地区神職講習会講演筆記。1946年8月 ^ 神社新報社、1947年10月 ^ 『思索』第3号。1946年。 ^ 『神社新報』第27号、神社新報社。1947年 ^ 神社本庁創立満一周年記念講演会筆記 ^ 『神社新報』第27号、神社新報社。1947年 ^ 『古典の新研究』第1輯、角川書店。1952年10月 ^ “「木島日記」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 乞丐相」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 乞丐相」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 乞丐相」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 もどき開口」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 もどき開口 上巻」 大塚 英志 - 星海社”. 星海社. 2023年4月25日閲覧。 ^ “「木島日記 もどき開口 下巻」 大塚 英志 - 星海社”. 星海社. 2023年4月25日閲覧。 ^ 新編『殉教』解説高橋睦郎(新潮文庫、1982年、改版2004年)、初刊(新潮社、1965年) ^ 佐藤秀明『日本の作家100人 三島由紀夫』(勉誠出版、2006年) ^ 初刊は全4巻(角川書店、1999-2003年) ^ “「木島日記 上」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 中」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 ^ “「木島日記 下」 大塚 英志 - KADOKAWA”. KADOKAWA. 2022年1月30日閲覧。 伊馬春部 澤木四方吉 角川源義 貴種流離譚
折口 信夫:作家別作品リスト - 青空文庫 大阪市:大阪市文学碑
位置図(PDF形式, 61.55KB) 大阪市浪速区:「折口信夫(おりくちしのぶ)生誕の地」の碑と文学碑 折口信夫(おりくちしのぶ)父子 ゆかりの地 - 羽咋市公式ホームページ 羽咋の偉人 折口信夫(おりくちしのぶ)・春洋(はるみ) - 羽咋市歴史民俗資料館 「折口信夫、戦争と平和」 折口信夫会+多摩美術大学芸術人類学研究所共催シンポジウム - Higher Education Video Podcast - Podcast.tv - ウェイバックマシン(2015年1月8日アーカイブ分) 表 話 編 歴 1943: 島田墨仙 1948: 伊東深水 1951: 徳岡神泉 1953: 児玉希望 1954: 金島桂華 1955: 橋本明治 1956: 東山魁夷・山口華楊 1957: 杉山寧 1958: 森白甫・菅楯彦・望月春江 1959: 加藤栄三・森田沙伊 1960: 高山辰雄・池田遙邨・郷倉千靱 1961: 川崎小虎・岩田正巳・矢野橋村・西山英雄 1962: 榊原紫峰・小倉遊亀・三輪晁勢 1963: 奥田元宋・山田申吾 1964: 山本丘人 1965: 浜田観・麻田弁自 1966: 中村貞以・山本倉丘 1967: 上村松篁・佐藤太清 1968: 伊東万燿 1969: 三谷十糸子 1970: 寺島紫明 1971: 吉岡堅二 1972: 岩橋英遠 1973: 大山忠作 1974: 猪原大華 1975: 片岡球子 1976: 川本末雄 1977: 加藤東一 1978: 浦田正夫 1979: 松尾敏男 1980: 浜田台児 1981: 加倉井和夫 1982: 吉田善彦 1984: 福王寺法林 1985: 村山径 1986: 関主税 1987: 堂本元次 1988: 鈴木竹柏 1989: 佐藤圀夫 1990: 郷倉和子 1991: 稗田一穂 1992: 山岸純 1993: 岩沢重夫 1994: 白鳥映雪 1995: 上村淳之 1997: 中路融人 2000: 那波多目功一 2001: 福王寺一彦 2003: 岩倉寿 2004: 宇佐美江中 2005: 川崎春彦 2006: 福田千惠 2007: 土屋礼一 2008: 清水達三 2011: 山﨑隆夫 2013: 能島和明 2016: 後藤純男 2017: 西田俊英 2018: 田渕俊夫 2020: 村居正之 1942: 小磯良平 1943: 宮本三郎 1950: 鍋井克之 1951: 三宅克己・寺内万治郎 1952: 白滝幾之助・中山巍 1953: 石川寅治 1954: 小糸源太郎 1956: 鬼頭鍋三郎 1957: 鈴木千久馬・東郷青児 1958: 中野和高 1959: 木村荘八・小山敬三・林武 1960: 大久保作次郎・鈴木信太郎 1961: 新道繁・田崎広助 1962: 耳野卯三郎 1963: 田村一男・中村琢二 1964: 中川紀元・岡鹿之助 1965: 吉井淳二 1966: 池部鈞・井手宣通 1967: 島村三七雄 1968: 佐竹徳・服部正一郎 1969: 黒田重太郎・中村善策 1970: 小堀進・森田茂 1971: 高光一也 1972: 高田誠 1973: 野村守夫 1976: 岡田又三郎 1977: 伊藤清永 1979: 宮永岳彦 1980: 西山真一 1981: 楢原健三 1982: 菅野矢一 1984: 寺田竹雄 1985: 渡辺武夫 1986: 広瀬功 1988: 大内田茂士 1990: 鶴岡義雄 1991: 国領経郎 1992: 平松譲 1993: 藤本東一良 1994: 芝田米三 1995: 織田広喜 1996: 奥谷博 1997: 寺島竜一 1998: 中山忠彦 1999: 島田章三 2000: 庄司栄吉 2001: 絹谷幸二 2002: 清原啓一 2003: 塗師祥一郎 2004: 山本貞 2005: 寺坂公雄 2006: 村田省蔵 2007: 大津英敏 2008: 藤森兼明 2009: 藪野健 2010: 山本文彦 2012: 池口史子 2013: 佐藤哲 2015: 馬越陽子 2017: 根岸右司 2018: 湯山俊久 1943: 古賀忠雄 1950: 吉田三郎 1952: 加藤顕清 1953: 沢田正広 1954: 清水多嘉示 1955: 橋本朝秀 1957: 雨宮治郎 1958: 松田尚之 1961: 堀進二 1963: 中川清・大内青圃 1966: 円鍔勝三・藤野舜正 1968: 北村治禧 1970: 昼間弘 1971: 水船六洲 1972: 富永直樹 1973: 進藤武松 1974: 木下繁 1975: 分部順治 1977: 淀井敏夫 1979: 三坂耿一郎 1980: 佐藤助雄 1981: 野々村一男 1982: 伊藤五百亀 1985: 小森邦夫 1986: 高橋剛 1987: 中村博直 1988: 中村晋也 1990: 雨宮敬子 1991: 長江録弥 1992: 柴田鋼造 1994: 吉田鎮雄 1996: 橋本堅太郎 1997: 雨宮淳 1998: 川崎普照 1999: 山田良定 2002: 蛭田二郎 2003: 澄川喜一 2004: 山本真輔 2005: 能島征二 2006: 市村緑郎 2007: 瀬戸剛 2008: 神戸峰男 2009: 宮瀬富之 2012: 吉野毅 2016: 山田朝彦 2019: 池川直 1943: 吉田源十郎 1950: 小場恒吉 1951: 岩田藤七 1952: 山鹿清華 1953: 香取正彦 1954: 沼田一雅 山崎覚太郎・楠部弥一 1955: 杉浦非水・内藤春治 1956: 初代竜村平蔵・六代目清水六兵衛・三井義夫 1957: 宮之原謙 1958: 山室百世 1959: 三代目井上良斎・大須賀喬 1960: 各務鑛三・岸本景春 1961: 佐治賢使・皆川月華 1962: 蓮田修吾郎・山脇洋二 1963: 河村蜻山・番浦省吾・森野嘉光 1964: 辻光典 1965: 高橋節郎 1966: 帖佐美行 1967: 浅見隆三 1968: 北出塔次郎・安原喜明 1969: 般若侑弘 1970: 海野建夫 1971: 吉賀大眉 1973: 佐野猛夫 1980: 新開寛山 1981: 浅蔵五十吉 1982: 岩田久利 1983: 大久保婦久子 1984: 十三代目中里太郎右衛門 1985: 大樋年朗 1986: 折原久佐ヱ門 1988: 三谷吾一 1989: 藤田喬平 1990: 奥田小由女 1991: 青木竜山 1992: 永井鉄太郎 1993: 中井貞次 1994: 井波唯志 1996: 大塩正義 1997: 河合誓徳 1998: 今井政之 1999: 西本瑛泉 2000: 吉賀将夫 2001: 川尻一寛 2003: 大角勲 2004: 伊藤裕司 2006: 原益夫 2007: 森野泰明 2010: 武腰敏昭 2012: 宮田亮平 2013: 寺池静人 2016: 春山文典 2018: 三田村有純 2019: 並木恒延 1951: 川村驥山 1953: 辻本史邑 1955: 西川寧 1957: 鈴木翠軒 1960: 田中親美・松本芳翠 1961: 安東聖空・二代中村蘭台 1962: 炭山南木 1963: 山崎節堂 1964: 松井如流 1965: 日比野五鳳 1966: 青山杉雨 1967: 金子鷗亭 1968: 村上三島 1969: 田中塊堂 1970: 桑田笹舟 1971: 大石隆子・金田心象 1972: 広津雲仙 1973: 宮本竹径 1976: 木村知石 1977: 殿村藍田 1978: 上条信山 1981: 小坂奇石 1983: 杉岡華邨 1984: 小林斗盦 1985: 古谷蒼韻 1986: 浅見筧洞 1987: 今井凌雪 1989: 浅香鉄心 1990: 伊藤鳳雲 1991: 近藤摂南 1992: 成瀬映山 1993: 尾崎邑鵬 1994: 栗原蘆水 1995: 高木聖鶴 1996: 榎倉香邨 1997: 甫田鵄川 1998: 松下芝堂 1999: 日比野光鳳 2000: 梅原清山 2001: 津金孝邦 2002: 桑田三舟 2003: 井茂圭洞 2004: 新井光風 2005: 黒野清宇 2006: 劉蒼居 2007: 池田桂鳳 2008: 杭迫柏樹 2009: 小山やす子 2010: 樽本樹邨 2011: 黒田賢一 2012: 星弘道 2017: 高木聖雨 2018: 土橋靖子 2019: 真神巍堂 1950: 岸田日出刀 1952: 吉田五十八 1953: 村野藤吾 1957: 堀口捨己 1959: 中村順平 1961: 谷口吉郎 1962: 竹腰健造 1965: 前田健二郎 1966: 今井兼次 1967: 佐藤武夫 1968: 藤島亥治郎 1971: 海老原一郎 1974: 前川国男 1975: 吉村順三 1980: 白井晟一 1981: 大江宏 1982: 高橋靗一 1984: 芦原義信 1985: 西沢文隆 1987: 谷口吉生 1988: 池原義郎 1989: 内井昭蔵 1990: 阪田誠造 1991: 中村昌生 1992: 黒川紀章 1993: 安藤忠雄 1995: 柳沢孝彦 1996: 岡田新一 1999: 伊東豊雄 2000: 長谷川逸子 2001: 山本理顕 2003: 栗生明 2004: 宮本忠長 2006: 香山寿夫 2008: 鈴木了二 2010: 北川原温 2011: 古谷誠章 2013: 槇文彦 2015: 陶器二三雄 2020: 藤森照信 1950: 大仏次郎 1951: 小川未明 1952: 川端康成 1955: 坪田譲治 1956: 井伏鱒二 1957: 幸田文 1959: 井上靖 1960: 火野葦平 1961: 石川淳 1963: 獅子文六 1966: 中山義秀・永井竜男 1967: 伊藤整 1968: 網野菊 1969: 芹沢光治良 1972: 平林たい子・宇野千代 1973: 庄野潤三 1975: 中里恒子 1976: 司馬遼太郎・安岡章太郎 1977: 戸板康二・海音寺潮五郎 1979: 阿川弘之・遠藤周作・吉行淳之介 1980: 田中千禾夫 1981: 島尾敏雄 1982: 芝木好子・野口冨士男・小島信夫 1984: 河野多恵子 1986: 水上勉 1987: 三浦朱門・吉村昭 1988: 八木義徳 1989: 阪田寛夫 1993: 曽野綾子・石井桃子 1994: 竹西寛子 1995: 陳舜臣 1998: 大原富枝・堀田善衛 1999: 加賀乙彦 2000: 小川国夫・黒井千次・日野啓三 2001: 伊藤桂一 2003: 津村節子 2004: 中野孝次・富岡多恵子 2006: 辻井喬 2007: 三木卓 2009: 井上ひさし 2011: 山崎正和 2016: 辻原登 2017: 髙樹のぶ子 2019: 松浦寿輝 1942: 高村光太郎・川田順 1948: 折口信夫 1949: 半田良平 1951: 尾山篤二郎 1953: 三好達治・土屋文明・服部担風 1958: 川路柳虹 1964: 水原秋桜子 1971: 富安風生 1977: 宮柊二 1980: 佐藤佐太郎 1981: 飯田竜太 1983: 木俣修 1984: 中村草田男・中村汀女 1987: 山口誓子・上田三四二 1994: 那珂太郎 1995: 大岡信・清岡卓行 1997: 森澄雄 1998: 岡野弘彦・田村隆一 1999: 伊藤信吉 2003: 馬場あき子・まど・みちお・金子兜太 2005: 前登志夫 2015: 吉増剛造・鷹羽狩行 2016: 宇多喜代子 2019: 荒川洋治 1943: 野口米次郎 1950: 山内義雄 1951: 小林秀雄 1952: 日夏耿之介 1953: 石川欣一 1954: 小宮豊隆 1955: 鈴木信太郎 1956: 昇曙夢 1957: 折口信夫 1957: 和田芳恵 1958: 新関良三 1959: 吉田精一 1961: 河上徹太郎 1963: 福原麟太郎 1964: 亀井勝一郎 1966: 舟木重信・山本健吉 1967: 三宅周太郎・中村光夫 1969: 高橋健二 1971: 唐木順三 1973: 中村白葉 1976: 江藤淳 1977: 平野謙 1981: 福田恒存 1981: 生島遼一 1982: 佐伯彰一 1984: 磯田光一 1986: 富士川英郎 1990: 新庄嘉章 1991: 佐藤朔 1997: 高橋英夫 2000: 河竹登志夫 2001: 菅野昭正 2002: 高階秀爾 2010: 粟津則雄 2012: 三浦雅士 2017: 渡辺保 2018: 芳賀徹 1948: 野口兼資 1951: 観世華雪 1953: 桜間弓川 1954: 茂山弥五郎 1960: 近藤乾三 1961: 橋岡久太郎 1963: 後藤得三 1970: 六世野村万蔵 1975: 喜多実 1977: 三世茂山千作 1980: 宝生弥一 1983: 田中幾之助 1985: 梅若雅俊 1987: 四世野村万之丞 1988: 梅若恭行・観世元正 1990: 九世片山九郎右衛門・二世野村万作 1992: 八世観世銕之丞・宝生閑 1995: 二世金剛巌 1996: 二十二世金春惣右衛門 1999: 五十六世梅若六郎 2000: 粟谷菊生 2001: 近藤乾之助 2002: 関根祥六 2003: 友枝昭世 2005: 三世観世喜之 2006: 野村四郎 2007: 四世山本東次郎 2008: 一噌仙幸 2009: 九世観世銕之丞 2011: 山本孝 2013: 浅見真州 2014: 香川靖嗣 2015: 柿原崇志 2016: 高橋章 2017: 大槻文蔵 2019: 亀井忠雄 1951: 三代目中村時蔵 1952: 二代目市川猿之助 1953: 三代目市川寿海 1954: 三代目阪東寿三郎 1956: 三代目市川左団次 1962: 六代目中村歌右衛門 1966: 七代目尾上梅幸・八代目坂東三津五郎 1969: 十七代目中村勘三郎 1970: 二代目中村鴈治郎 1972: 十三代目片岡仁左衛門 1974: 八代目松本幸四郎 1975: 七代目中村芝翫 1981: 四代目中村雀右衛門 1982: 三代目實川延若 1984: 十七代目市村羽左衛門 1985: 二代目中村吉右衛門 1986: 二代目中村扇雀 1987: 五代目中村富十郎・七代目尾上菊五郎 1988: 片岡孝夫 1989: 十二代目市川団十郎 1990: 八代目中村福助 1991: 九代目坂東三津五郎 1993: 五代目中村松江 1996: 二代目中村又五郎 1999: 五代目中村勘九郎 2001: 六代目沢村田之助 2005: 九代目中村福助 2006: 十代目坂東三津五郎 2007: 五代目中村翫雀 2008: 五代目中村時蔵・五代目中村芝雀 2011: 三代目中村橋之助 2016: 五代目中村歌六・五代目坂東玉三郎 2017: 四代目市川左團次 2018: 三代目中村扇雀 2020: 十代目松本幸四郎 2021: 片岡孝太郎 1944: 二代目豊竹古靱太夫 1950: 四代目鶴沢清六 1963: 八代目竹本綱大夫 1968: 二代目野沢喜左衛門 1972: 六代目鶴沢寛治 1976: 十代目竹沢弥七 1997: 三代目吉田簑助 1998: 七代目竹本住大夫 2003: 九代目竹本綱大夫 2009: 豊竹咲大夫 2010: 三代目桐竹勘十郎 2011: 五代目野沢錦糸 2012: 二代目鶴沢藤蔵 2013: 六代目鶴沢燕三 2014: 吉田玉女 2018: 鶴澤清介 1948: 芝祐泰 1953: 三代目常磐津文字兵衛・初代中尾都山 1955: 山田抄太郎 1956: 三代目杵屋栄蔵 1957: 七代目芳村伊十郎 1959: 中能島欣一 1961: 十四代目杵屋六左衛門 1962: 安倍季巌 1968: 清元志寿太夫 1971: 五代目荻江露友 1972: 杵屋六一朗 1974: 中能島慶子 1980: 二代目上原真佐喜 1983: 三代目今藤長十郎 1987: 初代富山清琴 1990: 多忠麿 1991: 二代目青木鈴慕・清元栄三郎 1992: 三代目杵屋五三郎 1993: 四代目常磐津文字兵衛 1994: 山彦節子 1995: 山口五郎 1999: 十五代目杵屋喜三郎 2000: 東儀俊美 2002: 六代目山勢松韻 2002: 初代米川敏子 2003: 芝祐靖・東音宮田哲男 2004: 鶴沢清治・川瀬白秋・二代目富山清琴 2007: 唯是震一 2009: 七代目杵屋巳太郎・豊英秋 2010: 二代目今藤政太郎・五代目常磐津文字兵衛 2011: 二代目野坂操寿 2012: 山本邦山・笠置侃一 2013: 二代目米川文子 2014: 小野功竜 2015: 十二代目都一中・二代目米川敏子 2017: 鳥羽屋里長 2020: 杵屋勝国 1943: 井口基成 1948: 藤原義江 1961: 豊増昇 1965: 柳兼子 1966: 団伊玖磨 1967: 渡辺暁雄 1971: 園田高弘 1972: 小沢征爾 1975: 安川加寿子 1976: 朝比奈隆 1979: 江藤俊哉 1980: 武満徹 1986: 山田一雄 1989: 伊藤京子 1990: 三善晃 1991: 東敦子 1992: 若杉弘 1993: 堤剛 1994: 吉田雅夫 1996: 木村俊光 1999: 湯浅譲二 2002: 岩城宏之 2004: 前橋汀子 2005: 内田光子 2006: 畑中良輔 2007: 栗林義信 2009: 中村紘子 2010: 大野和士 2011: 栗山昌良 2013: 飯守泰次郎 2014: 野島稔 2017: 一柳慧 2019: 野平一郎 1952: 四代目井上八千代 1957: 二代目花柳寿輔 1963: 六代目藤間勘十郎 1965: 四代目藤間勘右衛門 1966: 八代目坂東三津五郎 1967: 吾妻徳穂 1979: 藤間藤子 1985: 森下洋子 1988: 二代目花柳寿楽 1989: 藤間友章 1990: 三代目花柳寿輔 1991: 十代目西川扇蔵 1992: 花柳寿南海 1997: 七代目藤間勘十郎 1999: 五代目井上八千代 2000: 藤間蘭景 2001: 五代目花柳芳次郎 2002: 二代目尾上菊之丞 2004: 二代目吾妻徳弥 2008: 藤間藤太郎 2015: 山村友五郎 2016: 二代目中村梅弥 2018: 三代目花柳寿楽 2019: 宮城能鳳 2020: 藤間蘭黄 2021: 西川箕乃助 1948: 杉村春子 1950: 伊藤熹朔 1955: 花柳章太郎 1956: 初代水谷八重子 1959: 小津安二郎 1980: 六代目市川染五郎 FAST ISNI
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IdRef 折口信夫 19世紀の歌人 20世紀の歌人 19世紀日本の詩人 20世紀日本の詩人 19世紀日本のノンフィクション作家 20世紀日本のノンフィクション作家 19世紀日本の民俗学者 20世紀日本の民俗学者 19世紀の国学者 20世紀の国学者 日本文学研究者 19世紀日本の言語学者 20世紀日本の言語学者 日本語学者 日本の宗教学者 日本の文学研究者 日本芸能研究者 19世紀日本の小説家 20世紀日本の小説家 日本のLGBTの著作家 LGBTの詩人 ゲイの学術関係者 日本藝術院賞受賞者 國學院大學の教員 慶應義塾大学の教員 日本の中等教育の教員 日本文学報国会の人物 大阪府立天王寺高等学校出身の人物 國學院大學出身の人物 大阪市出身の人物 胃癌で亡くなった人物 1887年生 1953年没 2024/11/21 16:14更新
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origuchi shinobu
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