朝永振一郎の情報(ともながしんいちろう) 物理学者 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


朝永 振一郎さんについて調べます
■名前・氏名 |
朝永振一郎と関係のある人
リチャード=ファインマン: 1965年、量子電磁力学の発展に大きく寄与したことにより、ジュリアン・S・シュウィンガーや朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を共同受賞した。 湯川秀樹: 同じくノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎は一中で1年上、三高・京大では同期だった。 ジュリアン=シュウィンガー: 繰り込み理論によって量子電磁力学を完成させた功績で朝永振一郎、リチャード・P・ファインマンとともに1965年のノーベル物理学賞を受賞した。 荒木俊馬: また、教え子の中からは、湯川秀樹博士、朝永振一郎博士などノーベル賞受賞学者を輩出している。 小田稔: 海軍技術研究所時代に朝永振一郎の知遇を得る。 朝永三十郎: 兄は工学者で京都帝国大学工科大学教授の朝永正三、長男は物理学者で東京教育大学教授の朝永振一郎。 小川岩雄: 湯川秀樹、朝永振一郎とともに第1回パグウォッシュ会議に参加。 武谷三男: 武谷は、その生きた時代、湯川秀樹・朝永振一郎・坂田昌一と並び称された。 小柴昌俊: 1959年 - 一時帰国し慶子と結婚(媒酌は朝永振一郎夫妻)し再び渡米、後に1男1女(俊と眞理)を儲ける 湯川秀樹: 朝永振一郎:同期。 中村幸四郎: 現代自然科学講座.第2巻、朝永振一郎・伏見康治(共編)、弘文堂、1951年(昭和26年) 坂田昌一: 湯川秀樹、朝永振一郎とともに日本の素粒子物理学をリードした。 仁科芳雄: 出典 論文:朝永振一郎著作集を読む(第6巻)等 米沢富美子: 夫の東京赴任に伴い、自身も東京に移り、東京教育大学物理学科に所属し、朝永振一郎と会う。 木庭二郎: これは、それだけ朝永振一郎に信頼されていたと言える。 堀淳一: 経済学者で関西学院大学学長を務めた堀経夫は伯父、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎は母方の叔父にあたる。 坂田昌一: これは、後に朝永振一郎が繰り込み理論を完成させたことによって解決をみた。 リチャード=ファインマン: 1965年: 量子電磁力学の発展に大きく寄与したことにより、ジュリアン・S・シュウィンガー、朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を共同受賞した。 仁科芳雄: 仁科芳雄、富山小太郎、朝永振一郎『量子力学』 概論、共立社〈量子物理学 1〉、1938年5月。 南部陽一郎: 1945年終戦後に東京帝国大学の理学部物理学教室(物理学科)に嘱託で復帰し、同室の木庭二郎らと共に、朝永振一郎の研究グループに参加し朝永の方法を吸収しつつ、時々訪れ議論を展開した武谷三男からも影響を受けている。 一松信: 朝永振一郎、伏見康治 編『現代自然科学講座』 第7巻、弘文堂、1952年。 湯川秀樹: 大阪帝国大学に移籍後、全く成果が出ない湯川を八木はさらに勉学に努めるよう注意した上で、「本来なら朝永君(朝永振一郎)に来て貰うことにしていたのに、君の兄さんから依頼されたので、やむなく君を採用したのだから、朝永君に負けぬよう、しっかり勉強してくれなければ困る」とまで叱責した。 長岡半太郎: 仁科はコペンハーゲン学派(ニールス・ボーアらが中心)の自由な学風を日本に持ち帰り、仁科と交流のあった朝永振一郎や、坂田昌一はその学風を受け継ぐ。 南部陽一郎: 1950年、朝永振一郎の推薦で早川幸男、山口嘉夫、西島和彦、中野董夫と共に大阪市立大学理工学部に理論物理学のグループを立ち上げた。 益川敏英: 湯川秀樹、朝永振一郎らの影響と、幼少期に自宅が米軍の焼夷弾の直撃を受けた名古屋大空襲の経験から、平和運動にも意欲的に取り組んでおり、2005年には「九条科学者の会」呼びかけ人を務めていた。 仁科芳雄: 仁科の主催する研究室からは多くの学者が巣立ち、朝永振一郎、坂田昌一が代表で、孫弟子も多くいる。 小野周: 理論物理学新講座. 第13巻 朝永振一郎、伏見康治 編 弘文堂、1954. 岡潔: 京都帝国大学時代には湯川秀樹、朝永振一郎らも岡の講義を受けており、物理学の授業よりもよほど刺激的だったと語っている。 武谷三男: 学術会議は直ちに対抗し、まず伏見康治によって「原子力憲章」が作成され、3月20日には学術会議原子核特別委員会(朝永振一郎委員長)において原子核物理学者の意見が集約された。 仁科芳雄: ドイツ滞在中に励ましの書簡を送られた朝永振一郎は、仁科を「温かく親しみやすかった」と評している。 |
朝永振一郎の情報まとめ

朝永 振一郎(ともなが しんいちろう)さんの誕生日は1906年3月31日です。東京出身の物理学者のようです。

卒業、趣味、現在、結婚に関する情報もありますね。去年の情報もありました。1979年に亡くなられているようです。
朝永振一郎のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)朝永 振一郎(ともなが しんいちろう、1906年(明治39年)3月31日 - 1979年(昭和54年)7月8日)は、日本の物理学者。理学博士(東京帝国大学・1939年)。東京教育大学名誉教授。 相対論的に共変でなかった場の量子論を超多時間論で共変な形にして場の演算子を形成し、場の量子論を一新した。超多時間論を基に繰り込み理論の手法を発明、量子電磁力学の発展に寄与した功績によりノーベル物理学賞を受賞した。東京生まれで、少年時代以降は京都育ち。なお、朝永家自体は長崎県の出身。武蔵野市名誉市民。 1906年、東京市小石川区小日向三軒町(現:文京区小日向)に、父・朝永三十郎(長崎県大村藩士の出)と母(埼玉県出身)の第二子(2男2女)で出生。幼少期は病弱であったと伝えられる。 父の三十郎は著名な哲学者(京都学派の一員)で、1913年に京都帝国大学教授就任に伴い、一家は京都市に転居し、錦林小学校に転校する。振一郎は次第に自然に興味を持つようになり、虫眼鏡で実験を行ったり、電信機や顕微鏡のレンズを自作するなどしていた。哲学者の息子だったが、後年に「哲学というものは私にとってはなはだ苦手で、どうしても歯がたたない」と語っている。しかし、しばしば他人から「あなたのいったり書いたりしていることは結構哲学的ですなどといわれる」とも述べている。 京都一中(現:京都府立洛北高等学校・附属中学校)、第三高等学校、京都帝国大学理学部物理学科を卒業。学生時代は女浄瑠璃や寄席に入り浸って、かなりの趣味人だったと伝えられる。 京都帝国大学理学部物理学科卒業後、京都帝国大学の無給副手に着任する。湯川秀樹(旧姓:小川)とは中学校、高等学校、帝国大学とも同期入学・同期卒業であった。無給副手時代、机も同じ部屋にあった(中学までは1学年上であったが、後に湯川が飛び級のため追いついた)。 この無給副手時代を後年振り返って、「湯川さんのこの勉強の進行ぶりに反して、不健康と無理な試験勉強ですっかり疲労困憊し、はげしい劣等感にとりつかれたものにとっては、そのようなむつかしい分野に進む決心はとても起らない。何かもっとやさしい仕事はないものか、何でもよいからほんのつまらないものたったひとつだけでもよいから仕事をし、あとはどこかの田舎で余生を送れたら、などと本気で考えていた。こんな暗い日が三年間ほどつづいたが、こういう状態からぬけ出させてくれたのは、仁科先生との出会いであった。」と語っている。 1931年、仁科芳雄の誘いを受け、理化学研究所仁科研究室の研究員に着任。 ドイツのライプツィヒ大学に留学し、ヴェルナー・ハイゼンベルクの研究グループで、原子核物理学や場の量子論を学んだ。 1937年、ニールス・ボーアが来日。 1941年、東京文理科大学(新制東京教育大学の前身校、現・筑波大学)教授。 理研時代からマグネトロン(磁電管)の発振機構の研究等を行い、レーダーの基幹技術にもなるマグネトロンの振動理論を完成させた。戦時下においては、湯川秀樹らと共に帝国海軍の電波兵器開発に協力し、海軍技術研究所(海軍島田実験所、第二海軍技術廠牛尾実験所)に所属した。「運転中のエンジンを電波で停止させる実験」や「ウサギへの電波兵器照射実験」などに成功し、驚異的な成果を上げたが、本願のB29撃墜兵器の開発には至らなかった。 1942年、遣独潜水艦作戦に成功した海軍は、入手したウルツブルグの情報や最新のハイゼンベルク論文を朝永振一郎に提供し、朝永は基にレーダー理論の研究を行っていた。朝永の理論をこれを応用した導波管の研究論文は機密指定され陸軍は閲覧できなかったことから、民間出身の南部陽一郎(陸軍技術中尉)に対し研究者との接触などの機会を狙い機密文書を盗み出すよう命令が下ったが、南部は朝永本人に直接頼むことにより入手したという。 戦後、大戦中に行ったマグネトロンや立体回路の研究により、1948年に小谷正雄と共に日本学士院賞を受賞。 1949年、東京教育大学教授。 プリンストン高等研究所に滞在し、量子多体系の研究を行う。教授となってからも東京大学の学園祭(五月祭)で、特技のドイツ語による落語を演じるなどして、洒落っ気が多かった。 1946年、朝日賞を受賞した。「そのうち朝日賞をもらったが、これは大助かりであった。このお金をつぎこんで畳を十枚買い、学校の大久保分室のやけ残り小屋に居をかまえた。」と語った。(江沢洋編『科学者の自由な楽園』ー 十年のひとりごと に掲載) 1947年、量子電磁力学の発散の困難を解消するための繰り込み理論を形成し、繰り込みの手法を用いて、水素原子のエネルギー準位に見られるいわゆるラムシフトの理論的計算を行い、実測値と一致する結果を得た。この業績により、1965年秋にジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマンと共同でノーベル物理学賞を受賞した。しかし肋骨を折っており、12月のストックホルムでの授賞式には出席できなかった。朝永は先に受賞した湯川より年上であり、更に年上の川端康成が文学賞を受賞するまで日本人最高齢の受賞者となっていた。なお、朝永は湯川より先に亡くなっている。 1956年から1961年には東京教育大学長、1963年から1969年に日本学術会議会長を務めた。晩年は学校などでも講演を行い、自然科学の啓蒙にも積極的に取り組んだ。1978年喉頭癌により手術を行ったため声を失った、翌79年に再発悪化し亡くなった。墓所は京都市東本願寺の他、東京西部の多磨霊園にも分骨された。 1906年:東京市小石川区小日向三軒町(現:東京都文京区小日向)に朝永三十郎の子として生まれる。 1913年:父三十郎のドイツ留学を経て京都帝国大学教授就任に伴い一家で京都に転居。 1923年:京都府立京都一中(現在は京都府立洛北高等学校・附属中学校)卒業。 1926年:第三高等学校卒業。 1929年:京都帝国大学理学部物理学科卒業。京都帝国大学の無給副手に着任。 1931年:理化学研究所仁科研究室の研究員に着任。 1937年:ドイツのライプツィヒに留学。 1939年:帰国。留学中に執筆した論文 "Innere Reibung und Wärmeleitfähigkeit der Kernmaterie" によって東京帝国大学から理学博士号を取得。 1940年:結婚。 1941年:東京文理科大学(新制東京教育大学の前身校、現在は筑波大学)教授。 1942年:中間子の中間結合論(場の理論) 1943年:超多時間理論を完成。 1947年:くりこみ理論を発表。 1948年:「磁電管の発振機構と立体回路の理論的研究」により小谷正雄と共に日本学士院賞受賞。 1949年:東京教育大学教授。プリンストン高等研究所に滞在。量子多体系の研究を行う。 1951年:日本学士院会員。 1952年:文化勲章受章。 1953年:中間結合の体系理論を発表 1955年:東京大学原子核研究所を設立。 1956年:東京教育大学長(〜1961年) 1963年:日本学術会議会長(〜1969年) 1965年:ノーベル物理学賞受賞(それまでに1951-1952,1955-1957,1960,1963年の計7回候補となっていた。1952年の推薦人は湯川だった)。 1969年:東京教育大学を定年退官。世界平和アピール七人委員会に参加。 1976年:勲一等旭日大綬章受章。 1979年:73歳にて死去。 1949年に出版された『量子力学』は、日本語で書かれた量子力学の教科書の定番として長年読み継がれており、1963年には小柴昌俊による英訳版が刊行。更に1998年には『スピンはめぐる』の英訳版が刊行された。物理学・量子力学の一般向けの啓蒙書を多数執筆しており、歿後の1980年には『物理学とは何だろうか』で大佛次郎賞を受賞した。『量子力学』、『物理学とは何だろうか』は共に未完であった。みすず書房で「著作集」が没後出版された。 『量子力学』 第1巻、東西出版社、1948年。 『量子力学』 第1巻、東西出版社〈現代物理学大系 第25巻〉、1949年。 『量子力学的世界像』弘文堂〈アテネ新書 第2〉、1949年。
『物理学読本』学芸社、1951年。 『量子力学』 第1巻、学芸社〈物理学大系 基礎物理篇 第8巻 第1冊〉、1951年。 『量子力学』 第1巻、みすず書房、1952年5月。
『量子力学』 第2巻、みすず書房〈物理学大系 基礎物理篇 第8巻 第2冊〉、1953年。
朝永振一郎(述)『原子論の発展』仁科記念財団、1962年。 講演冊子 朝永振一郎(述)『放射能の話』仁科記念財団、1963年。 講演冊子 『鏡のなかの世界』みすず書房、1965年。
『科学と科学者』みすず書房〈みすず科学ライブラリー 8〉、1968年。
『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』中央公論社〈自然選書〉、1974年。
『庭にくる鳥 随筆集』みすず書房、1975年。
『鏡の中の物理学』講談社〈講談社学術文庫〉、1976年6月。ISBN 978-4-06-158031-2。https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000149649。 『わが師わが友』講談社〈講談社学術文庫〉、1976年8月。 『物理学とは何だろうか』
『物理学とは何だろうか 下』岩波書店〈岩波新書 黄版〉、1979年11月。ISBN 4-00-420086-5。https://www.iwanami.co.jp/book/b267537.html。 『物理学とは何だろうか 朝永振一郎著作集 7』(新装)みすず書房〈著作集7〉、2001年12月。ISBN 4622051176。OL OL31732109M。全国書誌番号:20244577。オリジナルの2021年3月3日時点におけるアーカイブ。https://www.msz.co.jp/book/writings/47/。2022年3月31日閲覧。 『角運動量とスピン 『量子力学』補巻』亀淵迪・原康夫・小寺武康編、みすず書房、1989年4月。ISBN 4-622-04081-6。https://www.msz.co.jp/book/detail/04081/。 江沢洋 編『量子力学と私』岩波書店〈岩波文庫〉、1997年1月。ISBN 4-00-311521-X。https://www.iwanami.co.jp/book/b248938.html。 江沢洋 編『科学者の自由な楽園』岩波書店〈岩波文庫〉、2000年9月。ISBN 4-00-311522-8。https://www.iwanami.co.jp/book/b248939.html。 江沢洋 編『プロメテウスの火』みすず書房〈始まりの本〉、2012年6月。ISBN 4-622-08354-X。https://www.msz.co.jp/book/detail/08354。 江沢洋 編『物理学への道程』みすず書房〈始まりの本〉、2012年12月。ISBN 4-622-08365-5。https://www.msz.co.jp/book/detail/08365。 『朝永振一郎 見える光、見えない光』平凡社〈STANDARD BOOKS〉、2016年10月。ISBN 4-582-53158-X。https://www.heibonsha.co.jp/book/b244331.html。 『朝永振一郎著作集 1』串田孫一解説(箱入り)、みすず書房、1981年11月。ISBN 4622008017。 『朝永振一郎著作集 2』小谷正雄解説、みすず書房、1982年1月。ISBN 4622008025。 『朝永振一郎著作集 3』伏見康治解説、みすず書房、1983年1月。ISBN 4622008033。 『朝永振一郎著作集 4』桑原武夫解説、みすず書房、1982年3月。ISBN 4622008041。 『朝永振一郎著作集 5』小川岩雄解説、みすず書房、1982年9月。ISBN 462200805X。 『朝永振一郎著作集 6』玉木英彦解説、みすず書房、1982年11月。ISBN 4622008068。 『朝永振一郎著作集 7』伊藤大介解説、みすず書房、1982年5月。ISBN 4622008076。 『朝永振一郎著作集 8』牧二郎解説、みすず書房、1982年7月。ISBN 4622008084。 『朝永振一郎著作集 9』江沢洋解説、みすず書房、1983年3月。ISBN 4622008092。 『朝永振一郎著作集 10』西島和彦解説、みすず書房、1985年1月。ISBN 4622008106。 『朝永振一郎著作集 11』山口嘉夫解説、みすず書房、1983年7月。ISBN 4622008114。 『朝永振一郎著作集 12』松井巻之助解説、みすず書房、1983年9月。ISBN 4622008122。 『朝永振一郎著作集 別巻1』戸田盛和解説、みすず書房、1985年5月。ISBN 4622008130。 『朝永振一郎著作集 別巻2』小林稔解説、みすず書房、1985年7月。ISBN 4622008149。 『朝永振一郎著作集 別巻3』小沼通二解説、みすず書房、1985年9月。ISBN 4622008157。
『朝永振一郎著作集 2 物理学と私』みすず書房。ISBN 4-622-05112-5。https://www.msz.co.jp/book/detail/05112/。 『朝永振一郎著作集 3 物理学の周辺』みすず書房。ISBN 4-622-05113-3。https://www.msz.co.jp/book/detail/05113/。 『朝永振一郎著作集 4 科学と人間』みすず書房。ISBN 4-622-05114-1。https://www.msz.co.jp/book/detail/05114/。 『朝永振一郎著作集 5 科学者の社会的責任』みすず書房。ISBN 4-622-05115-X。https://www.msz.co.jp/book/detail/05115/。 - ISBN 4-622-05126-5(第1期set) 『朝永振一郎著作集 6 開かれた研究所と指導者たち』みすず書房、2001年12月。ISBN 4-622-05116-8。https://www.msz.co.jp/book/detail/05116/。 『朝永振一郎著作集 7 物理学とは何だろうか』みすず書房。ISBN 4-622-05117-6。https://www.msz.co.jp/book/detail/05117/。 『朝永振一郎著作集 8 量子力学的世界像』みすず書房。ISBN 4-622-05118-4。https://www.msz.co.jp/book/detail/05118/。 『朝永振一郎著作集 9 マクロの世界からミクロの世界へ』みすず書房。ISBN 4-622-05119-2。https://www.msz.co.jp/book/detail/05119/。 『朝永振一郎著作集 10 量子電気力学の発展』みすず書房。ISBN 4-622-05120-6。https://www.msz.co.jp/book/detail/05120/。 - ISBN 4-622-05127-3(第2期set) 『朝永振一郎著作集 11 量子力学と私』みすず書房、2002年1月。ISBN 4-622-05121-4。https://www.msz.co.jp/book/detail/05121/。 『朝永振一郎著作集 12 紀行と閑談』みすず書房。ISBN 4-622-05122-2。https://www.msz.co.jp/book/detail/05122/。 『朝永振一郎著作集 別巻 1 学問をする姿勢』みすず書房。ISBN 4-622-05123-0。https://www.msz.co.jp/book/detail/05123/。 『朝永振一郎著作集 別巻 2 日記・書簡』みすず書房。ISBN 4-622-05124-9。https://www.msz.co.jp/book/detail/05124/。 『朝永振一郎著作集 別巻 3 人と業績』みすず書房。ISBN 4-622-05125-7。https://www.msz.co.jp/book/detail/05125/。 - ISBN 4-622-05128-1(第3期set) 仁科芳雄、富山小太郎『量子力学 概論』共立社〈量子物理学 1〉、1938年。 水間正一郎、高尾磐夫『超短波磁電管』コロナ社、1948年。 『原子核から素粒子へ』藤岡由夫 共編、弘文堂、1949年。 弘文堂編輯部 編『物質とは何か』弘文堂〈アテネ文庫 第60〉、1949年。 共著『極超短波理論概説』リスナー社、1950年。 『物理学大系 第1篇 第6巻』共編、学芸社、1951年。 伏見康治共 編『現代自然科学講座』 第1巻~第12巻、弘文堂、1951-1952。 編『物理学読本』みすず書房、1952年。
小谷正雄 共 編『極超短波磁電管の研究』みすず書房、1952年。 玉木英彦 共 編『仁科芳雄 伝記と回想』みすず書房、1952年。 編『物理の歴史』毎日新聞社〈毎日ライブラリー〉、1953年。
藤岡由夫 共 編『原子核から素粒子へ』弘文堂、1953年。 伏見康治 共 編『理論物理学新講座』 第1巻~第16巻、弘文堂、1953-1954。 編『宇宙線の話』岩波書店〈岩波新書〉、1960年。 湯川秀樹、坂田昌一 共 編『平和時代を創造するために 科学者は訴える』岩波書店〈岩波新書〉、1963年。 監修『原色フレンド百科大事典』文英堂、1967年。 湯川秀樹・坂田昌一 共 編『核時代を超える 平和の創造をめざして』岩波書店〈岩波新書〉、1968年。ISBN 4-00-411106-4。 湯川秀樹と『物理学者群像 対談』仁科記念財団、1972年。 講演冊子 湯川秀樹、豊田利幸 共 編『核軍縮への新しい構想』岩波書店、1977年8月。 共著『素粒子の世界』学生社〈科学随筆文庫 5〉、1978年6月。 ポール・ディラック『量子力学』朝永振一郎ほか共訳、岩波書店、1954年。
ポール・ディラック『量子力学 第4版』共訳(改訂新版)、岩波書店、2017年11月。ISBN 978-4000061513。https://www.iwanami.co.jp/book/b325090.html。 Shinichiro Tomonaga (1962). Quantum mechanics (Hardcover ed.). Interscience Publishers Shinichiro Tomonaga (January 1998). The Story of Spin (Hardcover ed.). Univ of Chicago Pr (Tx). ISBN 0226807932 Shinichiro Tomonaga (October 1998). The Story of Spin (Paperbuck ed.). Univ of Chicago Pr (Tx). ISBN 0226807940 『回想の朝永振一郎』、松井巻之助編、みすず書房、1980年、新版2006年 『著作集 別巻3 朝永振一郎・人と業績』、解説小沼通二、みすず書房、1985年、新版2002年。30名の回想 『追想 朝永振一郎』、伊藤大介編、中央公論社〈自然選書〉、1981年 加藤八千代『朝永振一郎博士 人とことば』、共立出版、1984年 中村誠太郎『湯川秀樹と朝永振一郎』、読売新聞社、1992年 『素粒子の世界を拓く 湯川秀樹・朝永振一郎の人と時代』、佐藤文隆監修、京都大学学術出版会〈学術選書〉、2006年 仁科芳雄 - 理化学研究所時代の師匠。 早川幸男 - 弟子で宇宙物理学者。 ^ 酒で酩酊し風呂場で転んで骨折した(朝永自身、エッセイに書いている)。これに関して、酒井邦嘉は『科学者という仕事』(中公新書、2006年)で朝永が「ノーベル賞を貰うのは骨が折れる」(亀淵迪「朝永先生とユーモア」TOM(朝永記念室報)1, 15-17 1983年)と言ったことを紹介している。 ^ 入院後、ノーベル財団から外務省を通じて、授賞式に出席できない場合の対応として「在スウェーデン日本大使鶴岡千仭(当時)が授賞式に出席して、代理で受賞する」「授賞式と同じ日に東京の在日本スウェーデン大使館で、朝永本人が大使から受賞する」という選択肢を打診され、朝永は後者を選択。12月10日(ノーベル物理学賞授賞式当日)に港区のスウェーデン大使館で挙行された「授賞式」で、高松宮宣仁親王・喜久子妃・佐藤栄作内閣総理大臣ほか約100名が列席する中、スウェーデン大使から賞状とメダルを授与された。なお翌1966年5月6日に、ストックホルムで授賞記念講演を行っている。 ^ 武蔵野市名誉市民 ^ 『毎日情報』第6巻・第1号, p.100。毎日新聞社, 1951年 ^ 『自然』1962年10月号、『鏡のなかの世界』収録 ^ 産経新聞 (2015年8月19日). “【戦後70年 戦跡を行く】海軍島田実験所(島田市)”. 産経新聞:産経ニュース. 2024年11月28日閲覧。 ^ “B29へ「電波兵器」 反戦ノーベル賞学者も研究の過去:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2020年8月23日). 2024年11月28日閲覧。 ^ “生命情報科学の源流 | WEB連載 | 大人の科学.net”. otonanokagaku.net. 2024年11月28日閲覧。 ^ 『日経サイエンス』日経サイエンス社、1995年4月号、91頁 ^ 朝永 1996, p. 88. ^ 「講演はスウェーデン、受賞は東京で 朝永氏が回答」、『朝日新聞』1965年11月27日朝刊(東京本社版)、14頁。 ^ 「朝永博士 晴れの授賞式 スウェーデン大使館でノーベル物理学賞」、『朝日新聞』1965年12月11日朝刊(東京本社版)、1頁。 ^ 「朝永博士 ノーベル賞記念講演 ストックホルム」、『朝日新聞』1966年5月8日朝刊(東京本社版)、14頁。 ^ “朝永振一郎”. www6.plala.or.jp. 2024年12月7日閲覧。 ^ 「ノーベル賞候補 日本6人」共同通信2014年8月14日 ^ ノーベル賞候補日本6人 1951〜63年、物理・化学賞 選考資料、米専門家が確認 :日本経済新聞 ^ 日本の天文学者の系図 パグウォッシュ会議 プリンストン高等研究所 部分と全体 - ヴェルナー・ハイゼンベルク 東京原子核クラブ - マキノノゾミの戯曲。主人公は若き日の朝永をモデルとしている。 Progress of Theoretical Physics - ノーベル物理学賞の受賞論文を発表した学術誌 The Nobel Prize in Physics 1965 筑波大学サイト内の朝永博士の紹介 朝永振一郎学長の桐花寮祭での講演 朝永振一郎教授の「思い出ばなし」 朝永博士 ノーベル物理学賞 - NHK放送史 昭和のノーベル賞 物理学賞 東京での授賞式 朝永振一郎氏 日本学術会議の会長も務める(1965 年)【映像記録 news archive】 - YouTube(ANNnewsCH) ノーベル物理学賞・朝永博士が愛猫に投影した半生 (読売新聞2023年6月28日) 表 話 編 歴 ジョン・コッククロフト / アーネスト・ウォルトン (1951) - フェリックス・ブロッホ / エドワード・ミルズ・パーセル (1952) - フリッツ・ゼルニケ (1953) - マックス・ボルン / ヴァルター・ボーテ (1954) - ウィリス・ラム / ポリカプ・クッシュ (1955) - ウィリアム・ショックレー / ジョン・バーディーン / ウォルター・ブラッテン (1956) - 楊振寧 / 李政道 (1957) - パーヴェル・チェレンコフ / イリヤ・フランク /イーゴリ・タム (1958) - エミリオ・セグレ / オーウェン・チェンバレン (1959) - ドナルド・グレーザー (1960) - ロバート・ホフスタッター / ルドルフ・メスバウアー (1961) - レフ・ランダウ (1962) - ユージン・ウィグナー / マリア・ゲッパート=メイヤー / ヨハネス・ハンス・イェンゼン (1963) - チャールズ・タウンズ / ニコライ・バソフ / アレクサンドル・プロホロフ (1964) - 朝永振一郎 / ジュリアン・シュウィンガー / リチャード・P・ファインマン (1965) - アルフレッド・カストレル (1966) - ハンス・ベーテ (1967) - ルイス・ウォルター・アルヴァレズ (1968) - マレー・ゲルマン (1969) - ハンス・アルヴェーン / ルイ・ネール (1970) - ガーボル・デーネシュ (1971) - ジョン・バーディーン / レオン・クーパー / ジョン・ロバート・シュリーファー (1972) - 江崎玲於奈 / アイヴァー・ジェーバー / ブライアン・ジョゼフソン (1973) - マーティン・ライル / アントニー・ヒューイッシュ (1974) - オーゲ・ニールス・ボーア / ベン・ロイ・モッテルソン / レオ・ジェームス・レインウォーター (1975) 一覧 カテゴリ 表 話 編 歴 初代 三輪知雄 1973-1976 第2代 宮島龍興 1976-1980 第3代 福田信之 1980-1986 第4代 阿南功一 1986-1992 第5代 江崎玲於奈 1992-1998 第6代 北原保雄 1998-2004 第7代 岩崎洋一 2004-2009 第8代 山田信博 2009-2013 第9代 永田恭介 2013- 事務取扱/学長 柴沼直 1949/1949-1956 事務取扱 三輪知雄 1956 朝永振一郎 1956-1962 三輪知雄 1962-1968 三輪光雄 1968-1969 事務取扱/学長 宮島龍興 1969-1970/1970-1974 大山信郎 1974-1978 諸葛信澄 1873 学長/校長 諸葛信澄 1873/1873-1875 摂理 箕作秋坪 1875-1877 校長補 小沢圭二郎 1875-1877 秋山恒太郎 1877-1878 校長補/校長 伊沢修二 1878-1879/1879-1881 校務嘱託 西周 1881-1885 監督 森有礼 1885 高嶺秀夫 1881-1886 山川浩 1886 伊沢修二 1878-1879 折田彦市 1879-1880 平山太郎 1880-1881 小林小太郎 1881-1882 主幹/所長 西村貞 1882-1884/1884-1885 所長 野村彦四郎 1885-1886? 山川浩 1886-1891 心得/校長 高嶺秀夫 1891/1891-1893 心得/校長 嘉納治五郎 1893/1893-1897 河内信朝 1897 嘉納治五郎 1897-1898 矢田部良吉 1898-1899 事務取扱 後藤牧太 1899 伊沢修二 1899-1900 心得 後藤牧太 1900-1901 澤柳政太郎 1901 嘉納治五郎 1901-1902 嘉納治五郎 1902-1920 三宅米吉 1920-1929 事務取扱 松井簡治 1929 大瀬甚太郎 1929-1934 森岡常蔵 1934-1940 校長/事務取扱 河原春作 1940-1945/1945 務台理作 1945-1948 杉村欣次郎 1948-1949 事務取扱/校長 柴沼直 1949/1949-1952 横井時敬 1902-1919 横井時敬 1919-1922 沢村真 1922-1926 佐藤寛次 1926-1936 佐々木林治郎 1936-1937 佐藤寛次 1937-1939 上原種美 1939-1946 事務取扱 岡言智 1946 七沢甚喜 1946-1949 柴沼直 1949 七沢甚喜 1949-1952 北豊吉 1924-1932 事務取扱 山川建 1932-1934 岩原拓 1934-1939 所長/事務取扱 小笠原道生 1939-1941/1941 東龍太郎 1941-1942 河原春作 1942-1944 河原春作 1944 大谷武一 1944-1949 柴沼直 1949 大谷武一 1949-1950 野口源三郎 1950-1951 今村嘉雄 1951-1952 事務取扱/校長 松野憲治 1949-1950/1950-1951 事務取扱/校長 川本宇之介 1949-1950/1950-1951 三宅米吉 1929 事務取扱 松井簡治 1929 大瀬甚太郎 1929-1934 森岡常蔵 1934-1940 学長/事務取扱 河原春作 1940-1945/1945 務台理作 1945-1948 杉村欣次郎 1948-1949 事務取扱/学長 柴沼直 1949/1949-1956 事務取扱 三輪知雄 1956 朝永振一郎 1956-1962 舟木重彦 1947-1951 近藤春文 1951 大志万準治 1951-1953 伊東正勝 1953-1965 岡田温 1965-1969 太田和彦 1969-1973 齋藤毅 1973-1977 松田智雄 1978-1981 松田智雄 1979-1983 町田貞 1983-1987 藤川正信 1987-1991 小野寺和夫 1991-2005 吉田政幸 1995-2002 筑波大学
FAST ISNI VIAF WorldCat ノルウェー フランス BnF data ドイツ イスラエル アメリカ スウェーデン 日本 オーストラリア 韓国 オランダ CiNii Books CiNii Research レオポルディーナ MathSciNet Mathematics Genealogy Project Scopus zbMATH ドイッチェ・ビオグラフィー Trove(オーストラリア)
IdRef 朝永振一郎 20世紀日本の物理学者 日本のノーベル賞受賞者 ノーベル物理学賞受賞者 日本の理論物理学者 量子物理学者 日本の素粒子物理学者 ロモノーソフ金メダル受賞者 日本学士院賞受賞者 朝日賞受賞者 勲一等旭日大綬章受章者 文化勲章受章者 理学博士取得者 理学士取得者 日本学士院会員 日本学術会議会長 米国科学アカデミー外国人会員 ソビエト連邦科学アカデミー外国人会員 国立科学アカデミー・レオポルディーナ会員 バイエルン科学アカデミー会員 インド国立科学アカデミー・フェロー 筑波大学学長 東京教育大学の教員 高エネルギー加速器研究機構の人物 理化学研究所の人物 プリンストン高等研究所の人物 京都大学出身の人物 旧制第三高等学校出身の人物 京都府立洛北高等学校・附属中学校出身の人物 東京都区部出身の人物 京都市出身の人物 多磨霊園に埋葬されている人物 1906年生 1979年没 Open Libraryのリンクがある記事 FAST識別子が指定されている記事 ISNI識別子が指定されている記事 VIAF識別子が指定されている記事 WorldCat Entities識別子が指定されている記事 BIBSYS識別子が指定されている記事 BNF識別子が指定されている記事 BNFdata識別子が指定されている記事 GND識別子が指定されている記事 J9U識別子が指定されている記事 LCCN識別子が指定されている記事 Libris識別子が指定されている記事 NDL識別子が指定されている記事 NLA識別子が指定されている記事 NLK識別子が指定されている記事 NTA識別子が指定されている記事 CINII識別子が指定されている記事 CRID識別子が指定されている記事 Leopoldina識別子が指定されている記事 MATHSN識別子が指定されている記事 MGP識別子が指定されている記事 Scopus識別子が指定されている記事 ZBMATH識別子が指定されている記事 DTBIO識別子が指定されている記事 Trove識別子が指定されている記事 SUDOC識別子が指定されている記事 ISBNマジックリンクを使用しているページ
2025/04/02 07:21更新
|
tomonaga shinichirou
朝永振一郎と同じ誕生日3月31日生まれ、同じ東京出身の人


TOPニュース
朝永振一郎と近い名前の人

話題のアホネイター

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「朝永振一郎」を素材として二次利用しています。