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川端慎吾の情報 (かわばたしんご)
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【4月7日】今日誕生日の芸能人・有名人

川端慎吾の情報(かわばたしんご) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

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川端 慎吾さんについて調べます

■名前・氏名
川端 慎吾
(読み:かわばた しんご)
■職業
野球選手
■川端慎吾の誕生日・生年月日
1987年10月16日 (年齢37歳)
卯年(うさぎ年)、天秤座(てんびん座)
■出身地・都道府県
大阪出身

(昭和62年)1987年生まれの人の年齢早見表

川端慎吾と同じ1987年生まれの有名人・芸能人

川端慎吾と同じ10月16日生まれの有名人・芸能人

川端慎吾と同じ出身地大阪府生まれの有名人・芸能人


川端慎吾と関係のある人

宇部銀次: 2016年は川端慎吾の辞退に伴って、開幕前の3月2日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表に追加登録されたことが発表され、試合では適時打を打った。


真中満: 2017年は畠山がシーズン開幕早々またも故障離脱し、同じく優勝時のレギュラーである川端慎吾が手術で一軍出場なし、前年にNPB史上初の2年連続トリプルスリーを達成した山田哲人のシーズン打率が.250にすら届かないなど打線のつながりを欠き、投手陣もエース格の小川泰弘や石川雅規が不調で2桁勝利投手ゼロと完全崩壊し、NPB史上66年ぶりの10点差逆転勝利(7月26日)など明るい話題もあったものの、最終的に優勝した広島に44ゲーム、5位中日に15.5ゲームをつけられ3年ぶりの最下位、球団ワーストの96敗・NPB史上61年ぶりの前半戦における2度の2桁連敗など低迷し、シーズン途中の8月22日に真中の辞任が発表され、シーズン全日程終了後に真中は監督を退任した。


川端友紀: 実兄は東京ヤクルトスワローズ所属の川端慎吾で、日本初の「兄妹プロ野球選手」として活躍した。


藤井亮太: 2017年は正三塁手である川端慎吾の故障により、出場機会が激増した。


岩田幸宏: 初出場:2024年4月2日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に川端慎吾の代走で出場


北條史也: 阪神入団後のオフシーズンには、自身と同じ関西地方出身の高卒内野手である山田哲人や、「オール狭山」の先輩に当たる川端慎吾らとの合同自主トレーニングへ臨んでいる。


宮本丈: 2018年は、川端慎吾のコンディション不良と、大引啓次の故障離脱を背景に、8月18日の阪神タイガース戦(神宮)で7番・三塁手としてプロ初スタメンを果たし、4回裏一死一塁の場面で小野泰己からプロ初安打を記録した。


藤本敦士: 2011年は開幕を二軍で迎えたが、川端慎吾の離脱により6月3日に一軍昇格し、7月1日の広島東洋カープ戦では本塁打を放ったが、打率は2割を割り、前年に続き1試合2失策するなどで、7月25日に登録を抹消された。


中村憲: 日本のプロ野球では、川端慎吾・友紀に次ぐ2組目の兄妹選手に当たる。


日高亮: 9月27日に本拠地明治神宮野球場で行われた対阪神戦で5回1点ビハインドから2番手で登板し、3番からの打線に走者を三塁に進めながらも無失点で切り抜け、6回を3者凡退に抑えると、同裏に代打・川島慶三の同点タイムリー安打、川端慎吾の満塁本塁打による5点の援護でプロ入り初勝利を手にした。


嶋田哲也: 2021年9月13日の中日対ヤクルト18回戦(バンテリンドーム)にて、9回表一死一・二塁でヤクルトの代打・川端慎吾の打球を中日の二塁手・堂上直倫が処理し一塁へ送球しセーフ、その後一塁走者・西浦直亨が挟殺プレーとなり、当時中日の遊撃手・京田陽太が二塁を踏んだ際に二塁塁審だった嶋田がフォース状態であることに気づかず、ジャッジをせずプレーが続行、二塁走者の古賀優大が本塁を狙いタッチアウトとなった。


塩見泰隆: 日本シリーズでは打率.250と落ち込んだものの、その中でも第6戦では延長12回に安打で出塁した後に川端慎吾の適時打で日本一への決勝点となる本塁を踏んだ。


森岡良介: オフに選手会長のポストを川端慎吾に譲る。


今浪隆博: 2016年は6月17日の対西武戦で一塁手として出場している際に、炭谷銀仁朗が打ったフライ性の打球を捕ろうとして三塁手の川端慎吾と衝突し、担架で病院に運ばれた。


森岡良介: 川端慎吾、川島慶三、荒木貴裕と遊撃手のレギュラー・控えが次々と離脱したため、10月29日からの読売ジャイアンツとのクライマックスシリーズ・ファーストステージでは全3戦に先発出場。


石田健大: 初奪三振:2015年7月22日、対東京ヤクルトスワローズ18回戦(横浜スタジアム)、1回表に川端慎吾から空振り三振


西浦直亨: しかし、川端慎吾の離脱や廣岡の不振により遊撃手や三塁手として出場機会を得る。


益田直也: 2学年上には川端慎吾、同級生に川端友紀がいた。


飯原誉士: 8月に一時調子を下げたものの、9月に調子を上げ、川端慎吾、松元ユウイチと並んで9月10月の月間MVP候補に挙げられる活躍を見せた。


鬼﨑裕司: 初出場:2008年4月5日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)、6回裏に川端慎吾に代わり遊撃手で出場


宮本丈: 山田が前年の故障・不振から復活したため、スタメンの機会が減り代打が主戦場になるが川端慎吾と共に高い代打打率を記録。


阪口哲也: 川端慎吾は貝塚リトル時代から高校までの先輩に当たる。


荒木貴裕: 試合後のセレモニーでは同級生の川端慎吾から花束が手渡され、マウンドに集合したナインから胴上げされ10度宙を舞った。


川島慶三: 8月は打率.308(26打数8安打)と好調だったがわずか1打点とチームの勝利に結びつかず、川端慎吾から正遊撃手の座を奪うことはできなかった。


元山飛優: 目立つことが大好きで、憧れの選手は同じ背番号の宮本慎也、同じ型のバットを使うヤクルトの川端慎吾、新庄剛志の3人を挙げている。


山田哲人: シーズン途中、真中満監督の方針で2番・川端慎吾、3番・山田、4番・畠山和洋に固定されてから調子が上がり、打率・安打数・打点はそれぞれリーグ2位を記録した他、本塁打王、盗塁王、最高出塁率の打撃タイトルを獲得し、優勝したヤクルト打線の中心となる活躍を見せた。


比屋根渉: 2015年には、川端慎吾を2番打者・山田哲人を3番打者に据えるチーム構想の下で、上田が故障で戦線を離脱していた後半戦から1番打者として一軍公式戦へ出場する機会が増加。


川端慎吾の情報まとめ

もしもしロボ

川端 慎吾(かわばた しんご)さんの誕生日は1987年10月16日です。大阪出身の野球選手のようです。

もしもしロボ

父親、結婚、引退、兄弟に関する情報もありますね。去年の情報もありました。川端慎吾の現在の年齢は37歳のようです。

川端慎吾のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

川端 慎吾(かわばた しんご、1987年10月16日 - )は、大阪府貝塚市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。

実妹は女子野球選手・指導者の川端友紀。

軟式野球で国体出場経験のある父親の影響で、小学校2年生から貝塚リトルで投手兼遊撃手として野球を始める。貝塚三中在学中は硬式クラブ「オール狭山ボーイズ」に所属し、投手兼遊撃手としてプレー。

和歌山市立和歌山商業高等学校(現・和歌山市立和歌山高等学校)進学後、本格的に遊撃手としてプレーを始める。2004年の夏の甲子園に出場し、2回戦で聖光学院に敗れる。川端は2試合で8打数3安打だった。

2005年の春のセンバツでは、2回戦で準優勝の神村学園と対戦し敗退。川端はエース野上亮磨から本塁打を打っている。夏の県大会は準決勝で敗退。その後第6回AAAアジア野球選手権大会の選抜メンバーに選出。打率.462でベストナインを受賞した。高校通算33本塁打。また、2学年下には益田直也がいた。

2005年高校生ドラフト会議3巡目で東京ヤクルトスワローズに指名され、契約金4500万円、年俸480万円(金額は推定)で入団した。

2006年にキャンプを一軍で迎える。開幕一軍は逃したが、二軍では高卒新人としては珍しい79試合に出場。10月9日の対中日ドラゴンズ戦で一軍初出場(2打数無安打)、10月10日の対広島東洋カープ戦の第2打席で公式戦初安打・マルチヒットと共に、プロ初打点を記録し、プロ2試合目で早くもお立ち台に上った。球団史上、ドラフト会議を経た高卒1年目の野手が一軍の試合に出場したのは、1987年に1試合出場した土橋勝征以来、約20年ぶりだった。

2007年は、一軍と二軍を行き来する中、8月22日の試合で左手の薬指を骨折し、そのリハビリで残りのシーズンの出場はできず、10月中旬のフェニックス・リーグで実戦に復帰した。

2008年に初めて開幕を一軍で迎える。10月7日の中日戦では第1打席で小笠原孝からプロ初本塁打を記録した。

2009年も5月に一軍昇格。その後は主に左の代打として出場したものの、8月23日の練習中にまたも右肩痛を発症し、登録抹消。以降は一軍での出場はなかった。

2010年、阪神タイガースから藤本敦士がFAで加入。遊撃手のポジションを鬼崎裕司、新人の荒木貴裕らと争う。開幕当初は藤本が固定される形で起用されたが、不調から二軍落ち。その後は鬼崎が守備力を生かして台頭したが、打撃に難があったため、7月頃から川端が遊撃手のレギュラーとして起用されるようになった。その後、シーズン終了まで遊撃手のポジションを守り続け、8番打者としてチームの後半戦の躍進にも貢献した。なお、守備力は鬼崎の方が買われていたため、試合終盤は守備固めとして鬼崎が遊撃手に入り、三塁手へ回される機会も多かった。この飛躍にはシーズン中盤に監督の高田繁の休養(事実上の引責辞任)により監督代行に就任した小川淳司の引き立てによるところも大きい。小川は入団当時の二軍監督で、初年度から二軍で積極的に起用された。

2011年、開幕戦で最有力ライバルだった川島慶三が東野峻に死球を受けて骨折したことから、スタメン遊撃手に定着。シーズン中盤までは7番を任されると、6番・宮本慎也、8番・相川亮二と「恐怖の下位打線」を形成。クリーンナップが不振でも得点源として機能する。しかし、ジョシュ・ホワイトセル、飯原誉士の絶不振や故障によりシーズン中盤からは3番打者として起用される。新打順も無難にこなし、9月末には2割9分台まで打率を上げた。その後不振に陥り、10月19日に左手首痛で登録を抹消された。病院での検査の結果、「左手のTFCC(三角線維軟骨複合体)損傷」で全治6週間と診断(9月14日の広島戦でスライディングした際に左手を地面に強打したのが原因とされる)され、シーズン2位で進出が決定していたクライマックスシリーズに出場できず。同じく戦線離脱を余儀なくされた由規、久古健太郎、七條祐樹らとスタンド観戦する結果になった。シーズンとしては規定打席に初めて到達した。

2012年、開幕から主に3番、5番打者を務め、シーズン最終試合で打率3割に挑むも届かなかった。その後のCSでは無安打に終わり、シーズンを終えた。最終成績は打率.298、4本塁打、49打点と前年を超える成績を残した。また、本来の遊撃手だけではなく、宮本慎也の休養日には三塁手として40試合以上守った。さらにシーズン終盤からは一塁手の畠山和洋の怪我により一塁を守る機会もあった。

2013年4月22日に左足首関節の手術を受け、実戦復帰まで2か月の見通しと発表した。 7月9日に復帰してからは、調整不足の影響からか中々状態が上がらなかったが、8月から徐々に調子を上げ最終的に70試合に出場、規定打席未到達ながら打率.311を記録、本塁打も規定打席の半分程の打席数で過去最高の5本塁打を打った。また9月には自身初となる月間MVPを獲得した。同年オフの11月には台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。

2014年に三塁手などとして自己最多の142試合に出場し、山田哲人らとともに打線を牽引。3番での出場が多かったが、攻撃型打線を組む時は2番に起用される時もあった。打撃面では規定打席に到達して打率3割以上を達成し、自己最多の10本塁打を記録した。しかし、守備面では守備率.957で14失策を喫した。オフに、2900万円増となる推定年俸8500万円で契約を更改した。

2015年7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたことが発表された。9月10日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたことが発表された。シーズンでは、真中満新監督のバントを減らし繋ぐという構想の下2番で開幕スタメンを果たす。その後チーム事情もあり長らく3番を勤めたが、オールスター明けに一気に状態を上げた山田哲人が3番に回ると2番に完全固定され、リーグトップの195安打を記録し、山田との争いを制し打率.336で首位打者を獲得するなどチームの優勝に貢献した。オフの10月9日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表最終ロースター28名に選出されたことが発表された。オフの12月14日には契約更改を行い、同年年俸8500万円から大幅アップとなる推定年俸1億6000万円で4年契約を結んだ。翌2016年からは森岡良介から引き継ぎ新選手会長に就任した。「他球団に行こうと思わない。できればずっとヤクルトで野球をやりたい」と球団への愛着を語った。

2016年開幕前の2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された。しかし3月2日にインフルエンザのため辞退したことが発表された。開幕後の7月18日の横浜DeNAベイスターズ戦で自打球が足に当たり途中交代。骨折と診断され、19日に出場登録を抹消された。9月6日に一軍復帰し、最終的な成績は前年を大きく下回ったが、3年連続の3割はキープした。4年契約の1年目を終え、現状維持となる1億6000万円で契約を更改した。

2017年キャンプ中に椎間板ヘルニアを発症。リハビリを続けたものの、症状が悪化したために8月に手術を受けた。そのため一軍出場はなかった。4年契約の2年目を終え、2000万円減となる推定年俸1億4000万円で契約を更改した。

2018年、開幕戦に「5番・三塁手」として先発出場し、2年ぶりの本塁打を打った。次カードの4月3日の広島戦では今村猛から頭部死球を受けるアクシデントに見舞われ、脳震盪特例措置で4日に登録抹消となる。その後復帰するも打撃不振に陥り二軍で再調整のため再び登録抹消となった。6月6日に一軍復帰すると調子を取り戻し、打順は主に6番で三塁手や一塁手として出場。7月21日の中日戦では、9回裏に鈴木博志から自身初のサヨナラ本塁打を打った。また8月14日の巨人戦では9回裏にアダメスから逆転サヨナラ打を打った。最終的に97試合に出場し、規定打席に届かず打率.259と完全復活とはならなかったが、要所で勝負強さを見せた。この年、シーズン安打数が77で、あと1本に迫る通算1000安打には届かなかった。4年契約の3年目を終え、現状維持となる推定年俸1億4000万円で契約を更改した。

2019年は、開幕を二軍で迎える。4月19日に一軍に昇格すると、翌20日の中日戦では6回に村上宗隆の代打で出場し、柳裕也から適時打を打って通算1000安打を達成した。また9月4日の広島戦では、6回に代打で出場して通算1000試合出場を達成した。しかし腰の状態が上向かずシーズン通じて不振で、37試合の出場で打率.164に終わった。4年契約の最終年を終え、1億円減の推定年俸4000万円で契約を更改した。

2020年はキャンプから二軍で調整していたが、代打要員として一軍に昇格すると7月25日の対巨人戦(神宮)では中川皓太から2年ぶりにサヨナラ適時打を打ったが、39試合の出場でレギュラー定着後としては最低の打率.128に終わった。年俸も50%減の2000万円となった。

2021年は、3月30日のDeNA戦で決勝打を打つなど、代打として起用されてはヒットを量産し、6月20日の中日戦では神宮球場で7回裏二死に2シーズンぶりの2点本塁打を放つなどの活躍を見せ、6月終了時点で4割近くの打率を残した。その勢いは後半戦に入っても続き、8月末時点でも打率は3割6分前後を記録。9月2日の巨人戦では、32試合連続無失点中のチアゴ・ビエイラから一時勝ち越す適時打を打った。最終的に真中満に次ぐ代打におけるシーズン30安打を放ち、打率も.372、出塁率.419と圧巻の成績を記録。得点圏打率も4割を超え、勝負を決める一打も数多く放ちチームの優勝に貢献した。一方で、ここ数年の故障を考慮した影響からかシーズン当初から役割は代打に固定され先発出場はシーズン1度もなく、守備は終盤の代打後に一塁手に回る役割を数試合こなした程度に留まったこともあり、代打以外の安打は2本のみだった。日本シリーズ第6戦ではオリックスとの熱戦の末、12回表、吉田凌から勝ち越し適時打を放ちチーム20年ぶりの日本シリーズ優勝に貢献した。試合後には、思わず涙を流していた。なおこの年のポストシーズンは、10月26日のDeNA戦の打席にて発症した右太腿の肉離れを抱えて出場した。川端は当時のことを「走ることが難しい状態だった」「患部にテーピングをガチガチに巻いて出場した」と後に語っている。オフに、3000万円増となる推定年俸5000万円で契約を更改した。

2022年は、5月21日の横浜戦で2020年8月28日以来となるスタメン入り(6番・一塁手)を果たした。7月4日に抹消され、二軍調整を経て9月16日に再登録された。17日の中日戦には12回表に代打で出場し、2点適時打を放ち、一度は3-1と勝ち越したものの、その裏にスコット・マクガフの乱調で同点に追いつかれ、3-3の引き分けに終わった。同シーズンは前半の不調が響き、最終的な打率は.175と低迷。12月2日、減額制限を超える50%ダウンの推定年俸2500万円で契約を更改した。

2023年は、開幕一軍入りを逃したが、4月4日に一軍登録される。4月9日の阪神戦で適時打を放ち引き分けに持ち込むなどの結果を残し、再び代打の切り札としての起用が増えた。6月1日の日本ハム戦では「3番・DH」で猛打賞を記録しチームを連敗脱出に導いた。後半戦では一時期不振に陥ったものの、最終的に打率.319、出塁率.385を記録した。代打安打数はリーグトップの20。7月には2度の決勝打を放ち勝利に貢献した。

“天才的”と称される卓越したバットコントロールが武器の巧打者。勝負強さも魅力で、度重なる故障を乗り越えた2021年以降は代打の切り札として活躍している。当初は遊撃手であったが、2013年以降は三塁手・一塁手を中心に守る。高校時代に50m走のタイム5秒台を記録するなど俊足も持ち合わせる。

2014年6月22日にタレントの水野今日香と結婚していたことがシーズン終了後に明らかになった。挙式は優勝旅行のために1年延期となり、2016年オフに執り行われた。

爽やかな容姿で「ツバメのプリンス」と呼ばれる。一方で故障が多く、「ガラスのプリンス」と呼ばれることもあった。

2024年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

2024年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

太字年はゴールデングラブ賞受賞年

首位打者:1回(2015年)

最多安打:1回(2015年)

ベストナイン:1回(三塁手部門:2015年)

ゴールデングラブ賞:1回(三塁手部門:2015年)

月間MVP:1回(打者部門:2013年9月)

クライマックスシリーズ(セ・リーグ)MVP:1回(2015年)

初出場:2006年10月9日、対中日ドラゴンズ21回戦(明治神宮野球場)、5回表に田中浩康に代わり二塁手で出場

初打席:同上、6回裏に中田賢一の前に空振り三振

初先発出場:2006年10月10日、対広島東洋カープ22回戦(明治神宮野球場)、「7番・二塁手」で先発出場

初安打・初打点:同上、5回裏に大竹寛から中前適時打

初盗塁:2008年8月28日、対広島東洋カープ16回戦(広島市民球場)、2回表に二盗(投手:大竹寛、捕手:石原慶幸)

初本塁打:2008年10月7日、対中日ドラゴンズ24回戦(明治神宮野球場)、2回裏に小笠原孝から右越3ラン

1000安打:2019年4月20日、対中日ドラゴンズ5回戦(ナゴヤドーム)、6回表に柳裕也から左前適時打 ※史上294人目

1000試合出場:2019年9月4日、対広島東洋カープ22回戦(明治神宮野球場)、6回裏に大下佑馬の代打で出場 ※史上504人目

連続試合猛打賞:4(2014年7月30日 - 8月8日)※球団記録

オールスターゲーム出場:2回(2015年、2016年)

36(2006年 - 2011年)

5(2012年 - )

「悲しみなんて笑い飛ばせ」FUNKY MONKEY BABYS(2012年 - )

2015 WBSCプレミア12 日本代表

^ それ以前には1984年に池山隆寛が10試合に出場している。ただし、土橋、池山共に、1年目は安打は記録していない。高卒1年目の野手の安打は、1968年の奥宮種男まで遡る。

^ 「ヤクルト - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2024年12月4日閲覧。

^ 「川端慎吾×川端友紀 兄妹対談」『エスエスケイ』。2015年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月8日閲覧。

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^ 「緊急事態!川端CS絶望…燕ショートいない」『サンケイスポーツ』2011年10月23日。2011年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月3日閲覧。

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^ 「川端 生涯ツバメ宣言!来季FA権取得も「他球団に行こうと思わない」」『スポーツニッポン』2015年12月15日。2021年7月3日閲覧。

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^ 「昨季首位打者のヤクルト・川端が登録抹消 19日のプロ野球公示」『BASEBALL KING』2016年7月19日。2016年8月24日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端は現状維持1億6000万円「大胆さがなかった」」『東京スポーツ』2016年12月16日。2021年9月5日閲覧。

^ 「ヤクルト川端 今月中に腰を手術へ 今季中の復帰断念」『スポニチ』2017年8月17日。2021年7月3日閲覧。

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^ 「【セ・リーグ公示】6月6日 中日・小笠原が登録」『SANSPO.COM』2018年6月6日。2020年4月29日閲覧。

^ 「川端、プロ初サヨナラ弾!連夜のV撃でヤクルト3位導いた」『SANSPO.COM(サンスポ)』2018年7月22日。2020年4月29日閲覧。

^ 「【試合結果】ヤクルト・川端が劇的サヨナラ逆転二塁打 巨人撃破で2位浮上」『SANSPO.COM(サンスポ)』2018年8月14日。2020年4月29日閲覧。

^ 「ヤクルト川端は現状維持1・4億円 「腰を万全に」来季開幕戦で通算1000安打達成を」『スポニチ Sponichi Annex』2018年12月10日。2021年9月5日閲覧。

^ 「ヤクルト川端“らしい”1000安打、妹復帰で決意」『日刊スポーツ』2019年4月20日。2020年4月29日閲覧。

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^ 「ヤクルト・川端が1億円の大幅ダウン 腰の状態上向かず「きつかった」」『デイリースポーツ』2019年12月20日。2020年1月2日閲覧。

^ 「ヤクルト・小川、単年選択で9000万円 川端は1億円減の4000万円」『サンケイスポーツ』2019年12月20日。2020年1月2日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端が50%ダウン年俸2000万円でサインも、来季へ「光が見えた」」『サンスポ』2021年7月3日。2021年7月3日閲覧。

^ 「ヤクルト川端50%減も腰手術から復活「光見えた」」『日刊スポーツ』2020年12月7日。2021年9月5日閲覧。

^ 「ヤクルト川端V打「打った瞬間抜けてくれと声出た」」『日刊スポーツ』2021年3月30日。2021年7月3日閲覧。

^ 「ヤクルト川端 代打でダメ押し2点打「本当にむちゃくちゃうれしい」」『スポニチ Sponichi Annex』2021年6月6日。2021年7月3日閲覧。

^ 「代打の神様ヤ!高打率ヤクルト川端慎吾「俺がヒーローに」プラス思考でV打」『日刊スポーツ』2021年8月24日。2021年9月19日閲覧。

^ 「代打ヤクルト川端が仕事を果たす 巨人ビエイラの32戦連続無失点を止めた」『日刊スポーツ』2021年9月2日。2021年9月4日閲覧。

^ 「川端慎吾、「駄目なら引退も」と覚悟 ヤクルトVに貢献「代打の神様」手記」『時事ドットコム』2021年10月26日。2022年6月11日閲覧。

^ 「「天才が努力すれば結果はついてくる」。ヤクルト・川端慎吾は首位打者から「代打の神様」になった」『web Sportiva』2021年12月16日。2021年12月20日閲覧。

^ 「復活した“代打の神様”ヤクルト川端慎吾V打、15年日本S忘れ物取り返す」『日刊スポーツ』2021年11月27日。2021年12月20日閲覧。

^ 「代打決勝打の川端慎吾「本当に泣くつもりはなかったんですけど、涙が止まらなかったです」【ヤクルト深夜の日本一会見】」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2021年11月28日。2021年12月20日閲覧。

^ Number 1047号「今年も絶対、スワローズ。」2022年3月17日、38頁

^ 「“代打の神様”ヤクルト川端慎吾150%増更改 早くも来週から若手とトレ」『日刊スポーツ』2021年12月6日。2021年12月7日閲覧。

^ 「ヤクルト川端 2年ぶりスタメン「6番・一塁」」『スポニチ Sponichi Annex』2022年5月21日。2022年6月11日閲覧。

^ 「ヤクルト川端 減額制限超え50%ダウン「個人的には悔しいシーズン、来年は21年並の成績を」」『スポーツニッポン』2022年12月2日。2024年4月2日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端の技あり打に解説陣は感嘆「普通は一塁線に打てない」才木の快速球仕留める」『BASEBALL KING』2023年4月10日。2023年5月1日閲覧。

^ 「【ヤクルト】川端慎吾が先発で3安打 高津監督「褒めるだけじゃものたりないくらいの仕事」」『東京スポーツ』2023年6月1日。2023年10月9日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端慎吾 完全復活への歩み 「打つたびに自信がちょっとずつ戻ってきている感じがあります」」『週刊ベースボールONLINE』2021年6月7日。2021年10月28日閲覧。

^ 西尾典文「今年は“生き残った”けど…来年は確実に後がない「崖っぷち選手」は?」『AERA dot.』2020年12月10日。2021年10月28日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端慎吾、球団最多タイの代打でシーズン18打点 30安打目は真中満のプロ野球記録にあと1」『サンスポ』2021年10月21日。2021年10月28日閲覧。

^ 「ヤクルト・川端慎吾インタビュー “想い”を背負って「ファンの皆さんの応援を、力に変えられているのかなとは思います」」『週刊ベースボールONLINE』2021年10月10日。2021年10月28日閲覧。

^ 「川端慎吾しかりヤクルトの三塁はコンバートの歴史。未来の大砲・村上宗隆は系譜を継ぐ男になれるか!?」『週刊野球太郎』2017年12月30日。2021年10月28日閲覧。

^ 「ヤクルト川端慎吾への手拍子の大きさは期待のあらわれ」『SPAIA』2020年9月8日。2021年10月28日閲覧。

^ 「川端 慎吾 (市立和歌山商)」『高校野球ドットコム』2006年10月1日。2021年10月28日閲覧。

^ 「ヤクルトのプリンス川端 3歳年上タレント水野今日香と結婚」『スポーツニッポン』2014年10月29日。2021年7月3日閲覧。

^ 「川端 1年遅れの結婚式 昨年優勝旅行で延期「緊張した」」『スポニチアネックス』2016年12月5日。2016年12月5日閲覧。

^ 「燕OBが明かすV戦士の素顔 山田は「守備うまい」、高橋奎二は「バブバブちゃん」」『Full-Count』2021年10月28日。2021年10月28日閲覧。

大阪府出身の人物一覧

東京ヤクルトスワローズの選手一覧

兄弟スポーツ選手一覧

個人年度別成績 川端慎吾 - NPB.jp 日本野球機構

選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube

東京ヤクルトスワローズ 川端慎吾

選手情報 - 週刊ベースボールONLINE

川端慎吾 オフィシャルブログ 「ALL TRY MY BEST」 - Ameba Blog

22 髙津臣吾

73 嶋基宏(ヘッド)

98 石井弘寿(投手)

72 小野寺力(投手)

86 井野卓(バッテリー)

78 大松尚逸(チーフ打撃)

80 吉岡雄二(打撃)

74 杉村繁(打撃)

75 寺内崇幸(内野守備走塁)

82 松元ユウイチ(外野守備走塁兼作戦)

88 池山隆寛(監督)

79 城石憲之(総合)

89 伊藤智仁(投手コーディネーター)

81 正田樹(投手)

92 山本哲哉(投手)

83 衣川篤史(バッテリー)

76 宮出隆自(打撃)

87 坪井智哉(打撃)

95 土橋勝征(内野守備走塁)

77 山崎晃大朗(外野守備走塁)

91 由規(投手兼育成担当)

85 西浦直亨(野手兼育成担当)

11 アビラ

12 石山泰稚

15 中村優斗

17 清水昇

18 奥川恭伸

19 石川雅規

20 木澤尚文

21 吉村貢司郎

24 星知弥

26 山野太一

28 松本健吾

29 小川泰弘

30 荘司宏太

34 田口麗斗

35 石原勇輝

39 ランバート

40 高梨裕稔

41 矢崎拓也

43 山本大貴

44 大西広樹

45 小澤怜史

47 高橋奎二

48 金久保優斗

49 山下輝

52 原樹理

53 長谷川宙輝

56 坂本拓己

58 バウマン

61 宮川哲

62 竹山日向

66 阪口皓亮

68 丸山翔大

2 古賀優大

27 中村悠平

32 松本直樹

33 内山壮真

57 矢野泰二郎

65 鈴木叶

90 中川拓真

93 橋本星哉

00 赤羽由紘

1 山田哲人

5 川端慎吾

7 長岡秀樹

8 茂木栄五郎

10 宮本丈

13 オスナ

36 西村瑠伊斗

38 北村拓己

50 北村恵吾

54 田中陽翔

55 村上宗隆

60 武岡龍世

67 伊藤琉偉

0 並木秀尊

3 西川遥輝

4 丸山和郁

9 塩見泰隆

25 サンタナ

31 モイセエフニキータ

42 澤井廉

46 太田賢吾

51 濱田太貴

63 増田珠

64 岩田幸宏

012 廣澤優

013 下川隼佑

014 西舘昂汰

015 沼田翔平

016 西濱勇星

017 翔聖

018 鈴木康平

019 佐藤琢磨

022 松本龍之介

023 澤野聖悠

025 根岸辰昇

026 髙野颯太

2007 (制定なし)

2008 A.ラミレス

2009 脇谷亮太

2010 和田一浩

2011 吉見一起

2012 石井義人

2013 菅野智之

2014 呉昇桓

2015 川端慎吾

2016 田中広輔

2017 J.ロペス

2018 菊池涼介

2019 岡本和真

2020 (中止)

2021 奥川恭伸

2022 J.オスナ

2023 木浪聖也

2024 戸柱恭孝

1950 藤村富美男

1951 川上哲治

1952 西沢道夫

1953 川上哲治

1954 与那嶺要

1955 川上哲治

1956 与那嶺要

1957 与那嶺要

1958 田宮謙次郎

1959 長嶋茂雄

1960 長嶋茂雄

1961 長嶋茂雄

1962 森永勝治

1963 長嶋茂雄

1964 江藤慎一

1965 江藤慎一

1966 長嶋茂雄

1967 中暁生

1968 王貞治

1969 王貞治

1970 王貞治

1971 長嶋茂雄

1972 若松勉

1973 王貞治

1974 王貞治

1975 山本浩二

1976 谷沢健一

1977 若松勉

1978 水谷実雄

1979 F.ミヤーン

1980 谷沢健一

1981 藤田平

1982 長崎啓二

1983 真弓明信

1984 篠塚利夫

1985 R.バース

1986 R.バース

1987 篠塚利夫, 正田耕三

1988 正田耕三

1989 W.クロマティ

1990 J.パチョレック

1991 古田敦也

1992 J.ハウエル

1993 T.オマリー

1994 A.パウエル

1995 A.パウエル

1996 A.パウエル

1997 鈴木尚典

1998 鈴木尚典

1999 R.ローズ

2000 金城龍彦

2001 松井秀喜

2002 福留孝介

2003 今岡誠

2004 嶋重宣

2005 青木宣親

2006 福留孝介

2007 青木宣親

2008 内川聖一

2009 A.ラミレス

2010 青木宣親

2011 長野久義

2012 阿部慎之助

2013 T.ブランコ

2014 M.マートン

2015 川端慎吾

2016 坂本勇人

2017 宮﨑敏郎

2018 D.ビシエド

2019 鈴木誠也

2020 佐野恵太

2021 鈴木誠也

2022 村上宗隆

2023 宮﨑敏郎

2024 T.オースティン

1994 野村謙二郎

1995 野村謙二郎

1996 A.パウエル

1997 L.ロペス

1998 石井琢朗

1999 R.ローズ

2000 R.ローズ

2001 石井琢朗

2002 清水隆行

2003 A.ラミレス

2004 嶋重宣

2005 青木宣親

2006 青木宣親

2007 A.ラミレス

2008 内川聖一

2009 A.ラミレス

2010 M.マートン

2011 M.マートン

2012 坂本勇人, 長野久義

2013 M.マートン

2014 山田哲人

2015 川端慎吾

2016 菊池涼介

2017 丸佳浩, J.ロペス

2018 D.ビシエド

2019 大島洋平

2020 大島洋平

2021 近本光司

2022 佐野恵太, 岡林勇希

2023 牧秀悟, 中野拓夢

2024 長岡秀樹

1950 藤村富美男

1951 藤村富美男

1952 藤村富美男

1953 与儀眞助

1954 宇野光雄

1955 児玉利一

1956 児玉利一

1957 三宅秀史

1958 長嶋茂雄

1959 長嶋茂雄

1960 長嶋茂雄

1961 長嶋茂雄

1962 長嶋茂雄

1963 長嶋茂雄

1964 長嶋茂雄

1965 長嶋茂雄

1966 長嶋茂雄

1967 長嶋茂雄

1968 長嶋茂雄

1969 長嶋茂雄

1970 長嶋茂雄

1971 長嶋茂雄

1972 長嶋茂雄

1973 長嶋茂雄

1974 長嶋茂雄

1975 衣笠祥雄

1976 掛布雅之

1977 掛布雅之

1978 掛布雅之

1979 掛布雅之

1980 衣笠祥雄

1981 掛布雅之

1982 掛布雅之

1983 原辰徳

1984 衣笠祥雄

1985 掛布雅之

1986 レオン

1987 原辰徳

1988 原辰徳

1989 落合博満

1990 バンスロー

1991 山崎隆造

1992 J.ハウエル

1993 江藤智

1994 江藤智

1995 江藤智

1996 江藤智

1997 L.ゴメス

1998 江藤智

1999 L.ゴメス

2000 江藤智

2001 江藤智

2002 岩村明憲

2003 鈴木健

2004 立浪和義

2005 今岡誠

2006 岩村明憲

2007 小笠原道大

2008 村田修一

2009 小笠原道大

2010 森野将彦

2011 宮本慎也

2012 村田修一

2013 村田修一

2014 H.ルナ

2015 川端慎吾

2016 村田修一

2017 宮﨑敏郎

2018 宮﨑敏郎

2019 高橋周平

2020 岡本和真

2021 村上宗隆

2022 村上宗隆

2023 宮﨑敏郎

2024 村上宗隆

1972 長嶋茂雄

1973 長嶋茂雄, C.ボイヤー

1974 C.ボイヤー

1975 島谷金二

1976 高田繁

1977 高田繁

1978 掛布雅之

1979 掛布雅之

1980 衣笠祥雄

1981 掛布雅之

1982 掛布雅之

1983 掛布雅之

1984 衣笠祥雄

1985 掛布雅之

1986 衣笠祥雄

1987 原辰徳

1988 原辰徳

1989 W.ロードン

1990 岡崎郁

1991 角富士夫

1992 T.オマリー

1993 石井琢朗

1994 石井琢朗

1995 石井琢朗

1996 江藤智

1997 進藤達哉

1998 進藤達哉

1999 進藤達哉

2000 岩村明憲

2001 岩村明憲

2002 岩村明憲

2003 立浪和義

2004 岩村明憲

2005 岩村明憲

2006 岩村明憲

2007 中村紀洋

2008 中村紀洋

2009 宮本慎也

2010 宮本慎也

2011 宮本慎也

2012 宮本慎也

2013 村田修一

2014 村田修一

2015 川端慎吾

2016 村田修一

2017 鳥谷敬

2018 宮﨑敏郎

2019 高橋周平

2020 高橋周平

2021 岡本和真

2022 岡本和真

2023 宮﨑敏郎

2024 坂本勇人

迫田穆成

永田裕治

1 田中将大

2 好永貴雄

3 辻内崇伸

4 山口俊

5 古川秀一

6 片山博視

7 景山一旗

8 靍岡賢二郎

9 水野祐希

10 林裕也

11 加藤政義

12 船引俊秀

13 堂上直倫

14 正木修平

15 川端慎吾

16 平田良介

17 柳田隆宏

18 小島宏輝

90 小久保裕紀

73 奈良原浩(ヘッド)

79 大西崇之(外野守備・走塁)

80 稲葉篤紀(打撃)

87 仁志敏久(内野守備・走塁)

88 矢野燿大(バッテリー)

89 鹿取義隆(投手)

10 松井裕樹

11 菅野智之

14 則本昂大

15 澤村拓一

16 大谷翔平

18 前田健太

19 増井浩俊

21 西勇輝

22 大野雄大

24 山﨑康晃

29 小川泰弘

30 武田翔太

35 牧田和久

27 炭谷銀仁朗

37 嶋基宏

52 中村悠平

2 今宮健太

3 松田宣浩

5 川端慎吾

6 坂本勇人

9 中島卓也

13 中田翔

23 山田哲人

60 中村剛也

7 中村晃

8 平田良介

25 筒香嘉智

55 秋山翔吾

希望入団枠:武内晋一

3巡目:松井光介

4巡目:高木啓充

5巡目:飯原誉士

1巡目:村中恭兵

3巡目:川端慎吾

4巡目:水野祐希

日本の野球選手

東京ヤクルトスワローズ及びその前身球団の選手

首位打者 (NPB)

NPBオールスターゲーム選出選手

野球日本代表選手

WBSCプレミア12日本代表選手

2015 WBSCプレミア12選手

和歌山市立和歌山高等学校出身の野球選手

大阪府出身のスポーツ選手

1987年生

存命人物

野球に関する記事

プロジェクト人物伝項目

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2025/04/06 12:24更新

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川端慎吾と同じ誕生日10月16日生まれ、同じ大阪出身の人

福本 大晴(ふくもと たいせい)
【Aぇ!group】
1999年10月16日生まれの有名人 大阪出身

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山田 美也子(やまだ みやこ、1951年10月16日 - )は、日本のタレント、文化ジャーナリスト、エッセイスト、歌手。 大阪府豊中市出身。父は中国人で旧満州国の国費留学生、母は大阪の酒問屋の一人娘…

益田 アンナ(ますだ あんな)
1994年10月16日生まれの有名人 大阪出身

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義山 望(よしやま のぞみ)
1979年10月16日生まれの有名人 大阪出身

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若一 光司(わかいち こうじ)
1950年10月16日生まれの有名人 大阪出身

若一 光司(わかいち こうじ、1950年(昭和25年)10月16日 - )は、日本の作家・画家、テレビのコメンテーター。大阪府豊中市出身。大阪市立工芸高等学校美術科卒業。 高校在学中から大阪(信濃橋…


金城 基泰(かねしろ もとやす)
1952年10月16日生まれの有名人 大阪出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 金城 基泰(かねしろ もとやす、1952年10月16日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(投手)。 在日朝鮮人として生まれ、後に…

湖中 謙介(こなか けんすけ)
1960年10月16日生まれの有名人 大阪出身

湖中 謙介(こなか けんすけ、1960年10月16日 - )は、日本の実業家。コナカ代表取締役社長、サマンサタバサジャパンリミテッド代表取締役社長、フィットハウス取締役会長、フタタ取締役。 大阪府大…

桜井 真由美(さくらい まゆみ)
1981年10月16日生まれの有名人 大阪出身

10月16日生まれwiki情報なし(2025/04/06 02:29時点)

田中 朝子(たなか あさこ)
1983年10月16日生まれの有名人 大阪出身

10月16日生まれwiki情報なし(2025/04/06 13:30時点)

長船 加奈(おさふね かな)
1989年10月16日生まれの有名人 大阪出身

長船 加奈(おさふね かな、1989年10月16日 - )は、大阪府豊中市出身の女子サッカー選手。マイナビ仙台レディース所属。ポジションはディフェンダー。大阪府立豊島高等学校卒。 サッカーをしている…


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川端慎吾と近い名前の人


川畑 一志(かわばた いっし)
1989年8月21日生まれの有名人 埼玉出身

川畑 一志(かわばた いっし、1989年〈平成元年〉8月21日 - )は、日本テレビのアナウンサー。2023年以降は、コンテンツ戦略局のアナウンス部員と社長室の新規事業部員を兼務している(詳細後述)。…

川端 義明(かわばた よしあき)
1951年10月7日生まれの有名人 京都出身

川端 義明(かわばた よしあき、1951年〈昭和26年〉10月7日 - )は、元NHKアナウンサーで 現在はフリーアナウンサー、声優。 1975年3月 - 京都市立日吉ヶ丘高等学校を経て立命館大学を…

川端 健嗣(かわばた けんじ)
1962年2月21日生まれの有名人 東京出身

川端 健嗣(かわばた けんじ、1962年(昭和37年)2月21日 - )は、フジテレビ広報局エグゼクティブアドバイザーで、元同局アナウンサー。 既婚。 東京都中央区銀座出身。立教小学校、立教中学校(…

川端 麻衣(かわばた まい)
12月28日生まれの有名人 東京出身

川端 麻衣(かわばた まい、12月28日 - )は、日本の声優、舞台女優。賢プロダクション所属。東京都出身。 江守徹による『山月記』の朗読を聞いて声優を志す。 スクールデュオ12期生。2012年、…

川畑 泰史(かわばた やすし)
1967年6月22日生まれの有名人 京都出身

川畑 泰史(かわばた やすし、1967年〈昭和42年〉6月22日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、脚本家。吉本新喜劇元座長の座員。京都府京都市伏見区出身。吉本興業(大阪)所属。NSC9期生。…


川端 達夫(かわばた たつお)
1945年1月24日生まれの有名人 滋賀出身

川端 達夫(かわばた たつお、1945年〈昭和20年〉1月24日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(10期)、民主党国会対策委員長、民主党幹事長(第6代)、文部科学大臣(第12・13代)、内閣府…

川畑 要(かわばた かなめ)
1979年1月28日生まれの有名人 東京出身

川畑 要(かわばた かなめ、1979年1月28日 - )は、日本の男性ミュージシャン。2001年にCHEMISTRYとしてデビュー。2013年頃からソロとして本格的活動を開始。身長173cm、血液型:…

河端 和哉(かわばた かずや)
1981年10月22日生まれの有名人 北海道出身

河端 和哉(かわばた かずや、1981年10月22日 - )は、北海道苫小牧市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(DF)。 札幌大学在学中はサッカー部に所属し、2003…

川端 絵美(かわばた えみ)
1970年2月13日生まれの有名人 北海道出身

川端 絵美(かわばた えみ、1970年2月13日 - 、現姓・北島)は、日本の元アルペンスキー競技の選手。アルペンスキー解説者。北海道札幌市出身。現役時代はKDD(現・KDDI)所属。 日本の女子ア…

川畑 強(かわばた つよし)
1920年3月17日生まれの有名人 鹿児島出身

3月17日生まれwiki情報なし(2025/03/30 22:49時点)


川端 順(かわばた じゅん)
1960年3月19日生まれの有名人 徳島出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 川端 順(かわばた じゅん、1960年3月19日 - )は、徳島県板野郡松茂町出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ、政治家。松茂町議会…

川畑 輝鎮(かわばた きしん)
1965年4月29日生まれの有名人 鹿児島出身

川畑 輝鎮(かわばた きしん、1965年4月29日 - )は、日本の男性プロレスラー。本名は川畑 輝(かわばた ひかる)。鹿児島県大島郡出身。血液型O型。 専修大学時代は相撲部に在籍し、全国学生相撲…

川端 友紀(かわばた ゆき)
1989年5月12日生まれの有名人 大阪出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 川端 友紀(かわばた ゆき、1989年5月12日 - )は、大阪府貝塚市出身の元女子プロ野球選手(内野手)、日本代表選手、野球指導者、…

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川端慎吾
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