大野雄大の情報(おおのゆうだい) 【Da-iCE】 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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大矢根博臣: また同年には40回1/3の連続イニング無失点記録を樹立したが、これは2020年10月14日に大野雄大が更新するまで、64年間にわたり中日の球団記録だった。 小野塚康之: フリー転身後の2019年9月14日にナゴヤドームで催された中日ドラゴンズ対阪神タイガース戦では、DAZNで配信された中継の実況アナウンサーとして、中日の大野雄大がノーヒットノーランを達成した瞬間を伝えた。 藤嶋健人: 2022年7月1日の阪神タイガース戦(バンテリンドームナゴヤ)では、当日先発予定だった大野雄大が背中の張りで登板を回避したため、試合開始1時間前に立浪和義監督に先発投手に指名された。 若松駿太: シーズン通算では、同リーグの規定投球回(143イニング)にわずか3イニング足りなかったものの、一軍公式戦でチームでは大野雄大に続く10勝を挙げた。 福谷浩司: 規定投球回には届かなかったが、最終的に14試合に先発登板し、チーム内では大野雄大に次ぐ8勝を挙げ、防御率は2.64を記録。 塩見貴洋: 4年春には防御率0.00のリーグ新記録を達成し、全日本大学野球選手権大会にかけて55イニング無失点を記録し、佛教大学戦では大野雄大との投げ合いを制した。 与田剛: 終盤は9月14日に大野雄大が対阪神戦(ナゴヤドーム)でノーヒットノーランを達成するなど、上位球団相手に善戦したが、同24日の対DeNA戦(ナゴヤドーム)に敗れ、7年連続Bクラスと3年連続5位が確定した。 村上宗隆: 9月2日の対中日戦(神宮球場)で3回裏に大野雄大から本塁打を打ち、2013年のバレンティン以来9年ぶり10人目(15度目)、日本国籍の選手としては2002年の松井秀喜(巨人)以来20年ぶり6人目となるシーズン50号に到達。 寺島成輝: 初打席:2017年9月30日、対中日ドラゴンズ24回戦(明治神宮野球場)、2回裏に大野雄大から空振り三振 澤村拓一: ドラフト直前には『中日スポーツ』・『スポーツ報知』・『スポーツニッポン』が、「中日ドラゴンズも澤村を1位指名する方針である」と報道していたが、中日は最終的に澤村ではなく、大野雄大(佛教大学)を単独1位指名した。 木下拓哉: 2020年8月、10月、2022年9月 投手:大野雄大 福田永将: 2018年、大野雄大に代わり、選手会長に就任した。 山崎武司: 背番号は、支配下選手登録上では20とされたが、試合では中日で2002年まで使用した22を球団と登録上22番だった大野雄大の了承を得た上で使用し、4番指名打者で出場。 廣岡大志: その後、4月13日の中日ドラゴンズ戦では「7番・一塁手」で先発出場すると同点の7回二死の場面で大野雄大から右翼へ移籍後初本塁打となる勝ち越し本塁打を打ちこれが決勝点となりチームの勝利に貢献した。 山口翔: 初奪三振:同上、5回裏に大野雄大から見逃し三振 達川光男: 中日ドラゴンズコーチに就任して2年目の2015年4月には、自らが手塩にかけて育成してきた入団2年目の桂依央利が、一軍で初マスクをかぶった試合で、第2打席で初本塁打を放ち、チームの大黒柱である大野雄大の完投勝利をリードするなど大活躍した。 松井雅人: 2011年10月14日の読売ジャイアンツ戦では捕手で先発出場し、プロ初先発のルーキー大野雄大をリードした。 青柳晃洋: 5月6日の対中日戦(バンテリンドームナゴヤ)では、大野雄大との熾烈な投手戦を展開。 木下拓哉: 最優秀バッテリー賞:2回(2020年 投手:大野雄大、2021年 投手:柳裕也) 阿部慎之助: 3000塁打:2014年7月25日、対中日ドラゴンズ13回戦(ナゴヤドーム)、2回表に大野雄大から遊撃内野安打 ※史上53人目 原樹理: すでに同姓の原泉がいたため(2017年に泉が引退後は同姓選手はいない)、スコアボードの表示は金子千尋、髙橋光成、大野雄大同様、フルネームの「原樹理」と表示される。 福島章太: 目標とする選手は菊池雄星と大野雄大 。 石田健大: 初安打:2015年8月27日、対中日ドラゴンズ20回戦(横浜スタジアム)、3回裏に大野雄大から三塁内野安打 石川昂弥: 5月は6日の対阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で両者無得点で迎えた延長10回一死満塁の打席で青柳晃洋から自身初のサヨナラ安打を放ち、大野雄大の完封勝利をアシストした。 木下雄介: その後、木下の親族、監督の与田剛、選手代表の大野雄大、柳裕也、木下拓哉、京田陽太がマウンドに献花を行った。 髙山俊: 阪神の新人選手が開幕戦に1番打者としてのスタメン起用は中村勝広(1972年)以来44年ぶりで、1回裏の第1打席で大野雄大から左前安打を記録した。 伊東勤: 日本プロ野球において、先発投手が9イニング完全試合状態を継続しながらも、9回終了時に0-0だったためその時点で記録が成立せず延長戦となり、延長10回に登板して安打を許し記録達成を逃した事例は僅か2回だけであるが、伊東は最初の2005年8月27日、インボイスSEIBUドームにおける西口文也の事例においては監督として、2例目となった2022年5月6日、バンテリンドームナゴヤにおける大野雄大の事例においてはNHK BS1の生中継解説者として、いずれも現場に立ち合うという稀有な経験をしている。 桂依央利: この試合では先発投手を務めた大野雄大を完投勝利に導いている。 木下雄介: 中日でのチームメイトで、東京オリンピックの野球日本代表の大野雄大は、木下の死去から数日後の東京オリンピック野球競技の表彰式の際に天に向かって金メダルを掲げた。 丸佳浩: 2回裏に大野雄大から同年のNPB第1号を記録。 |
大野雄大の情報まとめ
大野 雄大(おおの ゆうだい)さんの誕生日は1988年9月26日です。京都出身の野球選手のようです。
離婚、家族、テレビ、現在、引退、結婚、卒業に関する情報もありますね。今年の情報もありました。大野雄大の現在の年齢は36歳のようです。
大野雄大のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 大野 雄大(おおの ゆうだい、1988年9月26日 - )は、京都府京都市伏見区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 2020年(令和初)の沢村栄治賞受賞者。2021年開催の東京オリンピック 野球 金メダリスト。 2歳の時に両親が離婚、それまで過ごしていた兵庫県尼崎市から2歳上の姉とともに母のもとで京都市伏見区深草で育つ。京都市立砂川小学校5年時に修道スポーツ少年団に入団し軟式野球を始め、6年からは投手を務める。京都市立藤森中学校では軟式野球部に所属し、2年時の練習試合で四球を連発して試合を壊してしまい、大野も不甲斐なさや悔しさから野球を辞めようと考えていたがチームメイトの励ましで立ち直り、その後は必死に練習するようになった。大野はこの試合が投手としての第一歩になったと語っている。それまで外野手との兼任だったが投手に専念し、3年夏に京都市大会で優勝した。その頃から京都の軟式野球界では名の知れた存在となっていた。プロ入り後にチームメイトとなる辻孟彦は小学校、中学校、高校時代の1年後輩であった。 前述の通り、大野は母子家庭だったこともあって公立の鳥羽高等学校への進学を考えていたが、三原新二郎が野球部監督を務める京都外大西高等学校へ誘われて入学。なお三原は1年時に監督退任することになり、2年時からは上羽功晃に師事することになる。2年春からベンチ入りし、チームは第87回全国選手権に進出。決勝で対戦した駒大苫小牧の田中将大の投球を見て「ああいうやつがプロ選手になるんだな」と思ったという。この大会で、大野は登板機会がなかったため悔しい思いをしていたが、秋からの新チームでは先発を任される機会が増え、3年春の第78回選抜の初戦で東海大相模に敗れたものの甲子園初先発を果たした。3年夏も甲子園出場を目指したが京都大会準決勝で福知山成美高等学校に敗れた。 高校では三原から「ちゃらんぽらんな人間」と言われ続けていたため、「野球人としても人間としても成長できる」と勧められた佛教大学社会学部現代社会学科に進学を決め、2007年4月より硬式野球部に入部する。1年春からベンチ入りし、春秋リーグ連続優勝。秋の近畿大学戦では145km/hを記録。この頃から速球に自信を持ったという。真ん中に投げる練習を続けたことで球速が上がったと語っている。その結果、四死球も減り3年秋の京滋リーグでは44回で与えた四死球は2だった。単位を落としたため、2年春から半年間は佛教大のルールにより練習や試合に出場できなかった。秋からは先発ローテーションに定着し、1年秋から4年春まで続く16連勝の活躍で3季連続でリーグMVPとベストナインを獲得する。4年時の4月24日に太陽ケ丘野球場で完全試合(7回コールドのため参考記録)を達成するなどしリーグ優勝に貢献。6月の全日本大学野球選手権大会において初戦で強豪東北福祉大学を2安打完封し、大学No.1左腕として頭角を現すが2回戦で秋山翔吾率いる八戸大学に完封負けした。京滋リーグでは通算で24試合に登板し18勝1敗の成績を残した。全国大会における活躍で斎藤佑樹、大石達也、澤村拓一とともに「大学球界BIG4」と称される。 第5回世界大学野球選手権大会の日本代表に落選した際は、佛教大学監督の菊野義朗が「見たことない」というほど意気消沈し、候補合宿から帰る新幹線の車内で泣き通したが、その後第25回ハーレムベースボールウィークの日本代表に選出された。大野も「こっちもジャパンのユニホームですから。キューバを倒してきますよ」と語り、言葉通りキューバから2失点完投勝利を挙げ、この経験を通じて「代表から外れて良かった。この大会に出たことで目標が『メジャーリーガー』に変わりましたから。自身を支えてくれた家族や監督、選手の目の届く場でプレーして喜んでもらって、実績を積んでからメジャーに行きたい」と思うようになったという。 2010年8月のオープン戦で肩を痛めてからは登板できず、ドラフトで指名を回避されるかもしれないという不安感を持っていたが、中日ドラゴンズから単独1位指名を受けて入団。12月1日に、契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円で仮契約を結んだ。背番号は憧れで目標とする藤川球児と同じ22に決定した。また、12月には京都府警北警察署の2011年啓発ポスターのイメージキャラクターに起用されることになった。ポスターは「安全、安心にストライク」の標語と佛教大時代の投球フォーム写真を組み合わせたもので、1年間の掲示を想定された。大学時代は1学年上の河野秀数と2学年下の張本優大がチームメイトだった。 2011年の合同自主トレ・沖縄キャンプは左肩のリハビリに費やし、3月末から本格的な投球練習を開始。6月25日のプロアマ交流戦(ナゴヤ球場)で実戦デビューして満塁本塁打を打たれるも、その後はファームで先発の一角となる。10月8日のファーム日本選手権で先発し、5回無失点で勝利投手となり優秀選手賞を受賞した。その後一軍昇格し、チームが優勝へのマジックナンバーを2として迎えた10月14日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に初登板初先発。4回7失点(自責点6)で敗戦投手となったものの、この登板で自分の武器は直球だと感じることができたと後年振り返っている。この試合で落合博満監督(当時)は「何点取られても構わないから、自分の投球をして来い」と伝えていた。同年はこの1試合の登板にとどまり、オフの11月25日に年俸1350万円(150万円減)で契約を更改した。 2012年は7月上旬に一軍昇格し、7月11日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でシーズン初登板・初先発(自身2回目の先発登板)。この試合では5回1/3を7安打1失点と好投しプロ初勝利を挙げた。この年は8試合に先発して4勝3敗の成績だったほか、CSファイナルステージで初戦に先発し勝利投手となった。オフの11月に開催された「侍ジャパンマッチ2012」の日本代表にも選出された。12月4日に400万円増の年俸1750万円で契約更改。 2013年は開幕ローテーション入り。開幕2戦目、3月30日の横浜DeNAベイスターズ戦(ナゴヤドーム)に先発したが、3回4失点で敗戦投手になった。その後もなかなか勝てず自身開幕4連敗を喫したものの、6試合目の登板となった5月3日のDeNA戦(ナゴヤドーム)でシーズン初勝利を挙げた。同年は先発投手として一軍に定着。自身の25歳の誕生日である9月26日の広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)では、9回1失点でプロ初完投勝利を挙げたほか、この試合で自身初となる2桁勝利を達成した。最終的に25試合に先発登板し、10勝10敗、防御率3.81の成績だった。 オフの11月には、台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。11月13日、1050万円増となる推定年俸2800万円で契約を更改した。 2014年はオープン戦で防御率1.29と好投したものの、川上憲伸との開幕投手争いに敗れた。開幕2戦目、3月29日の広島戦(ナゴヤドーム)に先発したが、6回3失点で敗戦投手になった。その後も勝ち星を挙げられず、4月26日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では先発登板したものの初回に5失点し降板。試合中に名古屋へ帰るように言われ二軍落ちした。5月14日のDeNA戦(横浜スタジアム)で復帰し、この試合では7回2失点でシーズン初勝利を挙げた。 この年は初めてオールスターゲームに選出され、7月18日の第1戦(西武ドーム)に登板。2回無失点に抑えた。 後半戦は、7月25日の読売ジャイアンツ戦(ナゴヤドーム)では自身初の完封勝利を無四球で挙げたほか、10月1日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で2年連続2桁勝利を達成した。最終的に、10勝8敗、防御率2.89(リーグ4位)の成績でシーズンを終えた。オフに、1700万円増となる推定年俸4500万円で契約を更改した。 2015年は本拠地開幕戦、3月31日の巨人戦(ナゴヤドーム)でシーズン初先発し、勝利投手とはなれなかったものの7回1失点と好投。5月はリーグトップの4勝を挙げ、初めて月間MVPに選出された。7月8日の阪神戦(阪神甲子園球場)でリーグトップの9勝目を挙げるなど、前半戦を9勝4敗、防御率2.13(リーグ3位)の成績で終えた。また、同年も監督推薦でオールスターゲームに選出され、7月18日の第2戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に登板した。 9勝目を挙げてからはなかなか勝てなかったものの、8月20日の広島戦(ナゴヤドーム)では8回1失点で勝利投手となり、3年連続2桁勝利を達成した。8月27日のDeNA戦(横浜スタジアム)で自己最多かつリーグ最多トップとなる11勝目を挙げたが、その後は打線の援護の無さなどから勝ち星を伸ばせなかった。また6連敗や4連敗でマウンドを託された際に連敗を止めることができず、勝負弱さも指摘された。 後半戦は2勝6敗と負け越したものの、最終的に11勝10敗、防御率2.52(リーグ6位)。207.1投球回は12球団最高となった。同年11月29日に谷繁元信監督がテレビ番組で翌年の開幕投手に起用すると述べた(これは、12球団最速の発表となった)。11月30日の選手納会で大島洋平に代わり翌年より選手会長を務めることが発表された。12月8日に6300万円増の推定年俸1億800万円で一発更改した。 2016年は3月25日の阪神戦(京セラドーム大阪)で自身初の開幕投手を務め、7回2/3を投げ2失点で勝利投手となった。しかし、左肘痛のため4月15日に登録抹消された。6月4日に復帰し、同日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(ナゴヤドーム)で先発登板したが、7回3失点(自責点0)で敗戦投手となった。6月28日の巨人戦(東京ドーム)でシーズン初完封勝利(5勝目)を挙げたが、その後は8月21日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で6勝目を挙げるまで2か月近く勝てなかった。 最終的に7勝10敗、規定投球回未到達で防御率3.54。この年は25年ぶりにリーグ優勝した広島に相性が悪く、5試合の登板で1勝4敗、防御率7.36と打ち込まれたほか、7月19日の試合(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では4回を投げて自己最悪の11失点を喫した。オフの11月18日、2160万円減の推定年俸8640万円で契約更改した。 2017年は2年連続の開幕投手に指名され、3月31日の巨人との開幕戦(東京ドーム)に登板したが、6回6失点で敗戦投手となった。その後もなかなか勝てず、5月には中継ぎに配置転換された。だが、5月14日のヤクルト戦(坊っちゃんスタジアム)では同点の9回裏に登板したものの荒木貴裕にサヨナラ満塁本塁打を打たれ、その後出場選手登録を抹消された。5月31日に一軍に復帰し6月7日の千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で10試合目の登板でようやくシーズン初勝利を挙げたが、試合後のヒーローインタビューで涙を流した。最終的に24試合登板で規定投球回には到達したものの、5月までの不振が響き、7勝8敗、防御率4.02の成績だった。 オフの11月29日、640万円ダウンとなる推定年俸8000万円で契約更改した。また、この年の春季キャンプから、練習などをめぐって朝倉健太投手コーチ(翌シーズン終了後に退団)との確執が取り沙汰され始める。フリーエージェントで同姓の大野奨太が入団、自身の意向により、スコアボード表記をフルネームである「大野雄大」に変更した。 2018年は開幕ローテーション入りを逃した。4月25日の巨人戦(上毛新聞敷島球場)でシーズン初先発したものの、4回5失点で敗戦投手となった。二軍では防御率2.10と安定感を見せたが、一軍では6試合の先発で0勝3敗、防御率8.56に終わった。11月25日に減額制限一杯の25%ダウンとなる推定年俸6000万円で契約更改した。 2019年は開幕を一軍で迎え、4月16日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で7回途中1失点と好投し、2017年以来の白星を挙げた。4月30日の巨人戦(東京ドーム)で球団で平成最後の勝利投手となったほか、5月7日の広島戦(ナゴヤドーム)ではセ・リーグで令和一番乗りとなる完封勝利を記録した。また、8月13日の阪神戦(ナゴヤドーム)で通算1000投球回を達成したほか、9月14日の阪神戦(ナゴヤドーム)ではNPBで81人目となるノーヒットノーランを達成した。 同年は4年ぶりの2桁勝利とはならなかったものの、1年間ローテーションを守って2年ぶりに規定投球回に到達し、自身初の最優秀防御率を獲得するなど復活のシーズンとなった。オフに、7000万円増となる1億3000万円で契約を更改した。球団からは3年契約も提示されたが、単年契約を選択した。 2020年は6月19日のヤクルトとの開幕戦(明治神宮野球場)で開幕投手を務めたが、4回8安打6失点で降板した。その後もなかなか白星を挙げられず、6試合に登板した時点で0勝3敗、防御率4.04の成績だったものの、国内FA権を取得した7月31日のヤクルト戦(ナゴヤドーム)では9回3失点で完投勝利し、7試合目の登板でシーズン初勝利を挙げた。この試合から9月1日の広島戦(ナゴヤドーム)にかけて球団最多タイ記録となる5試合連続完投勝利を挙げた(詳細後述)。9月は防御率1.35(リーグ2位)、40投球回、42奪三振(いずれもリーグ1位)などの成績が評価され、5年ぶりに月間MVPを受賞した。10月22日のDeNA戦(ナゴヤドーム)では、9月15日の広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)の2回から続けた連続イニング無失点を「41」とし、1956年の大矢根博臣を抜き球団新記録を達成した。この記録は22日の9回まで続き、歴代12位となる「45」イニング連続無失点を記録(詳細後述)。11月11日にはシーズン中に取得した国内FA権を行使せず、3年総額9億円+出来高で残留することに大筋で合意したことが発表された。 最終的に20試合に登板、2年連続リーグ最多投球回である148.2回を投げ、5年ぶりに2桁勝利を達成。防御率1.82、148奪三振で最優秀防御率と自身初となる最多奪三振を獲得して投手2冠を達成した。なお、2年連続で最多投球回と最優秀防御率を達成したのは1957年 - 1958年の稲尾和久以来となる史上2人目である。45イニング連続無失点や両リーグ最多となる10完投6完封が評価され、中日では川上憲伸以来16年ぶりで自身初となる沢村賞を受賞した。さらに、8月・10月度の月間および年間最優秀バッテリー賞を捕手の木下拓哉と共に受賞するなど、エースとして申し分ない活躍を見せた。また、この年はDeNAに対して25イニングで無失点を記録した。 12月22日に行われた契約更改では、推定年俸3億円+出来高5000万円の3年契約で更改した。中日の選手で年俸が3億円に到達するのは、2015年度の岩瀬仁紀の年俸3億円以来であり、落合博満、岩瀬仁紀、福留孝介、川上憲伸、井端弘和、和田一浩に次いで7人目となる。 2021年は本拠地開幕戦、3月30日の巨人戦(バンテリンドーム ナゴヤ)でシーズン初先発。5試合目の先発となった4月27日の阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)でシーズン初勝利を挙げ、5月4日のDeNA戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で2勝目を記録したが5月9日にコンディション不良で登録抹消された。6月11日の埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)で1か月ぶりの白星。だが、前半戦は3勝7敗と勝ち星に恵まれなかった。最終的に規定投球回に到達しリーグ3位の防御率2.95を記録したものの、7勝11敗と負け越した。また、左打者に対して被打率.303(自己ワースト)を記録するなど課題を残した。オフの11月10日に推定年俸3億円(現状維持)で契約更改。 2022年は、立浪和義新監督から投手キャプテンに指名された。また、2年ぶりに開幕投手に指名され、3月25日の巨人との開幕戦(東京ドーム)に登板したが、6回4失点(自責点3)で敗戦投手となった。5月6日の対阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)において、延長10回二死まで打者延べ29人を相手に完全試合を継続したものの、30人目の打者である佐藤輝明に二塁打を許し、2005年8月27日の西武・西口文也(対楽天戦)以来史上2人目となる「9回終了まで完全試合を継続しながら延長戦で安打を許し完全試合達成を逃した投手」となった。しかし続く打者の大山悠輔は抑え10回を無失点で終えた後、10回裏味方のサヨナラ勝ちにより2年ぶりに完封での勝利投手となった。完全試合の達成はならなかったものの、1試合での試合開始からの29人連続アウトはNPB新記録である(試合途中からの記録は江夏豊の34人)。なお、当日の大野自身の3度目の打席は、8回裏の攻撃時に二死一・三塁のチャンスで回ってきたものの、センターフライに倒れている。前半戦を4勝6敗、防御率2.74(リーグ5位)の成績で終え、また、監督推薦でオールスターゲームに選出された。オールスターでは第2戦の3回表から2番手で登板。2回を無安打無失点に抑え、敢闘選手賞を受賞した。 後半戦は、8月12日の阪神戦(京セラドーム大阪)で約2か月ぶりとなる5勝目を挙げた。また、8月、9月とも月間防御率1点台を記録した。最終的に4年連続で規定投球回に到達し、8勝8敗、防御率2.46(リーグ4位)、4完投(リーグ2位タイ)でシーズンを終えた。オフに推定年俸3億円(現状維持)で契約更改。 2023年は4月に受けた左肘の遊離軟骨除去手術の影響で、一軍では同月4日のわずか1試合の登板に留まった。オフの11月9日に、3年契約を1年延長するオプションを行使して、現状維持の推定年俸3億円で契約更改した。直後の会見の席上では選手だけでなく球団や監督、コーチなどにも変革を求め、2年連続リーグ最下位に終わったチームの状態に対する危機感を表明した。 2012年11月6日、侍ジャパンマッチ2012の日本代表に選出された。11月16日の第1戦(福岡ドーム)で8回表一死から登板し、2/3回を無失点に抑えた。 2013年10月28日には、台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。 2015年7月16日、11月に行われる第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された。 2016年、シーズン開幕前の3月に開催された野球チャイニーズタイペイ代表との強化試合の日本代表に選出された。 2019年、オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12の日本代表に選出され、2大会連続2度目の選出を果たした。 2021年6月16日、東京オリンピックの野球 日本代表に選出された。大野は準々決勝のアメリカ戦でリリーフ登板し、1回を無失点に抑えた。大野の登板はこの1試合のみにとどまったが、チームは金メダルを獲得した。その表彰式で大野は金メダルを天に掲げ、8月3日に亡くなった木下雄介に金メダルを獲得したことを報告した。また、金メダルを獲得した栄誉をたたえ、同年12月16日、名古屋市東区のナゴヤドーム(バンテリンドーム ナゴヤ)2Fオープンデッキ 1番ゲート付近に記念のゴールドポスト(第31号)が設置された(ゴールドポストプロジェクト)。 二段モーションのオーバースローから平均球速145.9km/h、最速152km/hのキレのあるストレート、フォークボール、100km/h台のカーブ、縦横に曲がる2種類のスライダー、縦に大きく変化するツーシームを投げ分ける。アマチュア時代には上半身の強い投球フォームには故障を心配する声もあったが、大野本人はフォームを変えるつもりはないと語っている。 表の「勝敗」とは、大野雄大に勝ち負けが付いたかを指す。大野雄大に勝敗がつかなかった場合は空欄となる。 2020年7月31日の東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)から9月1日の広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)にかけて、5試合連続完投勝利を達成した。9月8日の読売ジャイアンツ戦(ナゴヤドーム)では勝利投手にはなれなかったものの、6試合連続完投を達成した。 2020年9月15日の広島戦(マツダスタジアム)の2回裏から10月22日の横浜DeNAベイスターズ戦(ナゴヤドーム)の9回表にかけて、45回連続無失点を記録した。10月29日の阪神タイガース戦(甲子園球場)の1回裏に失点し、連続無失点が45回で止まった。 祖父の影響を受け、子供の頃から阪神ファンだった。そのため、大学時代は自身の携帯電話にトラッキーのストラップをつけていたが、ドラフトで中日に指名されて以降は外した。以後は阪神に関する発言は控えたが2021年11月6日に甲子園球場で行われた阪神タイガース対読売ジャイアンツ戦(クライマックスシリーズファーストステージ)で自身初のゲスト解説を務め、阪神タイガースに対する思いを語った。 目標とする選手としては、前述の藤川とチェン・ウェインを挙げている。 メンタル面の成長のきっかけとなったのは、上原浩治のメジャー初登板後の「自分の夢を実現し、最高の場所に行けて楽しいだけ」というコメントを聞いたことだという。 「一番であること」を目標としている。プロで活躍している同世代の田中将大や坂本勇人を尊敬する一方で、大野と同じく大学生だった斎藤佑樹には強烈なライバル意識を持っている。京滋リーグで優勝しても、全国大会では負け続ける佛教大にいることが対抗意識につながり、それが自身の能力を伸ばした原動力であると語る。その対抗意識の強さは、世界大学野球選手権大会の代表から漏れて落ち込んだことにもつながっている。 現在では同世代選手(88年世代、いわゆるハンカチ世代)と様々な親交を持ち、斎藤佑樹の現役引退時には同級生として労いのコメントを寄せている。また前田健太とは、しばしばSNS等で当意即妙の遣り取りを見せている。 2020年に沢村栄治賞争いをした菅野智之と仲が良く、それと同時にライバルでもある。菅野は大野と投げ合う試合では「特別な感情がある」と意識をし、大野も「セ・リーグの中では特別な感情を持って、投げ合う投手のことを意識するのは彼くらい」と話している。また、2023年に大野が左肘の手術を経てリハビリをしていたが、なかなか状態が上がらず苦悩していた時、菅野から「なんかのきっかけ一つで絶対よくなるので、あきらめないでやってください。絶対治りますから」と声をかけてもらったと明かしている。 2017年オフに北海道日本ハムファイターズから大野奨太が移籍すると、大野姓が2人となった為区別の必要が生じたが「3文字では電光掲示板できれいに見えない」という理由で2018年以降スコアボードの表示はフルネームの「大野雄大」としている。 ボールは左手で投げ、食事も字を書くときも左手で矯正していないがダーツは右手で投げる。 使用用具は入団当初はゼットで、のちに2017年までナイキと契約していたが、2018年よりデサントと契約しデサント製品を使用している。デサント製品を使用するきっかけは同製品を使用していた吉見一起からの紹介で使用に至った。スパイクも現在はアシックスを使用する。 2012年11月26日に大学時代の同級生の女性と結婚し、2013年のシーズンオフに結婚披露宴を行った。2015年5月20日に長女、2017年12月20日に次女、2021年11月11日に長男が誕生している。2019年のノーヒットノーラン達成の際は、ただでさえ早起きの必要があるため「あまり好きじゃない」デーゲームの日によりによって「娘に早く起こされて、いつもより早くて、『眠たい』って言いながら球場入りした」という。 地元の京都愛が強く、シーズンオフには長期帰省し伏見稲荷大社での初詣や大文字山での自主トレを行っている。 好きな食べ物はラーメンで、大学時代には数多くの京都ラーメン店でラーメンを食べ歩いていた。しかし2019年にはラーメン封印を宣言した。 5人組アーティスト・Da-iCEのボーカル担当である大野雄大とは同姓同名で同学年だが、全くの別人である。2019年12月8日放送の「サンデードラゴンズ」(CBCテレビ)にて共演を果たしたほか、2020年のシーズンオフにはオンラインでの対談を行った。 サカナクションの大ファンで、2019年9月8日(ボーカルであり、中日ファンの山口一郎の誕生日)より「新宝島」を打席テーマ曲に採用した。2021年のシーズンオフには山口との対談が実現した。 ただ、2020年11月5日の横浜DeNAベイスターズ戦では翌日に引退試合を控えていた吉見一起への感謝を込めてMONKEY MAJIKの「ただ、ありがとう」を登場曲として使用した。 また、2021年は、8回の登場曲に湘南乃風の「黄金魂」を使用していた。 2023年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 2023年度シーズン終了時 各年度の太字はリーグ最高 最優秀防御率:2回(2019年、2020年)※2年連続は菅野智之に次ぐセ・リーグ2位タイ、左腕投手としては史上5人目 最多奪三振:1回(2020年) 沢村栄治賞:1回(2020年)20登板・11勝での受賞は歴代最少 月間MVP:2回(投手部門:2015年5月、2020年9月) 最優秀バッテリー賞:1回(2020年 捕手:木下拓哉) 月間最優秀バッテリー賞:3回(2020年8月 捕手:木下拓哉、10月 捕手:木下拓哉、2022年9月 捕手:木下拓哉) オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2022年第2戦) ドラゴンズクラウン賞:最優秀選手賞2回(2015年、2020年)、優秀選手賞1回(2013年) 佛教大学スポーツ栄誉賞(2020年) ※受賞第1号 京都府スポーツ賞特別栄誉賞(2021年) 京都市スポーツ最高栄誉賞(2021年) 愛知県スポーツ顕彰(2021年) 名古屋市スポーツ栄誉賞(2022年) ※受賞第1号 初登板・初先発登板:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、4回7失点(自責点6)で敗戦投手 初奪三振:同上、2回裏に坂本勇人から空振り三振 初勝利・初先発勝利:2012年7月11日、対阪神タイガース11回戦(阪神甲子園球場)、5回1/3を1失点 初ホールド:2012年10月3日、対阪神タイガース24回戦(ナゴヤドーム)、7回裏無死に3番手で救援登板、2回無失点 初完投・初完投勝利:2013年9月26日、対広島東洋カープ23回戦(ナゴヤドーム)、9回1失点8奪三振 初完封勝利:2014年7月25日、対読売ジャイアンツ13回戦(ナゴヤドーム)、9回7奪三振、5被安打、無四死球 初打席・初安打:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、3回表に澤村拓一から遊撃内野安打 初打点:2014年9月11日、対広島東洋カープ23回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6回表に永川勝浩から二ゴロの間 1000投球回:2019年8月13日、対阪神タイガース19回戦(ナゴヤドーム)、1回表一死目に近本光司から一ゴロ※史上355人目 1000奪三振:2021年5月21日、対読売ジャイアンツ9回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、7回表に廣岡大志から見逃し三振 ※史上152人目 1500投球回:2023年4月4日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、2回表一死目に村上宗隆から空振り三振 ※史上183人目 ノーヒットノーラン:2019年9月14日、対阪神タイガース23回戦(ナゴヤドーム)、9回9奪三振1四死球(1四球0死球)※史上81人目、92度目 1試合29人連続アウト:2022年5月6日、対阪神タイガース6回戦(バンテリンドーム)※10回二死までパーフェクトピッチング、プロ野球新記録 開幕投手:4回(2016年、2017年、2020年、2022年) オールスターゲーム出場:3回(2014年、2015年、2022年) 22(2011年 - ) 「ultra soul」B'z(2013年 - 2014年・2017年 - 2019年、2013年 - 2014年と2019年は打席時) 「ロッカールーム Go Hard or Go Home」AK-69(2015年 - 2016年) 「ハルノヒ」あいみょん(2019年 - 、登板時) 「パプリカ」Foorin(2019年8月6日、打席時) 「新宝島」サカナクション(2019年シーズン途中 - 、打席時) 「ただ、ありがとう」MONKEY MAJIK(2020年11月5日) 「黄金魂」湘南乃風(2021年、8回の登板時) 第25回ハーレムベースボールウィーク:日本代表 侍ジャパンマッチ2012:日本代表 2013 チャイニーズ・タイペイ代表戦:日本代表 2015 WBSCプレミア12:日本代表 2016 侍ジャパン強化試合:日本代表 ENEOS 侍ジャパンシリーズ2019「日本 vs カナダ」:日本代表 2019 WBSCプレミア12:日本代表 2021 ENEOS 侍ジャパン強化試合:侍ジャパン代表 2020年オリンピック野球:日本代表 ^ この間チームは球団史上ワーストとなる11カード連続負け越しを喫した。自身も5連敗し、登録抹消を経験した。 ^ ただ、この試合で抑えていたら沢村賞を獲得することはなかっただろうと本人は2020年のシーズンオフに語っている。 ^ 5月終了時点で0勝5敗、防御率6.60と不振だった。 ^ 偶然にも、西口と大野は9月26日生まれという共通点がある。 ^ 20先発・148.2回。1point02.jpによる。 ^ 吉見が2011年から2014年まで登場曲として使用していた曲。 ^ 開幕直前に故障離脱した木下雄介の登場曲。 ^ 「中日 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2023年11月10日閲覧。 ^ 「【契約更改】中日・大野雄大 年俸3億円・出来高5000万円で3年契約「すごく高い給料…頑張らなければ」」『中日スポーツ』2020年12月22日。2020年12月23日閲覧。 ^ 「【広報資料】東京2020 オリンピック 野球 金メダル獲得!!大野雄大選手京都市スポーツ最高栄誉賞表彰式について」『京都市』2021年11月9日。2022年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。 ^ 「沢村賞の中日大野雄大「隣の妻と2人喜び合った」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年11月23日。2021年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。 ^ 「【侍ジャパン】大野雄大、金メダルを天に 3日に死去した木下雄介さんへ思い届けた」『スポーツ報知』2021年8月7日。2021年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。 ^ 「大野、年間最大240人招待」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2017年3月17日。2017年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。 ^ 「【家族の力・大野雄大】「なんでうちにはお父ちゃんがいいひんの?お父ちゃんほしい」」『日刊スポーツ』2022年5月25日。2024年3月23日閲覧。 ^ 「東京五輪代表の中学時代…軟式出身は巨人・菅野智之、広島・森下暢仁ら24人中10人」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年6月17日。2022年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月26日閲覧。 ^ 「中日・大野雄大の運命を変えた試合。「もう辞めたい」→ドラ1になる」『web Sportiva』集英社、2019年7月11日。2021年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月12日閲覧。 ^ 「泣くたびに強くなる“口から生まれたサウスポー” 中日に大野雄大がいてよかった」『文春オンライン』株式会社文藝春秋、2019年5月1日、1頁。2022年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月27日閲覧。 ^ 節丸裕一『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』講談社、2011年。ISBN 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試合速報」『中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト』中日ドラゴンズ。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。 ^ 「大野 雄大(中日ドラゴンズ) | 個人年度別成績」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。 ^ 「2019年8月13日(火) ナゴヤドーム 【セ・リーグ公式戦】 中日ドラゴンズ vs 阪神タイガース 19回戦」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。 ^ 「【中日】大野雄大、通算1500投球回に到達 ヤクルト・村上宗隆から空振り三振奪って達成」『スポーツ報知』2023年4月4日。2023年4月4日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2013年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2014年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2017年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2018年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2019年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2015年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。 ^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2016年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。 ^ 「大野雄、気迫で抑えた今季7勝 2度のピンチ、併殺で切り抜けた」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2019年8月7日。2019年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月19日閲覧。 京都府出身の人物一覧 佛教大学の人物一覧 中日ドラゴンズの選手一覧 ハンカチ世代 ノーヒットノーラン達成者一覧 個人年度別成績 大野雄大 - NPB.jp 日本野球機構 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube 大野 雄大 - 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト 大野 雄大 - 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト 選手情報 - 週刊ベースボールONLINE 大野 雄大 (@yudai_ohno) - Instagram 大野雄大後援会 表 話 編 歴 73 立浪和義 88 片岡篤史(ヘッド) 76 大塚晶文(投手) 77 落合英二(投手兼育成) 75 和田一浩(打撃) 86 上田佳範(打撃) 80 小田幸平(捕手) 71 堂上直倫(内野守備走塁) 79 大西崇之(外野守備走塁) 89 井上一樹(監督) 83 山井大介(投手) 82 浅尾拓也(投手) 78 森野将彦(打撃) 84 福田永将(打撃) 72 大野奨太(捕手) 81 森越祐人 (内野守備走塁) 87 中村豊(外野守備走塁) 85 渡邉博幸(育成野手) 7 根尾昂 11 小笠原慎之介 12 田島慎二 13 橋本侑樹 14 草加勝 16 岩嵜翔 17 柳裕也 18 梅津晃大 19 髙橋宏斗 20 涌井秀章 22 大野雄大 24 福谷浩司 26 石森大誠 28 森博人 31 仲地礼亜 33 祖父江大輔 34 福敬登 36 福田幸之介 38 松葉貴大 41 勝野昌慶 46 梅野雄吾 47 砂田毅樹 48 土生翔太 50 清水達也 54 藤嶋健人 59 齋藤綱記 64 福島章太 67 上田洸太朗 69 松木平優太 90 松山晋也 91 メヒア 92 マルティネス 93 フェリス 96 加藤竜馬 35 木下拓哉 39 宇佐見真吾 43 味谷大誠 49 加藤匠馬 57 山浅龍之介 58 石橋康太 2 田中幹也 3 高橋周平 5 村松開人 6 中田翔 9 中島宏之 25 石川昂弥 27 津田啓史 29 辻本倫太郎 32 石垣雅海 45 龍空 60 山本泰寛 66 ビシエド 68 福永裕基 95 ロドリゲス 97 樋口正修 99 カリステ 00 尾田剛樹 1 岡林勇希 4 鵜飼航丞 8 大島洋平 30 三好大倫 37 濱将乃介 42 ブライト健太 44 川越誠司 51 上林誠知 52 加藤翔平 53 後藤駿太 55 細川成也 63 板山祐太郎 94 ディカーソン 208 石川翔 210 岡田俊哉 212 野中天翔 213 森山暁生 214 近藤廉 216 菊田翔友 215 日渡騰輝 207 星野真生 218 川上理偉 209 福元悠真 220 モニエル 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 松田清 1952 梶岡忠義 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 渡辺省三 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 村山実 1960 秋山登 1961 権藤博 1962 村山実 1963 柿本実 1964 G.バッキー 1965 金田正一 1966 堀内恒夫 1967 権藤正利 1968 外木場義郎 1969 江夏豊 1970 村山実 1971 藤本和宏 1972 安田猛 1973 安田猛 1974 関本四十四 1975 安仁屋宗八 1976 鈴木孝政 1977 新浦寿夫 1978 新浦寿夫 1979 平松政次 1980 松岡弘 1981 江川卓 1982 斉藤明夫 1983 福間納 1984 小林誠二 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 大野豊 1989 斎藤雅樹 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 盛田幸妃 1993 山本昌広 1994 郭源治 1995 T.ブロス 1996 斎藤雅樹 1997 大野豊 1998 野口茂樹 1999 上原浩治 2000 石井一久 2001 野口茂樹 2002 桑田真澄 2003 井川慶 2004 上原浩治 2005 三浦大輔 2006 黒田博樹 2007 高橋尚成 2008 石川雅規 2009 チェン 2010 前田健太 2011 吉見一起 2012 前田健太 2013 前田健太 2014 菅野智之 2015 K.ジョンソン 2016 菅野智之 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2019 大野雄大 2020 大野雄大 2021 柳裕也 2022 青柳晃洋 2023 村上頌樹 2024 髙橋宏斗 表 話 編 歴 1950 杉下茂 1951 金田正一 1952 金田正一 1953 金田正一 1954 杉下茂 1955 金田正一 1956 金田正一 1957 秋山登 1958 金田正一 1959 金田正一 1960 金田正一 1961 権藤博 1962 小山正明 1963 金田正一 1964 金田正一 1965 村山実 1966 村山実 1967 江夏豊 1968 江夏豊 1969 江夏豊 1970 江夏豊 1971 江夏豊 1972 江夏豊 1973 高橋一三 1974 金城基泰 1975 外木場義郎 1976 池谷公二郎 1977 池谷公二郎 1978 斉藤明雄 1979 新浦寿夫 1980 江川卓 1981 江川卓 1982 江川卓 1983 遠藤一彦 1984 遠藤一彦 1985 小松辰雄 1986 遠藤一彦 1987 川口和久 1988 槙原寛己 1989 川口和久 1990 木田優夫 1991 川口和久 1992 仲田幸司 1993 今中慎二 1994 桑田真澄 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤隆 1997 山本昌 1998 石井一久 1999 上原浩治 2000 石井一久 2001 野口茂樹 2002 井川慶 2003 上原浩治 2004 井川慶 2005 門倉健, 三浦大輔 2006 川上憲伸, 井川慶 2007 内海哲也 2008 C.ルイス 2009 C.ルイス 2010 前田健太 2011 前田健太 2012 杉内俊哉, 能見篤史 2013 R.メッセンジャー 2014 R.メッセンジャー 2015 藤浪晋太郎 2016 菅野智之 2017 M.マイコラス 2018 菅野智之 2019 山口俊 2020 大野雄大 2021 柳裕也 2022 戸郷翔征 2023 今永昇太 2024 戸郷翔征 表 話 編 歴 1991 西村龍次 - 古田敦也 1992 岡林洋一 - 古田敦也 1993 山本昌広 - 中村武志 1994 桑田真澄 - 村田真一 1995 T.ブロス - 古田敦也 1996 斎藤雅樹 - 村田真一 1997 田畑一也 - 古田敦也 1998 佐々木主浩 - 谷繁元信 1999 野口茂樹 - 中村武志 2000 五十嵐亮太 - 古田敦也 2001 藤井秀悟 - 古田敦也 2002 上原浩治 - 阿部慎之助 2003 井川慶 - 矢野輝弘 2004 川上憲伸 - 谷繁元信 2005 藤川球児 - 矢野輝弘 2006 川上憲伸 - 谷繁元信 2007 高橋尚成 - 阿部慎之助 2008 S.グライシンガー - 阿部慎之助 2009 D.ゴンザレス - 阿部慎之助 2010 前田健太 - 石原慶幸 2011 吉見一起 - 谷繁元信 2012 内海哲也 - 阿部慎之助 2013 前田健太 - 石原慶幸 2014 菅野智之 - 阿部慎之助 2015 石川雅規 - 中村悠平 2016 野村祐輔 - 石原慶幸 2017 菅野智之 - 小林誠司 2018 大瀬良大地 - 會澤翼 2019 山口俊 - 小林誠司 2020 大野雄大 - 木下拓哉 2021 柳裕也 - 木下拓哉 2022 青柳晃洋 - 梅野隆太郎 2023 東克樹 - 山本祐大 2024 菅野智之 - 小林誠司 表 話 編 歴 1936春夏 牧野潔 1936秋 加藤智男 1937春 森井茂 1937秋 森井茂 1938春 松尾幸造 1938秋 森井茂 1939 松尾幸造 1940 村松幸雄 1941 森井茂 1942 河村章 1943 松尾幸造 1944 森井茂 1946 森井茂 1947 松尾幸造 1948 服部受弘 1949 服部受弘 1950 清水秀雄 1951 近藤貞雄 1952 大島信雄 1953 杉下茂 1954 石川克彦 1955 石川克彦 1956 杉下茂 1957 伊奈努 1958 中山俊丈 1959 伊奈努 1960 伊奈努 1961 板東英二 1962 柿本実 1963 河村保彦 1964 河村保彦 1965 柿本実 1966 山中巽 1967 小川健太郎 1968 小川健太郎 1969 小川健太郎 1970 小川健太郎 1971 伊藤久敏 1972 水谷寿伸 1973 稲葉光雄 1974 星野仙一 1975 松本幸行 1976 星野仙一 1977 松本幸行 1978 星野仙一 1979 星野仙一 1980 藤沢公也 1981 三沢淳 1982 小松辰雄 1983 小松辰雄 1984 鈴木孝政 1985 小松辰雄 1986 郭源治 1987 杉本正 1988 小松辰雄 1989 小野和幸 1990 西本聖 1991 小松辰雄 1992 郭源治 1993 今中慎二 1994 今中慎二 1995 今中慎二 1996 今中慎二 1997 山本昌 1998 山本昌 1999 川上憲伸 2000 野口茂樹 2001 山本昌 2002 山本昌 2003 川上憲伸 2004 川崎憲次郎 2005 川上憲伸 2006 川上憲伸 2007 川上憲伸 2008 川上憲伸 2009 浅尾拓也 2010 吉見一起 2011 M.ネルソン 2012 吉見一起 2013 吉見一起 2014 川上憲伸 2015 山井大介 2016 大野雄大 2017 大野雄大 2018 小笠原慎之介 2019 笠原祥太郎 2020 大野雄大 2021 福谷浩司 2022 大野雄大 2023 小笠原慎之介 2024 柳裕也 表 話 編 歴 1947 別所昭 1948 中尾碩志 1949 藤本英雄 1950 真田重男 1951 杉下茂 1952 杉下茂 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 金田正一 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 村山実 1960 堀本律雄 1961 権藤博 1962 小山正明 1963 伊藤芳明 1964 G.バッキー 1965 村山実 1966 村山実, 堀内恒夫 1967 小川健太郎 1968 江夏豊 1969 高橋一三 1970 平松政次 1972 堀内恒夫 1973 高橋一三 1974 星野仙一 1975 外木場義郎 1976 池谷公二郎 1977 小林繁 1978 松岡弘 1979 小林繁 1981 西本聖 1982 北別府学 1983 遠藤一彦 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 大野豊 1989 斎藤雅樹 1990 野茂英雄 1991 佐々岡真司 1992 石井丈裕 1993 今中慎二 1994 山本昌広 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹 1997 西口文也 1998 川崎憲次郎 1999 上原浩治 2001 松坂大輔 2002 上原浩治 2003 井川慶, 斉藤和巳 2004 川上憲伸 2005 杉内俊哉 2006 斉藤和巳 2007 ダルビッシュ有 2008 岩隈久志 2009 涌井秀章 2010 前田健太 2011 田中将大 2012 攝津正 2013 田中将大 2014 金子千尋 2015 前田健太 2016 K.ジョンソン 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2020 大野雄大 2021 山本由伸 2022 山本由伸 2023 山本由伸 表 話 編 歴 沢村栄治 V.スタルヒン 石田光彦 中尾輝三 亀田忠 浅野勝三郎 三輪八郎 森弘太郎 西沢道夫 天保義夫 藤本英雄 別所昭 石丸進一 呉昌征 梶岡忠義 真田重男 金田正一 林義一 大友工 山下登 杉下茂 大津守 大脇照夫 大矢根博臣 井上善夫 中山義朗 G.バッキー 外木場義郎 清俊彦 若生忠男 堀内恒夫 城之内邦雄 鈴木啓示 成田文男 渡辺秀武 鬼頭洋 藤本和宏 高橋直樹 江夏豊 神部年男 加藤初 戸田善紀 郭泰源 田中幸雄 近藤真一 柴田保光 湯舟敏郎 西崎幸広 佐藤義則 T.ブロス 渡辺久信 野口茂樹 石井一久 川尻哲郎 佐々岡真司 M.バンチ N.エルビラ 川上憲伸 井川慶 R.ガトームソン 山本昌 前田健太 杉内俊哉 西勇輝 山井大介 岸孝之 山口俊 菅野智之(CS) 千賀滉大 大野雄大 小川泰弘 東浜巨 今永昇太 山本由伸 C.ポンセ 石川柊太 戸郷翔征 大瀬良大地 表 話 編 歴 90 小久保裕紀 73 奈良原浩(ヘッド) 79 大西崇之(外野守備・走塁) 80 稲葉篤紀(打撃) 87 仁志敏久(内野守備・走塁) 88 矢野燿大(バッテリー) 89 鹿取義隆(投手) 10 松井裕樹 11 菅野智之 14 則本昂大 15 澤村拓一 16 大谷翔平 18 前田健太 19 増井浩俊 21 西勇輝 22 大野雄大 24 山﨑康晃 29 小川泰弘 30 武田翔太 35 牧田和久 27 炭谷銀仁朗 37 嶋基宏 52 中村悠平 2 今宮健太 3 松田宣浩 5 川端慎吾 6 坂本勇人 9 中島卓也 13 中田翔 23 山田哲人 60 中村剛也 7 中村晃 8 平田良介 25 筒香嘉智 55 秋山翔吾 表 話 編 歴 80 稲葉篤紀 88 金子誠(ヘッド兼打撃) 81 建山義紀(投手) 84 村田善則(バッテリー) 82 井端弘和(内野守備・走塁) 87 清水雅治(外野守備・走塁) 11 岸孝之 13 山岡泰輔 17 大竹寛 18 山口俊 19 山﨑康晃 20 甲斐野央 21 今永昇太 22 大野雄大 28 高橋礼 43 山本由伸 47 中川皓太 57 嘉弥真新也 90 田口麗斗 10 小林誠司 27 會澤翼 62 甲斐拓也 1 山田哲人 2 源田壮亮 3 浅村栄斗 4 菊池涼介 5 外崎修汰 6 坂本勇人 7 松田宣浩 8 近藤健介 9 丸佳浩 23 周東佑京 34 吉田正尚 51 鈴木誠也 表 話 編 歴 80 稲葉篤紀 88 金子誠(ヘッド兼打撃) 81 建山義紀(投手) 84 村田善則(バッテリー) 82 井端弘和(内野守備・走塁) 87 清水雅治(外野守備・走塁) 12 青柳晃洋 13 岩崎優 15 森下暢仁 16 伊藤大海 17 山本由伸 18 田中将大 19 山﨑康晃 20 栗林良吏 21 千賀滉大 22 大野雄大 61 平良海馬 7 梅野隆太郎 10 甲斐拓也 1 山田哲人 2 源田壮亮 3 浅村栄斗 4 菊池涼介 6 坂本勇人 55 村上宗隆 8 近藤健介 9 柳田悠岐 31 栗原陵矢 34 吉田正尚 51 鈴木誠也 表 話 編 歴 1位:大野雄大 2位:吉川大幾 3位:武藤祐太 4位:森越祐人 5位:関啓扶 日本の野球選手 中日ドラゴンズ及びその前身球団の選手 沢村栄治賞 最優秀防御率 (NPB) 最多奪三振 (NPB) NPBオールスターゲーム選出選手 野球日本代表選手 WBSCプレミア12日本代表選手 2015 WBSCプレミア12選手 2019 WBSCプレミア12選手 WBSCプレミア12優勝選手 オリンピック野球日本代表選手 野球のオリンピックメダリスト 日本のオリンピック金メダリスト 京都外大西高等学校出身の野球選手 佛教大学硬式野球部の選手 京都市出身の人物 京都府出身のスポーツ選手 1988年生 存命人物 Pages using the JsonConfig extension ISBNマジックリンクを使用しているページ 野球に関する記事 プロジェクト人物伝項目 ウィキデータにある日本野球機構選手識別子
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