堀内恒夫の情報(ほりうちつねお) 野球選手 芸能人・有名人Wiki検索[誕生日、年齢、出身地、星座]


堀内 恒夫さんについて調べます
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堀内恒夫と関係のある人
石川雅規: ヤクルトでは球団史上初、セ・リーグでは堀内恒夫・江夏豊に次ぐ3人目の、入団から5年連続の2桁勝利を達成した。 斎藤雅樹: 投手コーチだった堀内恒夫はあらかじめ槇原、斎藤、桑田の順番で登板させることを決めていたものの、10月6日の試合で右足内転筋を痛めていた斎藤を本音では登板させたくなかったと後年振り返っている。 清水隆行: 2004年、監督就任した堀内恒夫の方針により再び2番打者としての出場になる。 バルビーノ=ガルベス: ガルベス在籍時に1軍投手コーチおよびヘッドコーチを務めていた堀内恒夫はこのシュートを絶賛しており、「いまでいうツーシームみたいなもので、スピードが落ちない。 井上貴朗: 担当の野村収スカウトは投球スタイルを「若い時の堀内恒夫にそっくり」と期待した。 真田裕貴: ドラフト制導入後に高卒1年目で6勝以上を挙げたのは球団史上堀内恒夫以来36年ぶりだった。 田尾安志: 初本塁打:1976年9月19日、対読売ジャイアンツ23回戦(後楽園球場)、4回表に堀内恒夫から2ラン 長崎慶一: 100本塁打:1980年8月9日、対読売ジャイアンツ18回戦(横浜スタジアム)、7回裏に堀内恒夫からソロ ※史上114人目 ダン=ミセリ: 監督の堀内恒夫もビデオを見て獲得を希望した。 阪本敏三: 1972年は遊撃手、チャンスメーカーとして活躍、同年のオールスター第2戦では堀内恒夫から2点本塁打を放ちMVPを獲得した。 外木場義郎: 外木場の投げるカーブは、堀内恒夫などに見られるタイミングを外すカーブとは異なり、メジャーリーグにおいて "power curve" と呼ばれる、曲がりの鋭さで打者を翻弄するものであった。 渡辺秀武: 以降は堀内恒夫や高橋一三と並んで、V9時代の巨人の主戦投手として活躍。 佐藤宏志: 2004年は新監督の堀内恒夫の目に留まり、自己最多の26試合に登板し一軍に定着。 内海哲也: 2005年は監督の堀内恒夫に才能を認められ、林昌範らと競って開幕ローテーションを勝ち取り、4月だけでプロ初勝利を含む3勝を挙げるが、その後は打ち込まれ、6月以降は1勝もできず4勝9敗、防御率5点台に終わった。 條辺剛: ^ 條辺以前にドラフト制以降、巨人が高卒新人を登板させたのは堀内恒夫、水野雄仁、桑田真澄である。 青野修三: 10月31日の第4戦(後楽園)で江本孟紀、11月1日の第5戦(後楽園)で西岡三四郎の代打に起用され、高橋一三・堀内恒夫から2打数2安打を記録。 福本豊: また、堀内恒夫は「福本はクロスプレーも巧い。 金沢次男: しかし翌年の1983年10月22日、後楽園球場での巨人戦で堀内恒夫の現役最終打席となる8回、堀内に本塁打を打たれた。 ダリル=スペンサー: 巨人と日本シリーズでは、1勝3敗で迎えた第5戦の8回表に堀内恒夫から同点に追いつく2点本塁打を放ち、さらに9回に阪急が逆転したことから、舞台を再度阪急西宮球場に移した一打となった。 久万俊二郎: 2005年に途中休養説や辞任説がささやかれた巨人監督・堀内恒夫の後任として星野が候補として挙げられた際には、「巨人の監督になればいいじゃないですか」と容認する発言をしている。 足立光宏: 巨人との日本シリーズでは第3戦で堀内恒夫に投げ勝ち完投勝利。 石井一久: 高卒新人投手の先発登板自体、1953年の中村大成、1956年の稲尾和久、1966年の堀内恒夫、2007年の吉川光夫含めて5人のみで、全守備位置を通じて高卒新人のシリーズ先発出場は1988年の立浪和義以来4年ぶりの事例だった。 小川亨: エース清俊彦を擁する高鍋高を破り夏の甲子園への出場を決めるが、大会では2回戦に進出するものの、甲府商の大石勝彦・堀内恒夫両投手の継投に敗れた。 長田幸雄: 1968年6月8日の中日戦(室蘭富士鉄)から同13日の巨人戦(川崎)にかけて当時のセ・リーグ新記録となる5試合連続本塁打を放ち、相手投手も巨人の金田正一・堀内恒夫、中日の小川健太郎らエース級であった。 福本豊: 福本は、巨人との日本シリーズで足を封じられた原因として、「巨人のエース・堀内恒夫の存在が大きかった」と振り返っている。 川崎徳次: 1試合最多本塁打:3 ※投手としてはNPBタイ記録(1967年に堀内恒夫が並ぶ)。 児玉好弘: 読売ジャイアンツとの1972年の日本シリーズでは3試合に登板、第2戦では同点の8回裏からリリーフに立つが、堀内恒夫に勝ち越し二塁打を喫し敗戦投手となっている。 松原誠: 1972年にロッテから移籍してきた江藤慎一を参考に打撃を改良し、8月31日の巨人戦(後楽園)で1回表に堀内恒夫から右越先制3ラン本塁打を打って史上34人目の150本塁打を達成。 長嶋茂雄: 川上は作戦コーチの牧野茂、投手コーチの藤田元司の残留を要請し、森昌彦のコーチでの残留、堀内恒夫のトレードでの放出をアドバイスしたが、長嶋は川上時代のコーチ陣を一掃し、川上のアドバイスをすべて蹴っている。 足立光宏: 第2戦では堀内恒夫と投げ合い完投するものの0-1で惜敗。 |
堀内恒夫の情報まとめ

堀内 恒夫(ほりうち つねお)さんの誕生日は1948年1月16日です。山梨出身の野球選手のようです。

現在、卒業、事件、父親、引退、テレビ、趣味、家族に関する情報もありますね。今年の情報もありました。堀内恒夫の現在の年齢は77歳のようです。
堀内恒夫のプロフィール Wikipedia(ウィキペディア)■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 堀内 恒夫(ほりうち つねお、1948年1月16日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、野球解説者・野球評論家、政治家。 読売ジャイアンツのV9時代のエースとして活躍。2004年と2005年に巨人の監督を務めた。シーズン勝率(.889)のセ・リーグ記録を持ち、セ・リーグ最多タイ記録となる最高勝率を3回獲得、セ・リーグ初の投手部門のダイヤモンドグラブ賞(現在のゴールデングラブ賞)を受賞している。また、オールスターゲーム通算防御率(1.44)のNPB記録を持つ。 2013年から2016年までの間、参議院議員を務めた(1期)。 山梨県甲府市出身。養蚕業(生糸工場経営者)の家に生まれる。小学生時代に右手人差し指をうどん製作機に挟まれ、数ミリほど切断する大怪我を負っているが、爪には影響がなかったため日常生活に支障はなかった。指の形が変わったことが独特の大きなドロップカーブを生み出すきっかけになった。 甲府市立南中学校1年生の時、部活はサッカー部に入っていた。下働きがないのが魅力というのが理由だった。その後野球部長の熱心な誘いもあって、2年生で野球部に転部、この時は「渋々」だったと言う。 中学卒業後は法政二高への進学を希望していたが、推薦枠から漏れて甲府商業に進学する。1年生次から中堅手兼控え投手として活躍。1963年の夏の甲子園県予選決勝では、3年生エース大石勝彦をリリーフして機山工を降す。しかし第45回記念大会は出場校が多く、会場に阪急西宮球場と甲子園を併用し、甲府商は西宮組に入ったために甲子園に行くことはなかった。これは『巨人の星』でもエピソードに使われている。大会では武雄高、宮崎商を降し山梨県勢初の3回戦に進出するが、優勝した明星に0-11で完敗。堀内はリリーフで2試合に登板している。2年上のチームメイトに雨宮捷年右翼手がいた。 2年生となる1964年夏はエースとして西関東大会決勝に進出するが、熊谷商工に0-1で惜敗。同年秋季関東大会でも決勝に進むが、東農大二高の樫出三郎らに抑えられ完封負け、春の選抜出場を逸する。3年生となる1965年夏も西関東大会準決勝で熊谷商工に敗れ、結果として高校時代にいわゆる「夏の甲子園」への出場は果たしたものの、上記経緯により実際の“甲子園の土”を踏むことはできなかった。 高校卒業にあたって堀内は「巨人がドラフトに指名してくれるか、でなければ早慶に行きたい」と考えていた。法政大学からは監督の松永怜一が直接勧誘に来たが、かつて法政二高が推薦から外していたことから堀内が拒否し、立教大学はコーチが堀内を一目見て「プロに入った方がいい」と帰った。甲府商業の監督であった菅沼八十八郎は明治大学出身であったことから、2年先輩で明大監督の島岡吉郎に相談する。島岡は菅沼の話を聞いて「そんないい選手を早慶に持って行かれてはたまらない、ドラフトで指名するように巨人に頼もう」となり、明大の後輩である巨人のスカウト沢田幸夫に堀内のドラフト指名を頼み込む。巨人のスカウト陣の中で1位指名は夏の甲子園で準優勝した銚子商業の木樽正明で固まっていた。ここでスタッフ会議における沢田の説得と内野手としての野球センスは抜群との但し書きにより、巨人は堀内を指名することになった。巨人側としても、監督の川上哲治と衝突して造反事件を起こした上に衰えが見え始めていた広岡達朗に代わる遊撃手捜しに奔走していた事情も影響したと言われる。 1965年の第一回ドラフト会議で1位指名を受け読売ジャイアンツに入団。入団にあたって、菅沼は川上に対して「あの子は野球に関してすばらしいセンスを持っている。野球の技術を教えないで欲しい。そのかわり、チャランポランな性格があるので、精神面で厳しくやってくれ」と頼んだという。契約金は1000万円であったが堀内はそれを父親に渡す。当時父親が経営していた生糸工場は中国産生糸に押されて状態が芳しくなく、父親は契約金を生糸工場の経営につぎ込んだとされる。1年目の堀内の給料は12万円、手取り11万円であった。1966年キャンプ終盤に高橋一三に代わり一軍昇格すると、4月14日の対中日戦に先発として初登板。投球練習時には、1球目をわざとバックネットにぶつけて緊張をほぐしたという。7回2失点で降板するが、その裏に巨人が逆転して初登板初勝利を飾る。5月に一度二軍に落ちたもののすぐ復帰しそのまま一軍に定着。5月30日の対大洋戦から6月22日の対サンケイ戦にかけて44回連続無失点を記録すると、初登板から7月27日の対阪神戦までセ・リーグ記録(新人記録でもある)となる開幕13連勝を達成した。その後、7月31日の対広島戦で安仁屋宗八と投げ合って0-2で敗れると、8月2日の対中日戦では新人の広野功に逆転満塁サヨナラ本塁打を打たれている。その後、勝星のペースは落ちるが、シーズンでは16勝2敗、防御率1.39、勝率.889を記録。1年目から速球とカーブに優れ、沢村二世のニックネームがついた。また、最優秀防御率、最高勝率、沢村賞、新人王のタイトルを獲得し、チームのリーグ優勝に貢献した。 入団時の背番号は21だったが、1967年からは18になった。しかし同年1月のチームの自主トレ中に腰を痛めて、重症の椎間板ヘルニアを患ってしまう。このことなどから、同年春アメリカ、ベロビーチで行われたロサンゼルス・ドジャースと巨人軍の合同キャンプへの参加メンバーに選ばれなかった。この年は一軍と二軍の往復を繰り返し、ようやく7月末に復帰する。その後、急速に調子を取り戻し勝ち星を重ね、10月10日の対広島戦ではノーヒットノーランを達成した上に、投手として初記録となる3打席連続本塁打も放っている。シーズンでは12勝(防御率2.17〔リーグ3位〕)を挙げた。しかし、この年に患った腰痛は持病となり、引退するまで堀内を悩ませることとなった。 1968年は17勝を挙げて初めてチームの勝ち頭になるが、同年3月に監督の川上の指示によりロサンゼルス・ドジャース(メジャー)のベロビーチ・キャンプに一人で参加する。このことは、前年のベロビーチ・キャンプに参加できなかった堀内を痛く満足させた。ドジャースキャンプでは、ビル・シンガーが投げていたチェンジアップを覚えて帰国した。1969年はライバルであった高橋一三が22勝を挙げてブレイクする一方で、堀内は14勝13敗と数字を落とす。この時期には、このままではコントロールが悪くなる一方だから何とかしなければとの思いで、ノーワインドアップへの投球フォームの改造を試みるが、半年ほどでやめている。 1972年は初の開幕投手を務めると、かつて覚えたチェンジアップを完成させたことでシーズン開始から好調を維持する。6月9日の江夏豊との互いに通算99勝対決を制し、100勝を達成する。本シーズンの巨人はON(王貞治と長嶋茂雄)を含めた打線陣が3割打者不在になるなどの不調の上、堀内以外の投手が勝てなくなっていたが、堀内が26完投で26勝(9敗)防御率2.91(リーグ7位)、特に阪神戦では毎カード3戦中1先発1リリーフと奮闘し、巨人のリーグ優勝・日本一に貢献。MVP、シリーズMVP、最多勝、沢村賞、ベストナインに輝いた。この年の堀内を最後にセ・リーグでシーズン25勝以上した投手はいない。V9を含め、巨人は1963年から1974年までセ・リーグMVPを独占したが、この間に王と長嶋以外で受賞したのはこの年の堀内が唯一である。同年の阪急ブレーブスとの日本シリーズでは、全5試合中4試合に登板して2勝1敗を挙げ最優秀選手賞と最優秀投手賞を受賞する。この年の活躍が認められて前年から600万アップの年俸1800万円で契約更改したが、これが現役時代の最高年俸であった。 1973年は前年度の酷使から、シーズンでは12勝17敗、防御率4.52とプロ入り後最低の成績に落ち込む。しかし、南海ホークスとの日本シリーズでは、全5試合中3試合に登板して、2勝0敗、防御率0.91。さらに、第2戦で決勝適時打、第3戦では2本塁打と投打に大車輪の活躍で2年連続で最優秀選手賞と最優秀投手賞をダブル受賞した。1974年は19勝、防御率2.66(リーグ4位)を記録して2度目のベストナインを獲得。1975年は10勝するも、リーグワーストの18敗を喫し、チームも球団初の最下位に終わった。27歳で150勝を達成するなど1978年まで13年連続2桁勝利を挙げ、V9時代のエースとして活躍。通算12回のリーグ優勝、9度の日本一に貢献した。晩年はスライダーを覚えるが、いわゆる“スライダーの魔もの”に取り憑かれて手首が硬くなり、直球のスピードやカーブの切れを失っていったという。10勝9敗、防御率4.58と成績を落とした1977年にはパームボールの研究もした。1979年4月9日の対中日戦で、球団通算3000勝目の勝利投手となる。しかし、この年わずか4勝(7敗)と、この頃を境にあまり勝てなくなっていった。肩や肘の故障に見舞われたことはなく徐々に身体全体が衰えていく中で、速球投手からのイメージチェンジを図れなかったことも原因とされる。 1980年6月2日の対ヤクルト戦で16人目となる通算200勝を達成。巨人一筋で200勝を挙げたのは中尾碩志と堀内のみ。同年に引退した王貞治はファン感謝デーの紅白戦で堀内を投手として最終打席に立っている。しかし、堀内は2球のドロップに渾身のストレートを投げ王を空振り三振に仕留めている。その後、王が入団時のポジションである投手に、打席に堀内が立って再び勝負をしたが、堀内は王の初球を引っ張り本塁打とした。 しかし、1981年に藤田元司が監督に就任すると、江川卓・西本聖・定岡正二の台頭により登板が急激に減り、日本シリーズでは登板機会がなく、1982年に投手コーチ兼任となる。 1983年、現役引退を発表。引退試合(10月22日の対大洋戦)では、巨人3点リードの8回表から登板。8回裏に回ってきた現役最終打席で本塁打を放っている。投手としては2イニングを抑えてセーブを記録。引退試合での現役最終打席(篠塚利夫に替わって3番に入る)は「ホリさんまで打順を回そう」と野手陣が打ちまくったことにより実現した。引退試合後の日本シリーズには出場しなかった。 現役最後の本塁打を打たれた打者は、広島東洋カープの山本浩二。堀内は引退後に「僕は山本浩二さんに引導を渡されたんですよ。最後に山本浩二さんに打たれたホームランで僕は自分の力を感じて引退した」と語っている。 引退後の1984年から王貞治監督の下で一軍投手コーチ専任となるが、1985年1月27日には多摩川グラウンドにて所憲佐サブマネジャーの頬を右手で殴り、翌28日には戸田久雄一軍マネジャーに厳重注意されている。所が練習開始前にファンの退去を促したが、それが堀内の知人の子供で、また「出て行ってくれ」との荒い口調に激高したため、所も注意を受けた。同年に一度退任し、日本テレビ・ラジオ日本解説者・スポーツ報知評論家(1986年 - 1992年)を経て、長嶋茂雄監督の下で一軍投手コーチ(1993年 - 1997年)→ヘッドコーチ(1998年)を務めた。1994年に西本聖が復活した際堀内は東京スポーツで「オレが西本を使わない全理由」をぶちまけ騒動になる。1998年は3位に終わり責任取って退団した。日本テレビ解説者・スポーツ報知評論家(1999年 - 2003年)に復帰し、読売新聞スポーツアドバイザーとして、野球教室のイベント等にも携わっていた。 2000年3月29日に、東京ドームで開催された日本初のメジャーリーグ公式戦・ニューヨーク・メッツ対シカゴ・カブスで、この試合を観戦した皇太子徳仁・同妃雅子の傍らで野球解説を行った。 2003年オフ、原辰徳が突然辞任した後継として巨人監督に就任する。就任会見では「青天の霹靂。この時期に全く予想していなかったし、大変なことになったなと…」と複雑な心境を吐露した。一方で「投手を中心とした守りの野球」「藤田元司さんのようなチーム作りを目指す」と早くも抱負を述べるなど意欲を見せた。監督時代の背番号は88で、これは甲府商時代の恩師・菅沼八十八郎にちなんでつけたもの。2リーグ制以降の投手出身の巨人監督は藤田に続き2人目。コーチ陣はヘッドコーチに須藤豊、投手コーチに池谷公二郎、外野守備走塁コーチに弘田澄男、二軍から阿波野秀幸(投手)、淡口憲治(打撃)、上田和明(内野)、高田誠(バッテリー)が昇格、二軍監督は高橋一三(前二軍投手コーチ)が就任、堀内は「人間的に信頼でき、技術があり、動けるコーチを選んだ。ようやく堀内丸がスタートできる」と語った。この時、レジー・スミスにコーチ要請する予定もあったが、妻が体調を崩していたので断念している。
2005年度
巨人監督退任後
政治活動近況選手としての特徴人物
詳細情報年度別投手成績
1010打数 174安打(打率.172) 21本塁打 82打点 ※2004年シーズンは、ストライキのため2試合が中止 最多勝利:1回(1972年) 最優秀防御率:1回(1966年) 最高勝率:3回(1966年、1967年、1972年)※3回はセ・リーグ最多タイ記録、2年連続は藤田元司、北別府学、青柳晃洋に並ぶセ・リーグ最長タイ。新人からの2年連続受賞は史上唯一 沢村栄治賞:2回(1966年、1972年) 最優秀選手:1回(1972年) 新人王(1966年) ベストナイン:2回(1972年、1974年) ダイヤモンドグラブ賞:7回(1972年 - 1978年)※1972年は投手部門でのセ・リーグ史上初の受賞、7年連続受賞は投手最長タイ記録(他は西本聖) 野球殿堂競技者表彰(2008年) 日本シリーズMVP:2回 (1972年、1973年) 日本シリーズ最優秀投手賞:4回 (1970年、1971年、1972年、1973年) 最優秀投手:2回 (1972年、1974年) 日本プロスポーツ大賞 殊勲賞:1回 (1972年)
初奪三振:同上、4回裏にジーン・スチーブンスから 初完投勝利・初完封勝利:1966年5月30日、対大洋ホエールズ11回戦(川崎球場) 初セーブ:1974年5月5日、対広島東洋カープ5回戦(後楽園球場)、9回表に4番手で救援登板・完了、1回無失点 100勝:1972年6月9日、対阪神タイガース8回戦(阪神甲子園球場)、9回完封勝利 ※史上57人目 1000奪三振:1972年7月16日、対中日ドラゴンズ16回戦(後楽園球場)、3回表に稲葉光雄から ※史上43人目 150勝:1975年5月17日、対阪神タイガース6回戦(後楽園球場)、9回2失点完投勝利 ※史上28人目 1500奪三振:1976年8月17日、対広島東洋カープ20回戦(広島市民球場)、6回裏に水沼四郎から ※史上23人目 500試合登板:1979年5月26日、対横浜大洋ホエールズ9回戦(横浜スタジアム)、先発登板で5回2/3を6失点 ※史上39人目 200勝:1980年6月2日、対ヤクルトスワローズ7回戦(後楽園球場)、6回1失点完投勝利(6回終了時雨天コールド) ※史上16人目 新人の開幕からのシーズン連勝:13(1966年) 開幕からのシーズン連勝:13(1966年)※ 菅野智之と共にセ・リーグタイ記録 シーズン14完投、7完封、16勝、防御率1.392(1966年)※いずれも高卒新人セ・リーグ記録 ノーヒットノーラン:1967年10月10日、対広島カープ22回戦(後楽園球場) ※史上38人目 投手の1試合3本塁打:同上 ※ 川崎徳次に次いで史上2人目(3打席連続本塁打は史上初) シーズン勝率.889(1966年、16勝2敗、セ・リーグ記録) 通算登板試合:27(シリーズ記録) 通算投球回数:140 1/3(シリーズ記録) 通算勝利:11(シリーズタイ記録) 通算与四球:61(シリーズ記録) 投手の1試合2本塁打:1973年第3戦(史上唯一) オールスターゲーム出場:9回(1966年、1968年、1969年、1970年、1971年、1972年、1973年、1974年、1975年) 通算防御率:1.44(20イニング以上で歴代1位) (出典:) 21(1966年) 18(1967年 - 1984年途中) 73(1984年途中 - 1985年) 70(1993年 - 1998年) 88(2004年 - 2005年) 沢村栄治賞選考委員会委員長(2013年度より) 参議院文教科学委員会、行政監視委員会、東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会委員
ラジオ日本ジャイアンツナイター(RFラジオ日本)レギュラー解説者、1986年-1992年 いつみても波瀾万丈(日本テレビ)ゲスト 秘密のケンミンSHOW(読売テレビ)ゲスト 開運!なんでも鑑定団(テレビ東京)ゲスト、2010年8月24日 武田和歌子のぴたっと。(ABCラジオ)「福本豊のあの人は今 元・プロ野球選手名鑑」ゲスト、2014年12月18日 サンデーモーニング(TBSテレビ)ゲスト 日清食品 どん兵衛 (1984年、山城新伍、川谷拓三と共演) 資生堂 アウスレーゼ ただ栄光のために―堀内恒夫物語、海老沢泰久著、新潮文庫、ISBN 4101266034 オレは悪太郎―わが投手人生のMemoir、堀内恒夫著、ベースボール・マガジン社、ISBN 4583024266 堀内恒夫―悪太郎まかり通る! 名球会comics、永島直樹・田中正仁著、ぎょうせい、ISBN 4324026548 オレの野球、巨人の野球―優等生じゃないけれど、プロ根性なら負けやしない、堀内恒夫著、読売新聞社、ISBN 4643620102 堀内恒夫の多事正論 - 週刊ベースボール、隔週連載(2019年まで) 堀内恒夫の悪太郎の遺言状 - 週刊ベースボール、週刊連載 発売コナミ。いずれも解説者役として出演 プロ野球JAPAN2001 THE BASEBALL 2002 バトルボールパーク宣言 THE BASEBALL 2003 バトルボールパーク宣言 パーフェクトプレープロ野球 ^ 200勝達成時の背番号は共に、18であった。 ^ ただし交流戦を除く同一リーグ球団間の成績は44勝66敗(勝率.400)で、この年最下位だった広島の47勝60敗3分け(勝率.439)を下回りセ・リーグ最低だった。 ^ 後に2016年から2018年まで巨人監督を務めた高橋由伸も、在任中リーグ優勝を1度も果たせないまま退任した。高橋の在任3年間の成績は210勝208敗11分け(勝率.502)であるため、勝率5割未満で退任した巨人監督は2020年現在、堀内が唯一である。 ^ 2014年以降は原則土・日曜日のBS・CS中継のみ出演 ^ 「三井ゴールデングラブ賞 歴代受賞選手」『三井広報委員会』。2021年2月17日閲覧。 ^ 『オレは悪太郎―わが投手人生のMemoir』60頁 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために-堀内恒夫物語-』文春文庫 1995年7月10日 28頁 ^ 『オレは悪太郎―わが投手人生のMemoir』83 - 84頁 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』148頁 ^ 『プロ野球人名事典1999』(日刊アソシエーツ)15頁 ^ 「俺のドラフト 巨人1位指名となるまで」堀内恒夫ブログ、2017年11月01日 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』149頁 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』154頁 ^ [時代の証言者]エースの本懐 堀内恒夫<17>分厚くみせた給料袋 : 読売新聞 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために―堀内恒夫物語―』文春文庫 141頁 ^ 「堀内恒夫のワンマンショー! 3本塁打&ノーヒットノーラン(1/2ページ)」『zakzak』2020年9月10日。2024年8月13日閲覧。 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために-堀内恒夫物語-』新潮文庫、1985年2月1日 140頁 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために―堀内恒夫物語―』文春文庫 170頁 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』159頁 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』155頁 ^ 1972年6月10日 スポーツ報知 1-2面など ^ 「【野球】子年のプロ野球 巨人&オリックスに縁起よし?」『デイリースポーツ online』2020年1月5日。2022年6月22日閲覧。 ^ 「帝京平成大中野で巨人軍OB堀内恒夫さん講演「私の野球人生」テーマに、抽選会も」『中野経済新聞』2015年7月6日。2016年1月20日閲覧。 ^ プロ野球データ事典(PHP研究所)p.27 - 170 ^ 「セ・リーグ歴代MVP」『サンケイスポーツ』。2016年1月20日閲覧。 ^ 堀内さん「今の時代に現役やってたらいくらもらえてたかなぁ(笑)」最高年俸は26勝した時の1800万円― スポニチ Sponichi Annex ^ 1973日本シリーズ〜巨人V9の舞台裏の裏。 - YouTube ^ プロ野球データ事典(PHP研究所)p.22 - 29 ^ 『魔球伝説-プロ野球不滅のヒーローたち』162頁 ^ 『豪球列伝-プロ野球不滅のヒーローたち』182頁 ^ 「【6月2日】1980年(昭55) 雨に濡れ涙に濡れた堀内恒夫 200勝達成」『スポーツニッポン』2010年6月1日。2019年3月22日閲覧。 ^ 「【巨人・今日は何の日】堀内 雨の200勝に大泣き」『スポーツ報知』2022年6月2日。2024年8月13日閲覧。 ^ 1980年11月24日 スポーツニッポン 3面など ^ 「長嶋、王、原…巨人のスター選手の引退セレモニー」『スポーツニッポン』2015年12月1日。2015年12月18日閲覧。 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために-堀内恒夫物語-』文春文庫 1995年7月10日 320頁 ^ 読売新聞1983年10月23日スポーツ面・社会面 ^ 報知新聞1983年10月23日一面「堀内 華麗な花道」 ^ オフィシャルベースボールガイド1984年版 ^ 海老沢泰久『ただ栄光のために-堀内恒夫物語-』文春文庫 1995年7月10日 プロローグ「最後の一勝」より。堀内の発言自体は、解説を務めた1986年の日本シリーズ(広島対西武)第8戦テレビ中継にて、同年限りでの現役引退を表明していた山本が胴上げされた際に発している。 ^ 日刊スポーツ 1985年1月29日「所サブマネ殴打事件 王監督仕事で返せ「奪回キャンプ」グアム入り 堀内コーチ厳重注意」 ^ 「反骨の165勝右腕、37歳のテスト生での再出発【西本聖・最後の1年】」『BASEBALL KING』2020年5月14日。2025年1月12日閲覧。 ^ 「[時代の証言者]エースの本懐 堀内恒夫<32>監督就任「青天の霹靂」」『読売新聞』2024年2月12日。2025年1月12日閲覧。 ^ 読売新聞 2000年3月30日朝刊 38面 ^ 堀内恒夫オフィシャルサイト「プロフィール」より ^ 堀内恒夫オフィシャルサイト「ヒストリー」より ^ 巨人、来季コーチ陣を発表=ヘッドコーチに須藤氏-プロ野球(時事通信) 2003年10月10日 ^ 堀内恒夫G助っ人回顧 監督時、コーチとして呼びたかったのは? ^ 「巨人新守護神にアストロズのミセリ 153キロ、メジャー「Aランク」右腕」『スポーツ報知』2004年12月10日。2021年8月28日閲覧。 ^ サンケイスポーツ 2005年4月27日 3面など ^ 時代の証言者 堀内恒夫(33)『読売新聞』2024年2月14日朝刊、12面 ^ 「何が起きていたのか? 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相原久美子 大島九州男 神本美恵子 吉川沙織 石上俊雄 アントニオ猪木 中山恭子 儀間光男 藤巻健史 中野正志 室井邦彦 小池晃 山下芳生 紙智子 井上哲士 仁比聡平 川田龍平 山口和之 渡辺美知太郎↓x 井上義行↓x 又市征治 三木亨↓ 三浦靖 柘植芳文 山田太郎 和田政宗 佐藤正久 佐藤信秋 橋本聖子 山田俊男 有村治子 宮本周司↓ 石田昌宏 北村経夫↓ 本田顕子 衛藤晟一 羽生田俊 宮崎雅夫 山東昭子 赤池誠章 比嘉奈津美↑ 中田宏↑ 田中昌史↑ 岸真紀子 水岡俊一 小沢雅仁 吉川沙織 森屋隆 川田龍平 石川大我 須藤元気↓ 市井紗耶香↑↓ 奥村政佳↑ 山本香苗↓ 山本博司 若松謙維 河野義博 新妻秀規 平木大作 塩田博昭 髙橋次郎↑ 鈴木宗男 室井邦彦↓ 梅村聡↓ 柴田巧 柳ヶ瀬裕文 藤巻健史↑ 山口和之↑ 小池晃 山下芳生 井上哲士 紙智子 田村麻美 礒﨑哲史 浜野喜史 舩後靖彦 木村英子 吉田忠智↓ 大椿裕子↑ 立花孝志↓ 浜田聡↑ 鳩山威一郎 長田裕二 関口恵造 大河原太一郎 下稲葉耕吉 村上正邦 野沢太三 井上孝 梶原清 岡部三郎 板垣正 田沢智治 岡田広 大鷹淑子 山東昭子 斎藤栄三郎 松浦功 宮崎秀樹 久世公堯 田中正巳 永野茂門 宮田輝↓ 山口光一↑ 福間知之 野田哲 鈴木和美 松本英一 山本正和 及川一夫 山口哲夫 田渕勲二 粕谷照美 広中和歌子 塩出啓典↓ 太田淳夫 鶴岡洋 中野鉄造 猪熊重二 及川順郎 針生雄吉↑ 立木洋 山中郁子 近藤忠孝 吉岡吉典 諫山博 橋本孝一郎 田渕哲也 勝木健司 秋山肇 平野清 青島幸男↓ 今泉隆雄↑↓ 山田俊昭↑ 宇都宮徳馬 井上孝 下稲葉耕吉 村上正邦 大島慶久 岡部三郎 泉信也 藤江弘一↓ 野沢太三 岡利定 大河原太一郎 永野茂門 清水達雄 松浦功 久世公堯 板垣正 南野知惠子 田辺哲夫↓ 田沢智治 楢崎泰昌 宮崎秀樹↑ 山東昭子↑↓ 嶋崎均↑↓ 長尾立子↑ 藁科満治 大脇雅子 鈴木和美 川橋幸子 山本正和 及川一夫 山口哲夫 渕上貞雄 松本英一↓ 志苫裕 萱野茂↑ 牛嶋正 続訓弘 大久保直彦 広中和歌子 鶴岡洋 及川順郎 猪熊重二 武田節子 細川護熙↓ 小池百合子↓ 寺澤芳男 武田邦太郎 小島慶三↑ 円より子↑ 立木洋 聴濤弘 吉岡吉典 有働正治 直嶋正行 勝木健司 長谷川清 江本孟紀 青島幸男↓ 山田俊昭↑ 有馬朗人 村上正邦↓ 岡利定↓ 大島慶久 野沢太三 阿南一成 南野知惠子 佐藤昭郎 日出英輔 加納時男 佐々木知子 脇雅史 森田次夫 久世公堯 清水達雄↑ 宮崎秀樹↑ 小宮山洋子↓ 今井澄↓ 円より子 藁科満治 直嶋正行 内藤正光 勝木健司 川橋幸子 長谷川清 高嶋良充 堀利和 江本孟紀↓ 信田邦雄↑ 中島章夫↑ 樋口俊一↑ 立木洋↓ 市田忠義 岩佐恵美 吉岡吉典 池田幹幸 小池晃 林紀子 小泉親司 大門実紀史↑ 鶴岡洋 続訓弘 森本晃司 荒木清寛 風間昶 沢たまき↓ 日笠勝之 千葉国男↑ 泉信也 入沢肇 平野貞夫 渡辺秀央 月原茂皓 福島瑞穂 渕上貞雄 大脇雅子 山本正和 小林正夫 加藤敏幸 内藤正光 家西悟 柳澤光美 直嶋正行 大石正光 白眞勲 那谷屋正義 藤末健三 喜納昌吉 高嶋良充 津田弥太郎 工藤堅太郎 円より子 下田敦子 松岡徹 前田武志 渡辺秀央 竹中平蔵↓ 秋元司 長谷川憲正 脇雅史 西島英利 山谷えり子 中村博彦 泉信也 荻原健司 加納時男 荒井広幸 水落敏栄 佐藤昭郎 南野知惠子 松村祥史 神取忍↑ 浜四津敏子 弘友和夫 谷合正明 荒木清寛 風間昶 浮島とも子 浜田昌良 鰐淵洋子 市田忠義 小池晃 仁比聡平 大門実紀史 福島瑞穂 渕上貞雄 有田芳生 谷亮子 直嶋正行 小林正夫 柳澤光美 石橋通宏 難波奨二 津田弥太郎 那谷屋正義 江崎孝 藤末健三 加藤敏幸 前田武志 田城郁 白眞勲 西村正美 片山さつき 佐藤ゆかり↓ 山谷えり子 髙階恵美子 三原じゅん子 中村博彦↓ 脇雅史 藤井基之 小坂憲次 水落敏栄 宇都隆史 赤石清美 堀内恒夫↑ 阿達雅志↑ 柴田巧 江口克彦 上野宏史↓ 寺田典城 小野次郎 小熊慎司↓ 桜内文城↓ 真山勇一↑ 藤巻幸夫↑↓ 山田太郎↑ 田中茂↑ 秋野公造 長沢広明 横山信一 谷合正明 浜田昌良 荒木清寛 市田忠義 田村智子 大門実紀史 福島瑞穂 吉田忠智 片山虎之助 荒井広幸 徳茂雅之 青山繁晴 片山さつき 中西哲 今井絵理子 足立敏之 山谷えり子 藤木眞也 自見英子 進藤金日子 髙階恵美子↓ 山田宏 藤井基之 阿達雅志 宇都隆史 小川克巳 宮島喜文 水落敏栄 園田修光 竹内功↑ 小林正夫 濱口誠 矢田稚子 有田芳生 川合孝典 難波奨二 江崎孝 那谷屋正義 石橋通宏 藤末健三↓ 白眞勲 田城郁↑ 長沢広明↓ 秋野公造 横山信一 熊野正士 谷合正明 浜田昌良 宮崎勝 竹内真二↑ 市田忠義 田村智子 大門実紀史 岩渕友 武田良介 片山虎之助 渡辺喜美 石井苗子 石井章 福島瑞穂 青木愛 藤井一博 梶原大介 赤松健 長谷川英晴 青山繁晴 片山さつき 足立敏之↓ 自見英子 藤木眞也 山田宏 友納理緒 山谷えり子 井上義行 進藤金日子 今井絵理子 阿達雅志 神谷政幸 越智俊之 小川克巳↑ 石井章 石井苗子 松野明美 中条きよし 猪瀬直樹 金子道仁 串田誠一 青島健太 辻元清美 鬼木誠 古賀千景 柴慎一 村田享子 青木愛 石橋通宏 竹内真二 横山信一 谷合正明 窪田哲也 熊野正士↓ 上田勇 宮崎勝↑ 田村智子↓ 仁比聡平 岩渕友 大門実紀史↑ 竹詰仁 濱口誠 川合孝典 天畠大輔 水道橋博士↓ 大島九州男↑ 神谷宗幣 福島瑞穂 ガーシー▼ 齊藤健一郎↑ 表 話 編 歴 三宅大輔 1934 - 1935 浅沼誉夫 1935 - 1936 藤本定義 1936 - 1942 中島治康 1943 藤本英雄 1944, 1946 中島治康 1946 - 1947 三原修 1947 - 1949 水原茂(水原円裕) 1950 - 1960 川上哲治 1961 - 1974 長嶋茂雄 1975 - 1980 藤田元司 1981 - 1983 王貞治 1984 - 1988 藤田元司 1989 - 1992 長嶋茂雄 1993 - 2001 原辰徳 2002 - 2003 堀内恒夫 2004 - 2005 原辰徳 2006 - 2015 高橋由伸 2016 - 2018 原辰徳 2019 - 2023 阿部慎之助 2024 - 現在 表 話 編 歴 60 ヴィクトル・スタルヒン 62 池田豊 63 中島治康 64 若林忠志 65 川上哲治, 鶴岡一人 69 苅田久徳 70 天知俊一, 二出川延明 72 石本秀一 74 藤本定義, 藤村富美男 76 中上英雄 77 水原茂, 西沢道夫 78 松木謙治郎, 浜崎真二 79 別所毅彦 80 大下弘, 小鶴誠 81 飯田徳治, 岩本義行 83 三原脩 85 杉下茂, 白石勝巳, 荒巻淳 88 長嶋茂雄, 別当薫, 西本幸雄, 金田正一 89 島秀之助, 野村克也, 野口二郎 90 真田重蔵, 張本勲 91 牧野茂, 筒井修, 島岡吉郎 92 廣岡達朗, 坪内道則, 吉田義男 93 稲尾和久, 村山実 94 王貞治, 与那嶺要 95 杉浦忠, 石井藤吉郎 96 藤田元司, 衣笠祥雄 97 大杉勝男 99 中西太, 広瀬叔功, 古葉竹識, 近藤貞雄 00 米田哲也 01 根本陸夫, 小山正明 02 山内一弘, 鈴木啓示, 福本豊, 田宮謙次郎 03 上田利治, 関根潤三 04 仰木彬 05 村田兆治, 森祇晶 06 門田博光, 高木守道, 山田久志 07 梶本隆夫 08 山本浩二, 堀内恒夫 09 若松勉 10 東尾修 11 落合博満 12 北別府学, 津田恒実 13 大野豊 14 野茂英雄, 秋山幸二, 佐々木主浩 15 古田敦也 16 斎藤雅樹, 工藤公康 17 伊東勤 18 松井秀喜, 金本知憲 19 立浪和義 22 髙津臣吾, 山本昌 23 アレックス・ラミレス 24 谷繁元信, 黒田博樹 25 イチロー, 岩瀬仁紀 09 青田昇 10 江藤慎一 11 皆川睦雄 13 外木場義郎 16 榎本喜八 17 星野仙一, 平松政次 18 原辰徳 19 権藤博 20 田淵幸一 23 ランディ・バース 25 掛布雅之 59 正力松太郎, 平岡凞, 青井鉞男, 安部磯雄, 橋戸信, 押川清, 久慈次郎, 沢村栄治, 小野三千麿 60 飛田忠順, 河野安通志, 桜井彌一郎 62 市岡忠男 64 宮原清 65 井上登, 宮武三郎, 景浦將 66 守山恒太郎 67 腰本寿 68 鈴木惣太郎, 田邊宗英, 小林一三 69 三宅大輔, 田部武雄, 森岡二朗, 島田善介, 有馬頼寧 70 田村駒治郎, 直木松太郎, 中馬庚 71 小西得郎, 水野利八 72 中野武二, 太田茂 73 内海弘蔵, 天野貞祐, 広瀬謙三 74 野田誠三 76 小泉信三 77 森茂雄, 西村幸生 78 伊丹安広, 吉原正喜, 岡田源三郎 79 平沼亮三, 谷口五郎 80 千葉茂 81 佐伯達夫, 小川正太郎 82 鈴木龍二, 外岡茂十郎 83 内村祐之 84 桐原眞二 85 田中勝雄, 山内以九士 86 中河美芳, 松方正雄 87 藤田信男, 山下実 88 横沢三郎, 芥田武夫, 永田雅一 89 池田恒雄, 伊達正男 90 佐伯勇 91 中澤良夫 92 吉田正男 94 廣岡知男 95 呉昌征, 村上實 96 牧野直隆, 保坂誠 97 山本英一郎 98 中尾碩志, 井口新次郎 99 吉國一郎 00 福島慎太郎 01 武田孟, 長谷川良平 02 中澤不二雄, 生原昭宏 03 松田耕平 04 秋山登 05 志村正順 06 川島廣守, 豊田泰光 07 松永怜一 08 嶋清一 09 大社義規, 君島一郎 10 古田昌幸 12 長船騏郎, 大本修 13 福嶋一雄 14 相田暢一 15 林和男, 村山龍平 16 松本瀧藏, 山中正竹 17 郷司裕, 鈴木美嶺 18 瀧正男 19 脇村春夫 20 前田祐吉, 石井連藏 21 川島勝司, 佐山和夫 22 松前重義 23 古関裕而 24 谷村友一 25 富澤宏哉 02 フランク・オドール, 正岡子規 03 ホーレス・ウィルソン, 鈴鹿栄 表 話 編 歴 金田正一 稲尾和久 小山正明 米田哲也 梶本隆夫 皆川睦雄 村山実 鈴木啓示 堀内恒夫 山田久志 江夏豊 平松政次 東尾修 村田兆治 北別府学 佐々木主浩 高津臣吾 工藤公康 野茂英雄 山本昌広 岩瀬仁紀 黒田博樹 上原浩治 藤川球児 平野佳寿 山内一弘 榎本喜八 野村克也 長嶋茂雄 広瀬叔功 張本勲 王貞治 江藤慎一 土井正博 高木守道 松原誠 柴田勲 大杉勝男 藤田平 衣笠祥雄 福本豊 山崎裕之 山本浩二 有藤通世 若松勉 谷沢健一 加藤秀司 門田博光 大島康徳 新井宏昌 秋山幸二 駒田徳広 立浪和義 鈴木一朗(イチロー) 清原和博 古田敦也 野村謙二郎 石井琢朗 松井秀喜 田中幸雄 前田智徳 金本知憲 松井稼頭央 小笠原道大 稲葉篤紀 宮本慎也 小久保裕紀 アレックス・ラミレス 中村紀洋 谷繁元信 井口資仁 和田一浩 新井貴浩 福留孝介 荒木雅博 青木宣親 阿部慎之助 鳥谷敬 内川聖一 福浦和也 坂本勇人 栗山巧 大島洋平 表 話 編 歴 1947 別所昭 1948 中尾碩志 1949 藤本英雄 1950 真田重男 1951 杉下茂 1952 杉下茂 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 金田正一 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 村山実 1960 堀本律雄 1961 権藤博 1962 小山正明 1963 伊藤芳明 1964 G.バッキー 1965 村山実 1966 村山実, 堀内恒夫 1967 小川健太郎 1968 江夏豊 1969 高橋一三 1970 平松政次 1972 堀内恒夫 1973 高橋一三 1974 星野仙一 1975 外木場義郎 1976 池谷公二郎 1977 小林繁 1978 松岡弘 1979 小林繁 1981 西本聖 1982 北別府学 1983 遠藤一彦 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 大野豊 1989 斎藤雅樹 1990 野茂英雄 1991 佐々岡真司 1992 石井丈裕 1993 今中慎二 1994 山本昌広 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹 1997 西口文也 1998 川崎憲次郎 1999 上原浩治 2001 松坂大輔 2002 上原浩治 2003 井川慶, 斉藤和巳 2004 川上憲伸 2005 杉内俊哉 2006 斉藤和巳 2007 ダルビッシュ有 2008 岩隈久志 2009 涌井秀章 2010 前田健太 2011 田中将大 2012 攝津正 2013 田中将大 2014 金子千尋 2015 前田健太 2016 K.ジョンソン 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2020 大野雄大 2021 山本由伸 2022 山本由伸 2023 山本由伸 表 話 編 歴 沢村栄治 V.スタルヒン 石田光彦 中尾輝三 亀田忠 浅野勝三郎 三輪八郎 森弘太郎 西沢道夫 天保義夫 藤本英雄 別所昭 石丸進一 呉昌征 梶岡忠義 真田重男 金田正一 林義一 大友工 山下登 杉下茂 大津守 大脇照夫 大矢根博臣 井上善夫 中山義朗 G.バッキー 外木場義郎 清俊彦 若生忠男 堀内恒夫 城之内邦雄 鈴木啓示 成田文男 渡辺秀武 鬼頭洋 藤本和宏 高橋直樹 江夏豊 神部年男 加藤初 戸田善紀 郭泰源 田中幸雄 近藤真一 柴田保光 湯舟敏郎 西崎幸広 佐藤義則 T.ブロス 渡辺久信 野口茂樹 石井一久 川尻哲郎 佐々岡真司 M.バンチ N.エルビラ 川上憲伸 井川慶 R.ガトームソン 山本昌 前田健太 杉内俊哉 西勇輝 山井大介 岸孝之 山口俊 菅野智之(CS) 千賀滉大 大野雄大 小川泰弘 東浜巨 今永昇太 山本由伸 C.ポンセ 石川柊太 戸郷翔征 大瀬良大地 表 話 編 歴 1950 別当薫 1951 南村不可止 1952 別所毅彦 1953 川上哲治 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 豊田泰光 1957 大下弘 1958 稲尾和久 1959 杉浦忠 1960 近藤昭仁 1961 宮本敏雄 1962 土橋正幸, 種茂雅之 1963 長嶋茂雄 1964 J.スタンカ 1965 長嶋茂雄 1966 柴田勲 1967 森昌彦 1968 高田繁 1969 長嶋茂雄 1970 長嶋茂雄 1971 末次民夫 1972 堀内恒夫 1973 堀内恒夫 1974 弘田澄男 1975 山口高志 1976 福本豊 1977 山田久志 1978 大杉勝男 1979 高橋慶彦 1980 J.ライトル 1981 西本聖 1982 東尾修 1983 大田卓司 1984 長嶋清幸 1985 R.バース 1986 工藤公康 1987 工藤公康 1988 石毛宏典 1989 駒田徳広 1990 O.デストラーデ 1991 秋山幸二 1992 石井丈裕 1993 川崎憲次郎 1994 槙原寛己 1995 T.オマリー 1996 T.ニール 1997 古田敦也 1998 鈴木尚典 1999 秋山幸二 2000 松井秀喜 2001 古田敦也 2002 二岡智宏 2003 杉内俊哉 2004 石井貴 2005 今江敏晃 2006 稲葉篤紀 2007 中村紀洋 2008 岸孝之 2009 阿部慎之助 2010 今江敏晃 2011 小久保裕紀 2012 内海哲也 2013 美馬学 2014 内川聖一 2015 李大浩 2016 B.レアード 2017 D.サファテ 2018 甲斐拓也 2019 Y.グラシアル 2020 栗原陵矢 2021 中村悠平 2022 杉本裕太郎 2023 近本光司 2024 桑原将志 表 話 編 歴 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 稲尾和久 1957 稲尾和久 1958 稲尾和久 1959 杉浦忠 1960 秋山登 1961 堀本律雄 1962 安藤元博 1963 高橋明 1964 J.スタンカ 1965 宮田征典 1966 城之内邦雄 1967 城之内邦雄 1968 金田正一 1969 高橋一三 1970 堀内恒夫 1971 堀内恒夫 1972 堀内恒夫 1973 堀内恒夫 1974 村田兆治 1975 山田久志 1976 足立光宏 1977 足立光宏 1978 松岡弘 1979 山根和夫 表 話 編 歴 1950 小鶴誠 1951 川上哲治 1952 別所毅彦 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 川上哲治 1956 別所毅彦 1957 与那嶺要 1958 藤田元司 1959 藤田元司 1960 秋山登 1961 長嶋茂雄 1962 村山実 1963 長嶋茂雄 1964 王貞治 1965 王貞治 1966 長嶋茂雄 1967 王貞治 1968 長嶋茂雄 1969 王貞治 1970 王貞治 1971 長嶋茂雄 1972 堀内恒夫 1973 王貞治 1974 王貞治 1975 山本浩二 1976 王貞治 1977 王貞治 1978 若松勉 1979 江夏豊 1980 山本浩二 1981 江川卓 1982 中尾孝義 1983 原辰徳 1984 衣笠祥雄 1985 R.バース 1986 北別府学 1987 山倉和博 1988 郭源治 1989 W.クロマティ 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 J.ハウエル 1993 古田敦也 1994 桑田真澄 1995 T.オマリー 1996 松井秀喜 1997 古田敦也 1998 佐々木主浩 1999 野口茂樹 2000 松井秀喜 2001 R.ペタジーニ 2002 松井秀喜 2003 井川慶 2004 川上憲伸 2005 金本知憲 2006 福留孝介 2007 小笠原道大 2008 A.ラミレス 2009 A.ラミレス 2010 和田一浩 2011 浅尾拓也 2012 阿部慎之助 2013 W.バレンティン 2014 菅野智之 2015 山田哲人 2016 新井貴浩 2017 丸佳浩 2018 丸佳浩 2019 坂本勇人 2020 菅野智之 2021 村上宗隆 2022 村上宗隆 2023 村上頌樹 2024 菅野智之 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 松田清 1952 佐藤孝夫 1953 権藤正利 1954 広岡達朗 1955 西村一孔 1956 秋山登 1957 藤田元司 1958 長嶋茂雄 1959 桑田武 1960 堀本律雄 1961 権藤博 1962 城之内邦雄 1964 高橋重行 1966 堀内恒夫 1967 武上四郎 1968 高田繁 1969 田淵幸一 1970 谷沢健一 1971 関本四十四 1972 安田猛 1974 藤波行雄 1976 田尾安志 1977 斉藤明雄 1978 角三男 1979 藤沢公也 1980 岡田彰布 1981 原辰徳 1982 津田恒美 1983 槙原寛己 1984 小早川毅彦 1985 川端順 1986 長冨浩志 1987 荒井幸雄 1988 立浪和義 1989 笘篠賢治 1990 与田剛 1991 森田幸一 1992 久慈照嘉 1993 伊藤智仁 1994 藪恵市 1995 山内泰幸 1996 仁志敏久 1997 澤﨑俊和 1998 川上憲伸 1999 上原浩治 2000 金城龍彦 2001 赤星憲広 2002 石川雅規 2003 木佐貫洋 2004 川島亮 2005 青木宣親 2006 梵英心 2007 上園啓史 2008 山口鉄也 2009 松本哲也 2010 長野久義 2011 澤村拓一 2012 野村祐輔 2013 小川泰弘 2014 大瀬良大地 2015 山﨑康晃 2016 髙山俊 2017 京田陽太 2018 東克樹 2019 村上宗隆 2020 森下暢仁 2021 栗林良吏 2022 大勢 2023 村上頌樹 2024 船迫大雅 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 松田清 1952 梶岡忠義 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 渡辺省三 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 村山実 1960 秋山登 1961 権藤博 1962 村山実 1963 柿本実 1964 G.バッキー 1965 金田正一 1966 堀内恒夫 1967 権藤正利 1968 外木場義郎 1969 江夏豊 1970 村山実 1971 藤本和宏 1972 安田猛 1973 安田猛 1974 関本四十四 1975 安仁屋宗八 1976 鈴木孝政 1977 新浦寿夫 1978 新浦寿夫 1979 平松政次 1980 松岡弘 1981 江川卓 1982 斉藤明夫 1983 福間納 1984 小林誠二 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 大野豊 1989 斎藤雅樹 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 盛田幸妃 1993 山本昌広 1994 郭源治 1995 T.ブロス 1996 斎藤雅樹 1997 大野豊 1998 野口茂樹 1999 上原浩治 2000 石井一久 2001 野口茂樹 2002 桑田真澄 2003 井川慶 2004 上原浩治 2005 三浦大輔 2006 黒田博樹 2007 高橋尚成 2008 石川雅規 2009 チェン 2010 前田健太 2011 吉見一起 2012 前田健太 2013 前田健太 2014 菅野智之 2015 K.ジョンソン 2016 菅野智之 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2019 大野雄大 2020 大野雄大 2021 柳裕也 2022 青柳晃洋 2023 村上頌樹 2024 髙橋宏斗 表 話 編 歴 1950 真田重男 1951 杉下茂 1952 別所毅彦 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 大友工, 長谷川良平 1956 別所毅彦 1957 金田正一 1958 金田正一 1959 藤田元司 1960 堀本律雄 1961 権藤博 1962 権藤博 1963 金田正一 1964 G.バッキー 1965 村山実 1966 村山実 1967 小川健太郎 1968 江夏豊 1969 高橋一三 1970 平松政次 1971 平松政次 1972 堀内恒夫 1973 江夏豊 1974 松本幸行, 金城基泰 1975 外木場義郎 1976 池谷公二郎 1977 高橋里志 1978 野村収 1979 小林繁 1980 江川卓 1981 江川卓 1982 北別府学 1983 遠藤一彦 1984 遠藤一彦 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 小松辰雄 1988 小野和幸, 伊東昭光 1989 斎藤雅樹, 西本聖 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 斎藤雅樹 1993 今中慎二, 山本昌広, 野村弘樹 1994 山本昌広 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹, B.ガルベス 1997 山本昌 1998 川崎憲次郎 1999 上原浩治 2000 M.バンチ 2001 藤井秀悟 2002 上原浩治, K.ホッジス 2003 井川慶 2004 川上憲伸 2005 下柳剛, 黒田博樹 2006 川上憲伸 2007 S.グライシンガー 2008 S.グライシンガー 2009 吉見一起, 館山昌平 2010 前田健太 2011 吉見一起, 内海哲也 2012 内海哲也 2013 小川泰弘 2014 R.メッセンジャー, 山井大介 2015 前田健太 2016 野村祐輔 2017 菅野智之 2018 大瀬良大地, 菅野智之 2019 山口俊 2020 菅野智之 2021 青柳晃洋, 九里亜蓮 2022 青柳晃洋 2023 東克樹 2024 菅野智之 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 松田清 1952 藤村隆男 1953 大友工, 石川克彦 1954 杉下茂 1955 大友工 1956 堀内庄 1957 木戸美摸 1958 藤田元司 1959 藤田元司 1960 秋山登 1961 伊藤芳明 1962 小山正明 1963 山中巽 1964 石川緑 1965 山中巽 1966 堀内恒夫 1967 堀内恒夫 1968 島田源太郎 1969 高橋一三 1970 村山実 1971 坂井勝二 1972 堀内恒夫 1973 倉田誠 1974 松本幸行 1975 星野仙一 1976 加藤初 1977 新浦寿夫 1978 鈴木康二朗 1979 藤沢公也 1980 福士敬章 1981 江川卓 1982 都裕次郎 1983 津田恒美 1984 江川卓 1985 北別府学 1986 北別府学 1987 川端順 1988 小野和幸 1989 西本聖 1990 斎藤雅樹 1991 北別府学 1992 斎藤雅樹 1993 山本昌広 1994 紀藤真琴 1995 石井一久 1996 斎藤雅樹 1997 三浦大輔 1998 桑田真澄 1999 上原浩治 2000 工藤公康 2001 入来祐作 2002 上原浩治 2003 井川慶 2004 上原浩治 2005 安藤優也 2006 川上憲伸 2007 高橋尚成 2008 館山昌平 2009 D.ゴンザレス 2010 久保康友 2011 吉見一起 2012 杉内俊哉 2013 小川泰弘 2014 山井大介 2015 M.マイコラス 2016 野村祐輔 2017 薮田和樹 2018 大瀬良大地 2019 山口俊 2020 菅野智之 2021 青柳晃洋 2022 青柳晃洋 2023 東克樹 2024 菅野智之 表 話 編 歴 1967 小川健太郎 1968 江夏豊 1969 高橋一三 1970 平松政次 1971 平松政次 1972 堀内恒夫 1973 高橋一三 1974 堀内恒夫 1975 外木場義郎 1976 池谷公二郎 1977 小林繁 1978 新浦寿夫 1979 小林繁 1980 江川卓 1981 江川卓 1982 北別府学 1983 遠藤一彦 1984 山根和夫 1985 小松辰雄 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 小野和幸 1989 斎藤雅樹 1990 斎藤雅樹 1991 佐々岡真司 1992 斎藤雅樹 1993 今中慎二 1994 山本昌広 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹 1997 山本昌 1998 佐々木主浩 1999 上原浩治 2000 工藤公康 2001 藤井秀悟 2002 上原浩治 2003 井川慶 2004 川上憲伸 2005 黒田博樹 2006 川上憲伸 2007 高橋尚成 2008 S.グライシンガー 2009 D.ゴンザレス 2010 前田健太 2011 吉見一起 2012 内海哲也 表 話 編 歴 投 堀内恒夫 捕 田淵幸一 一 王貞治 二 J.シピン 三 長嶋茂雄 遊 三村敏之 外 柴田勲 / 高田繁 / 若松勉 表 話 編 歴 投 堀内恒夫 捕 田淵幸一 一 王貞治 二 高木守道 三 長嶋茂雄 遊 藤田平 外 G.マーチン / 末次利光 / 若松勉 表 話 編 歴 1972 堀内恒夫 1973 堀内恒夫 1974 堀内恒夫 1975 堀内恒夫 1976 堀内恒夫 1977 堀内恒夫 1978 堀内恒夫 1979 西本聖 1980 西本聖 1981 西本聖 1982 西本聖 1983 西本聖 1984 西本聖 1985 西本聖 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 桑田真澄 1989 西本聖 1990 斎藤雅樹 1991 桑田真澄 1992 斎藤雅樹 1993 今中慎二, 桑田真澄 1994 桑田真澄 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹 1997 桑田真澄 1998 桑田真澄 1999 上原浩治 2000 工藤公康 2001 野口茂樹 2002 桑田真澄 2003 上原浩治 2004 川上憲伸 2005 黒田博樹 2006 川上憲伸 2007 川上憲伸 2008 石川雅規 2009 D.ゴンザレス 2010 前田健太 2011 浅尾拓也 2012 前田健太 2013 前田健太 2014 前田健太 2015 前田健太 2016 菅野智之 2017 菅野智之 2018 菅野智之 2019 西勇輝 2020 菅野智之 2021 柳裕也 2022 森下暢仁 2023 東克樹 2024 菅野智之 表 話 編 歴 1950 大島信雄 1951 藤本英雄 1952 別所毅彦 1953 大友工 1954 杉下茂 1955 別所毅彦 1956 大友工 1957 義原武敏 1958 藤田元司 1959 義原武敏 1960 鈴木隆 1961 中村稔 1962 小山正明 1963 伊藤芳明 1964 村山実 1965 金田正一 1966 城之内邦雄 1967 金田正一 1968 金田正一 1969 堀内恒夫 1970 堀内恒夫 1971 堀内恒夫 1972 堀内恒夫 1973 高橋一三 1974 松本幸行 1975 外木場義郎 1976 堀内恒夫 1977 小林繁 1978 安田猛 1979 北別府学 1980 山根和夫 1981 江川卓 1982 小松辰雄 1983 江川卓 1984 山根和夫 1985 池田親興 1986 北別府学 1987 桑田真澄 1988 小野和幸 1989 斎藤雅樹 1990 槙原寛己 1991 佐々岡真司 1992 岡林洋一 1993 荒木大輔 1994 桑田真澄 1995 T.ブロス 1996 斎藤雅樹 1997 石井一久 1998 野村弘樹 1999 野口茂樹 2000 工藤公康 2001 石井一久 2002 上原浩治 2003 井川慶 2004 川上憲伸 2005 井川慶 2006 川上憲伸 2007 川上憲伸 2008 上原浩治 2009 D.ゴンザレス 2010 吉見一起 2011 チェン 2012 内海哲也 2013 内海哲也 2014 R.メッセンジャー 2015 石川雅規 2016 K.ジョンソン 2017 井納翔一 2018 大瀬良大地 2019 山口俊 2020 菅野智之 2021 奥川恭伸 2022 小川泰弘 2023 村上頌樹 2024 A.ジャクソン 表 話 編 歴 1936夏 沢村栄治 1936秋 沢村栄治 1937春 沢村栄治 1937秋 沢村栄治 1938春 V.スタルヒン 1938秋 前川八郎 1939 川上哲治 1940 V.スタルヒン 1941 須田博 1942 広瀬習一 1943 須田博 1944 藤本英雄 1946 近藤貞雄 1947 川崎徳次 1948 川崎徳次 1949 多田文久三 1950 藤本英雄 1951 別所毅彦 1952 藤本英雄 1953 別所毅彦 1954 大友工 1955 別所毅彦 1956 別所毅彦 1957 大友工 1958 藤田元司 1959 伊藤芳明 1960 伊藤芳明 1961 中村稔 1962 城之内邦雄 1963 伊藤芳明 1964 高橋明 1965 金田正一 1966 金田正一 1967 城之内邦雄 1968 金田正一 1969 金田正一 1970 高橋一三 1971 渡辺秀武 1972 堀内恒夫 1973 堀内恒夫 1974 高橋一三 1975 堀内恒夫 1976 堀内恒夫 1977 堀内恒夫 1978 堀内恒夫 1979 新浦寿夫 1980 江川卓 1981 西本聖 1982 江川卓 1983 西本聖 1984 江川卓 1985 西本聖 1986 江川卓 1987 西本聖 1988 桑田真澄 1989 桑田真澄 1990 斎藤雅樹 1991 槙原寛己 1992 槙原寛己 1993 斎藤雅樹 1994 斎藤雅樹 1995 斎藤雅樹 1996 斎藤雅樹 1997 斎藤雅樹 1998 桑田真澄 1999 B.ガルベス 2000 上原浩治 2001 上原浩治 2002 上原浩治 2003 上原浩治 2004 上原浩治 2005 上原浩治 2006 上原浩治 2007 内海哲也 2008 高橋尚成 2009 S.グライシンガー 2010 内海哲也 2011 東野峻 2012 内海哲也 2013 宮國椋丞 2014 菅野智之 2015 菅野智之 2016 菅野智之 2017 M.マイコラス 2018 菅野智之 2019 菅野智之 2020 菅野智之 2021 菅野智之 2022 菅野智之 2023 T.ビーディ 2024 戸郷翔征 2025 戸郷翔征 表 話 編 歴 1位:堀内恒夫 2位:林千代作 3位:江藤省三 4位:広瀬邦敏(入団拒否) 5位:才所俊郎 6位:宇佐美敏晴 7位:西山敏明(入団拒否) 8位:深津修司(入団拒否) VIAF 日本 CiNii Books CiNii Research 堀内恒夫 日本の野球選手 読売ジャイアンツ及び東京巨人軍の選手 読売ジャイアンツ及び東京巨人軍の監督 セントラル・リーグ最優秀新人 (NPB) 最多勝利 (NPB) 最優秀防御率 (NPB) 最高勝率 (野球) 最優秀選手 (NPB) 沢村栄治賞 NPBオールスターゲーム選出選手 名球会 日本の野球監督 野球解説者 日本の野球殿堂表彰者 日本のアメリカンフットボールに関する人物 21世紀日本の政治家 日本のスポーツ選手出身の政治家 比例区選出の参議院議員 自由民主党の参議院議員 平成時代の参議院議員 甲府市立甲府商業高等学校出身の野球選手 山梨県出身のスポーツ選手 1948年生 存命人物 外部リンクがリンク切れになっている記事/2017年9月 外部リンクがリンク切れになっている記事/2017年10月 2025/03/31 11:10更新
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