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伊東勤の情報 (いとうつとむ)
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【4月4日】今日誕生日の芸能人・有名人

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伊東 勤さんについて調べます

■名前・氏名
伊東 勤
(読み:いとう つとむ)
■職業
野球選手
■伊東勤の誕生日・生年月日
1962年8月29日 (年齢62歳)
寅年(とら年)、乙女座(おとめ座)
■出身地・都道府県
熊本出身

(昭和37年)1962年生まれの人の年齢早見表

伊東勤と同じ1962年生まれの有名人・芸能人

伊東勤と同じ8月29日生まれの有名人・芸能人

伊東勤と同じ出身地熊本県生まれの有名人・芸能人


伊東勤と関係のある人

浦田直治: スカウト専任に戻った後は秋山幸二・伊東勤・工藤公康といった金の卵を獲得し、発足間もない弱小球団を「3年、5年先を考えた」ドラフト戦略で常勝軍団に育てていった。


石井貴: 石井は第1ステージでは登板はなかったが、同じ先発で10勝を挙げた西口文也が怪我でプレーオフに登板できないことや第1ステージで3試合消化することになりこの年の主軸投手が次々に先発登板してしまい第2ステージ第1試合が西口の離脱で谷間先発投手の誰かにならざるを得ない状態になってしまった、伊東勤監督から投手陣のリーダーと評されていたことからこの年不振ではあったが実績を買い第2ステージでは第1戦の先発を任された。


藤岡貴裕: その後二軍で調整を進め、5月2日に一軍昇格して日本ハム戦で先発したが今度はさらに内容を悪くし、3回8失点で敗戦投手となり、前日に続いて投手陣が崩壊したこともあり、怒り心頭の伊東勤監督からは「プロ野球の投手じゃない」と酷評され、再び二軍落ちとなった。


森祇晶: 1989年は、正捕手の伊東勤が3月1日に春野キャンプでの練習中に右足首を捻挫する大怪我を負った影響で開幕から欠くという苦しいスタートとなり、チームも下位に低迷。


仲田秀司: 初出場:1985年4月9日、対日本ハムファイターズ1回戦(後楽園球場)、9回裏に伊東勤に代わり捕手として出場


田原晃司: 伊東勤の引退後はその間の豊富な経験を生かしたリードが武器となり、若手で経験の浅い細川亨、野田浩輔、炭谷銀仁朗らのサポート役として一軍での出番が多くなり、守備固めでの起用が多かった。


郭泰源: スライダーは伊東勤にとって西武の全投手の中で最も印象に残ったほどの変化球で、郭はこの球のサインに首を振ったことが全くなかったといい、「調子がいいときなら、ほとんどミットを動かさなくていい。


東尾修: 同年シーズンは、レギュラー捕手の伊東勤は92試合の出場にとどまり、「東尾修さんが監督になった95年のドラフトで西武は1位で髙木大成を指名した。


大久保博元: だが当時の正捕手には伊東勤が定着しており森祇晶監督からはリードを評価されず、ほとんどが代打や指名打者ばかりで捕手としての先発出場はなかった。


荒木大輔: 2007年、1981年以来26年ぶりのBクラスに終わったチームの成績不振の責任を取り監督の伊東勤と共に辞任。


石原慶幸: WBCメンバー選出の際には伊東勤から「12球団トップクラス」と評されたほどの高いキャッチング技術を持つ。


塩崎真: 初盗塁:同上、9回表に二盗(投手:ロバート・ウィッシュネフスキー、捕手:伊東勤


新谷博: 4月14日の対ダイエー戦で、1点リードして2死満塁の場面で松永浩美相手にフルカウントとなり、伊東勤のサインに首を振ってストレートで空振り三振を取った。


郭泰源: 伊東勤は初めて郭の投球を受けたときに「とにかく速い。


石本努: 初盗塁:1995年10月4日、対西武ライオンズ26回戦(西武ライオンズ球場)、7回表に二盗(投手:新谷博、捕手:伊東勤


細川亨: 長年の正捕手だった伊東勤がコーチを兼務することや、捕手登録の和田一浩が外野手に専念することを踏まえた獲得で、入団当初の背番号は47。


小牧雄一: 2013年からは西武・斗山で同僚だった伊東勤が監督を務める千葉ロッテマリーンズのブルペンキャッチャー兼チームスコアラーに就任した。


島原輝夫: コーチ時代は伊藤光四郎コーチと共にスイッチヒッターに転向した加藤博一を指導し、スカウト時代は伊東勤を担当。


柴原洋: 開幕戦逆転サヨナラ本塁打は1994年に西武の伊東勤以来でプロ野球史上2人目。


相馬勝也: 同期入団で1歳年上の伊東勤が長く正捕手を務めたため、一軍での出場機会には恵まれなかった。


阿久根鋼吉: 初盗塁:2003年4月20日、対西武ライオンズ6回戦(東京ドーム)、8回裏に二盗(投手:石井貴、捕手:伊東勤


土屋正勝: 1球勝利投手:1986年5月10日、対西武ライオンズ5回戦(川崎球場)、9回表2死に伊東勤を捕手ゴロ ※史上7人目


秋山幸二: 最後の夏の甲子園熊本県予選では、決勝で大津一洋と伊東勤がバッテリーを務めていた熊本工高に4-6で敗れた。


西崎幸広: 初奪三振:同上、6回裏に伊東勤から


豊田清: 最優秀バッテリー賞:1回(2002年 捕手:伊東勤


田村藤夫: 同年は盗塁阻止率.427を記録し、伊東勤の.345を上回って以降、盗塁阻止率)では5年連続で伊東を凌駕している。


今久留主成幸: 初盗塁:1997年8月19日、対千葉ロッテマリーンズ19回戦(西武ライオンズ球場)、8回裏に伊東勤の代走


中村奨吾: なお、その際に中村のプロ入り時の監督となる伊東勤と対戦した経験がある。


福沢洋一: 初盗塁:1989年5月27日、対西武ライオンズ4回戦(川崎球場)、2回裏に二盗(投手:渡辺久信、捕手:伊東勤


有吉優樹: 新人時の春季キャンプでは伊東勤監督が「制球が安定している」、取材に訪れた三浦大輔も「バランス良く投げている」と高く評価したという。


伊東勤の情報まとめ

もしもしロボ

伊東 勤(いとう つとむ)さんの誕生日は1962年8月29日です。熊本出身の野球選手のようです。

もしもしロボ

卒業、引退、テレビ、家族、父親、現在に関する情報もありますね。今年の情報もありました。伊東勤の現在の年齢は62歳のようです。

伊東勤のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)

■プロジェクト:野球選手  ■テンプレート

伊東 勤(いとう つとむ、1962年8月29日 - )は、熊本県飽託郡託麻村(現:熊本市東区)出身の元プロ野球選手(捕手)・監督・コーチ、野球解説者・評論家。西武ライオンズ黄金時代の正捕手として活躍し、ベストナイン10回受賞(歴代5位タイ、捕手部門歴代2位)、ゴールデングラブ賞11回受賞(歴代2位タイ、捕手部門歴代最多)。

熊本工業高校(定時制課程)に在籍。高校時代は外野手にコンバートされていたが、同学年で他校のライバルである藤村寿成(九州学院 - 九州産交)の足を封じるために再び捕手に転向した。この藤村寿成の次男である藤村大介は熊本工の後輩にあたる。

3年次の1980年、大津一洋とのバッテリーで夏の熊本大会決勝で秋山幸二を4番でエースに擁した八代高校を破り、第62回全国高等学校野球選手権大会に出場。本人は卒業後に同校出身の兄と同じく県内の社会人野球へ進むつもりだったというが当時西武の監督を務めていた根本陸夫からその才能を見出され、4年次の1981年に熊本工から埼玉県立所沢高等学校(定時制)へ転校、同時に西武球団職員として採用された。昼間は職員としての社務の傍ら練習生として活動し、夜は高校通学という生活を送った。これは根本が他球団に伊東を奪われまいとするための「囲い込み」であったと伝えられる。

この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)出典検索: "伊東勤" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2015年9月)
1982年、ドラフト1位で正式に西武へ入団。広岡達朗監督と森昌彦ヘッドコーチの厳しい教育を受け、1年目の1982年は33試合、2年目の1983年には56試合出場と経験を積むが、当初はサインを出しても投手陣からは無視される日々が続いた。伊東自身は「正直なところ、私は周囲がイメージするほど森さんの指導を受けていたわけではありません。どちらかといえば距離がありました。これは決して私だけが特別だったわけではなく、ほとんどの選手がそうだったように思います。」と述べている。 3年目の1984年、4月11日の日本ハム戦(後楽園)で当時正捕手であった黒田正宏が大宮龍男の折れたバットを左側頭部に受けて病院に運ばれる。すぐ電話があり「上がってこられないか」と言われ、翌12日に二軍で一番球が速い新人の渡辺久信の球を受けてゴーサインが出て、一軍に合流した。ぶっつけ本番で14日の阪急戦からスタメンに入り、最終的には同年は113試合出場のうち108試合で先発し規定打席に到達。打率.284(リーグ15位)の成績を挙げ同年より正捕手となる。オールスター出場も果たす。 1985年は124試合に出場し打率.258、13本塁打、62打点の成績でリーグ優勝に貢献。ベストナインとダイヤモンドグラブ賞を受賞した。阪神タイガースとの日本シリーズは2勝4敗で敗れた。 広岡に代わり森祇晶が監督に就任した1986年は129試合に出場し打率.234で2年連続のリーグ優勝に貢献。2年連続のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。チームは広島東洋カープとの日本シリーズを4勝3敗1分けで制し、正捕手となり初の日本一。 1987年は124試合に出場し打率.247で3年連続のリーグ優勝に貢献。3年連続のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。チームは読売ジャイアンツとの日本シリーズを4勝2敗で制し、2年連続の日本一。 1988年は129試合に出場し打率.252で4年連続のリーグ優勝に貢献。4年連続のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。チームは中日ドラゴンズとの日本シリーズを4勝1敗で制し、3年連続の日本一。同シリーズでは郭源治から日本一を決めるサヨナラ打を放っている。 1989年は117試合に出場し打率.235で、チームはリーグ3位に終わる。 1990年は5月10日の日本ハム戦(東京D)で頭部に死球を受ける。ヘルメットが破損する程の衝撃であったが、検査を受けた後、翌11日のダイエー戦(平和台)に出場し3点本塁打を放った。最終的に119試合に出場し打率.281(リーグ12位)でリーグ優勝に貢献。2年ぶりにベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。読売ジャイアンツとの日本シリーズでは、第2戦での4打点の活躍などでチームは4勝0敗で日本一。優秀選手賞を受賞する。 1991年は124試合に出場し、規定打席に到達した36人中最下位の打率.212、2年連続のリーグ優勝に貢献。2年連続のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。チームは広島東洋カープとの日本シリーズを4勝3敗で制し、2年連続の日本一。オフの契約更改で捕手として球界初の1億円プレーヤーになった。伊東によれば新聞の推定年俸は7700万円から2300万円増のジャスト1億円となっていたが、実際にはもっと上で、この年の年俸がすでに1億円近くまで来ていて、1億2000万円ぐらいになって、実際の年俸と推定年俸の誤差は年俸が上がるにつれて大きくなっていたと述べている。「1億円捕手の扉を開けたのは誇りにしていいと思う。すぐに古田敦也(ヤクルト)、城島健司(ダイエー)、阿部慎之助(巨人)が続くのだが、打撃の評価が高かった彼らの1億円と私の1億円では意味合いが違う。入団から10年間で8度のリーグ優勝、7度の日本一が評価されての大台突破。私一人で勝ち得たのものではない。西武という球団に恵まれたからこその勲章だ。広岡達朗さんが土台をつくって寄せ集め集団を優勝に導き、西武になってから入団した生え抜きが「勝つためにはこういう野球をやらなきゃいけない」という基本を引き継ぐ。戦力的に足りない部分は管理部長の根本陸夫さんがトレードで埋め、バランスのいいチームをつくった。」と述べている。スポーツニッポンと電池工業会の共催で「最優秀バッテリー賞」が制定され、工藤公康とのコンビでパリーグの初代受賞者になった。 1992年は124試合に出場し打率.263で3年連続のリーグ優勝に貢献。3年連続のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。チームはヤクルトスワローズとの日本シリーズを4勝3敗で制し、3年連続の日本一。 1993年は128試合に出場し打率.224で4年連続のリーグ優勝に貢献。しかしポストシーズンでは、チームは前年と同じヤクルトスワローズ相手の日本シリーズにおいて3勝4敗で敗れる。 1994年は4月9日の開幕戦の近鉄戦で赤堀元之から逆転サヨナラ満塁本塁打を放った。8月27日の日本ハム戦(東京D)で通算100号本塁打を達成し、同年には200犠打にも到達した。113試合に出場し打率.254で5年連続のリーグ優勝に貢献しゴールデングラブ賞を受賞。ポストシーズンでは、チームは読売ジャイアンツとの日本シリーズにおいて2勝4敗で敗れる。 森祇晶に代わり東尾修が監督に就任した1995年は125試合に出場し打率.246で、チームはリーグ3位。 1996年はこの年から加入したドラフト1位ルーキーの髙木大成を積極的に起用された結果、出場試合が92試合に減少し、規定打席に到達せず。チームはリーグ3位。尚の後に「東尾修さんが監督になった95年のドラフトで西武は1位で髙木大成を指名した。私が劣っているところは何もないと思っていたが96年のシーズンに入るとよく先発から外された。コーチからの何の説明もない。こちらから聞くといつもお前を推してるんだけど。また怒りに火が付いた。」と当時を振り返っている。 1997年は自身の進退を掛けシーズンを挑み、129試合に出場し再び規定打席に到達。打率.280(安打数は自己最多)本塁打も自己最多タイの13本を放ちリーグ優勝に貢献。ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。ポストシーズンでは、チームはヤクルトスワローズとの日本シリーズにおいて1勝4敗で敗れる。 1998年は9月に自身初となる3試合連続本塁打を記録。捕手の中嶋聡が移籍してきたものの正捕手の座を守り114試合に出場しリーグ優勝に貢献。ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。ポストシーズンでは、横浜ベイスターズとの日本シリーズで石井琢朗に好きなように盗塁を決められ東尾は3戦目から中嶋を起用、2勝4敗で敗退。 1999年は死球を受けた影響で7月16日に登録抹消となるが、1983年以来16年ぶりの抹消であった。 2000年4月23日の対日本ハム戦で2000試合出場。 同年オフに球団からコーチ兼任を要請されたが、「中途半端は嫌。まだ現役一本でやりたかった」と断った。 2001年オフにはフロントより現役引退・監督就任要請を受けるも固辞したところ「じゃあプレーイングマネジャーでどうだ」と言われたが、これも辞退し、その結果、伊原春樹作戦兼守備・走塁コーチが監督に昇格。球団から「選手としてはもう評価していない」と言われたため、自らコーチ兼任で申し出た。2002年からは一軍総合コーチ兼任として現役を続行。同年は118試合に出場し打率.255と復活しリーグ優勝に貢献。4年ぶりのベストナインを受賞。ポストシーズンでは、チームは読売ジャイアンツとの日本シリーズにおいて0勝4敗で敗れる。 2003年限りで現役を引退した。

西武監督時代

この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)出典検索: "伊東勤" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL (2015年9月)
引退直後の2004年より西武監督に就任し、堤義明オーナーから「監督を10年やってほしい」と言われる。伊東本人の引退、松井稼頭央のメジャー移籍、アレックス・カブレラの死球による長期離脱などで苦戦が予想されたが、伊東の穴を細川亨が、松井の穴を中島裕之が、カブレラの穴をロッテから移籍したホセ・フェルナンデスが埋め、レギュラーシーズン2位からプレーオフ、日本シリーズを勝ち進み、2年ぶりのリーグ優勝と12年ぶりの日本一を達成。現役引退後即監督となったのは6人(藤田宗一、稲尾和久、長嶋茂雄、広瀬叔功、有藤道世、高橋由伸、井口資仁)いるが、2004年当時まではいずれも成績は5位(藤田、有藤)か最下位(稲尾、長嶋、広瀬)しかなく、このジンクスを破っての快挙であった(高橋は2位、井口は5位)。同年の中日との日本シリーズは「レオ流」対落合の「オレ流」決戦と言われた。 2005年はオリックス・バファローズとの3位争いを制し、借金2ながら3位に入り、プレーオフでは2位千葉ロッテマリーンズに2連敗で敗れ敗退した。 2006年は7月19日のソフトバンク戦(ヤフー)でクロスプレーの判定を巡り審判に暴力を振るったとして、選手時代・監督時代通じて初の退場処分を受けたが、同年は日本ハムと1ゲーム差の2位となり、プレーオフでは3位ソフトバンクの前に1勝2敗と敗れた。 2007年は怪我人が相次ぎ、交流戦で10連敗を喫するなど低迷、チームは26年ぶりのBクラスに陥落し結局5位でシーズンを終えた。このため、成績不振の責任を取り監督を辞任。伊東曰く実際は「解任」であったとのことで、西武の監督として最後の試合となった10月5日のソフトバンク戦(ヤフー)では、敵地での試合ということもあるが、球団から花束一つ用意されていなかったため、結局自分で花束を買い、ソフトバンクの王貞治監督に頼み込んで花束を渡されるセレモニーを自作自演したという。

解説者時代

2007年オフに日本シリーズでNHK衛星第1テレビのゲスト解説として解説者デビューし、2008年から2011年はNHK「プロ野球・メジャーリーグ中継」解説者を務め、週刊ベースボールで公式戦中に「プロフェッショナル配球考」を連載。2009年からはサンケイスポーツ評論家も並行し、2008年11月15日には2009 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表総合コーチに就任して、日本の連覇に貢献。2010年と2011年には「ジョージア魂」賞の選考委員を務めた。 2011年には韓国KBO・LGツインズ春季キャンプ臨時コーチを務めた。

韓国コーチ時代

2012年、斗山ベアーズヘッドコーチに就任。5月22日よりヘッド兼打撃コーチとなったが、6月に打撃コーチの職は解かれた。同年10月中旬、シーズン終了をもって退任した。なお、2012年1月から10月までの約9か月間に及ぶ斗山での指導者生活は2012年12月2日、NHK衛星放送にて「伊東勤 韓国プロ野球に挑む」というスポーツドキュメンタリー番組として放送された。

ロッテ監督時代

2012年10月17日、千葉ロッテマリーンズ新監督就任が基本合意に達した。10月18日に就任記者会見を行い、「日本一を勝ち取れるチームを作る。派手さは不要、守り勝つ野球をやりたい」と意気込みを語った。背番号は西武監督、斗山コーチ在任時と同じ83。西武監督時代コーチだった立花義家が打撃コーチ、腹心の清水雅治が外野守備走塁コーチが就任した。 2013年は5月以降好調を維持したが夏場に失速。首位争いには敗れたがAクラス争いに入り2位は確保するかに思えた。だが西武が終盤に快進撃を続け勝てば2位が決まる10月8日の西武戦に敗れ3位に終わった。だが3年ぶりAクラスでクライマックスシリーズ入りを果たした。ファーストステージの西武戦は2勝1敗で下しファイナルステージの楽天戦へコマを進めたが、ファイナルステージではシーズン中苦手とした仙台で苦戦した影響が響き、第2戦に勝利したのみで1勝4敗で敗退した。 2014年は西武時代の教え子の涌井秀章が加入した。7月26日の対西武13回戦の試合で、西武が攻撃中の6回一死三塁で打者・秋山翔吾が1-2からの4球目を空振りしたように見えたが、球審の原信一朗の判定はファウルとなり、この判定に抗議に出たが、去り際に原へ暴言を吐いたとして自身通算2度目の退場処分を受けた。4月にAクラスに入った以外は全てBクラスで4位に終わった。 2015年はシーズン3位に入り、クライマックスシリーズ進出。ファーストステージでは北海道日本ハムファイターズを2勝1敗で下してソフトバンクの待つファイナルステージ進出。5年周期で巡ってきたヤフオクドームでのファイナルステージ・ソフトバンク対ロッテの試合で過去2回はロッテが制する展開で今回も期待されたが3連敗で敗退し、日本シリーズ進出はならなかった。 2016年も3位に入り2年連続Aクラス入りを果たした。しかし、クライマックスシリーズではファーストステージでソフトバンクの前に2連敗し、前年のファイナルステージでのリベンジならず返り討ちに遭い球団史上初めてファーストステージで敗退した。 2017年1月16日、プレーヤー部門表彰に於いて野球殿堂入りを果たした。 8月13日、ZOZOマリンスタジアムでの埼玉西武ライオンズ戦前に同年限りで監督を辞任すると表明した。理由は「これだけ成績が思わしくなかったので」と話した。監督代行は立てず、シーズン終了までは指揮した。同年は自身にとって選手、監督通して31年目にして初の最下位に終わった。

解説者復帰

監督退任後の2017年10月30日には侍ジャパン強化委員会編成担当強化副本部長、2018年にはNHK解説者に復帰したほか、同時にスポーツニッポン評論家に就任。

中日コーチ時代

2018年10月29日、与田剛監督に招聘され、2019年シーズンより中日ドラゴンズヘッドコーチに就任することが発表された。背番号は91。 2019年11月23日に2020年シーズンのコーチングスタッフが発表され、西武監督・斗山コーチ・ロッテ監督在任時に付けていた83への背番号の変更が発表された。 2021年をもって退団。

解説者復帰

2022年、NHK解説者及びスポーツニッポン評論家に復帰した。 2023年より、日本野球連盟に新規加盟した社会人野球クラブチームであるARC九州の総監督に就任した。

選手としての特徴

守備

根本陸夫が管理部長としてチーム編成を行い広岡達朗や森祇晶が監督として指揮をとった西武ライオンズの「黄金期」に長年正捕手として起用され、捕手として歴代3位の2327試合出場。最優秀バッテリー賞は6回受賞。首脳陣や投手陣から厚い信頼を得ていた。 リードは、内角・外角の両サイドを使い、投手の力を最大限引き出し「持ち球」を活かすリードであった。 伊東について落合博満は、「アウトコースを主体とした当り前のリードをする男」と分析している。 西武時代にバッテリーを組んだ鹿取義隆は、「西武時代に組んだ伊東勤捕手は基本的には両サイドを使う手堅いリードだった」と語っている。 また元ヤクルト捕手の大矢明彦は、「いかにも森祇晶さんに育てられた捕手だよなぁと感じます。伊東は粘り強いリードができる捕手でした。勝負に対して最後まであきらめないんです。この粘り強さが、西武の黄金時代を築いた一因になったのは間違いないでしょう。」と評価している。石毛宏典は「森さんが伊東に技術的な指導をしている場面は、ほとんど見ませんでした。ただ、僕らから見えるところでそうだっただけで、リード面、特にインサイドワークなんかは、コーチ室やグラウンド外の場所で個人的に教えていたのかもしれません。内野手だった僕からすると、伊東のキャッチャーとしての資質がどれくらいか、ということはあまりわかりませんが、伊東が主力キャッチャーになっていった時期は、東尾修さんや工藤、渡辺久信、郭泰源、渡辺智男、石井丈裕らすばらしいピッチャーが次から次へと出てきたわけです。なので、リードする立場でありながら、そういったすばらしいピッチャーたちの球を受けることで逆に指導されたというか、学んでいった部分、それによって成長できた部分がたくさんあったのではないでしょうか。」と述べている。

走塁

「走れる捕手」と認められる俊足で通算134盗塁を記録しており、1000試合以上出場した捕手では最多。

人物

愛称は「勤(きん)ちゃん」。 既婚で妻との間には1993年2月生まれの男児と女児の双子がいることを公表している。西武の監督時代には、文化放送ライオンズナイターのジングルに双子ともに声の出演をしていた。なお、2月はキャンプ中であるが故に子供の誕生日を家族で祝うことができなかったという。 大の競輪好きで、監督として日本一を果たした2004年には中野浩一のラジオ番組『中野浩一のフリートーク』にもゲスト出演、ライオンズの選手にも競輪好きの輪が広がっているというエピソードを話した。KEIRINグランプリは毎年欠かさず現地観戦しているという。西武監督を辞任して野球評論家として活動していた時には関東地区をはじめとする各地の競輪場でトークショーや予想会、テレビ中継のゲストとして招かれ、競輪関係のイベントにゲストとして参加することも多かった。 そうしたこともあり、野球評論家時代には経済産業省主管の産業構造審議会車両競技分科会委員を委嘱されて車両競技(競輪及びオートレース)活性化小委員会委員を務めていたこともあった。 日本プロ野球において、先発投手が9イニング完全試合状態を継続しながらも、9回終了時に0-0だったためその時点で記録が成立せず延長戦となり、延長10回に登板して安打を許し記録達成を逃した事例は僅か2回だけであるが、伊東は最初の2005年8月27日、インボイスSEIBUドームにおける西口文也の事例においては監督として、2例目となった2022年5月6日、バンテリンドームナゴヤにおける大野雄大の事例においてはNHK BS1の生中継解説者として、いずれも現場に立ち合うという稀有な経験をしている。なお伊東以外には、2005年の試合において対戦相手楽天の4番打者だった山﨑武司も、2022年の試合においてサンテレビジョンの解説者として、両現場に立ち合っていた。

詳細情報

年度別打撃成績

年度 球団 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 盗塁死 犠打 犠飛 四球 敬遠 死球 三振 併殺打 打率 出塁率 長打率 OPS
1982 西武 33 36 33 3 8 3 0 0 11 1 0 0 0 0 1 0 2 3 0 .242 .306 .333 .639
1983 56 137 108 22 21 3 0 0 24 6 3 2 6 1 17 0 5 19 3 .194 .328 .222 .550
1984 113 408 345 44 98 15 1 10 145 44 20 16 12 2 38 0 11 46 4 .284 .371 .420 .791
1985 124 481 411 57 106 19 5 13 174 62 13 11 9 6 50 4 5 43 11 .258 .341 .423 .764
1986 129 485 418 59 98 20 3 11 157 40 18 11 24 2 39 1 2 70 11 .234 .302 .376 .678
1987 124 465 405 42 100 14 1 10 146 51 7 3 15 5 34 2 6 77 7 .247 .311 .360 .671
1988 129 506 429 51 108 16 5 11 167 56 2 4 24 2 50 5 1 68 11 .252 .330 .389 .719
1989 117 437 374 37 88 14 1 9 131 35 3 2 14 2 45 0 2 56 9 .235 .319 .350 .669
1990 119 421 366 47 103 20 3 11 162 43 4 2 16 4 30 3 5 56 2 .281 .341 .443 .784
1991 124 461 392 51 83 17 0 8 124 44 3 1 27 2 36 1 4 59 5 .212 .283 .316 .599
1992 124 443 365 52 96 14 3 4 128 49 10 2 23 4 45 3 6 59 3 .263 .350 .351 .701
1993 128 472 401 36 90 15 1 7 128 39 6 4 19 4 46 0 2 63 9 .224 .305 .319 .624
1994 113 403 338 44 86 12 3 8 128 53 17 5 22 3 38 1 2 48 7 .254 .331 .379 .710
1995 125 429 386 40 95 21 0 6 134 43 9 4 9 2 27 0 5 59 8 .246 .302 .347 .649
1996 92 289 248 24 64 10 0 6 92 26 2 2 11 5 23 1 2 25 6 .258 .320 .371 .691
1997 129 494 436 50 122 19 1 13 182 56 5 3 21 2 29 3 6 48 11 .280 .332 .417 .749
1998 114 370 325 34 79 11 2 8 118 38 4 1 9 2 31 0 3 42 10 .243 .313 .363 .676
1999 95 296 258 27 74 10 1 3 95 24 1 2 9 4 20 0 5 35 6 .287 .345 .368 .713
2000 94 277 245 21 52 9 0 5 76 19 3 2 7 1 22 0 2 48 3 .212 .281 .310 .591
2001 106 293 236 15 48 5 1 2 61 20 1 1 16 3 35 0 3 41 9 .203 .310 .258 .568
2002 118 383 341 29 87 12 1 8 125 50 3 2 9 4 24 0 5 48 9 .255 .310 .367 .677
2003 73 205 190 13 32 7 0 3 48 12 0 1 3 0 11 0 1 31 2 .168 .218 .253 .471
通算:22年 2379 8191 7050 798 1738 286 32 156 2556 811 134 81 305 60 691 24 85 1044 146 .247 .319 .363 .682

年度別守備成績

年度 球団 捕手
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1982 西武 17 41 0 0 0 1.000 0 6 6 0 .000
1983 53 186 18 1 1 .995 6 34 22 12 .353
1984 113 564 65 8 7 .987 9 122 79 43 .352
1985 124 669 66 4 8 .995 7 97 59 38 .392
1986 129 834 62 4 9 .996 3 87 57 30 .345
1987 123 647 46 4 7 .994 12 77 62 15 .195
1988 129 619 52 6 10 .991 8 84 60 24 .286
1989 115 662 53 5 5 .993 2 114 80 34 .298
1990 119 798 55 2 16 .998 8 84 58 26 .310
1991 124 816 53 2 11 .998 7 86 54 32 .372
1992 123 855 49 6 9 .993 2 70 48 22 .314
1993 126 934 54 6 15 .994 1 d85 54 31 .365
1994 111 750 45 5 12 .994 3 d65 37 28 .431
1995 123 814 56 5 6 .994 2 83 50 33 .398
1996 85 568 48 3 7 .995 2 54 38 16 .296
1997 129 874 69 0 15 1.000 2 98 69 29 .296
1998 110 704 61 6 16 .992 1 85 57 28 .329
1999 92 593 42 4 6 .994 2 63 45 18 .286
2000 88 522 36 3 7 .995 4 64 46 18 .281
2001 104 594 44 2 7 .997 3 56 41 15 .268
2002 117 847 48 1 3 .999 5 65 49 16 .246
2003 73 437 23 0 6 1.000 3 40 31 9 .225
通算:22年 2327 14328 1045 77 183 .995 92 1673 1102 571 .341
    各年度の太字はリーグ最高

    太字年はゴールデングラブ賞受賞

    ※1 対戦相手にアドバンテージ1勝含む。

    ベストナイン:10回(捕手部門:1985年 - 1988年、1990年 - 1992年、1997年、1998年、2002年) ※捕手部門で10度受賞は歴代2位

    ゴールデングラブ賞:11回(捕手部門:1985年 - 1988年、1990年 - 1992年、1994年、1995年、1997年、1998年) ※受賞回数歴代2位タイ・捕手部門歴代最多(2020年度発表時点)

    パ・リーグ連盟特別表彰:2回(功労賞:2003年、2007年)

    野球殿堂競技者表彰(2017年)

    日本シリーズ優秀選手賞:1回(1990年)

    最優秀バッテリー賞

      最優秀バッテリー賞:6回 ※6回選出は歴代最多タイ記録
        1991年 投手:工藤公康

        1992年 投手:石井丈裕

        1996年 投手:西口文也

        1997年 投手:西口文也

        1998年 投手:西口文也

        2002年 投手:豊田清

        歴代ベストバッテリー賞(2010年 投手:工藤公康)

        正力松太郎賞:1回(2004年) ※監督として表彰

        パ・リーグ優勝監督賞:1回(2004年)

        初出場:1982年4月11日、対阪急ブレーブス前期2回戦(西武ライオンズ球場)、7回表に大石友好に代わり捕手として出場

        初打席:同上、8回裏に今井雄太郎の前に凡退

        初安打:1982年5月4日、対近鉄バファローズ前期3回戦(西武ライオンズ球場)、8回裏に村田辰美から二塁打

        初三振:1982年5月23日、対近鉄バファローズ前期6回戦(秋田市営八橋球場)、9回表に村田辰美から

        初先発出場:1982年8月29日、対近鉄バファローズ後期7回戦(西武ライオンズ球場)、「8番・捕手」として先発出場

        初打点:1982年9月29日、対南海ホークス後期10回戦(大阪スタヂアム)、5回表に藤田学から適時打

        初犠打:1983年8月11日、対日本ハムファイターズ17回戦(岩手県営野球場)、2回裏に木田勇から投手前犠打

        初盗塁:1983年8月19日、対南海ホークス17回戦(大阪スタヂアム)

        初本塁打:1984年5月12日、対近鉄バファローズ7回戦(西武ライオンズ球場)、8回裏に村田辰美からソロ

        1000試合出場:1991年6月26日、対日本ハムファイターズ12回戦(西武ライオンズ球場)、「7番・捕手」として先発出場 ※史上294人目

        1000安打:1994年4月9日、対近鉄バファローズ1回戦(西武ライオンズ球場)、9回裏に赤堀元之から左越逆転サヨナラ満塁本塁打 ※史上173人目

        200犠打:1994年7月17日、対福岡ダイエーホークス16回戦(福岡ドーム)、2回表に若田部健一から ※史上14人目

        100本塁打:1994年8月27日、対日本ハムファイターズ20回戦(東京ドーム)、4回表に芝草宇宙から左越ソロ ※史上179人目

        1500試合出場:1995年7月9日、対近鉄バファローズ15回戦(藤井寺球場)、8回表に辻発彦の代打として出場 ※史上114人目

        250犠打:1997年9月6日、対千葉ロッテマリーンズ23回戦(千葉マリンスタジアム)、4回表に榎康弘から投手前犠打 ※史上6人目

        1500安打:1999年9月3日、対大阪近鉄バファローズ22回戦(大阪ドーム)、2回表に小池秀郎から左前安打 ※史上78人目

        2000試合出場:2000年4月23日、対日本ハムファイターズ5回戦(東京ドーム)、「8番・捕手」として先発出場 ※史上30人目

        300犠打:2002年6月8日、対千葉ロッテマリーンズ10回戦(西武ドーム)、6回裏に田中充から捕手前犠打 ※史上4人目

        150本塁打:2002年7月6日、対大阪近鉄バファローズ12回戦(札幌ドーム)、6回裏にマイク・ジョンソンから左越3ラン ※史上121人目

        1000三振:2002年7月24日、対日本ハムファイターズ19回戦(東京ドーム)、7回表に芝草宇宙から ※史上28人目

        通算305犠打 ※パ・リーグ歴代2位、リーグ最多犠打を記録していない選手の中では歴代最多

        フランチャイズ・プレイヤー:デビューから引退まで22年移籍なし

        オールスターゲーム出場:16回(1984年、1985年、1986年、1987年、1988年、1989年、1990年、1991年、1992年、1993年、1994年、1995年、1996年、1997年、1998年、2002年)

        27(1982年 - 2003年)

        83(2004年 - 2007年、2012年 - 2017年、2020年 - 2021年)

        91(2019年)

        ※練習生時代は76番だったが、正式に登録されたものでないためか、公式サイトのメンバー表や当時の選手名鑑などには記載されず、練習風景などを収めた当時の報道写真や、『まんがスポーツ』(芳文社)に掲載された『伊東勤物語』の作画などで確認できるのみである。なお、スポーツニッポン連載の本人著「我が道」2018年4月8日版においても「練習生として背番号76をもらい…」と述べている。

        NHKプロ野球

        NHKBS大リーグ中継

        サンデースポーツ

        ^ 定時制の修業年数は4年間のため

        ^ 83に決まったのは、83に現役時代の背番号27を足すと、110(伊東)となることから。

        ^ “伊東勤氏 捕手専念のきっかけはある巨人選手の父親だった「これを止めないとヤバい」”. スポーツニッポン (2025年3月1日). 2025年3月2日閲覧。

        ^ [1]

        ^ 「伊東勤氏のサインを無視する西武投手陣の中で「首を振らない」と言ってくれたベテラン右腕」『スポニチ』2024年11月4日。2024年11月4日閲覧。

        ^ 「いまだから言える「西武ライオンズの黄金期」のウラ話…嫌われる上司が必ずしもチームを弱くする要素ではない」『現代ビジネス』2025年2月20日。2025年2月20日閲覧。

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        ^ プロ野球1980年代の名勝負 伊東のサヨナラ打で西武が初の3年連続日本一(1988年10月27日、西武×中日)/プロ野球1980年代の名勝負 - 週刊ベースボール

        ^ 「執念の本塁打」週刊ベースボール別冊 よみがえる1990年代のプロ野球 [Part7] 1990年編 野茂英雄、颯爽デビュー ベースボール・マガジン社.2021年.P48

        ^ スポーツニッポン2018年4月18日、9版、伊東勤の我が道⑰、優勝重ねて球界初の1億円捕手

        ^ プロ野球デキゴトロジー/4月9日 西武・伊東勤が開幕戦史上初の逆転サヨナラ満塁弾【1994年4月9日】 - 週刊ベースボール

        ^ 「キンちゃんの100号」週刊ベースボール別冊 よみがえる1990年代のプロ野球 [Part1] 1994年編 「10.8」最終決戦 ベースボール・マガジン社.2021年.P72

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        ^ 「16年ぶりの二軍落ち」週刊ベースボール別冊 よみがえる1990年代のプロ野球 [Part6] 1999年編 王ダイエー初V ベースボール・マガジン社.2021年.P52

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        ^ 「根本陸夫の肝煎りで西武に入った伊東勤 黄金時代を支えた正捕手は、東尾修ら名投手たちによって育てられた」『web Sportiva』2023年5月29日。2023年5月29日閲覧。

        ^ 西武ドラ3・古賀 人類最速ボルト走法で伊東勤以来の「走れる捕手」目指す

        ^ 「走れ!村上宗隆、“盗塁量産”の秘密 通算117盗塁、鈍足ノムさんのコツ」『Fun! J:COM(二宮清純)』2022年8月26日。2023年4月25日閲覧。

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        ^ 産業構造審議会 車両競技分科会 車両競技活性化小委員会委員名簿 (PDF) 経済産業省

        熊本県出身の人物一覧

        熊本市出身の人物一覧

        埼玉西武ライオンズの選手一覧

        くまもと誘友大使

        個人年度別成績 伊東勤 - NPB.jp 日本野球機構

        選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)

        選手情報 - 週刊ベースボールONLINE

        伊東勤 株式会社プリプロダクション

        伊東勤 (@ito_tsutomu829) - Instagram

        伊東勤 TSUTOMU ITOH Official Website - ウェイバックマシン(2011年11月3日アーカイブ分)(過去のブログ等)

        83 原辰徳

        72 伊東勤(総合)

        71 山田久志(投手)

        92 与田剛(投手)

        81 篠塚和典(打撃)

        63 高代延博(内野守備走塁)

        73 緒方耕一(外野守備走塁)

        11 ダルビッシュ有

        14 馬原孝浩

        15 田中将大

        16 涌井秀章

        18 松坂大輔

        19 岩田稔

        20 岩隈久志

        22 藤川球児

        26 内海哲也

        28 小松聖

        31 渡辺俊介

        39 山口鉄也

        47 杉内俊哉

        2 城島健司

        10 阿部慎之助

        29 石原慶幸

        5 栗原健太(追加招集)

        6 中島裕之

        7 片岡易之

        8 岩村明憲

        9 小笠原道大

        25 村田修一(途中離脱)

        52 川﨑宗則

        1 福留孝介

        23 青木宣親

        24 内川聖一

        35 亀井義行

        41 稲葉篤紀

        51 イチロー

        湯浅禎夫 1950 - 1952

        別当薫 1952

        若林忠志 1953

        別当薫 1954 - 1959

        西本幸雄 1960

        宇野光雄 1961 - 1962

        本堂保次 1963 - 1965

        田丸仁 1966

        戸倉勝城 1967

        濃人渉 1967 - 1971

        大沢啓二 1971 - 1972

        金田正一 1973 - 1978

        山内一弘 1979 - 1981

        山本一義 1982 - 1983

        稲尾和久 1984 - 1986

        有藤道世 1987 - 1989

        金田正一 1990 - 1991

        八木沢荘六 1992 - 1994

        ボビー・バレンタイン 1995

        江尻亮 1996

        近藤昭仁 1997 - 1998

        山本功児 1999 - 2003

        ボビー・バレンタイン 2004 - 2009

        西村徳文 2010 - 2012

        伊東勤 2013 - 2017

        井口資仁 2018 - 2022

        吉井理人 2023 - 現在

        宮崎要 1950

        三原脩 1951 - 1959

        川崎徳次 1960 - 1961

        中西太 1962 - 1969

        稲尾和久 1970 - 1974

        江藤慎一 1975

        (レオ・ドローチャー 1976当初)

        鬼頭政一 1976 - 1977

        根本陸夫 1978 - 1981

        広岡達朗 1982 - 1985

        森祇晶 1986 - 1994

        東尾修 1995 - 2001

        伊原春樹 2002 - 2003

        伊東勤 2004 - 2007

        渡辺久信 2008 - 2013

        伊原春樹 2014

        田邊徳雄 2015 - 2016

        辻発彦 2017 - 2022

        松井稼頭央 2023 - 2024

        西口文也 2025 - 現在

        60 ヴィクトル・スタルヒン

        62 池田豊

        63 中島治康

        64 若林忠志

        65 川上哲治, 鶴岡一人

        69 苅田久徳

        70 天知俊一, 二出川延明

        72 石本秀一

        74 藤本定義, 藤村富美男

        76 中上英雄

        77 水原茂, 西沢道夫

        78 松木謙治郎, 浜崎真二

        79 別所毅彦

        80 大下弘, 小鶴誠

        81 飯田徳治, 岩本義行

        83 三原脩

        85 杉下茂, 白石勝巳, 荒巻淳

        88 長嶋茂雄, 別当薫, 西本幸雄, 金田正一

        89 島秀之助, 野村克也, 野口二郎

        90 真田重蔵, 張本勲

        91 牧野茂, 筒井修, 島岡吉郎

        92 廣岡達朗, 坪内道則, 吉田義男

        93 稲尾和久, 村山実

        94 王貞治, 与那嶺要

        95 杉浦忠, 石井藤吉郎

        96 藤田元司, 衣笠祥雄

        97 大杉勝男

        99 中西太, 広瀬叔功, 古葉竹識, 近藤貞雄

        00 米田哲也

        01 根本陸夫, 小山正明

        02 山内一弘, 鈴木啓示, 福本豊, 田宮謙次郎

        03 上田利治, 関根潤三

        04 仰木彬

        05 村田兆治, 森祇晶

        06 門田博光, 高木守道, 山田久志

        07 梶本隆夫

        08 山本浩二, 堀内恒夫

        09 若松勉

        10 東尾修

        11 落合博満

        12 北別府学, 津田恒実

        13 大野豊

        14 野茂英雄, 秋山幸二, 佐々木主浩

        15 古田敦也

        16 斎藤雅樹, 工藤公康

        17 伊東勤

        18 松井秀喜, 金本知憲

        19 立浪和義

        22 髙津臣吾, 山本昌

        23 アレックス・ラミレス

        24 谷繁元信, 黒田博樹

        25 イチロー, 岩瀬仁紀

        09 青田昇

        10 江藤慎一

        11 皆川睦雄

        13 外木場義郎

        16 榎本喜八

        17 星野仙一, 平松政次

        18 原辰徳

        19 権藤博

        20 田淵幸一

        23 ランディ・バース

        25 掛布雅之

        59 正力松太郎, 平岡凞, 青井鉞男, 安部磯雄, 橋戸信, 押川清, 久慈次郎, 沢村栄治, 小野三千麿

        60 飛田忠順, 河野安通志, 桜井彌一郎

        62 市岡忠男

        64 宮原清

        65 井上登, 宮武三郎, 景浦將

        66 守山恒太郎

        67 腰本寿

        68 鈴木惣太郎, 田邊宗英, 小林一三

        69 三宅大輔, 田部武雄, 森岡二朗, 島田善介, 有馬頼寧

        70 田村駒治郎, 直木松太郎, 中馬庚

        71 小西得郎, 水野利八

        72 中野武二, 太田茂

        73 内海弘蔵, 天野貞祐, 広瀬謙三

        74 野田誠三

        76 小泉信三

        77 森茂雄, 西村幸生

        78 伊丹安広, 吉原正喜, 岡田源三郎

        79 平沼亮三, 谷口五郎

        80 千葉茂

        81 佐伯達夫, 小川正太郎

        82 鈴木龍二, 外岡茂十郎

        83 内村祐之

        84 桐原眞二

        85 田中勝雄, 山内以九士

        86 中河美芳, 松方正雄

        87 藤田信男, 山下実

        88 横沢三郎, 芥田武夫, 永田雅一

        89 池田恒雄, 伊達正男

        90 佐伯勇

        91 中澤良夫

        92 吉田正男

        94 廣岡知男

        95 呉昌征, 村上實

        96 牧野直隆, 保坂誠

        97 山本英一郎

        98 中尾碩志, 井口新次郎

        99 吉國一郎

        00 福島慎太郎

        01 武田孟, 長谷川良平

        02 中澤不二雄, 生原昭宏

        03 松田耕平

        04 秋山登

        05 志村正順

        06 川島廣守, 豊田泰光

        07 松永怜一

        08 嶋清一

        09 大社義規, 君島一郎

        10 古田昌幸

        12 長船騏郎, 大本修

        13 福嶋一雄

        14 相田暢一

        15 林和男, 村山龍平

        16 松本瀧藏, 山中正竹

        17 郷司裕, 鈴木美嶺

        18 瀧正男

        19 脇村春夫

        20 前田祐吉, 石井連藏

        21 川島勝司, 佐山和夫

        22 松前重義

        23 古関裕而

        24 谷村友一

        25 富澤宏哉

        02 フランク・オドール, 正岡子規

        03 ホーレス・ウィルソン, 鈴鹿栄

        1977 王貞治

        1978 広岡達朗

        1979 西本幸雄

        1980 古葉竹識

        1981 藤田元司

        1982 広岡達朗

        1983 田淵幸一

        1984 衣笠祥雄

        1985 吉田義男

        1986 森祇晶

        1987 工藤公康

        1988 門田博光

        1989 藤田元司

        1990 森祇晶

        1991 秋山幸二

        1992 石井丈裕

        1993 野村克也

        1994 長嶋茂雄, イチロー

        1995 イチロー

        1996 仰木彬

        1997 古田敦也

        1998 佐々木主浩

        1999 王貞治

        2000 松井秀喜

        2001 若松勉

        2002 原辰徳

        2003 王貞治, 星野仙一

        2004 伊東勤

        2005 ボビー・バレンタイン

        2006 王貞治

        2007 落合博満

        2008 渡辺久信

        2009 原辰徳

        2010 西村徳文

        2011 秋山幸二

        2012 原辰徳, 阿部慎之助

        2013 星野仙一

        2014 秋山幸二

        2015 工藤公康

        2016 栗山英樹

        2017 デニス・サファテ

        2018 工藤公康

        2019 工藤公康

        2020 工藤公康

        2021 高津臣吾

        2022 中嶋聡

        2023 岡田彰布

        2024 三浦大輔

        2004 イチロー

        2013 田中将大

        2021 稲葉篤紀, 大谷翔平

        2022 村上宗隆

        2023 栗山英樹, 大谷翔平

        2024 大谷翔平

        1950 湯浅禎夫

        1951 水原茂

        1952 水原茂

        1953 水原茂

        1954 天知俊一

        1955 水原円裕

        1956 三原脩

        1957 三原脩

        1958 三原脩

        1959 鶴岡一人

        1960 三原脩

        1961 川上哲治

        1962 水原茂

        1963 川上哲治

        1964 鶴岡一人

        1965 川上哲治

        1966 川上哲治

        1967 川上哲治

        1968 川上哲治

        1969 川上哲治

        1970 川上哲治

        1971 川上哲治

        1972 川上哲治

        1973 川上哲治

        1974 金田正一

        1975 上田利治

        1976 上田利治

        1977 上田利治

        1978 広岡達朗

        1979 古葉竹識

        1980 古葉竹識

        1981 藤田元司

        1982 広岡達朗

        1983 広岡達朗

        1984 古葉竹識

        1985 吉田義男

        1986 森祇晶

        1987 森祇晶

        1988 森祇晶

        1989 藤田元司

        1990 森祇晶

        1991 森祇晶

        1992 森祇晶

        1993 野村克也

        1994 長嶋茂雄

        1995 野村克也

        1996 仰木彬

        1997 野村克也

        1998 権藤博

        1999 王貞治

        2000 長嶋茂雄

        2001 若松勉

        2002 原辰徳

        2003 王貞治

        2004 伊東勤

        2005 ボビー・バレンタイン

        2006 トレイ・ヒルマン

        2007 落合博満

        2008 渡辺久信

        2009 原辰徳

        2010 西村徳文

        2011 秋山幸二

        2012 原辰徳

        2013 星野仙一

        2014 秋山幸二

        2015 工藤公康

        2016 栗山英樹

        2017 工藤公康

        2018 工藤公康

        2019 工藤公康

        2020 工藤公康

        2021 高津臣吾

        2022 中嶋聡

        2023 岡田彰布

        2024 三浦大輔

        1950 湯浅禎夫

        1951 山本一人

        1952 山本一人

        1953 山本一人

        1954 三原脩

        1955 山本一人

        1956 三原脩

        1957 三原脩

        1958 三原脩

        1959 鶴岡一人

        1960 西本幸雄

        1961 鶴岡一人

        1962 水原茂

        1963 中西太

        1964 鶴岡一人

        1965 鶴岡一人

        1966 鶴岡一人

        1967 西本幸雄

        1968 西本幸雄

        1969 西本幸雄

        1970 濃人渉

        1971 西本幸雄

        1972 西本幸雄

        1973 野村克也

        1974 金田正一

        1975 上田利治

        1976 上田利治

        1977 上田利治

        1978 上田利治

        1979 西本幸雄

        1980 西本幸雄

        1981 大沢啓二

        1982 広岡達朗

        1983 広岡達朗

        1984 上田利治

        1985 広岡達朗

        1986 森祇晶

        1987 森祇晶

        1988 森祇晶

        1989 仰木彬

        1990 森祇晶

        1991 森祇晶

        1992 森祇晶

        1993 森祇晶

        1994 森祇晶

        1995 仰木彬

        1996 仰木彬

        1997 東尾修

        1998 東尾修

        1999 王貞治

        2000 王貞治

        2001 梨田昌孝

        2002 伊原春樹

        2003 王貞治

        2004 伊東勤

        2005 ボビー・バレンタイン

        2006 トレイ・ヒルマン

        2007 トレイ・ヒルマン

        2008 渡辺久信

        2009 梨田昌孝

        2010 秋山幸二

        2011 秋山幸二

        2012 栗山英樹

        2013 星野仙一

        2014 秋山幸二

        2015 工藤公康

        2016 栗山英樹

        2017 工藤公康

        2018 辻発彦

        2019 辻発彦

        2020 工藤公康

        2021 中嶋聡

        2022 中嶋聡

        2023 中嶋聡

        2024 小久保裕紀

        1957 豊田泰光

        1958 中西太

        1959 杉山光平

        1960 近藤和彦

        1961 塩原明

        1962 岩下光一

        1963 王貞治

        1964 K.ハドリ

        1965 林俊彦

        1966 長嶋茂雄

        1967 D.スペンサー

        1968 柴田勲

        1969 足立光宏

        1970 黒江透修

        1971 黒江透修

        1972 長嶋茂雄

        1973 高田繁

        1974 山崎裕之

        1975 中沢伸二, 外木場義郎

        1976 B.ウイリアムス

        1977 福本豊

        1978 若松勉

        1979 水谷実雄

        1980 木下富雄, 山根和夫, 平野光泰

        1981 平田薫, 江川卓, 河埜和正

        1982 大田卓司, スティーブ, 中尾孝義

        1983 田淵幸一, テリー, 中畑清

        1984 山本浩二, 高橋慶彦, 福本豊

        1985 R.ゲイル, 真弓明信, 長崎啓二

        1986 清原和博, 石毛宏典, 津田恒実

        1987 石毛宏典, 秋山幸二, 槙原寛己

        1988 清原和博, 森山良二, 郭源治

        1989 岡崎郁, 香田勲男, 阿波野秀幸

        1990 渡辺久信, 辻発彦, 伊東勤

        1991 工藤公康, 渡辺久信, 野村謙二郎

        1992 石毛宏典, 秋山幸二, 飯田哲也

        1993 飯田哲也, 高津臣吾, 潮崎哲也

        1994 桑田真澄, H.コトー, 辻発彦

        1995 T.ブロス, 池山隆寛, 高津臣吾

        1996 大島公一, 鈴木平, イチロー

        1997 石井一久, 稲葉篤紀, 池山隆寛

        1998 斎藤隆, 石井琢朗, 駒田徳広

        1999 工藤公康, 永井智浩, 城島健司

        2000 仁志敏久, 村田真一, 高橋尚成

        2001 岩村明憲, 石井一久, 真中満

        2002 清原和博, 上原浩治, 斉藤宜之

        2003 井口資仁, 城島健司, 桧山進次郎

        2004 A.カブレラ, 和田一浩, 谷繁元信

        2005 渡辺俊介, サブロー, 李承燁

        2006 ダルビッシュ有, F.セギノール, 森本稀哲

        2007 山井大介, 森野将彦, 荒木雅博

        2008 中島裕之, 平尾博嗣, 鈴木尚広

        2009 亀井義行, D.ゴンザレス, 小谷野栄一

        2010 内竜也, 清田育宏, 大島洋平

        2011 杉内俊哉, B.ファルケンボーグ, 和田一浩

        2012 長野久義, 阿部慎之助, J.ボウカー

        2013 田中将大, 銀次, 内海哲也

        2014 柳田悠岐, D.サファテ, 武田翔太

        2015 明石健志, R.バンデンハーク, 武田翔太

        2016 A.バース, 西川遥輝, 中田翔

        2017 柳田悠岐, 内川聖一, 濵口遥大

        2018 森唯斗, 柳田悠岐, 中村晃

        2019 高橋礼, A.デスパイネ, 松田宣浩

        2020 M.ムーア, 中村晃, 柳田悠岐

        2021 高橋奎二, D.サンタナ, 杉本裕太郎

        2022 吉田正尚, 山﨑福也, 塩見泰隆

        2023 森下翔太, S.ノイジー, 山本由伸

        2024 筒香嘉智, A.ジャクソン, A.ケイ

         投  東尾修

         捕  伊東勤

         一  R.デービス

         二  西村徳文

         三  落合博満

         遊  石毛宏典

         外  金森永時 / 熊野輝光 / 横田真之

         指  L.リー

         投  渡辺久信

         捕  伊東勤

         一  ブーマー.W

         二  辻発彦

         三  落合博満

         遊  石毛宏典

         外  横田真之 / 秋山幸二 / 新井宏昌

         指  石嶺和彦

         投  工藤公康

         捕  伊東勤

         一  ブーマー.W

         二  白井一幸

         三  石毛宏典

         遊  水上善雄

         外  秋山幸二 / 新井宏昌 / T.ブリューワ

         指  石嶺和彦

         投  西崎幸広

         捕  伊東勤

         一  清原和博

         二  福良淳一

         三  松永浩美

         遊  田中幸雄

         外  秋山幸二 / 平野謙 / 高沢秀昭

         指  門田博光

         投  野茂英雄

         捕  伊東勤

         一  清原和博

         二  大石第二朗

         三  松永浩美

         遊  田中幸雄

         外  秋山幸二 / 石嶺和彦 / 西村徳文

         指  O.デストラーデ

         投  郭泰源

         捕  伊東勤

         一  J.トレーバー

         二  辻発彦

         三  松永浩美

         遊  小川博文

         外  秋山幸二 / 佐々木誠 / 平井光親

         指  O.デストラーデ

         投  石井丈裕

         捕  伊東勤

         一  清原和博

         二  辻発彦

         三  石毛宏典

         遊  田辺徳雄

         外  秋山幸二 / 佐々木誠 / 高橋智

         指  O.デストラーデ

         投  西口文也

         捕  伊東勤

         一  P.クラーク

         二  小久保裕紀

         三  鈴木健

         遊  松井稼頭央

         外  イチロー / 佐々木誠 / T.ローズ

         指  D.マルティネス

         投  西口文也

         捕  伊東勤

         一  P.クラーク

         二  J.フランコ

         三  片岡篤史

         遊  松井稼頭央

         外  イチロー / 大村直之 / 柴原洋

         指  N.ウィルソン

         投  J.パウエル

         捕  伊東勤

         一  A.カブレラ

         二  高木浩之

         三  中村紀洋

         遊  松井稼頭央

         外  T.ローズ / 谷佳知 / 小関竜也

         指  和田一浩

        1972 種茂雅之

        1973 野村克也

        1974 村上公康

        1975 有田修三

        1976 有田修三

        1977 加藤俊夫

        1978 中沢伸二

        1979 梨田昌崇

        1980 梨田昌崇

        1981 梨田昌崇

        1982 大宮龍男

        1983 梨田昌崇

        1984 藤田浩雅

        1985 伊東勤

        1986 伊東勤

        1987 伊東勤

        1988 伊東勤

        1989 中嶋聡

        1990 伊東勤

        1991 伊東勤

        1992 伊東勤

        1993 田村藤夫

        1994 伊東勤

        1995 伊東勤

        1996 高田誠

        1997 伊東勤

        1998 伊東勤

        1999 城島健司

        2000 城島健司

        2001 城島健司

        2002 城島健司

        2003 城島健司

        2004 城島健司

        2005 城島健司

        2006 里崎智也

        2007 里崎智也

        2008 細川亨

        2009 鶴岡慎也

        2010 嶋基宏

        2011 細川亨

        2012 炭谷銀仁朗

        2013 嶋基宏

        2014 伊藤光

        2015 炭谷銀仁朗

        2016 大野奨太

        2017 甲斐拓也

        2018 甲斐拓也

        2019 甲斐拓也

        2020 甲斐拓也

        2021 甲斐拓也

        2022 甲斐拓也

        2023 若月健矢

        2024 甲斐拓也

        1991 工藤公康 - 伊東勤

        1992 石井丈裕 - 伊東勤

        1993 金石昭人 - 田村藤夫

        1994 吉田豊彦 - 吉永幸一郎

        1995 平井正史 - 中嶋聡

        1996 西口文也 - 伊東勤

        1997 西口文也 - 伊東勤

        1998 西口文也 - 伊東勤

        1999 工藤公康 - 城島健司

        2000 吉田修司 - 城島健司

        2001 田之上慶三郎 - 城島健司

        2002 豊田清 - 伊東勤

        2003 斉藤和巳 - 城島健司

        2004 三瀬幸司 - 城島健司

        2005 渡辺俊介 - 里崎智也

        2006 斉藤和巳 - 的場直樹

        2007 成瀬善久 - 里崎智也

        2008 岩隈久志 - 藤井彰人

        2009 涌井秀章 - 銀仁朗

        2010 杉内俊哉 - 田上秀則

        2011 田中将大 - 嶋基宏

        2012 吉川光夫 - 鶴岡慎也

        2013 田中将大 - 嶋基宏

        2014 金子千尋 - 伊藤光

        2015 大谷翔平 - 大野奨太

        2016 石川歩 - 田村龍弘

        2017 菊池雄星 - 炭谷銀仁朗

        2018 多和田真三郎 - 森友哉

        2019 増田達至 - 森友哉

        2020 千賀滉大 - 甲斐拓也

        2021 山本由伸 - 若月健矢

        2022 山本由伸 - 若月健矢

        2023 山本由伸 - 若月健矢

        2024 有原航平 - 甲斐拓也

        1位:伊東勤

        2位:金森栄治

        3位:小田真也

        4位:串原泰夫

        5位:藤高俊彦(入団拒否)

        6位:工藤公康

        伊東勤

        日本の野球選手

        熊本県立熊本工業高等学校出身の野球選手

        埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の選手

        NPBオールスターゲーム選出選手

        日本の野球監督

        埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の監督

        斗山ベアーズ

        千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の監督

        野球解説者

        MLB解説者

        日本の野球殿堂表彰者

        韓国の野球に関する人物

        在韓日本人

        中日ドラゴンズ関連人物

        競輪に関連する人物

        埼玉県立所沢高等学校出身の人物

        熊本県出身のスポーツ選手

        熊本市出身の人物

        1962年生

        存命人物

2025/04/03 02:19更新

itou tsutomu


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