色川武大の情報(いろかわたけひろ) 作家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
色川 武大さんについて調べます
■名前・氏名 |
色川武大と関係のある人
中野英治: ^ 「エスクァイアマガジンジャパン」1988年6月号、色川武大との対談、p.164-170。 山際素男: 20代の頃は小説家志望で、同人誌活動を行っており、そこで同い年の色川武大と知り合い、お互いの家に泊まりあうほど、親密になり、色川が死去するまで交際があった。 すぎやまこういち: また、ジャズに関しては親交のあった色川武大によると著書にて「すぎやまさんはジャズ嫌い」と書かれているが、実際はドラクエのカジノの音楽などジャズ調の曲も多く作曲している。 飯沢匡: 母は色川武大の親戚の色川家の人で、飯沢と色川は「高祖父が兄弟」の関係になる。 トニー谷: また、日本人相手の劇場の初舞台(1948年頃、浅草六区の大都劇場における「劇団美貌」の旗揚げ公演の司会)からトニー谷を観ていた色川武大は「無責任が躍動していた感じは後年の植木等と違って地の迫力があった」と評している。 樋口修吉: 小説を書くきっかけとなったのは、色川武大著『怪しい来客簿』の後記に心をうたれたからとしている。 長嶋有: また色川武大の短編「連笑」(短編集『百』所収)を読んで、「要約できないものを書くのが文学だ」と気付かされる。 内藤誠: 2010年、24年ぶりとなる監督作『明日泣く』(色川武大原作)を製作、2011年11月に劇場公開。 原健策: 色川武大『なつかしい芸人たち』新潮社〈新潮文庫〉、1993年、137-144頁。 村松友視: 武田泰淳『富士』、後藤明生『夢かたり』、田中小実昌『ポロポロ』、色川武大『生家へ』、武田百合子『富士日記』などを担当している。 柳美里: 2008年 - 3月、NHK「知るを楽しむ私のこだわり人物伝 色川武大」のナビゲーターを務める。 川上宗薫: 川上の死後、未亡人は京都に引っ越したため、成城の旧川上邸は、色川武大が一時、間借りした。 安部公房: 色川武大 『狂人日記』 (読売文学賞、1989年) 江國香織: 父の江國滋を訪ねてよく遊びに来ていた色川武大を、香織ら子供たちは「色ちゃん」と呼んでいた。 山田風太郎: なお、戦前・戦後の映画・芸能雑誌をコレクションしていた色川武大が、その雑誌の中から、たまたま学生時代の「風太郎」名義の投稿を発見し、その頁のコピーを山田に送ったこともある。 武田百合子: それは色川武大も認めており、『犬が星見た-ロシア旅行』の解説に「どうしてこんな作品が書けるのか」と彼女の選択眼を評価している。 村松友視: なお、この店があったため、晩年の色川武大は一関市に引越しした。 岸田今日子: 趣味は麻雀で、1970年代に「週刊ポスト」で行われていた勝抜麻雀企画に出場し、阿佐田哲也(色川武大)に勝ったこともあるほどの強豪であった。 木暮力三: なお、この試合を球場で観戦していた作家の色川武大は後年、木暮のこのエラーを題材に『月は東に陽は西に』という作品を書いている(文春文庫『怪しい来客簿』所収)。 西部邁: 西部が高く評価している日本人は山本常朝、福澤諭吉、中江兆民、夏目漱石、田中美知太郎、坂口安吾、秋野不矩、秦野章、福田恆存、三島由紀夫、色川武大、立川談志、唐牛健太郎などである。 高橋治: 江國滋、色川武大らを知る。 武田百合子: 各界に親交が多く、埴谷雄高、深沢七郎、村松友視、大岡昇平、色川武大、吉行淳之介、辻邦生、いいだもも、女優加藤治子などと親しかった。 内田岳志: 明日日泣く(2011年公開 内藤誠監督・色川武大原作)- 神部 役 櫻井秀勲: 文芸誌の編集者を務め、色川武大・松本清張・三島由紀夫・川端康成など多くの文豪達と交流。 飯沢匡: 三中の弟の色川御蔭の曾孫に色川武大がいる。 立松和平: 当時、「早稲田文学」の編集長だった有馬頼義が主宰する若手作家のサロン「石の会」に参加し三浦哲郎、高井有一、後藤明生、色川武大らと知り合う。 中野英治: 色川武大は「私のような不良少年の大先輩、スタアというより、グレートガイ」と述べている。 山口瞳: 競馬を介して交流があった色川武大が死去した際も、同趣旨の追悼文を書いた。 五味康祐: 麻雀にも造詣が深く、『五味マージャン教室』などを上梓し、色川武大に先んじて本格的な麻雀小説を書いた。 藤原審爾: また藤原は1950年代から「藤原学校」と呼ばれる勉強会を自宅で開き、三好京三、山田洋次、江國滋、色川武大、高橋治らの後進を育てた。 |
色川武大の情報まとめ
色川 武大(いろかわ たけひろ)さんの誕生日は1929年3月28日です。東京出身の作家のようです。
父親、家族、映画、引退、母親、姉妹、病気、結婚、離婚、テレビ、事故、ドラマ、兄弟、事件に関する情報もありますね。1989年に亡くなられているようです。
色川武大のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)色川 武大(いろかわ たけひろ、1929年〈昭和4年〉3月28日 - 1989年〈平成元年〉4月10日)は、日本の小説家、エッセイスト、雀士。筆名として阿佐田 哲也(あさだ てつや)ほか、井上 志摩夫(いのうえ しまお)、色川 武大(いろかわ ぶだい)、雀風子などを名乗った。阿佐田哲也名義では麻雀小説作家として知られる。 東京府東京市牛込区(現・東京都新宿区)矢来町生まれ。祖父の色川圀士は島津家庭尋常高等小学校校長を務めた文部官僚。分家筋に衆院議員の色川三郎兵衛がいる。 父親の色川武夫は色川三中の弟・色川御蔭の長男・誠一の子で、40代の若さで退役した海軍大佐であった。武大は父が44歳のときに初めて生まれた長男であった。父は何も仕事をせず、常に自宅におり、家族は軍人恩給で生活していた。また、父は子どもをしかる時は鞭をつかい、98歳の長命を保った。この父親との関係は、色川文学の大きなテーマの一つとなっている。色川が小学校入学の年に弟が生まれる。 学校生活になじめず、小学生時代から学校をサボって浅草興行街に出入りし、映画や寄席、喜劇などに熱中する。あまりに学校をサボるので塾に通わされたが、そこもサボって寄席に通っていた。 アメリカ映画のスタッフの名前を覚えて各人の社歴を注視したり、実在の相撲の力士や野球選手の名前を書いたカードを作り、サイコロを振って勝敗をつける独自のゲームを考案して一人遊びに熱中したりした。相撲ゲームには20代半ばまで熱中し、以後は実在の競輪選手4000人のカードを作り、それを使ったゲームにも熱中したりした。 1941年旧制東京市立第三中学校(現・東京都立文京高等学校)に進学。1943年からは勤労動員で工場で働くが、ガリ版同人誌を密かに発行していたことが露見し、無期停学処分を受ける。 1945年に終戦を迎えるが、無期停学処分のままだったために進級も転校もできず、結果的に中学を中退。父親の恩給が止まったため、生活のため以後5年ほどかつぎ屋、闇屋、街頭の立ち売り、博徒などの職を転々とし、アウトローの生活へ身を投じる。 後に執筆した『麻雀放浪記』の主人公「坊や哲」や「女衒の達」さながらのバクチ修行をし、サイコロ博打や麻雀の腕を磨く。稼いだ時は上宿へ泊まり、文無しになった際は野宿をした。このギャンブル没頭時代に、後に彼の人生自身の哲学となる「ツキの流れを読んでそれに従う」「欲張りすぎず、(相撲でいえば)九勝六敗を狙う」などの考えを身につける。 やがて1950年(昭和25年)頃から各種業界紙を転々と渡り歩くようになる。1953年(昭和28年)には桃園書房に入社。事実上アウトローの世界より引退。『小説倶楽部』誌の編集者として藤原審爾や山田風太郎のサロンに出入りをする。特に、藤原には「人生の師匠」とまで傾倒していた。 この頃の色川は(本人は「顔も声も悪い」と言ってはいたが)痩身の美男子であった。また山田によると「円形恐怖症」で、リンゴ、卵、ボールなどを怖がり、のちの『怪しい来客簿』では「山が怖い」と書かれている。 この頃から、山田宅や藤原宅で麻雀が催されると自分の番が来るまでに寝てしまい、その度に起こされていたという。なお、麻雀の玄人であったことがばれないよう、トップにはならず「いつも、少しだけ浮く」という麻雀を打っていた。吉行淳之介はその打ち方を見て不審に感じ、のち阿佐田哲也名義で『麻雀放浪記』が刊行された際、「この作者はおそらく色川武大だ」と直感したという。 藤原の主宰する小説勉強会で知り合った当時北海道新聞の記者をしていた夏堀正元が色川を「傑作を書ける男だ」と『中央公論』の笹原金次郎に紹介した。この頃、夏堀正元の紹介で新日本文学会にも入会。当時の色川は「あまり本を読まない文学青年」で、夏堀が薦めたドストエフスキー等には反応せず『旧約・新約聖書』に熱中していた。 1955年(昭和30年)に桃園書房をクビになり、以降、生活のために「井上志摩夫」名義での娯楽小説を書く。この頃から新宿ゴールデン街の名物バー『まえだ』に通うようになる。 1961年(昭和36年)に、父親のことを書き本名で応募した『黒い布』が伊藤整や武田泰淳や三島由紀夫の激賞を受け、第6回中央公論新人賞を受賞。なお、この受賞パーティが野坂昭如の「文壇パーティ・デビュー」の会でもあり、後の野坂の小説『文壇』でその様子が描写されている。 しかし、その後はスランプに陥り、以降しばらく同人誌での活動を行う。また「生活費は競輪などのギャンブルで稼いでいる」と知人には語っていた。 夏堀正元、井出孫六、黒井千次らと同人誌『層』発刊。また近藤信行、平岡篤頼、古井由吉等の同人誌『白猫』にも参加。有馬頼義主宰の若手作家の文学サロン「石の会」では高井有一、高橋昌男、五木寛之、佃實夫、萩原葉子、室生朝子、中山あい子、後藤明生、森内俊雄、渡辺淳一、梅谷馨一、立松和平らを知る。 1966年(昭和41年)に『週刊大衆』に「雀風子」の筆名で『マージャン講座』というコラムを執筆したところ人気を博し、この連載はタイトルを変更しながらも2年間続く。この頃から原因不明の睡眠発作・脱力症状・幻視・幻聴・幻覚(後述)に悩まされるようになり、治療費が必要になる場合に備えて、さらに別の名前で執筆することを決めた。 1968年(昭和43年)に『週刊大衆』に「阿佐田哲也」名義で発表した『天和の職人』などで「麻雀の配牌が作中に記載されている麻雀小説」を発明する。 1969年(昭和44年)に、やはり『週刊大衆』に連載を開始した自伝的小説『麻雀放浪記』シリーズで若い読者の圧倒的人気を得て脚光を浴び、世は麻雀ブームとなる。以後、麻雀小説を多数執筆し、その影響で「麻雀専門誌」や「麻雀専門劇画誌」などが生まれ、その多くに阿佐田は執筆した。 1970年(昭和45年)から『週刊ポスト』において作家や芸能人、スポーツ選手などが参加する「麻雀勝抜き戦」の「観戦記」を執筆し始める(1976年まで)。自らも選手として参加し、麻雀を通して交友範囲を大きく広げる。麻雀を通しての交友であったので、井上陽水などとは非常に親しい仲になったにもかかわらず、陽水の歌声をかなり後まで知らなかった。また、この年から従妹(母親同士が姉妹)の黒須孝子と暮らしはじめる。なお、孝子は「この人は病気で数年で死ぬだろう。その間、看病してこの怪物のような人と暮らしてみたい」という気持ちだったという。 また、若手の麻雀強豪(小島武夫、古川凱章ら)を集めて麻雀エンターテインメントグループ「麻雀新撰組」を結成し、局長に就任。麻雀メディアに大きな影響を及ぼす。この経緯はのちに『小説・阿佐田哲也』に書かれている。 1973年(昭和48年)には孝子と結婚。彼女は直木賞受賞作『離婚』のモデルとなる。なお、孝子は若い頃東宝から映画女優としてのスカウトがくるほどの美人であった。 1974年(昭和49年)、前述の症状が難病のナルコレプシーと判明し、これに生涯悩まされる事になる。この年、色川名義で『話の特集』誌に「怪しい来客簿」の連載を開始する。 1976年(昭和51年)、胆石の悪化で一時危篤に陥った。家族は葬式の手配までし、『近代麻雀』誌は追悼号の印刷までした。だが、医者も驚く奇跡的な恢復ぶりを示す。退院後、すぐその晩から清水一行、畑正憲らと丸二日間麻雀をした。 1977年(昭和52年)に『怪しい来客簿』が本名で刊行され、泉鏡花賞を受賞する。『黒い布』以来「色川武大」としては16年ぶりであった。 1978年(昭和53年)には『離婚』で第79回直木賞を受賞する。この作品は事実とフィクションが入り混じった内容で、孝子夫人は「小説のとおりの人物」と人から思われ、人間不信になり自殺まで考えたという 。以降は、本名と阿佐田哲也名義で執筆を続け、精通している博打、映画、芸能、ジャズや幅広い交友関係などを元にした著書を多数出版し続けた。 1989年(平成元年)4月3日、前の月に引越したばかりの岩手県一関市にて心筋梗塞で倒れ入院。適切な手当の結果、一命を取りとめたと思われたが、1週間後の4月10日、入院先の宮城県栗原郡瀬峰町の宮城県立瀬峰病院(後の宮城県立循環器・呼吸器病センター)にて心臓破裂で死去、60歳没。一関に移り住んでわずか10日後の事であった。戒名は行雲院大徳哲章居士。 色川武大名義では主に純文学を、阿佐田哲也名義では『麻雀放浪記』をはじめとするギャンブル小説(無頼漢たちを主役に据えたピカレスク小説)を多数発表しているほか、井上志摩夫名義では時代小説などを発表している。 「阿佐田哲也」のペンネームについては、麻雀で徹夜を繰り返し『朝だ!徹夜だ!』といったことに由来している。「”ハスラー”って映画があったでしょう。あれはギャンブルを描いた映画ではなかなかよく出来ていた。それでハスラーって言葉を日本語にするとどうなるかなあと考えたら、朝だ徹夜って言葉が出てきたんだよ」という発言もある。 「武大」の本名は父親が中国の小説『金瓶梅』の登場人物より名付けたものと、本人は言っていた。 麻雀の分野においては、麻雀をカルチャーとして広めたという意味で戦後最大の功績者である。「雀聖」とも呼ばれ、神格化されるビッグネームである。 また、麻雀技術書において麻雀に戦術があることを書き、五味康祐とともに「単なるギャンブル」とみなされていた麻雀を「知的なゲーム」として認識させた。 また、小説の中に登場人物の配牌図を入れる「麻雀小説」の発明者である。他の作家たちに影響を与え、彼らは「麻雀小説」、「麻雀劇画」を生んだ。なお、牌の状況を書く際は、麻雀牌の印が刻まれた特注のハンコを用意し、それを原稿用紙に捺していたという。 1965年〜75年に『麻雀放浪記』がヒットすると、1970年から『週刊ポスト』誌で有名人による麻雀勝抜戦(阿佐田が観戦記担当)が開催。1972年には竹書房から日本初の麻雀専門雑誌『月刊近代麻雀』が誕生。他の出版社からも専門誌が次々に刊行された。阿佐田はこれらの雑誌類にも精力的に執筆・参加した。 1970年には小島武夫、古川凱章らと「麻雀新撰組」を結成。テレビ番組『11PM』(大橋巨泉:司会)の麻雀コーナーに出演して麻雀を打つなど、積極的なメディア展開を図り「第二次麻雀ブーム」を起こすことに大きく貢献した。 なお、『麻雀放浪記』はあくまで小説であるが、これが「私が」などという一人称で書かれたものであったため、小説の主人公であり、また小説の主人公でしかない「坊や哲」と、書き手の「阿佐田哲也」を同一視し、色川のことを名うてのアウトロー・雀鬼と錯覚する青少年が続出し(色川曰く、そういう手で売りにかかろうと、当初よりある程度は計算の内であったのであるが)、内心おろおろしていたという。ただしこれは自身をモデルとした小説、『小説 阿佐田哲也』で述べられたものであり、これ自体もあくまで小説である。 中でも『麻雀放浪記』は没後にすら、数えきれないほどのメディア展開(小説・実写化・漫画等のリバイバル)がされている。漫画に関しては大抵先述の竹書房関係の漫画家が描くことが多いが、週刊少年マガジンにて1997年から2004年まで連載されていた麻雀マンガ、『哲也-雀聖と呼ばれた男』(原作:さいふうめい、漫画:星野泰視)などの例もあり、本作の主人公「坊や哲」のモデルにもなっている。 また、「競馬、競艇などのギャンブルの中で人が最後にたどりつく『ギャンブルの王様』は競輪である」と言うほど競輪を愛していた。これにちなみ、立川競輪場では2004年まで「阿佐田哲也杯」が開催されていた。なお、麻雀でも過去に「阿佐田哲也杯」が開催されていた。 友人である作家山口瞳の競馬随筆などにも何度か登場しており、山口が雑誌で連載していた随筆連載では旅打ちのゲストとして登場している。この山口の随筆には、色川の持病のナルコレプシーについての描写も見られる。 ラスベガスへも何度も通った。好きだったバカラは清水一行から教わったという。 その他、若い頃はギャンブル仲間と年頭に「この1年に誰が死ぬか」という賭けもしていた。 なお、作家として高名になった後も「その筋の人々」との「手本引き」などのギャンブルをしており、その際は数百万単位の金銭を持参して賭場にのぞんだ。 ギャンブルを通じて将棋棋士たちとのつながりができたこともあり、将棋の観戦記も執筆している。死去直前の1989年には「将棋ペンクラブ大賞」の選考委員を1回のみつとめた。 色川がギャンブルから学んだ人生観を相撲の勝敗に例え、「9勝6敗を狙え。8勝7敗では寂しい。10勝を狙うと無理がでる」と述べたことがある。また、「幸運が続きすぎると危ない」という考えからギャンブルに大負けすると「ここで不運を消化しておけば安心だ」とよく語っていたという。作家の向田邦子が1981年に飛行機事故で亡くなった際は友人に「あの人は幸運が続きすぎたせいだ」と語った。 墓所は東京都台東区谷中七丁目の谷中霊園である。 また、京都府京都市伏見区の稲荷山に所在する大日本大道教内において、「阿佐田哲也大神」として祀られている。1996年8月8日に新日本麻雀連盟の南本喜三理事長が建立した。命日に近い、4月の第1日曜に新日本麻雀連盟によって毎年例祭が執り行われている。 全て本名の色川武大名義による受賞。 1961年 - 「黒い布」で中央公論新人賞を受賞。 1977年 - 「怪しい来客簿」で第5回泉鏡花文学賞を受賞。 1978年 - 「離婚」で第79回直木賞を受賞。 1982年 - 「百」で川端康成文学賞を受賞。 1989年 - 「狂人日記」で読売文学賞を受賞。 『阿佐田哲也の怪しい交遊録』より はじめに合掌
最敬礼の人たち
なつかしき雀友
座談閑談芸談の友
エンタテイナーたち
舞台をとおして
遊びファミリー
みんな最高
『色川武大・阿佐田哲也の特集 99人の友人たちによる別れのメッセージ』(別冊・話の特集)の登場者より 表紙:和田誠 写真:篠山紀信 追悼エッセイ
対談 阿佐田哲也・嵐山光三郎 追悼エッセイ
対談 色川武大・吉行淳之介 エッセイ 沢木耕太郎 『無頼の背中』(夕陽が眼にしみる 象が空をI 文春文庫) 追悼エッセイ
編集後談
『阿佐田哲也“雀聖”追悼特集』近代麻雀オリジナル増刊号より グラビア
園山俊二、福地泡介、勝浦修(将棋棋士)、古川凱章、花登筺、芹沢博文、小島武夫、丸田祐三(将棋棋士)、高橋三千綱、五木寛之、竹脇美代子、大隈秀夫、深作欣二 「麻雀新撰組」:小島武夫、古川凱章、田村光昭、青柳賢治 追悼文
BIG4対局
座談会・モデルが語る麻雀放浪記
もうひとつの阿佐田・五味決戦
4強決戦の記録
グラビア
直木賞授賞式
「阿佐田哲也の25年」文:柳史一郎(柳橋史) 阿佐田哲也氏をしのんで
告別式
『競輪痛快丸かじり』(徳間書店)より 3枠の2 競輪わが命の素・座談会 大穴取りのダイゴ味は…
その他 小林信彦 -古い笑芸や、昔の映画などについて、同好者でありある程度交際していた。色川は、小林の代表作の一つである『日本の喜劇人』(新潮文庫版)の解説を執筆している。その他『袋小路の休日』『ちはやふる奥の細道』の解説も担当。 高橋呉郎(梶山季之が創刊した月刊誌『噂』編集長)、高松繁子(文藝春秋の担当編集者。彼女は小松左京の担当者でもあった)、景山民夫、垂水悟郎(俳優)、秋野卓美(画家)、鈴木重雄(望月優子の夫で、産経新聞文化部長)、戸川昌子、ドナルド・ベイリー(ジャズ・ドラマー)、つかこうへい、鈴木桂介(浅草の古い芸人)、内田裕也 村松友視 - 雑誌『海』編集者時代、『生家へ』の担当者だった。また、色川に武田百合子を紹介した。 武田百合子 - 『犬が星見た-ロシア旅行』の解説を書き、彼女の文章を絶賛。村松と二人で「武田百合子に小説を書かせる会」を結成した。 赤塚不二夫 -色川の『怪しい来客簿』が第77回直木賞候補としてノミネートされるが、選考会当日、新喜楽そばの飲食店で、吉報を待つ色川の担当編集者と、赤塚が偶然顔を合わせている。第77回直木賞は受賞作がなく、色川は賞を取り逃がしてしまうが、悔し涙を流し、やけ酒をあおり、荒れる担当者の様子をみて、信頼関係のある作家と編集者の姿だと感じた赤塚は、後日、色川と会った際に選考会当日の担当者の様子を伝えたところ、色川は涙を流し感動していたという。翌年の第79回直木賞で、『離婚』が直木賞を受賞し、色川は雪辱を果たすこととなる。 劇作家の飯沢匡の母は土浦の色川家の人で、飯沢と色川は「高祖父同士が兄弟」の関係になる。飯沢の高祖父は色川三中(祖父の代に夫婦養子)、色川の高祖父は三中の弟の色川御蔭。土浦色川家は代々醤油屋を営む富商で、兄弟ともに好学の人物。御蔭の長男・色川誠一は富士製紙常務、誠一の子・色川武夫は陸軍大佐、武夫の子が武大。 ナルコレプシーを患ってからは睡眠周期が乱れて1日内の時間感覚が崩れたため、起きていて腹が減ればとにかく食事をするようになり、1日6食も取るようになった。そのため、後年は肥満体となり、58歳の時点で身長170cm、体重80kgという体格であった。また、ナルコレプシーのため何をするにも疲労しやすくなり、更に過食に陥ったという。更に、病による幻覚や幻聴にも悩まされるようになり、晩年の『狂人日記』はこの経験を基にしている。 ナルコレプシーのせいで、定刻に目的地へ到着することや待ち合わせをすることが極めて困難となり、自分が文学賞を取った際の授賞式にも必ず遅刻していた。 アウトローな色川は、嫌煙権をふりかざすなどはもってのほかと考えていた。 めったに風呂にはいらず、また風呂にはいってもつかるだけであり、結婚後は夫人が体を洗っていた。 作家となった後は非常に人づきあいがよくなり、そのため、文壇、芸能界、スポーツ界、麻雀プロたち、アウトローの世界を含めて多数の人物と交際しており、色川家には人の出入りが絶えなかった。山口瞳は色川の死後「彼には八方美人の性格があり、だれにも『自分が一番愛されている』と感じさせた」と書いている。 チワワを飼っていたことがあり、自分の筆名からとった「アサダ」という名前をつけていた。その犬が死んだ直後に、黒鉄ヒロシが色川宅に電話すると、孝子夫人が「アサダが死んじゃったのよ!」と言ったため黒鉄が仰天したという。 一関への引越しは、同地に有名なジャズ喫茶「ベイシー」があったのがきっかけである(2020年より休業中)。還暦を期に作品に専念するという考えがあり、また純文学では稼げないため家賃の安い所に住みたいという理由もあった。 小松原茂雄元東京大学教授(ディケンズ研究者)とは小学校からの親友である。 『怪しい来客簿』(話の特集 1977年7月)のち角川文庫、文春文庫 『離婚』(文藝春秋 1978年11月)のち文庫 『ぼうふら漂遊記』(新潮社 1979年3月)のち文庫 『生家へ』(中央公論社 1979年7月)のち文庫、講談社文芸文庫 『小説阿佐田哲也』(角川書店 1979年11月)のち文庫 『無職無宿虫の息』(講談社 1980年7月)のち文庫 『花のさかりは地下道で』(文藝春秋 1981年6月)のち文庫 『百』(新潮社 1982年10月)のち文庫 『恐婚』(文藝春秋 1984年3月)のち文庫 『うらおもて人生録』(毎日新聞社 1984年11月)のち新潮文庫 『喰いたい放題』(潮出版社 1984年11月)のち集英社文庫、光文社文庫 『遠景・雀・復活』(福武書店 1986年2月)『虫喰仙次』文庫、原題で講談社文芸文庫 『寄席放浪記』(広済堂出版 1986年10月)のち河出文庫 『あちゃらかぱいッ』(文藝春秋 1987年11月)のち文庫、河出文庫 『街は気まぐれヘソまがり』(徳間書店 1987年11月)ISBN 4-19-123557-5 『唄えば天国ジャズソング 命から二番目に大事な歌』(ミュージック・マガジン 1987年5月)のちちくま文庫 『狂人日記』(福武書店 1988年10月)のち文庫、講談社文芸文庫 長部日出雄、村松友視、和田誠共著『戦後史グラフィティ』(話の特集 1989年8月) 『色川武大の御家庭映画館 映画ビデオ・ガイドブック』(双葉社 1989年7月) 『引越貧乏』(新潮社 1989年7月)のち文庫 『虫けら太平記』(文藝春秋 1989年7月)のち文庫 『なつかしい芸人たち』(新潮社 1989年9月)のち文庫 『明日泣く』(実業之日本社 1989年11月)のち講談社文庫 『ばれてもともと』(文藝春秋 1989年12月) ISBN 4-16-343900-5 『私の旧約聖書』(中公文庫 1991年9月) 『色川武大 阿佐田哲也全集』(全16巻、福武書店 1991年~1993年) 色川武大著、阿佐田哲也著、大庭萱朗編 『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ1 放浪』(筑摩書房,ちくま文庫,2003年)ISBN 9784480038562 色川武大著、阿佐田哲也著、大庭萱朗編 『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』(筑摩書房,ちくま文庫,2003年)ISBN 9784480038579 色川武大著、阿佐田哲也著、大庭萱朗編 『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ3 交遊』(筑摩書房,ちくま文庫,2003年)ISBN 9784480038586 『いずれ我が身も』(中央公論新社 2004年3月)のち文庫 『映画放浪記 大人の映画館』(キネマ旬報社 2006年)ISBN 9784873762678「色川武大の御家庭映画館」の改題 『色川武大 (ちくま日本文学 30)』(ちくま文庫 2008年) 『色川武大 (昭和の短篇一人一冊集成)』(結城信孝編、未知谷、2008年) 『小さな部屋・明日泣く』 (講談社文芸文庫 2011年) 『戦争育ちの放埓病』(幻戯書房:銀河叢書 2017年) 『麻雀の推理:サラリーマン麻雀実戦訓』(双葉社,1969年) 『牌の魔術師:雀豪列伝』(報知新聞社,1969年)ISBN 4-04-145968-0 『麻雀放浪記:青春編』(双葉社,1969年)ISBN 978-4-16-732304-2 『麻雀放浪記:風雲編』(双葉社,1970年)ISBN 978-4-16-732305-9 『天和無宿:雀豪列伝』(報知新聞社,1970年) 『雀鬼五十番勝負』 (双葉社,1971年)ISBN 4-04-145967-2 『阿佐田哲也のマージャン秘密教室:知りたがっている人だけに』(青春出版社,1971年)ISBN 4-413-08259-1 『麻雀放浪記:激闘編』(双葉社,1971年)ISBN 978-4-16-732306-6 『絵本・マージャンABC:女性初心者のための麻雀入門』(実業之日本社,1971年) 『麻雀放浪記:番外編』(双葉社,1972年)ISBN 978-4-16-732307-3 『阿佐田哲也のAクラス麻雀』(双葉社,1972年)ISBN 4-575-71012-1 阿佐田哲也、古川凱章著 『麻雀中級入門』(山海堂,1972年)ISBN 978-4381070159 『厩舎情報:馬券買いの観念を変える本』(日本文芸社,1972年) 『牌の魔術師』(双葉社,1973年)ISBN 4041459680 『ギャンブル党狼派』(双葉社,1973年)ISBN 4041459559 『ああ!!勝負師』(日本文芸社,1973年)ISBN 4041459575 『雀鬼くずれ』(双葉社,1974年)ISBN 4041459702 各界著名人50名著 『おれのマージャン:この打ち方で数年は勝てる』(青春出版社,1974年) 『小説・麻雀新選組』(双葉社,1974年)ISBN 4-575-50006-2 『清水港のギャンブラー』(双葉社,1975年)ISBN 4-04-145969-9 『麻雀狂時代』(双葉社,1978年)ISBN 4041459605 『東一局五十二本場』(双葉社,1978年)ISBN 4041459613 『ギャンブル人生論:らくではないよアウトロー』(けいせい出版,1980年)ISBN 4-04-145962-1 『新麻雀放浪記:申年生まれのフレンズ』(文藝春秋,1981年)ISBN 4-16-732301-X 『ぎゃんぶる百華』(角川書店,1981年)ISBN 4-04-145963-X 『ばいにんぶるーす:長編勝負師ロマン』(講談社,1982年)ISBN 978-4-09-408235-7 『無芸大食大睡眠』(双葉社,1983年)ISBN 4-08-749311-3 『これがオレの麻雀』(双葉社,1983年) ISBN 4-413-01125-2 『ドサ健ばくち地獄』(角川書店,1984年)ISBN 978-4041459645 ISBN 978-4041459652 『ばくち打ちの子守唄:長編ギャンブル小説』(双葉社,1986年)ISBN 4-575-50103-4 『阿佐田哲也のAクラス麻雀』(双葉社,1984年)ISBN 4-575-71012-1 『黄金の腕』(角川書店,1984年)ISBN 4-04-777401-4 阿佐田哲也編著 『競馬狂想曲:ターフによせたラブレター』(広済堂出版,1985年)ISBN 433165043X 『先天性極楽伝:痛快ユーモアピカレスク長編』(講談社,1985年)ISBN 978-4-09-408281-4 阿佐田哲也編著 『競輪痛快丸かじり:ギャンブルの帝王はジツに競輪だった!』(徳間書店,1986年) ISBN 4-19-173280-3 『次郎長放浪記』(中央公論社,1986年)ISBN 4-04-145969-9 「清水港のギャンブラー」の改題 『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝:新麻雀小説』(講談社,1986年)ISBN 978-4-09-408250-0 『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝新:麻雀小説2』(講談社,1987年)ISBN 978-4-09-408265-4 『阿佐田哲也の怪しい交遊録:My marvellous buddies』(実業之日本社,1988年)ISBN 4-08-749748-8 『阿佐田哲也の競輪教科書』(徳間書店,1989年)ISBN 978-4195537442 『Aクラス麻雀』(双葉社,1989年)ISBN 4-575-71012-1
『外伝・麻雀放浪記』(双葉社,1989年)ISBN 4-575-50336-3 阿佐田哲也編著 『競馬狂想曲』(広済堂出版,1989年)ISBN 4-331-65043-X 『色川武大 阿佐田哲也全集1~16』(福武書店,1991年~1993年) 『阿佐田哲也の麻雀秘伝帳:裏を知りつくす書 強すぎる!ヤバすぎる!?負け知らず!』(青春出版社,1995年)ISBN 4-413-08259-1 「阿佐田哲也のマージャン秘密教室」の改題 『ギャンブル放浪記』(角川春樹事務所,2002年)ISBN 4-89456-115-8 『阿佐田哲也 麻雀小説自選集』(文藝春秋,2002年)ISBN 4-16-732303-6 『阿佐田哲也の麻雀秘伝帳:裏を知りつくす書』(青春出版社,2004年)ISBN 4-413-03448-1 「阿佐田哲也のマージャン秘密教室」の改題 阿佐田哲也著、結城信孝編 『天和をつくれ』(小学館,2007年)ISBN 978-4-09-408214-2 『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝三〇〇分一本勝負』(小学館,2008年)ISBN 978-4-09-408250-0 1986年の改題 『ヤバ市ヤバ町雀鬼伝ゴールドラッシュ』(小学館,2008年)ISBN 9784094082654 1987年の改題 阿佐田哲也著、結城信孝編 『雀師流転』(小学館,2008年)ISBN 978-4-09-408301-9 阿佐田哲也著、結城信孝編 『これがオレの麻雀:麻雀名人戦自戦記』(小学館,2008年)ISBN 9784094083187 『切腹』(双葉社,1997年11月) ISBN 4-575-23316-1 『人斬り』(双葉社,1997年11月)ISBN 4-575-23315-3 『名無しの恋兵衛』(双葉社,1997年11月)ISBN 4-575-23317-X 『巷説天保六花撰』(双葉社,1998年5月)ISBN 4-575-23345-5 『稲妻駕籠』(双葉社,1998年7月)ISBN 4-575-23352-8 麻雀放浪記(1984年) 監督:和田誠 ドサ健 麻雀地獄(2000年) 監督:雑賀俊郎 雀鬼くずれ(2002年) 監督:服部光則 北野英明、井上孝重、星野泰視をはじめ、多数。 拝啓 色川先生 ^ “史上初の大調査 著名人100人が最後に頼った病院 あなたの病院選びは間違っていませんか”. 現代ビジネス (2011年8月17日). 2019年12月22日閲覧。 ^ 飯沢匡『権力と笑のはざ間で』52頁 ^ 『贈従五位色川三中翁略伝』湯本武比古、1920、p15-16 ^ ただし、後年、夏堀が他の作家に「この人も『新日本文学』の会員ですよ」と紹介すると「いや、違う」と色川は否定したという。新日本文学会のイデオロギー臭を嫌っていたと思われる。 ^ 「『離婚』と直木賞」 『ばれてもともと』(ページ番号不詳)または『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ 1』pp.350- 収録。 ^ 色川によれば、本人は実物より魅力的な女性に書いたつもりであったのであるが、雑誌掲載後、夫人は、これでは登場人物が私の事だと思われてしまう、私のことをあんなにひどく書いて、などと色川に抗議し、一時別居し離婚寸前の状態に陥った。直木賞受賞後は、さらに夫人の不満は募ったという。 ^ 色川は過去20年の間で10回も引越しを行っていた。 ^ 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)42頁 ^ 『阿佐田さんと色川さんと』 和田 誠 ^ 「雀鬼五十番勝負」などの作品に見られるように元々は「雀鬼」と呼ばれていたが、後にナンバーワン代打ちとして活躍する桜井章一を「雀鬼」と呼ぶことが一般的になったため、区別するために「雀聖」と呼ばれるようになった。 ^ 「麻雀新撰組 in the 70s'」『近代麻雀』第30巻第7号、竹書房、2008年3月、11から14ページ。 ^ 『小説 阿佐田哲也』 pp.40-44 ^ 当時の新日本麻雀連盟(2014年に日本スポーツ麻雀協会に名称変更)による開催。その後名称を変更し「麻雀王座決定戦」となり、2012年からは「統一チャンピオン決定大会」となっている。 ^ 「阿佐田哲也の怪しい交友録」などのエッセイには、将棋界屈指の競輪狂として知られた芹沢博文をはじめとする将棋棋士の名が度々登場する。 ^ 「九勝六敗を狙え-の章」、『うらおもて人生録』収録(ページ番号不詳)。『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ1』 pp.48- に再録。 ^ “「麻雀小説家も神と祀られる」神社の意外な実態”. 東洋経済オンライン (2021年1月25日). 2022年8月29日閲覧。 ^ 「節制しても50歩100歩」 『ばれてもともと』(1989年、ページ番号不詳) または『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ 1』pp.72- 収録。 和田誠絵、阿佐田哲也ほか文『3人がいっぱい:2』(新潮社,1981年)ISBN 4101245029 阿佐田哲也原作、和田誠、沢井信一郎脚本 『シナリオ麻雀放浪記』(角川書店,1984年)ISBN 4-04-145999-0 古川凱章編 『阿佐田哲也“雀聖”追悼特集』近代麻雀オリジナル増刊号(竹書房,1989年5月) 大滝譲司・中村とうよう・和田誠・矢崎泰久『色川武大・阿佐田哲也の特集 99人の友人たちによる別れのメッセージ』(別冊話の特集,1989年7月) 色川孝子著 『宿六・色川武大』(文藝春秋,1990年)ISBN 9784163442006 さいふうめい著 『ここ一番に強くなる:阿佐田哲也勝負語録』(サンマーク出版,1992年)ISBN 9784763190284 菊谷匡祐、阿木翁助、中本洋、大河原英与著ほか 『酒のかたみに:酒で綴る亡き作家の半生史』(たる出版,1996年)ISBN 4-924713-43-0 『特集 色川武大と阿佐田哲也』(文學界,1997年5月号) 春日原浩著 『阿佐田哲也 色川武大 人生修羅場ノオト』(ベストセラーズ,1999年)ISBN 9784584183892 『山田風太郎:綺想の歴史ロマン作家 追悼特集』KAWADE夢ムック(河出書房新社,2001年)ISBN 4-309-97618-2 『総特集 色川武大VS阿佐田哲也』KAWADE夢ムック(河出書房新社,2003年) 庄司肇著 『田中小実昌と色川武大:庄司肇コレクション10』(沖積舎,2003年)ISBN 4-8060-6600-1 小沢昭一著 『小沢昭一座談4:こんばんわ小沢です』(晶文社,2007年)ISBN 978-4-7949-2484-1 中村龍生著・撮影 『雀狼たちの肖像:麻雀新撰組とその時代』(竹書房,2008年)ISBN 978-4-8124-3526-7 北上次郎著 『阿佐田哲也はこう読め!』(田畑書店,2021年)ISBN 978-4-8038-0382-2 田畑書店編集部編 『色川武大という生き方』(田畑書店,2021年)ISBN 978-4-8038-0381-5 色川武大 - コトバンク 色川武大 - Yahoo!百科事典 色川武大 - Weblio 色川武大 - NHK人物録 表 話 編 歴 第1回 川口松太郎『鶴八鶴次郎』『風流深川唄』『明治一代女』 第2回 鷲尾雨工『吉野朝太平記』他 第3回 海音寺潮五郎『天正女合戦』『武道傳來記』 第4回 木々高太郎『人生の阿呆』他 第5回 該当作品なし 第6回 井伏鱒二『ジョン萬次郎漂流記』他 第7回 橘外男『ナリン殿下への回想』 第8回 大池唯雄『兜首』『秋田口の兄弟』 第9回 該当作品なし 第10回 該当作品なし 第11回 堤千代『小指』他/河内仙介『軍事郵便』 第12回 村上元三『上総風土記』他 第13回 木村荘十『雲南守備兵』 第14回 該当作品なし 第15回 該当作品なし 第16回 田岡典夫『強情いちご』他/神崎武雄『寛容』他 第17回 山本周五郎『日本婦道記』(受賞辞退) 第18回 森荘已池『山畠』『蛾と笹舟』 第19回 岡田誠三『ニューギニヤ山岳戦』 第20回 該当作品なし 第21回 富田常雄『面』『刺青』他 第22回 山田克郎『海の廃園』 第23回 今日出海『天皇の帽子』/小山いと子『執行猶予』 第24回 檀一雄『長恨歌』『真説石川五右衛門』 第25回 源氏鶏太『英語屋さん』『颱風さん』『御苦労さん』 第26回 久生十蘭『鈴木主水』/柴田錬三郎『イエスの裔』 第27回 藤原審爾『罪な女』他 第28回 立野信之『叛乱』 第29回 該当作品なし 第30回 該当作品なし 第31回 有馬頼義『終身未決囚』 第32回 梅崎春生『ボロ家の春秋』/戸川幸夫『高安犬物語』 第33回 該当作品なし 第34回 新田次郎『強力伝』/邱永漢『香港』 第35回 南條範夫『燈台鬼』/今官一『壁の花』 第36回 今東光『お吟さま』/穂積驚『勝烏』 第37回 江崎誠致『ルソンの谷間』 第38回 該当作品なし 第39回 山崎豊子『花のれん』/榛葉英治『赤い雪』 第40回 城山三郎『総会屋錦城』/多岐川恭『落ちる』 第41回 渡辺喜恵子『馬淵川』/平岩弓枝『鏨師』 第42回 司馬遼太郎『梟の城』/戸板康二『團十郎切腹事件』他 第43回 池波正太郎『錯乱』 第44回 寺内大吉『はぐれ念仏』/黒岩重吾『背徳のメス』 第45回 水上勉『雁の寺』 第46回 伊藤桂一『螢の河』 第47回 杉森久英『天才と狂人の間』 第48回 山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』/杉本苑子『孤愁の岸』 第49回 佐藤得二『女のいくさ』 第50回 安藤鶴夫『巷談本牧亭』/和田芳恵『塵の中』 第51回 該当作品なし 第52回 永井路子『炎環』/安西篤子『張少子の話』 第53回 藤井重夫『虹』 第54回 新橋遊吉『八百長』/千葉治平『虜愁記』 第55回 立原正秋『白い罌粟』 第56回 五木寛之『蒼ざめた馬を見よ』 第57回 生島治郎『追いつめる』 第58回 野坂昭如『アメリカひじき』『火垂るの墓』/三好徹『聖少女』 第59回 該当作品なし 第60回 陳舜臣『青玉獅子香炉』/早乙女貢『僑人の檻』 第61回 佐藤愛子『戦いすんで日が暮れて』 第62回 該当作品なし 第63回 結城昌治『軍旗はためく下に』/渡辺淳一『光と影』 第64回 豊田穣『長良川』 第65回 該当作品なし 第66回 該当作品なし 第67回 綱淵謙錠『斬』/井上ひさし『手鎖心中』 第68回 該当作品なし 第69回 長部日出雄『津軽世去れ節』『津軽じょんから節』/藤沢周平『暗殺の年輪』 第70回 該当作品なし 第71回 藤本義一『鬼の詩』 第72回 半村良『雨やどり』/井出孫六『アトラス伝説』 第73回 該当作品なし 第74回 佐木隆三『復讐するは我にあり』 第75回 該当作品なし 第76回 三好京三『子育てごっこ』 第77回 該当作品なし 第78回 該当作品なし 第79回 津本陽『深重の海』/色川武大『離婚』 第80回 宮尾登美子『一絃の琴』/有明夏夫『大浪花諸人往来』 第81回 田中小実昌『浪曲師朝日丸の話』『ミミのこと』/阿刀田高『ナポレオン狂』 第82回 該当作品なし 第83回 向田邦子『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』/志茂田景樹『黄色い牙』 第84回 中村正䡄『元首の謀叛』 第85回 青島幸男『人間万事塞翁が丙午』 第86回 つかこうへい『蒲田行進曲』/光岡明『機雷』 第87回 深田祐介『炎熱商人』/村松友視『時代屋の女房』 第88回 該当作品なし 第89回 胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』 第90回 神吉拓郎『私生活』/高橋治『秘伝』 第91回 連城三紀彦『恋文』/難波利三『てんのじ村』 第92回 該当作品なし 第93回 山口洋子『演歌の虫』『老梅』 第94回 森田誠吾『魚河岸ものがたり』/林真理子『最終便に間に合えば』『京都まで』 第95回 皆川博子『恋紅』 第96回 逢坂剛『カディスの赤い星』/常盤新平『遠いアメリカ』 第97回 白石一郎『海狼伝』/山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』 第98回 阿部牧郎『それぞれの終楽章』 第99回 西木正明『凍れる瞳』『端島の女』/景山民夫『遠い海から来たCOO』 第100回 杉本章子『東京新大橋雨中図』/藤堂志津子『熟れてゆく夏』 第101回 ねじめ正一『高円寺純情商店街』/笹倉明『遠い国からの殺人者』 第102回 星川清司『小伝抄』/原尞『私が殺した少女』 第103回 泡坂妻夫『蔭桔梗』 第104回 古川薫『漂泊者のアリア』 第105回 宮城谷昌光『夏姫春秋』/芦原すなお『青春デンデケデケデケ』 第106回 高橋義夫『狼奉行』/高橋克彦『緋い記憶』 第107回 伊集院静『受け月』 第108回 出久根達郎『佃島ふたり書房』 第109回 髙村薫『マークスの山』/北原亞以子『恋忘れ草』 第110回 佐藤雅美『恵比寿屋喜兵衛手控え』/大沢在昌『新宿鮫 無間人形』 第111回 中村彰彦『二つの山河』/海老沢泰久『帰郷』 第112回 該当作品なし 第113回 赤瀬川隼『白球残映』 第114回 小池真理子『恋』/藤原伊織『テロリストのパラソル』 第115回 乃南アサ『凍える牙』 第116回 坂東眞砂子『山妣』 第117回 篠田節子『女たちのジハード』/浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』 第118回 該当作品なし 第119回 車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』 第120回 宮部みゆき『理由』 第121回 佐藤賢一『王妃の離婚』/桐野夏生『柔らかな頬』 第122回 なかにし礼『長崎ぶらぶら節』 第123回 船戸与一『虹の谷の五月』/金城一紀『GO』 第124回 山本文緒『プラナリア』/重松清『ビタミンF』 第125回 藤田宜永『愛の領分』 第126回 山本一力『あかね空』/唯川恵『肩ごしの恋人』 第127回 乙川優三郎『生きる』 第128回 該当作品なし 第129回 石田衣良『4TEEN フォーティーン』/村山由佳『星々の舟』 第130回 江國香織『号泣する準備はできていた』/京極夏彦『後巷説百物語』 第131回 奥田英朗『空中ブランコ』/熊谷達也『邂逅の森』 第132回 角田光代『対岸の彼女』 第133回 朱川湊人『花まんま』 第134回 東野圭吾『容疑者Xの献身』 第135回 三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』/森絵都『風に舞いあがるビニールシート』 第136回 該当作品なし 第137回 松井今朝子『吉原手引草』 第138回 桜庭一樹『私の男』 第139回 井上荒野『切羽へ』 第140回 天童荒太『悼む人』/山本兼一『利休にたずねよ』 第141回 北村薫『鷺と雪』 第142回 佐々木譲『廃墟に乞う』/白石一文『ほかならぬ人へ』 第143回 中島京子『小さいおうち』 第144回 木内昇『漂砂のうたう』/道尾秀介『月と蟹』 第145回 池井戸潤『下町ロケット』 第146回 葉室麟『蜩ノ記』 第147回 辻村深月『鍵のない夢を見る』 第148回 朝井リョウ『何者』/安部龍太郎『等伯』 第149回 桜木紫乃『ホテルローヤル』 第150回 朝井まかて『恋歌』/姫野カオルコ『昭和の犬』 第151回 黒川博行『破門』 第152回 西加奈子『サラバ!』 第153回 東山彰良『流』 第154回 青山文平『つまをめとらば』 第155回 荻原浩『海の見える理髪店』 第156回 恩田陸『蜜蜂と遠雷』 第157回 佐藤正午『月の満ち欠け』 第158回 門井慶喜『銀河鉄道の父』 第159回 島本理生『ファーストラヴ』 第160回 真藤順丈『宝島』 第161回 大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』 第162回 川越宗一『熱源』 第163回 馳星周『少年と犬』 第164回 西條奈加『心淋し川』 第165回 佐藤究『テスカトリポカ』/澤田瞳子『星落ちて、なお』 第166回 今村翔吾『塞王の楯』/米澤穂信『黒牢城』 第167回 窪美澄『夜に星を放つ』 第168回 小川哲『地図と拳』/千早茜『しろがねの葉』 第169回 垣根涼介『極楽征夷大将軍』/永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』 第170回 河﨑秋子『ともぐい』/万城目学『八月の御所グラウンド』 第171回 一穂ミチ『ツミデミック』 表 話 編 歴 第1回 半村良『産霊山秘録』/森内俊雄『翔ぶ影』 第2回 中井英夫『悪夢の骨牌』 第3回 森茉莉『甘い蜜の部屋』 第4回 高橋たか子『誘惑者』 第5回 色川武大『怪しい来客簿』/津島佑子『草の臥所』 第6回 唐十郎『海星・河童(ひとで・かっぱ)』 第7回 眉村卓『消滅の光輪』/金井美恵子『プラトン的恋愛』 第8回 清水邦夫『わが魂は輝く水なり』/森万紀子『雪女』 第9回 澁澤龍彦『唐草物語』/筒井康隆『虚人たち』 第10回 日野啓三『抱擁』 第11回 三枝和子『鬼どもの夜は深い』/小檜山博『光る女』 第12回 赤江瀑『海峡』『八雲が殺した』 第13回 宮脇俊三『殺意の風景』 第14回 増田みず子『シングル・セル』 第15回 倉橋由美子『アマノン国往還記』/朝稲日出夫『シュージの放浪』 第16回 泡坂妻夫『折鶴』/吉本ばなな『ムーンライト・シャドウ』 第17回 石和鷹『野分酒場』/北原亞以子『深川澪通り木戸番小屋』 第18回 日影丈吉『泥汽車』 第19回 有為エンジェル『踊ろう、マヤ』 第20回 鷺沢萠『駆ける少年』/島田雅彦『彼岸先生』 第21回 山本道子『喪服の子』 第22回 該当作品なし 第23回 辻章『夢の方位』 第24回 柳美里『フルハウス』/山田詠美『アニマル・ ロジック』 第25回 村松友視『鎌倉のおばさん』/京極夏彦『嗤う伊右衛門』 第26回 田辺聖子『道頓堀の雨に別れて以来なり──川柳作家・岸本水府とその時代』 第27回 吉田知子『箱の夫』/種村季弘『種村季弘のネオ・ラビリントス 幻想のエロス』ほか 第28回 多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合』 第29回 久世光彦『蕭々館日録』、笙野頼子『幽界森娘異聞』 第30回 野坂昭如『文壇』およびそれに至る文業 第31回 丸谷才一『輝く日の宮』、桐野夏生『グロテスク』 第32回 小川洋子『ブラフマンの埋葬』 第33回 寮美千子『楽園の鳥―カルカッタ幻想曲―』 第34回 嵐山光三郎『悪党芭蕉』 第35回 立松和平『道元禅師』(上下)/(特別賞)大鷹不二雄『鏡花恋唄』 第36回 南木佳士『草すべり、その他の短編』/横尾忠則『ぶるうらんど』 第37回 千早茜『魚神』 第38回 篠田正浩『河原者ノススメ―死穢と修羅の記憶』 第39回 瀬戸内寂聴『風景』/夢枕獏『大江戸釣客伝』 第40回 角田光代『かなたの子』 第41回 磯﨑憲一郎『往古来今』 第42回 中島京子『妻が椎茸だったころ』/小池昌代『たまもの』 第43回 長野まゆみ『冥途あり』/篠原勝之『骨風』 第44回 川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』 第45回 松浦理英子『最愛の子ども』 第46回 山尾悠子『飛ぶ孔雀』 第47回 田中慎弥『ひよこ大将』 第48回 高樹のぶ子『小説伊勢物語業平』 第49回 村田喜代子『姉の島』 第50回 大濱普美子『陽だまりの果て』 第51回 北村薫『水 本の小説』/朝比奈秋『あなたの燃える左手で』 FAST ISNI
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irokawa takehiro
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