三善晃の情報(みよしあきら) 作曲家 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]
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■名前・氏名 |
三善晃と関係のある人
蓬莱泰三: わりばしいっぽん(三善晃) - 第51回NHK全国学校音楽コンクール小学校の部課題曲 時雨音羽: 「鉾をおさめて」三善晃編曲『五つのルフラン 男声合唱のための』カワイ出版、1983年(昭和58年)所収 東京荒川少年少女合唱隊: 1974年、1975年 「狐のうた~声楽合唱・語り・ピアノのための」(委嘱作品)作品『醜聞』『訓戒』作曲:三善晃、詩:會田綱雄 立原道造: また存命中に今井慶明が立原の2つの詩を歌曲にして以来、柴田南雄、高木東六、高田三郎、別宮貞雄、三善晃などが作曲している。 坂本龍一: 坂本は、大学在学中、一年ほど作曲家三善晃にも学んでいる(ただし一度直接指導を受けただけ、と坂本は発言している。 藍川由美: 「高原断章」 三善晃作品集(カメラータ、2005年) 安良岡章夫: 作曲を野田暉行と三善晃に師事し、東京都立富士高等学校を経て、1984年に東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程作曲専攻を修了する。 山口昌男: 同学年に作曲家となる三善晃、美学者となる宇波彰らがいた。 宗左近: 作詞家としても非常に有名であり、1977年に静岡市立南部小学校校歌「夢までも」を作詞した際、この歌を作曲した作曲家・三善晃とはこれを機に親交をもち、その後も三善とのコンビで校歌、自治体関連の歌、合唱曲の作詞を行っている。 東京荒川少年少女合唱隊: 1985年4月、第54回定期演奏会「創立20周年を記念して ~三善晃の音楽をたずねて その3~」客演指揮:田中信昭、語り:三善晃、ピアノ:田中瑤子 畑中良輔: 畑中の詩は歌曲のテキストとして幾人かの作曲家に用いられており、中田喜直『四季の歌』、三善晃『超える影に』、大中恩『四つの諷刺的な歌』が生まれている。 蓬莱泰三: 童声合唱とピアノのための組曲「のら犬ドジ」(三善晃) 蓬莱泰三: こどものための合唱組曲「オデコのこいつ」(三善晃) 岸田衿子: 「きこえるかしら / さめない夢」(三善晃作曲)- TVアニメ「赤毛のアン」OP / ED 久石譲: また、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスら代表的なミニマル・ミュージックの作曲家や、武満徹、三善晃ら日本の作曲家の楽曲分析を始める。 矢代秋雄: また、この時期には同じくパリ音楽院に留学してきた三善晃と親交を深めている。 毛利蔵人: 赤毛のアン(主題歌作曲は三善晃) 池辺晋一郎: 大学では池内友次郎、矢代秋雄、三善晃、島岡譲に師事する。 数住岸子: 三善晃:ヴァイオリン協奏曲(1982年、CBSソニー) 毛利蔵人: とりわけ活躍が幅広く知られているのは、師匠の三善晃と共に作品に携わった、世界名作劇場の赤毛のアンの挿入歌(劇中音楽)を担当したことであろう。 三善清達: 弟は作曲家の三善晃。 中村紘子: 古典派およびロマン派中心ではあるが、矢代秋雄のピアノ協奏曲の初演を行った他、三善晃や武満徹といった日本の現代作曲家の作品も多く採り上げている。 毛利蔵人: 初め別宮貞雄に手紙を書いて作曲の教えを乞うも、別宮の提示した月謝を払えず断念し、次いで桐朋学園大学教授三善晃に月謝を払えぬことを予め詫びた上で教えを願い、三善からの紹介で桐朋学園大学図書館に勤めながら、1971年から翌年にかけて5、6回、三善晃の許で、習作の講評を受けつつオーケストレーションを学んだ。 岩城宏之: 三善晃:『管弦楽のための変奏曲』 山本直純: 幼児期から父山本直忠、山田和男(一雄)らによって徹底した早期音楽英才教育を施されたほか、自由学園で羽仁協子や久山恵子、林光、三善晃などと共に早期音楽教育を受ける。 新垣隆: 作曲を三善晃、南聡、中川俊郎、ピアノを森安耀子に師事した。 幸田弘子: また、NHKラジオで主演した音楽詩劇「オンディーヌ」(三善晃作曲)で文部大臣賞、イタリア賞大賞受賞。 天野正道: 三善晃 - 『交響三章』から第3楽章、『管弦楽のための協奏曲』、『変容抒情短詩』、『竹取物語』 中村紘子: ショパン弾きであるかのようにとらえられているが、さいたま芸術劇場におけるJ.S.バッハの平均律クラヴァーア曲集第2巻の全曲演奏会やパルティータのCD録音(第1番、第2番)をはじめとするバロック音楽から、矢代秋雄、三善晃、一柳慧、外山雄三のピアノ協奏曲を含む現代日本の作品まで幅広いレパートリーを持ち、晩年(2014年)には2007年以来2度目となるベートーヴェンのピアノ協奏曲全5曲の通演も計画されていた。 加古隆: 三善晃の指導をきっかけに作曲に魅力を感じ、作曲の勉強とジャズの両方をやっていてはどちらも中途半端になってしまうと思い、ジャズからは意識的に距離を置き、聴くこともやめ、現代音楽の作曲家を志す。 |
三善晃の情報まとめ
三善 晃(みよし あきら)さんの誕生日は1933年1月10日です。東京出身の作曲家のようです。
作風、主要作品などについてまとめました。卒業、結婚、映画、ドラマに関する情報もありますね。80歳で亡くなられているようです。
三善晃のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)三善 晃(みよし あきら、1933年1月10日 - 2013年10月4日)は、日本の作曲家。位階は従四位。 東京府東京市杉並区阿佐谷(現:東京都杉並区)に生まれる。幼少より、自由学園においてピアノ演奏法、音楽基礎を学び、小学校に上がる頃より高校まで、ヴァイオリン演奏法と作曲を平井康三郎、後には池内友次郎に師事する。都立高等学校尋常科から同高等科を経て東京大学文学部仏文科在学中に、フランス政府給費学生として1955年から1958年にかけてパリ国立高等音楽院に留学、その後、中退。在学中はアンリ・シャラン、レイモン・ガロワ=モンブランに師事した。 1960年東大仏文科卒業。1963年東京芸術大学講師、1966年桐朋学園大学教授、1970年芸術祭優秀賞受賞。1972年西川由紀子と結婚。1974年から1995年まで桐朋学園大学長。1985年芸術選奨文部大臣賞受賞。1990年日本芸術院賞受賞、モービル音楽賞受賞。1991年東京都文化賞受賞。1995年富山キャンパス問題の責任をとる形で学長を退任。1996年東京文化会館長、フランス政府から芸術文化勲章オフィシエ章を受ける。1999年芸術院会員に選出。2001年文化功労者に選出。2004年3月東京文化会館長を退任。 国内、海外を問わず受賞多数。「三善晃ピアノコンクール」、「Miyoshi Netピアノコンクール」の審査委員長なども務め、ピヨトル・ラヘルト、ピュイグ・ロジェと並んでピアノ教育に没年まで取り組んだ。壮年期からは合唱に力を入れ、「二台ピアノと合唱のための」作品に秀作を残している。オペラ『カチカチ山』の構想を長年練っていたが、完成には至らなかった。2000年代からは作品のほとんどがピアノと合唱であり、室内楽やオーケストラの作品は減少傾向にあった。国際審査員としては、エリザベート王妃国際音楽コンクール作曲部門の審査員を1995年に1回務めている。音楽評論家で東京音楽大学名誉教授の三善清達は兄。 「九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めた。2013年10月4日、心不全のため死去。80歳没。墓所は軽井沢神宮寺墓地。 作風アンリ・デュティユに私淑していた。師、池内友次郎や、その後の留学などを通して、近代フランス音楽の影響が強い。合唱を含む声楽曲、器楽曲、管弦楽曲、電子音楽、現代邦楽など作品は多岐にわたり、その数も非常に多い。フランス留学中には、先にパリ音楽院に留学していた矢代秋雄と親交を深め、互いに影響を受けあった。矢代と同じように、三善の作品も古典的な佇まいを見せる。 しかし矢代の、蒸留に蒸留を重ね、選び抜かれた結果として完成度の高い作風と比較して、三善の場合は、内側から湧き出た結果として、すでに古典的な構成があるように思わせる、より自由な作風である。創作時期において、スタイルは異なるものの、壮快で鋭いリズム、冷酷さから詩的な情緒が漂う優美さを想起させる幅広い和声、一聴して判別できないほどの緻密な動機の展開、管弦楽法が特徴的である。ことに、合唱曲においては、彼を前後として、その書法が歴然と変化しており、後進の日本の作曲家に与えた影響は計り知れない。 1970年代で一通り不確定書法を実践し、「アン・ヴェール」を境にして徐々に確定楽譜へ移行した後は、音楽的な作風の変化はない。 1977年発表の静岡市立南部小学校校歌「夢までも」を作曲した際、この歌を作詞した詩人・仏文学者の宗左近とはこの時を機に親交が始まり、宗が作詞を、三善が作曲を担当する形で、日本の中学校・高等学校の校歌などを数多く手がけた。 主要作品合唱曲一覧単独で発表された曲が後に曲集としてまとめられたものは後者に記載、オーケストラ・吹奏楽・室内楽との共演曲は各項に記載した。
オペラ遠い帆(1999年/高橋睦郎台本) 管弦楽(声楽を伴うものを含む)ピアノと管弦楽のための協奏交響曲(1954年) 交響的変容(1958年) 交響三章(1960年) ピアノ協奏曲(1962年) 管弦楽のための協奏曲(1964年):オリンピック東京大会協賛「芸術展示」としてNHK委嘱 決闘 ソプラノとオーケストラのための(1964年/萩原朔太郎) ヴァイオリン協奏曲(1965年) 変容抒情短詩(1969年) マリンバと弦楽合奏のための協奏曲(1969年) 赤き死の仮面II(1970年) 祝典序曲(1970年):大阪万博の開会式で演奏された音楽。読売日本交響楽団(指揮)若杉弘,4分25秒<タワーレコード NCS 587-588> レクイエム 混声合唱とオーケストラのための(1971年):新垣隆のリダクションによる混声合唱と2台のピアノによる版がある (2004年) 花火の音楽(1973年) チェロ協奏曲(第1番)(1974年) レオス オーケストラのための(1976年) ノエシス オーケストラのための(1978年) 詩篇 混声合唱とオーケストラのための(1979年/宗左近) 詩篇頌詠 女声合唱とオーケストラ(オルガン)のための(1980年) アン・ソワ・ロアンタン(1982年) 響紋 オーケストラと童声合唱のための(1984年/宗左近) アン・パサン ヴァイオリンとオーケストラのための(1986年) 交響詩 連禱富士(1988年) 鎮魂詩 言問わむ風に(1989年) 樹上にて 四手のピアノと管弦楽のための(1989年) 弦の星たち(1991年)-vn., str.-orch.-(ピアノリダクション版(2008年)田中やよい) 魁響の譜(1991年) 夏の散乱(1995年) 谺つり星(チェロ協奏曲第2番)(1996年) 霧の果実(1997年) 焉歌・波摘み(1998年) 詩鏡 (2000年) 三つのイメージ 童声・混声合唱とオーケストラのための(2002年/谷川俊太郎) 吹奏楽曲札幌オリンピック・ファンファーレ(1972年) 吹奏楽のための「深層の祭」〔1988年度 全日本吹奏楽コンクール 課題曲A〕 スターズ・アトランピック '96(1990年) 合唱と吹奏楽のための交声詩曲「富士へ」(1990年) 吹奏楽のための「クロス・バイ マーチ」〔1992年度 全日本吹奏楽コンクール 課題曲C〕 いまここで(1993年)-mixed cho., wind-orch.- Opening Fanfare(1995年)-trb.-ens.- 長岡ファンファーレ(1996年) ファンファーレ(1997年) ミレニアム・ファンファーレ(2000年) ティンパニ協奏曲「WEST WIND」(2002年) 室内楽・独奏曲クラリネット、ファゴットとピアノのためのソナタ(1953年) ヴァイオリン・ソナタ(1954年) フルート、チェロとピアノのためのソナタ(1955年) 留学する馬鹿しない馬鹿(1957年)- fl.ob.str.-q.- ピアノ・ソナタ(1958年) トルスI(1959年)- str-orch - 組曲「こんなときに」(1960年)-pf.- 金の魚の話(1962年) 組曲「会話」独奏マリンバのための(1962年) 弦楽四重奏曲 第1番(1962年) 弦楽四重奏曲 第2番(1967年) ソナタ形式による練習曲(1967年)-pf.- トルスIII 独奏マリンバのための(1968年) フルート合奏のための 八つの詩(1969年) オマージュI(1970年)-fl.vn.pf.- オマージュII(1971年)-fl.vn.pf.- オマージュIII(1972年)-fl.vn.pf.- トルスIV 邦楽器と弦楽四重奏のための(1972年) トルスV 三台のマリンバのための(1973年) オマージュIV(1973年)-fl.vn.pf.- ノクチュルヌ 5人の奏者のための(1973年) ピアノのためのプレリュード シェーヌ(1973年) オマージュV(1974年)-fl.vn.pf.- 二台のギターのためのプロターズ 遠景より無景へ(1974年) Journals(1975年)-pf.一部連弾- ギターのための エピターズ(1975年) リタニア コントラバスと打楽器のための(1975年) オマージュ(1975年)-fl.vn.pf.-(オマージュI~Vの統合) En deuil(1976年)-fl.vn.pf.- Berceuse(1977年) 弦楽合奏のための組曲(1977年) 協奏的練習曲 2台マリンバのための(1977年/1979年改訂) こどものためのピアノ曲集「音の森」(1978年) Hommage en cristal(1979年)-fl.vn.pf.- イスタシワトル=白き女峰(1980年)-6perc.- 樹を、波と… 十七絃箏のために(1980年) ピアノのための アン・ヴェール(1980年)東京国際音楽コンクールピアノ部門課題曲 鏡 ヴァイオリンのための(1981年) こどものピアノ小品集「海の日記帳」(1981年) 彩夢 2本のクラリネットのための(1982年) Du Blanc au noir(1982年)-二十絃箏- Choral en spirale(1984年)-brass-ens.- 風紋(1984年)-邦楽器合奏- 2台ピアノのための「響象I」(1984年) メサージュ・ソノール(1985年)-fl.cl.cb.mar.perc.- ギターのための 五つの詩(1985年) 音の手帳 ピアノ連弾組曲(1985年) Choral en spiraleII(1986年)-brass-ens.- 流觴曲水譜(1986年)-尺八,2箏,十七絃- 輪彩 ソロマリンバと6人の打楽器奏者のための(1987年) C6H チェロ独奏のための(1987年) Ombre scintillante[燦めく闇]ハープとフルートのための(1989年) Perspective en spirale pour clarinette en si bémol[螺旋状の視界]クラリネットのための(1989年) Autour d'absence(1989年)-fg.pf.- 黒の星座 ギターと弦楽四重奏のための(1989年) 五つの素描 ユーフォニアムとマリンバのための(1990年) 花骨碑(1990年)-横笛,g.- 阿含 12人の打楽器奏者のための(1990年) 随風吹動(1999年)-fl.pf.- リップル 独奏マリンバのための(1991年) 弦楽四重奏曲第3番「黒の星座」(1992年) 戯曲(1994年)-邦楽器合奏- 2台ピアノのための「響象II」(1995年) 出陣の譜(1997年)-和太鼓合奏- 国宝松本城古城太鼓のための組曲「四季」(1998年)-和太鼓合奏- ピアノのために―円環と交差―(1998年) フルート、クラリネット、コントラバス、マリンバ、打楽器のための「虹の墓」(2001年) Miyoshiピアノ・メソード(1997年) 声楽(独唱曲)高原断章(1955年/神保光太郎) 三つの沿海の歌(1955年/萩原朔太郎) 北恋ひ(1961年/三善晃) 白く〜佐川ちかによる4つの詩(1962年) 聖三稜玻璃(1962年/山村暮鳥) 四つの秋の歌(1963年/高田敏子) 秋の風(1963年/高田敏子) 赤い日記帳より(1964年/服部芳樹) 雪の窓辺で(1965年/薩摩忠) えびがはねたよ(1967年/古村徹三) 一人は賑やか(1968年/茨木のり子) 仔ぎつねの歌(1975年/三善晃) くりの実(1975年/三善晃) なんのき(1975年/谷川俊太郎) りすの子(1975年/三善晃) 抒情小曲集(1976年/萩原朔太郎) 春、夏、秋(1977年/三善晃) 祈り〜宗左近:長編詩「炎える母」による(1979年) 超える影に(1991年/畑中良輔) 五柳五酒(1994年/佐藤信) 空(1994年/谷川俊太郎) よろい戸の奥(1995年/谷川俊太郎) カニの帰郷(1995年/白石かずこ) あなたにサタンがいるなんて(1997年/白石かずこ) 放送・映像音楽音楽詩劇「幸福な王子」(1959年) 音楽詩劇「オンディーヌ」(1959年) 科学映画「力の技術-モートル-」(1963年) NHK大河ドラマ「春の坂道」(1971年) (テーマ音楽のみ。ドラマ本編BGMは間宮芳生が担当) 映画「翼は心につけて」(1978年) アニメ「赤毛のアン」(1979年)主題歌「きこえるかしら」ED「さめない夢」(他に挿入歌など。アニメ本編BGMは毛利蔵人が担当) 校歌・団体歌茨城県茗溪学園中学校・高等学校 校歌(清水房雄) 宮城県多賀城市立城南小学校 校歌(1976年/菊地新) 新潟県立長岡大手高等学校 校歌(1976年/西脇順三郎) 静岡県静岡市立南部小学校 校歌「夢までも」(1977年/宗左近) 千葉県夷隅郡大多喜町立西畑小学校(現:大多喜町立西小学校)校歌「夢の畑」(1979年/宗左近) 東京都立川市立立川第八中学校 校歌「光の川」(1979年/宗左近) 千葉県館山市立第三中学校 校歌「透明光体」(1980年/宗左近)※「透明光体」は「たましい」と読む。 松下政経塾 塾歌「噴きあがる」(1980年/宗左近) 神奈川県相模原市立中央中学校 校歌「宝石」(1980年/宗左近) 宮城県加美郡中新田町 町歌「瞳に愛を」(現:加美町町民憲章)(1981年/宗左近) 福島県立医科大学 大学歌「光の鳥」(1983年/宗左近) 神奈川県立希望ヶ丘高等学校 校歌(1985年) 秋田県立新屋高等学校 校歌(1985年/阿部正路) 東京都立南平高等学校 校歌(1985年/沼田俊一) 光幼稚園 園歌「あしたもね」(1988年/宗左近) 千葉県館山市 讃歌「さらに彼方を」(1989年/宗左近) 千葉県旭市立第二中学校 応援歌「愛」(1990年/宗左近) 福島県立清陵情報高等学校 校歌「宇宙の奥の宇宙まで」(1990年/宗左近) 岩手県北上市 市民の歌「きらめいて」(1992年/谷川俊太郎) 新潟県長岡市立旭岡中学校 校歌「宇宙の鳥」(1996年/宗左近) 福島県立橘高等学校 校歌「夢の光 光の夢」(2003年/宗左近) 東京都中野区立上鷺宮小学校 校歌「いのち」(1979年/宗左近) 東京都練馬区立関中学校 校歌「関の翼」 静岡県立大井川高等学校 校歌「大いなる翼」 著書遠方より無へ(白水社、1979年) 男の料理学校 自分の味を創造しよう(光文社カッパホームズ、1979年)文春文庫『オトコ、料理につきる』と改題 対話十二章 現代の芸術視座を求めて(音楽之友社、1989年)対談集 ヤマガラ日記(河合楽器製作所出版事業部、1992年) ぴあのふぉるて(毎日新聞社、1993年) いきてる 詩画集(雨田光弘絵、ネット武蔵野、2005年) 波のあわいに 見えないものをめぐる対話(丘山万里子対談、春秋社、2006年) 章題が判明しているものは「」で記載、不明なものは書籍名を『』で記載 「人間は弱い——そこから出発した愛を(聞き手:佐川吉男)」(『作曲家との対話』日本音楽舞踊会議・日本の作曲ゼミナール1975-1978編、新日本出版社、1982年) 『人間がすべて 教育改革への十一の提言』(太郎次郎社、1983年) 「日本音楽を間の観点から見る」(シリーズ英和対訳 私の日本文化3『日本らしさ』NHK国際局文化プロジェクト監修、講談社、1985年) 「音楽——内的現実を素材として」(岩波講座 教育の方法7『美の享受と創造』東洋、赤瀬川原平ほか、岩波書店、1988年) 『なぜ私たちは歌うのか』(市民大学叢書33、富山市教育委員会編、1990年) 『少年の日にぼくは』(《ジルベルトの会》講演録集 風と木に聞く3、エイデル研究所、1991年) 「ショパンと私/コルトーに」(日本の名随筆 別巻13『名曲』遠山一行編、作品社、1992年) 「音——内的現実を素材として」(『音楽教育を読む 学生・教師・研究者のための音楽教育資料集』野村幸治・中山裕一郎編著、音楽之友社、1995年) 「音楽の表現と教育」ほか(シリーズ学びと文化5『表現者として育つ』佐伯胖・藤田英典・佐藤学編、東京大学出版会、1995年) 他に、教育出版の音楽教科書(小・中・高)の執筆も担当。 2024/06/13 10:27更新
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miyoshi akira
三善晃と同じ誕生日1月10日生まれ、同じ東京出身の人
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