もしもし情報局 > 1988年 > 9月26日 > 野球選手

大野雄大の情報 (おおのゆうだい) 【Da-iCE】
芸能人・有名人Wiki検索(誕生日、出身地)

【11月22日】今日誕生日の芸能人・有名人

大野雄大の情報(おおのゆうだい) 【Da-iCE】 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]

  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア
もしもしロボ

大野 雄大さんについて調べます

■名前・氏名
大野 雄大
(読み:おおの ゆうだい)
■職業
野球選手
■大野雄大の誕生日・生年月日
1988年9月26日 (年齢36歳)
辰年(たつ年)、天秤座(てんびん座)
■出身地・都道府県
京都出身
■グループ
Da-iCE

Da-iCEのメンバー

(昭和63年)1988年生まれの人の年齢早見表

大野雄大と同じ1988年生まれの有名人・芸能人

大野雄大と同じ9月26日生まれの有名人・芸能人

大野雄大と同じ出身地京都府生まれの有名人・芸能人


大野雄大と関係のある人

大矢根博臣: また同年には40回1/3の連続イニング無失点記録を樹立したが、これは2020年10月14日に大野雄大が更新するまで、64年間にわたり中日の球団記録だった。


小野塚康之: フリー転身後の2019年9月14日にナゴヤドームで催された中日ドラゴンズ対阪神タイガース戦では、DAZNで配信された中継の実況アナウンサーとして、中日の大野雄大がノーヒットノーランを達成した瞬間を伝えた。


藤嶋健人: 2022年7月1日の阪神タイガース戦(バンテリンドームナゴヤ)では、当日先発予定だった大野雄大が背中の張りで登板を回避したため、試合開始1時間前に立浪和義監督に先発投手に指名された。


若松駿太: シーズン通算では、同リーグの規定投球回(143イニング)にわずか3イニング足りなかったものの、一軍公式戦でチームでは大野雄大に続く10勝を挙げた。


福谷浩司: 規定投球回には届かなかったが、最終的に14試合に先発登板し、チーム内では大野雄大に次ぐ8勝を挙げ、防御率は2.64を記録。


塩見貴洋: 4年春には防御率0.00のリーグ新記録を達成し、全日本大学野球選手権大会にかけて55イニング無失点を記録し、佛教大学戦では大野雄大との投げ合いを制した。


与田剛: 終盤は9月14日に大野雄大が対阪神戦(ナゴヤドーム)でノーヒットノーランを達成するなど、上位球団相手に善戦したが、同24日の対DeNA戦(ナゴヤドーム)に敗れ、7年連続Bクラスと3年連続5位が確定した。


村上宗隆: 9月2日の対中日戦(神宮球場)で3回裏に大野雄大から本塁打を打ち、2013年のバレンティン以来9年ぶり10人目(15度目)、日本国籍の選手としては2002年の松井秀喜(巨人)以来20年ぶり6人目となるシーズン50号に到達。


寺島成輝: 初打席:2017年9月30日、対中日ドラゴンズ24回戦(明治神宮野球場)、2回裏に大野雄大から空振り三振


澤村拓一: ドラフト直前には『中日スポーツ』・『スポーツ報知』・『スポーツニッポン』が、「中日ドラゴンズも澤村を1位指名する方針である」と報道していたが、中日は最終的に澤村ではなく、大野雄大(佛教大学)を単独1位指名した。


木下拓哉: 2020年8月、10月、2022年9月 投手:大野雄大


福田永将: 2018年、大野雄大に代わり、選手会長に就任した。


山崎武司: 背番号は、支配下選手登録上では20とされたが、試合では中日で2002年まで使用した22を球団と登録上22番だった大野雄大の了承を得た上で使用し、4番指名打者で出場。


廣岡大志: その後、4月13日の中日ドラゴンズ戦では「7番・一塁手」で先発出場すると同点の7回二死の場面で大野雄大から右翼へ移籍後初本塁打となる勝ち越し本塁打を打ちこれが決勝点となりチームの勝利に貢献した。


山口翔: 初奪三振:同上、5回裏に大野雄大から見逃し三振


達川光男: 中日ドラゴンズコーチに就任して2年目の2015年4月には、自らが手塩にかけて育成してきた入団2年目の桂依央利が、一軍で初マスクをかぶった試合で、第2打席で初本塁打を放ち、チームの大黒柱である大野雄大の完投勝利をリードするなど大活躍した。


松井雅人: 2011年10月14日の読売ジャイアンツ戦では捕手で先発出場し、プロ初先発のルーキー大野雄大をリードした。


青柳晃洋: 5月6日の対中日戦(バンテリンドームナゴヤ)では、大野雄大との熾烈な投手戦を展開。


木下拓哉: 最優秀バッテリー賞:2回(2020年 投手:大野雄大、2021年 投手:柳裕也)


阿部慎之助: 3000塁打:2014年7月25日、対中日ドラゴンズ13回戦(ナゴヤドーム)、2回表に大野雄大から遊撃内野安打 ※史上53人目


原樹理: すでに同姓の原泉がいたため(2017年に泉が引退後は同姓選手はいない)、スコアボードの表示は金子千尋、髙橋光成、大野雄大同様、フルネームの「原樹理」と表示される。


福島章太: 目標とする選手は菊池雄星と大野雄大


石田健大: 初安打:2015年8月27日、対中日ドラゴンズ20回戦(横浜スタジアム)、3回裏に大野雄大から三塁内野安打


石川昂弥: 5月は6日の対阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で両者無得点で迎えた延長10回一死満塁の打席で青柳晃洋から自身初のサヨナラ安打を放ち、大野雄大の完封勝利をアシストした。


木下雄介: その後、木下の親族、監督の与田剛、選手代表の大野雄大、柳裕也、木下拓哉、京田陽太がマウンドに献花を行った。


髙山俊: 阪神の新人選手が開幕戦に1番打者としてのスタメン起用は中村勝広(1972年)以来44年ぶりで、1回裏の第1打席で大野雄大から左前安打を記録した。


伊東勤: 日本プロ野球において、先発投手が9イニング完全試合状態を継続しながらも、9回終了時に0-0だったためその時点で記録が成立せず延長戦となり、延長10回に登板して安打を許し記録達成を逃した事例は僅か2回だけであるが、伊東は最初の2005年8月27日、インボイスSEIBUドームにおける西口文也の事例においては監督として、2例目となった2022年5月6日、バンテリンドームナゴヤにおける大野雄大の事例においてはNHK BS1の生中継解説者として、いずれも現場に立ち合うという稀有な経験をしている。


桂依央利: この試合では先発投手を務めた大野雄大を完投勝利に導いている。


木下雄介: 中日でのチームメイトで、東京オリンピックの野球日本代表の大野雄大は、木下の死去から数日後の東京オリンピック野球競技の表彰式の際に天に向かって金メダルを掲げた。


丸佳浩: 2回裏に大野雄大から同年のNPB第1号を記録。


大野雄大の情報まとめ

もしもしロボ

大野 雄大(おおの ゆうだい)さんの誕生日は1988年9月26日です。京都出身の野球選手のようです。

もしもしロボ

離婚、家族、テレビ、現在、引退、結婚、卒業に関する情報もありますね。今年の情報もありました。大野雄大の現在の年齢は36歳のようです。

大野雄大のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

大野 雄大(おおの ゆうだい、1988年9月26日 - )は、京都府京都市伏見区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。

2020年(令和初)の沢村栄治賞受賞者。2021年開催の東京オリンピック 野球 金メダリスト。

2歳の時に両親が離婚、それまで過ごしていた兵庫県尼崎市から2歳上の姉とともに母のもとで京都市伏見区深草で育つ。京都市立砂川小学校5年時に修道スポーツ少年団に入団し軟式野球を始め、6年からは投手を務める。京都市立藤森中学校では軟式野球部に所属し、2年時の練習試合で四球を連発して試合を壊してしまい、大野も不甲斐なさや悔しさから野球を辞めようと考えていたがチームメイトの励ましで立ち直り、その後は必死に練習するようになった。大野はこの試合が投手としての第一歩になったと語っている。それまで外野手との兼任だったが投手に専念し、3年夏に京都市大会で優勝した。その頃から京都の軟式野球界では名の知れた存在となっていた。プロ入り後にチームメイトとなる辻孟彦は小学校、中学校、高校時代の1年後輩であった。

前述の通り、大野は母子家庭だったこともあって公立の鳥羽高等学校への進学を考えていたが、三原新二郎が野球部監督を務める京都外大西高等学校へ誘われて入学。なお三原は1年時に監督退任することになり、2年時からは上羽功晃に師事することになる。2年春からベンチ入りし、チームは第87回全国選手権に進出。決勝で対戦した駒大苫小牧の田中将大の投球を見て「ああいうやつがプロ選手になるんだな」と思ったという。この大会で、大野は登板機会がなかったため悔しい思いをしていたが、秋からの新チームでは先発を任される機会が増え、3年春の第78回選抜の初戦で東海大相模に敗れたものの甲子園初先発を果たした。3年夏も甲子園出場を目指したが京都大会準決勝で福知山成美高等学校に敗れた。

高校では三原から「ちゃらんぽらんな人間」と言われ続けていたため、「野球人としても人間としても成長できる」と勧められた佛教大学社会学部現代社会学科に進学を決め、2007年4月より硬式野球部に入部する。1年春からベンチ入りし、春秋リーグ連続優勝。秋の近畿大学戦では145km/hを記録。この頃から速球に自信を持ったという。真ん中に投げる練習を続けたことで球速が上がったと語っている。その結果、四死球も減り3年秋の京滋リーグでは44回で与えた四死球は2だった。単位を落としたため、2年春から半年間は佛教大のルールにより練習や試合に出場できなかった。秋からは先発ローテーションに定着し、1年秋から4年春まで続く16連勝の活躍で3季連続でリーグMVPとベストナインを獲得する。4年時の4月24日に太陽ケ丘野球場で完全試合(7回コールドのため参考記録)を達成するなどしリーグ優勝に貢献。6月の全日本大学野球選手権大会において初戦で強豪東北福祉大学を2安打完封し、大学No.1左腕として頭角を現すが2回戦で秋山翔吾率いる八戸大学に完封負けした。京滋リーグでは通算で24試合に登板し18勝1敗の成績を残した。全国大会における活躍で斎藤佑樹、大石達也、澤村拓一とともに「大学球界BIG4」と称される。

第5回世界大学野球選手権大会の日本代表に落選した際は、佛教大学監督の菊野義朗が「見たことない」というほど意気消沈し、候補合宿から帰る新幹線の車内で泣き通したが、その後第25回ハーレムベースボールウィークの日本代表に選出された。大野も「こっちもジャパンのユニホームですから。キューバを倒してきますよ」と語り、言葉通りキューバから2失点完投勝利を挙げ、この経験を通じて「代表から外れて良かった。この大会に出たことで目標が『メジャーリーガー』に変わりましたから。自身を支えてくれた家族や監督、選手の目の届く場でプレーして喜んでもらって、実績を積んでからメジャーに行きたい」と思うようになったという。

2010年8月のオープン戦で肩を痛めてからは登板できず、ドラフトで指名を回避されるかもしれないという不安感を持っていたが、中日ドラゴンズから単独1位指名を受けて入団。12月1日に、契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円で仮契約を結んだ。背番号は憧れで目標とする藤川球児と同じ22に決定した。また、12月には京都府警北警察署の2011年啓発ポスターのイメージキャラクターに起用されることになった。ポスターは「安全、安心にストライク」の標語と佛教大時代の投球フォーム写真を組み合わせたもので、1年間の掲示を想定された。大学時代は1学年上の河野秀数と2学年下の張本優大がチームメイトだった。

2011年の合同自主トレ・沖縄キャンプは左肩のリハビリに費やし、3月末から本格的な投球練習を開始。6月25日のプロアマ交流戦(ナゴヤ球場)で実戦デビューして満塁本塁打を打たれるも、その後はファームで先発の一角となる。10月8日のファーム日本選手権で先発し、5回無失点で勝利投手となり優秀選手賞を受賞した。その後一軍昇格し、チームが優勝へのマジックナンバーを2として迎えた10月14日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に初登板初先発。4回7失点(自責点6)で敗戦投手となったものの、この登板で自分の武器は直球だと感じることができたと後年振り返っている。この試合で落合博満監督(当時)は「何点取られても構わないから、自分の投球をして来い」と伝えていた。同年はこの1試合の登板にとどまり、オフの11月25日に年俸1350万円(150万円減)で契約を更改した。

2012年は7月上旬に一軍昇格し、7月11日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でシーズン初登板・初先発(自身2回目の先発登板)。この試合では5回1/3を7安打1失点と好投しプロ初勝利を挙げた。この年は8試合に先発して4勝3敗の成績だったほか、CSファイナルステージで初戦に先発し勝利投手となった。オフの11月に開催された「侍ジャパンマッチ2012」の日本代表にも選出された。12月4日に400万円増の年俸1750万円で契約更改。

2013年は開幕ローテーション入り。開幕2戦目、3月30日の横浜DeNAベイスターズ戦(ナゴヤドーム)に先発したが、3回4失点で敗戦投手になった。その後もなかなか勝てず自身開幕4連敗を喫したものの、6試合目の登板となった5月3日のDeNA戦(ナゴヤドーム)でシーズン初勝利を挙げた。同年は先発投手として一軍に定着。自身の25歳の誕生日である9月26日の広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)では、9回1失点でプロ初完投勝利を挙げたほか、この試合で自身初となる2桁勝利を達成した。最終的に25試合に先発登板し、10勝10敗、防御率3.81の成績だった。

オフの11月には、台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。11月13日、1050万円増となる推定年俸2800万円で契約を更改した。

2014年はオープン戦で防御率1.29と好投したものの、川上憲伸との開幕投手争いに敗れた。開幕2戦目、3月29日の広島戦(ナゴヤドーム)に先発したが、6回3失点で敗戦投手になった。その後も勝ち星を挙げられず、4月26日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では先発登板したものの初回に5失点し降板。試合中に名古屋へ帰るように言われ二軍落ちした。5月14日のDeNA戦(横浜スタジアム)で復帰し、この試合では7回2失点でシーズン初勝利を挙げた。

この年は初めてオールスターゲームに選出され、7月18日の第1戦(西武ドーム)に登板。2回無失点に抑えた。

後半戦は、7月25日の読売ジャイアンツ戦(ナゴヤドーム)では自身初の完封勝利を無四球で挙げたほか、10月1日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で2年連続2桁勝利を達成した。最終的に、10勝8敗、防御率2.89(リーグ4位)の成績でシーズンを終えた。オフに、1700万円増となる推定年俸4500万円で契約を更改した。

2015年は本拠地開幕戦、3月31日の巨人戦(ナゴヤドーム)でシーズン初先発し、勝利投手とはなれなかったものの7回1失点と好投。5月はリーグトップの4勝を挙げ、初めて月間MVPに選出された。7月8日の阪神戦(阪神甲子園球場)でリーグトップの9勝目を挙げるなど、前半戦を9勝4敗、防御率2.13(リーグ3位)の成績で終えた。また、同年も監督推薦でオールスターゲームに選出され、7月18日の第2戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に登板した。

9勝目を挙げてからはなかなか勝てなかったものの、8月20日の広島戦(ナゴヤドーム)では8回1失点で勝利投手となり、3年連続2桁勝利を達成した。8月27日のDeNA戦(横浜スタジアム)で自己最多かつリーグ最多トップとなる11勝目を挙げたが、その後は打線の援護の無さなどから勝ち星を伸ばせなかった。また6連敗や4連敗でマウンドを託された際に連敗を止めることができず、勝負弱さも指摘された。

後半戦は2勝6敗と負け越したものの、最終的に11勝10敗、防御率2.52(リーグ6位)。207.1投球回は12球団最高となった。同年11月29日に谷繁元信監督がテレビ番組で翌年の開幕投手に起用すると述べた(これは、12球団最速の発表となった)。11月30日の選手納会で大島洋平に代わり翌年より選手会長を務めることが発表された。12月8日に6300万円増の推定年俸1億800万円で一発更改した。

2016年は3月25日の阪神戦(京セラドーム大阪)で自身初の開幕投手を務め、7回2/3を投げ2失点で勝利投手となった。しかし、左肘痛のため4月15日に登録抹消された。6月4日に復帰し、同日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(ナゴヤドーム)で先発登板したが、7回3失点(自責点0)で敗戦投手となった。6月28日の巨人戦(東京ドーム)でシーズン初完封勝利(5勝目)を挙げたが、その後は8月21日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で6勝目を挙げるまで2か月近く勝てなかった。

最終的に7勝10敗、規定投球回未到達で防御率3.54。この年は25年ぶりにリーグ優勝した広島に相性が悪く、5試合の登板で1勝4敗、防御率7.36と打ち込まれたほか、7月19日の試合(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では4回を投げて自己最悪の11失点を喫した。オフの11月18日、2160万円減の推定年俸8640万円で契約更改した。

2017年は2年連続の開幕投手に指名され、3月31日の巨人との開幕戦(東京ドーム)に登板したが、6回6失点で敗戦投手となった。その後もなかなか勝てず、5月には中継ぎに配置転換された。だが、5月14日のヤクルト戦(坊っちゃんスタジアム)では同点の9回裏に登板したものの荒木貴裕にサヨナラ満塁本塁打を打たれ、その後出場選手登録を抹消された。5月31日に一軍に復帰し6月7日の千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で10試合目の登板でようやくシーズン初勝利を挙げたが、試合後のヒーローインタビューで涙を流した。最終的に24試合登板で規定投球回には到達したものの、5月までの不振が響き、7勝8敗、防御率4.02の成績だった。

オフの11月29日、640万円ダウンとなる推定年俸8000万円で契約更改した。また、この年の春季キャンプから、練習などをめぐって朝倉健太投手コーチ(翌シーズン終了後に退団)との確執が取り沙汰され始める。フリーエージェントで同姓の大野奨太が入団、自身の意向により、スコアボード表記をフルネームである「大野雄大」に変更した。

2018年は開幕ローテーション入りを逃した。4月25日の巨人戦(上毛新聞敷島球場)でシーズン初先発したものの、4回5失点で敗戦投手となった。二軍では防御率2.10と安定感を見せたが、一軍では6試合の先発で0勝3敗、防御率8.56に終わった。11月25日に減額制限一杯の25%ダウンとなる推定年俸6000万円で契約更改した。

2019年は開幕を一軍で迎え、4月16日のDeNA戦(ナゴヤドーム)で7回途中1失点と好投し、2017年以来の白星を挙げた。4月30日の巨人戦(東京ドーム)で球団で平成最後の勝利投手となったほか、5月7日の広島戦(ナゴヤドーム)ではセ・リーグで令和一番乗りとなる完封勝利を記録した。また、8月13日の阪神戦(ナゴヤドーム)で通算1000投球回を達成したほか、9月14日の阪神戦(ナゴヤドーム)ではNPBで81人目となるノーヒットノーランを達成した。

同年は4年ぶりの2桁勝利とはならなかったものの、1年間ローテーションを守って2年ぶりに規定投球回に到達し、自身初の最優秀防御率を獲得するなど復活のシーズンとなった。オフに、7000万円増となる1億3000万円で契約を更改した。球団からは3年契約も提示されたが、単年契約を選択した。

2020年は6月19日のヤクルトとの開幕戦(明治神宮野球場)で開幕投手を務めたが、4回8安打6失点で降板した。その後もなかなか白星を挙げられず、6試合に登板した時点で0勝3敗、防御率4.04の成績だったものの、国内FA権を取得した7月31日のヤクルト戦(ナゴヤドーム)では9回3失点で完投勝利し、7試合目の登板でシーズン初勝利を挙げた。この試合から9月1日の広島戦(ナゴヤドーム)にかけて球団最多タイ記録となる5試合連続完投勝利を挙げた(詳細後述)。9月は防御率1.35(リーグ2位)、40投球回、42奪三振(いずれもリーグ1位)などの成績が評価され、5年ぶりに月間MVPを受賞した。10月22日のDeNA戦(ナゴヤドーム)では、9月15日の広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)の2回から続けた連続イニング無失点を「41」とし、1956年の大矢根博臣を抜き球団新記録を達成した。この記録は22日の9回まで続き、歴代12位となる「45」イニング連続無失点を記録(詳細後述)。11月11日にはシーズン中に取得した国内FA権を行使せず、3年総額9億円+出来高で残留することに大筋で合意したことが発表された。

最終的に20試合に登板、2年連続リーグ最多投球回である148.2回を投げ、5年ぶりに2桁勝利を達成。防御率1.82、148奪三振で最優秀防御率と自身初となる最多奪三振を獲得して投手2冠を達成した。なお、2年連続で最多投球回と最優秀防御率を達成したのは1957年 - 1958年の稲尾和久以来となる史上2人目である。45イニング連続無失点や両リーグ最多となる10完投6完封が評価され、中日では川上憲伸以来16年ぶりで自身初となる沢村賞を受賞した。さらに、8月・10月度の月間および年間最優秀バッテリー賞を捕手の木下拓哉と共に受賞するなど、エースとして申し分ない活躍を見せた。また、この年はDeNAに対して25イニングで無失点を記録した。

12月22日に行われた契約更改では、推定年俸3億円+出来高5000万円の3年契約で更改した。中日の選手で年俸が3億円に到達するのは、2015年度の岩瀬仁紀の年俸3億円以来であり、落合博満、岩瀬仁紀、福留孝介、川上憲伸、井端弘和、和田一浩に次いで7人目となる。

2021年は本拠地開幕戦、3月30日の巨人戦(バンテリンドーム ナゴヤ)でシーズン初先発。5試合目の先発となった4月27日の阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)でシーズン初勝利を挙げ、5月4日のDeNA戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で2勝目を記録したが5月9日にコンディション不良で登録抹消された。6月11日の埼玉西武ライオンズ戦(メットライフドーム)で1か月ぶりの白星。だが、前半戦は3勝7敗と勝ち星に恵まれなかった。最終的に規定投球回に到達しリーグ3位の防御率2.95を記録したものの、7勝11敗と負け越した。また、左打者に対して被打率.303(自己ワースト)を記録するなど課題を残した。オフの11月10日に推定年俸3億円(現状維持)で契約更改。

2022年は、立浪和義新監督から投手キャプテンに指名された。また、2年ぶりに開幕投手に指名され、3月25日の巨人との開幕戦(東京ドーム)に登板したが、6回4失点(自責点3)で敗戦投手となった。5月6日の対阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)において、延長10回二死まで打者延べ29人を相手に完全試合を継続したものの、30人目の打者である佐藤輝明に二塁打を許し、2005年8月27日の西武・西口文也(対楽天戦)以来史上2人目となる「9回終了まで完全試合を継続しながら延長戦で安打を許し完全試合達成を逃した投手」となった。しかし続く打者の大山悠輔は抑え10回を無失点で終えた後、10回裏味方のサヨナラ勝ちにより2年ぶりに完封での勝利投手となった。完全試合の達成はならなかったものの、1試合での試合開始からの29人連続アウトはNPB新記録である(試合途中からの記録は江夏豊の34人)。なお、当日の大野自身の3度目の打席は、8回裏の攻撃時に二死一・三塁のチャンスで回ってきたものの、センターフライに倒れている。前半戦を4勝6敗、防御率2.74(リーグ5位)の成績で終え、また、監督推薦でオールスターゲームに選出された。オールスターでは第2戦の3回表から2番手で登板。2回を無安打無失点に抑え、敢闘選手賞を受賞した。

後半戦は、8月12日の阪神戦(京セラドーム大阪)で約2か月ぶりとなる5勝目を挙げた。また、8月、9月とも月間防御率1点台を記録した。最終的に4年連続で規定投球回に到達し、8勝8敗、防御率2.46(リーグ4位)、4完投(リーグ2位タイ)でシーズンを終えた。オフに推定年俸3億円(現状維持)で契約更改。

2023年は4月に受けた左肘の遊離軟骨除去手術の影響で、一軍では同月4日のわずか1試合の登板に留まった。オフの11月9日に、3年契約を1年延長するオプションを行使して、現状維持の推定年俸3億円で契約更改した。直後の会見の席上では選手だけでなく球団や監督、コーチなどにも変革を求め、2年連続リーグ最下位に終わったチームの状態に対する危機感を表明した。

2012年11月6日、侍ジャパンマッチ2012の日本代表に選出された。11月16日の第1戦(福岡ドーム)で8回表一死から登板し、2/3回を無失点に抑えた。

2013年10月28日には、台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された。

2015年7月16日、11月に行われる第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された。

2016年、シーズン開幕前の3月に開催された野球チャイニーズタイペイ代表との強化試合の日本代表に選出された。

2019年、オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12の日本代表に選出され、2大会連続2度目の選出を果たした。

2021年6月16日、東京オリンピックの野球 日本代表に選出された。大野は準々決勝のアメリカ戦でリリーフ登板し、1回を無失点に抑えた。大野の登板はこの1試合のみにとどまったが、チームは金メダルを獲得した。その表彰式で大野は金メダルを天に掲げ、8月3日に亡くなった木下雄介に金メダルを獲得したことを報告した。また、金メダルを獲得した栄誉をたたえ、同年12月16日、名古屋市東区のナゴヤドーム(バンテリンドーム ナゴヤ)2Fオープンデッキ 1番ゲート付近に記念のゴールドポスト(第31号)が設置された(ゴールドポストプロジェクト)。

二段モーションのオーバースローから平均球速145.9km/h、最速152km/hのキレのあるストレート、フォークボール、100km/h台のカーブ、縦横に曲がる2種類のスライダー、縦に大きく変化するツーシームを投げ分ける。アマチュア時代には上半身の強い投球フォームには故障を心配する声もあったが、大野本人はフォームを変えるつもりはないと語っている。

表の「勝敗」とは、大野雄大に勝ち負けが付いたかを指す。大野雄大に勝敗がつかなかった場合は空欄となる。

2020年7月31日の東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)から9月1日の広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)にかけて、5試合連続完投勝利を達成した。9月8日の読売ジャイアンツ戦(ナゴヤドーム)では勝利投手にはなれなかったものの、6試合連続完投を達成した。

2020年9月15日の広島戦(マツダスタジアム)の2回裏から10月22日の横浜DeNAベイスターズ戦(ナゴヤドーム)の9回表にかけて、45回連続無失点を記録した。10月29日の阪神タイガース戦(甲子園球場)の1回裏に失点し、連続無失点が45回で止まった。

祖父の影響を受け、子供の頃から阪神ファンだった。そのため、大学時代は自身の携帯電話にトラッキーのストラップをつけていたが、ドラフトで中日に指名されて以降は外した。以後は阪神に関する発言は控えたが2021年11月6日に甲子園球場で行われた阪神タイガース対読売ジャイアンツ戦(クライマックスシリーズファーストステージ)で自身初のゲスト解説を務め、阪神タイガースに対する思いを語った。

目標とする選手としては、前述の藤川とチェン・ウェインを挙げている。

メンタル面の成長のきっかけとなったのは、上原浩治のメジャー初登板後の「自分の夢を実現し、最高の場所に行けて楽しいだけ」というコメントを聞いたことだという。

「一番であること」を目標としている。プロで活躍している同世代の田中将大や坂本勇人を尊敬する一方で、大野と同じく大学生だった斎藤佑樹には強烈なライバル意識を持っている。京滋リーグで優勝しても、全国大会では負け続ける佛教大にいることが対抗意識につながり、それが自身の能力を伸ばした原動力であると語る。その対抗意識の強さは、世界大学野球選手権大会の代表から漏れて落ち込んだことにもつながっている。

現在では同世代選手(88年世代、いわゆるハンカチ世代)と様々な親交を持ち、斎藤佑樹の現役引退時には同級生として労いのコメントを寄せている。また前田健太とは、しばしばSNS等で当意即妙の遣り取りを見せている。

2020年に沢村栄治賞争いをした菅野智之と仲が良く、それと同時にライバルでもある。菅野は大野と投げ合う試合では「特別な感情がある」と意識をし、大野も「セ・リーグの中では特別な感情を持って、投げ合う投手のことを意識するのは彼くらい」と話している。また、2023年に大野が左肘の手術を経てリハビリをしていたが、なかなか状態が上がらず苦悩していた時、菅野から「なんかのきっかけ一つで絶対よくなるので、あきらめないでやってください。絶対治りますから」と声をかけてもらったと明かしている。

2017年オフに北海道日本ハムファイターズから大野奨太が移籍すると、大野姓が2人となった為区別の必要が生じたが「3文字では電光掲示板できれいに見えない」という理由で2018年以降スコアボードの表示はフルネームの「大野雄大」としている。

ボールは左手で投げ、食事も字を書くときも左手で矯正していないがダーツは右手で投げる。

使用用具は入団当初はゼットで、のちに2017年までナイキと契約していたが、2018年よりデサントと契約しデサント製品を使用している。デサント製品を使用するきっかけは同製品を使用していた吉見一起からの紹介で使用に至った。スパイクも現在はアシックスを使用する。

2012年11月26日に大学時代の同級生の女性と結婚し、2013年のシーズンオフに結婚披露宴を行った。2015年5月20日に長女、2017年12月20日に次女、2021年11月11日に長男が誕生している。2019年のノーヒットノーラン達成の際は、ただでさえ早起きの必要があるため「あまり好きじゃない」デーゲームの日によりによって「娘に早く起こされて、いつもより早くて、『眠たい』って言いながら球場入りした」という。

地元の京都愛が強く、シーズンオフには長期帰省し伏見稲荷大社での初詣や大文字山での自主トレを行っている。

好きな食べ物はラーメンで、大学時代には数多くの京都ラーメン店でラーメンを食べ歩いていた。しかし2019年にはラーメン封印を宣言した。

5人組アーティスト・Da-iCEのボーカル担当である大野雄大とは同姓同名で同学年だが、全くの別人である。2019年12月8日放送の「サンデードラゴンズ」(CBCテレビ)にて共演を果たしたほか、2020年のシーズンオフにはオンラインでの対談を行った。

サカナクションの大ファンで、2019年9月8日(ボーカルであり、中日ファンの山口一郎の誕生日)より「新宝島」を打席テーマ曲に採用した。2021年のシーズンオフには山口との対談が実現した。

ただ、2020年11月5日の横浜DeNAベイスターズ戦では翌日に引退試合を控えていた吉見一起への感謝を込めてMONKEY MAJIKの「ただ、ありがとう」を登場曲として使用した。

また、2021年は、8回の登場曲に湘南乃風の「黄金魂」を使用していた。

2023年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

2023年度シーズン終了時

各年度の太字はリーグ最高

最優秀防御率:2回(2019年、2020年)※2年連続は菅野智之に次ぐセ・リーグ2位タイ、左腕投手としては史上5人目

最多奪三振:1回(2020年)

沢村栄治賞:1回(2020年)20登板・11勝での受賞は歴代最少

月間MVP:2回(投手部門:2015年5月、2020年9月)

最優秀バッテリー賞:1回(2020年 捕手:木下拓哉)

月間最優秀バッテリー賞:3回(2020年8月 捕手:木下拓哉、10月 捕手:木下拓哉、2022年9月 捕手:木下拓哉)

オールスターゲーム敢闘選手賞:1回(2022年第2戦)

ドラゴンズクラウン賞:最優秀選手賞2回(2015年、2020年)、優秀選手賞1回(2013年)

佛教大学スポーツ栄誉賞(2020年) ※受賞第1号

京都府スポーツ賞特別栄誉賞(2021年)

京都市スポーツ最高栄誉賞(2021年)

愛知県スポーツ顕彰(2021年)

名古屋市スポーツ栄誉賞(2022年) ※受賞第1号

初登板・初先発登板:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、4回7失点(自責点6)で敗戦投手

初奪三振:同上、2回裏に坂本勇人から空振り三振

初勝利・初先発勝利:2012年7月11日、対阪神タイガース11回戦(阪神甲子園球場)、5回1/3を1失点

初ホールド:2012年10月3日、対阪神タイガース24回戦(ナゴヤドーム)、7回裏無死に3番手で救援登板、2回無失点

初完投・初完投勝利:2013年9月26日、対広島東洋カープ23回戦(ナゴヤドーム)、9回1失点8奪三振

初完封勝利:2014年7月25日、対読売ジャイアンツ13回戦(ナゴヤドーム)、9回7奪三振、5被安打、無四死球

初打席・初安打:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、3回表に澤村拓一から遊撃内野安打

初打点:2014年9月11日、対広島東洋カープ23回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、6回表に永川勝浩から二ゴロの間

1000投球回:2019年8月13日、対阪神タイガース19回戦(ナゴヤドーム)、1回表一死目に近本光司から一ゴロ※史上355人目

1000奪三振:2021年5月21日、対読売ジャイアンツ9回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、7回表に廣岡大志から見逃し三振 ※史上152人目

1500投球回:2023年4月4日、対東京ヤクルトスワローズ1回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、2回表一死目に村上宗隆から空振り三振 ※史上183人目

ノーヒットノーラン:2019年9月14日、対阪神タイガース23回戦(ナゴヤドーム)、9回9奪三振1四死球(1四球0死球)※史上81人目、92度目

1試合29人連続アウト:2022年5月6日、対阪神タイガース6回戦(バンテリンドーム)※10回二死までパーフェクトピッチング、プロ野球新記録

開幕投手:4回(2016年、2017年、2020年、2022年)

オールスターゲーム出場:3回(2014年、2015年、2022年)

22(2011年 - )

「ultra soul」B'z(2013年 - 2014年・2017年 - 2019年、2013年 - 2014年と2019年は打席時)

「ロッカールーム Go Hard or Go Home」AK-69(2015年 - 2016年)

「ハルノヒ」あいみょん(2019年 - 、登板時)

「パプリカ」Foorin(2019年8月6日、打席時)

「新宝島」サカナクション(2019年シーズン途中 - 、打席時)

「ただ、ありがとう」MONKEY MAJIK(2020年11月5日)

「黄金魂」湘南乃風(2021年、8回の登板時)

第25回ハーレムベースボールウィーク:日本代表

侍ジャパンマッチ2012:日本代表

2013 チャイニーズ・タイペイ代表戦:日本代表

2015 WBSCプレミア12:日本代表

2016 侍ジャパン強化試合:日本代表

ENEOS 侍ジャパンシリーズ2019「日本 vs カナダ」:日本代表

2019 WBSCプレミア12:日本代表

2021 ENEOS 侍ジャパン強化試合:侍ジャパン代表

2020年オリンピック野球:日本代表

^ この間チームは球団史上ワーストとなる11カード連続負け越しを喫した。自身も5連敗し、登録抹消を経験した。

^ ただ、この試合で抑えていたら沢村賞を獲得することはなかっただろうと本人は2020年のシーズンオフに語っている。

^ 5月終了時点で0勝5敗、防御率6.60と不振だった。

^ 偶然にも、西口と大野は9月26日生まれという共通点がある。

^ 20先発・148.2回。1point02.jpによる。

^ 吉見が2011年から2014年まで登場曲として使用していた曲。

^ 開幕直前に故障離脱した木下雄介の登場曲。

^ 「中日 - 契約更改 - プロ野球」『日刊スポーツ』。2023年11月10日閲覧。

^ 「【契約更改】中日・大野雄大 年俸3億円・出来高5000万円で3年契約「すごく高い給料…頑張らなければ」」『中日スポーツ』2020年12月22日。2020年12月23日閲覧。

^ 「【広報資料】東京2020 オリンピック 野球 金メダル獲得!!大野雄大選手京都市スポーツ最高栄誉賞表彰式について」『京都市』2021年11月9日。2022年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「沢村賞の中日大野雄大「隣の妻と2人喜び合った」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年11月23日。2021年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「【侍ジャパン】大野雄大、金メダルを天に 3日に死去した木下雄介さんへ思い届けた」『スポーツ報知』2021年8月7日。2021年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「大野、年間最大240人招待」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2017年3月17日。2017年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。

^ 「【家族の力・大野雄大】「なんでうちにはお父ちゃんがいいひんの?お父ちゃんほしい」」『日刊スポーツ』2022年5月25日。2024年3月23日閲覧。

^ 「東京五輪代表の中学時代…軟式出身は巨人・菅野智之、広島・森下暢仁ら24人中10人」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年6月17日。2022年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月26日閲覧。

^ 「中日・大野雄大の運命を変えた試合。「もう辞めたい」→ドラ1になる」『web Sportiva』集英社、2019年7月11日。2021年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月12日閲覧。

^ 「泣くたびに強くなる“口から生まれたサウスポー” 中日に大野雄大がいてよかった」『文春オンライン』株式会社文藝春秋、2019年5月1日、1頁。2022年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月27日閲覧。

^ 節丸裕一『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』講談社、2011年。ISBN 978-4-0629-5066-4。

^ 「「腕を振って!」ドラゴンズ大野雄大を支えた、幼なじみとの原点」『ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】』CBC web【CBC公式ホームページ】 | CBCテレビ・CBCラジオ、2020年8月7日。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 卒業生 大野雄大投手が東京オリンピック 野球日本代表選手に内定!」『佛教大学』2021年6月18日。2021年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月7日閲覧。

^ 「Interviews 還愚 ×大野 雄大」『佛教大学ブランドサイト』佛教大学、2022年3月26日。2022年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月19日閲覧。

^ 「佛教大・大野雄16連勝で止まる…京滋大学」『スポーツ報知大阪版』報知新聞社、2010年5月23日。2010年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「佛教大・大野雄大が56年ぶりの快挙“完全試合”…京滋大学」『スポーツ報知大阪版』報知新聞社、2010年4月25日。2010年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「佛教大が8季連続V!大野雄が完封…京滋大学」『スポーツ報知大阪版』報知新聞社、2010年5月28日。2010年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「スカウト110人に佛教大・大野12奪三振完封魅せた…全日本大学野球」『スポーツ報知大阪版』報知新聞社、2010年6月9日。2010年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「肩を痛めた仏教大・大野雄大 ケガは本当なのか、他球団の「ブラフ」なのか、治るのか…困難極める調査【中田宗男のスカウト虚々】」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年5月20日。2022年6月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「佛教大・大野雄7回途中KOも評価変わらず…全日本大学野球」『スポーツ報知大阪版』報知新聞社、2010年6月10日。2010年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「【ドラフトの記憶】“運命の日”直前、大野雄大が泣いた「僕がスカウトなら沢村拓一を獲ります」」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年10月9日。2022年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月26日閲覧。

^ 「大野雄が13回18奪三振!京滋が決勝進出…関西オールスター5リーグ対抗戦」『スポーツ報知』2010年6月26日。2010年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月31日閲覧。

^ 『アマチュア野球 vol.29』日刊スポーツ出版社、2010年、15–17頁。ISBN 978-4-8172-5498-6。

^ 「中日1位、仏教大の左腕・大野が入団内定」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2010年12月1日。2022年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「中日大野が警察のポスター&イメキャラ」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2010年12月2日。2021年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日・大野雄 「藤川さんと一緒」で選んだ背番号22の輝き 連続完封で決めた5試合連続完投勝利」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2020年9月2日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「中日ドラ1位左腕 初実戦は2回4失点」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2011年6月25日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「2011年度ファーム日本選手権 試合結果」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 「2011年プロ野球ファーム日本選手権 表彰選手」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 「M2!!きょう胴上げだ」『中日スポーツ』中日新聞社、2011年10月14日。2011年12月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「連覇へM1 きょう決める!!」『中日スポーツ』中日新聞社、2011年10月15日。2011年10月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「2011年10月14日 【公式戦】 試合結果 (読売vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「今季5度目完封“無双”の中日・大野雄 9年前の因縁の日に成長見せた 与田監督「見事の一言」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2020年10月15日。2021年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 「中日・大野 新人時代に落合監督から未来を託された試合とは?」『BASEBALL KING』2019年5月1日。2019年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日10年ドラ1大野「まず開幕1軍」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2011年11月26日。2022年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「我こそ次代の旗手 中日・大野、最多勝への道は自分で切り開く」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2016年4月11日。2021年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「2年目の大野がプロ初勝利!「長かったです」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2012年7月11日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「大野初勝利」『中日スポーツ』中日新聞社、2012年7月12日。2012年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月6日閲覧。

^ 「大野CS初勝利 初回ピンチで阿部、村田斬り「気持ちでしのいだ」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2012年10月17日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー」『NPB.jp 日本野球機構』2012年11月6日。2021年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「【中日】大野400万円↑来年は2桁目標」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2012年12月4日。2022年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「守道監督、ショック療法」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年3月31日。2013年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「2013年3月30日 【公式戦】 試合結果 (中日vs横浜DeNA)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「大野、勝てない…」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年4月27日。2013年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「大野、待望貯金1」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年8月17日。2013年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「大野やっと勝てた!」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年5月4日。2013年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「大野、25歳バースデー10勝」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年9月27日。2014年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「【中日】大野 厳冬の中、際立つ60%増」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2013年11月13日。2021年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月16日閲覧。

^ 「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』。2015年3月30日閲覧。

^ 「2014年度 オープン戦 個人投手成績(規定投球回以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「中日大野1回KO試合中名古屋に強制送還」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2014年4月27日。2020年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「大野、悪夢の2発」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年3月30日。2014年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「2014年3月29日 【公式戦】 試合結果 (中日vs広島東洋)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月10日閲覧。

^ 「オーノー!! 試合中2軍宣告」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年4月27日。2014年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野、やっと1勝」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年5月15日。2014年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「オールスター初選出投手トリオ 福谷&大野&山井」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年7月4日。2014年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野、万感初の夢舞台」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年7月19日。2014年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野、プロ初完封」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年7月26日。2014年7月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「大野、2年連続10勝」『中日スポーツ』中日新聞社、2014年10月2日。2014年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「中日大野 1700万増の4500万」『日刊スポーツ』2014年11月2日。2021年8月16日閲覧。

^ 「大野、流れ変える」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年3月31日。2015年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「大野、春は近いぞ」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年4月1日。2015年4月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「2015年5月度「日本生命月間MVP賞」受賞選手 (セントラル・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2018年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日・大野が初の月間MVP 第1子誕生月の歓喜「一生忘れない」」『Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2015年6月5日。2021年12月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「大野9勝 3年連続2桁王手」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年7月9日。2015年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「密着・大野雄大 「まだメジャーに挑戦してみたい気持ちはある」」『週刊ベースボールONLINE』2015年12月18日。2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月23日閲覧。

^ 「セ・リーグ投手成績」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社。2015年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月16日閲覧。

^ 「大野、10勝で球宴へ」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年7月3日。2015年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「2015年7月18日 【公式戦】 試合結果 (セ・リーグvsパ・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「大野、6度目の正直 3年連続10勝」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年8月21日。2015年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「大野11勝 自己最多&ハーラー単独トップ」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年8月28日。2015年9月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 「大野でも止められず…中日 今季4度目5連敗 DeNA戦負け越し」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2015年9月3日。2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「大野、遠のく最多勝」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年9月16日。2015年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 『中日ドラゴンズファンブック2016』2016年3月16日発行・発売、20頁「22 大野雄大」(中日新聞社) - 『月刊ドラゴンズ』2016年4月号増刊号。

^ 「2015年度 セントラル・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「中日大野が1億円突破で一発更改 最多投球回を評価」『日刊スポーツ』2015年12月8日。2021年5月15日閲覧。

^ 「来季開幕投手は大野!12球団最速指名 谷繁監督がテレビで公表」『スポーツニッポン』2015年11月30日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野が新選手会長「明るく、強いチームを作る」」『日刊スポーツ』2015年11月30日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日・大野 6300万円増で大台!3年連続2桁、最多投球回評価」『スポーツニッポン』2015年12月8日。2021年6月20日閲覧。

^ 「大野、初開幕投手 エースの使命は一つ「勝つだけ」」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2016年3月25日。2016年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「中日エース大野が左肘痛で抹消 医者は軽症診断も」『日刊スポーツ』2016年4月15日。2021年8月16日閲覧。

^ 「2016年3月25日 【公式戦】 試合結果 (阪神vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野嘆く 3連敗で借金2」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2016年6月5日。2016年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「2016年6月4日 【公式戦】 試合結果 (中日vs東北楽天)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「エース・大野、今季初完封」『中日スポーツ』中日新聞社、2016年6月29日。2016年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日大野は2カ月ぶり6勝目、DeNA今永8敗目」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2016年8月21日。2016年10月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「竜、11カード連続負け越し」『中日スポーツ』中日新聞社、2016年8月19日。2016年8月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「大野抹消 エースの名が泣く5連敗」『中日スポーツ』中日新聞社、2016年8月11日。2016年8月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日 大野2160万円減で更改、わずか7勝「どんな金額でも、のもうと」」『スポーツニッポン』株式会社スポーツニッポン新聞社、2016年11月18日。2018年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月15日閲覧。

^ 「大野、1億円割れでメラメラ」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2016年11月19日。2016年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「プロ野球 - 中日ドラゴンズ - 大野 雄大」『スポーツナビ』。2016年9月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野、11失点 4イニングKO…プロ入りワースト」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2016年7月20日。2016年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「大野、2年連続2度目の開幕“投選”」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2017年3月19日。2017年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「泣くな大野、エースだろ。」『BASEBALL KING』2017年6月7日。2020年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月19日閲覧。

^ 「大野、6失点 新生竜苦しい船出」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2017年4月1日。2017年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。

^ 「中日・大野 11Kも…8回途中2失点降板 リード直後に追いつかれる」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2017年4月14日。2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「大野勝てない 要所で球甘く、6回途中KO」『中日スポーツ』中日新聞社、2017年5月7日。2017年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「大野、実質“初中継ぎ”」『中日スポーツ』中日新聞社、2017年5月11日。2017年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「大野、あぁ サヨナラ満塁被弾」『中日スポーツ』中日新聞社、2017年5月15日。2017年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「あの”救援失敗”があったから…中日・大野雄が振り返る3年前の悪夢「抑えていたら沢村賞はなかった」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年12月8日。2020年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「中日・大野 先発で再起へ 登録外れる「初戦でしっかり結果を」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2017年5月22日。2022年2月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月22日閲覧。

^ 「中日 吉見を抹消、日本ハムは斎藤佑を登録」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2017年5月31日。2022年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日大野5敗目、友利コーチは2軍降格の可能性示唆」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2017年5月31日。2022年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日・大野、ヒーローインタビューで40秒号泣 開幕から2カ月で初勝利」『デイリースポーツ』2017年6月7日。2017年6月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「普通ならヤジなのに…大野雄大が涙したファンからの声援 0勝5敗の自分に届いた「頑張れ。頑張れ」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年5月2日。2021年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月5日閲覧。

^ 「「開幕狙う」言えぬ…大野640万円減」『中日スポーツ』中日新聞社、2017年11月30日。2017年11月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日大野640万減「防御率4点台は情けない」」『日刊スポーツ』2017年11月29日。2021年5月15日閲覧。

^ 「中日「エース・大野雄大VS投手コーチ・朝倉健太」でチームが分裂崩壊!(2)数年前の沖縄キャンプでも確執?」『アサ芸プラス』2017年3月6日。2021年5月15日閲覧。

^ 「中日・大野雄大 真のエースへ/新年の誓い | 野球コラム」『週刊ベースボールONLINE』2018年12月31日。2022年1月16日閲覧。

^ 「大野雄、今季初先発も課題“一敗” 14年ぶり大量失点に…」『中日スポーツ / 東京中日スポーツ』中日新聞社、2018年4月26日。2018年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月13日閲覧。

^ 「2018年度 中日ドラゴンズ 個人投手成績(ウエスタン・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「中日・大野雄 25%大幅減俸にも「仕方ない」 会見では報道陣に異例のお願い」『スポーツニッポン』2018年11月25日。2021年5月15日閲覧。

^ 「中日大野雄大は新戦力に刺激 早めの始動で飛躍誓う」『日刊スポーツ』2018年12月24日。2022年1月16日閲覧。

^ 「【今日のMVP】大野雄大、左腕エース復活!2017年以来の勝ち星!〈4月16日〉」『BASEBALL GATE』2019年4月16日。2022年1月16日閲覧。

^ 「中日・大野雄 苦しんでつかんだ573日ぶり勝利 7回ピンチで降板も「田島が抑えて嬉しかった」」『スポニチ Sponichi Annex 野球』スポーツニッポン新聞社、2019年4月16日。2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「中日大野雄大「特別な感情」平成ラストを白星締め」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年4月30日。2020年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野雄大がセ令和初の完封で3勝「頑張りどき」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年5月7日。2020年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野雄大が1000投球回 両軍ファンから祝福」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年8月13日。2020年7月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「中日・大野雄大が1000投球回を達成 好リードの加藤とともに熱投131球 8回途中無失点」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2019年8月13日。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「中日・大野雄がノーヒットノーラン達成、史上81人目 千賀の快挙から8日…同月達成は34年ぶり」『Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2019年9月14日。2019年9月14日閲覧。

^ 「中日大野雄大が最優秀防御率賞「テレビで見る世界」」『日刊スポーツ』2019年11月26日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野雄大が3年契約断り1年選択、FA行使視野」『日刊スポーツ』2019年12月6日。2021年8月16日閲覧。

^ 「中日大野雄大6失点「2本目防がなければ」被弾反省」『日刊スポーツ』2020年6月19日。2021年6月20日閲覧。

^ 「【中日】開幕投手・大野雄大7度目の先発で今度こそ初勝利へ「もう1イニング」」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年7月30日。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「開幕投手がついに勝った!! 中日・大野雄が国内FA権取得日に今季初勝利…完投勝利は昨年9月ノーノー以来」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年7月31日。2022年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「球団史上4人目の快挙…大野雄、 5試合連続完投勝利!2連続完封で決めた!!」『中日スポーツ』中日新聞社、2020年9月2日。2022年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年9月度「大樹生命月間MVP賞」受賞選手 (セントラル・リーグ)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「【中日】9月3完封の大野雄大が5年ぶり月間MVP「5年たっても成長できている」」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年10月7日。2022年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日 大野雄大、球団新41イニング連続無失点!1956年の大矢根越え」『スポーツ報知』2020年10月22日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野雄大、連続イニング無失点記録45で止まる」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年10月29日。2021年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日・大野雄FAせず残留へ「いい評価してもらった」年俸3億円+出来高3年契約で大筋合意…Gオリ阪神動くも」『中日スポーツ』2020年11月11日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日・大野雄大が沢村賞を初受賞! 圧巻の10完投、14勝の巨人・菅野を抑える」『Full-Count』2020年11月23日。2021年6月20日閲覧。

^ 「大野雄、来季は「3年連続最優秀防御率」へ!! 沢村賞左腕は稲尾、菅野に続く史上3人目の偉業に挑む」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年12月7日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「「きょうだけは褒めてください」 中日・大野雄 球団記録更新45イニング連続無失点 圧巻の完封劇で今季6度目完封&10勝」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年10月23日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「大野雄大(京都外大西出身)が88年世代3人目の沢村賞!色々記録尽くしの1年に!」『高校野球ドットコム』2020年11月23日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日・大野雄大、沢村賞の決め手は「完封、完投の数」巨人・菅野を推した村田兆治委員も「別格」と納得」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2020年11月23日。2022年1月16日閲覧。

^ 「10月度バッテリー賞 セは中日・大野雄&木下 大野雄「木下に感謝」木下3カ月連続受賞「大変光栄」」『スポニチアネックス』2020年11月10日。2021年6月20日閲覧。

^ 「「2020プロ野球最優秀バッテリー賞」中日・大野雄&木下拓、ソフトバンク・千賀&甲斐が初受賞」『スポニチアネックス』2020年11月18日。2021年6月20日閲覧。

^ 「DeNA、中日・大野雄大から25イニングで1点も取れず今季終了」『サンスポ』2020年11月5日。2022年1月16日閲覧。

^ 「【表で詳しく】大野雄大の昨季セ球団別対戦成績」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年1月18日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「中日の歴代最高年俸は岩瀬仁紀の4億5000万円 大野雄大は落合博満、川上憲伸らに次ぐ球団7人目の3億円到達」『中日スポーツ』2020年12月22日。2020年12月24日閲覧。

^ 「【中日】エース大野雄大が粘りの投球でゲームつくる 7回2失点の『HQS』で勝敗つかず」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年3月30日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「【中日大野雄・独占手記】開幕回避の真相「実は…肩の回りが良くなかった」「沖縄で全然上がってこなくて…」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年3月31日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、けがで離脱した木下雄介の登場曲でゲキ「帰ってくるまでこの曲に」粋な計らい」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年4月27日。2022年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「【中日】8回に響いた『黄金魂』…大野雄大が登場曲で伝えた負傷離脱中の木下雄への想い「帰ってくるまであの曲」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年4月28日。2021年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月16日閲覧。

^ 「【中日】「雄大らしくない!」大野雄2連勝も今季ワースト2被弾4失点 取材に「ちょっと今日は…」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年5月5日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「中日・大野雄 痛すぎる抹消 「上肢のコンディション不良」」『スポニチ Sponichi Annex』2021年5月9日。2022年1月16日閲覧。

^ 「中日大野雄大1カ月ぶり3勝目「交流戦で優勝したい思いが強い」」『日刊スポーツ』2021年6月11日。2022年1月16日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、初回4失点の炎上で7敗目「後半盛り返せるように頑張ります」侍唯一の先発左腕不安」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年7月12日。2022年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月22日閲覧。

^ 「【中日】大野雄が五輪前ラスト登板でまさか…プロ入り初の『前半戦7敗』マツダで7年未勝利」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年7月13日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「【中日】エース・大野雄大は現状維持の3億円で更改 3年契約1年目の今季は「もっともっとできた」」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年11月10日。2022年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「2021年度 セントラル・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「“危険な左打者3人”どう封じるか…中日・大野雄の課題は左打者被打率 今季3割超に「数字見て苦手意識悪化した」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年12月11日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「新球シュートか“インズバ”か…中日・大野雄の昨季対左被打率3割3厘 キャリアワースト改善へ見えた理想形」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年2月27日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「中日・立浪監督がキャプテン指名 野手大島、投手が大野雄の2人制「一目置かれ緊張感持てる人」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年1月3日。2022年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月22日閲覧。

^ 「【中日】立浪監督が開幕投手にエースの大野雄大を指名…巨人・菅野とのマッチアップ濃厚」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年3月1日。2022年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月5日閲覧。

^ 「2022年3月25日 【公式戦】 試合結果 (読売vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月5日閲覧。

^ 「【西武】西口文也2軍監督「僕と一緒ですね」快挙逃した中日大野雄大と実は誕生日も同じ」『日刊スポーツ』2022年5月6日。2022年5月7日閲覧。

^ 「西武・西口文也2軍監督 9回完全も記録達成ならずの先駆者として「大野投手も同じ気持ちだったのでは」」『Sponichi Annex』2022年5月6日。2022年5月7日閲覧。

^ 「阪神、62年ぶりの完全試合屈辱は阻止も中日にサヨナラ負け 十回青柳力尽きる」『デイリースポーツ online』2022年5月6日。2022年5月6日閲覧。

^ 「中日・大野雄 30人目で球団史上初の完全試合消えるも、10回志願の続投に「自分を褒めてあげたい」」『Sponichi Annex』2022年5月7日。2022年5月7日閲覧。

^ 「2022年度 セントラル・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大とR・マルティネスが監督推薦で球宴 大野雄は7年ぶり3度目、ライデルは初出場」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年7月13日。2022年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月22日閲覧。

^ 「2022年7月27日 【公式戦】 試合結果 (セントラルvsパシフィック)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「【大野雄大手記】球宴2回完全投球で松山の悪夢払しょく…後半戦へ弾みがつく投球 CS争いに割って入りたい」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年7月28日。2022年9月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「【中日】大野雄が今季2度目の完封勝利も「情けない」2カ月ぶり5勝目「野手のみんなが守ってくれた結果」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年8月12日。2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月23日閲覧。

^ 「大野 雄大 - 中日ドラゴンズ - プロ野球」『スポーツナビ』。2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月23日閲覧。

^ 「【中日】大野雄、我慢の投球7回3安打無失点 勝利への流れつくる」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年9月10日。2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「2022年度 セントラル・リーグ 個人投手成績(規定投球回以上)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月23日閲覧。

^ 「中日・大野雄 来季は完投倍増目指す「バリバリ投げられるのもあと何年か。壊れるまで投げたい」」『スポニチ Sponichi Annex』株式会社スポーツニッポン新聞社、2022年11月9日。2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月23日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大 4月に左肘を手術」『スポーツ報知』2023年7月22日。2023年11月23日閲覧。

^ 「中日 大野雄大が契約更改 2年連続最下位のチームに危機感」『NHK』2023年11月9日。2023年1月6日閲覧。

^ 「中日・大野雄大、現状維持の年俸3億円で更改 日本一・阪神とは「いろんな差」「チームとしてガラッと変わらんと」」『中日スポーツ』2023年11月9日。2023年1月6日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大が異例の球団改革案熱弁「ガラッと変わらないと勝てへん」阪神導入の四球査定取り入れ強調」『スポーツ報知』2023年11月10日。2023年1月6日閲覧。

^ 「侍ジャパンマッチ2012 試合結果(第1戦)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年5月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年7月16日。2015年8月4日閲覧。

^ 「「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年9月10日。2015年9月20日閲覧。

^ 「「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!!」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2015年10月9日。2015年10月9日閲覧。

^ 「3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表!」『野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト』2016年2月15日。2016年2月17日閲覧。

^ 「大野雄、竜ただ1人侍に選出 先発左腕2人、エースになる」『中日スポーツ』2019年10月2日。2019年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「東京五輪に挑む侍ジャパンメンバー発表!「プロ野球ニュース」解説陣が期待する選手は?」『BASEBALL KING』2021年6月17日。2021年9月9日閲覧。

^ 「侍ジャパンの流れを変える好リリーフ!大野雄大が米国打線9球斬り…サヨナラ呼ぶ【東京五輪野球】」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2021年8月2日。2021年9月25日閲覧。

^ 「木下雄介さんとの約束だった 金メダルを天に向けた大野雄大 返事するかのように降り出した雨【東京五輪野球】」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2021年8月8日。2021年12月22日閲覧。

^ 「ゴールドポストプロジェクト」『首相官邸 オリンピック・パラリンピックレガシー推進室』。2022年6月9日閲覧。

^ 「1.02 - Essence of Baseball, DELTA Inc.」『1point02.jp』。2020年11月24日閲覧。

^ 「立浪和義コラム「真っすぐの威力が大野雄大選手の復活のカギに」」『週刊ベースボールONLINE』2019年10月21日。2021年6月20日閲覧。

^ 「“ノー・ノー”大野雄が8回力尽く 自己最速152キロ計測も、8回に痛恨の押し出し」『中日スポーツ』2019年9月23日。2019年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月23日閲覧。

^ 「中日・大野雄大が覚醒した2つの要因 エースの風格に感じる“すごみ”」『スポーツナビ』2015年8月20日、1頁。2022年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月19日閲覧。

^ 『野球小僧』2010年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、160-163頁。

^ 「佛教大151キロ左腕大野敗れる」『日刊スポーツ』2009年11月19日。2021年6月20日閲覧。

^ 「2020年7月31日 【公式戦】 試合結果 (中日vs東京ヤクルト)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年8月7日 【公式戦】 試合結果 (中日vs読売)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「中日・大野雄大が自身初の2戦連続完投勝利 チームでは2012年の吉見以来!エースが連敗止めた」『中日新聞社』2020年8月7日。2022年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年8月16日 【公式戦】 試合結果 (読売vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「中日・大野雄、3戦連続完投勝利は「逆球でも強い球をしっかり投げることができた」結果」『中日スポーツ』中日新聞社、2020年8月16日。2022年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「中日大野雄大、3試合連続2ケタ奪三振は球団史上初」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2020年8月17日。2020年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年8月23日 【公式戦】 試合結果 (中日vs横浜DeNA)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、今季初完封で4試合連続完投「ナンバー1守備」信じてゴロを量産」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年8月24日。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年9月1日 【公式戦】 試合結果 (中日vs広島東洋)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「2020年9月8日 【公式戦】 試合結果 (中日vs読売)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、6連続完投も「ええ投手に先に点を取られたら勝てない」巨人・菅野称える」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年9月9日。2022年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、連続無失点セ5位45イニングで止まる…次回登板へ切り替え」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年10月30日。2022年7月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月26日閲覧。

^ 「2020年9月15日 【公式戦】 試合結果 (広島東洋vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「大野雄、今季最短4イニング降板「申し訳ない」連続完投6で止まる」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年9月16日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「2020年9月22日 【公式戦】 試合結果 (中日vs東京ヤクルト)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「【中日】大野雄が奪三振ショーで今季3度目の完封勝利 与田監督「すごい男」」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年9月22日。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「2020年9月30日 【公式戦】 試合結果 (阪神vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「鬼門突破に導いたのはやはりこの男!大野雄が自己最多シーズン4完封目 「絶対オレで勝ったる、と思って」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年10月1日。2022年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「2020年10月7日 【公式戦】 試合結果 (中日vs東京ヤクルト)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「【中日】9月の月間MVP大野雄大、6回無失点8勝目 チームは6回リードなら27連勝」『スポーツ報知』報知新聞社、2020年10月7日。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「2020年10月14日 【公式戦】 試合結果 (中日vs阪神)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月7日閲覧。

^ 「2020年10月22日 【公式戦】 試合結果 (中日vs横浜DeNA)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日・大野雄、球団新の40回2/3連続イニング無失点達成! 64年ぶり記録更新」『Full-Count』2020年10月22日。2020年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日・大野雄、今季6度目の完封で5年ぶり10勝! 歴代12位の45イニング連続無失点」『Full-Count』2020年10月22日。2020年11月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「虎ホレた!佛教大・大野151キロ菊池級」『日刊スポーツ』2009年11月17日。2021年6月20日閲覧。

^ ドラフト指名選手の野球人生ドキュメント『野球小僧』2010ドラフト総決算号、白夜書房、雑誌67614-98、90-95頁。

^ 「勝因・敗因共に両先発にあり…CS伝統の一戦で初解説務めた大野雄 打たれた高橋も抑えた菅野も“来秋への教材”に」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2021年11月7日。2022年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、引退の斎藤佑樹に「大学時代に佑ちゃんに投げ勝って名前を挙げてやろうと…88年世代の同級生として感謝」」『中日スポーツ』2017年10月1日。2024年2月24日閲覧。

^ 「ツインズ・前田健太が中日・大野雄大の「アイラブユー」に返答「ミートゥー」」『スポーツ報知』2022年5月19日。2024年2月24日閲覧。

^ 「中日・大野雄大「投げ合う投手で意識するのは彼くらい」が巨人・菅野智之への思い 25日は今季2度目の投げ合い」『日テレNEWS NNN』2024年8月25日。2024年8月25日閲覧。

^ 「中日・大野 大野奨太加入で登録名困った」『デイリースポーツ』2017年12月11日。2020年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ Farm Interview『週刊ベースボール』2011年46号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-10/10。

^ 元中日ドラゴンズ・吉見一起さんと、引退まで支えた元高校球児の知られざるエピソード - デサントHP

^ 「中日大野が結婚!交際3年の塾講師」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2012年11月28日。2020年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日・大野が結婚 佛教大時代の同級生と「妻を幸せに」」『スポーツニッポン』株式会社スポーツニッポン新聞社、2012年11月29日。2021年6月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「中日・大野が結婚披露宴 谷繁監督らが祝福」『デイリースポーツ online』2013年12月8日。2022年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月11日閲覧。

^ 「中日、大野雄大に第3子長男誕生「今回も妻が頑張ってくれました」」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2021年11月13日。2021年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月15日閲覧。

^ 「千賀滉大は大野雄大のノーノー達成に「うらやましかった」珍理由【新春特別対談】」『西日本スポーツ』西日本新聞社、2020年1月1日。2022年6月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月3日閲覧。

^ 「【プロ野球】中日・大野雄大、球は荒れても気持ちはストレート」『web Sportiva』集英社、2012年8月13日。2021年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月12日閲覧。

^ 「大野雄大投手「私、大野は大大吉を引き当てました」」『週刊ベースボールONLINE』2016年1月22日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日大野雄大「しんどいけど」自主トレで恒例山登り」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2021年1月5日。2021年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月12日閲覧。

^ 「中日大野雄2年ぶり勝利の秘密は禁酒とラーメン封印」『日刊スポーツ』2019年4月23日。2021年6月20日閲覧。

^ 「中日エースと「Da―iCE」ボーカル、2人の『大野雄大』が語り合った!お互い『ドームの野望』実現させる」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年12月29日。2020年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「中日大野雄大「負けない投手に」V奪回へ貯金増産だ」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2019年12月8日。2022年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「Da-iCE大野雄大がCBCテレビ「サンデードラゴンズ」に生出演決定!」『Da-iCE(ダイス)オフィシャルサイト』2019年12月4日。2022年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月10日閲覧。

^ 「中日・大野雄大ノーヒットノーランの裏に、サカナクション山口一郎あり!」『RadiChubu-ラジチューブ-』2019年9月18日。2020年11月14日閲覧。

^ 「【中日】公式YouTubeが大野雄大×サカナクション・山口一郎「夢の対談」収録現場へ潜入成功!19日17時に公開」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年12月19日。2022年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「【ドラゴンズ公式】 #大野雄大 選手が #サカナクション #山口一郎 さんと対談!まさかの逆オファーで #シュガシュガ 収録現場に潜入成功! #Dragons_Inside」『中日ドラゴンズ公式チャンネル』2021年12月19日。2022年8月9日閲覧。

^ 「吉見から受け継いだエースのバトン…中日・大野雄が登場曲で『感謝』6日引退登板の先輩へ「恩返しできたかな」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年11月5日。2022年8月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月15日閲覧。

^ 「中日・大野雄 サプライズで登場曲変更 引退の吉見に“感謝”の気持ちを表現」『スポニチ Sponichi Annex』スポーツニッポン新聞社、2020年11月5日。2022年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月22日閲覧。

^ 「大野、クラウン賞 初受賞に「感謝」」『中日スポーツ』中日新聞社、2015年9月17日。2015年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月16日閲覧。

^ 「大野雄、満場一致でドラゴンズクラウン賞に選出!史上5人目の2度目、5年ぶり受賞「シーズン途中から狙っていた。すごくうれしい」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2020年11月3日。2022年8月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月16日閲覧。

^ 「谷繁、クラウン賞」『中日スポーツ』中日新聞社、2013年10月1日。2013年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「沢村賞の中日・大野雄大が「仏教大学スポーツ栄誉賞」第1号 「来季は五輪メンバーに」」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』2020年12月30日。2020年12月30日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、京都府と京都市の栄誉賞ダブル受賞「自分のことを京都人だと思う」「賞に恥じないよう」」『スポーツ報知』報知新聞社、2021年11月15日。2022年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月9日閲覧。

^ 「◎大野選手にスポーツ特別栄誉賞=東京五輪野球で金メダル―京都府 11月15日17時56分」『京都府ホームページ』2021年11月15日。2022年8月10日閲覧。

^ 「愛知県スポーツ顕彰 東京五輪出場の95人が受賞 パリへの抱負も」『朝日新聞デジタル』朝日新聞社、2021年12月9日。2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月25日閲覧。

^ 「大野雄大選手へ史上初名古屋市スポーツ栄誉賞を贈呈します (PDF)」『名古屋市公式ウェブサイト』名古屋市、2022年3月2日。2022年8月24日時点のオリジナル (PDF)よりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「中日ドラゴンズ大野雄大投手に「名古屋市スポーツ栄誉賞」 侍ジャパンを支えた功績を称える」『名古屋テレビ【メ~テレ】』名古屋テレビ、2022年3月9日。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、侍ジャパン金メダルを河村たかし市長に披露 名古屋市スポーツ栄誉賞の第1号で表彰」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2022年3月9日。2022年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月24日閲覧。

^ 「2011年10月14日(金) 巨人 - 中日 22回戦 - 試合速報」『中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト』中日ドラゴンズ。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「中日大野雄大、復帰マウンドで通算1000奪三振を達成」『日刊スポーツ』2021年5月21日。2021年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「2012年7月11日【公式戦】試合結果(阪神vs中日)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「選手名鑑 大野 雄大(投手)」『中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト』中日ドラゴンズ。2022年4月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「2012年10月3日 【公式戦】 試合結果 (中日vs阪神)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「2013年9月26日【公式戦】試合結果(中日vs広島東洋)」『NPB.jp 日本野球機構』。2021年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。

^ 「2014年7月25日 【公式戦】 試合結果 (中日vs読売)」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「2014年9月11日(木) 広島 - 中日 23回戦 - 試合速報」『中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト』中日ドラゴンズ。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「大野 雄大(中日ドラゴンズ) | 個人年度別成績」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月7日閲覧。

^ 「2019年8月13日(火) ナゴヤドーム 【セ・リーグ公式戦】 中日ドラゴンズ vs 阪神タイガース 19回戦」『NPB.jp 日本野球機構』。2022年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月11日閲覧。

^ 「【中日】大野雄大、通算1500投球回に到達 ヤクルト・村上宗隆から空振り三振奪って達成」『スポーツ報知』2023年4月4日。2023年4月4日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2013年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2014年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2017年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2018年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2019年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月4日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2015年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「選手テーマ曲」『中日ドラゴンズ 公式サイト』中日ドラゴンズ。2016年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月29日閲覧。

^ 「大野雄、気迫で抑えた今季7勝 2度のピンチ、併殺で切り抜けた」『中日スポーツ・東京中日スポーツ』中日新聞社、2019年8月7日。2019年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月19日閲覧。

京都府出身の人物一覧

佛教大学の人物一覧

中日ドラゴンズの選手一覧

ハンカチ世代

ノーヒットノーラン達成者一覧

個人年度別成績 大野雄大 - NPB.jp 日本野球機構

選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube

大野 雄大 - 中日ドラゴンズ オフィシャルウェブサイト

大野 雄大 - 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト

選手情報 - 週刊ベースボールONLINE

大野 雄大 (@yudai_ohno) - Instagram

大野雄大後援会

73 立浪和義

88 片岡篤史(ヘッド)

76 大塚晶文(投手)

77 落合英二(投手兼育成)

75 和田一浩(打撃)

86 上田佳範(打撃)

80 小田幸平(捕手)

71 堂上直倫(内野守備走塁)

79 大西崇之(外野守備走塁)

89 井上一樹(監督)

83 山井大介(投手)

82 浅尾拓也(投手)

78 森野将彦(打撃)

84 福田永将(打撃)

72 大野奨太(捕手)

81 森越祐人 (内野守備走塁)

87 中村豊(外野守備走塁)

85 渡邉博幸(育成野手)

7 根尾昂

11 小笠原慎之介

12 田島慎二

13 橋本侑樹

14 草加勝

16 岩嵜翔

17 柳裕也

18 梅津晃大

19 髙橋宏斗

20 涌井秀章

22 大野雄大

24 福谷浩司

26 石森大誠

28 森博人

31 仲地礼亜

33 祖父江大輔

34 福敬登

36 福田幸之介

38 松葉貴大

41 勝野昌慶

46 梅野雄吾

47 砂田毅樹

48 土生翔太

50 清水達也

54 藤嶋健人

59 齋藤綱記

64 福島章太

67 上田洸太朗

69 松木平優太

90 松山晋也

91 メヒア

92 マルティネス

93 フェリス

96 加藤竜馬

35 木下拓哉

39 宇佐見真吾

43 味谷大誠

49 加藤匠馬

57 山浅龍之介

58 石橋康太

2 田中幹也

3 高橋周平

5 村松開人

6 中田翔

9 中島宏之

25 石川昂弥

27 津田啓史

29 辻本倫太郎

32 石垣雅海

45 龍空

60 山本泰寛

66 ビシエド

68 福永裕基

95 ロドリゲス

97 樋口正修

99 カリステ

00 尾田剛樹

1 岡林勇希

4 鵜飼航丞

8 大島洋平

30 三好大倫

37 濱将乃介

42 ブライト健太

44 川越誠司

51 上林誠知

52 加藤翔平

53 後藤駿太

55 細川成也

63 板山祐太郎

94 ディカーソン

208 石川翔

210 岡田俊哉

212 野中天翔

213 森山暁生

214 近藤廉

216 菊田翔友

215 日渡騰輝

207 星野真生

218 川上理偉

209 福元悠真

220 モニエル

1950 大島信雄

1951 松田清

1952 梶岡忠義

1953 大友工

1954 杉下茂

1955 別所毅彦

1956 渡辺省三

1957 金田正一

1958 金田正一

1959 村山実

1960 秋山登

1961 権藤博

1962 村山実

1963 柿本実

1964 G.バッキー

1965 金田正一

1966 堀内恒夫

1967 権藤正利

1968 外木場義郎

1969 江夏豊

1970 村山実

1971 藤本和宏

1972 安田猛

1973 安田猛

1974 関本四十四

1975 安仁屋宗八

1976 鈴木孝政

1977 新浦寿夫

1978 新浦寿夫

1979 平松政次

1980 松岡弘

1981 江川卓

1982 斉藤明夫

1983 福間納

1984 小林誠二

1985 小松辰雄

1986 北別府学

1987 桑田真澄

1988 大野豊

1989 斎藤雅樹

1990 斎藤雅樹

1991 佐々岡真司

1992 盛田幸妃

1993 山本昌広

1994 郭源治

1995 T.ブロス

1996 斎藤雅樹

1997 大野豊

1998 野口茂樹

1999 上原浩治

2000 石井一久

2001 野口茂樹

2002 桑田真澄

2003 井川慶

2004 上原浩治

2005 三浦大輔

2006 黒田博樹

2007 高橋尚成

2008 石川雅規

2009 チェン

2010 前田健太

2011 吉見一起

2012 前田健太

2013 前田健太

2014 菅野智之

2015 K.ジョンソン

2016 菅野智之

2017 菅野智之

2018 菅野智之

2019 大野雄大

2020 大野雄大

2021 柳裕也

2022 青柳晃洋

2023 村上頌樹

2024 髙橋宏斗

1950 杉下茂

1951 金田正一

1952 金田正一

1953 金田正一

1954 杉下茂

1955 金田正一

1956 金田正一

1957 秋山登

1958 金田正一

1959 金田正一

1960 金田正一

1961 権藤博

1962 小山正明

1963 金田正一

1964 金田正一

1965 村山実

1966 村山実

1967 江夏豊

1968 江夏豊

1969 江夏豊

1970 江夏豊

1971 江夏豊

1972 江夏豊

1973 高橋一三

1974 金城基泰

1975 外木場義郎

1976 池谷公二郎

1977 池谷公二郎

1978 斉藤明雄

1979 新浦寿夫

1980 江川卓

1981 江川卓

1982 江川卓

1983 遠藤一彦

1984 遠藤一彦

1985 小松辰雄

1986 遠藤一彦

1987 川口和久

1988 槙原寛己

1989 川口和久

1990 木田優夫

1991 川口和久

1992 仲田幸司

1993 今中慎二

1994 桑田真澄

1995 斎藤雅樹

1996 斎藤隆

1997 山本昌

1998 石井一久

1999 上原浩治

2000 石井一久

2001 野口茂樹

2002 井川慶

2003 上原浩治

2004 井川慶

2005 門倉健, 三浦大輔

2006 川上憲伸, 井川慶

2007 内海哲也

2008 C.ルイス

2009 C.ルイス

2010 前田健太

2011 前田健太

2012 杉内俊哉, 能見篤史

2013 R.メッセンジャー

2014 R.メッセンジャー

2015 藤浪晋太郎

2016 菅野智之

2017 M.マイコラス

2018 菅野智之

2019 山口俊

2020 大野雄大

2021 柳裕也

2022 戸郷翔征

2023 今永昇太

2024 戸郷翔征

1991 西村龍次 - 古田敦也

1992 岡林洋一 - 古田敦也

1993 山本昌広 - 中村武志

1994 桑田真澄 - 村田真一

1995 T.ブロス - 古田敦也

1996 斎藤雅樹 - 村田真一

1997 田畑一也 - 古田敦也

1998 佐々木主浩 - 谷繁元信

1999 野口茂樹 - 中村武志

2000 五十嵐亮太 - 古田敦也

2001 藤井秀悟 - 古田敦也

2002 上原浩治 - 阿部慎之助

2003 井川慶 - 矢野輝弘

2004 川上憲伸 - 谷繁元信

2005 藤川球児 - 矢野輝弘

2006 川上憲伸 - 谷繁元信

2007 高橋尚成 - 阿部慎之助

2008 S.グライシンガー - 阿部慎之助

2009 D.ゴンザレス - 阿部慎之助

2010 前田健太 - 石原慶幸

2011 吉見一起 - 谷繁元信

2012 内海哲也 - 阿部慎之助

2013 前田健太 - 石原慶幸

2014 菅野智之 - 阿部慎之助

2015 石川雅規 - 中村悠平

2016 野村祐輔 - 石原慶幸

2017 菅野智之 - 小林誠司

2018 大瀬良大地 - 會澤翼

2019 山口俊 - 小林誠司

2020 大野雄大 - 木下拓哉

2021 柳裕也 - 木下拓哉

2022 青柳晃洋 - 梅野隆太郎

2023 東克樹 - 山本祐大

2024 菅野智之 - 小林誠司

1936春夏 牧野潔

1936秋 加藤智男

1937春 森井茂

1937秋 森井茂

1938春 松尾幸造

1938秋 森井茂

1939 松尾幸造

1940 村松幸雄

1941 森井茂

1942 河村章

1943 松尾幸造

1944 森井茂

1946 森井茂

1947 松尾幸造

1948 服部受弘

1949 服部受弘

1950 清水秀雄

1951 近藤貞雄

1952 大島信雄

1953 杉下茂

1954 石川克彦

1955 石川克彦

1956 杉下茂

1957 伊奈努

1958 中山俊丈

1959 伊奈努

1960 伊奈努

1961 板東英二

1962 柿本実

1963 河村保彦

1964 河村保彦

1965 柿本実

1966 山中巽

1967 小川健太郎

1968 小川健太郎

1969 小川健太郎

1970 小川健太郎

1971 伊藤久敏

1972 水谷寿伸

1973 稲葉光雄

1974 星野仙一

1975 松本幸行

1976 星野仙一

1977 松本幸行

1978 星野仙一

1979 星野仙一

1980 藤沢公也

1981 三沢淳

1982 小松辰雄

1983 小松辰雄

1984 鈴木孝政

1985 小松辰雄

1986 郭源治

1987 杉本正

1988 小松辰雄

1989 小野和幸

1990 西本聖

1991 小松辰雄

1992 郭源治

1993 今中慎二

1994 今中慎二

1995 今中慎二

1996 今中慎二

1997 山本昌

1998 山本昌

1999 川上憲伸

2000 野口茂樹

2001 山本昌

2002 山本昌

2003 川上憲伸

2004 川崎憲次郎

2005 川上憲伸

2006 川上憲伸

2007 川上憲伸

2008 川上憲伸

2009 浅尾拓也

2010 吉見一起

2011 M.ネルソン

2012 吉見一起

2013 吉見一起

2014 川上憲伸

2015 山井大介

2016 大野雄大

2017 大野雄大

2018 小笠原慎之介

2019 笠原祥太郎

2020 大野雄大

2021 福谷浩司

2022 大野雄大

2023 小笠原慎之介

2024 柳裕也

1947 別所昭

1948 中尾碩志

1949 藤本英雄

1950 真田重男

1951 杉下茂

1952 杉下茂

1953 大友工

1954 杉下茂

1955 別所毅彦

1956 金田正一

1957 金田正一

1958 金田正一

1959 村山実

1960 堀本律雄

1961 権藤博

1962 小山正明

1963 伊藤芳明

1964 G.バッキー

1965 村山実

1966 村山実, 堀内恒夫

1967 小川健太郎

1968 江夏豊

1969 高橋一三

1970 平松政次

1972 堀内恒夫

1973 高橋一三

1974 星野仙一

1975 外木場義郎

1976 池谷公二郎

1977 小林繁

1978 松岡弘

1979 小林繁

1981 西本聖

1982 北別府学

1983 遠藤一彦

1985 小松辰雄

1986 北別府学

1987 桑田真澄

1988 大野豊

1989 斎藤雅樹

1990 野茂英雄

1991 佐々岡真司

1992 石井丈裕

1993 今中慎二

1994 山本昌広

1995 斎藤雅樹

1996 斎藤雅樹

1997 西口文也

1998 川崎憲次郎

1999 上原浩治

2001 松坂大輔

2002 上原浩治

2003 井川慶, 斉藤和巳

2004 川上憲伸

2005 杉内俊哉

2006 斉藤和巳

2007 ダルビッシュ有

2008 岩隈久志

2009 涌井秀章

2010 前田健太

2011 田中将大

2012 攝津正

2013 田中将大

2014 金子千尋

2015 前田健太

2016 K.ジョンソン

2017 菅野智之

2018 菅野智之

2020 大野雄大

2021 山本由伸

2022 山本由伸

2023 山本由伸

沢村栄治

V.スタルヒン

石田光彦

中尾輝三

亀田忠

浅野勝三郎

三輪八郎

森弘太郎

西沢道夫

天保義夫

藤本英雄

別所昭

石丸進一

呉昌征

梶岡忠義

真田重男

金田正一

林義一

大友工

山下登

杉下茂

大津守

大脇照夫

大矢根博臣

井上善夫

中山義朗

G.バッキー

外木場義郎

清俊彦

若生忠男

堀内恒夫

城之内邦雄

鈴木啓示

成田文男

渡辺秀武

鬼頭洋

藤本和宏

高橋直樹

江夏豊

神部年男

加藤初

戸田善紀

郭泰源

田中幸雄

近藤真一

柴田保光

湯舟敏郎

西崎幸広

佐藤義則

T.ブロス

渡辺久信

野口茂樹

石井一久

川尻哲郎

佐々岡真司

M.バンチ

N.エルビラ

川上憲伸

井川慶

R.ガトームソン

山本昌

前田健太

杉内俊哉

西勇輝

山井大介

岸孝之

山口俊

菅野智之(CS)

千賀滉大

大野雄大

小川泰弘

東浜巨

今永昇太

山本由伸

C.ポンセ

石川柊太

戸郷翔征

大瀬良大地

90 小久保裕紀

73 奈良原浩(ヘッド)

79 大西崇之(外野守備・走塁)

80 稲葉篤紀(打撃)

87 仁志敏久(内野守備・走塁)

88 矢野燿大(バッテリー)

89 鹿取義隆(投手)

10 松井裕樹

11 菅野智之

14 則本昂大

15 澤村拓一

16 大谷翔平

18 前田健太

19 増井浩俊

21 西勇輝

22 大野雄大

24 山﨑康晃

29 小川泰弘

30 武田翔太

35 牧田和久

27 炭谷銀仁朗

37 嶋基宏

52 中村悠平

2 今宮健太

3 松田宣浩

5 川端慎吾

6 坂本勇人

9 中島卓也

13 中田翔

23 山田哲人

60 中村剛也

7 中村晃

8 平田良介

25 筒香嘉智

55 秋山翔吾

80 稲葉篤紀

88 金子誠(ヘッド兼打撃)

81 建山義紀(投手)

84 村田善則(バッテリー)

82 井端弘和(内野守備・走塁)

87 清水雅治(外野守備・走塁)

11 岸孝之

13 山岡泰輔

17 大竹寛

18 山口俊

19 山﨑康晃

20 甲斐野央

21 今永昇太

22 大野雄大

28 高橋礼

43 山本由伸

47 中川皓太

57 嘉弥真新也

90 田口麗斗

10 小林誠司

27 會澤翼

62 甲斐拓也

1 山田哲人

2 源田壮亮

3 浅村栄斗

4 菊池涼介

5 外崎修汰

6 坂本勇人

7 松田宣浩

8 近藤健介

9 丸佳浩

23 周東佑京

34 吉田正尚

51 鈴木誠也

80 稲葉篤紀

88 金子誠(ヘッド兼打撃)

81 建山義紀(投手)

84 村田善則(バッテリー)

82 井端弘和(内野守備・走塁)

87 清水雅治(外野守備・走塁)

12 青柳晃洋

13 岩崎優

15 森下暢仁

16 伊藤大海

17 山本由伸

18 田中将大

19 山﨑康晃

20 栗林良吏

21 千賀滉大

22 大野雄大

61 平良海馬

7 梅野隆太郎

10 甲斐拓也

1 山田哲人

2 源田壮亮

3 浅村栄斗

4 菊池涼介

6 坂本勇人

55 村上宗隆

8 近藤健介

9 柳田悠岐

31 栗原陵矢

34 吉田正尚

51 鈴木誠也

1位:大野雄大

2位:吉川大幾

3位:武藤祐太

4位:森越祐人

5位:関啓扶

日本の野球選手

中日ドラゴンズ及びその前身球団の選手

沢村栄治賞

最優秀防御率 (NPB)

最多奪三振 (NPB)

NPBオールスターゲーム選出選手

野球日本代表選手

WBSCプレミア12日本代表選手

2015 WBSCプレミア12選手

2019 WBSCプレミア12選手

WBSCプレミア12優勝選手

オリンピック野球日本代表選手

野球のオリンピックメダリスト

日本のオリンピック金メダリスト

京都外大西高等学校出身の野球選手

佛教大学硬式野球部の選手

京都市出身の人物

京都府出身のスポーツ選手

1988年生

存命人物

Pages using the JsonConfig extension

ISBNマジックリンクを使用しているページ

野球に関する記事

プロジェクト人物伝項目

ウィキデータにある日本野球機構選手識別子

2024/11/18 00:12更新

oono yuudai


大野雄大と同じ誕生日9月26日生まれ、同じ京都出身の人

黒木 マリナ(くろき まりな)
1988年9月26日生まれの有名人 東京出身

黒木 マリナ(くろき マリナ、1988年9月26日 - )は、日本の元女優、元歌手。出身地:東京都世田谷区。血液型はA型。所属事務所はSRプロモーション→株式会社大越エンタープライズ。堀越高等学校卒…

稲田 奈緒(いなだ なお)
1977年9月26日生まれの有名人 東京出身

稲田 奈緒(いなだ なお、1977年9月26日 - )は、日本の女優、タレント。旧芸名、稲田 奈穂(読み同じ)。東京都出身。 1997年、テレビ東京で放映された深夜番組『BiKiNi』にレギュラー出…

麻生 真友子(あそう まゆこ)
1982年9月26日生まれの有名人 東京出身

麻生 真友子(あそう まゆこ、1982年9月26日 - )は、日本の女優、タレント。血液型はAB型。本名・百地千寿。東京都出身。 幼少の頃からドラマや特撮などに出演し、まニャン子クラブのメンバーにも…

秋山 莉奈(あきやま りな)
1985年9月26日生まれの有名人 東京出身

秋山 莉奈(あきやま りな、1985年9月26日 - )は、日本の女優、タレント、元グラビアアイドルである。 現在の本名は後藤 莉奈(ごとう りな。結婚前の旧姓は現芸名と同一)。 東京都出身。キリ…

徳田 いずみ(とくだ いずみ)
1982年9月26日生まれの有名人 東京出身

徳田 いずみ(とくだ いずみ、1982年9月26日 - )は、東京都出身の女性ファッションモデル。ナウファッションエージェンシー→イデア(2009年4月より)所属。 高校時代は介護福祉士を目指してい…


長崎 莉奈(ながさき りな)
1987年9月26日生まれの有名人 東京出身

長崎 莉奈(ながさき りな、1987年9月26日 - )は、日本の元ファッションモデル、タレント、女優、グラビアアイドル。バードレーベル所属。 東京都出身。東京都立広尾高等学校卒業、立教大学文学部卒…

牧 伸二(まき しんじ)
1934年9月26日生まれの有名人 東京出身

牧 伸二(まき しんじ、本名:大井 守常〈おおい もりつね〉、1934年9月26日 - 2013年4月29日)は、日本のウクレレ漫談家、司会者。牧プロダクション所属。東京演芸協会第6代会長。 ハワイ…

田村 連(たむら れん)
1949年9月26日生まれの有名人 東京出身

田村 連(たむら れん、1949年9月26日 - )は、日本の男性俳優、声優、演出家、振付師。東京都出身。ザ・スーパー・カムパニイ所属。桐朋学園演劇科卒業。東京声優アカデミーで講師も務めている。 1…

作間 功(さくま いさお)
1942年9月26日生まれの有名人 東京出身

作間 功(さくま いさお、1942年9月26日 - )は、日本の男性声優、俳優。東京府(現:東京都)出身。旧芸名は、作間 伊佐夫(読み同じ)。 立教大学卒業。以前はテアトル・エコー、シグマ・セブン、…

むらかわみちお(1964年 - )
1964年9月26日生まれの有名人 東京出身

むらかわみちお(1964年9月26日 - )は、日本の漫画家。東京都荒川区在住。 東京生まれ、埼玉の寒村に育つ。 浦和市立浦和高等学校、某大学法学部卒。 現在は東京都荒川区在住。 大学卒業後、広告…


TOPニュース

動画を見るだけで10万円稼げる!?

闇バイトに引っかからない方法

Hey! Say! JUMPの有岡大貴松岡茉優が結婚を発表

令和6年6月6日に66歳になった人は?

藤原さくら、ライブ活動休止を発表

サッカー日本代表の堂安律が一般女性と結婚を発表

NHK大河ドラマ「光る君へ」で松下洸平がペラペラの宋語で話題に

King&Prince永瀬廉が右耳負傷の為一時活動休止を発表

いくよくるよの今くるよさん、膵がんの為死去


大野雄大と近い名前の人


大野 豊_(工学者)(おおの ゆたか)
1924年8月24日生まれの有名人 東京出身

大野 豊(おおの ゆたか、1924年(大正13年)8月24日 - 2012年(平成24年)10月27日)は、日本の工学博士。京都大学名誉教授。栄典は、正四位・勲二等瑞宝章、紫綬褒章。日本で初めてのオン…

大野 豊_(野球)(おおの ゆたか)
1955年8月30日生まれの有名人 島根出身

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート 大野 豊(おおの ゆたか、1955年8月30日 - )は、島根県出雲市出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)。現在は野球解説者として活…

大野 由加里(おおの ゆかり)
1979年2月9日生まれの有名人 愛知出身

大野 由加里(おおの ゆかり、1979年(昭和54年)2月9日 - )は、日本の司会、タレント、女優。現在はフリー。2005年9月から2007年1月まで毬谷くるみ(まりや くるみ)という芸名で活動して…

大野 毅(おおの たけし)
1944年11月22日生まれの有名人 出身

大野 毅(おおの たけし、1944年11月22日 - )は、日本出身の元サッカー日本代表選手・指導者。 城北高等学校、早稲田大学第二商学部出身。大学同期に、釜本邦茂や森孝慈がいる。早稲田大学ア式蹴球…

大野 かなこ(おおの かなこ)
1986年3月27日生まれの有名人 北海道出身

大野 かなこ(おおの かなこ、1986年3月27日 - )は、日本の女優、タレント、モデル。北海道空知(樺戸郡新十津川町)出身。 北海道樺戸郡新十津川町生まれ。実家は農家。 夢は北海道米のイメージガ…


大野 愛友佳(おおの あゆか)
1994年6月14日生まれの有名人 千葉出身

大野 愛友佳(おおの あゆか、1994年6月14日 - )は、日本の女優、タレント。千葉県出身。亜細亜大学経営学部経営学科卒業。 2009年までSugar&Spice所属、子役タレントとして…

大野 いと(おおの いと)
1995年7月2日生まれの有名人 福岡出身

テレビドラマ『黒の女教師』『馬子先輩の言う通り』『新宿セブン』『同期のサクラ』『リコカツ』 大野 いと(おおの いと、1995年〈平成7年〉7月2日 - )は、日本の女優、ファッションモデル。福岡県…

大野 舞(おおの まい)
1995年8月25日生まれの有名人 愛知出身

大野 舞(おおの まい、1995年8月25日 - )は、愛知県出身の女性シンガーソングライター、グラビアモデル。 愛知県出身。名古屋スクールオブミュージック&ダンス専門学校・ソロヴォーカルコース卒業…

大野 敏隆(おおの はるたか)
1978年5月12日生まれの有名人 埼玉出身

大野 敏隆(おおの はるたか、1978年5月12日 - )は、埼玉県生まれ、群馬県育ちの元プロサッカー選手。ポジションはMF。 1997年に前橋商業高校から柏レイソルに入団。ユース代表では中村俊輔と…

大野 勢太郎(おおの せいたろう)
1947年4月24日生まれの有名人 東京出身

大野 勢太郎(おおの せいたろう、本名:大野 正(おおの ただし)、1947年4月24日 - )は、日本のフリーアナウンサー。レディオパワープロジェクト所属。元文化放送アナウンサー。東京都出身。 東…


大野 香菜(おおの かな)
1958年5月17日生まれの有名人 東京出身

大野 香菜(おおの かな、1958年5月17日 - )は、日本のフリーアナウンサー。圭三プロダクション所属。旧名:大野 かおり(おおの かおり)。 3人兄妹の長女として誕生(兄1人、弟1人)。東京都…

大野 幹代(おおの みきよ)
1974年6月17日生まれの有名人 千葉出身

大野 幹代(おおの みきよ、1974年6月17日 - )は、日本のタレント、女優、歌手。アイドルグループCoCo元メンバーである。東京都出身。日出女子学園高校、大東文化大学卒業。愛称はミッキー。 1…

注目の芸能人・有名人【ランキング】
話題のアホネイター
大野雄大
  • Google+でシェア
  • はてなブックマークに追加
  • LINEでシェア

最近追加された芸能人・有名人

こっちのけんと 斎藤元彦 松島かのん 澤繁実 小野寺紘毅 桜井誠_(活動家) 安野貴博 ジャンボ松田 後藤輝樹 石丸幸人

グループ

純烈 アリス十番 ベイビーレイズ AeLL. 9nine KAT-TUN Timelesz SixTONES THE ポッシボー predia 

▲ページトップに戻る

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「大野雄大」を素材として二次利用しています。

twitterはじめました